2016年05月29日

京都、滋賀、静岡旅 3日目

P1030461さて、人生、上りも下りもあるうえに、石ころだらけ。少々寄り道をしましたが旅の続きを。考えてみればイギリス旅行もイタリア旅行も帰ってきてすぐに騒ぎが勃発、結局旅の途中でブログ記事は尻切れトンボ、そちらの続きはそのうちに。

さて、3日目。自宅にいるとぼーっとしている間に時間が勝手に通り過ぎてしまうのに旅先の時間はポタージュ並みの濃さだ。

前夜からどこが一番先に開くのかを検討、何せ地下鉄の交差する場所近くにいるので便利。だが不便もある。ホテル近くの改札ではパスが買えない。しょうがないからぐるりと遠回り、ようやく地下鉄フリーパスを購入。今日もうろつくぞ。

外は雨。日傘兼用の小さな傘だがま、良いかと出発。青蓮院門跡に開門の5分ほど前に到着。天然記念物の楠が5本あるのだ。早速門の前に2本発見。素晴らしい大きさだ。鼻息が荒くなるが触れられない。エネルギーを貰えないではないか。じっと見つめるw。P1030488

雨の早朝、観光客もいない。遠くから来た僧侶という男性と私の2人だけ。韓国人らしい2人連れがすぐに加わるがでも拝観者はごく少い。雨に濡れた若葉の緑が美しい。室内も一部を除き撮影可能なのだが、このカップル、事前調査が行き届いていたと見えてベストスポットを占拠、しばらく待ったが大型カメラを駆使して撮影を続けるので諦めて回った。ちなみにこの2人、ぐるりと拝見して戻ってもまだ写真を撮っていた!好きだねえ。もしかして商売かな。監視する人もおらず、障壁画も建物もこんなに無防備でよいのか心配になる。庭に出るがここにも誰もいない。坂道を上がってお庭を見渡すが誰も出てこない。こんなに素晴らしい美しいお庭をなのに独り占め。クーッついてる。雨で良かった。嬉しい。

P1030487ここでは、鐘をつくこともできる。1回だけだが。で、勿論、渾身の力を込めてついた。お辞儀も忘れなかったw。鐘は何時までも響く素晴らしい音色で、でもあまりに響くのでおかしいと鐘の下を覗くと、瓶が埋め込んであった。なるほど、水琴の仕掛けだね。

隣に菊の御紋のついた門を発見。入る。誰もいない。門衛さえいない。濡れた坂道をどんどん登ると御陵があった。第95代花園天皇の御陵だった。坂道だが、青蓮院門跡の屋根や樹木も見える。鬱蒼とした木々の間を登っていくと自分を反省するような空気が満ちてくるので−ちょっとだけね−ご挨拶をお勧め。

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P1030503そのまたお隣の知恩院へ。前日に遠くに見えた太陽光パネルを貼ったような巨大な屋根の正体がここだった。大規模修繕の真っ最中で、本堂全体を包んだ巨大な仮屋根(明かり取りのガラス付き)が出来ていた。で、渡り通路を渡っていくと、この工事の様子がよく見える所へ。ワーイ。組んだ鉄骨等が見える。写真を撮ったがもしや見とがめられるかと慌てたので何だかよく分からないかも。
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法隆寺の建て替えの際には屋根瓦1枚1000円の寄進をして下手くそな字でなにやら書いたので、ここでもと思ったがこちらは1枚1万円。そんなご無体な、というわけで素通りする。

雨はひどくなる。お腹はすく。大型のビニール傘を知恩院で購入(お寺の印なし。ちょっと期待したけど)、東山駅に戻る途中、青蓮院門跡の向かいにカフェらしき物を発見。素敵な装飾だ。なかなかのものが飾ってある。でも、たかが愛想のないピラフと不味いコーヒーで1600円(確かそれくらいだったような)。サラダくらい付けたらと、一瞬ムッとしたが、美術鑑賞代込みと思えば妥当かも。トイレに入ると英国の18世紀から19世紀くらいのボタニカルアート、壁にも絵が飾られ、家具類も素敵。奥は結婚式場らしかった。もっと骨董類を拝見したかったが断られる。残念。

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ganbare_watashi at 12:28|PermalinkComments(4)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年05月27日

短期決戦で勝利w

P1030353ご心配をおかけしました。旅の続きもまだですが、一応決着したのでご報告。

結局、約10日間で都内2つの区の老健のほぼすべてと個室ありの特養5箇所をまずウェブで調べ、電話で話をして下調べ、そして回って見学し、話を聞いてきた。

1万4千歩を越えた日が3日、残りは1万歩程度で、足が悲鳴を上げた。四国の歩きお遍路さんの旅行記によれば1日20キロとか25キロを歩いているので、私には歩き遍路は無理かも。やるとしたら途中で温泉に寄り道し、のんびり楽しみながら行くしかないと分かったのが収穫かな。

結局、最初に見学した自宅から徒歩でも行けるし、電車でもOKの一番近い、小規模な比較的新しい老健に決まった。といってもそのベッドにいまいる方が来月半ばに退所予定なのでそこに入っていただきますとなっているので、その方が退所しなくなると…どうなるのかねえ。

そこは最初行ったときに相談員が不在でざっと見学させて貰った所なのだが、2、3日後に相談員から電話があった。その時にはいくつかの老健を見学済みで、設備の良い所、暗い所、行きたい所、絶対嫌な所様々で、今母がいる老健があらゆる面で最高と判断、どうやってそこに戻るかを思案中で、しかもまだ絶望的な状況だと理解していなかったこともあり、率直に月20万を越えるのなら無理だからと伝えると、交渉の余地はありますと向こうから提案してきた。

その後リストにある行ける所はすべて見学した後、結局そこに行くしかないと再度訪問したら、なんとその相談員は母の施設に用事があってついでに母と少し話したというではないか。あまり手がかからないと判断したのが決め手のようで、今の施設からファックスで母の健康診断結果も取り寄せるからとあれよあれよという間に母の入所が決まってしまった。

その施設の最寄り駅には、以前、娘と良く訪れたワッフルの店や妹曰く絶品というイタリアンの店があり、早速帰りにワッフルを食べてきた。楽しみが出来たw。

一番怖いのがまた3ヶ月程度で動かされることだが、その施設では看取りを行っているので長く滞在できるとのこと。素晴らしい。高度医療でなければ付属病院で見てくれ医療費は含まれていること。最高。

なんだか出来すぎのようで、まるで狐につままれたようだった父の葬儀や母の施設入所の経緯を考えれば、仏壇に向かってしっかりしろと叱咤激励したから父が応えたのかもw。お酒を1本つけなければw。いやいや、毎朝、水しかあげてないけど、皆さんおはようと祖母たちや伯父にまで挨拶してきた私のおかげもあるかもw。娘ども、亡き後は私にちゃんと挨拶するのだぞw。

この10日間、施設巡りの合間に24時間ホルダーを付けての心臓の検査もあり、トーハクで「少年使節伊藤マンショの肖像画」を見、娘と夜に「カラヴアッジョ展」を覗き、汐留のパナソニックでは「中田英寿が出会った日本工芸」という少々消化不良な展覧会、そして多数の外食とデパ地下という多彩ぶり。そうそう、仕事も減らしたけどやりましたよ。久しぶりに頑張った日々だった。まだ出来るかな。

あ、おまけ、居間の天井高が3メートルを超しているのでいつも婿殿に天井の蛍光灯の入れ替えを頼むのだが、月曜に1つ切れてしまい、えーい、と梯子に登って交換した。怖かった。ゆらゆらした。落ちると骨を折ると思ったけど、2個はずしたが1個しかいれられなかったけど、でもやり遂げた。久しぶりに私ってエライと思ったねw。エイエイオーw。

ganbare_watashi at 10:55|PermalinkComments(8)TrackBack(0)医療・健康-臓器移植を含む 

2016年05月21日

定石通り、楽の後は苦のようで

旅から戻ってすぐの先週末、気分良く、娘たちと同じくらい思い通りにならない、でも息子よりマシな粘土をコネコネしていると、母の施設から電話。今日、来られないか。どうせ悪い話に決まっている。

小心者だから粘土そっちのけであたふた駆けつけ、施設の相談員2名と面談。長々と話し合ったが要するに、老健は自宅復帰させる施設だから、7月はじめまでに退去するようにとのご命令だった。

そんなご無体な…。気絶して驚かせたかったが残念ながらそこまで小心ではなく中途半端にしおしおと渡されたリストを手に施設巡りを始めた。

あれは3年前、母の極度の腰痛、父の誤嚥と入院、娘夫婦、息子一家、妹のノロ騒ぎ、父の肺炎と死亡、母の骨折、入院、幻覚、幻聴、施設探し、うわあと叫ぶしかないほどの一連の騒ぎを、あの頃は大変だったけど、こんなに平和で良いのかしらなどとのんびり振り返る余裕も出来、ようやく習い事を始めてたった3回目でこの始末。

リストを片手に建物探訪の旅に出ているようで、毎日1万歩を軽く越え、足腰は十二分に強くなりつつあるようではある。どこでも良いという気分にはなれないから個別に見学して話を聞いているのだが、それにしても聞きしに勝る大変さ。連続で特養3箇所それぞれで400枚を超えるという待機者の申込書の分厚いファイルを見せられた。3年前も施設探しに四苦八苦したが3年の間に事態は一層悪化していて、しかも今回は手助けしてくれるケアマネさんもいない。まだ母が老健にいるので頼めないのだ。

整形病院に入院中にひどい幻覚を起こして即時退去をいわれたことがあったからどうしても個室が望ましいのだが、有料老人ホームではなく老健だというのに恐ろしいことに母のように負担1割、減額措置適用でも月30万円を超す所もあるすごさ。誰が入れるのさ。自慢じゃないが母は資産無し年金暮らし。生活保護でもと一応福祉事務所や高齢者相談センターに相談に行ったが、年金額が生活保護受給には多く、施設入居には足りない。葬式用の貯蓄はあるが、貯蓄があっては駄目だそうで、やれやれ。中途半端な貧乏は苦労する。

なんせ、階段のてっぺん、5階建ての5階にワタクシメは住んでいるので、母と同居は無理だし、何とか母を部屋に運び入れても、病院や外に連れ出せない。デイサービスも受けられない。母は車椅子だが介護度2なので特養はまず入れそうもない。中途半端はここでもたたる。

区は在宅介護を強力に推進しているから3ヶ月から6ヶ月で入居者を回すしかないらしいのだが、老人は環境の変化で体調を崩す。福祉費用削減手段として、老人の数を減らす策に出ているなどと邪推したくなるのは私の根性が曲がっているからだろうが、どうも施設側の言い分がくるくる変わっておかしいのでよく聞くと、経営上の方針もあるが、新規入居者じゃないと儲けが出ない仕組み等導入されたことも分かってきた。官民一致での在宅推進なのだが、在宅で本来なら働いて税金を納められる人たちが1対1で親の介護に回る方が非効率で、国の生産性を低下させることだと思うのだが、どこか計算しないだろうか。

とはいえ、元々復帰が条件で3ヶ月と言われていたものを3年少々置いてくれたのだから感謝するほかないが、困ることには変わりない。退去をいわれたらどんなに困るかと密かに心配し続け、愛想良く職員の人たちと仲良くし、折に触れては手助けや甘味の差し入れを怠らなかったのだが…ついに駄目か。

今の施設に短期で戻れるよう様々考えたが、上手い方法は見つからない。区分変更をかけて介護度を3まで上げ、哀れっぽく特例の理由を並べ立てて個室のある特養に大量に申込書をばらまき、一方で、安い個室のある老健を探すことしかできないようだ。ここなら長期間大丈夫という所を紹介されたが、暗い雰囲気がよどんでいた。無理だ。長期間受け入れる施設は長期で受け入れざるを得ないだけの理由があるのだという。老人施設の口コミは探しても引っかからないから見に行くしかない。

減額措置後で月20万円少々の個室なら空きがある。といっても粘っても1年いられるかどうかだが仕方がない。母の貯蓄を取り崩して差を埋め、後は妹たちにも応援を頼んで自分たちの老後資金を取り崩しつつ、特養に受け入れて貰えるまで、短期間で老健をハシゴするしか今のところ手はないようだ。

地獄の沙汰も金次第だねえ。


ganbare_watashi at 11:06|PermalinkComments(8)TrackBack(0)いろいろあるよね 

2016年05月18日

京都、滋賀、静岡旅 2日目−2

P1030455美しい物を見ても胸はいっぱいになってもお腹は別物。勝手に騒ぎ出す。

今日のハイライト、重森三玲庭園美術館に14時に予約してある。遅刻など絶対に許さないぞという雰囲気だったのだが、狭い京都、東山から出町柳まではたいした距離ではない。ぶらぶら駅に向かって歩いていると小さな黒板が町屋の入り口に立てかけてあるのが目を引いた。

ふらふら入ってみると、入り口には草間弥生の黄色いカボチャの絵。自宅の応接間然とした空間の周りにはぐるりと本。それも私が好きそうな本ばかり。む、お主、同類か。主の女性は言葉の研究家と自己紹介したけど、編集者のように思えた。彼女が一人で自宅で料理を作って出しているのだが、途中で何人か若い女性や犬が出入りする。シェアハウスなのだと。まあ、昔の賄い付き下宿と何が違うのかよく分からないが、美味しかった。おまけに安かった。で、年間1万円を支払ってメンバーになると食事付きで1泊3500円で泊まれるらしい。場所もよい。少し食指が動くが、お風呂が共同というのが引っかかって辞退する。近所の人たちのたまり場のようでもあり、ひとしきりおしゃべりを楽しんだ。こういうのもアリかな。

ほとんどをここで食事をするというお兄ちゃんお勧めのお店でお菓子を買い、時間を見るとアラ大変。小走りで駅に向かう。あんなにあった時間はどこに隠れたのだ。出町柳で時間が押しているので念のため京大生らしい男の子に京大正門はこちらでよいか聞いたら、そっちは駄目、こちらを行った方が良いといわれ、素直なものだから、調べた道と違う道を向かう。

美術館まで15分のはずだがつかない。坂をせっせと上るが京大は見えてこない。正門が目印なのだが知っている人はいない!ナンダヨ。遠すぎる。京大の四つ角で聞いた男性が中を通り抜けた方が早いと教えてくれたので、そこから小走りではなく、疾走となる。何度もいうことだが、不整脈がある。何十年も走ったことがなかったのに、昨年の旅以来、遅れそうになっては走っている。なぜだ。正門を走り抜け、道行く人に走りながら聞いて、へとへとになってぎりぎりに到着したが、門はまだ閉まっていて、予約のおばさん2人組と隣の建物の写真展を見に来た人がいるばかり。P1030432

やがてお爺さんがヨッコラショと登場。門を開け、看板を出すと、美術館のおじさん登場。縁側で料金の徴収を始める。写真展の人が紛れ込み、ひとしきり、隣の写真展とは別料金だが庭園を見るのか見ないのかどうするのか押し問答が始まる。写真展に来た老けたお兄さんが良いです、見ますで、一件落着。同じく写真展流れの外国人の3人組がこれに加わる。

思ったより小さな石庭だ。畳みに座って説明を聞くが日本語でどんどこ由来を説明し外国人がもぞもぞする。気になって大丈夫かと小声で聞くと、流ちょうな日本語で大丈夫です。でも大丈夫な人は1人だけで、横の2人は憮然としてがやがやし出す。そのうち、女性の一人のペットボトルから水が漏れ座布団が濡れたと、ひとしきり騒ぎに。

まあ、日本間に吊された大きな照明がイサムノグチであり、石を捜しに行って交友を持つようになったこと、遺産騒動があったことは分かった。+料金を支払った私と老けた若者が茶室も覗く。茶室もそれ以外も相当痛んでいる。畳は毛羽だって変色しているし、柱も屋根も手入れが必要な状態にみえた。オリジナルの畳だとのたまっていたが、畳はオリジナルでなくても消耗品だから良いのじゃないかなあ。それなりに面白かったが、文化財の保存はお金の問題でもあり、大変だろうなあという感想とあいなった。

P1030446それから京都国立博物館へ向かい、禅展をみたのだが、疲労困憊。頭もふらふらで、博物館の年間パスポート(トーハクもOKで奈良と九州の博物館も見られ、特別展も1回ずつ見られる優れもの。トーハクのパスポートより安い3100円也)を申し込むのに、なんと4月と書いて注意され、果たして今日は何日なのか分からなくなり、大恥を掻いた。自分で自分が心配になるが、係の人も心配したかも。認知症検査の一番目は今日は何月何日ですかなのだから。

もちろん、白隠禅師のだるまの絵や若冲の竹図はさすがだが、思ったより数が少なく、ちょっと残念だったが、1階の仏像がとてもよかったし、禅宗の成り立ちなども順を追って分かりなるほど。でもザルのような頭なのですでに忘却の彼方なのだが、禅師たちがみんな短気で怒声や棒を振り上げているのが分かったのが収穫。って、馬の耳に念仏か、豚に真珠か。ここでも禅師に倣ったわけでもないだろうに大声で騒ぎ出す男が出現。そそくさと場所を変えたのだった。

さらに漫画ミュージアムで土木漫画特集だったので覗こうと思ったのだが時間切れ。可哀想な足はようやく休息を与えられたのだった。

20,138歩
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ganbare_watashi at 19:55|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

2016年05月16日

京都、滋賀、静岡旅 2日目

P1030364日曜日。美術館は今日頑張っていくしかない。

開館時間を比べ、まず京都市美術館の庭園を見ることにする。美術館は9時開館だが庭はもっと早くても大丈夫そうだ。地下鉄東山で下りる。地上出口の前に近道とすぐ横の路地が示してある。見覚えがあった。数年前に訪れた並河靖之の記念館がある路地だったのだが、ここは10時開館。記念館の前には風情のある古びた小児科医院があったのだが建て替えられていた。残念。

きれいに晴れて暑くなりつつある川沿いの道を歩いていく。いわゆる琵琶湖疎水の支流で緑が美しい。結婚式の宣伝写真だろう、川の向かい岸でポーズを取る二人。奥に朱色の平安神宮の大きな鳥居が見えてくる。P1030375

P1030408まだ9時にはだいぶ間があるというのに美術館の前にはすでに列ができていて係員が声をからしていた。ルノアール展とモネ展が同時開催されているのだ。東京で見たもんねと建物と庭の方に興味がある私は素通りし裏手の庭に回るとそこでも宣伝写真のカップルとカメラマン。春ですねえ、というには少し暑い。なかなか良いお庭で、奥の階段を上り庭を一望すると遠くに屋根に一面太陽パネルを貼り付けたような巨大な和風の建物が目に入った。あれは何だろう。美術館なのだろうか。行きたいが少し距離があるようだ。
P1030402
ついでと言えば叱られるが、すぐ奥に平安神宮があったので参拝。御朱印を頂く。昨年秋に始めてまだ1枚しか記入して貰っていない御朱印帳は忘れてはならないと自分に言い聞かせたのにしっかりと忘れていて紙を貰う。ぺらりと紙1枚だとありがたみが少ないような気がしないでもない。300円也。

忙しく回らねばと思いつつ、平安神宮の庭も一巡する。朝早くだと人も少なく気持ちがよい。でも広い。とっても広い。で、途中で切り上げるつもりが結局ぐるぐる回ってしまった。なぜ私の心は冷静な私の頭をいつも押さえつけ勝つのだろう。しかも駅に戻る途中でついふらふらと京都国立近代美術館「オーダーメイド:それぞれの展覧会」も覗いてしまった。

P1030417しかもしかも駅に行き着く前に今度は骨董屋に吸い込まれ、話をしているうちに一旦は却下した野村美術館が近いから是非と言われ、足が既に痛い、暑いとぶつくさ言いながら、でも向かってしまう。がそこでまっすぐ行き着けないのがワタシ。

無鄰菴(むりんあん)はこちらという矢印にふらふら従ってしまったのだ。従って良かった。山縣有朋の別邸で七代目小川治兵衛の作庭とかで、さすがに美しい。休みたいのでお抹茶を頂く。が、まあ、季節柄、生ものは無理なのだろうが、桜餅と書いてあったのに、何だか乾いた不味いキャンデー状に包んだ物が出てきてがっかりした。気持ちの良い緑と風にもかかわらずお腹が文句を言う。

ああ、これだけ歩いても、これだけ見ても、まだ午前中なのだ。

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一番上:東山駅から平安神宮方面に抜ける道筋の疎水
右側小:市美術館裏庭
左側:現代美術館から見た市美術館と平安神宮大鳥居
右下:平安神宮の神苑(小川治兵衛
作)
一番下:無鄰菴





ganbare_watashi at 10:34|PermalinkComments(8)TrackBack(0)

2016年05月13日

京都、滋賀、静岡の旅 1日目

P1030315東京駅7:03発ひかり。早々と指定席を取ったがこんな時間にひかりなどに乗るのは安く上げようという魂胆の暇な中高年というわけで、そこそこすいている。晴れているのに海側で富士山は見えない。損した気分。

散々迷ったあげく、結局京都ではなく新大阪から今回の旅を始めることにした。たっぷり時間は取ったのだが見所が多い上に、月曜日に開いている美術館がごく限られているので順路の組み立てに苦労する。

大阪駅で空を見上げる。曇り。晴れなら安藤忠雄の空中庭園に、曇りならきっぱり諦めようと決めていた。その上、熊本はまだ落ちついていない。庭園に向かう長い長いエスカレーターの上で揺れたら心臓麻痺だ。

大阪は数え切れないほど来ているのだが駅も駅前も一変していた。昔、散々うろうろした所を、人に聞きつつあがったり、下がったり。ため息が出る。大阪的混沌の中にゴロゴロを引っ張り入っていった。

向かったのは大阪歴史博物館。博物館と言うから独立した建物かと思ったらNHKと同じ建物にあった。で、面白いデザインの建物だと思ったのは博物館側で、NHK側は手堅い。敷地と建物を合同で建てても融合ではなく独自という面白い道を選んでいる。

ここは地下に浪速宮跡が保存されていてロビーの一部がガラス張りで下の遺跡が見える。この遺跡ツアーが目的の一つ。歴史にたいして興味があるわけではないのに行きたいと思うのは、我ながら不思議だと思ったら、どうもローマの遺跡発掘現場の前にいながら暑さと疲れで素通りした欲求不満が底にあったらしい。無意識の欲求に従ったわけだ。約40分、地下に潜り、ボランティアのおじさんの説明を聞く。連隊駐屯地があったおかげで掘り返されず残ったとか、地理的な浪速宮の価値とか、面白い。土曜なのに参加者は5,6名と少ない。おかげで質問攻めにできたw。もったいないなあ。(写真の灯の柱は下の遺跡の柱の太さと長さも表しています)。

P1030329特別展として「近代大阪職人図鑑」。これまた工芸も好きな私にとって興味をそそる展示だった(ワタシって好き嫌いが多いと思っていたが、何でも好きな気がしてきたw)。人体模型や腑分けの書も興味津々。自在置物や生人形なる精巧な工芸品にも勿論感心。営々と努力しなければならないものを飽きずにコツコツと積み上げていく多くの人がいる。日本人って凄いなあ。努力を想像しただけで、コツコツが不得意な私は気が遠くなる。この先、このような努力を積み重ねられる人は必然的に減っていき、技術大国、職人大国の日本は昔の夢となってくのだろうか。

右往左往しつつ伏見の石峰寺へ。いつもoutlookの予定表を利用して細かくスケジュールを立て、印刷して持参するのだが、寸前まで仕事が混んでいたせいか馬鹿なことに別ファイルにとりあえず詳しい行き方のメモを入れておいたのだが、予定表に入れるのを忘れ、伏見神社隣とのうろ覚えで一旦降りた駅では遠く、戻る羽目に。コインロッカーがなく坂道をゴロゴロ上っていく。急な階段も運んでいく。暑い、重い。普段やらないことをやるための旅だから、筋トレ筋トレと念仏を唱える。

P1030347伊藤若冲の墓に詣で、彼の作と言われる500羅漢に対面。ここでも人影は少ない。竹林の中を風が通りすぎ、あちこちに花が咲き、気持ちがよい。羅漢様は可愛い顔が多い。幸せそうな顔をしているのはこちらも嬉しい。父によく似た羅漢様を見つけた。ヨッ、お父さん、と片手を上げる。あちらの世界で元気にしているかなあ。500羅漢など撮影禁止。残念。
P1030338
ここでまだ間に合いそうだと河井寛次郎記念館に向かう。
思えば10年近く昔になるか、汐留のパナソニック美術館で濱田庄司、バーナード・リーチ他の展覧会を見てから細い糸をたぐって、山崎山荘、ロンドン、セント・アイヴス、益子と巡ってきて、今度は河井寛次郎だ。あちこちで人が交錯し、つなぎ合う様が興味深い。

興味深いなどと気楽に言っているが、駅から遠かった。清水五条駅から徒歩10分とあるのだが、坂道だなとどは書いてない。地図で目印にした建物はない。おまけにかんかん照りだ。暑い。ゴロゴロは重い。苦行だ。でも行って良かった。

P1030350この記念館は河井寛次郎の仕事場兼生活の場であった民家をそのまま公開していて、「建物のみならず、館内の家具や調度類も郤]困離妊競ぅ鵝△△襪い禄集によるもの」だそうだ。彼の作品も多数あるが、それ以外の家具なども面白い。また京都の民家が建て込んだたいして大きいとも思えない屋根続きの中に素焼き用の窯と登り窯が築いてあり、周囲にはごろごろと陶器や破片が残っている。建物自体も興味深い。人気はなさそうな小さな記念館だが、陶器が好きな人にはお勧め。

宿泊のホテルは前も何回か泊まった所で勝手が分かっている。美味しいパン屋が近くにあるので探していくとそこで新しいスーパーが出来ていて美味しいお総菜が沢山あると聞き、各種お総菜や翌朝の食料も調達。ここまでは良かったのだが、ホテルのスパで入念に足を揉みほぐし、その後、気分良くラウンジでついカクテルを飲んでしまった。

沢山歩いて汗をかき、温泉で長風呂し、お酒を飲むと何が起こるか。熱中症。座間味島で経験済みだったのに、またやってしまった。両足が締め付けられるように痛み始め、慌てて水分を取ったのだが、しばらくうなる羽目に陥った。懲りない奴だねえ。

15858歩
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ganbare_watashi at 11:40|PermalinkComments(16)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年05月12日

京都、滋賀、静岡、ぼけまくり旅 はじめに

P1030614あっちでもこっちでもぼけまくりの旅となった。
狙ったのなら良いけど、狙ってないのになぜぼけることになるのだろう。

いよいよ一人旅はお仕舞いにした方がよいかも知れない。
と、少々、心細くなってきた旅からも無事に帰宅した。
まあ、失敗も多かったけど、得る物も多かったから由とするか。立ち直りだけは早いのだ。が帰宅してから一層落ち込むことに。

それは、先ほど届いたメールが原因。

旅行の荷物をほどき、片付けていて、琥珀の小さなペンダントを無くしたことに気付いた。最近お気に入りで良く身につけている。京都のホテルで身に付けようとして暑そうだから止めようと思ったのは覚えている。袋に入れたはずだが袋の中には大きめのガラスのペンダントが入っているだけだ。バッグの中もすべて片付けたがない。ごろごろの中にもない。パンフレット類、地図の類、逆さにして探したがない。

昨年の四国旅では10年ほど前の娘との英国旅行でV&Aで買ったウィリアムモリス柄の傘をどこかになくした。娘は10年も使えばもう十分よというのだが、長年使ったからこその愛着は娘にはまだ分からない。可哀想な私の傘。

何十年も物を無くすと言うことはあまりなかった。K子は飛行機の中にハンドバッグを置き忘れ私のバッグはどこと聞いた強者だが私は常に笑う側だったと書いている側から電車の中で鞄を2回置き忘れたのを思い出した。忘れ物をするようになったのは別に歳のせいではなく昔からおっちょこちょいだったではないかと思い出せば気分は多少晴れる…かなあ。

元に戻るが、ホテルに問い合わせのメールを出したら返事が来た。ペンダントは届いてないが、部屋から7分袖のTシャツを回収しました、だと!初夏の定番、薄いシルクのシャツを部屋に置いてきたことも知らず、バッグの中身を片付けても気付きもせず、なんてこった。

急に不安になった。ペンダントを忘れたとメールしたが、実は家にあったりして…。

昨日と今日、2度、隅々まで探した。ポケットも勿論探した。あるわけない。のに、あった!
アクセサリーの袋の中に。同じような色の大きめのガラスのペンダントに絡まっていた。

平身低頭の、お願い、シャツを送って下さい、ごめんなさい、ペンダントはありました、のメールを書いた。最近頭を下げることが多すぎる。頚椎がつぶれているから上を見るより下げる方が首のためには良いそうだが、下げすぎだ。

旅行記は次回からね。写真は三井寺の観音様。私のために涙を流してくれているようだった。

そうそう、お嫁さんからメールが来た。
帰ってきた?体調崩してない?

胃が痛い。体調崩していると返事をしたら、
マミーのことだから崩していると思ったんだと嬉しそうな返事が来た。娘たちだけでなくお嫁さんまですっかりお見通し。遊びが終わったら仕事の時間。胃も痛くなるよね。

ganbare_watashi at 20:35|PermalinkComments(2)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年05月06日

京都に宿を取る

P1030306何度言っても洗濯物をちゃんと出さないでしれっとしている93歳の母を少し脅した。
そんなに洗濯物が少ないのなら、私もこんなに来る必要はないわね。

そりゃ大変。せっせと出さなくちゃねと母。現金な奴だ。

次に行ったときにはどこから出してきたのかソックス8足、下着8枚、その他パジャマやズボンなど、重くて持ち帰るのが大変だった。

明日から旅行。出し渋っているときに行ければ良かったのだが、気の毒な娘。オニではなく優しい私がいぬ間に洗濯するのだ。お土産を何かと注文してくるだろう。怖いなあ。

実は、4月中旬に3泊分を一度予約していた。それも大津に。

それというのも京都に宿がなかったから。いつもは一休とjaranを主に使ってお気に入りのホテルを予約するのだが、代理店のウエブもホテル自体のウェブも、4月は丸ごと閉じてあった。聞きしに勝る京都人気だ。勿論、海外からの集団のお客様が大勢ということだ。

高い部屋なら開いているのだろうが私はちゃんと分をわきまえているのでw、1泊1万以上は出す気はさらさらない。でも不便な所や壁の薄い安宿は嫌。我が儘なのだ。普段我が儘じゃないからねw。

近所の旅行会社で聞いてみると大津で評判の良い所があるというので一応そこに予約を入れたのだが、一人旅なのに、ツインしかない。1泊1万2千円ナリ。ツイン料金など払いたくないし、娘は一番忙しい時期だよ、無理の一言。常に金がないと騒いでいる友人に無償提供しようと思ったのだが、行きたい場所が決まっているし気分で行き先を変更する気ままな旅なので、面倒。

未練たらしく何時が安いのか、その京都のホテルに絞ってウェブ上であちこち探していると、連休明けの日、月の2日間だけ、多分、最後の1室のようだったが、7500円というのが目に飛び込んできた。即予約。同じタイプのシングルが3万円超まで上がっていたのだから、びっくり。こんなことってあるんだ。

元々がミホミュージアムと静岡の美術館でのルーシー・リーを核にして組み立てていたので、瀬戸に安いがリノベーション直後で清潔、部屋も広いという口コミの所を発見して予約。

しかし、月曜日は美術館が休みでどう組み合わせればよいのか分からない混乱状態となり、あと1泊するしかないと、再度検索していると、今度は明日、土曜日の京都で、そのいつものホテルで1万5千円で空きが出た。スパ付き。どっちみち、スパは入るつもりだったから7500円の部屋よりランクは下がるし、原則は曲げるけど、この際だ、まあいいかと大急ぎで予約。さっさとカードで支払ってから良く見ると軒並み値段が下がっている!

勿論、連休明けだし、桜もないのだが、熊本の地震に某国の団体がびびって大量のキャンセルがでたなと私は踏んだね。今年は来日観光客の数が少々減り経済に影響が出るかも知れない。

熊本はまだ完全には鎮まっていない。四国の中央構造線が動けば伏見に飛ぶ可能性もある。私もびびっているけど、地震国に生まれた宿命だ、怖がっていては行く時がない。見ないうちに壊れたなどと言うのは嫌だ。しかも少しはすいているだろう。

というわけで、明日から4泊5日の京都・滋賀旅行に行ってきます。

[蛇足:娘に今度の日曜は母の日だと指摘された!息子夫婦には旅行を内緒にしていたのだがばれてしまう。母の日のプレゼントもないうえにお土産を要求される〜。母も施設で私を待ちぼうけ。あらら]

写真はクレマチス。二重底の苦難の連続のクレマチスに花が26個もついた。

ganbare_watashi at 11:07|PermalinkComments(6)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年05月04日

日経の記事

P1030304この間の原発の記事に様々なご意見をありがとうございました。

反省することも大事だけれども、それ以上に、子供たち、日本の未来のために、大人である私たちができることは、これから何をどうすればよいのかを考え支援することじゃないかしら。

5月2日付日経朝刊にドイツの原発の話、「原発ゼロ」めざすドイツ−原子力教育の灯けさず(東京版13面)、そして5月3日付日経朝刊には、「チェルノブイリ 30年の現場(上) 副題として観光客に過ち伝える/フクシマ、若者が動く、キエフ工科大学長のインタビュー「廃炉ロボで日本と強力を」(東京版13面)」が載っていたので、関心がある人にお勧めです。

イデオロギー論争や思い込みを廃した中立的な科学の視点からの良い記事だと思いました。
チェルノブイリに関する記事はこの後「下」が続くと思います。

ドイツは原発をすべて止めたと思っていましたが、まだ動いていました。ドイツは陸続きに原発大国のフランスもあり、日本と違い止めても電気の供給に不安はないはずなのですが。

以下は記事のざっくりした要約です。

ドイツでは水素・原子力エネルギー研究所のメンバーが5年前と比べて1.5倍以上に増え、様々な安全性を高める研究などに取り組んでいるが、優秀な若手研究者を引きつけるための研究プロジェクトとして、次世代原子炉の研究を行っており、炉心誘拐を起こさず安全性が高いとされる高温ガス炉の研究では日本などと連携を進めたいという。ドイツにはそれ以外にも廃棄物処理研究所などで処理技術の研究も行われている。

福島の6倍の放射性物質を放出したチェルノブイリではようやく来年から廃炉作業に入るが、いつ廃炉に出来るのかは分からないという。高度な技術が必要な核燃料の回収方法もまだ未定だ。福島では工業高等専門学校生たちが昨年から始まった「廃炉想像学習プログラム」で、東大などと連携して放射線や廃炉工学の知識を身につけようとしている。

希望の芽が出てきているような、明るい気分が多少ですがしませんか。

ganbare_watashi at 21:11|PermalinkComments(4)TrackBack(0)ちょっとは考えたかな話 

2016年05月01日

コワイコワイ

P1030273仕事柄、セキュリティには気を遣っている。

勿論、ウイルス対策の有料のプログラムは入れているし、メールも有料サービスに入っていて怪しいのは弾いている。

携帯のメールに関しても、これまでおかしなものなど入ってきたためしはなかった。

なのに、なぜだか、昨日、携帯に1通の英文の手紙が。
以前も通知したとおり、まだ1545ドル(うろ覚え)が支払われてない。添付を見るようにとかそんなメールだった。

ムム、これは詐欺メールだ、さもなければウィルスばらまきメールだ、添付など見てたまるか。

速攻、削除した。削除してから、そうだ、警察に届けた方が良いかも、と気付いたが、携帯には削除したメールを保存する所がない。

ま、削除してしまったし、しょうがないのだが、気分が悪い。海の向こうから直接に難癖付けにやってくるなんて、ああ嫌な世の中だ。心臓がいくつあっても足りん、などと思っていると、今度はクロネコからお届け物のメールが到着。

送り主は通販会社。買った覚えはさらさらない。誰か奇特なプレゼントの主がいるか、思い浮かばない。誕生日でもなし、母の日はまだ、上の娘とは戦闘中。息子の所は転職したばかりで金欠。下の娘は手渡しする。ついでにいえば母は施設で、この間の雑誌は面白くなかったから別のを買えとか、自分が何を欲しいか忘れたけど欲しいから買ってこいなどと言う。

もしかして、ぼんやりとカタログでも見ていてうっかり購入してしまったのだろうか、さっきの1545ドルはこれなのだろうか、やっぱり、私、痴呆症に近づいているのだろうか。不安が雲のように湧いてくる。

先ほど、荷物が届いた。封筒状の小さな荷物。送り主の名はない。嫌がらせかも。
ドキドキしながらいざとなれば返却、または警察に届けようと破らないようにそっと時間をかけて封を剥がしてみると、ミニのソーラー懐中電灯だった。英文での説明が印刷されている。それだけ。誰だ。何でだ。分からん。

こわごわ封筒の中を探ると、中にぴったりと貼り付いて紙が1枚。上の娘の婿殿の名前入りの送り状だった。ご丁寧に金額まで書き込んである。1545ドルではなく4104円。

こういう間の悪い時に送ってくるなんて、さすが娘。それとも、離島は送料が高いから、ウチを経由地にしてチョコ等を詰め込んだ大きな荷物にして送らせようという腹なのだろうか。電話しても出てこないが今度はこっちが攻める番だw。

それにしても、1545ドルねえ、英文で日本の携帯会社に送りつけても割に合わないと思うのだが…。もしかして、息子が関わっている?イヤイヤ、それはないでしょ。本当に?ウーム。

頭に刺激を与えると呆けないなどと言う。これほどの刺激を全身に浴びているので安泰?まさか。

ganbare_watashi at 10:40|PermalinkComments(7)TrackBack(0)いろいろあるよね 

2016年04月24日

様々な視点−原発について

原発要らないと即座にはっきり言えたらどんなに良いだろうと思う。

ウン十年前、原発反対の署名運動をした。環境問題にも取り組んできた。その上で、原発は必要悪だと納得した。電気がなければ日本は1日もやっていけない。放射線で1人も死ななかったが、真夏に都会で電気が数日止まれば数万人の死者が出てもおかしくない。農業も電力なしでは成り立たない。電気がこなければ水もでない。

原発が必要だった理由の1つが電力の安定供給だ。

石油原産国に振りまわされるのを避け、安定した電力が供給されなければ、近代工場など操業することは不可能だ。石油ショックの際の騒ぎも覚えている人は多いだろう。堺屋太一の「油断」を読んで、ありうると鳥肌が立った。第二次世界大戦のそもそももも石油が大きな原因の1つだと聞いている。

太陽光発電など自然由来の電力は3.11の後、急ピッチで伸びているが2013年現在でまだ2.2%に過ぎない。つまり今でもまだ微々たる割合に留まっている。その上、パネルは地震で壊れても発火するし、自然破壊ももたらす。また日本のように台風、大雨などに絶えずさらされる国では安定した電力を太陽や風などに頼ることは出来ない。

化石燃料、特にコストの低い石炭での火力発電所の建設も進められているが、世界では石炭はCO2を排出し、空気を汚染すると禁止の方向への動きがある。おまけに、中国などの電力消費が増大したあおりで石炭輸出国だった中国は輸入国に転じ、受給が逼迫、コストは増大してきている。

京都議定書での約束、その後の協定で、日本はCO2排出量を2030年度に2013年度比▲26.0%(2005年度比▲25.4%)の水準まで削減することを約束している(環境省データ)。できなければ巨額の賠償が待っている。途上国から排出権を購入したりもしているが(ここでも多額の資金流出)、すでに乾いた雑巾を絞ると言われるほど省エネに取り組んできたその上だから不可能だというのが多くの見方だ。つまり歳出が大幅に増加するだろう。高齢化による福祉関連費用の増大に加えてだ。

原発を止めたことにより、東日本大震災から4年間ですでに11.5兆円が煙となった。地震対策、福祉費用、高齢化・少子化対策、その他諸々に有効活用できたかも知れない巨額の資金が煙になったのだ。この先も同様に煙となる。

個人も企業も省電力を目指して頑張っているが、まだまだ道は遠い。私事だが311以前と比べ電力消費量は2割ほど減少したが、これ以上の削減はもう無理かもしれない。

経済産業省の「エネルギー白書」をベースに書かれた日本の発電力の供給量割合[最新版](火力・水力・原子力・風力・地熱・太陽光等)に詳しいので関心がある方は参照していただきたい。

ここに中国問題が加わる。
南沙諸島、西沙諸島の領有権を主張し、すでにミサイルを配備し、滑走路も完成している(2月17日付BBC)。
中国は国内問題が爆発寸前と言われ、そのようなときには外にたいして攻撃的になるのが常で、周辺諸国との緊張感が増している。

このBBCの地図を見れば一目瞭然だが、これらの基地は日本向けの石油タンカー等、物資運搬の航路に当たる。つまり、何かあれば、石油の輸入がたちまち止まるのだ。そして中国は沖縄でさえ元は自国領土だったと公然と口にするほど攻撃的だ。

福島以来、原発が怖い、地震国でしかも活発化している。心情はよく分かる。私だって怖い。

しかし、福島原発は地震では壊れたのではない。津波による電源喪失で水を循環させることが出来ず爆発した(福島第一原子力発電所−WIKI)。替えの電源を確保できた福島第二は問題を起こさず避難民を受け入れた。
なぜ代わりの電源がすぐに入手できなかったのか。

福島第一原発が米国のGE製だったために、すぐには取り寄せられなかったのだ。もちろん、あの津波の惨状で道路は寸断、がれきが山積だったこともあるが日本製であったらもっと早く入手できただろう。ではなぜ米国製であったのか。

その頃生じていた激しい日本叩きと関係があると私は憶測している。米国から何か購入する物がないか日本から買い物の使節団が渡米したこともある。私がいた某都市では日本人と間違えられた中国人男性が殺害されるという事件も生じた。多数の米国企業が競争に負けて苦境に立たされていたためだ。

電源が喪失しなければ、爆発は生じなかった。そして電源問題は解決されているし、耐震対策も、地質調査も新たになされた。

また、停止するだけではリスクは同じだ。
点検中で分解停止していた4号機が一番危ない状態に陥ったという。
廃炉には取り出したプルトニウムの処理などの困難な問題がつきまとう。ならば古くなるまでのある程度の期間、使用した方が合理的ではないか。

さらに、原子力関係は裾野の広い分野である。関連企業も関連技術も多い。日本には今まで蓄積してきた多くの技術があるのに、それがなくなったら、この先の廃炉に至るまでの期間の点検、メンテナンスなどの技術者の育成はどうなるのか。

また周囲には大量の原発を抱える国が存在する。例えば、韓国は30基といわれ、原発がクリーンなエネルギーを創出するからと中国は270基を計画・建設している。これらの国での管理はどうなっているのか。ただでさえビルや鉄道の崩壊や事故の多い国なのに、非常に怖い。日本の技術で助けられるかもしれないのにとも思う。

以上を考え合わせると、順次、減らして将来は無くすにしても、八方ふさがり。当面、原発は動かさざるを得ないとしか思えないのだ。

尚、人それぞれ、考え方が違うから面白いと思っています。イデオロギーに偏らない異論、反論がある方、どうぞ。

ganbare_watashi at 19:31|PermalinkComments(18)TrackBack(0)ちょっとは考えたかな話 

2016年04月18日

ちょっと嬉しいことがあると…

お嫁さんの実家が震源地に近い新八代にあるのでどんな大変なことになっているかと心配していた。

実家のお父さんは入退院を繰り返していて無職、お母さんが働いて支えている。失礼だが、かなり内情は困っているような気がする。近くには断層があるようだし、今回の連続した地震で北東方向に10キロ伸びたとか、活断層が27キロ動いたという恐ろしい話だし、この先、どこが動くか分からない。

道路は寸断しているのだろうか、どうなんだろう。逃げられるのなら少々カンパするから上京するようにとお嫁さんのSちゃんに伝えていた。

息子の所は2LDKだし、押し出されてウチに来ることになりそう。で、私は押し出されて下の娘の所だなと覚悟して、下の娘に泊めてねと前もって頼んだりしていたのだが。

さっき、Sちゃんに電話をしたら、お母さんは、仕事が忙しくてそれどころじゃない、上京しないよと言ったという。

ああ、良かった。仕事が出来るほどの状況なんだ。仕事には車で行っているので道路状況も悪くない場所なんだ。一安心。良かった、良かったを連発していると、

お嫁さんは末っ子の3歳児を医者につれて今帰っているところ。昨日から吐いて大変なんだと。

やれやれ、お正月過ぎから次々に3人の子供プラス息子夫婦は順繰りにおたふく風邪、インフルエンザ、普通の風邪と罹ってきて、ようやく落ちついたと思ったら今度はお腹の風邪だという。あーあ、マスクしろと言われたけど、私もうつるのかなあとSちゃん。あーあ、上の二人もうつるのかなあ。

子守に狩り出され、私もうつるのかなあと心の声。すっかり安心とはなかなかいかないようだ。

ganbare_watashi at 12:22|PermalinkComments(8)TrackBack(0)いろいろあるよね 

2016年04月16日

熊本地震

[追記あり]区の防災メールを受信する設定になっている。

寝ていたら、次々に受信の音が鳴り、寝ていられなくてとうとう起き出した。

何事かとテレビを付けたら大変なことになっていた。

14日夜の震度7の熊本県での断層のずれと見られる激震が本震だと思われ、その割には強い余震が何度も続くと思っていたら、午前1時25分頃の熊本県熊本地方での震度6がどうやら本震だったらしい。マグニチュード7.3いう巨大地震である。

どうやら震源が南に移動しているらしく、南阿蘇地方に被害が出ている。書いている側からTVからは緊急地震速報が次々に流れてくる。範囲も広くなっている。断層に沿って動いているのかも。

前日の地震では震度の割には被害が少なく、局地的な被害に留まっている、津波も発生していないと、一旦は安心したのだが。大きな断層のずれだとすれば、まだしばらく続くだろう。実はこれが日向灘を震源とするM.8.7の巨大地震の前兆ではないかという説を、昨日、読んで少々嫌な気がしていたが…。

熊本辺りは地震が少ないと思っていたのだが、災害はそれまで被害のなかった空白地域を狙ってやっているような…。

大規模な改修が終わって間もない熊本城が14日の地震で石垣などに大きな被害を受けたのだが、今日の地震で更に被害を受けているだろう。

地震国の宿命ではあるのだが、日本中、どこにも逃げようがない。

出来ることは自分の身は自分で守れるよう、整え、備えること、地震が生じたら、隣近所と協力して出来る限り助ける側に回ること、そしてデマは流さないということしかないかも。そして明日は我が身なのだからしっかり寄付しよう。

これで当分、外国人観光客の雪崩のような勢いは抑えられ、爆買いもなくなるとなれば、浮揚しかけている景気もどうなることやら。明日月曜日の日経平均は大きく崩れるだろうな。

朝になったらお嫁さんに実家のご両親にしばらく上京してもらえばと勧めてみるつもりだ。これが本震なら1,2週間もすればある程度は落ちつくだろう。

八代市でかなりの規模の火災が発生しているようだ。あーあ。

[追記]専門家でさえ、この熊本地震には困惑しているようだ
リンク先のデータは専門的で私には手が余るが、眺めているとなにやら方向が見えてくる人もいるのでは?少なくともこの地震が複雑なメカニズムで動き、いくつかの活断層が活発化していることは分かる。いよいよ紀伊半島沖の大地震も心配しなくてはならない時代に入っているようだ。

熊本城の被害はひどいが、近くの永青文庫の美術品、文化財などは無事だろうか。多数の美しい古民家は無事だろうか。

ganbare_watashi at 04:02|PermalinkComments(9)TrackBack(0)ニュース・事件 

2016年04月13日

母を連れ出す

2016041309490000散歩に出かけた。いつもの公園の桜並木、前々日まで華やかなピンク色だったのが緑一色になっていた。春の日は過ぎるのが本当に早い。若い芽が音を立てて伸びていく音が聞こえるようだ。

まだ桜が7、8分咲きの頃だったか、下の妹と娘と3人で母を連れ出した。娘がコーヒーとちょっとしたお菓子を用意し、暖かなベンチで、ゆっくり花見を楽しんだ。娘は母を連れて公園を散歩、私と妹はベンチでのんびりおしゃべり。今年も桜を目にすることが出来た。母も桜の季節を迎えられた。桜という花は不思議に人を考える人にする。

娘一家がドタバタと騒々しく旅立った翌日、今度は上の妹も上京し、姉妹3人で母を食事と恒例のカラオケに連れて行った。

ここのところ声が出にくくなっている。秋口には喉頭癌の兆候かも知れないと検査を受ける予定だったが忙しさに紛れて放置したのだが相変わらず、声が出たり出なかったりしている。母も声が変なのとか、声が出ないと一頃しきりに訴えていた。喉の老化なのだろうか。母には、だからちゃんとリハビリを受けなさいと言っているでしょ、喉も筋肉なんだからと言いつつ、自分はまだそんな歳ではないと思うのだから、ちゃんちゃらおかしいね。

で、歌うのは嫌だ、欠席しようと思っていたのに、だから一切選曲しなかったのに、私の好きそうな曲ばかり妹たちが次々に入れるので、仕方ない。ついマイクを握ってしまい、妹たちにお姉ちゃんばかり歌っていると言われてしまった。母と私の声が出ない二人のデュエットなのだが母はマイクも拾えないほど小さな声で、所々を周回遅れでつぶやいている。

カラオケ大好きな妹たちがマイクに飛びつかないのでおかしいと思っていたら、この二人も最近喉がおかしいのだという。やれやれ、花の三姉妹もいよいよ(とっくにという声もあるが)三婆となりつつあるのだ。

帰りに近所の満開を少し過ぎた桜並木のトンネルをくぐって通って帰った。今年の桜もお仕舞いだと思ったら、どっこい、数本の八重桜が開き始めていた。母は93歳になった。頑張るんだよ。って、母が死ぬまで死ねない。私、いくつまで頑張れるんだろう。



ganbare_watashi at 10:27|PermalinkComments(7)TrackBack(0)

2016年04月11日

そして日常に

娘一家がいなくなり、明日は妹が米国へ帰っていく。毎年、娘たちと妹とは同じ頃にかちあうのでこちらは大忙しとなるが、そして誰もいなくなりと毎回アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」を思い出し、数日間、淋しいよと騒ぎつつ、物事は収斂していく。

まるでドボンと石が放り込まれ波紋に揺らされそのうちさざ波一つ立たなく無くなる古い小さな池のようだ。私。

娘たちは、妹も、あなたが静かな小さな池の訳ないでしょと一斉に口撃し始めるのは分かっている。

曾野綾子さんによると、「老年は徹底して一人で寂しさと対面すべき時なのだ」そうだ。

ワタシの場合、しばらくおしゃべりをしないと、一人で寂しさと対面していると、いっそう痴呆が進みそうだ。痴呆の恐怖があるから騒がしくしているのであって、ワタシが黙ったらこれは痴呆が進んだか、鬱病のサインだから、娘たち、心するように。

娘一家がいた10日間、仕事もほぼ休んでいたが、数日間根を詰めたら、たちまち忘れていた目の痛み、不整脈が復活した。要するに楽しくしていれば体の不調はないということなのかもしれない。

しかし、仕事のない人生は今では考えられない。仕事があるから数日の休みが体のためになるということもよく分かっている。要はバランス。なかなか都合良く、良い塩梅とはいかないが、人生、最後に俯瞰すれば、すべてがうまくバランスが取れるものなのかもしれない。

さて、そろそろ避難させていた申告書類を掘り出すとするか。もともと見たくないものなのだから、どこに隠したか、それが問題だw。

ganbare_watashi at 10:31|PermalinkComments(12)TrackBack(0)

2016年04月07日

春の嵐とともに

2016040719140000爆弾低気圧のような娘一家は旅立った。

朝、雨が激しかったのでタクシーにしようと、2社に電話をかけ続けたがずっと話し中。

しょうがない。目的地はいつでも行けるような簡単な場所ではない。折り紙付きの過疎地なので出発時間に遅れるわけにいかない。

こうなったらと、5歳、8歳、10歳の悪ガキトリオを引き連れて駅まで行進した。超重量級の特大ゴロゴロを娘が引き、長男トモゾーはいっちょまえの巨大リュックを背負い、Rちゃんは自分の小さなスーツケースを引っ張り、私は5歳児の手を引いて、文字通りの桜吹雪の中を娘の後を必死で追いかける。5歳児は傘を振りまわし、水たまりを触り、娘に急げと叱り飛ばされていたのが、どんどん急いで進む娘に置いて行かれ、そのうち朝早かったので半分寝はじめたようで、なかなか前に進まない。引きずって歩く。重い、重い。

駅に着く頃には、滑って水たまりに3回尻餅をついた5歳児はお尻がぐっしょり、私は引っ張っていた右手の肘から下がぐっしょりと濡れてコートを貫通、セーターまで濡れるという有様。小さな子たちを連れて雨の中大荷物を持って歩くのはまさにちょっとした行軍だ。大荷物ごと満員電車に揺られ、紆余曲折はあったが無事に港に到着。降りしきる雨の中、船はドラは鳴らしたけど、たいした旅情もなくさっさと出て行き、私は取り残された。何だかなあ。

うるさくて、騒々しくて、散らかし屋で壊し屋の、寄ると触ると小競り合い、大競り合いを始めるギャングたち。一番の散らかし屋で文句言いの娘。ああ大変だった。ああ疲れた。ああ腹が立った。でも、ああ楽しかった。

一人で平和にゆっくり都会の温泉に寄り、一人で美味しい物を食べ、一人で帰ってきて、静かで平和な部屋で、娘たちの忘れ物をいくつも見つけ出し、障子の穴も6つに増えており、やれやれと言いつつ、ああ詰まらない。

娘一家は遠い遠い、今までいた南の島よりもっと遠くの南の島に行ってしまった。多分あと数年は帰ってこれないだろう。親の死に目に会えないぞ、コラ娘。そんな所に行くなんて。なんて奴だ。

若いとき私は1歳10ヶ月の息子と一緒に羽田を飛び立ち、10年も日本を留守にした。若いとき、親の気持ちなんて考えたことはなかった。前しか見えなかった。そんなもんなのよね。そうじゃないと駄目なのよね。

でも、ああツマラナイ。

仕事が詰まっている。明日は妹たちと母を連れ出すことになっている。さっさと仕事を始めねば…。

ganbare_watashi at 19:29|PermalinkComments(8)TrackBack(0)世迷い事 

2016年03月30日

第六感

P1030267例えば電話。何年も電話もしたことがなかった友人に電話をしたら丁度向こうも手紙を書きかけだったとか、友人の夢を見た朝、ご主人から亡くなったという電話が来たり。

そう言うことが何度もあって、何だかなあと思っていた。

今月初め、急に気になって何年も連絡していなかった従姉妹に電話した。膀胱癌が発見されて2日後に入院するという話だった。検査入院だからお見舞いもいらないと。

一昨日、連絡もないし気になって電話した。余命半年から9ヶ月だとあっけらかんと笑った。
以前、子宮癌で全摘して癒着していること、腰近くまで動脈乖離を煩ったことで、手術は不可能、腿から抗がん剤を入れることも検討したが無理だったこと。何度も死ぬ所を助かって命を貰ったのでもういつ死んでも良い。

医者の甥の紹介で膀胱癌の権威といわれる人の診察が受けられることになり数日後に別の専門病院に入院するという。九州から姉たちが心配して上京してくるけど、せからしか。そんなこつ必要なか。私も会いたいと言ったが、せからしかと豪快に従姉妹は笑った。

もうイヤ、もうイヤ、もうイヤ。一人家の中で叫んでいたら、憩室炎を発症。ただ今断食中。もう離婚騒動の頃からの持病で繰り返すので常備薬もある。でもいつもより急激で熱も出て吐き気も起こり、夜中に便座を抱いて失神しそうでこんなところで死ねない、救急車、いや娘と思ったが幸い収まった。

電話しようと思ったのと娘にいうと、電話できるのなら自分で救急車を呼びなさい。大丈夫マミーならだと。この子もきっと従姉妹のように肝が据わっているのだろう。従姉妹ならトイレで死んでもどこで死んでも同じと言うだろうなあ。私は甘ったれでいい。トイレでなんて死にたくない。

で、痛むお腹を抱えていた昨日、南の島の娘一家が到着。もっと南の島へ転勤することになり、我が家は中継地となり、これから1週間ほどは暴風圏内だ。すでに家中、嵐が荒れ狂ったような有様となっている。

写真はクリックすると大きくなります。ベランダからの富士山。

ganbare_watashi at 06:57|PermalinkComments(6)TrackBack(0)いろいろあるよね 

2016年03月27日

嬉しくて悲しいもの

P1030268やられた。結構重宝していたのだけど。真っ二つ。

3匹の孫たちがやってくるので(前回を参照)大慌てで書類や本類はもとより、電話機からスタンド、食器類も避難させたのに、テーブルの真ん中で大丈夫と甘く見たのが敗因だ。

一番下の3歳児の男の子がママが良い〜といつも泣き叫ぶので閉口する(ママと泣き叫ぶのは圧倒的に男の子が多いのはなぜだろう−全く男はw)。今回、さっさとママは消えていき、お約束通り、ママと泣き叫んだが、無視して直ちに用事を済ますことにした。母のところに洗濯物を届けるのだ。

で、この3歳児は男らしくw腕で涙をごしごしこすりながら、ひいばあばにこれを届けたら、その後、みんなでおやつを買って、公園に行くよと上の2人に話していると、涙の粒が減ってきた。今だ。

Uちゃんも、Nちゃんも、泣かなかったよ。Uちゃんは一人でお泊まりしたよ。

ホント?Uちゃんも、Nちゃんも?
そうよ。Uちゃんも、Nちゃんも。泣かなかったよ。お姉ちゃんとお兄ちゃんだもの。ウソだけど。

顔つきが変わる。この一番下のKちゃんは上の二人が穏やかなのに、負けず嫌いなきかん気の子で、顔つきからしていかにも悪そうw。頭を絞って息子を掌の上で上手に転がし、上の子たちを2歳くらいから泣かす悪ガキなのだ。娘の所の一番下の男の子といい、育てるのは大変だが見るのは面白い。悪ガキ大好き。ああ楽しみ。

この子たちはちゃんと静かにできるので施設に連れて行っても大丈夫。周囲のお年寄りから可愛いねと言葉が次々かかる。が、入り口で消毒したがどんなばい菌がついているか分かったものではないので長居は無用。そそくさと洗濯物を渡し、受け取り、顔見せだけで接触はさせずにスーパーへ。もちろん一騒ぎとエンドレスなおしゃべりでへとへとになりながら、おやつと飲み物を購入。公園へ。

滑り台2台と網目状の通路、ハシゴが連結された遊具へ。歴代の小さな子たちが怖がってこの通路は当分歩けないのだが、3歳くらいの女の子が怖いと網の上で泣いていた。母親が嫌だというのを引きずって歩けと上に乗せ、面白いと写真を撮っていたのだ。降りたいと何度に訴えるが母親は聞かないで泣き顔をスマホで取っている。これはまさに虐待だ。

どうしようかと思ったが、口を出した。ある程度大きくならないと渡れないですよ。怖いらしいですね。高い所が怖いのは本能でこれがないと落ちたり危険だから良いことですって。母親はようやく子供を下ろした。

お節介だと子供たちには叱られるが、お節介は高齢者の役割、当然やるべき社会奉仕だと私は思っている。口を出さない社会の方がおかしい。

横で見ていた3歳児、どうやら競争心が起きたらしく、網の側に寄りもしなかったのがへっぴり腰で渡り始めた。初渡り成功。で、出来た出来たと大喜びで何度も挑戦。先の母親は声の届く所にいる。褒めるのも小さな声で、聞こえませんようにと祈りながら。嬉しいけど困るのよねえ。

家に戻ったらSちゃんが受け取りにやってきた。息子の愚痴をこぼすこぼすw。その間、3人はゲームで盛り上がっていたのだが、帰った後のテーブルの下には哀れ、二つになった鍋敷きタイルが。誰か興奮して落とした上で飛び跳ねたらしい。

まあ、いいか。割れ物は壊れる運命なのよね。



ganbare_watashi at 10:32|PermalinkComments(8)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年03月24日

ネムイ

気絶しそうなくらいネムイ。
でも寝られない。
もうすぐ孫3人がやってくる。3歳、5歳、7歳だ。

テーブルの上に散らかり放題に散らかっていた申告用の書類と、寝室に散らかっていた本の類と触られたら困る物を棚の上に避難させたら、もう疲れ果てた。

これはきっと体がこれから生じる多難な時間を予想して勝手に先取りで休憩しようとしているのに違いない。

あと掃除機をかけ、お皿を洗い、菓子類を隠さねばならないのだが…。

最近は、何か片付けるか隠せば後で見つからなくなるので隠し場所はどこにするか頭をひねらなくては。
数ヶ月前に片付けたガラス製の鍋の蓋が未だに見つからないのだ。

ネムイ。もう駄目、昼寝しようかなあ…zzz

ganbare_watashi at 14:06|PermalinkComments(12)TrackBack(0)世迷い事 

2016年03月18日

九品仏と五島美術館

20160318151600001月末にぐるっとぱすを購入したK子。そろそろ電話が来るかなと思ったら、やっぱりあった。

期限切れになる前に出かけなくちゃというので、今回は温和しくK子のお供。知人経営のイタリアンに近いという理由で彼女が選んだ五島美術館。でもその前にまず腹ごしらえと九品仏のイタリアンへ。

12席という小さなお店でシェフとウェイターの2人で回している小さなお店。ホワイトアスパラにミモザソースがかかっている一品を前菜にチョイス。K子は7品盛り。少しずつ交換w。

ヘレンという親しかった女性が昔作ってくれてビックリするほど美味しかったなあ。料理が上手で手芸が好きで、絵を描き、同じ年で同じ年の息子がいた。彼女は黒人と結婚した白人女性で、黒人と結婚したというので怖い目に随分あったらしい。イリノイ州から逃げてきたという経歴の持ち主。でも息子が4、5歳くらいの時に離婚した。大変な思いをして大恋愛だったのに。人の心も運命もよく分からない。離婚してから大学に行き直し、図書館員になった。元気かなあ。

K子とどれが美味しいかカロリーが少ないか、長々と喋っていたら、パスタを2種類を半分ずつお皿に載せてくれ無事解決。これだからおばさんはと思うでしょ。私もw。

タラバガニの辛めのソースのパスタとタケノコとゴルゴンゾーラのパスタ。すべてがかなりの量で、デザートもしっかり4種類。お腹いっぱい。なかなか良いお店だったが、もう少しスパイスを効かせていればと心の中の声はうるさい。ヘレンの方が美味しかったと思うのは当然、思い出の味付けがあるからだと分かっているが。2016031815190000

九品仏にこんなに大きなお寺があると知らなかった。秋にばんな寺で貰って以来の2つ目の御朱印を頂いた。こちらは昼食の11分の1の300円。午前中に病院でコレステロールがまたしても上昇しているのが判明したのに、食べすぎた。さて御利益はあるだろうか。

上野毛にあるメインの五島美術館へ。隣が五島昇邸。庭先を美術館にしたのね。五島昇邸の前に巨大な欅がそびえ、3人の庭師の人が取りついていたw。

中国の陶芸展をやっていたのだが、お庭が非常に良かったので印象がすっかり薄れてしまった。庭は五島慶太氏が足腰の鍛錬をしていたという自然なしつらえの庭で、ヒールは勧めないという「健脚コース」だと案内にあった。崖に経路を配したとあるとおり、高低差があり、変化があり、多数の石塔、石仏、灯籠など、素晴らしい。丁度木蓮と天然記念物だというコブシの花が花盛りだった。しだれ桜の古木もあり、桜の季節はどんなに見事だろう。

根津美術館が好きでちょくちょく行っていたのだが、改装後は手が入りすぎの感が否めず、人工的な庭も人工的な光の展示室も行きたい所ではなくなり残念だったのだが、こんな所に自然な庭が残っていたとは。しかしまあ、石仏やお地蔵様など随分集めたもので、こんなに集めて、地元の人たちの信仰対象であったに違いないのに、慶太氏は恨まれなかったのだろうかとおかしなところが気になるのも歳のせいだろうか。

会社帰りの娘と途中で合流して盛り沢山な1日が終わった。

ganbare_watashi at 15:37|PermalinkComments(10)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと