あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

最近の地球温暖化に伴って一段と脅威が増したような暴風に対抗しようというのだろう、マンションの窓などガラス部分を強化することになった。

ということで、有り難いことだけど、先日から印刷物が回って来、その説明会などが何度か開かれ、そうでなくてもすぐ忘れるのに益々ややこしいことが増えてあっぷあっぷ状態w。

静かに穏やかにゴミに埋もれて生活することに何ら不満がない怠惰な生活に降って湧いた有り難いが災難のような気分で、各戸のガラス部分の寸法を測りに来るというので仕方なしに窓枠やガラスなど時ならぬ大掃除をしたw。先に娘宅の点検に立ち会ったら、細かく寸法を測っていたので隅々まで見られてしまうと、仕方なく割り箸まで総動員してレール周辺などゴシゴシと頑張った。やはり普段の行いは大事だね。今朝も来る寸前までこすったのだが、新しい物に取り替えるのだから今ある物は全部破棄されるのに何もしゃかりきに掃除する必要ない無駄じゃと今頃思いついたのだが、手が止まらずw、こすりまくったw。ああ疲れた。筋肉痛だw。

で、掃除機をかけようとようやく室内の埃に目が行ったところで計測する人たちがやってきた。しかたがないので、汚くて申し訳ないと謝ったら自宅と比べると羨ましいくらいだとお世辞を言われた。少々お年の人だったので幸いにも目が弱かったようでホッとした。我が家が最初だったようだ。

次に隣家に入っていったが、隣はつい2週間ほど前に全面的なリフォームが完成したばかりのピカピカw。一気にウチの評価は下がったに違いない。下2戸のお宅は掃除魔のように暇さえあれば敷地の草抜きや掃除をしてくれる人だし、どう考えても我が家がここいらでは一番ばっちいに決まっている。威張ることじゃないけどw。

暇だ、やることないと、買い物ばかりに精を出しているのだが、この辺でポックリ逝ったらみんなの総攻撃を受けるのは必至だ。しかしだ、残りの人生がどんどん少なくなっていくのに掃除なんかしていられる?暇だけど、恐ろしく忙しい時期を過ごしたこともあるのだから、帳尻を合わせてゴロゴロを楽しむのも生き方だよ。

片付けろとか、要らない物を捨てろと言われるが、愛着のある物は例えボロであろうと一見無駄に思える物であろうと捨てないよ、ぜ〜ぶ、私が無一文に近い状態からせっせと働いて手に入れたものだもの。

で、あの世があって、上から覗けるなら、全く、お母さんときたらこんな物を集めてとか、無駄遣いしてたね、しょうがない人だったねとみんなで悪口を言いながら片付けるのを眺め、フフフフと、笑うのだw。なんであれ、人は苦労したことは忘れない。ということで、私の忘れられない思い出を一つ追加で提供できればそれで満足じゃw。

どうだ、参ったかと、亡き父の口癖を継承w。父は喜ぶだろうな…


現在、左顎付近が少々腫れ、顎の下には大きな赤いアザがのさばって広がっている。セーターの襟が当たっても違和感があり、痛い。

どういう訳か、たいして丈夫でもなく、運動神経もあるとは言えないのに、道なき道を進むのが好きで、人が通らないような所をワタシの後に道はできるなどとうそぶきながら公園の人が通らない雑草の真ん中を横切ることが多い。もしかしたら、ドテンバなどと呼ばれていた気性が小学生時代からそのまま残ってしまっているのか、それともいよいよ子供返りをしてしまったのか、どっちだろうw。

自宅近所の大きな公園の端に人が滅多に通らない、年を経た大木が多数植わっていて太い根が突き出ている、くの字の形をした土手のような場所があり、秩序を重んじる娘は絶対に上らないその土手が好きなワタシは、毎回、例え娘が一緒で下から非難の目を向けてきても、太い根っこをぴょんぴょん避けながら、歩くのだが…、一昨日、気持ちの良い青空と美しい紅葉に気分も高揚して散歩に出かけ、土手に通じる自然にできた細い急な坂道をささっと上っていったら、頂上辺りの平らなところで足が滑ってつるんと見事に前向きに転んでしまった。前日の雨で濡れた土の上に多数の落ち葉が積み重なっていたのに、何も考えずに突っ込んで行ってしまったというわけだ。

幸い歩行者の頭上だから見えなかったと思う。思いたいw。まあ、若い美人じゃなく、婆さんが転んでいるんだから尚更、誰かとんで来ても良さそうなんだけどw。

勢いよく倒れた私の喉を、無礼にも突き出た太い根っこが左の顎の下を直撃したのだ。正しくは突き出た根っこにワタシがぶつかったのだが、しかし、ついてるね。まっすぐ太い木の根が喉仏を直撃していたら危なかったかも。

数ヶ月前に骨粗鬆症の診断を受けた際に、整形外科の医師に数段程度の石垣を飛び降りると骨に悪影響があるか聞いたことがある。よく飛び降りているが、そのような行為は骨の新陳代謝に不可欠な破骨細胞を活性化するはずだと思ってるからだが、答えは、もし折れたら治らないというだけだけどねというものだった。骨折を心配したが、ちゃんと口も開くし、食事もできるし、大きなアザになっているがどうやらどこも折れていないようだ。

骨粗鬆症でありながら、偉いぞ、ワタシの骨w。
そろそろこのようなお楽しみは諦めるべきなのかとの思いがチラリと頭をよぎるが、今度からもっと気をつけてゆっくり上り、飛び降りるのは止めれば大丈夫と思いつつも、年寄りの冷や水って多分、こういうことなんだろうなあと、心臓ぱくぱくでゴロゴロしているくせに今頃何を言っているんだろうと笑ってしまった。

まあ、大抵人がうろうろしているから、倒れて起き上がらなかったら誰かが助けてくれるだろう…。
助けるどころか財布は勿論身ぐるみ剥がされることが日常茶飯事、常識のような場所が世界では過半数だろうにと、妄想は日本は良い国だねえという結論に飛んだw。いつまでも穏やかで親切な人たちの国であって欲しいよね。

すぐに助け起こしに飛んでくるような紳士はいなかったのが残念だが…見えなかったんだと思うことにするw。

冷蔵庫を開けたらヨーグルトが3箱入ってた!
やはりか…。

認知症の初期は同じ物を買うことから始まると以前読んだ本に書いてあった。
これではっきりした。誰がなんと言おうとワタシャ認知症の初期に違いない。

ということでw、高校時代の友人に電話した。
彼女は当然ワタシと同じ年代なのだが、なんと、今でも介護施設で働いているのだ。エライねえ。スゴイねえ。

ワタシ認知症みたいと訴えたら、そんなにペラペラとよくしゃべる認知症などいないわよと笑われて少し元気が出たw。

まだお鍋を火にかけっぱなしにして焦がしたりしたこともないしセーフかもと自分で自分を慰める。が、次の瞬間には娘にこの間言ったばかりなのにもう忘れたのと言われたことを思い出し、クシュンとなる。やだねえ。

で、やめれば良いのに怖い物見たさで現在読み始めてしまったのは
樋口直美さんと言う方が書いた「私の脳で起こったこと」副題:「レビー小体型認知症」の記録。

まだ読みかけたばかりだが、コワイヨー。私の場合は日時の錯覚が生じるし、記憶力、知力が明らかに後退しているが幻覚は現れない。ヤレヤレまだましかと少し安心したのだが、この樋口という方、実にスゴイ。

レビー小体型認知症の当事者なのにこの本で日本医学ジャーナリスト協会賞優秀賞を受賞しているというではないか。認知症なのにこの知力!

こんなことがあり得るのかとビックリするが、実際に受賞して写真も掲載されているから本当なのよねえ…。

遺言状を書くことくらいしか考えつかない私とエライ違いだ。きっと部屋の中もきちんと整理整頓されているに違いないと、どうしてもそっちに頭が行くw。

人は人、私はワタシ。もうおまけの人生なのだから好きなように我が儘に生きていくのだ。
と、声を大にして意気盛んに叫んで、一人旅に出るぞと言いたい気分だけは意気軒昂なのだが、筋力とやる気が大きく落ちてるから力が必要なことや面倒なことなど何でも近所に住んでいる下の娘夫婦に頼まなくてはならない身の上w。小さな声で…そっと心でつぶやいてみるw。まあ、大きな声で叫んでも、いつだって気ままに生きてるじゃないのと怒られるだけだろうねw。

一人旅、行けるかなあ…、無事に帰ってこられるかなあ、やはり無理かなあ…と堂々巡りなのだ。


ぼおっと過ごすと時間の経過が早い。なぜだろう。
何かをした時間は生きてる時間だけど、ぼおっとしている間は停止している、いわば死んだ時間だから記憶にも勿論残らず後で振り返りようがないからかも。とくだらないことをブツブツ言っている間も時間は流れる。

一昨日、循環器の診察日だったが休んだ。
たまに雑誌などで見かける笑い話、「病院の待合室で、常連さんたちが今日はあの人は見ないねえ、病気じゃないかと心配だと話し合う」を地で行くことになった。

体調が勝れず、病院に出かけられなかったのだw。多少の体調不良では1時間もかけて出かける気にはなれないもの。しかし、昨日、これまでと異なる感覚の心臓発作が生じたので慌てて病院へw。ぎりぎり診察時間に間に合った。出がけにフランドルテープを胸に貼ったので2時間待ってようやく診察して貰える頃には症状はほぼきれいになくなっていたw。これって得したのか損したのかどっちだろうw。

外は素晴らしい晴天。お腹が空いているだけで快調w。そのまま帰宅するのが惜しくなった。なんてヤツだw。
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先日妹と行くつもりだったのが結局行けないと断られた上野に向かうことにした。しばらくご無沙汰していたが、トーハクに向かう途中に美味しい和食の店があるし、トーハクの平成館1階のレストランのフルーツパンケーキが美味しかったがまだやっているかなあなどと夢想に身を任せイソイソと向かったのだが、予定は未定、期待は裏切られるのが悲しいが世の常だよね。

紅葉の始まっているからりとした秋の空気に包まれた上野の森は気持ち良く気分は上々。なのにどこもかしこも予約が必要だった!聞いてないよ!ゴッホ展などもやっていたのにどこも入れず、トーハクでは庭に入るだけでもよかったのに…。しかも、お昼はとっくに過ぎていたので和食の店はすでに終わりのようで、上野駅でいいやと思ったが、食べたいものはない。まっしぐらに帰りたくないのに帰る羽目に。まあ、無事にウロウロ出来たのだから由とすべきでしょうナ。クリスマス用のプレゼントも購入できたし…。

夕方帰宅して、冷蔵庫の柿1個を食べてああ美味しかったと一息ついてPCを見たら柿の食べすぎて胃に石が出来るとのニュースが…。毎日食べてる…。昔結石で手術済みの身。当時はゆで卵の呪いだと妹たちにからかわれたのだが…まあ、なにごとも上手くいかない時ってあるよね。

そして、ストレスのせいでしょうか、一夜明けた今日は憩室炎らしき痛みで朝から流動食なのであります。

しかも、どうやら私の可哀想な心臓はカフェインが発作の引き金になるようなのだ。だから、一層、禁忌の、コーヒーが飲みたい、冷蔵庫のチョコを食べたいのだが、見越した娘からチョコ食べるな、コーヒー飲むなのメッセージが届いた。

ワタシの皿洗いはコーヒーを入れ、音楽に合わせて足でバタバタと踊りながらの運動を兼ねているのに。ということで仕方ない。今日はお皿を洗わない日になりそうだ…。

でも、なんてことはない。皆に馬鹿にされる食器集めという趣味って結構役に立つのよねw。


毎度おなじみの「もうダメかも」だが、今回ばかりは本当にダメかも。

数年前からワタシは認知症に罹っているかもといくつかの病院に行き検査して貰ったり、何しに来た何が欲しいと放り出されたりしてきたけど、やっぱり認知症を発症してるに違いない…!今度こそ当たりだw。

頭の中って一体どうなっているのか、実に不思議。良く人体関係のテレビ番組など見るのだが大腸が頭に指令を出していたり、見れば見るほど人間って本当に誰の手も借りずに自然にこういう仕組みになったのか、神様の介在なくしてこんなに精緻に作り出される物なのかなどと思うのだが、ある程度の年齢になると認知症やそれに近い症状を発症する人が増えるのは、古いパソコンがエラーを出したり動かなくなったりするのと同じかもね。でワタシは正常に動く期間を終えつつあると言うことなのかも。

機械なら買い換えれば良いのだが、頭の中身は買えない。交換できない。で、自分で、ワタシの頭の配線がおかしく狂いだしていると自覚しながらあと何年か悩み、苦しい思いをしながら生きていくしかないのだろうか。

きっかけはキュウリだw。ピクルスを作りかけたらキュウリが冷蔵庫にないのに気づき、買い物に出かけた。途中で、息子宅の一番上の娘Uちゃんが10月生まれなのを思い出した。で、キュウリより先にプレゼント選びに目標を変更。可愛い洗顔セットを見つけ中2の女の子だからちょうど良いと購入。モールから徒歩7,8分の所にある息子宅へ向かった。

どういう神様のいたずらか、誕生日は10月28日なのに、お嫁のSちゃんにUちゃんに誕生日プレゼントを渡してと言ったからか、誕生日当日のような気分になってしまい、帰ってからUちゃんにおめでとうのメールも送ったのだ。

おまけに、春にSちゃんに小さめだった黒のカシミアのジャケットをあげたのだが、残したジャケットが背が縮んできたからだろう、ブカブカしてきたので交換して貰おうとしたら、貰ってないと…。Sちゃんが試着してみて、え、良いの?ありがとうと言った言葉や光景、すべて覚えているのに貰ってないと…。勿論、家中ひっくり返して探したが見つからない。ジャケットをかけていたハンガーは空のまま。Sちゃんは買ってあげると言ってくれたけど…問題はワタシの頭だ!

娘は今度家の中を探してくれると言うが、一体どうなっているのだろう。
認知症だとこういうことが頻繁に生じるのだろうか。何が現実か、幻視、幻聴なのか、まるで見分けがつかなくなったような心許ない嫌な気分がする。

もう、お母さんたら、何言ってるのなどと気安く母を叱っていた自分を嫌になる。で、仏壇の母に向かってゴメンね、お母さん、と呼びかけているのだが、母が生きているときにもう少し優しく出来たはずなのに、可哀想なことをしてしまったと後悔しきりだ。

娘たちも私がいなくなった後になってごめんねと心で謝るのかなあ。

上の娘がやってくる。下の娘夫婦とテニスの試合を見に行くのだ。騒がしくなるから落ち込んでいるワタシの気分も少しは浮揚するかなあ。

自慢じゃないが、家中散らかっている…。テーブルの上はチョコその他お菓子の箱と領収書、数冊の本その他で山盛り。使ってない部屋のシーツを剥がして新しいのと交換し、枕や軽い布団など出したら、掃除機を取り出したのに取り出しただけで、そこでもう頓挫。

母の死と共にやる気も死んだ。まあ、単なる愚痴だけど。実に情けない体たらくだ。
分かっちゃいるけど、動き出せない…自己弁護が過ぎるよね。

余波で20年を超える長い付き合いで一緒に旅行もした友人を切った。散々利用されたがそれでも許してきたのが、とうとう我慢の限界に達した。

彼女の母君が亡くなったとき、自宅まで花束を届けて貰い、時を置かず彼女を慰めに行った。
同じことを彼女に望んでいたわけじゃない。ただ、彼女がもうすぐ定年で会社を辞めるから次の仕事を探してと言ってきたとき、母が亡くなったことを告げた。

返事として、顔を見たいからPCに○○というソフトを入れてという彼女の都合のみが…。一言のお悔やみもなかった。

彼女がピンチの時、ワタシのポジションを譲ったことがあった。年間数百万円の仕事をくれていた顧客だったが、彼女を見殺しに出来なかった。彼女はそこに定年まで勤めた。会社の悪口も聞かされたが、口を極めて、但し、口だけの感謝をしてくれたが、忙しくて翻訳を外注していると聞いたとき、じゃあ、ワタシにも回してと言ったら、そんなこと出来るわけないでしょと言い放った。耳を疑った。合間合間にあなたのおかげよありがとうと言いつつだ。

反論すべきなのに、そういう人かと思っただけで文句も言わなかった。長女だからか諦める癖がついているのかも…。

だからブログには書いたがそれだけで満足して静かに彼女の前から消え失せる。返事は出さない。彼女がピンチだ助けてと言ってきてももう二度と助けない。

何だか、ワタシって、他国を散々助けて財布の役目をしたあげく小突き回される日本人の典型のような気がしてきた。笑っちゃうね。

因みに彼女は日本と海外で望める限り最高の教育を受けた人間だ。他にも東大や阪大の院卒等高学歴でありかつ徹底的な自己中女もかなりの数知っている(どういう訳か女性が多い)。学歴が上がると自己中が増えるのは日本特有のような気もする。教育のせいなのだろうか…。勉強以外のものを学ぶ機会や時間が若いときに与えられなかったのだろうか…。

台風襲来の日に、年に1度の友人たちとの泊まり込みのテニス合宿をしていた上の娘と会うために新宿に出かけていき、直前まで強風なのにコワイ、どうしようと思っていたのが、台風が大人しくなって無事に行き着き、出会い、ビールとピザで乾杯し、帰り着いた話を書こうと思っていたのが、突如スマホ関係の厄介ごとにひっかかってしまったのでとりあえずご報告。

注文していた荷物が昨日辺りに配達される予定だった。
朝、散歩に出かけたら途中でスマホに見知らぬ番号からメールが入り、配達に伺ったが留守だったので持って帰りました。連絡して下さい、という文と共にリンクが張ってあった。

で、クリックしましたよ。何も知らず、何も考えずに…。ただリンク先がどうも変なのですぐに閉じたのだが、その後スマホに色々と異変が…。マカフィーを常駐させていて、ドコモの安全安心というプログラムにも入っているのだが、スマホがおかしくなった。

こうなるとアワアワアワとビックリするばかりでどうしようもない。我ながら実に情けない。
娘に電話すると、今、それ流行ってるのよ。なんで、返事するのと叱られてしまったが、何度も配達の人に来て貰うのは気の毒だから、そりゃあ、何時にいますからとか答えたくなるよね。

そうじゃなくても最近とみに頭の衰えに悩まされていて、認知症の初期症状だと自認しているような状態の人間にこういう悪さを仕掛けるって、どういう環境にいる人間なんだろう。大変な思いをしていてマイナスの憂さ晴らししか思いつけない若者かもしれない。30年ほど前の息子ならやりかねなかったかも…。相手が見えないからこそあまり罪悪感もなくやってしまうことかもしれないが…。

結局、悪いことをすればそれに相当する罰を、一時は面白いとか儲かるとかあるかもしれないけど、受けることになるし、長い人生、トータルで見たら、大きく損をするんだけどね。

きっとまだ若い多分男だろうと思うけど、こういうことしか楽しみを見いだせないって可哀想。誰にでも努力したら磨ける技能があるはずだ。そちらの方に頭と技能を振り向けて欲しいし、人の役に立てれば感謝され、人生充実するというもんだ。

で、被害者となる可能性のある高齢者やスマホに強くない人、人を信じやすい人たちは残念ながらなんでも疑ってかかるしかないのかねえ。日本じゃないみたいじゃないか。世も末だねえ。

LINE_ALBUM_2022730-31 小布施_220801_58どうか一番下のリンクをクリックしてお聞きになって下さい。

安倍さんの近畿大学での卒業式でのスピーチです。最後のスピーチです。
この先、困難が予想される私たちに向かってのエールのような気がします。



すべての人にとって大切なこと、諦めないこと、失敗から立ち上がること。そうです。日本人はそうやって頑張ってきたのですよね。
時代が暗い方に向かっているようなこの時代にあってどうやってこの先やっていけるかと心細くなるとき、指針になるかもしれません。

献花に伺いたかったのが近隣諸国の影響を受けて反日に偏った人たちの暴力的な妨害があるかもしれない、危ないと反対され、自宅で安倍さんを偲ぶばかりです。

私は以前、左にかぶれていると揶揄されたこともある人間だけど、海外に10年にいて様々な紛争を逃れてやってきた多数の移民や難民の人たちと知り合い、祖国の大事さ、自分を守ってくれるのは祖国しかないことを知り、日本を大事に思うようになりました。日本人が日本を大事に思わないで誰が日本を大事にしてくれるでしょうか。

安倍さんは日本を愛し、大事にした首相です。そのために一部の人たちに憎まれましたが日本のために働いてくれた、3.11の時には自らトラックを運転して被災地に物資を運び黙って自ら汗をかき働いた人です。

この先、自分の身よりも国を、国民を大事にしてくれる首相は出るでしょうか…。

安倍晋三元首相 ラストメッセージ - YouTube



2209アーティゾン5こんにちは。お久しぶりです。毎日、ゴロゴロとどうでも良い本を読み、自分を甘やかす怠惰な日々を過ごし脳みそのカビが増殖中のさなえです。ゴロゴロしていても生きていると色々ありますけど不快なことは置いといて、と。

久しぶりに日本橋、銀座方面に妹と出かけました。
ブリヂストン美術館は1階の喫茶店を含めお気に入りの美術館だったのが、建て替えてアーティゾンなる名前に変化。気に入らない。なぜブリヂストンじゃあダメなんだろう。

スマホでチケットを購入するようになっていて、入り口からトラブル。ワタシのスマホは読み込む位置が少し他とは違うとのことで大抵もたもたするから妹に依存。妹は絶えずスマホを触っているしiPhoneだから大丈夫だと思ったが読み込めない。ああでもないこうでもないと係の人もつきっきりで操作を指示するが前に進めない。かなりの時間がかかった。通常ならとっくに入っているのに…スマホ一辺倒じゃなくチケットも販売すれば良いのに何だかこれって変だと思うのは私だけかなあ。

旧ブリヂストン美術館ではエジプト辺り専門の部屋やピカソの部屋などに別れ多数の作品が盛り沢山に陳列されていたのが広い部屋に小数ずつで、お気に入りの古代の壺や猫なども消え、ピカソも1点のみ。ケチしないで沢山陳列してよ〜。何度も足を運ぶように少しずつ勿体ぶってだす作戦なのかなあ。それとも一部売却して建築費に充てたとか?それはないよと思いたい。陳列されている作品の一部は写真撮影が許されていたし、それなりに面白かったのも確かだが、以前と比べてしまうので、年寄りらしく昔の方が良かったと言う感想になってしまった。2209アーティゾン1

目の前の千疋屋でフルーツ+サーモンのサンドイッチ。妹のおごり。やっぱり美味しい。が、以前は昼食に良く利用していたが値段が上がっていたからか人が少なかった。妹がケーキをお土産用に買ってくれた。わーいw。

二人で次に向かったのは貴金属店w。金価格が下がっていたから様子を見に行ったのだが店舗入り口におばさんたちが数人たむろ。みんな目ざといのね。店舗内は混んでるようで2時間後に来るようにとのビラを受け取り、松屋デパートに。ウロウロしているウチに金を買う気など消え失せ別の物に。

その後金価格は下がっていったから買えなくて良かった。ついてるねえw。娘が粒の金を欲しがっていたがお預け。良かった良かったw。

写真はクリックすれば大きくなります。

LINE_ALBUM_2022730-31 小布施_220801_24さて、2日目の夜、美味しかったし、ほろ酔い気分で気分良く宿に戻り、お風呂は朝入ろうとシャワーだけで済まし、さっさと寝たのだが、どんなに気分が良かろうが悪かろうが朝早く目は覚める。4時前だ。

娘は熟睡中。広い部屋だが区切られてないし、テレビも電気もつけるわけにいかない。お風呂以外、出来ることがない。でしょ?で、仕方がないので本を読みながら部屋の一番奥にあるお風呂にお湯を入れ始めた。大きな浴槽だから時間がかかる。蛇口からは強い水流でドドドドドとばかりにお湯が落ちる。

突然、頭上から怒声が響いた。何してるのよ。ウルサイ、ひどい、その他諸々w。50平米を超える部屋だし、端と端だから大丈夫だと思ったのだがそうは上手くいかず、耳元の滝の音ほども響いたらしい…。

LINE_ALBUM_2022730-31 小布施_220801_2ははあっとひれ伏して、お風呂は諦めて着替え、1階の図書室に避難したw。
前回泊まったときにこの宿の図書室は使ったことがあるが贅沢で素敵な図書室なのだ。テーブルもちょっとした逸品で勿論椅子も座り心地が良い♡。

朝が早い下の娘に図書室にいるとメールして本読みモードに入ったw。東京オリンピックの際の競技場設計にまつわる問題点やいざこざなどを当事者である伊藤豊雄さんが指摘している、本人が宿に寄贈した本であり、なぜこの宿へ寄贈なのかも興味深いし、内容も非常に興味深かったが、下の娘夫婦が図書室に4時半過ぎに迎えに来てくれたので結末は分からずじまい。この本を近所の本屋か図書館で探さねばw。

静かで平和な早朝の小布施をぐるりと散歩。上の娘には叱られたが棚ぼたの充実した気持ちの良い時間となったし、朝食は前回と同じく英国流のフルブレックファーストみたいな質量共に素敵な食事で満足。絞りたてのリンゴジュースがとっても美味しかった。ただここでも紅茶は落第。ミルクティを頼んだら沸かしたミルクが添えられていた。ミルクは沸かすと匂いが出て紅茶の風味を殺すからダメなのよ…。

こだわりはほぼ皆無の人間だけど、紅茶だけは美味しく飲みたいのだ。

北斎様の竜の天井画がある寺院を今回も訪問したのだが、昔は畳にみんな寝転んで頭上の竜を見ながら解説を聞いたのが、次は畳に座って聞き、その次は長椅子に座り、今回は1脚ずつ。お坊さんの解説がプロのガイドのようにスムーズになっていたw。

LINE_ALBUM_2022730-31 小布施_220801_0最初に拝見したのは20年以上も前なのに天井画の色は少しも落ちていないし、実に鮮明だ。どうやら描かれた頃から少しも変わりがないようだ。非常に高価な絵の具を使用していることも一因だそうだが、ガラスケースに入っているわけもなく空気にさらされているのに何百年も色が変わらないってスゴイねえ。

帰りの新幹線は速かった。以前はなかったのに、新幹線自体が特急なのに、軽井沢など途中の駅をすっ飛ばして高崎と大宮しか止まらない列車があるとは。ああ、時代に大きく遅れてしまったのねワタシw。あ、さすがに上野は止まったような気がするが記憶が…w。

絵の寿命に比べ、人間の寿命は短い。また何年か後に拝観できるかなあ。寿命が尽きそうなほどヨレヨレになったら急いでやってこようっと。

12988歩
写真はクリックすると大きくなります。

ネット上で安倍元首相への献花台が出来ていました。
献花してきました。

安倍さんが弾く優しいタッチのピアノを聞いていてとっても悲しくなりました。
まだ若くこれからさらに十年や二十年、持ち前の馬力と外交手腕を駆使して国つまり私たちのために働いて下さるはずの人がなぜ死ななくてはいけないかったのでしょうね。

デジタル献花台

安倍さんが演奏する優しいタッチのピアノ曲が流れ、選んだ花を献花することが出来ます。

ネット上だけど、なんだかしんみりしました。

そういう時代なんですねえ〜。


LINE_ALBUM_2022730-31 小布施_220801_59仕事も辞めたし、両親ともに亡くなってしまったし、もうストレスのかかることはあまりないと思っていたのに、どうも生きている限り無理なようですなあ。

お隣さんが大規模な、3ヶ月もかかるリフォーム中で、騒音と振動もなかなかのものなのに、同時に目の前の小学校も夏休み中にと外壁などの大規模な工事に入っていて、音と人の出入りが気になり、カーテンを閉め切り、外は灼熱+コロナだから逃げ出せず、エアコン24時間作動させて、じっと家にいる状態で身動きできないのだ。片付けに絶好のチャンスだけどこれは辞退…w

娘夫婦のマンションは徒歩2,3分の所にあり、昼間逃げてきて良いと言ってくれているのだが、たかが2,3分でも暑い、面倒…何にも集中できないし、ついついパソコンで細切れのゲームをするしかなく、目が痛いと騒ぐお粗末さ。何もすることがない、やる気が起きないというのも、贅沢な悩みだと思いつつ、ストレスだあ!

静かで平和で美味しかった旅も遠い記憶となりつつある。記憶が泡のように消える前に…

小布施では私の寿命を出来るなら10歳くらいなら差し上げたかった崇拝する北斎様詣でを、勿論、宿に到着後直ちに敢行。といっても宿は北斎館の真ん前なんだけどw。この桝一客殿というユニークな宿には以前、下の娘と泊まったことがあり、到着時の客室の説明の際に頂いた30分以内に食べて下さいという市場には出ないユニークなお菓子をもう一度食べてみたかったので、説明の際に、つい、前回のお菓子があればまた食べたいと言ってしまい、同じ物はなかったが別のお菓子を取りに行ってくれ、後で娘から恥ずかしい、食いしん坊と叱られる羽目に…。だってねえ…売ってないお菓子でとても美味しかったらまた食べたくなるのが人情よね。LINE_ALBUM_2022730-31 小布施_220801_45

LINE_ALBUM_2022730-31 小布施_220801_43前回、お風呂が深くて大きくて大量のお湯が必要で各自、時間をかけて溜めたあげくちゃぷんですぐお湯を流してしまったのを思い出し、お風呂の小さい方の客室を選び、娘夫婦は斜めに半階下がった客室に落ち着いたのだが、あまり変わらず、深く大きかったし、部屋自体は私たちの方が大きかった。

                       ↑ 伸びてる可哀想なノンちゃんマン

↑娘たちの部屋の浴室入り口。超モダンw。水圧の強さに多分皆さんビックリだと思う。奥に深くて大きな石?レンガ+ガラス?の浴槽。シャワーも横からのと天井から落ちるタイプの2種類が備えてある。

この宿、これで前回と併せて3室みたことになるが、すべて違う。12室の部屋が全部異なる仕様のようで実にユニークだ。

北斎館は3,4回目だが、祭り屋台の場所が毎回変わり、どんどん厳重になっていく。最初にここで見たときは確か倉の中に置いてあり、自由に入ってぐるりを回って見学というか、見物したような気がするし、前回は建物の中だったが、今回のようにガラスの壁越しではなかったと思う。素晴らしさは変わらないが、二、三十年前、近所のデパートで500円也の入場料で見物人もほぼいない状態で出会ったときの衝撃は未だに忘れられない。北斎様は永遠だ。

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前回の夕食は宿の道を隔てた横にある大きな竈が特色の料理屋だったが、今回は特徴的な煙突の前の細い道を抜けて行く「えんとつ」で会席料理。美味しいお酒が揃っていたのに心臓やら色々障害があるのでお替わりする娘を横目に日本酒をグラスに1杯で自粛。悲しかった〜w。LINE_ALBUM_2022730-31 小布施_220801_40

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LINE_ALBUM_2022730-31 小布施_220801_58騒ぎの夜は過ぎ、朝4時に目が覚めた。嫌だねえ、どこに行っても4時には目が覚めてしまう。
娘はぐっすり寝ているから起こすと怖い。忍び足でバスルームへ。

このホテルはバスとトイレが完全に別れている。贅沢仕様だw。バスタブは大型で気分が良い。娘を起こさないよう、きっちりドアを閉め時間を稼ぐためにゆ〜っくり入りw、ドライヤーは一瞬使ってみたが娘の怖さを思い出し諦めるw。庭に面したカーテン越しに朝日に照らされた芝生と木々が見える。緑が瑞々しい。美しいねえ。ため息が出る。

朝食は朝一番の7時に予約したので娘も起きだした。下の娘夫婦は4時に起きて散歩したという!気持ち良かったよと言うのを聞き地団駄を踏む。ワタシも〜と騒いでも時すでに遅し。すごすごと食堂へ。

ビュッフェじゃないホテルの朝食は大好物。だが、ワタシにとってなくてはならない紅茶の人気はごく低いらしい。ポットではなく、コーヒー茶碗で出てきた!その上、絶えずコーヒーポットを持って回っているのに紅茶は一度も回ってこない。美味しくない紅茶だったからまだ良かったwが…、毎朝3杯飲んでるので不満が沸々と滾ってくるw。後ろに座った家族づれが「コーヒー美味しいね」を少なくとも5回言うのを耳にして一層…ワタクシの機嫌が…w。そこへコーヒーポットを持ってやってきて紅茶に足そうとした!コーヒー茶碗に紅茶が入ってるって普通思わないものね。これは紅茶なのよというと引き下がったが紅茶のお替わりは現れなかった…。ノンちゃんが察して紅茶を注文してくれ一件落着したが昔は良いホテルだったんだけど…と少々ワタシの中での評価が下がった。たかが紅茶されど紅茶なのだw。

前日に続きピーカン。青空がまぶしい。出発前夜にPCで調べたらずっと雨の予報で、白のコットンパンツをどうしても履きたいと最後まで雨に強い黒のパンツと代わりばんこにバッグに入れたり出したりしたあげく、ええい、シミになってもいいやと覚悟したのだが天はワタシに味方したw。LINE_ALBUM_2022729-30 軽井沢_220810_1

雨水ではなく緑したたる木々の間を抜けて雲場池へ。ホテル横の小川もだがここも湧水で冷たく透き通ってきれいに木々や雲が池に映っている。皆お腹いっぱいで元気に池を一周し、小さな美術館を見学し、駅へ。

ノンちゃんと娘たちはテニスで鍛えているからガンガン歩くのは当然だが、ワタシも負けずに歩く。普段、ほとんどの時間を椅子に座り込んで過ごしているというのにたいしたもんだと自画自賛w。

軽井沢駅から長野を目指す。駅に入ってくる新幹線を撮ろうとスマホをつきだして娘たちや駅員さんに叱られる…。ちゃんと柵の中からだし十分距離を取ってたんだけどなあ…。下は証拠写真w。

HORIZON_0002_BURST20220730113624703 (5)上の娘が長野駅近くの中華で個室を予約してくれていたので、そこで食べる飲む食べる…w。朝もお腹いっぱい食べたのにどうしてこんなに入るのか不思議。まあ、歩け歩け大会に出場しているほど歩いているからだろうけどw。

そこでのんびりし過ぎて小布施行きの特急に遅れそうになり支払いをしてくれている下の娘たちより先に上の娘と大急ぎで駅に向かうが…そこで痛恨のミス!ワタシではなく地元の娘がw、小布施方面のターミナルではなく何を血迷ったのか新幹線の方へ…!途中で違うでしょとワタシが気づいて方向転換するが時すでに遅し。改札口に駆けつけたら下の娘夫婦がすでにいて、なにやってるのよ…w。

なんせローカル線、特急など次々になどやって来ない。3,40分待って鈍行で…。みんなはすぐに眠りに入ったが、私は鈍行嫌いじゃない。プチ鉄お婆ちゃんなのでひたすら車窓と揺れる電車を楽しんだのだw。そして小布施駅の乗降口では美味しそうな桃が並んでいて、勿論、全員が購入、ノンちゃんの重荷を増やしたのだった…。

LINE_ALBUM_2022729-30 軽井沢_220810_0ご存じですか?何もしないと時間が何倍も早く過ぎていくって…。
猛烈に忙しかった60台終わりまでの日々、1日が長かった。時間に追われ、分単位で仕事をし、分単位の請求書を提出していたから実に濃密だった。

それが今ではスマホで確認しないと今日が何日かも分からない。数日、いや1週間単位で時が塊となって過ぎていく。ぼーっと本を読み、毎日同じような食事やおやつを食べていると、昨日と今日との境がぼんやりとかすむ。いよいよ酔生夢死の段階に入ってきたのかも。といっても、少し晩酌すると夜中に足が吊るようになったからこういう場合はなんと言うんだろう…。

ということで起きているのやら寝ているのやら不明の日々だが、それなりの騒ぎだけは毎日起きるから不思議なのよね。と、旅の記録が進まない言い訳を一言w。

軽井沢の1日目、満腹のお腹を抱えて、千住博美術館へ。ここは8年ほど前の12月に金沢旅行の帰りに訪れている。で、そのとき、楽しいがもう行かないだろうと書いていたのだが…w。予想は外れるw。彼の作品には京都でも、熱海でも出会ったが、旬の人というのはこういうものなのだろう。なんとしても側に置きたい買いたいと思うような好みの絵ではないけど…LINE_ALBUM_2022729-30 軽井沢_220810_2

横に新しい建物が出来ていて、有名パン屋が入っていたのでそこで大量に買い込む。上の娘から軽井沢に到着したという連絡が来、腸詰め屋の前で待ち合わせ、近くでチーズなども大量に購入。宿へ。

下の娘が何度かタクシーを奮発してくれていたがなんせ歩いた距離も半端でなく、15000歩弱に達していたので、宿に到着すると私は部屋の風呂に直行、バスタブの中で足をもみほぐしていたら、私と上の娘の部屋に集まったみんなの前代未聞のものすごい大騒ぎが聞こえてきた。大声での叫び声とヒステリックな笑い声が…。みんないい歳なのに何を馬鹿騒ぎしているのだろうと思ったら、シャンパンに類する物を開けたら座ったみんなの頭を越して高く噴出し、全員が頭から浴びたというのだ。どうやら途中で持ったまま走ったらしい。お風呂に入っていたから惨劇は免れたが、せっかくの見物を見損なってしまった。残念だったw。

防音装置が効いているホテルだったから良かったが、普通のホテルだったら騒ぎとなるところだったね、と大声の主たちは興奮して言い合っていたので一緒に騒げなかったのが二重に悔しかったw。

*金沢旅行のリンクが間違っていたので入れ替えました。

14184歩
写真は娘作。久しぶりでデジカメ持参したらパソコンにデータが入らない…。前のパソコンにはスルスルとなんの問題もなく入ったのだが…。デジカメも私同様お呼びではなくなったのかも…。

LINE_ALBUM_2022730-31 旧軽_2207297月末から2泊3日で甲信越方面を訪れた。娘二人と下の娘のダンナのノンちゃんマンの計4人。下の娘がノンちゃんマンを一人置いていくのは心配だと(不憫だと思ったのか、自分が離れるのが辛いのかw知らんが)主張したのでこの変則構成グループとなったw。

可哀想なくらい優しいノンちゃんマンは、申し訳ないと思ったのか、ワタシは荷物はいつも先にホテルに送るのだが、持って行くと言いはり、ワタシの荷物までずっと担いでくれた。学生時代、カヌーで四国を下ったときに持って行ったという超特大の袋に3人分の荷物を押し込んで、その上、ワタシのバッグまでたすき掛けして、これは筋トレだから自分のためだと主張して譲らず、おかげですっかり楽させて貰ったが、多分、帰宅後へたばったんじゃないかなあ。宿のベッドでへばっている写真を娘が送ってきたので載せようと思ったのだが、何が悪いのか載せられない。認知症が始まっていると自分で判断するほどw頭が悪くなっているのは残念ながら確かだが…。

よほどのことがない限りワタシは列車の座席は予約しないでだーっと走って間に合ったと自己満足に浸ることも多いのだがw(年寄りの冷や水ならぬ突発走りw)、娘に任せたら行きも帰りも予約。ホテルも普段の予算の3倍の所に予約。財布は風邪を引いたが、たまには自分を甘やかすのも良いよね…。

まず荷物を置きに今晩のホテルへ。娘に話したことはなかったと思うのだがなんと、50年ほど昔に披露宴を行い宿泊したホテル鹿島の森だった。当時は鹿島の森ロッジという名前だったが…。周囲を小川や森で囲まれた素敵なホテルだが、なんてこった、験が悪いかもとチラリと思う。しかし、当の相手は20年も前に亡くなっているから関係ないやと気分を一新。そこで県民割りがあることを知り下の娘がすかさず後ほど合流する上の娘にメールし、陰性証明書だの身分証明書など持参するよう指示w。

その後気持ちの良いホテル横の小道を抜けて別荘の批評をしながらw、ぶらぶらとお団子パンの脇田和のアトリエ兼美術館へ。以前は美術館の裏手はまだ造成されていなかったが家が建っていたし、なんだか雰囲気がかなり違っていた。美術館も古びてた。当たり前か。プリンスのショッピングモールは寄らなかったが遠目でもかなりの車が停まっているように見えたが、昔ながらの軽井沢は駅前の通りも店の入れ替えがかなりあったようだし、夏だというのに人も少なく、コロナでかなり痛手を負ったように思えた。

軽井沢で必ず寄るニューアートミュージアムで開館10周年記念という大規模な展示を鑑賞したのだが、さまざまな人生、生と死、よろこびと悲しみがテーマだった。コロナの洗礼を受けて考えることが多い昨今にぴったりのテーマだったかも。一階で草間彌生などの作品が販売されている。300万円の札をつけた小品があったが、随分前だが青山で通りすがりに小さなギャラリーで大量の草間彌生の作品が山のように積み上げられ、版画が1枚20万ほどで売られていたのを思い出した。友人が一緒だったのでじっくり見るわけに行かず結局買わずじまいだったが、あ〜あ、選り取り見取りだったのに1枚買っとけばと一層悔しさが増してきたw。いくつになっても欲深いわねえ、ワタシ。

娘夫婦が予約していた軽井沢ヒルトン桔梗というホテルでフルコースをご馳走になった。服装の指定があると娘が言っていたから化粧気がゼロでボサボサ髪、上客とはとても思えないワタシはつまみ出されないようにとネックレスなんぞをぶら下げていたのだが、勿論客商売。つまみ出だされなかったし普通のダイニングルームだったw。食前のワインを注文する頃にテラスを挟んだ目の前の小さな教会にウエディングドレスの花嫁や参列者が入っていったのだが、式が終わり、参列者が教会から出てきてテラスで写真を撮ったり飲み物を飲んだり笑ったりして散っていったのをガラス越しに眺めて楽しませて貰ったが、まだ私たちは食べていたw。あっちが簡潔に短いのか、私たちがいつまでも食べていたのか、さて、どっちだったろうw。このホテル、レストラン横のトイレに袋入りのマウスウォッシュが置いてあった。心憎いね。好感度が上がったw。で、おかしなことにノンちゃんと娘が注文したものは覚えているのに自分が食べたものは記憶にございません。美味しかった記憶はあるのだが…なぜだろうw。人の物まで欲しがる究極の食いしん坊なのかしらねえ…ワタシ。

続く







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