2016年12月05日

南の島のお祭り

IMG_2161島は祭りが盛んだ。祭りは3日間ひたすら続くという!昨年行った沖縄座間味島のファン感謝祭があまりに面白かったので、父島でもお祭りに合わせて出かけていったのだが…。

港からすぐ目と鼻の先、急な階段を上ったところに神社がある。その名も有り難い大神山神社。一直線の急階段を上り切ったところに神社がある、はず、なのにない。そこは踊り場でまだ上がある。先は曲がっていて見えない。下ってきた人に聞くとまだ上というではないか。すっかり意気阻喪して最初の登頂に失敗。別の急ではあるが坂道を発見。転げ落ちそうになりながら無事下山w。これならなんとかなるというか祭りの会場なのだからなんとかするしかない。

祭りの初日。暗くなって出かけていった。奉納相撲があるのだ。自由参加ではあるが小学生が1年生から6年生まで大挙して男女混合での大相撲大会!孫2人も参加する。本格的な立派な土俵が作られていて、神主さんによるお祓いを皆神妙に頭を下げて受ける。周囲の小高いところには多数の村民が結集w。大量のお酒とおつまみで盛り上がる大集団の横に座ったら、漁師さんの一団でこちらにも有り難いことにつまみが回ってくる。ビールも回って大きな声援が盛んにかかる。IMG_2160

          → タコの木の実が急坂の滑り止めを埋める

IMG_2167小学生といえ侮れない。皆必死で粘る粘る。それもそのはずw、参加者には大きな袋いっぱいのお菓子や玩具。3人抜きで勝ち抜けばさらにもう一袋。すっかり野人化している孫たちであったがあっという間に負けてしまった。3人抜きに指名されて出た孫娘は立ったとたんに逃げ腰でへなへなとなり笑ってしまった。クラスで1番強い子だったそうだ。たぶん一番弱い孫ではね。いやあ、面白かった。

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翌日は大人の大相撲。こちらは骨折者が毎年出るほど白熱するそうで、今年もけが人が出たらしい。さすがに翌日祭りの本祭なので早く寝かせねばと、つまみだけ娘が買いにでた。東京では1枚100円と言っても安いと思える魚の切り身の照り焼きが山盛り5,6枚入って100円。イカのショウガ焼きも山盛りで100円など。有り難い島値段だ。というか漁師さんたちからの寄付なのだろう。新鮮で非常に美味しい。肉食ばあちゃんの私がどんどん食べたのだからお墨付きw。

朝、8時だったか早朝に神社の下に集合。山車を引いてかなりの距離を歩くのだ。晴れている。良かった。
長男坊は子供神輿を担ぐようにと言われていたので私もそちらに回る。小さい子は多いのだが5年生以上の子供たちは少ないのだ。

IMG_2133薄雲が広がりだした。島にはスコールが頻繁にやってくる。みるみる雲が集まってざあっと激しい雨がやってくる。祭りの本祭なのに、やっぱり風雲急を告げたw。

参加者全員がお祓いを受け、御神酒で清めて急な階段を神輿を担いでソロソロ降りていく。山車は先に賑やかに出発、続いて子供神輿、次に本格的な神輿。お囃子のトラックも付き添う。大人の神輿は担ぎ手が非常に多いw。

IMG_2236出だしはポツリ、ポツリだった雨が大通りを抜ける頃から激しくなった。途中休憩する頃には皆全身ずぶ濡れで親たちが服を脱がせて絞っている。

スコールだからそろそろ止むかと思ったが止まない。雨の中それでも隊列は進む。小さな日傘の私も水たまりを飛び越しつつ神輿の横を歩く。スニーカーがぐしゃぐしゃ音を立てる。ついに娘がもう家に帰ったらと言いに来た。寝込むと困るから大人しく引き上げた。しばらくして娘たちも帰ってきた。あまりの土砂降りで結局中止になったという。こんなこと初めてだと島の人たちが言っていたらしい。風雨の星の下の私のせいじゃなければいいけどw。

みんなが楽しみにしていた夕方のショーも中止となり、なんとも締まらない形でお祭りは終わった。

後日、再び神社まで行って、お神籤を引き、凶を引き当てたのは先にご報告したとおり。反省しろと書いてあった。はい。なんだか分からないけど反省します。既に十二分に騒ぎは生じているけど、まだ何かあるのかなあ。

おまけ。ボニナイトの露頭は世界的に極めて珍しくここだけらしい。この模様面白いよね。

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2016年12月01日

戦跡ツアー

IMG_2247まだ南の島の続きです。牛のよだれのようですね。といっても牛のよだれを間近で観察したことはないのですが…。

メインとしていたデスクトップの謀反でしばらくはノートと旧、新のデスクトップの3台をつないでヨロヨロとデータ移動などをやっていたのですが、新しいデスクトップがWindows10、階層が深くというか探すのに一苦労でいくつか基本的なアプリを入れただけでデータを移すのを諦めたのだが、outlookの連絡帳や日誌が移せないのはなぜだろう。写真が忽然と消えるのはなぜだろう。この苦難も戦跡としてパソコン上に無駄に跡を記すのだろう。

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父島には多くの戦跡がそのまま残されている。といっても上陸しての戦闘は行われず死者もでていない。爆弾はいくつか投下されたが戦争末期には全島強制疎開。ということで、お化けの心配もなくw、イノシシも他の怖い虫も出ない希有の島ならビビりの私でも大丈夫。好奇心の対象としたことによる良心の呵責を心配することなく、一人でいくつか戦跡を巡ってみた。

三日月山展望台(別名ウェザーステーション)という観光客が一番集まるという展望台がありそこからシーズンにはザトウクジラが観察できる。また遮るもののない地平線に沈む日没も堪能できるので何度か行ったが、途中に戦跡発見。港から登ってみた。たいした距離ではないし見晴らしは良い。人の姿などない。当たり前か。

途中、緊急速報が島中に鳴り響く。訓練と繰り返し放送しているがすかさず娘から、大丈夫。訓練とメールが入る。私に似て取り越し苦労な奴だw。眼下にヘリが何機か、自衛隊の艦船らしきものも見える。小規模だが自衛隊の基地があるのだ。基地を写しても逮捕されない日本って、のんきだけどいいね。

IMG_2248たいした山ではないのだがやはりご老体。何だ坂、こんな坂とうなりながら登っていくと道の横に戦跡の穴を発見。側には猫捕獲の罠が。ニュースでみたがやはり野生の猫がいるのだ。今では住民避難用ではなく猫が避難に使っているのかも。港でも住宅地でも1匹も見かけなかったが。猫は処分ではなく捕獲して本土で慣らして譲るというからご安心を。



目的の第2砲台跡に到着。ジャングルと化している。少しビビる。巨大な蜘蛛がいるやもしれん。ガンバレワタシ。年寄りの冷や水突入w。巨大なタコノキ(小笠原固有種)の間の道や階段のかすかな痕跡をたどる。緑したたるというのは誠、このことだろう。ジャングルをかき分け、こわごわ進む。平和にウグイス他の鳥が囀っている。油庫など古い建物の痕跡がいくつか残っている。さすがにビビりの私は中には入れない。そそくさと後にするがそれでも自分に満足w。

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少し注意深く歩くと至る所に戦跡は残っている。山また山なので横穴が多数掘られている。米軍の爆撃をしのいだという、今も使われている港近くのトンネルには木造の扉も横穴も残っている。ジャングルに同化して穏やかな島の風景の一部となっているが戦争は確かにあったのだ。

ガイド付きの戦跡ツアーもあるので、もし次回があればツアーでジャングルの奥深くに入って見たい。多数の沈没船もそのままに放置されているらしい。足腰を鍛えておかねばね。

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2016年11月27日

ナイトツアー

IMG_2191[追記あり]この間まで夏だったのに…父島はまだ夏なのに、同じ東京なのに、今日は手袋、マフラー、帽子にコートを身につけて出かけた。こんなに寒いのに夏の島の話はなんだか夢の中のように現実味を失ったけど、夢の続きを書くとするか。

本物の真っ暗闇って経験した人はどれくらいいるだろうか。自分の指先も、山の稜線も何にも見えない真っ暗闇。
ナイトツアーに出かけた。娘と孫3人も一緒に。他には3名のツアー客とガイドのおじさんの総勢9名がマイクロバスに乗り込んだ。

予約は前日夜だったが昼間雨が降ったので足場が悪いからと1日後ろ倒しになった。これが良かった。山の中でバスを止め、ヘッドライトを消すと真っ暗闇。動かないでと言われたけど、動きようがない。目は開いているのに薄明かりさえない。足下を照らすライトを頼りにこわごわ歩く。彼が照らした先、光が消えた後をじっと目をこらすとぼんやりと見えてきた。暗闇に光るなんとも神秘的なキノコ。通称グリーンぺぺ(夜光茸)だ。光を当てると白くてしんなりと頭をかしげた小さなキノコだった。前日の雨でうまく遭遇できたらしい。

星空次いで浜辺へ。バスのライトを消すと横の沼地に満天の星が写る。月のない闇夜で快晴。ついてるね。細いジャングルの道を前を行く男性ガイドの明かりを頼りに浜辺へ。砂地を照らすと急いで多数のカニが穴に逃げ込む。無数のヤドカリがそこかしこに。そして波打ち際を砂を蹴立てながら歩くと砂が光る。夜光虫だ。ビームで指してひとしきり星の解説をしてくれる。ミルクを流したような天ノ川と空いっぱいの星。セブンスターも見つけた。ああ幸せ。pepe[1]

この浜辺は周囲から隔絶された全く光の入らない、彼によると日本一星のきれいなところだという。ウミガメの産卵地でもあり、子亀はすでに海に帰っていったが抜け殻となった卵の殻が落ちている。ゴムのような弾力がある。煮ようとしても煮えず、堅くならないのだという。不思議。

次いで植物園にオオコウモリを探しに行った。星空に巨大な旅人の木がシルエットで浮かび上がり間から星が見える。野趣満点。オオコウモリは絶滅危惧種で保護のため赤い光しか許されておらず、もちろんフラッシュは厳禁。ガイドさん同士でどこで見かけたか情報交換を密にして見つけ出してくれた。果物を食べていたがもぞもぞと視線を避けて葉の陰に避難した。小猿ほどの大きさでモコモコした毛に包まれ、可愛い。数が非常に少ないので見つからないことも多々あるようなのでラッキー3連続、完勝だった。なんせ、私、おみくじ凶の人だからね。

2時間あまりの興奮の時間だった。

下の集合写真は数十秒だか数分だか(数字に弱いからもう忘れてる)カメラを露光させて撮したもの。縦のもやもやした太い線は天ノ川です。山の向こうから雲が少しやってきたのがちょっと残念。左下の訳のわからない物はグリーンぺぺ。闇の中で光っています。キノコです。

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2016年11月21日

イルカと泳ぐツアー(2)

IMG_0405揺れる小舟に乗り移り、クルーザーに戻ってみると皆さん(といっても個人客3名)はすでにイルカに遭遇してたっぷり一緒に泳いたとのことだったが、さらにイルカの群れを探して潮目に向かう。さざ波が立っているように見える潮目にいることが多いのだという。流れに乗って遊んでいるのだろうか。

いたいた。尾びれが並んでうねるように進む群れが見える。すでに他のクルーズ船が停留していて船尾から次々に海に入っている。ビキニの女性たちも。ウェットスーツ着用が多いのかと思ったがここでは普通の水着にシュノーケル派が大多数だ。

こちらの船からも次々飛び込む。というか滑り降りるというか、パシャパシャするとサメが来るものね。一斉に群れに向かうが群れはぐるぐる素早く回るように動く。漁船から近くに別の群れがいると情報が入る。スピードを上げて別の群れへと向かう。大きな群れだ。私たち以外は海に入りしばらくイルカを追いかける。イルカは少しは相手をしてくれているようだが、もう寝ている時間だとのことで反応は今一らしい。

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また別の群れがいると連絡が入りそちらに向かう。今まではバンドウイルカの群れだったが、今度はハシホソイルカという別の種類らしい。船長さんの解説によるとバンドウは気分が乗れば人と遊ぶが、ハシホソは船の後をついてくるが人が来ると逃げるという。こちらも大きな群れで20頭を超えるらしい。中にジャンプを披露する個体もいて、みんな寝ているのに寝ていない子がいると船長。この群れの後ろをぐるぐるまわり、数回停まっては泳ぐ。船上から見ているだけで十分楽しくワクワクする。IMG_0339

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ツアー客3人は女性2人と男性1人。みな一人旅で男性は年に1回1ヶ月休暇を取り滞在とのこと。きつい仕事をしているのね。1人の女性は2泊3日で毎日このツアーに参加していたらしい。もう1人は最初の2回ほど海に入っただけ。それぞれねえ。1人しか海に入らなくても毎回ガイドの女性が付き添う。大変な仕事だ。

その後近くの水中公園に珊瑚を見物に。ガイドさんが餌の袋を用意していて撒くと多数の色とりどりの魚が寄ってくる。楽しい。もちろん、潜って写真を撮る人たちも。

半日のツアーだったが、盛沢山で、ゆったりと時間が流れていった。

写真はクリックすると大きくなります。真ん中の写真にイルカの群れ、その下にイルカを追いかける人たちが写ってます。



ganbare_watashi at 21:09|PermalinkComments(6)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年11月18日

イルカと泳ぐツアー(1)

P1030851行く前から戦々恐々だったイルカと泳ぐツアー。
絶対に泳ぐべきだと強硬だった娘に、結局は水に入ることになるのかしらと、止めるべきだという良識派のワタシと、でも面白そうと好奇心丸出しの二人のワタシの間で揺れつつ水着を探したら、なんということ、昨年泳いだというか海に浸かったばかりだというのに見つからない。

しめたと同時に残念と思ったら娘が水着なら沢山ある。その一言で半ば以上覚悟して臨んだ父島上陸だったが、ワタシって強運なのよね、娘が海に入れないことになり、一人で入るわけないでしょ、船から見るだけで十分と嬉々としてでもやっぱり泳いだ方がと後ろ髪も少し引かれつつ、ツアーに参加した。

イルカ、くじらと泳ぐだけのツアーだと思い込んでいたら、チラシには南島上陸+水中庭園見学とある。無人島に上陸するコースが組まれていたのだ。申込時には体調や持病に関する質問票に書き込まねばならず、血圧が高く、心臓に問題がある私はどっちみち正直に申告すれば泳げなかったのだ。以前ツアーに参加してイルカと見つめ合ったという子供たちも娘も喘息もちなので本来は泳げなかったはずなのだ。

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そして、ばしゃばしゃ泳がないこと。サメが餌だ思ってと浮き上がってくるから静かにと船上で注意があったけど、ばしゃばしゃしか泳げないのだから、入れないなんて、ワタシってなんて運が強いのかしらw。

IMG_0390クルーザーに乗り込む前にここでも薬液入りのマットで靴の裏をごしごし擦り、片足ずつ船長さんに見せねばならない。このクルーザーに小さな小舟も随行する。なぜだろうという疑問はまもなく氷解。

南島に上陸するには小舟に乗り換えねばならないのだ。強烈な日差しなので日傘持参だったが、両手両足が必要だから置いていけという。好奇心と恐怖心が募るw。帽子組の娘はほら言ったとおり麦わら帽子をかぶれば良かったじゃないとエラソーに言いつつ根は優しいからリュックに日傘を入れてくれた。

クルーザーはそのままイルカを探しに行き、娘と2人、ガイドさんと小舟でいざ島へ。

島の上陸地点への入り口は1ヶ所で狭いので条件が合わないと入れないという。おまけに上陸できるのは1日計100人のみ。それも公認のガイド付きでなくては入れず、冬期は生態系保護のため閉鎖される。今年は11月5日が最終日だったようで、かろうじて滑り込んだことになる。

IMG_0394両手両足を使って上陸。ミズナギドリとカツオドリの集団営巣地で、希少な植物や生き物がいるのだが、世界自然遺産の上を歩くわけで石を踏んで歩くように、それないように、草を踏まないように、木を掴まないように、慎重にごつごつした岩山を歩く。

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手の届くところにぽこぽこ穴が開いていて、中には綿毛にくるまれたミズナギドリの雛がもぞもぞ動いている。もちろん静か〜にそっと覗かせて貰う。かなりの大きさに育っている。巣立ちももうすぐなのだろう。

海水が入り込んでいる静かなプールのような浜辺に出るとここでは水に入って良いとのこと、そして裸足になって驚いたのが砂。真っ白なキメの細かな砂なのだが、亜熱帯の強烈な日差しの下、まったく熱くない。実に不思議な感覚だった。

小笠原諸島は火山列島なのだが、南島やその周辺の島は海底が隆起してできた石灰岩の島だからだという。汽水には渡り鳥数種が羽を休めており、ノスリが空を舞っている。

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両手両足を使って、島の頂上まで登り、降り、1時間強の無人島ツアーを終えて小舟に乗り込み、ああ今来て良かった、来年、再来年なら山を降りるのに騒動となったかもとしみじみ思ったのだった。

長くなったので続きは今度…

写真はクリックすると大きくなります。写真の鳥はカツオドリの幼鳥。砂の上のタイヤのような跡はヤドカリの移動した跡。


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2016年11月14日

まず小笠原諸島について

P1030768東京都なんですよ、小笠原諸島って。それと世界遺産だと言うことは知っていた。でも知らないことがいっぱいあった。

季節により多少異なるが小笠原諸島に行くには小笠原丸という連絡船を使うしかないのだが、ほぼ週に1便運行しているのみ。しかも台風や強風で欠航する!行くには覚悟がいるのだ。民間用の飛行機は飛んでない。新型船が今春就航して1時間早くなったが、それでも片道24時間もかかる。台風よりも速い時速45キロという結構な速度で走って24時間ですよ、欧州まで往復できる。時間がかかれば当然費用もかかる。安い雑魚寝でさえ往復5万円近い。遠くて高くて時間も滞在期間も長く必要な東京都の最果ての亜熱帯の島。

といってもこれは父島までの話で、他の島に行くにはもっと時間も費用もかかる。父島から母島まで更に乗り継いで2時間。それ以外の島々は無人島だ。戦中に強制疎開が行われて以来無人島になったという。

しかもしかも知らなかったことがまだまだある。昭和43年に返還されるまで米国の一部の扱いで、欧米系の島民のみが帰島を許されたのだという。近くの島へのツアーでお世話になった船長さんは英語の名前を持っていて、返還前は銃や散弾を米国から通信販売で購入していたという!ちなみにカリフォルニア州小笠原だったと聞いたがこれはジョークか本当か分からない。
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硫黄島での激戦はよく知られているが、幸いなことに父島などでは爆弾や戦闘での死亡者は出なかったらしい。が各所に備えていたので戦跡が多数残っている。いくつか巡ってみた。

小笠原諸島は亜熱帯に属する主に火山活動で出来た島々で、太平洋に置き去りにされたような孤立した島々であるため、珍しい固有の変化を遂げた動植物の宝庫となっていて、世界遺産の指定を受けている。固有種を守るために小笠原丸乗船時、下船時に薬液に浸したマットで靴の裏とスーツケースの車輪をこする必要がある。他の島や公園に入る際にも固有種を守るため、同じような措置が必要となる。また、道をそれて歩くことも厳禁である。

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なかなか大変に聞こえるだろうけど、良い所だったよ。大勢が押しかけると固有種や島を守れないだろうから顕著な増便には疑問符だが、お勧めする。日本で一番光害のない真の闇が経験できる場所での満天の星空や多数のイルカの群れ、澄んだ空と海。爽やかな風が吹く亜熱帯の気候。行って良かった。おまけに蛇や熊やイノシシもアシナガバチもいないから安心して歩けたw。家の中にまでヤモリが自由に出入りしていたけど…。

PCとデジカメの両方でトラブルがあったため、写真は後ほどアップします。

写真はクリックすると大きくなります。 一番下の立て札の横には外来種の種子を払い落とすためのローラーやブラシ、靴の裏をこするマットなどが置いてあった。


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2016年11月09日

南の島

約2週間弱の南の島への旅を終えて日曜日に帰ってきました。

風雨と嵐の星の下に生まれたと昔叔母に言われた通り、今回も色々あったけど、無事に帰れたので結局、私は運の強い女ねと一人喜んでいるのだが、島から出港の朝、強風波浪注意報、高潮警報が出ている中、船は出るのか心配しながらお参りした大神山神社(いかにも霊験あらたかって名前でしょ)で、なんと凶を引き当てたので、尚更エラソーなのだ。

おみくじには、反省こそが一番必要な鏡です。誠意で当たりなさい、とあったので、滞在中、ぶつかり稽古に励んだ相手の娘の喜ぶことw。

凶のご神託にもかかわらず、大きなうねりや揺れにも負けず、食事も完食、船酔いも経験しなかったが、帰宅してみれば調子が悪かったデスクトップは一段と不良化していて、箱から出した状態で放置していたデスクトップのセットアップに追われ、多数の事務仕事も仕事も待っていて、昨日、病院では3時間待ちの後、胃と腸は荒れているしポリープも多いが大丈夫、2年後に来るようにと言われ無罪放免だったが、母のところには洗濯物の山が出来ていて云々と、波は相変わらず高いのだ。

島ではワイファイが使えず一式持ち込んだノートはメモ帳兼ゲーム機と化し、おかげで目の疲労もすっかり取れたのだが、帰ってみれば、こはいかに。夏ではなく冬ではないか、おまけに仕事がぁ…というわけで、問題山積、いつものことながら南の島については後ほどぼちぼちと。




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2016年10月23日

多様な展覧会

さて相も変わらず騒動は続いていて、暴動を起こしたパソコンをもはや見捨てるしかないと即新しくデスクトップを購入したものの、やることが多すぎてセットアップも出来ず机の上に鎮座したまま。一時的に悔い改めた古いパソコンのご機嫌を伺いながら合間に仕事をしている。

昨日は、9月に新装開店した都写真美術館でのロスト・ヒューマン展(杉本博司)へ娘夫婦と3人で(11月13日まで)。これまたfranママさんのおかげで楽しめた展覧会だった。ありがとう♪写真展とはいうものの非常にユニークな、文学的な写真展で面白かった。娘たちと時間をかけて説明文を読みながら、暗い、未来の滅亡した世界の記憶を回っていく。中にはJap Hunding Licenseなるカードも飾ってあり、隣に居合わせた外国人に感想を聞きたかったが娘に叱られるので大人しく。現実と空想とを混ぜた写真や物ではないかと思うのだが不明。地味で暗い展覧会だとパンフレットからは思えるのに混雑していてびっくりした。地下で世界報道写真展もやっていたが、今日までだったのでもっと混んでた。勿論、こっちは現実として怖いのでビビリの私たちは現実逃避で代わりにビアホールへ。恵比寿を飲んで気分良くなったのだ。

2週間前は大仙崖展(出光美術館)、デトロイト美術館(上野の森美術館)、そして松島瑞厳寺と伊達政宗(三井記念美術館)を1日で周り、締めは日本橋の三重テラスで伊勢エビとワイン。まったく目にもお腹にも贅沢な1日だった。大仙崖展以外はK子と一緒で、いつの間にかK子に私の趣味が移っていて面白い。静かに鑑賞するようになったしw。

これら3つの展覧会もお勧め。特に大仙崖展は鑑賞しながら痛みが伝わってきて泣けてきた。明るく楽しく、面白い絵なのだが。春に京都で禅展やお寺で禅画を多数鑑賞したせいか、意味が心に染みてきた。すぐ忘れるたいした頭でも量をこなせば少しは残っていくものらしい。大の字がつくのもなるほどと思わせるほど素晴らしい展覧会だった。

デトロイト美術館展も素晴らしかった。多分、ここの美術館からは初めてじゃないかと思う。お初の作品が多かった。相変わらず不機嫌なセザンヌの奥さん像もあったが、思わず「若い」と口から出たw。黒っぽい衣装ではなく若い女性らしい明るい服装だ。ゴッホの自画像も包帯無しで耳が赤い!おかしな所ばかり目につくのは私の目が悪いせいだが、大規模ではないがとても良かった。デトロイトという以前フォードの城下町として繁栄した都市の現実を思うにつけ、この世の栄枯盛衰を思い起こされる絵画展だった。追記:言い忘れたがマティスの傑作も展示されている。「窓」はマティスの作品の中でも非常に良いと思う。作品は粒選りでありこの美術館の往年の財力が想像できる。

伊達政宗展も、秘仏と言われる五大明王像が展示され美しい彫刻もあったが、何より隻眼で勇ましい戦国武将である正宗が才能も教養も豊かなことがよく分かる展覧会となっていた。天は二物も三物も与えるのだ。どれもこれも中途半端で何もないという私のような人間はどうすりゃいいのよと言いたくなる。言う暇があれば修行しろと言われそう。まあ、修行するような人は言われなくてもやるし、しなくちゃと瞬間的に言うだけの人間はいつまで経っても口ばかりとなるようで…。


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2016年10月19日

海が怖い

img_add_07大腸検査、嫌だなあと思っていたら、その翌日、ご褒美のように父島に向けて出航することが突然決まり、気分は早くも検査のことは忘れて休暇気分なのだが、サメがねえ。怖いのよ。

娘たちは春にイルカと一緒に泳いだという。癒されるのよ、これがまあ。娘はイルカに夢中だ。でも、サメがいるんでしょと聞くと、イルカと一緒に泳いでいるときも下の方にサメがいたという。絶句。あの大きな口の、巨大なサメが…間近に檻の中ではなく自由に泳いでいる…。

怖いから私は遠慮すると言ったのだが、娘はとにかく癒されるのだから、絶対行かねば。先日6歳になった幼稚園児でさえ救命胴着を身につけてポチャンと海に浮いてイルカと遊んだのだから、何を言う。6歳に負けてどうすると煽る。こんな体験、人生でもう二度と出来ないのだからとまで言われ、そりゃ、面白そうだけど、ねえ。アンモニアの匂いでサメはやってくるからおしっこを漏らさなければ大丈夫。

陸上では大丈夫だって、足の下にサメがあの邪悪な目で見ていたら、漏らさないはずがないような気がしてくる。コワイヨー。

こうまで怖がるのは、夏に大人5人で上野の科学技術館に行き、「海のハンター展」を堪能してしまったからだ。ぎざぎざの鋭い歯と大きな口を見てしまったし、古代サメが81トンもあったことも知ってしまったからだ。その時は将来どうなるか考えもせずに、いやよねえ、だから海には絶対潜りたくないのよ、あんなのが下からニュウって出てきたら囓られる前に気絶すると妹と言い合っていた…。ああ、見なきゃ良かった。

それなのに足の下にいるって。漏らしたらやってくるって。数滴でもダメかなあ…。犬並みの嗅覚ならどうする…。その上元亭は友人がサメに目の前で海に引きずり込まれるのを目撃したことがあり、その話も何度か聞かされた…。

父島では丁度その時期、座間味島のように演芸大会で盛り上がるらしい。子供の相撲大会もあるという。面白そうだ。船の切符も手に入れた。どうやって娘のイルカに行こうという誘いを断ろう。で、船の上に上手く残ることが出来たとして、もしサメが浮上してきたら娘の代わりにと私の片足を差し出せるかしら…。


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2016年10月16日

日曜日

7月からなんやかや忙しくて休んでいた陶芸クラスにいくらなんでもそろそろ顔を出さねばと覚悟して起き出したのは良いがヨーグルトを食べながら題名のない音楽会を見ていたら、ラフマニノフのピアノ協奏曲2番、新進気鋭のピアニストだと言うが音がばらばらに聞こえてああ私の耳が悪いのかあやつが悪いのかいたたまれず立ち上がり、ついでに洗面所で洗濯を始めてしまい、開始時間に遅れてしまった。やれやれ。今月も全休、来月からにしようと先月と同じ使い古しの言い訳を考える。4月に始めたばかりなのに危惧したとおりだ。

お皿を洗いかけたら大きな爆音が。ヘリコプターのようだがびっくりするほどの大音量が近づいてくる。カメラを持ってベランダに飛び出した。多数のヘリコプターが整列して上空を通過していった。まさかまたどこかで大きな災害でもとどきりとする。

お祭りかなんかあるんですかね。いきなりベランダ越しに声をかけられ飛び上がった。引っ越してから14年ほど経つのだがこんにちは以外口をきいたことのない隣の男だった。息子と確か同じ年。いつも機嫌の悪そうなすまし顔に背広なのが寝起きの盛大な癖毛に華やかなパジャマ姿。うん、なかなか可愛いじゃないの。

それにしても大きな音だった。用事があるから編隊を組んで行くのだろうが、脅かさないでという気分もある。何かあったのかとツイッターを見てみると、刻々と自衛隊のヘリ通過、うるさいとか今編隊通過とかいうツイートに混じって、災害にあった人の自衛隊の救助のヘリの爆音が嬉しかったという感想も。

そうだよね。3.11の日、救助のヘリはまだ出ないのかとやきもきした。ようやく翌日の朝5時過ぎに編隊が飛んでいくのを見て嬉しかったのを思い出した。アキカンめ早くせんかと腹を立てたことも。災害の多い日本ではうるさくても訓練して貰わなくてはならないのよね。

やるべきことは山積だが、とりあえず急ぐ仕事もなく、日経朝刊の小野正嗣という作家の随筆が心に響いて朝からうるうるしたのでそうだ彼の本を探しに行こうと、ネットでいくつか良さそうな本を物色していると電話が鳴った。

日曜の朝などに電話をかけてくるのは当然母がらみ。なんとテレビが落ちて頭に当たり、瘤が出来ただと。テレビ台の抽斗を整理していてぶつかったらしい。幸いたいしたことはなさそうだ。

昨日、たっぷり母を散歩に連れ出し、こちらも疲れ果てた上に足を痛め湿布付きなのだが…行こうか、やめようか、逡巡したが、仕方ない。なんせ壊れ物の年寄りだ。

母は頭に冷たいタオルを乗せて寝ていた。看護婦さんがおやつの時間よというと、おやつなら起きなきゃねと起き出した。頭がふわふわすると言うが寝起きだからだろう。大丈夫そうだ。眉間の少し上が青く盛り上がっている。母は瘤とは別の所をここが変だという。元からよというとひど〜いと正常な反応だった。お婆ちゃんたちに口々に優しい言葉をかけて貰いおやつのマフィンを珈琲と一緒に美味しそうに食べているのを確認し、面会は何時行っても私一人なので馴染みになったお婆ちゃんたちのほら座って、ゆっくりとか、もう帰るのとか言う声を後に母をよろしくとさっさと逃げだした。

映画か、美容院か、本屋か喫茶店と思っていたのに、そうそう近所でお祭りが2つあったから見に行ってみようと思っていたのに、古本屋に入って出てきたら空はもう暮れかけて、私の日曜日は何もしないうちにまたしても過ぎていったのだった。




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2016年10月14日

騒ぎは続くよどこまでも

P1030044[早々と追記あり]生きていると色々なことがありますなあ。初体験がまた一つ。

母の銀行カードがなくなった。母の口座から施設料金を引き出し、お金をバッグのポケットに入れ、通帳にカードを挟んで同じくポケットに入れた…はず。なのに、ない。ないことに夜になって気がついた。バッグを逆さにして探した。ない。ジャケットのポケットも探した。ない。パンツのポケットも、床に這いつくばってテーブルの下も覗いた。ない。

銀行で落としたらしい。

急に上の娘の所に遊びに行くことが決まった。腸の検査の翌日に上手くチケットが取れた。帰りは約10日後。混んでいて数枚を残すのみだったので慌てて購入。そして、下の娘と、娘の小学生時代からの友人宅に赤ちゃんを見に出かける予定を入れていたことに後で気付いた。

マミーに合わせて最初の予定を変えたのに、何よと娘にブーブー文句を言われたのだが、カードを無くしたと寝る前にメールすると彼女はコンタクトを容器の蓋で粉砕したところだという。普段は失敗談は教えてくれないのだが、年老いた母親にw文句を言ったので気が咎めたのかも。

ワタシは既に布団の中。返信して、本を1,2ページ読み寝たのだが。母のカードどうしようと心配していたはずなのに…朝、起きると頭のすぐ横の携帯がピカピカしている。娘からの返信だった。

律儀な英文の、添付メールを読めというウィルス付き各種メールが英国、米国、オーストラリアから、土日は休んで!毎日1,2通、あちらの営業時間に相変わらず入ってくるので夜間はマナーに変えているがそれでもたびたび起こされるのに、マナーに変え忘れていたにもかかわらず、起きなかった。

それも娘に返信してから返事を受信するまで、わずか6分。何というという早業!本を読んだので多分、電気を消すと同時に熟睡したのだろう。本が睡眠促進剤なみに詰まらなかったせいもある。

睡眠障害だ、夜中目が覚める、小さな音でもダメだと長年騒ぎ立てていたのに、どうしてくれよう。

母のカードは朝一で銀行に電話したが届けられてないという。娘はどうせあなたのことだ、そこいらにあるに決まっていると言うのだが、しっかり数回ずつ見たからあるわけない。止めて貰った。止めて貰ったのは良いが、母は住所が変わり、本人は取りに行けないし、委任状も書けない。というわけで色々面倒なことになりそうだ。

2週間後くらいに新たなカードを渡してくれると言うが、変更届等に出向かねばならない。そしてその頃ワタシは海の上♪

サメに囓られずに無事に帰るとすぐに病院で検査結果の宣告を受けねばならない。行きは良い良いで、帰りはどんよりと重い気分で帰ることになりそうだ。

[追記]そして、またしても娘が正しいことが証明された。たった今、カードが廊下に落ちているのを見つけた。10分後に見つかっても一度止めれば2週間ほどは使えませんよと電話で釘を刺されたのにすぐに止めて下さいと騒いだのは、ハイワタシです。恥を忍んで電話をかけ、母とワタシの確認書類一式と印鑑を持参すれば停止を解除してくれることになった。最初に脅された2週間より大幅な短縮は多分、また処理の途中だったからだろう。まずは良かった。お騒がせしました。それにしてもなぜ廊下に。しかも朝から何度も通っているのに…。謎は深まるばかりだ…。



ganbare_watashi at 11:53|PermalinkComments(4)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年10月12日

嬉しいこと

2016101218270000久しぶりに青空が戻った。長かった。

いくら秋の長雨と言ってもこんなに曇りや雨ばかりというのは記憶にないような気がする。まあ、私の記憶などあてにならないので気象庁の気象データをみてみたら、10月11日現在、東京都心の前30日間の日照時間は合計50.6時間で、平年の46%しかない。そりゃあ青物は高くなり、洗濯物は乾かず、人間もへにゃりとなるはずだ。

母は元気を取り戻していた。暑かったり、雨が心配だったりで外に連れ出していないのでかえってお肌の状態も良く、頻繁に太陽や雨風にさらされている私よりよっぽどきめ細かで色白だ。やっぱり若いときからきちんと化粧品と時間を使って手入れした人の勝ちなのかも。母から受け継いだ脳疾患性痴呆の可能性と、お手入れ無しの肌、私の末路が透けて見える。まあ、その頃には何でもあるだけで、機能しているだけで感謝するように少しは謙虚になっているだろう。

いつアメリカに引っ越すのと問い続け、ついで入院するからここを出なくてはに変わっていたのがぴたりと止んだ。紙に「ここにずっといて良いのよ。安心して」と書いて目の着く所に貼っておいたのでその効果だと思いたい所だが、ベテラン看護婦さんのおかげのような気がする。

アメリカに行くとの妄想がひどかった頃、看護婦さんがやってきて母の側にかがみ込んで母の両手をさすりながら、ずっとここにいてくれるわね、大好きだからと声をかけ、母も、私も大好きよ、あなたもどこにも行かないでと満面の笑みで答える場面に立ち会った。女学生に戻ったような素晴らしい笑顔だった。私たち子供や孫たちが言ってあげるべき言葉なのだけど、言えない言葉。さらりと言ってくれる70近いと思われる看護婦さんに心からありがとうだった。

父は生前、臆面もなく、私たちの前でもよく母にお母さん愛しているよとか、お母さんは素敵だろうとかと言っては辟易させたものだった。母は馬鹿馬鹿しいと相手にしていない風だったのだが、嬉しかっただろうなあ。父が亡くなって一番足りなかったのは褒め言葉と愛情の言葉だったのかも。

90近くまで言って貰えたのは、スゴイこと、幸せなことなのよと母に言いたいが、最近の母は5分前のことも覚えていない。でも大事にされていたことは覚えているよね。なんて幸せな人生だろう。



ganbare_watashi at 18:45|PermalinkComments(6)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年10月04日

展覧会のことなど

P1010872最近自分が怖い。台所に行くと入れかけたコーヒーが半分ポットに入ったまま放置されている。途中で電話がかかり離れたことを思い出した。冷めてしまっている。部屋に戻ると抽斗が開いている。これも私の仕業だ。開けっ放しの抽斗って耐えられないのに。こうやっていつか火をつけっぱなしにしたりするようになるのだろう。

と大人しいのも書いたつもりで探したのにない記事があるのに気付いたから。
先日、娘にしばらく一緒に旅行に行ってない、そろそろダンナをおいて付き合えというと即座に3年前に京都と軽井沢に行ったでしょという。え、軽井沢?北軽井沢のスイートに格上げされたが玄関に熊出没のビラが貼られて散歩も出来なかった悲惨なとこかと思ったら違う。別に行ったでしょといわれ、ブログを検索したら、軽井沢の記事がない。写真を探したら、あったあった。そして思い出した。7月にザ・プリンスに2泊して温泉施設がとても良かったこと、図書室に喜んだこと、買い物に邁進したこと、往復は娘の提案で新宿から往復バスを使い、新幹線より遙かに安い上にホテルに停車するので便利だったこと。どうせ忘れるのだからもう行かないとつむじを曲げられてしまった。

しばらく前に友人に展覧会のチケットを頂いた。とても良かったからお知らせしなくちゃと思いながら気付いたらすでに終了していた。遅かりしだけどしないよりマシかな。都美術館の開館90周年記念の「木々との対話」というタイトルの面白い展覧会だった。

一番の特徴は会場一杯に広がっていた檜の香り。妹と何の匂い、良い匂いとクンクンした。会場に組んであった巨大な檜の丸太の集積物。上から眺めそこにあった紹介文に愛媛美術館とかいう文字をみつけ、これだけの物、どうやって運んで元通りに組み直したのだろうと、しばらく検討w。釘の痕や針金で縛った痕があったのだ。番号が入っているのではないかと調べたり。下で係員に聞くと、ああ、あれは上の別の作品の紹介です。妹も私同様のおっちょこちょいだった。非常に繊細な木片で作られた花も凄かった。あちこちに隠れるように置かれていたのでぐるぐる回り、資料室の辞書の箱に入っているわすれな草も探しだし、うろうろと外の銀杏の大木の作品を見に行くなど、とても楽しい展覧会だった。カメラを忘れて写真無し。ブログ友のfran9923さんが素敵な写真多数を紹介なさっているのでどうぞ。どういう訳かリンクが入らない。http://ttyfran2.exblog.jp/23037290/です。

この後上野からめぐりん号にのって谷中にチョコレートケーキを食べに向かった後、改装されたという東武上階のイタリアンへ。娘を呼びだし、その後婿殿も合流し、平日だというのにたっぷり飲んで騒いだのだった。ヨシ、思い出せたぞw。




ganbare_watashi at 12:41|PermalinkComments(12)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年09月28日

豊洲「問題」

TVの街頭インタビューに女性が答えていた。

危なくって豊洲で買い物とか、考えられない。

先日、友人も電話してきた。豊洲怖いわねえ。おまけに都庁の上層部は腐っているらしいじゃないの。

へっ。地震ですぐにでもつぶれそうな老朽化した、すでに建物が崩れかけていて鉄板の落下事故や混雑から交通事故も頻発していて、アスベスト他数々の問題がつつけば出てくることが確実な、あの築80年だかの築地より豊洲が危険?何だろねえ。

あれもこれも連日TVが豊洲に盛り土がされていないから危険だの地下空間があるから危ないのではとか、地下に水が溜まっていてヒ素だの鉛だの恐ろしい物質が検出されただの煽っているからだけど、少しは本当かと詳しく新聞でもネットででも調べると分かることなのに調べない人が多すぎる。

豊洲の地下の溜まり水から検出された微量なヒ素は基準を下回っている。でこの基準というのが、知ってる?70年間毎日2リットルを飲み続けても健康に問題ないことが基準というのだから日本ってどこまで健康オタクって言いたくなるほどの厳しさだ。自然界に存在する程度で何の問題もないのに共産党は基準の4割(4倍じゃないですよ!)もあると鬼の首でも取ったように騒いで一気に大騒動へ。

また地下水が溜まっていること自体を大問題だと騒いでいたが、まだ地下水の制御装置が動いていないだけので何の問題もない。この地下の浄化装置自体がたいそうな代物で都民がうるさいから念には念を入れて浄化してきれいな水をそのまま排水するというシステムになっている。きれいな水ならトイレとか掃除に使えばいいのだがトイレが危険とか床が危険とか騒がれると面倒だからここまで徹底しているのだろう。

こういう念には念にはすべて税金が投入される。一部の人間が難癖つけて騒ぎ出すのを防ぎ風評被害を防ぐためどのくらい無駄な金が使われているのだろう。気が遠くなる。

一番の問題とされていたベンゼンだが地下室の空気から検出されてない。対して築地では空間計測されたベンゼンの値は豊洲より高い。その上、築地では地面を近辺の海水で洗っている。地下水を浄化した水が建物内で使用されるのも許さないのに、浄化もせずに地下水その他が流れ込んでいる海水で長年洗っているのに誰も何も言わない。

大盛り上がりしていた盛り土問題だが、専門家会議は法的拘束力を持たない外部団体に過ぎない。

考えなくても分かることだが、もし専門家として大きな組織に呼ばれたとき、最善の理想の方策を出すのが当然だろう。責任問題になるのは避けたいし、これでもかという完璧な方法を提言するだろう。金の問題など度外視して。

豊洲全体を盛り土で覆っていたら、すでに汚染対策に500億円以上(最終鉄器には875億円)かかっている*のに、その上に500億とも800億とも言われている資金がつぎ込まれていたことになる。金の必要な事がごまんとあるのにそんな大金つぎ込むかね。普通、安全性が確保できかつ資金が最少で済む方法を考えるだろう。

はっきり言って役人は総じて優秀で真面目だ。技術系の役人は殊更だろう。現場の事情も懐具合も、安全度も分かっている。豊洲は地下水脈が地表近くにまで上昇しているという。なら、水が上がってくることが想定できる盛り土が良くて(土ですよ隙間から上がってくる)、遮断するコンクリートが悪い?おかしい。おまけに後の管理・保全も楽で資金もかからない。で現場はコンクリートによる地下水遮断を決断した。おまけに問題が万一発生したときのために、完璧な浄化システムまで導入したし、地下に機械類が搬入できるようにした。素敵なリスクヘッジじゃないですか。やり過ぎとも思えるけど。

賛成にも反対にも勿論理由はある。利権、利益はどうなっているか、通常、それが一番の理由となる。

築地というブランドや使い勝手から反対する人たちもいるだろうが、中には債務超過等の理由で移転が難しく廃業するしかない業者もある程度存在するらしい。まあそうだろう。オリンピックも絡んで話題の的だから騒げば注目が集まるから自称、他称専門家、マスコミなどが煽る。

福島で分かったことは怖い、恐ろしい、大変だと騒げばたいていの人は調べずに尻馬に乗ると言うこと。視聴率も稼げ、より恐ろしいデマを飛ばした者はテレビ、講演、著作等で大金が稼げること。時間が経たないと結果が出ないのだから飛ばし放題だった。

そういえば福島では妊婦のかなりの割合が奇形児を生むなどとデマを拡散した卑劣な奴らもいたな。日本人として自分の問題とするのではなく、自分から切り離して、来るな、と困っている人たちに追い打ちをかけた人たちだ。

勿論、豊洲に問題があれば、小池さんには大きな利益となる。支持率は今や81%と驚異的な高さに上昇しているという。ま、テレビが言ったことだけど、毎日正義の味方というポジションで映っているから、当然高いだろう。

小池さんは、都議会との対決姿勢、伏魔殿である都議会を暴く、解散する、改革すると言って当選した。当然、対決しなければならない。しかし、武器がなければ有利に議会と戦えない。

豊洲にたいした問題はありませんでしたとは言えない。自分に従わない勢力を支配下に置いてからでなければ。

技術会議が盛り土ではなくコンクリートで遮蔽する方を選び、数百億円を節減したことは、手続き上のミスにもならない、ファインプレーだと私は思うなのだが、それを役人を切り裂く武器に変えた。彼らはもう小池さんには逆らえないだろう。(技術会議は都内部の会議であるし、ここは盛り土、ここはコンクリート、そういう専門的なことを外部に公表する必要があると誰が思うだろう。例えばトンネルや地下鉄の工事すべてでどの技術を使うとか残土をどうするとか、細かく公表することが法で定められているとは思えないし誰も興味を持たないだろう。おまけにその方がよいからそうしようと時間が限られた中で決定したに決まっているし。特定の、決定権を持つ政治家ではない、役人の誰かが決定に責任をもたされるなら、誰が決定したいだろう。一番無難な完璧な方法、つまり一番金のかかるこれでもかのやり方になるのではないだろうか。)

馬鹿らしい、他によい方法があると分かっても、稟議書を書き、回し、いちいち会議にかけ、都議会の賛同を得なければ何も前に進まないことになる。そうでなくてもスピードが欠如していると非難されるのにこの先どうなるのか。

すでに豊洲移転を遅延したことで1日700万円とかいわれている保証金+裁判にもなるだろうから巨額な補償金も発生する。五輪に間に合うだろうか。突貫工事になればまた費用が嵩む。更に完璧を期すとして手直し程度ではない例えば地下室の床を剥がして盛り土を入れ更にコンクリートで固めるなど馬鹿げた工事をする事態に追い込まれたら巨額の費用が…。その間、脆弱な築地が持つだろうか。

言っておくが、都の資金は無尽蔵でもなく、財布がいくつもあるわけもない。完璧な施設など必要ない。基準内の安全な施設で十分だ。完璧を目指すために必要となる資金は、子育てや教育に使って欲しい。介護度4,5という自分で何も出来ないのに施設にも入れず待っている多数の高齢者の救済にも使って欲しい。

小池さんは都民ファーストと言った。その都民とは誰を指すのだろう。全員が一致することなどあり得ない。行き着く先が、美濃部さんのようなばらまき都政で結果大赤字でその後長年苦しむと言うことにならないことを祈る。

*参考引用「ロンドンオリンピックの敷地はヨーロッパ有数の産業廃棄物が投下された場所だったが、ロンドン市が行った土壌汚染対策は60センチの盛り土だった。一方、豊洲の盛り土はじつに4.5メートルである。正確には地表から2メートルの土を入れ替え洗浄した上に、さらに2.5メートルの盛り土をするという“過剰”なものだった」(「築地市場の豊洲移転延期 小池都知事の剛腕に大義なし」)。

早期の豊洲移転を促す意見(経済学者・嘉悦大学教授 盒 洋一氏)

*橋下さんがこの件で盛んに意見を言っている。都内部などから詳しい資料などを入手しているようだ。
http://blogos.com/article/190959/
http://blogos.com/article/191670/
http://blogos.com/article/191645/
などなど









ganbare_watashi at 12:02|PermalinkComments(25)TrackBack(0)ニュース・事件 

2016年09月23日

叱られて

朝一番に電話。母の施設からだった。

何事かと思ったら母があめ玉を隠していたというものだった。横になって食べてました。危ないですから困ります。

前日、母の施設のスタッフから母があめ玉やお菓子をもっていたというのでワタシが叱られたばかりだった。
その件でしたら前日にお聞きしています云々というとそうでしたか、気をつけて下さいと電話は切れた。

犯人は91歳になる母の妹だ。前の施設でも毎回お菓子を差し入れしてくれるのだが、母のカリウム値が高く、食事制限があるので差し入れしないようにと頼んでいたのだが、何せ高齢。すぐ忘れる上に、お土産を持って来たがる。訪れてくれるだけで感謝なので言いにくい。母の部屋を調べたらさらに2袋見つけて没収した。

先日病院で4時間も昼抜きで待たされている間に、見つけ出してバッグに入れていた袋からキャラメルを1つかじったらお線香のような不気味な味がした。はき出すわけにも行かず呑み込んだが古い…。そうこうしているうちにさらに2人の施設の人に長々と叱られた。こちらは家捜しするわけにいかないんですからね、ちゃんとしていただかなくちゃ。

ごもっとも。はい、正論です。ご迷惑をおかけします。

次に母の所に行ったら抽斗の物をせっせと袋に詰めていた。今夜、アメリカに発つから。どうやっていくのと聞いても勿論、聞いていない。もう皆さんにご挨拶を済ませたからね。皆さんに聞くと、前日もその日もアメリカに行くからと毎日挨拶をして回っているという。

袋詰めした物をまた元に戻し、同行していた娘夫婦と口々にアメリカには行かないよ、ここにいるのよというとああ、安心した、本当は行きたくなかったのと涙をこぼした。

それなのに、次に妹と行くと、またしてもアメリカに行かなくちゃと言い張る。アメリカから妹が来ているからアメリカが頭にこびりついたのかも知れないが。それにしてもしつこい妄想だ。一人で行けないと説明しても、行かないでといっても、何をしても最初からの繰り返し。

行きたくないといいながら、行くという。

結局、恐れから来ているのではないかと思い当たった。あめ玉やお菓子を発見され、スタッフにきっと咎められたに違いない。別の施設を出されてからまだ日も浅い。きっともうここにもいられない。どこに行くのだろう、どこで生きていくのだろうという不安で混乱してしまったに違いない。

どこにも行く必要はない。ここにずっといられるのよと、ベッドの上に広げた荷物をまたしても入れ直していると、すっかり上機嫌になって、時々は整理しに来てねという。アメリカの騒ぎはこれで終わればいいのだが。

叔母に電話をした。高齢者に言いたくないが仕方ない。あめ玉はダメなのよ、危ないから。コンニャクゼリーも。何も要らないから叔母さんだけ来てね。叔母は母が欲しがるから持って行っただけなのに、しっかりしていると喜んでいたのにと何度も繰り返し、悪かったわねと意気消沈した声を出した。可哀想に。母を守るためだけど、玉突きのように叔母にはね返って叔母を叱っているようになってしまった。

一旦染みこんだ妄想を頭から追い出すのは実に難しい。痴呆でなくても高齢でなくても難しい。妄想に支配されている人はごまんといる。叔母はあめ玉などを持ち込むのをやめてくれるだろうか。母はアメリカ行きを断念してくれるだろうか。


ganbare_watashi at 15:58|PermalinkComments(12)TrackBack(0)いろいろあるよね 

2016年09月21日

夢占い

P1000142夢を見た。

普段は夢か真か判然としない気分のまま起き出してもたちまち忘れてしまうのに、数日経ってもはっきり覚えていて気になっている。

多分、昔借りていた信州の古民家あたりだろう。目の前の黒い土に一列に緑の野菜が植わっていて、その上を白い蝶が数匹舞っている。ただそれだけ。でも蝶の動きと緑の若い野菜、黒い土。鮮やかだった。ところで、蝶って頭と数えるのが正式だけど、頭なんて言いたくないので悪しからず。ドシドシ、ブンブンと舞う蝶を見そうで、夢見が悪くなるw。

その翌日には音楽が聞こえた。帰り来ぬ青春。誰か男の手が伸びてレコードを止め、目が覚めた。このフランス版を、元亭は、40になる少し前の頃、エンドレスにかけ続けていた。飲みながら。感傷的でナルシストで浪費家で、頭を全く使わない短気で神経質で馬鹿な、でもいい男だった。手はあやつの手に違いない。少しはあの世で大人になったと言うことなのだろうか。*帰り来ぬ青春の日本語版。素人の人で上手くないところがしみじみする。

白い蝶の夢をネットで調べた。フロイトはどうでも良いけど、父の死後、偶然とは言い難いことが立て続けに起きているので神がかったのだw。

白い蝶が羽ばたく夢には今までの善い行いが幸運となって戻ってくることを象徴した夢になります、というのもあれば、大きなターニングポイントというのもあり、はたまた周辺の死を意味するという説もあった。ようするに変化と言うことのようだ。変化なら売るほどある。

妹の姑が脳梗塞で施設から病院に移され、その後別の病院で胃瘻の手術を受けたり、母が高熱を出し、その後元気になったと思ったら、アメリカに行くからと荷造りを始めたり、娘の舅が脳腫瘍の手術を受けステージIVだと聞いたり、従妹が一旦は諦めろと言われたことから奇跡的な生還を果たしたり、1ヶ月足らずのうちにこれだけのことが生じたのだから、白い蝶は、ジタバタとただどうしようもなく周辺を騒ぎまくるワタシの象徴のような気がしてきた。長寿社会なのだから当たり前と言えば当たり前の騒ぎなんだけど。

で、あーあ、若いときは楽だったと潜在的に思っているから馬鹿な男が夢に出てきて、どうだ、青春は帰ってこないのだと笑っているということなのか。

未熟な大騒動を繰り広げた青春なんてまっぴらごめん、帰ってこられたら迷惑、今が一番気楽でいいと、本気で思っているのだけど、どうやって夢の中の男に伝えればいいのだろう。



ganbare_watashi at 11:56|PermalinkComments(10)TrackBack(0)世迷い事 

2016年09月15日

とぼけた話

連日、婆さんたち詣でで1万歩を越えて歩いている。おかげで体脂肪は20%。コレステロール値もほぼ正常に下がった。ありがたや。

妹が履きやすそうなスニーカーを履いていた。舌を噛むような名前なのだが、最近妹はこのメーカーに凝っているらしい。

昨日、買い物に出たついでに靴屋を覗いた。見渡すと丁度妹と同じ型の物が1000円安くなっていた。これにしようと履いてみたらきつい。でいくつか試すうちにちっとも好きじゃない色のスニーカーを買う羽目になった。欲しかった色の紐付きのスケッチャーズは品切れで、取り寄せで配送するという。いつ在宅できるやら本人にも分からないので、まあいいやと購入したのだが、バーゲンしか買わないという私のモットーを破り、好きじゃない色を正規料金で買うとはとても正気とは思えないw。

○マゾンではいくらだろう。ようやくブランド名を覚えたので今朝、チェックしている内に、ブーツをクリックしてしまった。つらつら考えると昨冬お嫁さんに同じ色のブーツを貰っていた。履きにくかったので不満が溜まっていたのね。

まあ歩きやすいというからいいやと思いつつ、そうだ、今日、妹と母の施設とイタリアンに行った帰りに池袋の西武でフランスの食品展、東武で北海道食品展を覗こうと思い立ち、広告をチェックすると、なんということ。昨日、北海道展の広告にあったブーツを買いに池袋に行きたかったことを思いだした。

そうであったか。ブーツと刷り込まれていたから買ってしまったのか。しかもスニーカーと同じメーカーの。買うつもりだった北海道メーカーのブーツとは似ても似つかないのに。

しかも一昨日、タグのついた新品のスニーカーを靴箱の奥に発見。サイズが娘ので、色も私は履かない薄紫。娘に渡そうとしたら、絶対自分じゃないと言い張る。持って帰る羽目になっていた。

そういうことか。潜在意識という奴は実に、実に恐ろしい。


ganbare_watashi at 10:14|PermalinkComments(10)TrackBack(0)あーあ、何ナノこれって 

2016年09月11日

カンツォーネの一夜

P10302608月下旬、娘たちが海の彼方にいなくなり、入れ代わりに妹が海の向こうからやってきた頃、友人夫妻とカンツォーネを聴きに行った。

恐ろしく忙しい一日だった。娘たちがいなくなるのを見透かしたようにたちまち押し寄せてきた仕事の合間を縫って、妹とランチ、その後病院と施設の2人の婆さんを見舞い(一緒かせめて近くの病院なり施設なりに入れて貰えないかなあと叶わぬ夢を見る)、遅れそうになり、エレベーターなしの5階に住んでいるおかげの脚力でw、九段下からえっさほっさ大汗かいて小走りに坂を上り、K子に念を押されていた6時ぴったりにイタリア文化会館に滑り込んだ。

滑り込んだは良いのだが、ホールは地下2階なのに1階の表まで列が続いている。メールをしても返答無し。チケット無し。しょうがないのでそのまま並び15分以上かかってホール入り口に。名簿を手にした係員が並んでいてK子の連れですというと無事に通してくれた。

さすがK子。長年シャンソンとカンツォーネを習っているだけのことはあると思ったら、彼女の先生、青木純さんが開いたコンサートでなんと無料。生徒が多数いるのでその関係者で満員だったようだ。青木さんの歌も勿論気持ちよかったが、K子のお付き合いでちょっと聞き過ぎているw。ギターの伴奏者が素晴らしかった。音が全く違う。よほど高価なギターを使っているに違いない。失礼な奴だワタシって。

舞台には華やかな花のスタンドが2つ。ファンクラブからの贈り物、1本くらいは私からよとK子。ファンクラブねえ。K子が面白くて演奏の間目が離せなかったw。にやりとしかいいようのない弛緩した表情で両手を握りしめている。ダンナに妬けないのか聞いてみたがいつも面白いこと言いますねとかわされた。ふーん、40年以上連れ添うってこういうことなのか。私には分からない。

K子は最後まで恍惚としていた。ふーむ、私って誰のファンでもないなあ、追いかけたいような男もいないし、最近うっとりしたことってあったっけ。段々K子が羨ましくなってきた。ま、しょうがない。鑑賞に堪えるような男が近くにいないのが悪い。こちらも鑑賞に堪えるような女じゃないからエラソーにいうことではないが言うだけならいいっしょw。

K子のダンナは見上げた男で、以前、社員バーゲンでダイヤの指輪とペンダント、締めて300万円近くを買ったK子がクレジットで落とせず、ダンナに電話。彼は仕事中なのに小言一つなく駆けつけて支払った傑物なのだ。おまけにダイヤのこともすっかり忘れていて、20万くらいしたのなどと言う。K子の家は平和で良い。

コンサートの後青山へ。彼女が割烹を望んだからだが、そこで席を用意してくれるのを待つ内、蟹の季節じゃないから蟹はないと聞き、その横のイタリアンへ。カンツォーネを聴いた後に和食はないでしょ、イタリアンよねと趣旨替えのK子。イタリア尽くしの楽しい夜だった。

ganbare_watashi at 11:42|PermalinkComments(8)TrackBack(0)

2016年09月06日

間抜けな話

DSCN0507手首のところが小さなボタンですぼまった、ふわふわの薄物を着ていた。右腕が痒かったので左手を差し込んだ。抜けなくなった。左手を右袖に突っ込んだまま唖然とした。こういう格好だとボタンは外せないのよね。何とか強引に引き出せたが一つ学習した。

最近何かと間抜けな話が多い。

8月最後の日、三井記念美術館に「アール・ヌーヴォーの装飾磁器」を涼しい内に見に行こうと仕事を放って出かけていった。

その1週間ほど前に娘たちを見送ったついでに近くのパナソニック汐留ミュージアムに「ミケランジェロ展」を見に行き、グルットパスを購入。ミケランジェロ展ではスケッチ数枚が展示。勿論、上手い。当たり前だ。が、建築家であり彫刻家だと自負していた彼が自分は絵描きじゃないと、システィーナのあの素晴らしい天井画を体の不調を訴え、不平たらたらで描いていたことが分かったのは面白かった。

三井記念美術館のアール・ヌーヴォー展は31日が最終日。次が「松島瑞厳寺うんぬん」という特別展。いくら特別展でも猫に小判、私にはあまり縁のない展覧会なので、ぐるっとぱすを有効活用しようと思えば行くしかない。日本橋には面白い所も美味しい所もあるしね。

改札で以前購入したままだった24時間有効のメトロパスを入れると期限切れで戻って来た。なぜだ、見ても分からない。結局スイカで入ったがその間に電車が1台行ってしまった。そして、良くあることだが、そうやって逃すと、早周りしようとか考えるのよね。で、路線を変えると遅れるのよ。ポイント故障の影響で…。缶詰になること十数分。

缶詰になっている間に思いつけばいいものを乗り継いで目的地近くになってぐるっとパスを忘れたことに気付いた。大間抜けだ。そうだ、昼だ、娘だとその近所で働いている娘を誘い出そうとしたが、これまた当然、今食べている、じゃあねと冷たくあしらわれ、デパ地下でお弁当を買い込んだだけで帰宅。とんぼ返りするつもりが暑さにあたり、気分は冷めて、何のための外出やら。

翌日、妹と婆さん巡りをした後、仕事帰りの娘夫婦も呼びだして食事。メトロの乗り放題パスに未使用でも期限があると知らなかったと娘に見せると、ほら、日付を見てご覧、既に使ったパスじゃないの!

スイカを入れているパス入れに前回使用したときにさしておいた物だったことが判明。こんな小さな字じゃ使用済みだか何だか分からない。間違って当たり前ですと言いたい所だが、それにしても間抜けだ。

お嫁さんに孫たちのお迎えを頼まれていたことを忘れ、妹に婆さんのお見舞いにつきあうと約束し、大騒動。カレンダーが8月のままだった。9月1日の約束なんか見えないよ。結局は上手く回ったが。

昨日は夕方になってカレンダーを見たら歯医者の予約。電話して謝りつつ来週にと申し出たら、今から来られるかと問われ、大人しく暗くなりかけの街に。そこからだと暗い道を通るので、大通りに出てたっぷり買い物して遅くなり、娘のところからチーズを貰えるはずが、来ないなら食べちゃうからねと脅される始末。上げたお煎餅と相殺だ、取っておくようにとメールしたが返事無し。上手くいかないねえ。

注意力も散漫なら、目も霞み、頭はゆるむし、体力も減少、皺だけならともかく、歳を重ねて良いことないじゃないかと思ったが、あった、あった。

あらゆることを歳のせいに出来ることw。間抜けであっても自分の間抜けさをすぐ忘れることが出来ることw。もう歳なんだから大事にしなさいとエラソーに言えることw。堂々と怠けられることw。うん、なかなかいいじゃないw。



ganbare_watashi at 11:27|PermalinkComments(8)TrackBack(0)世迷い事 

2016年09月03日

余生ねえ

P10306919月だというのに相変わらず暑さが続いていますねえ。

娘たちがいなくなり静かになった日常に入れ替わりに妹が登場。妹のお姑さんの入院というドタバタもほぼ同時に発生した。で、同じ頃に今度は母が高熱を出した。こちらは尿路感染症と言うことで数日で症状は治まったのだが、人間とはまか不思議な動物だと改めて確認した。

で、その暑さの中、病院を巡る妹と施設訪問の私、時には二人連れの巡礼ならぬ巡業が続いている。その後のお茶とオチャケの日々も。苦あれば楽あり、要するに自分自身に対するムチとアメ作戦実行中で忙しい。

お姑さんはかなりの重症のようで、じっと瞬きしない目で見つめるだけ。妹は怖がっている。私も怖い。最初は前回お見舞いしたときとほぼ変わらない丸顔だったのが、3日ほどでびっくりするほど萎み皺だらけとなり小さく丸まった老婆に変わっていった。名札がなくては到底見分けはつかない。とてもおしゃれな大柄な美人だったので身辺に鏡があればどんなに辛さが増すだろう。

母の前に立った妹と私を見たときの母の第一声は、まるで姉妹のようね。思わず妹と顔を見合わせた。妹が母に私は誰と聞くと、母はにっこり笑っただけ。どうも知っている顔だが誰だか分からないらしい。前々日に顔を合わせている私のことは流石に大丈夫だろうと、私は誰と聞くと、妹じゃないのと何を言うかと笑い出した!

午前中にやってきた母の妹と混同している。とうとうこういう日がやってきたか。愕然としたと言いたいが、ぼんやり予測していたので驚きは小さいが哀しい。熱が治まりかけてからは「今度はxxをもってくるのを忘れないで」とか「xxはどうしているの」ととても痴呆症状があるとも思えないしっかりした様子だったのだ。

発熱のあたりから腰痛を訴えることが少なくなっていた。熱が出ると痛みが引っ込み、熱が引くとボケが出る。体というか脳という奴は問題を1つづつ出してくると言うことなのか。

名前を教えるとそうそうと自分の娘たちを思い出したようだったがこれからこういうことが多くなりジグザグにぼんやりした世界へと進んでいくのだろう。

で、母の妹だが、91歳なのに、暑さの中、片道4,50分もかかるというのに、一人で施設まで来ていた。確か昨年辺りも海外旅行を娘と一緒だが楽しんでいたようだ。個体差はこんなに大きいのだ。我が身を振り返り果たして何歳くらいまで旅行が出来るのかと考えずにいられない。一応75歳までは頑張ろうと思っているのだが…91歳でねえ。

しかし、スタッフにあめ玉やお煎餅の入った袋を手渡され、危ないので与えないで下さいと叱られた。叔母のお土産だ。もしかしてと母の抽斗を探るとコンニャクゼリーも隠してあった。袋には丁寧に赤で子供と高齢者の顔に×印がしてあって注意書きもあるのに。叔母も歳は取ったのだね。

そして、母は前回、鏡を見ながらさなえの方が私より年上ねと言いよった。お母さんの方が年上に決まっているでしょと答えたのだが、いやそうじゃない、自分の方が若く見えると言いたかったようだ。

少し前にはいい顔になったねと言ったのだが、お世辞だったのか…。母にまた太ったと前回言われてムッとしていた妹は、昨年私の娘に間違えられて気をよくしているのだが、最近、皺が減った、若くなったよ、化粧水のおかげよ頑張れとご機嫌を取る。

皺が浅くなったのは当たり前。娘たちとの同居でつい競争して沢山食べ、続くアメ作戦もあって1キロ太ったのだから。おかげでずり落ちそうになってピンで止めていたパンツがちょうど良くなった。

痩せると皺が増え老けると声を大にして妹に言うのだが、妹は痩せることに腐心している。皺が増えて老けたらまた騒ぐのに決まっているのに。私はもう少し太りたい。人間って実におかしな生き物だ。

写真は奇妙な進路を辿った台風10号の雲



ganbare_watashi at 11:07|PermalinkComments(6)TrackBack(0)いろいろあるよね