2016年08月24日

検査入院の顛末

8月23日、24日が検査入院の予定日だった。

憩室炎なんて遠い昔のことのようにお腹が落ちつき、違和感がなくなるにつれ、面倒だなあ、嫌だなあ感が毎日増大していった。

8月16日から検査の下準備として処方された薬を飲むことになっていてカレンダーに大きな字で薬と記してある。腫瘍があると思い込んでいた遠い昔の話だw。食前の漢方薬、食後のマグネシウム2錠、寝る前の下剤!これを1週間。いくら何でもやりすぎでしょうと思っていたためか、目出度く、初日の朝と昼の食前は飲み忘れた。

飲み忘れがあったのに、翌日、10回以上、お腹を押さえてトイレ通い。もう1日で懲りた。翌日からは就寝前の薬はカット。マグネシウムも2錠ではなく1回おきの1錠に減らした。それでも十二分に気分悪い。折角快調なお腹だったのに今更人工的に痛くするなんて、やってられない。続けられない。検査準備に必要、それが何だ。もう止めたい。もう止める…決めた。

病院に電話をした。検査入院を予約したのですがキャンセルして下さい。予約係ですんなりキャンセルされるかと思いきや、予約係りが外科につなぎ、看護婦さんに経緯を説明すると、今度は医師が電話口に出てきた。

検査の準備が出来ないと訴えると、じゃあいいでしょう。入院してから措置をするから。下剤がよく効くと分かったし。(効き過ぎてるよ〜!)診察中なのに丁寧に説明してくれるものだから、低い声で、はいと思わず返事してしまった。すっかりキャンセルするつもりでその直前に仕事を受けたのに…。

必死でPCにしがみついた。受けた仕事は片付けねば女がすたる。娘たちは昼間、スケートやプールなどせっせと外出。何とかなるかと思った所で、台風が近づいてきた。それもいつの間にか数を増して3個も。そして、万事休す。娘たちの乗る船が、片道24時間かけて行ったり来たりしているたった1隻の船が、欠航することが決まった。次の船は23日朝。入院の日だ。大荷物とどこに飛んでいくか分からない孫3匹。手助け無しで港まで行き着けない。

24日締め切りの仕事を、何とか23日朝までに終わらせるよう頑張り、入院して検査を受ける気になったのに。それも20日に娘たちが帰るから、その後仕事が仕上げられると計算したからなのに。病院に電話した。金曜の夕方で誰も出ない。土曜の朝再度電話した。誰も出ない。仕方がないので、キャンセルして欲しいとメールした。

土曜日も日曜日も返事はない。頑張ったら仕事の目処がついてきた。下の娘にも検査を受けるべきだと叱られ、休みを取って上の娘+αに付き添うからと言われ、しょうがないと再び検査を受ける気になった。

それなのに、月曜日の朝、病院から電話がかかってきた。事情は分かりましたのでキャンセルしましたから9月に先生と日程を再度話し合って下さい…。

ただ今、お腹は快調。それなのにやっぱり受けなくちゃいけないのかなあ、嫌だなあ。9月はもうそこだ。

そして、妹が昨夜、帰国した。
今日、お嫁さんが熊本から帰ってくる。
上の娘と孫3人は昨日、帰って行ったが、検査入院などしている暇はないのだけど…。

ganbare_watashi at 16:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)いろいろあるよね | 医療・健康-臓器移植を含む

2016年08月18日

介護保険負担限度額認定

母の介護保険負担限度額認定証が7月末に届いた。

どうも嫌な予感がした。
収入、年金の受給額だけではなく、前回はなかったと思ったが、固定資産の有無を問う欄があったばかりではなく、すべての預金通帳の直近数ヶ月分をコピーして提出することも求められたからだ。

母には資産がない。エッヘンw。通帳の残高も前の施設で私がセコセコ母の洗濯物を洗濯して年金との差額を溜めた、まあ通常の葬式が出せる程度の金額しかない。それも新たな施設でも個室に入り値段が上がったので受けとる年金との差額で数年でなくなってしまう。だから貧乏度wには問題はないはずなのだが、受け付けで遺族年金を聞かれた。といっても父は元々自分で仕事をしており、長年企業に勤めたわけではないからたいした年金はないのだが…。

で、勿論、嫌な予感は当たる。

これまで食費の負担限度額が390円から650円に
従来型個室の負担限度額たるや490円から1310円に2倍強の厚かましい増え方をしていた。

つまり、1日あたり1080円、1ヶ月では32400円もの負担増になる。1ヶ月約15万弱の母の年金収入では医療費等を加えると月17万円から18万円(洗濯代3万円を入れないで2万円から3万円の赤字)必要なのに、そこに32400円も上乗せされる…。月2,3万程度なら何とかなるとしても、月5万も6万もの赤字を長期間出せない。私だってそうそう長くは働けない。もう母を個室に入れておけない。

とぼとぼ夏の太陽に照らされながら母の施設に向かった。施設の相談員に負担限度額が上がってしまったことを告げると、2段階も上がった人もいたという。母は1段階上がっただけでこの騒ぎだからホント同情する。まあ、老人が増え続けるので、資産も年金もたんまりある人は自分で出すのが当たり前なのだし、母のような資産無し、預金無しで個室に入ろうなどとする方が心得違いなのかもしれないが…世知辛いなあ。母をどうしよう。

来年辺りには4人床に移るしかないかも、困ったなあとつぶやいたら、相談員がちょっと待ってとなにやら奥で計算を始め、施設が徴収している特別室料を値下げして最初の料金とほぼ替わらない金額を提示してきた。

何でも言ってみるものだね。地獄に仏。ありがたや。

で、帰りに元の施設に精算に寄り、顔なじみの相談員に母を動かすからまた腰痛が出たのよ、高くなったし、ここを出たくなかったのよと軽口を叩いていじめていると、個室入居者の集まりがどうも悪いらしく、もしかしたら秋にも空いてますよと電話するかも…待ってて、だと。

春からの騒動は一体何だったんだろう。リップサービスとも思えなかったが、裕福な老人が世間が思うほど多くないと言うことなのか、遺産となるはずの預金を減らしたくないという次世代が多いのか。いずれにせよ、ワタシの番が来たとき、ワタシが入る所があるのだろうか。

長生きはリスクだね。しかし、母を残しては死なないゾ。まだ旅も2度、3度、4度とするのだ。お金など残しておくものか、エイエイオー、とカラ元気なのだ。

ganbare_watashi at 15:56|PermalinkComments(16)TrackBack(0)医療・健康-臓器移植を含む 

2016年08月16日

月日は流れ〜♪

花火DSC01778娘と3匹の超うるさい計4匹がやってきてからもう16日。お久しぶりです。

1日1日が果てしなく長く、なのに月日はひとかたまりになってあっという間に過ぎていく。

昔もこんな感じで過ぎていき、気がつけばこんな歳になっていたのだった。4人がいなくなればまたしてもぐうたらな日々が始まり、ああ退屈だと言い出すのはわかりきっているだが、今日のところ、出かけてくれて久しぶりの一人の昼食が嬉しい。それにしても疲れた。婆さんになったものだと今更ながらびっくりする。

毎日、ドタバタいろんなことがあったが少しのメモを。娘たちと入れ替わりにお嫁さんと孫3人が戻ってくる。入院検査も待っていて、8月末には妹がやってくるので遊ばなければ。いつ仕事をする気なのだろう、ワタシ。そろそろ仕事オクレと連絡しなければ日干しになるのだが…。フリーというのはなかなかに厳しいのだ。

今年も花火を見に行った。母がらみの騒ぎに巻き込んで少し出遅れたので下の娘が予約してくれたが昨年のように最高の席とは行かなかったがそれなりに良い席だった。今回は8人の大所帯。段ボール製のクッションと団扇などが配られるが、幼稚園児は無料な代わり、座席無しでクッション持参。カンパしたからか上の娘が張り切って3合分のおにぎり、唐揚げ、枝豆などを用意。いつもは途中で調達するのだがこれはこれで嬉しい。ナイアガラが今年は700メートルに成長。フィナーレも一段と派手やかで大満足。来年も来たいなあ。母と何回か花火を見に行ったことを思い出す。母を連れ出したいのだがもう無理だ。後何年か経つと子供たちも私と見た花火を思い出すようになるのだろうか。

トーハクでギリシャ展。高校生の頃だったか、ギリシャ展を友人たちと見に行き、レリーフの少年に恋をした。こんなに美しい男の子がいるのかと茫然とした。大英博物館展だったと思う。その後2度大英博物館を訪れたが再会は出来ず、巡回中か、返還要求が通ってギリシャに返されたのか、作品が随分まばらだったのだが、今回の作品はすべてがギリシャからだった。この中には英国から返還されたものも混じっていたかもしれないが、例の少年はいなかった。勝手に美化して幻となっているのかも知れない。随分大がかりで良い作品も多いのでお薦め。それにしても古代ギリシャ人は女性も男性も実に美しいのはなぜだろう。

買い物と料理に追われるワタシを憐れんで優しい友人が美味しい手料理をご馳走してくれたっけ。場当たり的な粗食に慣れた舌には実に甘美な味でござった。もはや一光年も過ぎ去った遠い昔のような気がするがほんの数日のことなのよね。

昨日はディズニー映画「ファインディング・ドリー」w。5人分の座席を並んでとろうとして、前から3列目になり、老眼のせいで余計に目が疲れた。ディズニーはジャングル大帝のぱくりに腹を立ててから見ていない。もっとも子供が大きくなったのが主因ではあるのだが。この映画、それなりの面白さだったが、上の娘が「白雪姫」で跳んだりはねたり、泣いたり笑ったり、怖がったりと反応が素晴らしく面白かったことを思い出し、子供たちがキャーキャー声援するような映画の方が良かったなとワタシは思うのだったw。

そうそう、母の施設での夏祭りに下の娘夫婦と共に出席。途中で母は腰が痛いと1時間持たずに退席。最近、ようやく調子が良くなったようであまり痛みのことは言わなくなった。総合病院で予約できないと断られ、数時間車椅子は無理でどうしようと思っていたのでやれやれ。このまま何とか頑張ってくれればよいのだが。


ganbare_watashi at 13:10|PermalinkComments(6)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年07月29日

過去など振り返らないのさw

2016072921120000どうも憩室炎が長引く。未だにトマトの種を取り、ぼそぼそと食事制限している。歯ごたえのあるお肉が食べたい。肉食女子なのだ、ワタシ。

流しの縁に腹部が当たり鋭い痛みが走った。憩室炎の痛みとは別。でお腹を調べると、これは不思議。おへその右下辺りにえくぼのような凹みを見つけた。いつからあるのだろう。うーむ。虫眼鏡で覗くと小さなピンク色の発疹が。これはまごうことなく癌だ。これで長引く腸の違和感も、体重減少も、説明がつく。

直ちにネット捜索開始。しかし、お腹の陥没などどこを探してもない。で、仮説を立てた。腸の腫瘍が育って先端が皮膚にまで到達したに違いない。腫瘍なら大変、手術前にヨーロッパに行かねば。皮膚にまで到達するほどの腫瘍ならかなり進行しているに決まっている。テロなど何のその。娘は癌だってすぐ死ぬとは限らないのよ、すべて使い果たさないようにと釘を刺す。

直ちにいつもの中堅病院に電話をしたが、皮膚科の予約はとれたが外科はとれず待つことに。皮膚科の女医さんは内視鏡の跡のようですが手術は?色々手術を受けたけど、右下は記憶がない。で、ワタシの仮説を話すが、外科での検査結果が出てからじゃないと分からない。異常があれば1ヶ月後にと5分で放免。腹膜炎で手術を受けたがあれは右だったか、左だったか。娘に電話しても覚えてない。本人が覚えていないのだもの、そりゃそうだ。

外科で4時間待った。おかげで朝刊と本1冊読めた。呼び出し用の携帯を借り、散歩し、近くのカフェでケニア紅茶というのも飲んだ。ようやく対面できた医者は、2008年に息子の方の孫の出産時にバタバタ手伝って下血し、死亡率50%、毎年検査に来いと言った医者だった。前回の検査は…随分昔だねと、ちくりやられた。仮説を披瀝すると、お腹中央のクエスチョンマーク型のすっかり薄くなった傷跡を示して、ほら、ここを切ったのだからこれはドレインの跡だよと一気に粉砕。だとしたら25年間もこんな凹みがあったのか。へえ気付かなかった。有り難いことにケロイド体質ではないので、いくつもある手術跡は薄い筋になっていて、妊娠線と区別がつかない。ドレインねえ。そんなことあったのか、全く記憶にございません。

前回は腸と胃の検査を1日で済ませて大変ねと同情された。今回は1泊2日の検査を8月末に予約した。個室は2万5千円、4人部屋で板の仕切り付きが2700円、カーテンの仕切りは室料無料。やっぱり松竹梅なら竹でしょうと、2700円を選択。採血+胸部と腹部のレントゲン。ほら、やっぱりワタシの仮説もありうるってことでしょと、ちらりと考える。帰りに豪華食事をしようと思ったが、お腹がねえ。で椿屋でサンドイッチと紅茶1600円也を食べて帰ってきた。ここのサンドイッチ美味しいと思っていたけど、ミホミュージアムが1位に浮上、2位は改装後は分からないけど日本橋のブリヂストン美術館の限定サンド、3位は京橋千疋屋のフルーツサンド、なので、私の中で4位に転落した。

ドレインの跡も思い出せないほどなのに、3ヶ月の入院中、母が2度来ただけでそれも中学生と高校生の娘2人きりでいるのに1泊しただけで手伝ってもくれず、私が行くはずだったミュージカルに娘たちと行き楽しんだだけで妹宅に泊まって帰ってしまったことはくっきりしっかり覚えている。過去はなんでも忘れるのに、忘れるべきことは、忘れられないって、まったく厄介なことだ。

まあ、小者であることの証明に違いなく、修行の旅は続くのだ。まだまだ死ねないなあw。

ganbare_watashi at 21:29|PermalinkComments(12)TrackBack(0)医療・健康-臓器移植を含む 

2016年07月28日

騒動は忘れなくてもやってくる

お嫁さんのSちゃんが仕事の打ち合わせというので、孫3人を預かった。

ついこの間まで預けられると全力で泣き叫んでいた3歳児もにこにこしてやってくる。大きくなったものだ。こちらも少し肩の力を抜いて一応、昼ご飯にスパゲティかピザが好きという方を作ろうと材料だけ調えて待つ余裕が出てきた。

10時過ぎに賑やかにSちゃんに連れられてやってきた。この子たちは上の娘+3のギャング団と入れ替わりに今月末から1ヶ月間九州に発つ。外は幸い涼しい。思いついて、母を訪問することにした。母が新しい施設に替わってからまだ一度も行ってない。母たちと同じマンションの同じ階、すぐ近くにいてSちゃん共々両親宅に入り浸っていたので、母も喜ぶだろう。

一番下の3歳児の希望で近所のバス停に。昼間は1時間に1本しかこないので、待つようなら電車と思っていた。あと数歩でバス停のところで小2のUちゃんが今バスが来たら奇跡ねと言ったトタン、横をバスが通りすぎていった!Uちゃんは奇跡だとはしゃぐがやれやれだ。時刻表を見たら、本当に奇跡だった。そのバスは5分遅れで、次のバスは数分後に来る。11時台はわずか2本なのに。

次に来たバスは2車線の道路の追い越し車線を猛烈な勢いでやってきて、私たちを目にして慌てて車線を変更した。なんなんだ。このバス。と思ったら乗客は誰もいない。電車も地下鉄もある所ではあまりバスには乗らないかもね。

母はまたしても寝込んでいた。腰が痛いとリハビリも休んでいるという。ヘルパーさんに聞くと食事とおやつはちゃんと車椅子に座ってみんなとしっかり取っているから心配は要らないという。この間は左腰骨の辺りが痛いと言っていたのに痛いという箇所が腰に移動している。

ひい孫たちに大喜びしたが、その直後、一生のお願いだからちゃんとした病院につれて行ってと言い出す。先週、相談員と話し合い、彼女が整形病院につれて行ってくれることになっていたのだが、その後、母はリクレーションの運動にも参加し、すっかり大丈夫になったと聞いていた。看護婦さんも電話をくれ、日に日に良くなっているのでその必要はないとのことで、一昨日行ったときもすっかり元気だったのでちょっとびっくりだった。

朝晩、熱を測り、先週は尿検査も行い、看護婦さんだけではなく、常駐の医師も診ている。痛み止めもでているし、湿布類も持ち込んだ。執拗にどこどこの病院がよいと言いつのるのだが、その病院は母の妄想の中にあった。話を聞いてくれた転所前の医院というのは近所の内科・泌尿器科の医者で、整形ではない。そこは無理というと激高して、あなたは人の言うことを信じて親を信じられないのか、死んだ方がマシだとやりだした。痴呆症が時々顔を出す。対応するのはきつい。でも行かないでいるのもきつい。子供たちの前で何を言い出すのだろう。

子供たちに一人ずつ母の腰をさすって貰い、痛いの痛いの飛んでけと唱えて貰った。子供たちとワタシで3回ずつさすって唱えている内に母は笑い出した。やれやれ。

施設前の鯛焼き屋に買いに行ったら休みだった。子供にあまりお菓子は与えない主義なのだが頑張ってくれたのでご褒美のつもり。Uちゃんが鯛焼き食べたかったと何度も言うので仕方ない。バスを降りて子供たちにお菓子を1つずつ選ばせ、結局、お総菜パンと前夜の残りのポテトサラダ、トマトとソーセージ、ミルク、ソルダム+デザートという昼食となった。

お嫁さんが3時半に到着。先日、設定に失敗して使ってなかったルーターを見て貰う。その間、3歳児がおもちゃの上でおもちゃを握ったまま眠ってしまったので、布団を敷き、寝かせ、跳ね回る上の二人を公園に連れて行った所に下の娘からもうすぐ地下鉄に着くとメール。子供たちと一緒に娘を改札に迎えに行き、帰ってみると家の中が何だか匂う。

子供たちが臭い臭いと合唱するので、源を探すと、3歳児だった。「寝たまま」盛大に布団に吐いている。その後寝返りを打ったらしく、別の箇所にも吐いた跡が…。

シーツを剥がし、無圧マットレスのカバーを剥がし、シーツとカバーを洗い、無圧マットレスをお風呂場まで引きずっていきシャワーで洗った。さすが現役母親は慌てない。3歳児は喘息児で咳をしていたのだが咳をすると吐くことが多いのよ。

喘息の咳なので風邪ではありません、大丈夫ですと母のところで看護婦さんやヘルパーさんにも伝えていたのだが、抱き上げながら、あら熱いだときた。ららららら。もう遅い。Sちゃんたちが無事に出発するまで、いつなんどき医者に行くから残り2人を見ていての電話が来るかも分からない。母の施設からの電話があるかも知れない。で待機中の身となった。

ルーターはノートもwifiではなく有線でつなぎたかったのだが、うまくいかずwifi経由になり、デスクトップはノートに電源を入れないとつながらなくなった。これもほいほいと変な設定をした私が悪いのだが、もはややり直すつもりはない。昔のパソコンは良かったなあ、シンプルで。昔の介護もシンプルだったんだろうなあ。病院に連れていくだけで介護タクシーの手配から、施設からの紹介状、その他諸々ああ大変。今や老々介護の時代、一人で見るなんてとっても無理だけど、体力があってもぱっと連れ出して診て貰うなんてできないのよ、お母さん。


ganbare_watashi at 15:05|PermalinkComments(8)TrackBack(0)世迷い事 

2016年07月25日

映画とポケモンGO

9085c27c0523b858[1]実に私って物見高いのだ。野次馬とも言う。これは父から流れてきた一族の血のような気がするが、息子のことを知りたがりの小猿のジョージなどと呼んだこともあったが、私もジョージなのだ。

久しぶりに娘と有楽町へ。米国で騒ぎとなっていたポケモンGO。やりたくて仕方がなかったが、なんせあいにくなことにガラケー愛好者でできない。今後起きるであろう大地震のことを考えると自分の携帯番号でさえ覚えていないのだから電池切れで空き箱となったらもはや誰とも連絡できない。スマホが数日もつようになるまで断固ガラケーを手放すわけにはいかない。すでに娘から1台小学生用の子機を持たされているので、スマホも追加すれば3台持ちとなる。馬鹿馬鹿しい。

というわけでポケモンなんてと渋る娘に頭を下げて電車の中でダウンロードして貰った。二人で時々スマホ画面を眺めながら進む、間抜けな母子2人組みとして有楽町界隈をうろうろw。ポケモンカードを集めたこともなかったし、よく知らなかったので、当然だが、可愛いとは思うが夢中にはなれない。ということでスマホを買わなくて良かったという結論を出したが、すぐ削除するからねと言っていた娘の方は帰ってからも遊んでいたので、多分、削除は当分先になるかもw。

ポケモンGOをしながら向かった映画はフラワーショー。チェルシーフラワーショーの話が中心に来る。かなりご都合主義で、ぼやぼやそんなことしてないでとっとと準備すればと怒鳴りたくなるようなところもあるが、ばかげた枝葉に目をつむれば、花一杯で楽しかった。

娘をつついて、ほらこれがチェルシーフラワーショーよと囁くのも快感w。友人と行って恐ろしい雷と豪雨に見舞われ、地下鉄の駅は閉鎖という有様で、高かったのに十二分には堪能できなかったがその分、記憶は鮮明。ほらあそこは泊まったホテルに近い所でといいかけて、そうか、上の娘と行ったのだった。もう一度上の娘と見に行こうかなw。

久しぶりの外出だと思ったのだが、2週間ほど前に娘と小2の孫娘のピアノ発表会に行き、帰りに娘の相手ののんちゃんまんも加わって美味しいピザとタンシチューを食べてぶり返したことを思い出した。で、昨日ものんちゃんまんが途中から加わり、中華に行き、量を半分にして食べて貰い、でもやはり物足りないのでケーキを買って帰り娘宅でお茶。とっても楽しかったが、お腹が心配で夕食は抜いた。さてどうなるか。

ganbare_watashi at 10:41|PermalinkComments(10)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年07月20日

病気になって思うこと

[追記あり]

今までは母や子供たちの保護者役だった。母は私のことをお母さんみたいと言っているが、何時までもお母さんでいられない。体力の限界をつくづく感じた。子供たちだって、いつの間にか私を保護する対象だとみつつある。ま、自然の流れだ。ずっと現役で働いてきたし、今も働いている。だから引退した人たちよりはまだ慣れているはずだが、母や自分の書類の申請や手続きに顎が出る。もうやりたくない。頭も体も衰えたことをはっきり感じる。まだ周囲に働いている人も多いが、昔の自分ではないことを認め、スピードも量も減らしてやっていく時期が来ているのだろう。

現在、都知事選の真っ最中なのだが、別に鳥越さんに恨みがある訳じゃないし、右でも左でも自治体の長という者は、さくさくとその地域の住民のために着実に仕事をこなしてくれる人なら文句は言わないのだが、どうみても鳥越さんには不安がありすぎる。

昭和15年の生まれで、終戦時に20歳だったから、戦争のことはよく知っていると言ってみたかと思うと、都知事選の投票日は3月、いや、4月31日(7月31日が正解。4月は30日で終わり。私よりひどい呆けぶりw)と言ってみたり、選挙公約が100%癌検診だったり。しかもその字がばらばらで衝撃的な汚さ。汚いだけではなく、脳梗塞を患った母が最初の頃書いた字に似ていて、アチャアー。

ステージ4の末期癌を患い、その後2回転移し、10年ほど闘病生活を続けたという。つまり現役をほぼ退いた生活をしていたわけだ。まあ後期高齢者の76歳なのだから、ゆっくり生活を楽しめばよいと思うのだ。

死ぬ前に一花咲かせたいという気持ちも分かる。自分はまだやれる、と鼓舞する気持ちも周囲に再び認められたいとの気持ちも。しかし、自分が趣味でやることや、せいぜいNGOや民間会社で働くことなら、何かあっても他に代わりもいるし、周囲にたいして迷惑もかからないから良いが、東京都は、都市としては世界一、世界で11位の国に相当する1兆6100億円という巨大な経済規模を有する巨大な組織で、都民1300万人が大きな影響を受けることになる。

そのトップが高齢で選挙活動も碌に出来ず、テレビ討論ではうつろな目をして机にうつぶしたり目をつぶるような状態だったり、本人は来ませんという看板を立てて代理が演説するという状態で、東京都について興味もなくやる気もなく政策も考えていない状態だと迷惑なのだ。おまけにどうも妄想全開のようで、立ち合い演説会に20分遅刻した上に、自己紹介と森進一を紹介しただけで、いなくなったかと思えば、反安保集会に向かってそこで演説していたらしいのだが、国会議員の選挙じゃなく、都知事選挙だと分かっているのだろうか。

自分の生き甲斐のために都民を巻き込まないで欲しい。新都知事はすぐリオに行くことが決まっているが、ちゃんと挨拶できるのだろうか。どれほど都民として恥ずかしい思いをするか、想像しただけで、お腹が余計痛くなる。いや、その前に長時間の飛行機に耐えられるのだろうか。そんな不安を抱かせる候補者はおかしい。企業だって人を雇う前には身体検査をするのだ。重要ポストに就任する場合は尚更だ。

都知事には、大地震など大きな災害時には迅速に先頭に立って、人命救助に奮闘し、次々に生じる問題に指導力を発揮してタフに立ち向かう人が欲しい。こちらが介護したり助けなければならない人に都知事が務まるはずがない。足手まといにしかならない。

これほどおかしな状態なのに、テレビは編集して見せない。知らせない。なんといっても知名度があるから昔の彼を想像して票を投じる人は多いだろう。もし当選して途中でやはり大変だできないと放り出したら?また50億円が無駄になる。震災への備えやオリンピックの準備、保育園や老人問題。難問が山積しているのにまた何十日か無駄になる。

高齢者がますます多くなるのだから、今後は立候補者には身体検査と痴呆検査を義務づけるべきだと思う。

自分を知るのは、潮時を知るのは、小物も大物も若くても年寄りでも難しいねえ。

[追記:こういうツイッターを見つけました。

「百田尚樹さん:某知事候補が某ガン保険の会社から一回100万円の講演で計5000万円を受け取っていたという。選挙公約で「ガン検診100%」をテレビで語ったとなれば、これはあからさまな利益供与と見られても仕方がない。」

で、現在、鳥越氏はアフラックの宣伝に出ていて、選挙対策本部で支援者たちと撮った写真の中央にはアフラックのあひるが!
女性問題もどうやら出てきたようで、野党4党は頭が痛いでしょうね。
古賀さんはちゃんとしていたし、宇都宮さんでも良かったのになぜ彼だったのか…候補者あっての話なのに実に不思議。]

ganbare_watashi at 21:13|PermalinkComments(8)TrackBack(0)ニュース・事件 

そろそろと復調かな

さて憩室炎を起こして寝込んでいたのですが、長年の持病とはいえ、嫌なものです。

せっかくの友人とのランチ、私はランチは目玉のセットではなく紅茶と憩室炎の友、プリンそしてちっぽけなパン1個。美味しそうにランチセットとデザートを2つ食べる彼女を指をくわえてじっとみてました。よほど悲しそうな顔をしてたのか、マンゴーババロアを2口味見させてくれました。美味しかった。ありがとう。その後の音楽会で不整脈も治まって良かったw。

今回は最初にしっかりと食事を抜きほぼ全快までこぎ着けたのに、暑い最中に役所や母のところに重い洗濯物付きで行き、もういいだろうと、食べ始めたのだが、何せ昼間歩き回っているから食欲全開で、つい、食べすぎ、夜中にお腹の痛みにうなる羽目に。

手持ちのよく効く薬がなくなり、しょうがなく近所の医院を受診したら、その薬は強いからこちらでと出されたものが大きい、太い!こんな薬飲み込める人がいるのかという代物で1度に2個、しかも1日3回。もちろん、私には無理。

仕方がないのでハサミで2つに切ったら、喉に引っかかり、水を飲んで落ちつかせ(たつもりが)、ダメで盛大に吐き、誤嚥し、数時間もひどい目にあった。誤嚥による肺炎で亡くなったお父さん、苦しかっただろうなあ。肺炎も覚悟したが大丈夫だった。まだ若くて咳に勢いがあって良かった。

というわけで、毎日、薬を細かく切り刻み、スプーンの裏でごりごりと擂るという地道な苦行も加わって気分も低空飛行。薬は終わったが、何とはなしにまだ違和感があるので恐る恐る様子を見つつ食事量を増やしている所なのだ。

しかしまあ、かれこれ30年以上もつきあってきた持病だが、今回改めてネットで検索したら、野菜と果物はダメとあった。いままでゼリー、プリン、ジュース類、その後スープで乗り切ってきたのだが、線維の入らない果汁やスープって難題。そろそろ栄養失調や他の病気も心配になり、トマトから丁寧に種を抜いたり、乾燥スープなどを試しているが、施設にいる母の食事が美味しそうに見えてきたのだからもはや末期症状かもw。こんがり焼けて、痩せたので、トドなどと娘から誹謗中傷を受けてきたが、ゴボウの方に近寄ってきたw。もしかしたら凄く健康そうに見えるかもネw。

ganbare_watashi at 14:23|PermalinkComments(6)TrackBack(0)世迷い事 | 医療・健康-臓器移植を含む

2016年07月12日

証、証、証

公的な保険証って国民にしろ、厚生にしろ、健康保険証の類は1枚だけだと思っていた。母たちと関わるまで。

なんて面倒なのだ。面倒くさいの大嫌いなのに。自分のことじゃないし、覚えようともしないから、尚更分からない。頭が拒否する。で、当然、トラブルが生じる。

母が現在もっているのは、後期高齢者医療被保険者証、後期高齢者医療限度額適用・標準負担額減額認定証、介護保険被保険者証、介護保険負担限度額認定証、介護保険負担割合証。ふー。

これらの期限が7月末で切れる。新しい証書はまだ送ってこない。後期高齢者医療被保険者証については7月13日以降に送付というお知らせが来た。で、他のはどうなっているのだろう。申請手続きが必要なものがあったはずだ。

で、区役所に電話をしてみた。すべて担当部署が違った。同じような証書なのだから証書係りを作っておいてくれれば助かるのだが。音声案内でOKなのに、込み入った質問の時のみ担当者につなげばいいのにと自分の不勉強や記憶後退を棚に上げる。でぐるぐる回された最後にようやく申請が必要な部署を探し当てた。危うく限度額認定を逃す所だった。そうじゃなくても月17万とか18万と言われていて、炎天下にえっちらおっちら月3万円の洗濯代を節約して往復しているのに限度額認定がなくなれば、母はすぐに退去せざるを得なくなる。えらいこっちゃ。

で、区役所の担当者に申請書類を6月始めに送付したと言われ、全く覚えがないので受けとってないと答えたのだが…。ありました。母の転所騒ぎで一時的(のつもり)に置いた母の日記の下敷きとなって。

無事に出てきたが、急いで申請しなければ、また忘れてしまう。すぐに腰が上がらない、この馬力のなさ、気力のなさ。なんでも面倒で動きたくないのは、明らかに老化なのか、鬱なのか。単にものぐさなのか。暑さのせいだ。いや、潜在的にやりたくないことはやりたくないと踏ん張るのは、これは両親の血筋なのだろうと親のせいにして蓋をして、また1年後に、あ、忘れてたとなるのだろうな。

で、

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ganbare_watashi at 12:26|PermalinkComments(8)TrackBack(0)世迷い事 

2016年07月09日

20%

P1030549ついに20%に突入。

驚くなかれ、体脂肪が20%になった。この年代の女性であれば、平均より少しやせ気味で23%〜29%というから痩せすぎだ〜。体重は18歳当時に戻った。重力には負けすぎてるけど。少しぽっちゃりの方が健康上も良いし、美容上も良いのに。ああ、皺が増える。

これも春の旅で毎日1万数千歩を歩き、帰るとすぐに母の転所騒ぎがあり、10日間ほど暑さの中1万歩を越えて施設巡りを敢行、ようやく母の引っ越しが終わったら、今度は片道30分を重い荷物を持って歩いて日参。で数日前から疲れが溜まったのだろう、イヤ、多分ストレスだろうが持病の憩室炎を発症してここ数日液体+プリンとゼリーで生きてきた結果なのだ。

8年ほど前に1日1300キロカロリーに抑えろと近所の、私の意見では、痴呆症気味の医者から命令されたのを逆らって普通に食べていたのだが、ほ〜らワタシが反抗したとおり、どうせ少し生活が変わったり年と共に食が細くなればすぐこうなる。らくだのように食べ物が美味しいときにお腹に蓄えた方が良いんじゃないのかねと、これは逆に走りすぎの暴言だろうが、多少の小太りの方が健康で長生きというデータも出ている。

昨日は大きな袋2個分も洗濯物があった。これをゴロゴロに詰め込んで母の所に行った。内、1袋はなんと、その前に私が洗濯済みで母に渡した物だった。洗濯機に入れながら前回とすべて同じでおかしいと気付いたのだが。最近、やたら多い。1日あくと靴下5足にシャツ4枚、ズボン3本、パジャマ2組その他下着多数はやり過ぎでしょ。で、母に洗濯物が多いねと言うと、多い方がやりがいがあって良いでしょ、だと。重いのよ。これは聞こえないふりでパスされた。片道30分かかるしねというと、あらあなたにちょうど良い散歩コースね。毒舌が冴え渡るが、合間に腰が痛いとうなる。

医者によると痛みはないはずなのだが、鎮痛剤も母の要求で湿布薬も出して貰っているし、3個目のコルセットも持参した(2個は痩せたので体に合わないそうだ)。心配していた幻の痛みが出始めたようで、勿論機嫌が悪く、看護婦さんを朝からひっきり無しに呼んでいるらしく、手がかからないからと優先的に入ったので身が縮む。頭の下げまくりだ。ごく小さな施設で介護の人たちもゆとりがあるのだろう、皆さんが親切で本当に良かった。

挙げ句の果て、私の香水を持っていったでしょ、返してといいだした。やはり香水類を新聞紙とビニールで包んでいたらしい。既に遅し。ゴミと間違えてすべて処分されている。要らないと言うから持って帰ったけど、今度持ってくるねと何度か言い聞かせる。お棺に振りかけるんだからと母。お母さんはお棺の中でもプンプン匂いを振りまくのねなどと茶化すと、もう私はダメなのよ、もうもたない。分かっているのだからと今度は泣き落としにかかる。

お母さん、前の施設に入るときには検査結果が悪くて入れるか心配するほどだったのに、出るときには悪い所はどこもないと言われたのよと(コレステロールは少々高いし心臓の動脈は石灰化しているけど、それ以外は正常になっていた。私より元気じゃん)、あと5年は絶対大丈夫と少々誇張して話していると俄然元気を取り返した。100歳まで生きることにする。そうそう。

やれやれ。環境の激変で気を張っていたのだろう。環境になれてきてホッとしたのか今頃出てきたのね。どうせ世話をするのなら、90分の1くらいの年の小さくて抱き上げられ、美味しそうなミルクの匂いのするほっぺのプリプリした子の方が良いけど、しょうがないつきあうよ、お母さん。

帰りに駅前のケーキ屋で極上プリンを買い、ちょっと気分を直して、上の娘にああだ、こうだと言いつけてると、ああ将来が見えるわ、お母さんが調度お婆ちゃんみたいになるのよ、血なのよ、止めてよねとエラソーに言う。ふん、君も同じなのよ。

[追記:耳が急に遠くなったと騒ぐので相談員の人に耳鼻科受診をお願いして、まず看護婦さんに耳の中を見て貰うことになっていた。母にも告げたのだが、どうやらそれで気になったらしい。相談員から自分でひっかいたらしく耳の中で出血の跡があり、付属病院に耳鼻科に連れて行くようにとの電話があり、車椅子で受診可能かいくつかの耳鼻科を調べていたのだが、今回の腰痛騒ぎで納まるまで待とうということに。暑さが納まるまで待とうっと。まずは良かった]



ganbare_watashi at 11:16|PermalinkComments(8)TrackBack(0)世迷い事 | 医療・健康-臓器移植を含む

2016年07月05日

空豆

空豆が好き。

この時期、鞘付きの空豆が出回る。嬉しいね。
この間、鞘がついたまま空豆を茹で、ついでに卵も茹でた。
卵がきれいなグレーに染め上がった。

P1030669むむ、空豆は緑じゃなくてグレーになるのか。

また別の日に豆を茹でたらゆで汁がピンクになっているのを発見。グレーじゃなくてピンク?きれいなピンクじゃないの。なんじゃそりゃ。つらつら考えるに、最初の時はステンレスのお鍋だった。

次のときはレトルトカレーと同居させてアルミのお鍋で茹でたのだった。このお鍋、大昔に購入した両方に口のついた鍋で大きさが手頃なため、ボコボコなのに、捨てては拾い上げを繰り返しているのだが、アルミが触媒になったのじゃないかと思いついた。

で、夏にいつも重宝していた、白の何の飾りもないシンプルなシルクのカーディガンで、数年前に洗濯の時にピンクの色が移り、ずっと同じ物を探しても見つからず、染められたらいいのにと思っていた、これまた捨てては拾うを繰り返していたちょうど良い物があった。渡りに船ってこういうときに言うんだね。

P1030671調べりゃいいんだけど、発作的に始めちゃったので、実験、実験と、空豆の皮を1パック分剥いてアルミの鍋に入れ煮出し、コーヒーフィルターで濾した中にドブンとカーディガンを漬けた。さすがにボタンは取り外したけど。

で、時々箸で混ぜ混ぜ、上下を入れ替え、10分くらいかな、もうちょっとかな、よーく煮てから、水洗いをしたら、あーら不思議、とってもきれいなピーチ色が混じったようなベージュに染め上がったのでありました。

やってみるものだね。

白の対比として白のパーカーの上に被せて写真を撮ったのでご覧あれ。あ、アイロンはかけない主義なので皺は見ないで。

この色がどのくらい定着するのか分からないけど、色が薄れてきたら、また空豆を食べて鞘で煮ればいいのだから、なんて素晴らしい。じゃない?

ganbare_watashi at 21:15|PermalinkComments(12)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年07月03日

EU離脱その2

離脱賛成派は圧倒的に少ないようである。肩身が狭いw。
でも頑張ってなぜ離脱しても英国は大丈夫なのかその続きを書こうっと。

離脱反対派の意見は経済に偏っている。EU枠内でなければ英国の経済は大打撃を受けるとか、企業が一斉に英国を見捨てるとか、孤立するとか…。

本当だろうか?どちらが長期的に見て英国民のために(英国企業というよりも)なるか考えてみよう。

彼らはジョンブル魂を持っている。滅多なことでは動じない、忍耐強い国民だ。地下鉄でのテロの時でさえ、早足だが走らず避難した様子にほおっと感心した。昔、英国人の友人に、レディは走るものじゃないとたしなめられたことがあったがなるほどなと。それが過半数が嫌だと言ったのだ。単なる感情論で馬鹿なことをしでかしたとは思えない。

ご存じの通り英国は世界中に植民地を有していた。今でも英連邦としてカナダ、オーストラリア、ニュージーランドを含め、15カ国、英国を入れると16カ国から構成される存在がある。インドなど旧植民地で英語を母国語とし、密接な関係にある国は数多い。その中には勿論、米国という大きな国も含まれる。

EUから離脱してもこれらの国との縁が切れるわけではない。また英国にとってEUが大事な貿易相手国であるのと同時にEUの他の諸国にとっても英国は重要な貿易相手国である。関税で困るのは英国側だけではない。

欧州の特筆すべき特徴は外交能力だと私は思っている。なんせこれまで揉まれて経験豊かですからねえ。
多分、これから交渉が始まり、準加盟国か準々加盟国w並みの待遇に落ちつくのではないかと思っている。確か、いくつかの協定を英国はこれらEU諸国と結んでいるはずだ。スイスやノルウェイの状況については知らないが、彼ら豊かな国々はEUに加盟するメリットを見つけられずに加盟していない。でそれらの国が加盟していないことで困難に陥っているとは聞かない。

英国も社会の不安定化、治安の悪化、社会保障の増大、それにともなう不安と反感、社会の亀裂、そして巨額のEUへの拠出金を考え合わせれば、加盟しているメリットは少ない、いやデメリットの方が多いと判断してもおかしくないだろう。特に国民にとって、穏やかで調和の取れた生活が何よりと考えている人たちにとって、多少の経済的打撃は物の数ではないのかも知れない。経済は好調で失業率も5%とEU内では低い。当面、持ちこたえられるだろう。

なんといっても、英語は世界共通語なのだし、その盟主である英国は残留派が驚くほど早く回復するのではないだろうか。ただし、指導者が早く見つかり、指導者の素質を発揮すればではあるが。

残念ながら、素晴らしい理念であったが、ドイツが突出して経済が好調という今の状況でのメルケルさんの他国に計ったとはとても思えない、難民はすべて受け入れるという宣言は、好事魔多しの例え通りだったなと人の悪い私は思うのだ。

ganbare_watashi at 12:06|PermalinkComments(6)TrackBack(0)ニュース・事件 

2016年07月01日

EU離脱、でも花は咲いた♪

P1030666娘に貰った3個の球根。
先日見事に花開いた。

ベランダを開けて仕事をしているとむせ返るように香ってくる。
咳が出たハハハ。

というわけで、切り花にせずベランダの豪華な百合をガラス越しに堪能している。それにしても豪華な花だねえ。

先日、ブログ友の所では桜桃が高いという話で盛り上がっていたが、今年はやたら桜桃が安い。
多分、千疋屋などの桜桃を見れば事情が違うのかも知らないが、今年は桜桃の当たり年のような。アメリカンチェリーより安いのだから驚く。

1パック280円にまたしても値が下がっているのを見て1パック買ったのだが、昨日、スーパーで今度は2倍ほどもずっしりと重い桜桃が560円580円で、娘共々思わず手が出た。両方とも佐藤錦の表示があった。

左が昨日買った560円のパック。右がその前に買った280円のパック。両方とも既にお腹の中にだいぶ入ってしまったが、左のは大粒でとってもきれいだった。もちろん、甘くて美味しかった。P1030667

               写真をクリックすると粒の違いがよく分かります→






ところで、英国のEU離脱で、TVのコメンテーターがしたり顔で地方の老人たち、つまりチホウ老人が離脱に投じたからだとコメントしていた。反知性だのポピュリズムだの、離脱は馬鹿で残留が利口だと大合唱だ。

しかし、なぜ離脱が英国に悪いのか長期、短期の視点から解説するようなものはなかった。背景や理由を経済
面以外でも調べないで、ぺったり反知性とレッテルを貼って満足するのはそれこそ思考停止の反知性じゃないのか。何であれ自分の意見と異なれば反知性だのポピュリズムだのと、つまり自分の意見が正しく知性的だと自己満足に浸っている図はあまり知性的には見えない。

英国の人口は約6500万人、日本の半分弱だ。ここに昨年1年間で38万人の移民が入ってきた。

EUに加盟していると同じ加盟国からの移民は拒否できない。拒否できないどころか全くコントロールできない。つまり、税関で止められることなく、国内と同じにそのまま入ってくるのだからどこの誰がどんな人間が入り込んでも分からない。三分の1程度だったかは難民だが、EUのどこかの国に入れば同じことだ。

しかも英国民と同じ権利を有することになる。ゆりかごから墓場までね。世界に冠たる社会福祉制度だ。こりゃあ集まってくるに決まっている。すでに病院は緊急でも数時間待ち、手術はキャンセル、学校はパンク状態だという。しかも英語を話せない人たち、文化の全く異なる人たちなのだ。どうやって対処すればいいのか。 

ドイツのメルケル首相がシリア難民をすべて受け入れると宣言した後の移民の波、まるで逆十字軍、国を壊すことになると思ってみていたのだが、そうなりつつある。英国は瀬戸際で難民の流入を必死に食い止めていたが、難民の流れは今後も続くだろう。誰だって安全で心地よい生活がしたいのだから当然だ。しかもその中にはテロリストも犯罪者も紛れ込んでいるのははっきりしている。

私には離脱で経済的なメリットよりも安全を選択したように思える。
既得権にしがみつく老人、大衆などと馬鹿にしているが、十年以上前に英国を旅行したときには鍵もかけない安全な所もあり、実際田舎では鍵もかけずに散歩したのだし、ロンドンの中心部でも一部を除き大きな危険は感じなかったのだが、数年前はロンドンの街中で軒並み地下室に頑丈な鉄棒が填められているのに驚いた。ドアには二重三重にかんぬきだ。

昔暮らしていた海外の某市は安全な街だったが、香港返還で大量の人たちが流入し、わずか数年でマフィアの撃ち合いが街中で発生し、友人宅は全員がセキュリティに加入するようになっていた。

一旦、安全が壊れると早い。街の治安に手が回らなくなるとあっという間に崩れていく。シリアだってわずか十数年前までは曲がりなりにも普通に人々がちゃんとした建物で暮らせていたのだから。

2015年の欧州の失業率は英国は5%強だが、軒並み10%を大きく越えている。好調なドイツでさえ5%に近く、スペイン、ギリシャは20%を大きく越えている。若年層の失業率はこれよりもっと高くなる。ちなみに日本は3%台だ。仕事も金もない、言葉の話せない若者で、その上女性や酒類に免役のない人たちが大量に流入したら、グループで固まるとどういうことになるのか。ちょっと想像しただけで分かるだろう。ドイツその他で婦女暴行事件が多発したとニュースが流れていたが、当たり前だ。綺麗事は所詮綺麗事に過ぎない。

[追記]*欧州委員会内で様々な統計を担当する部局「ユーロスタット」による2012年秋のデータでは、若年層(15歳から24歳まで)の失業率でイタリアが約35%に達していたという。その後、経済が持ち直した気配はないので更に悪化している可能性も。

何らかのコントロールと現実的な対処方法が見つかるまでは少数ずつ教育しつつ受け入れていくしか安全や秩序、社会生活を守ることは不可能に近いだろう。もしそれが出来ないのであれば、私もたとえ少々株価が下がろうと、非難されようと、経済より安全を取る。反知性でも何でも結構だ。

ganbare_watashi at 15:33|PermalinkComments(8)TrackBack(0)世迷い事 | ニュース・事件

2016年06月24日

そういえば

2016062418360000いつも騒がしくバタバタと年月が過ぎていくものだからもはやおぼろになっているけど、そういえば、4月に友人と遊んだのだった。私は親友だと思うのだが、相手は嫌だ違う、こんなうるさいの、と娘たちと同じ事を遠慮会釈もなく言い放つのだが、ふん、そんなことではめげないもんねw。

で、目黒側の桜を見に行こうと言い、私は混んでるから行かないと言い、庭園美術館に行った。ガレ展をやっていて庭の桜も美しく私は満足だったが、T子が昆虫嫌いなのを忘れていた。英国のローヤルウースターの深皿を蝶々と蜂が描いてあるという理由で6枚そっくりくれたほど嫌いだった。ガレはトンボに蝶々だものなあ。T子はそそくさと昆虫を避けて少数のデッサンばかり見ていじけていた。すまんこったなあ。

金田中は撤退したけど、評判がよい美術館のレストランでお昼にしようと並んでいたら、私たちの番の前で二人でこれが良いと決めていたランチが売り切れた。アレマア。近くのカフェで軽く食べた後、隣の付属自然教育園へ。こんなに広いとは知らなかった。最高にすいてる。面白い。お勧め。

でも思った物が食べられなかったので何となく欲求不満で、アフタヌーンティを食べに行こうと衆議一決。目黒雅叙園を目指した。こんなときは、どんな坂、こんな坂で、帰りの坂登坂なんか考えず平気になる。

正解!雅叙園は目黒川沿いにあった!もう人は少なかったが桜の花は一杯残ってた。T子満足。奮発してシャンペン付きのアフタヌーンティをおごってくれた。アフタヌーンティ大好き。ありがたや。私満足w。私相手に言いたい放題言えてすっきりしたお礼なのかなあw?

P1030657あ、そうそう、この間、ウチのいつも私とガウガウやりあっている上の娘がパッションフルーツを送ってきてくれた。血管を柔軟にし、肌のシミや皺などを改善し、肌を若々しく保つのに役立ち、自律神経機能の回復、疲労感やだるさを和らげ、動脈硬化などから体を守りと、ありとあらゆるアンチエージング効果をうたっている。というわけで効能書きにあるとおり、毎日、種もボリボリと囓っている。娘やありがとう。これで元気百倍、若返って君とやり合えるわ。

今日、上の娘が下の娘にマミーに沢山分けて貰えとのメールを出していたが、遅すぎたわね。ほとんどがすでに私のお腹の中よ。おあいにく様w。

粗読、乱読失礼

ある成功者の老後 曾野綾子
眺めのいい部屋売ります ジル・シメント
世界をこんなふうに見てごらん 日高敏隆
若き日本の肖像:一九〇〇年、欧州への旅  寺島実郎 
生きていく力 宮尾登美子 
千年旅人 辻 仁成
かけがえのない日々 柳田邦男
日本に住む英国人がイギリスに戻らない本当の理由 井形慶子
ぷーと私 石井桃子
「私」はなぜ存在するか 多田富雄
老後は夫婦の壁のぼり ねじめ正一
書店の棚 本の気配 佐野 衛
ことばへの旅 森本哲郎 
てごわい頭脳 コリン P.A.ジョーンズ 
イギリスだより カレル・チャペック
平成娘巡礼記 月岡悠紀子 


ganbare_watashi at 18:45|PermalinkComments(9)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと | 乱読、粗読

2016年06月20日

大騒動の真っ最中…

この先待ち受ける大騒動も知らず、とのんびり買い物や粘土のコネコネをして、見直しを残すだけの仕事を翌日に残して、土曜日の夕方書いたのだが、その後次々に問題が勃発、なぜ問題はきちんと一つずつ整列してこないのか。躾がなっとらんw。

朝、PCの電源を入れ、パスワードを入れたらuser profice profile serviceサービスによるログオンの処理に失敗しましたというメッセージが現れた。シャットダウンして再度起動を繰り返すが入れない。試しに違うパスを入れると無効と出るのでちゃんと認識しているらしい。

電源を入れながらf8を押すと簡易版に入れるはずなのだがWindowsが立ち上がってどうにもならない。月曜朝納品の仕事があるので非常に困るが、外付けhddにコピーしてあるので頭に血は上っても気絶するほどじゃない。こういう時のために数年前にWindows 8.1のノートPCを購入してある。これにつなげば良いだけだ。ところがこちらも、数週間前にチェックした所だというのに、インターネットに接続できない。なんだなんだなんだ。

お嫁さんのSちゃんにSOSのメールを出す。かかってこない。寝ているな。娘にSOSを出す。不機嫌な声で今から出かけるとこといわれ、一気に頭に血が上り出す。エー!!わー大変だあ。その後自分のパソコンを持ってきてくれると言うが、有線でやっているのでワイファイは入れてないので却下。家中引っかき回し、マニュアルを探す。なんせ、整理が悪い上に複数台のPCがあるので、マニュアルも多数完備!

サポートだと番号を調べるが日曜の朝でつながらない。1時間以上待ってようやくつながったが、機械的な故障ではなさそうで、別の部署に転送され、なんとか問題は解決したが、酷使されたのでまた問題が生じる可能性があるとのご神託が下った。ノートは別のメーカーなので流石に聞けず、こちらは問題持ち越し。

のど元過ぎればで、午前中一杯かかったが、何とか問題が解決したので、夕方母のところに出かけ、スーパーを2軒回って帰ってきてやれやれとのんびりしていたら、今度は息子から電話。お嫁さんのお婆さまが亡くなったとのこと。多分、お通夜は先だからその時には孫3人を見て欲しいとのこと。こういうときは当然見ますがな。

ぐっすり寝込んでいた午前1時。電話が…息子だ。ろくでもない。月曜お通夜に決まったからお願い。月曜日はガス工事の人が入るから無理だと言ってたのだが家に子供たちを連れて来るならということに。息子は仕事が大変なときで遅くなると言う。ということは家でお泊まりだな。でも翌日学校があるどうすればよいのだ。まけに場所は天草。地震もまだ落ちついたと言えない。ただ今大雨中でもある。地震で地盤がゆるんでいる。行って欲しくない。コワイ。でもお婆ちゃん子だったそうで、行くなと言えない、と悶々としながら朝になったら、

お通夜は時間的に無理で本葬だけ行くからと連絡が入る。なんせ僻地に住んでいるので、午前中に出発しなければその日の通夜に間に合わないという。Sちゃんは明日朝1番で立ち、その日の内に戻ってくる。雨も峠を越えているだろう。

何だかすべてすっきりと、悩んでいるだけで何もしないうちに片付いた。午後から夜寝かせるまでで良さそうだ。これなら倒れるまでもないだろう。なぜこうもバタバタが続くのかしらないが、何とかなるものよね。って、安心するのはまだ早い。明日、学校とSちゃんち、ウチでご飯、またSちゃんチに戻ってお風呂と寝かしつけと何度も往復する。天気はどうなんだろう。そして、3時までの約束なのだがガス会社の人はまだ来ない…。

また長くなった…。

ganbare_watashi at 15:00|PermalinkComments(14)TrackBack(0)いろいろあるよね 

2016年06月19日

京都、滋賀、静岡旅 5日目

P1030598この先待ち受ける大騒動も知らず、のんきにふらふらしていた5日目。先が見えないって何という僥倖。未来が見える人って大変よね…。

ここら辺のホテルは朝食込みでしかも朝早い。ビジネス客相手だから。で、そそくさと荷物を宅配便で送り身軽になって駅に向かうとラッシュ!それも相当なラッシュ!嫌も応もない。この辺りはJRと京成がくっついたり離れたりしながら併走している。大人しくJRの荷物となって運ばれるが、ついもう少しが我慢できず乗り換えてしまい、少々時間をロス、後でアイタタタとなった。

三井寺に向かう琵琶湖疎水沿いの道は桜の頃は見事だったろうと想像できるが、人も鈴なりだったに違いない。静かな小雨の朝が最高。

三井寺の参道を一人歩く。大きな寺院なのに人影もない。そして道を間違え気がつけば墓地の方に。誰もいない知らない大きなお寺のお墓など結構。慌てて元に戻る。鬱蒼とした樹木がのしかかってくるようだ。天台寺門宗の総本山だというがそれにしても大きな寺院だ。日本人は信心深いとはとても思えないのだが日本各地に多数の相当の規模のお寺を維持しているのはなぜだろう。私など特に物見遊山に過ぎないのに連日いくつものお寺を冷やかして歩いているのだが良いのだろうかと少し信心深いことを考える。神様は八百万いるというし、仏という名でくくれば宗派は問わず同じじゃないかとも思える。さて、どうだろうか。P1030606

P1030609
文化財収蔵庫に桃山絵画の最高傑作とされる狩野光信筆の襖絵39面などが展示されているとのことなのだが、臨時休館。係員が休んだらしい。その向かいにあるお寺の女性と話し込む。そこにまつられている仏様が本物かと思ったら立体的に見えるのだが立体写真で織ったとかで(もはや記憶はあやふやだが)びっくりした。その本物も収蔵庫にあるそうで残念無念。金堂が素晴らしく美しい。屋根のカーブなどほれぼれする。雨も上がりしたたる緑。いいねえ。

京都に戻り、豪華二段重ねのお弁当を伊勢丹で購入。新幹線のホームに着くのが5分遅かった。1時間に2本静岡に停まるひかりがあるはずなのだが、これが勘違いで1時間に1本。ベンチでひたすら待つ。本は持参しているが、膝の上のかさばるお弁当が邪魔。でも、動いている車内じゃないとねえと隣で盛大に飲み食いする外国人たちを横目に耐えるw。

P1030647静岡ではまず芹沢げ霹術館へ。かの有名な登呂遺跡の側にある。遺跡は思ったより小さく、誰もいず、またしても肩すかし。美術館も私一人。しーんとひとけがない。布の染色が主なテーマの美術館で彼個人のコレクションも多数入っている。個人名がついているが静岡市立だ。なかなか面白いし見たことがある物も。色々な分野の色々なことに強くこだわり一生をかける人たちがいるって素晴らしい。

イギリスまで追っかけたが作品が日本巡回中で少数しかなかったという悲しい目にあったルーシー・リー展に。こちらは静岡駅前のタワーにある同じく市立美術館で、そこそこ人は入っていた。残念ながらノソノソしている間に5月で終わってしまったので見逃した方には申し訳ないが、充実した展覧会だった。少々前に国立新美術館での展覧会よりも作品数も内容も良かったように思う。彼女の努力の跡、実験の跡が分かるような解説と展示の仕方だった。陶芸は、そうか、化学なのかと目から鱗w。

P1030593

5日間の一人旅はやはり長い。疲れ果てて最寄り駅に着いたら、娘が途中まで迎えに来てくれ、家に戻ったら、ちゃんと窓を開けて風が吹き抜けており、テーブルの上と玄関には花が飾ってあった。旅は、やっぱり家が一番と再確認するためのものなのかも。

待てよ、うれしがっているが、今までにない好待遇は娘がいよいよ私を婆さんと認識したと言うことなのかも知れない…ま、いいか。

[追記:フォントのサイズ小さすぎるという声を時々耳にするので、大きくしてみましたが、どうも、写真などとのバランスが悪く、かえって読みにくいような気がして12フォントに戻しました。ごめんなさい。読みにくい方、申し訳ないですが、拡大して読んでいただけますか?なるべく文は短くしようと思ってはいるのですが蛇足が止まりませんねえ…。]

14,920歩
写真はクリックすると大きくなります。


ganbare_watashi at 18:28|PermalinkComments(2)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年06月15日

昨日の母

母のところに出かけた。昨日のことだ。
ウチから徒歩約25分から30分。真ん中辺りに賞を取ったというどら焼き屋がある。カリウムが高くあまり持込はよくないのだが少し上げようと、栗入りどら焼き1個を購入。さて、ご機嫌はいかがかな。

母はドアを閉めた個室の中でしょんぼり座っていた。私の顔を見ると、捨てるのはもう止めてという。何でも捨てるんだから。私のように捨てられなくて困っている人に何を言うのだろう。突然の剣幕にビックリする。服がない、もっとあるはずなのにという。洋服ダンスを開けて服が入っている棚を見せると、アラそちらの扉も開くの?

3枚扉があるのだが、分からないのは悲しい。ひとしきりもう捨てないでを繰り返し、私のスカーフを指さして、私もスカーフあったのに捨てたでしょとまた繰り返す。箪笥の中には巻物2本にスカーフ2枚が入っている。一枚ずつ見せ、洗濯に2枚持ち帰っていることも教える。

島流しになったみたい。元のところに帰りたい。年寄りばかりの中にいると憂鬱になると言う。あなたが多分一番年寄りなのよ。あちこち探し物をしているうちに、夕食近くになってしまい、一緒に食べるつもりのどら焼きは結局持ち帰ることに。

気分が滅入る。移ってから非常に元気で頭もはっきりしていたのだが。揺り戻しが来ているのだろう。多分、精一杯気を張って頑張っていたに違いない。

P1030659娘がどら焼きを欲しいというのでまたどら焼き屋に寄って今度は2個買い、駅に向かう途中でブティックのウィンドーに目がいった。おかしな袖がついたシャツ、ちょっと気分を変えたくて見てみるつもりが、いつの間にか買っていた。この袖取れるかしらなどと考えていたのに、買うなんて。信じられない。

駅の隣のベーカリーで食パンを買うつもりで菓子パンを4個買った。なぜ4個も。自問自答する。必要なのは食パンなのよ、朝に甘いものは食べないでしょと自分に言い聞かせるが、いいのよ、と買ってしまう。どら焼きだってあるのに。

そして娘と待ち合わせた改札への階段で手提げにパンの袋を入れようとして落とし、それを踏んづけてしまった。下から上がってきた男がおっという顔をしてからにやりと笑った。娘に踏んづけたと言ったら爆笑しよった。全く間抜けな自分の姿に一緒に笑ったら気分が良くなった。帰ってからつぶれたペイストリー1個をお腹に納め、残りは冷凍庫に入れた。つぶれていても美味しかったw。これでついてないはお仕舞いかと思ったら、今日、洗濯屋にカート山盛りの洗濯物を持っていったら、定休日だった。今日は半額の日で溜めておいたのに…。重ね重ねまぬけなこった。

母は大丈夫か、気になって仕方ない。こちらまで気分が左右される。毎日行く必要はないのにと娘。毎日行くから余計甘えるのよ。

そりゃそうかも知れないけど、私にしか甘えられないのならしょうがない。と娘に甘える私は寛大だw。それに良く拝見しているoss102さんのいう通り、「きょうよう(今日の用事)」は大事なのだ。母のきょうようがなければどんなに退屈だろう。

きょうよう、きょうよう…今日は途中で方向転換、自分のきょうようも必要だ。久しぶりにキュウリを買いに農家に向かった。母のきょうようは明日にしようっと。



ganbare_watashi at 18:29|PermalinkComments(10)TrackBack(0)いろいろあるよね 

2016年06月14日

母の引っ越し

週末に無事に母上殿は新しい施設に移っていった。元気いっぱいに。疲労困憊、未だに頭痛に悩まされているのは私。

母は父に従って点々と引っ越しを繰り返した人だからだろうか、どんなに嫌がるか、パニックになるのではと私だけではなく相談員の人たちも心配していたというのに、引っ越しと聞いてからいそいそと荷造りを始めた。

ありったけの袋を持ち出し(用意周到に貰い物などの袋を大量に収集していた!)、どんどん詰めている。異様にハイ状態でベッドの上もどうやって寝ているのか心配する状態にまでなってしまった。

しょうがないから日参してはヨッコラショと保管と本人が言う袋を家に持ち帰り、コート類は洗濯屋に、毛布を始め大量の洗濯物をこなしたのだが、袋の中身についてはご本人は我関せず。ご丁寧に袋には雨の日に新聞を包んであるビニールの袋がいくつかずつまとめてきっちり縛って入っているのだが、何が入っているのか聞いても、忘れた。開けてみて。

新聞の切り抜きらしき一袋をゴミとして片隅に寄せたのだが、念のため詳しくみてみると新聞紙の間にズボンと下着が隠してある。新品ではないのに何を考えているのやら。で、開けて覗くという仕事が増える。でも翌日になると袋は増えていたり、中身が移動していたり。

これが痴呆なんだろうなあ、本人は至極真面目に一心不乱に仕事に取り組んでいるので私がやるからそのままで良いから休んでというしか手立てはない。こちらの頭だってぐらぐらしているのにほとほと困るのだが二重どころか何重もの手間がかかる。そして肝心の補聴器などは出てこないと言い張る。

これは要らないから持って帰ってといわれたものを持ち帰ったら、母や父の日記や写真で、どうせまたもってこいと言われるので、ウンウン言いながら5階まで持ち上げた重たい一抱えを大型のゴロゴロ2つと一緒に施設にまでまた持っていく。人生は重い荷物を負って歩くことなのだ…オーバーw。

当日、施設に着いた所で、突然忘れ物に気付き自宅までダッシュ…。初日に持参する一覧表を点検していて、肝心の契約書一式と一緒にフォルダーに入れ、置いてきたのだ!仕事で徹夜だったという哀れな、娘の良くできた婿殿が僕が取ってくると言ってくれたが肝心の場所が…で階段を5階までキントレキントレと呪文を唱えながら早足で昇る羽目に。

施設に戻ると、入れ替わり立ち替わり、署名やら、説明やら、母の薬、相手先への連絡の書類その他を渡され、ごたごたしている間に、介護タクシーの人が上がってきてタクシー備え付けの車椅子に母を乗せ、私がヘルパーさんや看護士さんたちに挨拶しているウチにさっさと娘たちと共にいなくなり、エレベーターに一緒に来てくれた介護士さんたちがアラ、本人がいない。さよならの挨拶をしたかったのに…。エレベーター前には数人のお婆ちゃんたちがお見送りに来ていて、そうなのよ、さっさといなくなった…。

慌てて後を追ったら、介護タクシーには車椅子を固定するので2人しか乗れないことが判明。しかも荷物が入ったのが軌跡のような混み具合。娘たちに別のタクシーをすぐ呼んで後ろからついてくるように言うのだが、娘がどういう訳か、自転車を取りに帰って自転車で行くなどと言い張り、荷物を下ろすのが大変だから私が後から行く、いや婿殿はいなくちゃ下ろせないと騒いでいると、運転手さんが、車椅子の横にの隙間に踏み台を置き、そこに娘が座ってようやく一件落着したと思ったら、

看護士さんの詰め所前に最後の荷物を置いてきたことに気付き、朝っぱら2回目の忘れ物とダッシュ…。

違反だからと車は裏道を行き、無事に見つからずに大荷物と共に新たな施設に到着。そこでもおじいちゃんのお医者さんの長い説明、合間に相談員さん、介護士さん、ヘルパーさん、それぞれの説明を聞いている間に、娘夫婦が手早く片付けてくれ、ああ娘たちがいてくれて助かった。

で、昨日、元いた施設から電話があった。処分すると置いていった段ボールの中に口紅や化粧道具一式、洗面道具一式などが入ってますけど、処分して良いですか。探していたのよ〜。お母さんたらもう〜。

昨日、化粧水、洗面用具などを買って届けたばかりだったのだが。まあ出てきて良かった。他には何を捨ててしまったのだろう〜。



ganbare_watashi at 11:16|PermalinkComments(8)TrackBack(0)いろいろあるよね | 医療・健康-臓器移植を含む

2016年06月09日

京都、滋賀、静岡旅 4日目

もはや初夏だというのに、蚊にも3箇所さされたというのに、まだ5月半ばの旅の途中。色々あるもので、進まないですねえ。自分でも嫌にならない前に続きをw。
P1030553


今回、旅のきっかけはミホミュージアムだった。かなり不便な所にある。滋賀県の大津に近い石山というところからバスで1時間かかる。車で行けば信楽からの道路もあるのだが、残念ながらバスの便がない。ついでのはずだった京都を満喫したが、ここを外すわけにはいかない。

烏丸御池からかなりすんなりと行けた。ホッとする。旅は冒険。階段を上がったり下がったり、事前に調べても上手くいくことの方が少ないかも。で、それが旅の思い出となる、ということで、薄ら寒かったのにセーターを出そうと思いつつ、駅構内のロッカーに荷物を預けてしまったり、バスがくるのを震えながら待っている間、同じバスを待つ大勢の中国人たちのピーチクパーチクとほほえましいがスズメのように騒ぐ様子とか、思い出がお腹一杯詰まっているw。

ミホミュージアムは異次元の世界だった。調べても良く正体は分からない。宗教団体と思うしかないかも、だが、実に巨大で内容も素晴らしい所だった。ドラマチックな展開、絵画的な効果、素晴らしかった。
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P1030560バスを降り、建物に向かう。平屋だ。そこにカートが止まっていて、すぐに出発してしまった。何だかよく分からないが坂を上がっていった先に美術館があるようだ。歩いても8分ほどだと案内があったので歩くことに。これが正解。道路の横に細い散歩道が設けてあり、気持ち良い。しばらく行くとトンネルが見えてきた。中に入り思わずおおっと声を上げてしまった。異次元の世界へのトンネルのよう、スピルバーグの世界に迷い込んだよう。出口からは深い谷と山々が靄に包まれて見えてくる。和風のようなちょっと不思議な屋根の建物に入ると、そこは巨大な施設だった。時間をたっぷり取る必要がある。

結局、朝、一番のバスで来て、13時頃までいた。そこのショップのスタッフに美術館内のレストランは身びいきではなく、材料に半端ではないこだわりがあるから絶対に美味しいと言われて食べたサンドイッチ。ちょっと変わった、料理が詰め込まれたサンドイッチだったが、本当に美味しかった。満足、満足。

瀬戸の唐橋でバスを降りた。父から曾祖父が大工の棟梁として九州から唐橋を作りに来たと晩年、何度か聞いたことがあったのだ。動けなくなってからの父は頭の中であちこち旅をしていたのだろうか。とりあえず降りては見たが勿論そんな昔の橋は現存しているはずもなく写真にだけ納めた。帰ってから仏壇の父に見せてやろう。亡くなってから親孝行なことだ…。

P1030572瀬田の唐橋駅から石山寺まで2両編成のローカル線に乗る。踏切の所まで来たが、ホームへの上がり口が分からない。路面電車に毛が生えたような物なので回り込んで線路伝いに上がる。上がってから向かいのホームから入ることが分かるが時既に遅し。切符もない。そこに電車が入ってきたのでとにかく乗ってしまう。この歳で何をやっているんだろう。線路内に立ち入り、おまけに無賃乗車!ドキドキする。

幸い、石山寺は終点だった。しかも乗客はぱらぱら。ど派手なオレンジ色のレインコートの私はきっと目に焼き付いているに違いないw。車掌さんに切符のない事情を説明すると駅舎まで付き添って手続きしてくれた。叱責無し。ありがとう。


P1030583石山寺の本堂に着く頃には、小降りだった雨が激しくなってきた。その名の通り岩山の上に造られたお寺の石段を雨が音を立てて流れる。源氏物語を思い出すような情緒などとはほど遠い音とぬかるみ。山肌に作られた急な石段を参拝客はへっぴり腰で登っていくが、私は御朱印を貰い降りることにした。まだ旅先で首の骨を折るわけにはいかない。その気配を察知したのか、受付の人の御朱印の扱いが少々荒っぽい。観光地なのは確かだが、これはもうお寺サンという雰囲気ではないかも。ちょっとがっかり。

瀬戸に宿を取り、アメニティの落差が値段の差であることを噛みしめつつ、近くのラドン温泉に向かう。駅前から無料バスがピストン運転している。で、ここで人生初の大衆演劇を観た。毎日公演しているらしい。少人数での一座だが、はまる人がいるのだろう。かけ声がかかる。足を崩してビールでつまみを食べながらの観劇は悪くないが私は早々と失礼することに。

14,002歩
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ganbare_watashi at 19:05|PermalinkComments(9)TrackBack(1)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年06月04日

京都、滋賀、静岡旅 3日目-2

P1030526さて、人間、残り時間の少なさを意識し出すとせっかちになるのだろうか。今回の旅は「時間に追いかけられ旅」の様相を呈することに。そういえば、つい数年前までホテルは朝食で選ぶほどホテルの朝ご飯が大好きだったのに食べることが少なくなった。朝からドタバタ駆け回ることがなぜか増えている。昔は友人と六本木ヒルズのホテルまで朝食を食べに行ったこともあるのだが…。バブルもゆとりも遠く記憶の彼方。

午後も忙しい。偶然、これまでほとんど外部に公開したことのない大徳寺というお寺が創建450年というので来年3月まで特別公開をしていることを知った。全く知識もなく、聞いたこともないが、どうやら大きなお寺らしい。夕方4時に予約した。1回に15名でここも遅刻は許さないぞという空気が漂っている。

時間はたっぷりある。京都は狭い。大丈夫。古田織部美術館に行く。拍子抜けするほどスペースは限られている。遠くからわざわざ出かけるのはちょっと微妙かも。先日来、この旅では千利休由来の品がに出会う。ここでも。北山駅から数分なのだが、ちょっと見つけにくい。この周辺はおしゃれな店が多い。雑貨店を冷やかし時間を潰す。気になる、雨でも鑑賞できる美術館という駅前の施設に寄ってみると、陶板に絵が印刷された屋外の美術館だった。雨が盛大に降りしきる。安藤忠雄の鋭角な建物に滝のように水が流れる。でもなあ、陶板の絵はちょっと好みじゃない。P1030520

予約には早めだけどと思っていたら、大徳寺の情報をこれまた印刷するのを忘れてきてしまい、まぬけなことに携帯に予約確認で大徳寺から来た案内のメールも見つからない。北大路駅から徒歩7分だと思い込んでいたのが、改札で方向を聞いたら、え、歩くのと驚かれ、遠いと初めて知った。バス乗り場に小走りで向かう。いくつも路線がある。近くにいた小学生が来たよ、来たよ、これに乗るのよと教えてくれた。あーあ、このワタクシメはついにれっきとした行き先もよく分からない高齢者となったようだ。

バスに乗って良かった。駅ではなくバスを降りてから7分だった!で、大徳寺と言うからには大きなお寺が一つと思うじゃないですか。所が山門を入ると住宅街のように塀がずっと続いている。公開中という看板を見つけ4時の回を予約したのですがというと、ここじゃない、多分、違うお寺よ、ちょっと遠いけどと地図を書いてくれた。

遠い?違うお寺?ここが大徳寺でしょ?頭の中はクエスチョンマークが一杯。でも時間切れ寸前。地図を握りしめ、雨だというのに、またしても疾走する羽目に。どうしてこうなるんだろう。

門の前に係の女性が立って待っていて、開口一番、どうなさったかと心配してました。それもそのはず、4時の回の拝観者は私一人だったのだ。で、この大徳寺には塔頭寺院と呼ばれるお寺が22もあるとのこと。無知って怖い。無事にたどり着けて良かった。そうそうこのお寺の名前は聚光院という。

P1030534生で一番贅沢な時だったかもしれない。千利休意匠という枯山水を拝見。小振りな庭だが雨に濡れて実に美しい。初公開だそうな。狩野永徳作と狩野松栄作の併せて46面の障壁画(すべて国宝)も拝見。正面の襖が少し開けてあり、板張りの床とその奥には金色の仏様が見える。千利休の菩提寺なので千利休像なのだろうか。お茶室も拝見し、その先には今度は青い滝の図柄の多数の障壁画が。どこかで見たようなと思ったら千住博さん作だった。国宝と一緒だと聞いて一度は断わったものを長い年月をかけて(確か15年と言われたような。とにかくビックリするほどの長さだった。)構想してようやく完成した物だという。こういう古いお寺にこんなにモダンな絵というのも面白い。これらもすべて初公開だというから豪勢ではないか。小一時間、ゆっくりと説明を聞き、心行くまで質問し、非常に楽しかった。

立地だけで面白そうと選んだ大徳寺は禅寺で、父の家の宗派である臨済宗の総本山だったというおまけ付きだった。前日の京都国立博物館でざっと禅について学んでいて良かった。

そして、友人と合流、祇園に案内してくれた。崩し割烹と言うらしいのだが、とてもユニークなお料理が次々と出てきた。美味しい。でもおしゃべりに夢中でよく分からないうちに大量にお腹に入っていった。もう少し味わうんだったw。でもおしゃべりを味わったから良いか。姉妹店が神楽坂にあるらしいので、今度行ってみようと思う。Tちゃん、素敵な夜をありがとう!

写真はクリックすると大きくなります。
17,421歩



ganbare_watashi at 22:19|PermalinkComments(6)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと