あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

甥の結婚式、とっても盛大で、とっても面白く、とっても美味しく、音楽業界と映像業界の人間がかなり加わっていたので、凝りに凝ったちょっと例のないものだったのだが、その前後、なぜ、なぜと叫びたくなるような騒動が例によって例のように巻き起こったのだった。

なぜなんだろうねえ〜。勿論、娘はあなただからと一刀両断するだろうけど、承服しかねるw。
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← お楽しみの始まりを待つリングガール。小さい方は寝てしまった!

着るもので悩んでいた。濃いピンクに少し紫の入ったシルクのブラウスに黒のシルクのロングスカートに、ようやく決めたのだが、ブラウスは長期間ハンガーに掛けっぱなしだったし、スカートは20年ほど前購入したまましまい込んでいたのを発見したタグ付きの代物で、しっかりと折り目が付いていた。

前日の朝、シャワーの後、風呂場に吊しておいたが皺は伸びない。頑固な皺。放置しすぎだ。仕方がないので大嫌いなアイロンを何年ぶりだろうか、取り出した。水を入れたら、ぽたぽた、漏れた!なんてこった。地方でアパート暮らしをしていた娘たちの家財道具が卒業と同時に娘に付随して雪崩れ込んできたので、アイロンまで人数分wあった。数年前にワタシのアイロンを捨て、一番新しそうな物を残したのだった。誰のだ。こうなるから、断捨離は嫌いなのよね。

もう9時をだいぶ回っていたが、数分の所に住む娘にSOSを発信。ブラウスとスカートを抱えて娘宅へ走った。有り難いことにノンちゃんマンはテニスレッスンからまだ帰ってなかった。我が家は私がアイロン嫌いなので、娘たちはマメにアイロンを掛けるようになっている。こういうときのためだw。手際よく娘が掛けてくれ、ついでにピンクの口紅とラメ入りのその上に塗るという口紅も持たせてくれた。持つべきものは娘だ。口うるさくなければ満点だが遠慮深いワタシはそこまでは求めないw。

肩から掛けようと金ラメ入りと、黒に銀ラメ入りのレース状のスカーフを2種類出し、それに合わせて、金のネックレスとイヤリング、真珠のネックレスとイヤリングも何種類かずつ出したのだが、どうも決められない。そこへまたしてもじゃらじゃらのネックレスを持って娘が登場。結局、親戚の婆ちゃんなんて誰も見ないから服さえ着てれば良いわよとの一言で、真珠を却下、薄茶と茶のきれいな縦縞の入った石のヘッドに金の鎖のネックレスと金のイヤリングに決定。足が痛いので靴を持参、ぺたんこスニーカーにドレッシーなコートというアンバランスな格好で出かけて行った。

そうなのだ。ワタシは歳を十分にとった婆ちゃんだと開き直れば怖いものなどない。人の目や自尊心を超越するのだ。継ぎの当たった着物で着飾った娘たちの真ん中に放り込まれた幸田文を考えるのだと自分を鼓舞するw。

息子と久しぶりで二人でのお出かけで気分良く帰ってきてさっさとパジャマに着替えて、突然そういえば、ネックレスはと思い出した。首に手をやる。ない。あちこち探す。ない。9時を過ぎていたが会場に電話を掛けるが、ない。どうやって途中までちゃんとあったネックレスが突然消えるのか実に不思議だ。

戸棚の片隅に長年放置してきたネックレス。探し出したら私好みの色と形で喜んだのもつかの間、数時間身につけただけで煙のように消えてしまった。上の娘に愚痴ったら、自分のだと言い出した。どうやら元亭に買って貰った物を娘にやり、鎖が切れたので元姑が娘に金の鎖をくれた物だったようなのだ。道理でワタシの趣味だったのねw。

娘曰く、長期間戸棚の隅に放置され、外に出たかったのよ。一生懸命探して見つかる石は幸運の石、見つからない石は不運をもたらす石だったのだという。あり得ない方法で消えたが、不運を持って行ってくれたと思うことにしようっと。でも、悔しいなあ〜。

友人と待ち合わせをして今日は朝から出かけるのだけど、妹が米国から帰国でなんやかんや。とっても嬉しいけど仕事が詰まって大変だあ状態。妹は法事で帰国なのだが、姪夫婦が、来週予定の甥(姪の兄)の結婚式の翌日、米国へ転勤!でワタシと遊ぶどころではなく、引っ越しの手伝いと子守に狩り出され、年明けに米国からオーストラリアに転勤と続くのでもっと大変。

母は帯状疱疹以来、一気に認知症が悪化し、こちらも大変。この先、誕生日の連続、クリスマス、お正月とそうでなくても胸付き八丁なのに…。

6時に起きて仕事をしてから出かける予定だったのに、3時にエアコンの音で起こされた。

隣戸の兄ちゃんが冬になると4時過ぎに多分、タイマーでエアコンを掛け、それがうるさくて困っていたから、まただと布団を被ってでも寝られず起きだしたら、ワタシのエアコンだった!消し忘れ…。

仕事をしようとしても頭がウニ。起きてくれない。パソコンでブログを周遊、でももう寝に戻れないということで支離滅裂な話をご披露。笑ってくだされw。

さて、今日は美味しいところを見つけたとのことだけど、どこだろう。

帰ってから水曜日の締め切りまで、さらに騒ぎは続くよどこまでも…しかない…。


IMG_3464さすがに3泊目にはなんとか眠ることが出来た。気分は上々。この先、どんな混乱が待ちうけているかも知らずに。

京都でも、盛岡でも忘れ物をしたので、念を入れてぐるっと見回し、彼女にも見て貰い、太陽の塔目指して出かけた。荷物はホテルから送ったし、太陽の塔のチケットもちゃんとある。予約は11時。大丈夫。少し早めに着いたが万博記念公園は広く、丁度良い。

太陽の塔もお初なら内部に入るのも初めて。近くで見ると大きいね。スムーズに進む。中は思った通り、刺激的で面白かった。色とりどりの原生植物や動物、生き物の系統図がそびえ立ち、頂上に人間のペアがゴリラの頭上に鎮座している。しかし、時間が短い。案内人が20人ほどを引き連れ、各ステージ毎に立ち止まって解説するのだが、じっと見つめている暇はない。写真は撮れない。せめて+5分程度は欲しいところで、追い立てられるように階段を上る。まあ、予約も込んでいるし大量の見たい人たちを捌くには仕方ないだろうなあ。数年経てばきっとゆっくり見られるようになるだろう。その頃にもう一度だ。IMG_3471

公園をぐるっと散策した後、塔の近くに足湯があったので仲良く入る。先客がいて、私たちが3泊4日の関西旅だと知ると、仲が良いのねえと感嘆の声を上げ、2人同時に、いえいえ喧嘩ばっかりと声を揃え、そら、仲が良いと笑われる。ここで民族学博物館、大阪民芸館そして京都博物館に寄りたい私と早めに帰りたい彼女は別々に帰ることに。私はゆっくりと博物館を目指した。

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そして、そういえば、朝から一度も携帯をチェックしていなかったと、博物館。民芸館の内をぐるっと見た後座ってポケットから携帯を取りだしたら、チョコレートだった!

携帯と形状も重さも同じだなんて!もう止めて欲しいw。ずっとポケットに入っていたはずの携帯はどこだ。探すがない。ホテルに忘れたのだろうか…。領収書まで一切を送ったから手元にホテルの電話番号もない。ウロウロするが公衆電話もない…。広い館内を受付まで戻り、頼み込み、ホテルの名前(パニックでややこしいカタカナの名前なんか頭から消し飛んでる)と電話番号を調べていただく。哀れなお婆ちゃんで良かったw。来館者など皆無だったのも幸いだったw。公衆電話は館内になく、別館の方に飛んでいく。来館者がほぼいないようなところでドタバタと騒ぐワタシ。退屈しのぎの話のネタを提供してしまったなあ。

携帯はホテルの部屋にあった。どうやって2人の目をくぐり抜けたのか謎だ。京都に直行したいので荷物の発送がまだなら入れて欲しいと頼んだが一足遅かった。しおしおと駅に入ろうとしたら、今度はスイカがない。博物館の公衆電話の所に置いてきてしまったに違いない。またしても公衆電話探しに奔走する。今度は改札の女性に頼み博物館の電話を調べて貰い、駅構内の電話を使わせて貰う。駅に着く前に疲れ果てていたのでその日2度目の足湯に入ったというのに、あの広い公園をまたしても横断しなくてはいけないのかと目の前がくらくなる。そして、スイカはない。viewカード付きだというのに。

すっかり落ち込んで目の前の電車に乗った。反対方向だった…。一駅で気がついて良かった。また戻り、座れたのでヤレヤレと思ったら万博駅から小学生の大群が。疲れたときの大群は耳にも体にも衝撃が大きい。がっくりと頭が落ちる。落ちたら、胸が目に入った。Tシャツにポケットがある。覗くと、スイカが…!スイカとキーホルダーは常にバッグの外側ポケットに入れていたし、Tシャツにはポケットがないと思い込んでいたのだった。なんたる不覚!

京都で降りる力はもう残ってなかったけど、見たいところは全部見られたし、結局何も無くさなかったし、彼女は、何だかんだ言ったけど面白かったとメールを寄越したし、先日、生田の岡本太郎美術館前から写真を送ってきてどうやら今度は古い物だけでなく美術館巡りも趣味に取り入れたらしいし、ドタバタした甲斐はあったというもんだ、ねw。

携帯を取り戻してから4497歩。多分、+2万歩位だろう。

IMG_34223日目の夜が明けた。どうやら雨になるらしい。
前夜から雨になるよ、と雨を期待しているらしい声が横でするw。

彼女の希望に添って丸亀城に行き酒田の美術館は諦めたのだし、旅行に誘ったわけでもないのだが、詰まらないとまた言われたらこちらも辛い。で、豊島、犬島行きを潔く諦め、バスで大阪入りを提案。彼女は四天王寺に行きたがっていたから、別行動で大阪で待ち合わせすることにして、ワタシは新神戸、まずは竹中工務店の竹中大工道具館へ。

バスに乗るとまもなく彼女からメール。大阪じゃなく徳島行きに乗ったみたい。大阪行きのチケットを買ったのを横で確認したし、大阪行きが入ってきたのも知っている。そんなはずはないとよく聞いてみたら、バスの車体に徳島という文字が書いてあったからだと…。すぐ静かになったがw、多分、車内でも騒いだに違いない。運転手さんも困っただろうなあ。

IMG_3435道具館はとても面白かった。建物もさすがで、外は純粋な和風で中はコンクリート、設計はどなただか分からないが、安藤忠雄の趣味だw、とても良かった。日本で唯一の大工道具の博物館なのだが、入館者も少ない。こういう博物館に行きたいと思う私は変わり者なのかもw。

大阪駅構内にあるホテルに荷物を預け、これまで何度か上ろうとしては曇天だったり、雨だったりして諦めた空中庭園と長い露出したエスカレーターが有名な建物、梅田スカイビルと安藤忠雄の緑の壁へ向かう。勿論、不運は飽くまでも付きまといw、数週間前の台風被害で屋上庭園は閉鎖、受け付けで中国人の集団に説明する羽目になり、一緒に、なんて残念な、何とかちらりと見る方法はないのかと一応、聞いてみるがダメで、しおしおと引き下がる。まあ、緑の壁は見られたから由とする。
クレーン付きw↓

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すでにお昼を通り越して、おやつの時間。くたびれて大阪駅構内のアーケードで一休み。横にはなにやら美味しそうな抹茶のパフェを食べている女性が…。そこにマレーシア人だという女性も加わり、彼女のも美味しそう。辻利の抹茶スイーツの店が横にあったのだ。よっこらせとワタシもおやつを調達。女3人寄って話が盛り上がる。今回の旅のあれこれを聞いて貰い大笑いし、おかげで元気を取り戻した所に、彼女からメール。外食しようという彼女に、お寿司も鶏肉も嫌い、チーズもちょっとという難しい人だからデパ地下での各自調達を提案、平和裏に解決できたのだったw。目出度い。

11,454歩

そうでなくともドタバタする年の瀬へ向け、ドタバタ度がいつも以上に早いスタートを切ったような今日この頃、夏物はようやく片付けたが、簡単には片付かないことも多々あるよねえ。病気以来、母の認知症が一気に悪化し、気を揉むことが続いているというのに、運が下降しているときには何でもないことでもトラブルの種となる。泣きっ面に蜂数匹がブンブンブンだ。

今月末で失効するクレジットカードのポイントがあったので数週間前にビールをチョイス。配送業者は大手で、配送予定をメールで知らせてきた。大手だが黒猫のように至れり尽くせりではない。ネットで希望時間は指定できない。荷物の位置も追跡できない。その日に着くことが通知されただけだ。

朝、9時前にさほど遠くない営業所を出発したことは分かった。大急ぎでシャワーその他を済ませる。午前の早い時間に来ることが多いから、母の所に行くのを午後に回して待つ。来ない。午後になるが来ない。母の所を翌日に回す。日が暮れてくるが来ない。

実は、週、3、4回ほど駅まで娘を迎えに行っている。ストーカー並みだw。途中のデパートで買い物をしてきて貰ったり、愚痴やら相談やら、引きこもりなので貴重な喉と足の筋肉訓練の時間でもあるw。娘からまっすぐ帰るとメールが届き、ドアに40分ほどで戻りますが、できればドア前に荷物は置いていって下さいとメモを貼り、娘と途中で買い物を済ませて帰宅。が、来てない。

娘によると、ここは10時過ぎても走り回っているらしい。ネットで何度調べても配送中。諦めて待つ。ただ待つ。普段は10時過ぎには眠くなるのだが、着替えるわけにも行かず、待つ。結局、11時近くまで待ったが、空振りだった。配送中って、いつまで配送するのよ。

翌朝、ネットを見ると、持ち帰りに変わっていた。何だ、何だ、配送票は入ってなかったぞ。おまけにネットで再予約は出来ず電話せよとの仰せ。電話をすると荷が多過ぎて配送できず持ち帰ったとのこと。午前中に届けます。

丁度正午にドアホンが鳴った。開けると、黒猫。時間指定でアマゾンから買い物をしたのを忘れてた。彼女、遅くなりましてと謝ったが、1分過ぎただけだった。そこへ電話、午前中は無理でしたすみません。1時半頃までいます、いなければ玄関前に置いて帰って下さいと伝えたら、半には行けます。

そうか、これは会社のシステムが悪い。配達できないほどの荷物を負わせている。人員、車両を増やすしかないかも。対策を考えるべきだ。第一、配達員がいなければ成り立たない商売じゃないか。人を大事にしなければ会社は成り立たないぞ。配達員は、多分、食事もせずに、客に電話する暇もなく走り回っているのに違いない。小さな袋にお煎餅やキャラメルを入れて用意した。小腹を満たせるかも。バナナも入れたかったが、先日のバナナ嫌いの彼女が頭をよぎり、止めたw。

3、40分後、平身低頭しながらやってきたので、どうせご飯はまだなのでしょ。と袋を渡すと、叱られて当然なのにと、何と、拝まれてしまった。

何だか、ここのところ続いていた数々の不運がこれで終わるような気持ちになった。重たい物を5階まで運んでくれた上に…こちらこそありがとう!


IMG_3392今時分旅行の話で恐縮です。1ヶ月以上前の話ですがよろしければお付き合い下さい。

←直島では役所までアートしてるw。

地中美術館の中は、一部の展示物を覗き、直島で一番の混み混み状態だった。そして、靴を脱いで上がる展示のところで、脱いだら、両方のつま先に穴が!朝は穴などなかったのに急な坂道の上り下りと歩きまわったからなのか。焦るが隠しようもなく、誰もつま先など見ていないと、自分に暗示を掛け堂々と歩く。模様と思うかも知れないものw。混んでいて幸いだ。

旅と言えば突発事件が山盛りだが、今回も。この系列のホテルではいつも女性客に化粧水などのアメニティをくれるのが、今回は顔パックだったし、小袋入りの化粧水だと思って念のため持参したのはスッピンのワタシには必要のないクレンジング、おまけにブラシを入れ忘れホテルにあるはずがスタッフが忘れたのかなく…という小さな不幸が次々と襲っていて、手ぐしの髪にいつもだがスッピン、仕上げは靴下の穴!どこの婆さんやねん。非常用にと持参したバナナは、同じ部屋にあるだけで腹が立つくらいバナナが嫌いという彼女のよもやま話で、静かにバッグの中で腐っていった。

アートフェアの最中ではなく、平日なのだが、列を作っての混み具合で、体験型のアートが主体のこの美術館、面白くないかと問われれば、面白いのだが、もっと空いていればなあと無い物ねだりが頭に浮かぶ。まあ、現代美術が主だから観客wがほぼいない作品もあったが。最上階のカフェから外に出ると海が一望でき気持ちが良いが、カフェはもちろん満席…。IMG_3406

帰りに家プロジェクトの碁会所(1室の畳の上の椿と竹は作り物。ぞくっとする)と、前回、前まで行って閉まっていた歯医者の家(家全体がごった煮というかコラージュというか、混沌)を見学、この近くのバス停で通過することもあるという通知を見つけ、ブツブツ言う彼女のお尻を叩いて停留所を1つ戻るとすでに長蛇の列。ちっぽけなバスにこの列。前には男子学生の団体。そこに歩いて港に行くという仲間らしい学生たちがやってきて歩こうと誘うが嫌だという。心の中で行ってくれ〜と叫ぶが念力は通じないw。そこにバスがやってきた。かなり降りるが、乗れそうもない。心の中でおーい、君たち歩こうよと呼びかけていると、彼女が大きな声にする。乗れないと船に遅れるねえ、困るねえ。可哀想だが有り難いことに人の良い学生たちが歩こうよと言い始めて戦列を離脱、無事に最後の乗客として何とか乗れ、バスは先ほどの歯医者の家近くのバス停に並ぶ人たちを尻目に、窓に満員という札を出して通り過ぎた…。

高速艇のチケットを購入し、お土産も買い、船に乗る前にとトイレに入ったところで、またしてもトラブル。彼女が歯の手入れを始めたのだ。周辺を一回りし、そろそろ時間だからと覗くとまだやってる。高速艇は定員が少ない。座れなくなるというか遅れるとおいて行かれる。先に行ってると声を掛け向かうと既に長い列が。彼女は来ない。メールをする。返事はない。高速艇が着き、人が降りるが彼女は来ない。電話を何度も掛けるが出ない。列が動き出し、ヤキモキが頂点に達した頃、ようやくやってきた…。

何とか高速艇に乗れたので高松港から仏生山温泉にそのまま向かうことができた。ヤレヤレ。駅からはすでにどっぷり暮れた暗い道を歩いて行かねばならないのだが、すでに温泉までの交通費と入浴料金を支払い済みなので当然、彼女には行かないという選択肢はない。その上に温泉に浸からねば倒れるぞ〜という強迫観念で頑張った。前回よりも浴槽の数が1つ減った気がするがお湯は相変わらずとろとろで足の疲れと気疲れの両方が消えていき大満足。手作りパンとヘアブラシを購入。コンビニで総菜、ビールなどを購入。ホテルに戻る。もはや美味しい食事をしたいなどと言う贅沢な欲求は消え果てており、予感通り、グルメとは縁遠い旅となった。そして、ホテルでヘアブラシを所定の場所、つまり、洗面所で発見したのだった。

2日目:18,806歩
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IMG_3399次から次へと騒動が続くのでなかなか進まない。

娘曰く、ネタが豊富で嬉しいでしょ。

嬉しくはない。息が上がって、時間に置いてきぼりにされている感が強い。

次々と友人知人がなにやら言動が危なっかしくなってきているし、私のこの頭もいつ崩壊するか分からないから記憶が消えないうちに急ぐとしよう。しかし、歳を取るとこんなに日常が冒険に満ちて忙しいものだとは知らなかったなあ。

家プロジェクトの共通券を購入した案内所で南寺は時間制限があると聞き、まずは安藤忠雄設計、ジェームズ・タレルの作品、南寺を目指す。15分ごとに完全入れ替え制で、色々説明がある。真っ暗闇らしい。手探りで入るらしい。喋ってはいけないらしい。ふむ。お化けが出てくるとイヤだなあw。

本当に真の闇だった。ドキドキする。恐る恐る壁沿いに手で探りながら、指示通りベンチらしき物に腰掛ける。そのまま暗がりの中、静かに数分じっとしていると、ぼんやりと前方に四角いスクリーンが見えてきた。前に進むように指示され、動き出す。ぼんやりと周囲が見え出す。そこに、見えない、見えないと騒ぐ、聞き覚えのある声が。ふり返ると大きな影に手を引かれた小さな影がw。勿論、彼女だw。

このインスタレーションは感覚が研ぎ澄まされると見えてくる体験が作品らしい。そういえば、と、どこかで話題になっていたのを思い出す。面白い。若い男性に手を引かれて歩き回った彼女、楽しかったかと聞けば、下らないという返事がw。もう素直じゃないんだから。

共通券外のアンドウミュージアムに行き(嫌なら別の所に行っててと言ったがついてくる。勿論私は安藤ワールドに満足)、宮島達夫の角屋を覗き、バスを待つ間に天ぷらうどんを食べ(美味しかった)地中美術館の予約が午後1時なので、先へ進み終点で乗り換え、物欲しげにじっと見つめる目線の先をベネッセハウスが通り過ぎ、私はリー・ウーファン(李禹煥美術館へ、面白くなさそうと言った彼女は、私は前回訪れたが今回はパスすることにした、ベネッセ美術館へ。

リー・ウーファン美術館前で降りて、バスの時刻表を確認すると12時台にはバスはない!そこから美術館前まで相当な傾斜の山道で、20分ほどはかかりそうだ。ベネッセ美術館からはさらに+15分と言ったところだろうか。彼女に知らせようとせっせとメールを送り携帯をならすが返事無し…。

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リー・ウーファン美術館は前から興味があったところだが、芝生の上に彫刻が点在し、目の前の緩やかな傾斜に海が続き、素敵なところだが、建物が見えない。突き当たりに単なるコンクリートの壁が聳えるばかり。絵画の作品があるはずなのだがとウロウロするが分からない。仕方なく、壁の前で何人かが縁に座っていたので座ってどうしようか考えているといつの間にか人数が増えている。どうやら壁の後ろに行けるらしい。で壁1枚だと思えたのだが後ろに回ってみると第2のコンクリートの壁がその後ろにあり細い通路が現れ(一番上の写真)、忽然と扉が開いたw。全く、きょろきょろするのに何も見てないと娘に言われるとおりだw。混んでいる直島だがここは随分空いていた。瞑想を誘う作品群。静かに見て回れてとても良かった。

IMG_3404前日そして午前に続き、あんな坂、こんな坂と唱えながら急坂を上る。まだなのと悲鳴を上げる頃、美術館の看板が現れたが、そこからが長かった。チケットは購入済みだもんね、と売り場を横目にモネの池を模したような小ぶりな水辺を過ぎ地中美術館への道を気分良くゲートまで進んだのだが、そこでネットで購入したチケットを5分以上前に通り過ぎた売り場で紙のチケットに交換しなければならなかったと知り、悲嘆に暮れる。泣いても仕方がないので再び下る。下ると言うことはまた上らねばならないのだ。なんという理不尽な運命なのだろう…。

ぐずぐずと嫌々下っているとチケット売り場近くから大声で呼ぶ声がする。なにやっているの?ずっと待ってたのよ…。ならさっさと返事をくれれば良いのにヤキモキしたのよという文句をかみ殺し、というかその元気もなく、美術館の入り口で中の様子を聞いたら面白くなさそうだから、入らなかったという彼女の説明に唖然とする。そこまでやってきても、入らない人がいるのだ。何のための直島やねん!

またしても続く…

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なぜだか嵐の星の下で生まれた私、何かと騒動が勃発する。私のせいじゃないと声を大きくして言いたい。しかし、なんで、こうなるのだろう。

PETその他の検査の結果、認知症ではないと判定されたワタシ。医師に、仕事をしても大丈夫かと聞くと大丈夫との答えだったので、株で損していることだし、仕事を再開するしかないかと思い始めた10月半ば過ぎ、引退しようと思うと伝えすっかり連絡が途絶えていたエージェントなどからなぜか仕事の依頼が舞い込んだ。合計4件。何か大きな案件が動き、半分ボケたような婆ちゃんでも良いかと思ったのだろうけど、このタイミングでねえ。

で、2件を受けた。長らく仕事から遠ざかっていたので、しかも色々資料を消した後でカンも言葉も戻るのに時間がかかり、疲れる。そこへ施設から電話。母が車椅子のブレーキを掛けないでトイレで転んで腰を打った!

大丈夫だとのことだったが、その翌々日に様子を見に行ったら、母にコップを渡したらどうやって飲むのか突然分からなくなって全身にミルクを浴びたとミルク浸しの服一式入りのビニール袋を渡された。ブレーキと言っても何がブレーキか分からなくなっているとも。そして、母が掻いて作ったと腰と足首にできた大小の水泡と崩れかけたような湿疹も見せられた。範囲はかなり広く、靴下やリハビリパンツなどの上から掻いてこんなになるのか不審に思ったが看護婦さんの説明だったし、医師も常駐しているので安心していた。

3日後の日曜日、納品が迫っていたが娘と一緒に訪れると母は非常に上機嫌だったが手は熱く、看護婦さんは今日は頭がしっかりしていてさっきからお話ししているのよ。これだけ饒舌だからもしかしたら発熱するかもという。足首などはしっかりと包帯でくるまれていて見えない。湿疹の範囲が広がったという。週末は医師は不在。帯状疱疹かと聞くがヘルペスではないとのこと。

では何なのか、気になって調べると類天疱瘡という自己免疫不全による難病に経過も写真もそっくりではないか。しかも重症の場合は重症の火傷ほど危険だという。

10月20日は、常々、俺は100まで生きるぞと言っていた父の100歳の誕生日だった。最近、毎日のようにおかしな事が起きていた。迷信じみていてイヤなのだが、誕生日お目でとうなどといったのが悪かったのか、おかしな出来事が次々と生じていた。亡くなった直後も、3回忌周辺でも、生じたから、信じたくないが父が犯人のような気がする。仏壇に向かい、まだつれて行くなと叫ぶ。

月曜日、医師が何だか分からないから付属病院に入院させて経過をみると言っているとの電話が来る。恐怖の電話だ。終末期専門の病院に難病治療の出来る高度な技術などあるはずはないし、その積もりもないだろう。母はまだ話が出来る。私が誰かも分かっている。自分で食事も出来るし、トイレも自分で行っている。断じて終末期などではない。寝たきりにされてたまるか。母が以前かかっていた病院を2つ上げどちらかに連れて行きたいと言うがすぐには診て貰えないなどと断られる。

夕方電話があり、入院ではなく、抗生剤を投与して2,3日様子を見るとのこと。難病指定の類天疱瘡だとステロイドでの治療だ。どうしたものか、無理に母を連れ出して病院に入院させればもう施設には戻れないだろう。悶々とする。納品は終えたが、眠れない。真夜中に米国の妹と長電話で協議する。痛みを訴えていない、2,3日様子を見ても良いではないか、付属病院に入院させても連れ出せるだろう、95歳は何があってもおかしくない年齢だという話で一応落ちついたが、今度はどうやって入院後に連れ出せば良いのかと勝手に思案を始める心配性のワタシ。

そして翌朝、やはり専門医に見せた方が良いと折れる電話がかかってきた。しかし、今度は私が候補に上げた大病院が2箇所とも皮膚科が休みとのこと。いくつかの候補も遠すぎるので、かかりつけの病院を提案してみたらそれで良いと決まり、親切にも車での送迎を申し出てくれ、現地で落ちあい、すべてが解決した。

帯状疱疹ではないとの施設の医師の診断だったが、帯状疱疹だった。連れてきてよかった。お尻から足の裏まで湿疹と水疱が連なっていた。高齢で痛みを感じていないのが何よりだった。神様の贈り物だね。診断と処置の後、採血、点滴と長丁場になったが、奇跡のように下の娘の診察日時と重なり、2人でお喋りしながら待つことが出来た。

今回も、途中ドタバタ、終わり良ければとなった。娘に言わせるとワタシが勝手にドタバタ騒ぐからだそうだが、騒がなければ今頃は終末期の病院のベッドの上でどうなっていたことやら。騒がねばならないときには騒がなくちゃね。それにしても疲れた〜。


IMG_3412眠れなくとも夜は明ける。

←こんな所に京急が!元気で活躍中のようで何よりだ。

直島に一泊して豊島、犬島も行く予定が高松泊まりとなった時点で縮小。だが直島は死守。地中美術館のチケットも購入済みだ。3度目のトライ、朝のフェリーを逃すわけにはいかない。通勤時間帯で、混むだろうし、琴電の駅からフェリーまでは距離がある。ホテルから直接歩いた方が早いと提案するが、却下される。前日、琴電の仏生山温泉+1日乗り降り自由な団扇チケットwを購入済みなので琴電に乗りたいらしい。時刻表を貰いそびれたのでスマホ持ちの彼女に発車時刻を確認して貰おうとして思わぬ抵抗に遭う。

ガラケイでもネットにつながるのよ知らないの?
知っているが調べ物はPCでやるし、ノートは持参してない。彼女はスマホを持っている。Wi-Fiはある。なぜ、嫌なのか分からない。

ぶつぶついいながら調べる彼女。時間がかかる。そうか、ショートメールしかしない訳に思い至る。3分から5分間隔とだけ。時刻は言わない。ま、いいか、と駅に向かうが電車がなかなか来ない。ホームには築港行きの表示が出るが来ない。時間帯により到着ホームが違うらしく電車を逃し、いよいよ危なくなる。

心臓に難があるので彼女に、ホームに着いたらすぐに走ってチケットを購入してと、港の方向を指さすが、あら、私、走るのは不得意よ。で、私が走る。全力疾走。間一髪で間に合い、彼女に早いのね、やれば出来るじゃんと褒められるw。可哀想な私の心臓…。

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ごたごたしたが外は快晴、気分は爽快。心臓もちゃんと動いているw。おまけに徒競走で大きく引き離して勝ったw。

直島は前回と異なり、当たり前だが、混雑度が一段と激しくなっていた。村営バスに乗ったが、東京在住の私が驚くほどのぎゅう詰めで終点まで行くつもりが押し出される形で、家プロジェクトの拠点、農協前で降りる。少々早い。農協に地図はないか聞くと、ぷんぷんしたお姉さんに地図は隣と一喝される。隣の観光案内所が10時にならねば開かないので、すでに多数の観光客が絶え間なく訪れていたようだ。こんな小さな島に、また、特定の地点に溢れんばかりの観光客、日本語も通じない世界各地の人たちも大勢混じる。大変だ。住民もお店も日常生活や仕事にだいぶ支障を来しているのだろうなあ。

IMG_3390オランダ人の団体さんから家プロジェクトの共通券があると聞き、予習がちゃんとしてあるらしい彼らの後を追うが途中で神社が高台にあるのを知り、頑張って上る。護王神社(杉本博司)でかなりの急勾配だ。外に地下空間の石室があるがまだ開いておらず、残念。急坂を再度上る元気はなく、結局割愛した。

← 階段はガラス製。光が当たるとどんな風に変化するかみたかったな。

余計なことばかり書くので、またしても長くなった。ひたすら長くなりそうなので、ここで一旦休憩。続きはなるべく早くを計画中w。
といったのに急ぎの用事が勃発。そうはいかないようです。ごめんなさい。

検査三昧wの日々も昨日で終わった。

予約が朝9時だったので、満員電車にぎゅう詰めとなり、向かった病院。待つこと約40分、結果を聞くこと約10分で放免。

認知症でもなく、レビー小体型認知症でもなく、パーキンソン病でもなく、ホルモン異常も、その他諸々の疑いもなく、脳波も正常、要するに健康体だとのお墨付きが出た。

じゃあ、なぜ手が震える?立派な心臓の血管などと言われたのに不整脈が多く狭心症の発作を起こし、小さな脳梗塞が多数あるのはなぜだ!物忘れのひどさは?言葉がすぐに出てこないのは?なぜなのよ〜。

で、医師に喜んで良いのか悲しんで良いのか分からないと言ったら、そりゃ喜ぶべきでしょうと言われたけど、振り出しに戻った気分だ。

アルツハイマーその他を想定して、口座その他の引き出し人を登録しておこうと考えていたが、必要はないようだ。しかし、まだ大丈夫だと思える間に金銭面の仕舞い支度をしておかねば本人以外は引き出すことも移動させることも不可能なので騒動になる。ああ面倒だ、ああ忙しい。

まあ、国庫に無駄に負担を掛けたのは心苦しいし、語弊はあるが、幾つもの検査は面白かった。1時間ほどの認知検査で図形の記憶力が落ちていることが判明。これが忘れ物が増えた原因だろうか。PET検査では放射性同位元素を試験管1本くらいの量を注射した後、頭に集まる!までの3時間があいたので、急いで上野のトーハクまで往復して「マルセル・デュシャンと日本美術展」へ。おまけのような日本美術が展示数は少ないがこれまであまり公開していなかったような(本館でも見たことなかったが私が見てないだけだろうけど)お宝揃いだった。12月9日まで。

別の日には帰りに出光美術館の「仙崖礼賛」展へ。2016年秋にも、大仙崖展があったので殆ど同じかといぶかりながらだったが重なる作品は多くなかった。仙崖はおかしくて、面白くて、哀しい。お気に入りだ。10月28日まで。帝国ホテルの若い時分からの大好物、ブルーベリーパイを娘夫婦の分も買って帰ったら、ノンちゃんマンが出張中。ありがたく、2個食べるw。体重計には当分乗らない。

昨日は帰りに映画にすっ飛んでいったが始まっていて、しかも次の回もほぼ満員と聞き、あえなく撤退。デパ地下を2つ周りw、安物で購買意欲を満たし、腕の筋肉を鍛えつつ帰宅した。

心配しているかと思った娘は元気だからどうせまた独りで騒いでいるだけだと思ってただと。失礼なヤツだw。こういう人間は、大丈夫と皆が思っている間に騒がず静かに消えるのよ覚悟してなさい、と言っておこうw。


大きなトラブルの第1弾目が生じた。

互いの友人や家族との関わり方に結局は起因していたと今になって思うのだが、井戸の中の蛙よろしく衝撃だった。といってもたいしたことではなく私が甘ちゃんだったと言うだけの話なのだが…。

食事から戻り翌日の日程をさらっておこうと思ったら資料がない。苦労してプリントアウトした詳細な時刻表や現地情報、ホテルを記載した路程表がない。キャリーバッグやバッグ、服、コート、どこにもない。日傘もなく水のペットボトルもないことに気付き、ようやく、忘れないよう、居酒屋のカウンターに、目の前に置いたことを思い出した。ホテル代など私がいくつかカードで支払い済みなので後でまとめて精算を提案したのだが、嫌がった彼女とレジに立った状態でお金のやりとりをして、つい目の前に置き、忘れてしまったのだ。

すでに9時過ぎ、外は暗く、地方都市の夜は早い。おまけに場所はうろ覚えの上、領収書を貰ってないので店の名前も電話番号も分からない。一人では行き着ける自信がない。

ごめん、さっきの居酒屋に忘れ物をしたみたい。悪いけど一緒に行ってくれない?
イヤよ。自業自得じゃないの。一人で行きなさいよ。

こう言われても、まさか本気で拒絶してるとは全く思わなかった。私なら100%ついて行く。来なくて良いと言われても心配性だから一緒について行く。K子やドライなN子でもしょうがないわね、と言いながら一緒に来てくれるはずだ。

お願いを何度か繰り返したら一緒に行ってくれたのだが、店が見えるところで「自業自得、さっさと一人で行きなさいよ」。で、帰り道、ホント、迷惑なんだからとか、脳みそが足りない上に心臓が悪いと分かっていたら一緒に来なかったわよ、と罵詈雑言。どこでも良いから連れてってとしつこく頼んだことはすっかり忘れている。で、その後も旅の終わりまであなたには迷惑を掛けられたと何度か繰り返された。

いやあ、大変な人がいるものだ。こんな言葉遣いをされたことも初めてだったので呆然とするのみ。長年の知り合いだし、食事をしたことも何度かあるし、電話も何度もかかってきたりで、ある程度分かっていたつもりだったが、人って分からないねえ。

イビキなんてしないわよとの仰せだったけど、もちろん、しっかり悩まされた。彼女の家族は全員イビキが凄くて、孫までイビキかくのよハハハと旅の後半でぽろりと白状したのだった。

別れるとき、言いたいことを全部いってすっきりした。なんだかんだいってもとっても楽しかったと彼女は上機嫌で去って行き、その夜と翌日にも電話が来たのだから喧嘩別れしたのではないが、もう一緒の旅行はしない。すっかり懲りた。来年、長期海外旅行を予定していてその予行練習のつもりだったのだが行って良かった。

驚きの連続だったが、一番イヤだったのはその他諸々の彼女の攻撃的な言葉ではなく、生活習慣だった。椅子に立て膝して食事をし、その姿勢で歯間ブラシを使い、挟まった食事かすの汚れた丸めたティッシュを幾つも並べて出発時までおいておき、タオルなども丸めてそこらにポイ、白いシーツの上にキャリーバッグを直接置いて車輪の跡をつけ、思わず私が手でその跡を払うと、手が汚れるわよ、どうせ掃除するのだからきれいに使う必要ないわよと言い捨てたこと。

早くに両親と死に別れ、養女となったが小学生の時に家出したというから随分、辛い人生を送ってきたのだろう。それで過度に自分は、自分はとあらゆることに反骨精神を発揮して頑張ってきたのだろう。私はこうやってお金を貯めたのよと、せこさ満載だったのも、プライドが過度に強いのも、何でもあからさまに自慢するのも理解できる。

そして、理解できるなどと思う私は叩きつぶしたい相手だったのかも知れない。離婚以来、一人で何でもやってきた私と相通じる所があるのかもしれないと反省する。一応、世間並み礼儀作法をうるさく仕込んでくれた両親、反抗ばかりしていたが、愛情を掛けてくれた両親を心からありがたいと思ったのだ。





押し入れの中まで写真を撮られた検査が終わった。ヤレヤレ。

台風24号の時にガムテープで縦横斜めとベランダのガラス戸に補強した物を剥がしたのだが、すぐに25号が来るというので途中で気が変わったガラス戸1枚、剥がさずにいたのだが、これがぴったり張り付いてどうしようもない。あまりにみっともないので頑張って中性洗剤で擦ってみたが無理。なので、ネットで調べて簡単に剥がれるという方法を試す。ホントかな、からかわれているのではと思いつつ、指示通り、お酢をたっぷり吹きかけ、ペーパータオルもお酢でぬらし、ガムテープの上から貼り付け、さらにその上をラップで密封し、数時間。無駄だった。時間を掛けてごりごりとスクレーパーでこすり取ったが糊の部分はしっかり残った。からかわれたのね。忙しい中、筋肉はついただろうけど…。

人工芝を剥がした後に残った土の跡がベランダ全体に残っているのだが、水をふんだんに使うわけにいかないのでペットボトルで少しずつ掛けながらデッキブラシで擦る。ますます悲惨に汚くなる。歩いた跡がつく。おまけに台風で壊れた大きな鉢から土がこぼれだし、そこいら中、泥の糊状態に。少し乾かしては箒で細かな砂状になった物を掃くが何度掃いてもきれいにならない。水害に遭った人の気持ちが少しは分かるような…。たかが狭いベランダでこれなんだからどんなに大変か。

上の娘宅にいらない、送るなと言われつつ、昔、姑が息子に買ってくれたが殆ど手を通していない綿入れを申し訳なくて捨てられず、中学生の孫にと送り、怒られ、息子宅へ赤ん坊に買ったよだれかけセットその他諸々を持っていくが一足違いで留守。置いてくる。いらなければ捨ててと捨てる役目を押しつける。

下の娘もみんな捨ててというが、大量の品物を捨てるのがどんなに体力的にも精神的にも大変なのか誰も想像もしない。私の物ではないものは捨てられない。結局、粗大ゴミに5点出し、大きなゴミ袋でタクサンw、捨て、ノンちゃんマンを従えてやってきた娘に多数の雑誌類などを持って帰らせた。ヤツは箱に入った薄紙に包まれたままのガラスの鉢2組をそのまま燃えないゴミに捨てよった。全く、日本人はいつからこんなに贅沢になったのだろうか。バザーに出したかったがもはや取り戻す気力は残ってなかった。残念。

そして、検査の人にすみませんねえ、荷物が多くて汚くてと謝ったら、なんと、きれいじゃないですか〜、他のお宅をお見せしたいくらいですよ、などとお世辞を言われたのだ。どんなに掃除していないか、隅々がバッチイか、私だけが知っているw。低空飛行の気分が良くなった。筋肉痛は残ったが、無事終了ああ幸せ。

来年の本番では大変なことになりそうだ。


ようやく睡眠不足が解消されたばかりだというのにスケジュールがぎっしり。
主に病院の予約でw。昨日は半日以上病院で過ごし、1時間半に及ぶ大量の知能テストをした。面白かったが、集中力が欠けているのが自分でも良く分かる。邪念が混じる。うーむ。

土曜日に全戸リノベーションに向けた検査がある。ウチの棟は全室調査されると分かったが、今更どうしようもない。封を開けてないスーパーゴールドだか、何だか、娘が調子が悪いときに買った10本入りのエネルギー注入剤wを栓を開け、せっせとトイレに流し込む。洗面所周りにはクリスマスなどのために買ったが渡せなかった、好みじゃない香りだと知って渡さなかった整髪剤その他が多数リボンを掛けたまま鎮座している。貰い手がないまま歳を取ったので(ワタシみたいw)これもトイレにながさねば。もったいない。いじいじする。蛇足、牛乳200ccを台所でながすと浄化に60リットルの水が必要らしい。トイレは下水処理するので流すならトイレだ。

月曜日に母の所に行き、認知症がまた進んだという報告と、次の施設探しを始めた方が良いという忠告を聞いたばかりなのに、今日は妹がやってくるので昼前にまた母の所に行かねばならない。貴重な1日がつぶれる。今年になって2回目の訪問なので母は大喜びするだろうがもう少し暇な日に来てくれると良いのだが…。

どこをみても手抜きが歴然とした家の中。仕事が〜、心臓が〜、母が〜…。検査員への言い訳ばかり頭に浮かんでくるw。ベランダの人工芝の敷物を外したのは良いがこれをどうしたものなのか。重いし…。まだあと半分残っている。こうやっている間も母の所に出かける時間が迫ってくる。息子や娘たちの大量の本、雑誌、漫画…バッグ、衣類、小物その他もろもろ。

やっぱり、さあ、煮ても焼いてもどうにでもしろ、とこのままの惨状を最初に見せればいいのだと追い詰められたネズミよろしく歯をむき出すのみw。

IMG_3344[追記有り][少し手直ししました]
これまでに経験したことのない身心ともに疲れ果てた旅となった。

旅の仲間選びは慎重にが今回体で覚えた教訓。彼女とは興味や好み、価値観、生活環境が全く異なる。そういう人との旅は、長年の付き合いではあるが大変だろうと予想していたが想定以上だった。そういう意味では全く予想のつかない考え方や行動をする人がいると分かったのは収穫だし、面白かったのだが、へとへとだ。ガンダルフでさえ失敗したのだからワタシが失敗するのは当たり前かもしれないが。

恐らく、長く記憶に留まる忘れられない旅になったのではないか。ってことは旅は成功したってことにしておこうw。

まず出だしが悪かった。
台風24号の凄まじい風のせいで眠れぬ夜を過ごした次の夜、早寝するつもりがOutlookで作成した路程をチェックし、バラバラになっていた表を整えようとしていて消してしまった。CR+Zが効かないなんてひどい、でやり直し、印刷しようとしたら、プリンターが反乱。1度に数枚が、それも上がひな壇状態に重なって出てきて、時間を食ってしまった。ワタシの睡眠時間は…4時起きなのに…。

寒かったり暑かったり、全く変な天気が続いているので服が定まらない。半袖から軽いセーターまで積み込みキャリーバッグが重い。大きめの肩から提げられるずた袋のようなバッグを持っていく予定だったが軽いショルダーに変え、大急ぎで家を出る。走って予定の地下鉄に乗れたが、大手町で一旦しまったドアが開き、そのまましばらく待たされ焦る。東京駅に到着時点で発車まで10分少々しかない。全力疾走となる。丸の内側から東海道新幹線まで普通に歩くと10分近くかかるのだ。なぜ旅の度に走る羽目になるのだろう…。不整脈を抱えているというのに…。IMG_3351

乗換駅の岡山で早いが駅弁を購入する予定を立てていたのだが、彼女は食べないという。彼女の希望で坂出の東山魁夷美術館ではなく丸亀城を目指すことになったのだが、イサム・ノグチ庭園美術館を3時に予約しているので時間が切迫している。列車の中で食べるしかなく、丸亀では食べる時間はないと説明したし、昼には間があるが朝が早かったので十分時間は経っているのだが12時にならないと食べたくないらしい。丸亀−高松間では乗り換え予定で食べる時間がないのだが。仕方なく岡山のお気に入りの駅弁を諦め、丸亀城へ。現存12天守の1つとして有名な城だ。石垣が美しい。そしてお腹が空いたと彼女。知らんがな。あんな坂、こんな坂と、非常に険しい坂と続いて天守への転げ落ちそうな急階段を上り(荷物は置いて両手で手すりを握ってよっこらしょ。怖さでは松本城のの勝ちw)、庭を少々巡り丸亀駅でお握り1個と野菜ジュースを購入。美味しくない、悲しい…。

作品替えで休館中だったが1階は覗けた丸亀駅前の猪熊玄一朗近代美術館 ↓
 
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IMG_3377高松市中心部のホテルに荷物を置き、八栗のイサム・ノグチ庭園美術館へ向かう。2回目だがせめて石塀なりと触ってエネルギーを貰いたいのだがここは写真も触れることも一切禁止なのだ。時折強い日差しが照りつける。暑い。庭の彫刻は前回とかなり入れ替わっている。展覧会に貸し出すかららしいがこんな重たい作品も出すのね。前回同様、庭の木々や庭から見える外の風景を撮っても良いかと聞き、同じく拒否される。彼が選んだ形の良い樹木が好きだし、美意識がよく分かる土蔵なんだけどなあ…。IMG_3378

中心部、瓦町で夕食にしようと、仕事帰りらしい女性に聞いて美味しいという居酒屋に入る。店主は感じよくかなりの流行の店らしかったが、残念ながら鶏のチーズとトマトで調理した品が劇マズで四分の1ほどしか喉を通らず。彼女も味が濃いと残す。店主はここは男性客が殆どだと言ったが、若くもない女性好みの味では無かったと言うことね。この旅は食べ物に見放された旅となるような予感が…。

そして、夜が来た。再び眠れぬ夜がやって来たのだった…。

IMG_3352[追記] 今朝のニュースで丸亀城の石垣が10月8日、9日にかけて大きく崩れたことが報じられていた。庭の一部が先の台風で崩れたとの看板は見たのだが、死傷者は出ていないようで良かった。鋭角の美しい石垣だったが…。崩れたのはこの部分かも

https://news.infoseek.co.jp/article/mainichi_20181010k0000e040193000c/


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22,115歩 

all-00[1]台風が近づいてくる。外は強い雨が降り出した。
次々と嫌だねえ。9月の旅行の予定を10月にずらしてこれで大丈夫だと思ったら、もっと強い台風だというじゃないの。

新幹線の中で缶詰になるのも途中で下ろされるのもイヤだと、数日前、Y子に電話した。

もう切符買ったもの、私は行くわよ。言い張る。特別割引、3割引の切符はね、キャンセルできないのよ〜。
ちゃんと読んでご覧、使用前なら200円とか300円とかでキャンセルできるはずだから。
勿論、調べたわよ。書いてあったもの。
私が各種予約したから一人だけ行くとなるとどうなるのか、調べてももう宿はない。文句を言わなければどこかにあるとは思うが一人旅はしたことがないらしいし心配だ…。手元のチケット類も送らねばならなくなるし、どうしよう。困った。

じゃあ台風の進路がはっきりしてから決めようということになり、出発日は台風が通過した翌日だと分かった。目出度い。途中が通行止めになっていても頑張るしかないからね。まあ人生は冒険と言うことで、と切ろうとしたら、あ、切符は300円ほどでキャンセルできるって書いてあったわ、ハハハ。……。

どこでも良いわ、あなたの行くところに行くから連れてってと言っていたのが、あそこはねえ、とかあっちに行きたいとか、いつの間にか計画は微妙に進路を変え、結局尻尾に振りまわされる犬状態にw。予定を変更したせいで美術館は休館してしまい、行きたい島には連絡船の時間が合わず行けないことも分かり、不確実なことが増え、出発前からくたびれてる。ま、いいか。人生と同じで思うようにならないのが旅の醍醐味でもあるし。ゆっくりと彼女を観察して楽しもうっとw。

横道にそれたが、今までになく強い暴風というので今朝9時から頑張って飛散防止のフィルムを買いに行き、最後の品を手に入れた。

さあやるぞと思ったのだが、説明書きを読んで愕然とした。出来そうもない。娘や〜、ノンちゃんマンや〜と一瞬思ったが、自分でやるしかないよね。定規を当ててもカッターでまっすぐ定規に沿って切れたためしがないほど不器用なのだ。まあ、まっすぐ切れなくても私の家だ。私が良ければそれで良いのだ。腹を括る。

せっせとガラスを磨き、何とかフィルムを切り、貼り付けようとしたら、思った通りのことが起きた。
粘着面に石けん水をたっぷり吹きかけながら貼っていくって、幅が150cmほどあるのに一人で長いフィルムを片手で持ってそれに吹きかけながら貼り付けるって無理でしょ。特にワタシには。ああでもない、こうでもないの間にフィルム同士がくっつき、丸まり、剥がし、格闘しつつ、もういいやと横のサイズだったけどどうしょうもないので、縦に貼った。当然ながら、一旦剥がしたフィルムが丸まり、中に石けん水の詰まった大きな泡で覆われてフィルムはベランダの引き戸のガラスに定着した。戸は四分の1ほどしか覆われてないのに…。

仕方がないのでヘラでせっせと昼ご飯も食べずに、腕もすっかり痛くしながら泡をつぶして水を逃がす作業を頑張ったが、もうダメだ。まあ、4分の1でも飛散防止に役立つだろう。そこにぶつかればだけど…。娘に悲惨な出来だった。もう無理、残りはあげるとメールしたら、いらないよ、悲惨防止でしょうが。と返ってきた。頑張ったんだけどねえ。

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