2005年02月
2005年02月23日
新たな目的(日本食入手ルートを開拓)
ガンビアの主食は米である(と信じている)。というのも、女性が米作の全てを担っているのに、台湾が米の農業機械を男性に普及したことにより、男女間で騒動が起こったという文献を大学院時代に読んだことがあるからである。(ちなみに米づくりは女性の領域であるということは、まだ30ページしか読み進んでいない小説「ルーツ」にも書いてあった)
主食が米なのはとてもありがたいが、どのようにして醤油と味噌を入手するかが課題である。今まで赴任してきた国々は、現地の食事がおいしくて、日本の食材を全く必要としなかった、もしくは、日本からの訪問者が必要なモノを運んできてくれた。しかし今回という今回は、日本からの来客は期待できない。来客があったとしても、味噌や醤油と縁のない近隣諸国に住む友人かヨーロッパ人であろう。
しかし、某国の大使の「そんなの台湾大使館に表敬訪問して友達になればいいんだよ。同じ東洋人として喜んで迎えてくれるよ」との一言で目の前が明るくなった。
そうだった! ガンビアは世界で台湾と正式に国交を結んでいる数少ない国である。台湾にガンビア大使館があるのだから、きっとガンビアにも台湾大使館があるに違いない。台湾大使館の外交官と仲良くなれば、醤油も味噌も、うまくいけば酒だって手に入るかもしれない。急に気分は上向き調子になったが、一体私は在ガンビア台湾大使館の受付でなんと言えばいいのだろうか?「私、日本からやってきました。台湾には同じアジア人として大変親近感がございます。大使と面会できるでしょうか?」と言って面会してもらえるのであろうか??? ちゃんと作戦を練らねば。。。
主食が米なのはとてもありがたいが、どのようにして醤油と味噌を入手するかが課題である。今まで赴任してきた国々は、現地の食事がおいしくて、日本の食材を全く必要としなかった、もしくは、日本からの訪問者が必要なモノを運んできてくれた。しかし今回という今回は、日本からの来客は期待できない。来客があったとしても、味噌や醤油と縁のない近隣諸国に住む友人かヨーロッパ人であろう。
しかし、某国の大使の「そんなの台湾大使館に表敬訪問して友達になればいいんだよ。同じ東洋人として喜んで迎えてくれるよ」との一言で目の前が明るくなった。
そうだった! ガンビアは世界で台湾と正式に国交を結んでいる数少ない国である。台湾にガンビア大使館があるのだから、きっとガンビアにも台湾大使館があるに違いない。台湾大使館の外交官と仲良くなれば、醤油も味噌も、うまくいけば酒だって手に入るかもしれない。急に気分は上向き調子になったが、一体私は在ガンビア台湾大使館の受付でなんと言えばいいのだろうか?「私、日本からやってきました。台湾には同じアジア人として大変親近感がございます。大使と面会できるでしょうか?」と言って面会してもらえるのであろうか??? ちゃんと作戦を練らねば。。。
未だガンビア人に会えず !!ビザは2935円!!
日本に黒人が入国したという記録があるのは安土桃山時代の織田信長がモザンビーク人に会ったのが初めてらしい。
私もガンビア人の友人を早めに作っておきたいと思い、日本でガンビアのビザを発行しているセネガル大使館に電話をした。
小国ガンビアと国境を接するというか、ガンビアを囲むセネガル大使館ガがガンビアへのビザ作業を代行しているので、きっとセネガル大使館にガンビア外交官が一人くらいいるかもしれないと期待しながら電話をする。受付の方は大変丁寧に応対してくれた。
私 「そちらでガンビアのビザが取得できると聞きましたが」
受付 「はい、やっております」
私 「そちらに行きますと、ガンビアのパンフレットなどおいてますでしょうか?」
受付 「いえ、ありません」
私 「すると、そちらに資料室みたいなものがあるでしょうか?」
受付 「いえ、ありません」ガ「ガンビアの情報を知りたいと思ったらどうしたらよいのでしょうか?」
受付 「具体的な質問を書いて当大使館に送って頂いたら、当方の外交官が調べます」とのこと。
私 「その外交官はガンビア人ですか?」
受付 「いえ、セネガル人です」
私 「そちらの大使館にはガンビア人はいらっしゃらないのでしょうか?」
受付 「おりません」
あまりにしつこかったからか、最後に「どういったことがお知りになりたいのでしょうか?」と聞かれてしまった。素直に 「ガンビア人に会いたいのです」と言えば良かったのかもしれないが、最近の日本のニュースを見ていると、変質者が多く、その一人だと思われたくないという気持ちが働いて言えなかった。。。。
このままいくと、私が初めてガンビア人に会えるのは、ブリュッセルからバンジュール行きの飛行機に乗った時であろう。。。
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私もガンビア人の友人を早めに作っておきたいと思い、日本でガンビアのビザを発行しているセネガル大使館に電話をした。
小国ガンビアと国境を接するというか、ガンビアを囲むセネガル大使館ガがガンビアへのビザ作業を代行しているので、きっとセネガル大使館にガンビア外交官が一人くらいいるかもしれないと期待しながら電話をする。受付の方は大変丁寧に応対してくれた。
私 「そちらでガンビアのビザが取得できると聞きましたが」
受付 「はい、やっております」
私 「そちらに行きますと、ガンビアのパンフレットなどおいてますでしょうか?」
受付 「いえ、ありません」
私 「すると、そちらに資料室みたいなものがあるでしょうか?」
受付 「いえ、ありません」ガ「ガンビアの情報を知りたいと思ったらどうしたらよいのでしょうか?」
受付 「具体的な質問を書いて当大使館に送って頂いたら、当方の外交官が調べます」とのこと。
私 「その外交官はガンビア人ですか?」
受付 「いえ、セネガル人です」
私 「そちらの大使館にはガンビア人はいらっしゃらないのでしょうか?」
受付 「おりません」
あまりにしつこかったからか、最後に「どういったことがお知りになりたいのでしょうか?」と聞かれてしまった。素直に 「ガンビア人に会いたいのです」と言えば良かったのかもしれないが、最近の日本のニュースを見ていると、変質者が多く、その一人だと思われたくないという気持ちが働いて言えなかった。。。。
このままいくと、私が初めてガンビア人に会えるのは、ブリュッセルからバンジュール行きの飛行機に乗った時であろう。。。
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2005年02月14日
奴隷とガンビア
電車の中では常にアフリカについての本を読む毎日であるが、入ってくる情報はガンビア以外のアフリカの大国のことばかり。いかにガンビアが資源もなく、小国なのかを痛感する。
さて本日読んだ本に「イギリスでは18世紀後半に奴隷廃止運動が盛んになりかけたが、ヨーロッパ人側では、奴隷以外の西アフリカの産品についての情報は皆無であった」と書いてある。「奴隷が産品なんて。。。」と思いつつ、地図を広げる。ガンビアの近隣にリベリアという今でも内戦に苦しむ国があるが、このリベリア(Liberia)という名はLibertyからきている。奴隷解放の後、自由を求めたアメリカの黒人がアフリカに戻ってきた土地である。きっとガンビアからも多くの奴隷がアメリカに出発したのであろう。そう、ルーツのキンタクンテもその一人である。
さて、今日知った新事実。イギリスのリヴァプール(Liverpool)は奴隷貿易港だったいうこと。そう、リヴァプールといえばビートルズの故郷(だっけ?)。竹内まりやもある歌で「毎日、女の子からキッスの贈り物。輝いてたリヴァプール」と歌っている。それが、奴隷が運ばれてきた港だったなんて。。。ちなみにリヴァプールは奴隷船を造ることで、造船業が発展したそうだ。。。
さて本日読んだ本に「イギリスでは18世紀後半に奴隷廃止運動が盛んになりかけたが、ヨーロッパ人側では、奴隷以外の西アフリカの産品についての情報は皆無であった」と書いてある。「奴隷が産品なんて。。。」と思いつつ、地図を広げる。ガンビアの近隣にリベリアという今でも内戦に苦しむ国があるが、このリベリア(Liberia)という名はLibertyからきている。奴隷解放の後、自由を求めたアメリカの黒人がアフリカに戻ってきた土地である。きっとガンビアからも多くの奴隷がアメリカに出発したのであろう。そう、ルーツのキンタクンテもその一人である。
さて、今日知った新事実。イギリスのリヴァプール(Liverpool)は奴隷貿易港だったいうこと。そう、リヴァプールといえばビートルズの故郷(だっけ?)。竹内まりやもある歌で「毎日、女の子からキッスの贈り物。輝いてたリヴァプール」と歌っている。それが、奴隷が運ばれてきた港だったなんて。。。ちなみにリヴァプールは奴隷船を造ることで、造船業が発展したそうだ。。。
2005年02月13日
ザンビアでもなく、ガボンでもない!
ガンビアに赴任になったと言うと、大抵は「あー。ザンビアね」という答えが返ってくる。稀に「ガボンに決まったらしいね」というのもある。「えっ、グランビア??」と訳の分からないことを聞き返してきた人もいた。
そういう私もガンビアという国を8年前まで知らなかった。たまたま知人の夫婦がガンビアという国で出逢ったと聞き、その日に地図で位置を確かめた。それにしても、西アフリカって、小さい国がいっぱいあって、旧イギリス、フランス、ポルトガル植民地だった国々がところ狭しと肩を並べている。奴隷がアメリカに連れて行かれた港もその地域にある。
新宿の紀伊国屋の地域研究のコーナーに行き、アフリカ関係の文献を探すが、ガンビアについての本は見当たらず。旅行本のコーナーに行き、地球の歩き方が並べてあるところを見ると、東アフリカと南アフリカ編はあったが、西アフリカ編は見つからず。在庫がなかったのか、それとも存在しないのか??
近所の図書館に行く。アフリカ・コーナーに行き、西アフリカについて書いてある本を探す。関係のありそうな3冊を見つけ読んでみるが、ガンビアに関しては、外務省のホームページの国別情報に載っている以上のことは書かれていない。。。う〜ん、ミステリアス。。。
そういう私もガンビアという国を8年前まで知らなかった。たまたま知人の夫婦がガンビアという国で出逢ったと聞き、その日に地図で位置を確かめた。それにしても、西アフリカって、小さい国がいっぱいあって、旧イギリス、フランス、ポルトガル植民地だった国々がところ狭しと肩を並べている。奴隷がアメリカに連れて行かれた港もその地域にある。
新宿の紀伊国屋の地域研究のコーナーに行き、アフリカ関係の文献を探すが、ガンビアについての本は見当たらず。旅行本のコーナーに行き、地球の歩き方が並べてあるところを見ると、東アフリカと南アフリカ編はあったが、西アフリカ編は見つからず。在庫がなかったのか、それとも存在しないのか??
近所の図書館に行く。アフリカ・コーナーに行き、西アフリカについて書いてある本を探す。関係のありそうな3冊を見つけ読んでみるが、ガンビアに関しては、外務省のホームページの国別情報に載っている以上のことは書かれていない。。。う〜ん、ミステリアス。。。