2016年06月24日

そういえば

2016062418360000いつも騒がしくバタバタと年月が過ぎていくものだからもはやおぼろになっているけど、そういえば、4月に友人と遊んだのだった。私は親友だと思うのだが、相手は嫌だ違う、こんなうるさいの、と娘たちと同じ事を遠慮会釈もなく言い放つのだが、ふん、そんなことではめげないもんねw。

で、目黒側の桜を見に行こうと言い、私は混んでるから行かないと言い、庭園美術館に行った。ガレ展をやっていて庭の桜も美しく私は満足だったが、T子が昆虫嫌いなのを忘れていた。英国のローヤルウースターの深皿を蝶々と蜂が描いてあるという理由で6枚そっくりくれたほど嫌いだった。ガレはトンボに蝶々だものなあ。T子はそそくさと昆虫を避けて少数のデッサンばかり見ていじけていた。すまんこったなあ。

金田中は撤退したけど、評判がよい美術館のレストランでお昼にしようと並んでいたら、私たちの番の前で二人でこれが良いと決めていたランチが売り切れた。アレマア。近くのカフェで軽く食べた後、隣の付属自然教育園へ。こんなに広いとは知らなかった。最高にすいてる。面白い。お勧め。

でも思った物が食べられなかったので何となく欲求不満で、アフタヌーンティを食べに行こうと衆議一決。目黒雅叙園を目指した。こんなときは、どんな坂、こんな坂で、帰りの坂登坂なんか考えず平気になる。

正解!雅叙園は目黒川沿いにあった!もう人は少なかったが桜の花は一杯残ってた。T子満足。奮発してシャンペン付きのアフタヌーンティをおごってくれた。アフタヌーンティ大好き。ありがたや。私満足w。私相手に言いたい放題言えてすっきりしたお礼なのかなあw?

P1030657あ、そうそう、この間、ウチのいつも私とガウガウやりあっている上の娘がパッションフルーツを送ってきてくれた。血管を柔軟にし、肌のシミや皺などを改善し、肌を若々しく保つのに役立ち、自律神経機能の回復、疲労感やだるさを和らげ、動脈硬化などから体を守りと、ありとあらゆるアンチエージング効果をうたっている。というわけで効能書きにあるとおり、毎日、種もボリボリと囓っている。娘やありがとう。これで元気百倍、若返って君とやり合えるわ。

今日、上の娘が下の娘にマミーに沢山分けて貰えとのメールを出していたが、遅すぎたわね。ほとんどがすでに私のお腹の中よ。おあいにく様w。

粗読、乱読失礼

ある成功者の老後 曾野綾子
眺めのいい部屋売ります ジル・シメント
世界をこんなふうに見てごらん 日高敏隆
若き日本の肖像:一九〇〇年、欧州への旅  寺島実郎 
生きていく力 宮尾登美子 
千年旅人 辻 仁成
かけがえのない日々 柳田邦男
日本に住む英国人がイギリスに戻らない本当の理由 井形慶子
ぷーと私 石井桃子
「私」はなぜ存在するか 多田富雄
老後は夫婦の壁のぼり ねじめ正一
書店の棚 本の気配 佐野 衛
ことばへの旅 森本哲郎 
てごわい頭脳 コリン P.A.ジョーンズ 
イギリスだより カレル・チャペック
平成娘巡礼記 月岡悠紀子 


ganbare_watashi at 18:45|PermalinkComments(7)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと | 乱読、粗読

2016年06月20日

大騒動の真っ最中…

この先待ち受ける大騒動も知らず、とのんびり買い物や粘土のコネコネをして、見直しを残すだけの仕事を翌日に残して、土曜日の夕方書いたのだが、その後次々に問題が勃発、なぜ問題はきちんと一つずつ整列してこないのか。躾がなっとらんw。

朝、PCの電源を入れ、パスワードを入れたらuser profice profile serviceサービスによるログオンの処理に失敗しましたというメッセージが現れた。シャットダウンして再度起動を繰り返すが入れない。試しに違うパスを入れると無効と出るのでちゃんと認識しているらしい。

電源を入れながらf8を押すと簡易版に入れるはずなのだがWindowsが立ち上がってどうにもならない。月曜朝納品の仕事があるので非常に困るが、外付けhddにコピーしてあるので頭に血は上っても気絶するほどじゃない。こういう時のために数年前にWindows 8.1のノートPCを購入してある。これにつなげば良いだけだ。ところがこちらも、数週間前にチェックした所だというのに、インターネットに接続できない。なんだなんだなんだ。

お嫁さんのSちゃんにSOSのメールを出す。かかってこない。寝ているな。娘にSOSを出す。不機嫌な声で今から出かけるとこといわれ、一気に頭に血が上り出す。エー!!わー大変だあ。その後自分のパソコンを持ってきてくれると言うが、有線でやっているのでワイファイは入れてないので却下。家中引っかき回し、マニュアルを探す。なんせ、整理が悪い上に複数台のPCがあるので、マニュアルも多数完備!

サポートだと番号を調べるが日曜の朝でつながらない。1時間以上待ってようやくつながったが、機械的な故障ではなさそうで、別の部署に転送され、なんとか問題は解決したが、酷使されたのでまた問題が生じる可能性があるとのご神託が下った。ノートは別のメーカーなので流石に聞けず、こちらは問題持ち越し。

のど元過ぎればで、午前中一杯かかったが、何とか問題が解決したので、夕方母のところに出かけ、スーパーを2軒回って帰ってきてやれやれとのんびりしていたら、今度は息子から電話。お嫁さんのお婆さまが亡くなったとのこと。多分、お通夜は先だからその時には孫3人を見て欲しいとのこと。こういうときは当然見ますがな。

ぐっすり寝込んでいた午前1時。電話が…息子だ。ろくでもない。月曜お通夜に決まったからお願い。月曜日はガス工事の人が入るから無理だと言ってたのだが家に子供たちを連れて来るならということに。息子は仕事が大変なときで遅くなると言う。ということは家でお泊まりだな。でも翌日学校があるどうすればよいのだ。まけに場所は天草。地震もまだ落ちついたと言えない。ただ今大雨中でもある。地震で地盤がゆるんでいる。行って欲しくない。コワイ。でもお婆ちゃん子だったそうで、行くなと言えない、と悶々としながら朝になったら、

お通夜は時間的に無理で本葬だけ行くからと連絡が入る。なんせ僻地に住んでいるので、午前中に出発しなければその日の通夜に間に合わないという。Sちゃんは明日朝1番で立ち、その日の内に戻ってくる。雨も峠を越えているだろう。

何だかすべてすっきりと、悩んでいるだけで何もしないうちに片付いた。午後から夜寝かせるまでで良さそうだ。これなら倒れるまでもないだろう。なぜこうもバタバタが続くのかしらないが、何とかなるものよね。って、安心するのはまだ早い。明日、学校とSちゃんち、ウチでご飯、またSちゃんチに戻ってお風呂と寝かしつけと何度も往復する。天気はどうなんだろう。そして、3時までの約束なのだがガス会社の人はまだ来ない…。

また長くなった…。

ganbare_watashi at 15:00|PermalinkComments(14)TrackBack(0)いろいろあるよね 

2016年06月19日

京都、滋賀、静岡旅 5日目

P1030598この先待ち受ける大騒動も知らず、のんきにふらふらしていた5日目。先が見えないって何という僥倖。未来が見える人って大変よね…。

ここら辺のホテルは朝食込みでしかも朝早い。ビジネス客相手だから。で、そそくさと荷物を宅配便で送り身軽になって駅に向かうとラッシュ!それも相当なラッシュ!嫌も応もない。この辺りはJRと京成がくっついたり離れたりしながら併走している。大人しくJRの荷物となって運ばれるが、ついもう少しが我慢できず乗り換えてしまい、少々時間をロス、後でアイタタタとなった。

三井寺に向かう琵琶湖疎水沿いの道は桜の頃は見事だったろうと想像できるが、人も鈴なりだったに違いない。静かな小雨の朝が最高。

三井寺の参道を一人歩く。大きな寺院なのに人影もない。そして道を間違え気がつけば墓地の方に。誰もいない知らない大きなお寺のお墓など結構。慌てて元に戻る。鬱蒼とした樹木がのしかかってくるようだ。天台寺門宗の総本山だというがそれにしても大きな寺院だ。日本人は信心深いとはとても思えないのだが日本各地に多数の相当の規模のお寺を維持しているのはなぜだろう。私など特に物見遊山に過ぎないのに連日いくつものお寺を冷やかして歩いているのだが良いのだろうかと少し信心深いことを考える。神様は八百万いるというし、仏という名でくくれば宗派は問わず同じじゃないかとも思える。さて、どうだろうか。P1030606

P1030609
文化財収蔵庫に桃山絵画の最高傑作とされる狩野光信筆の襖絵39面などが展示されているとのことなのだが、臨時休館。係員が休んだらしい。その向かいにあるお寺の女性と話し込む。そこにまつられている仏様が本物かと思ったら立体的に見えるのだが立体写真で織ったとかで(もはや記憶はあやふやだが)びっくりした。その本物も収蔵庫にあるそうで残念無念。金堂が素晴らしく美しい。屋根のカーブなどほれぼれする。雨も上がりしたたる緑。いいねえ。

京都に戻り、豪華二段重ねのお弁当を伊勢丹で購入。新幹線のホームに着くのが5分遅かった。1時間に2本静岡に停まるひかりがあるはずなのだが、これが勘違いで1時間に1本。ベンチでひたすら待つ。本は持参しているが、膝の上のかさばるお弁当が邪魔。でも、動いている車内じゃないとねえと隣で盛大に飲み食いする外国人たちを横目に耐えるw。

P1030647静岡ではまず芹沢げ霹術館へ。かの有名な登呂遺跡の側にある。遺跡は思ったより小さく、誰もいず、またしても肩すかし。美術館も私一人。しーんとひとけがない。布の染色が主なテーマの美術館で彼個人のコレクションも多数入っている。個人名がついているが静岡市立だ。なかなか面白いし見たことがある物も。色々な分野の色々なことに強くこだわり一生をかける人たちがいるって素晴らしい。

イギリスまで追っかけたが作品が日本巡回中で少数しかなかったという悲しい目にあったルーシー・リー展に。こちらは静岡駅前のタワーにある同じく市立美術館で、そこそこ人は入っていた。残念ながらノソノソしている間に5月で終わってしまったので見逃した方には申し訳ないが、充実した展覧会だった。少々前に国立新美術館での展覧会よりも作品数も内容も良かったように思う。彼女の努力の跡、実験の跡が分かるような解説と展示の仕方だった。陶芸は、そうか、化学なのかと目から鱗w。

P1030593

5日間の一人旅はやはり長い。疲れ果てて最寄り駅に着いたら、娘が途中まで迎えに来てくれ、家に戻ったら、ちゃんと窓を開けて風が吹き抜けており、テーブルの上と玄関には花が飾ってあった。旅は、やっぱり家が一番と再確認するためのものなのかも。

待てよ、うれしがっているが、今までにない好待遇は娘がいよいよ私を婆さんと認識したと言うことなのかも知れない…ま、いいか。

[追記:フォントのサイズ小さすぎるという声を時々耳にするので、大きくしてみましたが、どうも、写真などとのバランスが悪く、かえって読みにくいような気がして12フォントに戻しました。ごめんなさい。読みにくい方、申し訳ないですが、拡大して読んでいただけますか?なるべく文は短くしようと思ってはいるのですが蛇足が止まりませんねえ…。]

14,920歩
写真はクリックすると大きくなります。


ganbare_watashi at 18:28|PermalinkComments(2)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年06月15日

昨日の母

母のところに出かけた。昨日のことだ。
ウチから徒歩約25分から30分。真ん中辺りに賞を取ったというどら焼き屋がある。カリウムが高くあまり持込はよくないのだが少し上げようと、栗入りどら焼き1個を購入。さて、ご機嫌はいかがかな。

母はドアを閉めた個室の中でしょんぼり座っていた。私の顔を見ると、捨てるのはもう止めてという。何でも捨てるんだから。私のように捨てられなくて困っている人に何を言うのだろう。突然の剣幕にビックリする。服がない、もっとあるはずなのにという。洋服ダンスを開けて服が入っている棚を見せると、アラそちらの扉も開くの?

3枚扉があるのだが、分からないのは悲しい。ひとしきりもう捨てないでを繰り返し、私のスカーフを指さして、私もスカーフあったのに捨てたでしょとまた繰り返す。箪笥の中には巻物2本にスカーフ2枚が入っている。一枚ずつ見せ、洗濯に2枚持ち帰っていることも教える。

島流しになったみたい。元のところに帰りたい。年寄りばかりの中にいると憂鬱になると言う。あなたが多分一番年寄りなのよ。あちこち探し物をしているうちに、夕食近くになってしまい、一緒に食べるつもりのどら焼きは結局持ち帰ることに。

気分が滅入る。移ってから非常に元気で頭もはっきりしていたのだが。揺り戻しが来ているのだろう。多分、精一杯気を張って頑張っていたに違いない。

P1030659娘がどら焼きを欲しいというのでまたどら焼き屋に寄って今度は2個買い、駅に向かう途中でブティックのウィンドーに目がいった。おかしな袖がついたシャツ、ちょっと気分を変えたくて見てみるつもりが、いつの間にか買っていた。この袖取れるかしらなどと考えていたのに、買うなんて。信じられない。

駅の隣のベーカリーで食パンを買うつもりで菓子パンを4個買った。なぜ4個も。自問自答する。必要なのは食パンなのよ、朝に甘いものは食べないでしょと自分に言い聞かせるが、いいのよ、と買ってしまう。どら焼きだってあるのに。

そして娘と待ち合わせた改札への階段で手提げにパンの袋を入れようとして落とし、それを踏んづけてしまった。下から上がってきた男がおっという顔をしてからにやりと笑った。娘に踏んづけたと言ったら爆笑しよった。全く間抜けな自分の姿に一緒に笑ったら気分が良くなった。帰ってからつぶれたペイストリー1個をお腹に納め、残りは冷凍庫に入れた。つぶれていても美味しかったw。これでついてないはお仕舞いかと思ったら、今日、洗濯屋にカート山盛りの洗濯物を持っていったら、定休日だった。今日は半額の日で溜めておいたのに…。重ね重ねまぬけなこった。

母は大丈夫か、気になって仕方ない。こちらまで気分が左右される。毎日行く必要はないのにと娘。毎日行くから余計甘えるのよ。

そりゃそうかも知れないけど、私にしか甘えられないのならしょうがない。と娘に甘える私は寛大だw。それに良く拝見しているoss102さんのいう通り、「きょうよう(今日の用事)」は大事なのだ。母のきょうようがなければどんなに退屈だろう。

きょうよう、きょうよう…今日は途中で方向転換、自分のきょうようも必要だ。久しぶりにキュウリを買いに農家に向かった。母のきょうようは明日にしようっと。



ganbare_watashi at 18:29|PermalinkComments(10)TrackBack(0)いろいろあるよね 

2016年06月14日

母の引っ越し

週末に無事に母上殿は新しい施設に移っていった。元気いっぱいに。疲労困憊、未だに頭痛に悩まされているのは私。

母は父に従って点々と引っ越しを繰り返した人だからだろうか、どんなに嫌がるか、パニックになるのではと私だけではなく相談員の人たちも心配していたというのに、引っ越しと聞いてからいそいそと荷造りを始めた。

ありったけの袋を持ち出し(用意周到に貰い物などの袋を大量に収集していた!)、どんどん詰めている。異様にハイ状態でベッドの上もどうやって寝ているのか心配する状態にまでなってしまった。

しょうがないから日参してはヨッコラショと保管と本人が言う袋を家に持ち帰り、コート類は洗濯屋に、毛布を始め大量の洗濯物をこなしたのだが、袋の中身についてはご本人は我関せず。ご丁寧に袋には雨の日に新聞を包んであるビニールの袋がいくつかずつまとめてきっちり縛って入っているのだが、何が入っているのか聞いても、忘れた。開けてみて。

新聞の切り抜きらしき一袋をゴミとして片隅に寄せたのだが、念のため詳しくみてみると新聞紙の間にズボンと下着が隠してある。新品ではないのに何を考えているのやら。で、開けて覗くという仕事が増える。でも翌日になると袋は増えていたり、中身が移動していたり。

これが痴呆なんだろうなあ、本人は至極真面目に一心不乱に仕事に取り組んでいるので私がやるからそのままで良いから休んでというしか手立てはない。こちらの頭だってぐらぐらしているのにほとほと困るのだが二重どころか何重もの手間がかかる。そして肝心の補聴器などは出てこないと言い張る。

これは要らないから持って帰ってといわれたものを持ち帰ったら、母や父の日記や写真で、どうせまたもってこいと言われるので、ウンウン言いながら5階まで持ち上げた重たい一抱えを大型のゴロゴロ2つと一緒に施設にまでまた持っていく。人生は重い荷物を負って歩くことなのだ…オーバーw。

当日、施設に着いた所で、突然忘れ物に気付き自宅までダッシュ…。初日に持参する一覧表を点検していて、肝心の契約書一式と一緒にフォルダーに入れ、置いてきたのだ!仕事で徹夜だったという哀れな、娘の良くできた婿殿が僕が取ってくると言ってくれたが肝心の場所が…で階段を5階までキントレキントレと呪文を唱えながら早足で昇る羽目に。

施設に戻ると、入れ替わり立ち替わり、署名やら、説明やら、母の薬、相手先への連絡の書類その他を渡され、ごたごたしている間に、介護タクシーの人が上がってきてタクシー備え付けの車椅子に母を乗せ、私がヘルパーさんや看護士さんたちに挨拶しているウチにさっさと娘たちと共にいなくなり、エレベーターに一緒に来てくれた介護士さんたちがアラ、本人がいない。さよならの挨拶をしたかったのに…。エレベーター前には数人のお婆ちゃんたちがお見送りに来ていて、そうなのよ、さっさといなくなった…。

慌てて後を追ったら、介護タクシーには車椅子を固定するので2人しか乗れないことが判明。しかも荷物が入ったのが軌跡のような混み具合。娘たちに別のタクシーをすぐ呼んで後ろからついてくるように言うのだが、娘がどういう訳か、自転車を取りに帰って自転車で行くなどと言い張り、荷物を下ろすのが大変だから私が後から行く、いや婿殿はいなくちゃ下ろせないと騒いでいると、運転手さんが、車椅子の横にの隙間に踏み台を置き、そこに娘が座ってようやく一件落着したと思ったら、

看護士さんの詰め所前に最後の荷物を置いてきたことに気付き、朝っぱら2回目の忘れ物とダッシュ…。

違反だからと車は裏道を行き、無事に見つからずに大荷物と共に新たな施設に到着。そこでもおじいちゃんのお医者さんの長い説明、合間に相談員さん、介護士さん、ヘルパーさん、それぞれの説明を聞いている間に、娘夫婦が手早く片付けてくれ、ああ娘たちがいてくれて助かった。

で、昨日、元いた施設から電話があった。処分すると置いていった段ボールの中に口紅や化粧道具一式、洗面道具一式などが入ってますけど、処分して良いですか。探していたのよ〜。お母さんたらもう〜。

昨日、化粧水、洗面用具などを買って届けたばかりだったのだが。まあ出てきて良かった。他には何を捨ててしまったのだろう〜。



ganbare_watashi at 11:16|PermalinkComments(8)TrackBack(0)いろいろあるよね | 医療・健康-臓器移植を含む

2016年06月09日

京都、滋賀、静岡旅 4日目

もはや初夏だというのに、蚊にも3箇所さされたというのに、まだ5月半ばの旅の途中。色々あるもので、進まないですねえ。自分でも嫌にならない前に続きをw。
P1030553


今回、旅のきっかけはミホミュージアムだった。かなり不便な所にある。滋賀県の大津に近い石山というところからバスで1時間かかる。車で行けば信楽からの道路もあるのだが、残念ながらバスの便がない。ついでのはずだった京都を満喫したが、ここを外すわけにはいかない。

烏丸御池からかなりすんなりと行けた。ホッとする。旅は冒険。階段を上がったり下がったり、事前に調べても上手くいくことの方が少ないかも。で、それが旅の思い出となる、ということで、薄ら寒かったのにセーターを出そうと思いつつ、駅構内のロッカーに荷物を預けてしまったり、バスがくるのを震えながら待っている間、同じバスを待つ大勢の中国人たちのピーチクパーチクとほほえましいがスズメのように騒ぐ様子とか、思い出がお腹一杯詰まっているw。

ミホミュージアムは異次元の世界だった。調べても良く正体は分からない。宗教団体と思うしかないかも、だが、実に巨大で内容も素晴らしい所だった。ドラマチックな展開、絵画的な効果、素晴らしかった。
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P1030560バスを降り、建物に向かう。平屋だ。そこにカートが止まっていて、すぐに出発してしまった。何だかよく分からないが坂を上がっていった先に美術館があるようだ。歩いても8分ほどだと案内があったので歩くことに。これが正解。道路の横に細い散歩道が設けてあり、気持ち良い。しばらく行くとトンネルが見えてきた。中に入り思わずおおっと声を上げてしまった。異次元の世界へのトンネルのよう、スピルバーグの世界に迷い込んだよう。出口からは深い谷と山々が靄に包まれて見えてくる。和風のようなちょっと不思議な屋根の建物に入ると、そこは巨大な施設だった。時間をたっぷり取る必要がある。

結局、朝、一番のバスで来て、13時頃までいた。そこのショップのスタッフに美術館内のレストランは身びいきではなく、材料に半端ではないこだわりがあるから絶対に美味しいと言われて食べたサンドイッチ。ちょっと変わった、料理が詰め込まれたサンドイッチだったが、本当に美味しかった。満足、満足。

瀬戸の唐橋でバスを降りた。父から曾祖父が大工の棟梁として九州から唐橋を作りに来たと晩年、何度か聞いたことがあったのだ。動けなくなってからの父は頭の中であちこち旅をしていたのだろうか。とりあえず降りては見たが勿論そんな昔の橋は現存しているはずもなく写真にだけ納めた。帰ってから仏壇の父に見せてやろう。亡くなってから親孝行なことだ…。

P1030572瀬田の唐橋駅から石山寺まで2両編成のローカル線に乗る。踏切の所まで来たが、ホームへの上がり口が分からない。路面電車に毛が生えたような物なので回り込んで線路伝いに上がる。上がってから向かいのホームから入ることが分かるが時既に遅し。切符もない。そこに電車が入ってきたのでとにかく乗ってしまう。この歳で何をやっているんだろう。線路内に立ち入り、おまけに無賃乗車!ドキドキする。

幸い、石山寺は終点だった。しかも乗客はぱらぱら。ど派手なオレンジ色のレインコートの私はきっと目に焼き付いているに違いないw。車掌さんに切符のない事情を説明すると駅舎まで付き添って手続きしてくれた。叱責無し。ありがとう。


P1030583石山寺の本堂に着く頃には、小降りだった雨が激しくなってきた。その名の通り岩山の上に造られたお寺の石段を雨が音を立てて流れる。源氏物語を思い出すような情緒などとはほど遠い音とぬかるみ。山肌に作られた急な石段を参拝客はへっぴり腰で登っていくが、私は御朱印を貰い降りることにした。まだ旅先で首の骨を折るわけにはいかない。その気配を察知したのか、受付の人の御朱印の扱いが少々荒っぽい。観光地なのは確かだが、これはもうお寺サンという雰囲気ではないかも。ちょっとがっかり。

瀬戸に宿を取り、アメニティの落差が値段の差であることを噛みしめつつ、近くのラドン温泉に向かう。駅前から無料バスがピストン運転している。で、ここで人生初の大衆演劇を観た。毎日公演しているらしい。少人数での一座だが、はまる人がいるのだろう。かけ声がかかる。足を崩してビールでつまみを食べながらの観劇は悪くないが私は早々と失礼することに。

14,002歩
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ganbare_watashi at 19:05|PermalinkComments(9)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年06月04日

京都、滋賀、静岡旅 3日目-2

P1030526さて、人間、残り時間の少なさを意識し出すとせっかちになるのだろうか。今回の旅は「時間に追いかけられ旅」の様相を呈することに。そういえば、つい数年前までホテルは朝食で選ぶほどホテルの朝ご飯が大好きだったのに食べることが少なくなった。朝からドタバタ駆け回ることがなぜか増えている。昔は友人と六本木ヒルズのホテルまで朝食を食べに行ったこともあるのだが…。バブルもゆとりも遠く記憶の彼方。

午後も忙しい。偶然、これまでほとんど外部に公開したことのない大徳寺というお寺が創建450年というので来年3月まで特別公開をしていることを知った。全く知識もなく、聞いたこともないが、どうやら大きなお寺らしい。夕方4時に予約した。1回に15名でここも遅刻は許さないぞという空気が漂っている。

時間はたっぷりある。京都は狭い。大丈夫。古田織部美術館に行く。拍子抜けするほどスペースは限られている。遠くからわざわざ出かけるのはちょっと微妙かも。先日来、この旅では千利休由来の品がに出会う。ここでも。北山駅から数分なのだが、ちょっと見つけにくい。この周辺はおしゃれな店が多い。雑貨店を冷やかし時間を潰す。気になる、雨でも鑑賞できる美術館という駅前の施設に寄ってみると、陶板に絵が印刷された屋外の美術館だった。雨が盛大に降りしきる。安藤忠雄の鋭角な建物に滝のように水が流れる。でもなあ、陶板の絵はちょっと好みじゃない。P1030520

予約には早めだけどと思っていたら、大徳寺の情報をこれまた印刷するのを忘れてきてしまい、まぬけなことに携帯に予約確認で大徳寺から来た案内のメールも見つからない。北大路駅から徒歩7分だと思い込んでいたのが、改札で方向を聞いたら、え、歩くのと驚かれ、遠いと初めて知った。バス乗り場に小走りで向かう。いくつも路線がある。近くにいた小学生が来たよ、来たよ、これに乗るのよと教えてくれた。あーあ、このワタクシメはついにれっきとした行き先もよく分からない高齢者となったようだ。

バスに乗って良かった。駅ではなくバスを降りてから7分だった!で、大徳寺と言うからには大きなお寺が一つと思うじゃないですか。所が山門を入ると住宅街のように塀がずっと続いている。公開中という看板を見つけ4時の回を予約したのですがというと、ここじゃない、多分、違うお寺よ、ちょっと遠いけどと地図を書いてくれた。

遠い?違うお寺?ここが大徳寺でしょ?頭の中はクエスチョンマークが一杯。でも時間切れ寸前。地図を握りしめ、雨だというのに、またしても疾走する羽目に。どうしてこうなるんだろう。

門の前に係の女性が立って待っていて、開口一番、どうなさったかと心配してました。それもそのはず、4時の回の拝観者は私一人だったのだ。で、この大徳寺には塔頭寺院と呼ばれるお寺が22もあるとのこと。無知って怖い。無事にたどり着けて良かった。そうそうこのお寺の名前は聚光院という。

P1030534生で一番贅沢な時だったかもしれない。千利休意匠という枯山水を拝見。小振りな庭だが雨に濡れて実に美しい。初公開だそうな。狩野永徳作と狩野松栄作の併せて46面の障壁画(すべて国宝)も拝見。正面の襖が少し開けてあり、板張りの床とその奥には金色の仏様が見える。千利休の菩提寺なので千利休像なのだろうか。お茶室も拝見し、その先には今度は青い滝の図柄の多数の障壁画が。どこかで見たようなと思ったら千住博さん作だった。国宝と一緒だと聞いて一度は断わったものを長い年月をかけて(確か15年と言われたような。とにかくビックリするほどの長さだった。)構想してようやく完成した物だという。こういう古いお寺にこんなにモダンな絵というのも面白い。これらもすべて初公開だというから豪勢ではないか。小一時間、ゆっくりと説明を聞き、心行くまで質問し、非常に楽しかった。

立地だけで面白そうと選んだ大徳寺は禅寺で、父の家の宗派である臨済宗の総本山だったというおまけ付きだった。前日の京都国立博物館でざっと禅について学んでいて良かった。

そして、友人と合流、祇園に案内してくれた。崩し割烹と言うらしいのだが、とてもユニークなお料理が次々と出てきた。美味しい。でもおしゃべりに夢中でよく分からないうちに大量にお腹に入っていった。もう少し味わうんだったw。でもおしゃべりを味わったから良いか。姉妹店が神楽坂にあるらしいので、今度行ってみようと思う。Tちゃん、素敵な夜をありがとう!

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17,421歩



ganbare_watashi at 22:19|PermalinkComments(6)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年05月29日

京都、滋賀、静岡旅 3日目

P1030461さて、人生、上りも下りもあるうえに、石ころだらけ。少々寄り道をしましたが旅の続きを。考えてみればイギリス旅行もイタリア旅行も帰ってきてすぐに騒ぎが勃発、結局旅の途中でブログ記事は尻切れトンボ、そちらの続きはそのうちに。

さて、3日目。自宅にいるとぼーっとしている間に時間が勝手に通り過ぎてしまうのに旅先の時間はポタージュ並みの濃さだ。

前夜からどこが一番先に開くのかを検討、何せ地下鉄の交差する場所近くにいるので便利。だが不便もある。ホテル近くの改札ではパスが買えない。しょうがないからぐるりと遠回り、ようやく地下鉄フリーパスを購入。今日もうろつくぞ。

外は雨。日傘兼用の小さな傘だがま、良いかと出発。青蓮院門跡に開門の5分ほど前に到着。天然記念物の楠が5本あるのだ。早速門の前に2本発見。素晴らしい大きさだ。鼻息が荒くなるが触れられない。エネルギーを貰えないではないか。じっと見つめるw。P1030488

雨の早朝、観光客もいない。遠くから来た僧侶という男性と私の2人だけ。韓国人らしい2人連れがすぐに加わるがでも拝観者はごく少い。雨に濡れた若葉の緑が美しい。室内も一部を除き撮影可能なのだが、このカップル、事前調査が行き届いていたと見えてベストスポットを占拠、しばらく待ったが大型カメラを駆使して撮影を続けるので諦めて回った。ちなみにこの2人、ぐるりと拝見して戻ってもまだ写真を撮っていた!好きだねえ。もしかして商売かな。監視する人もおらず、障壁画も建物もこんなに無防備でよいのか心配になる。庭に出るがここにも誰もいない。坂道を上がってお庭を見渡すが誰も出てこない。こんなに素晴らしい美しいお庭をなのに独り占め。クーッついてる。雨で良かった。嬉しい。

P1030487ここでは、鐘をつくこともできる。1回だけだが。で、勿論、渾身の力を込めてついた。お辞儀も忘れなかったw。鐘は何時までも響く素晴らしい音色で、でもあまりに響くのでおかしいと鐘の下を覗くと、瓶が埋め込んであった。なるほど、水琴の仕掛けだね。

隣に菊の御紋のついた門を発見。入る。誰もいない。門衛さえいない。濡れた坂道をどんどん登ると御陵があった。第95代花園天皇の御陵だった。坂道だが、青蓮院門跡の屋根や樹木も見える。鬱蒼とした木々の間を登っていくと自分を反省するような空気が満ちてくるので−ちょっとだけね−ご挨拶をお勧め。

P1030490



P1030503そのまたお隣の知恩院へ。前日に遠くに見えた太陽光パネルを貼ったような巨大な屋根の正体がここだった。大規模修繕の真っ最中で、本堂全体を包んだ巨大な仮屋根(明かり取りのガラス付き)が出来ていた。で、渡り通路を渡っていくと、この工事の様子がよく見える所へ。ワーイ。組んだ鉄骨等が見える。写真を撮ったがもしや見とがめられるかと慌てたので何だかよく分からないかも。
P1030506
法隆寺の建て替えの際には屋根瓦1枚1000円の寄進をして下手くそな字でなにやら書いたので、ここでもと思ったがこちらは1枚1万円。そんなご無体な、というわけで素通りする。

雨はひどくなる。お腹はすく。大型のビニール傘を知恩院で購入(お寺の印なし。ちょっと期待したけど)、東山駅に戻る途中、青蓮院門跡の向かいにカフェらしき物を発見。素敵な装飾だ。なかなかのものが飾ってある。でも、たかが愛想のないピラフと不味いコーヒーで1600円(確かそれくらいだったような)。サラダくらい付けたらと、一瞬ムッとしたが、美術鑑賞代込みと思えば妥当かも。トイレに入ると英国の18世紀から19世紀くらいのボタニカルアート、壁にも絵が飾られ、家具類も素敵。奥は結婚式場らしかった。もっと骨董類を拝見したかったが断られる。残念。

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ganbare_watashi at 12:28|PermalinkComments(6)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年05月27日

短期決戦で勝利w

P1030353ご心配をおかけしました。旅の続きもまだですが、一応決着したのでご報告。

結局、約10日間で都内2つの区の老健のほぼすべてと個室ありの特養5箇所をまずウェブで調べ、電話で話をして下調べ、そして回って見学し、話を聞いてきた。

1万4千歩を越えた日が3日、残りは1万歩程度で、足が悲鳴を上げた。四国の歩きお遍路さんの旅行記によれば1日20キロとか25キロを歩いているので、私には歩き遍路は無理かも。やるとしたら途中で温泉に寄り道し、のんびり楽しみながら行くしかないと分かったのが収穫かな。

結局、最初に見学した自宅から徒歩でも行けるし、電車でもOKの一番近い、小規模な比較的新しい老健に決まった。といってもそのベッドにいまいる方が来月半ばに退所予定なのでそこに入っていただきますとなっているので、その方が退所しなくなると…どうなるのかねえ。

そこは最初行ったときに相談員が不在でざっと見学させて貰った所なのだが、2、3日後に相談員から電話があった。その時にはいくつかの老健を見学済みで、設備の良い所、暗い所、行きたい所、絶対嫌な所様々で、今母がいる老健があらゆる面で最高と判断、どうやってそこに戻るかを思案中で、しかもまだ絶望的な状況だと理解していなかったこともあり、率直に月20万を越えるのなら無理だからと伝えると、交渉の余地はありますと向こうから提案してきた。

その後リストにある行ける所はすべて見学した後、結局そこに行くしかないと再度訪問したら、なんとその相談員は母の施設に用事があってついでに母と少し話したというではないか。あまり手がかからないと判断したのが決め手のようで、今の施設からファックスで母の健康診断結果も取り寄せるからとあれよあれよという間に母の入所が決まってしまった。

その施設の最寄り駅には、以前、娘と良く訪れたワッフルの店や妹曰く絶品というイタリアンの店があり、早速帰りにワッフルを食べてきた。楽しみが出来たw。

一番怖いのがまた3ヶ月程度で動かされることだが、その施設では看取りを行っているので長く滞在できるとのこと。素晴らしい。高度医療でなければ付属病院で見てくれ医療費は含まれていること。最高。

なんだか出来すぎのようで、まるで狐につままれたようだった父の葬儀や母の施設入所の経緯を考えれば、仏壇に向かってしっかりしろと叱咤激励したから父が応えたのかもw。お酒を1本つけなければw。いやいや、毎朝、水しかあげてないけど、皆さんおはようと祖母たちや伯父にまで挨拶してきた私のおかげもあるかもw。娘ども、亡き後は私にちゃんと挨拶するのだぞw。

この10日間、施設巡りの合間に24時間ホルダーを付けての心臓の検査もあり、トーハクで「少年使節伊藤マンショの肖像画」を見、娘と夜に「カラヴアッジョ展」を覗き、汐留のパナソニックでは「中田英寿が出会った日本工芸」という少々消化不良な展覧会、そして多数の外食とデパ地下という多彩ぶり。そうそう、仕事も減らしたけどやりましたよ。久しぶりに頑張った日々だった。まだ出来るかな。

あ、おまけ、居間の天井高が3メートルを超しているのでいつも婿殿に天井の蛍光灯の入れ替えを頼むのだが、月曜に1つ切れてしまい、えーい、と梯子に登って交換した。怖かった。ゆらゆらした。落ちると骨を折ると思ったけど、2個はずしたが1個しかいれられなかったけど、でもやり遂げた。久しぶりに私ってエライと思ったねw。エイエイオーw。

ganbare_watashi at 10:55|PermalinkComments(8)TrackBack(0)医療・健康-臓器移植を含む 

2016年05月21日

定石通り、楽の後は苦のようで

旅から戻ってすぐの先週末、気分良く、娘たちと同じくらい思い通りにならない、でも息子よりマシな粘土をコネコネしていると、母の施設から電話。今日、来られないか。どうせ悪い話に決まっている。

小心者だから粘土そっちのけであたふた駆けつけ、施設の相談員2名と面談。長々と話し合ったが要するに、老健は自宅復帰させる施設だから、7月はじめまでに退去するようにとのご命令だった。

そんなご無体な…。気絶して驚かせたかったが残念ながらそこまで小心ではなく中途半端にしおしおと渡されたリストを手に施設巡りを始めた。

あれは3年前、母の極度の腰痛、父の誤嚥と入院、娘夫婦、息子一家、妹のノロ騒ぎ、父の肺炎と死亡、母の骨折、入院、幻覚、幻聴、施設探し、うわあと叫ぶしかないほどの一連の騒ぎを、あの頃は大変だったけど、こんなに平和で良いのかしらなどとのんびり振り返る余裕も出来、ようやく習い事を始めてたった3回目でこの始末。

リストを片手に建物探訪の旅に出ているようで、毎日1万歩を軽く越え、足腰は十二分に強くなりつつあるようではある。どこでも良いという気分にはなれないから個別に見学して話を聞いているのだが、それにしても聞きしに勝る大変さ。連続で特養3箇所それぞれで400枚を超えるという待機者の申込書の分厚いファイルを見せられた。3年前も施設探しに四苦八苦したが3年の間に事態は一層悪化していて、しかも今回は手助けしてくれるケアマネさんもいない。まだ母が老健にいるので頼めないのだ。

整形病院に入院中にひどい幻覚を起こして即時退去をいわれたことがあったからどうしても個室が望ましいのだが、有料老人ホームではなく老健だというのに恐ろしいことに母のように負担1割、減額措置適用でも月30万円を超す所もあるすごさ。誰が入れるのさ。自慢じゃないが母は資産無し年金暮らし。生活保護でもと一応福祉事務所や高齢者相談センターに相談に行ったが、年金額が生活保護受給には多く、施設入居には足りない。葬式用の貯蓄はあるが、貯蓄があっては駄目だそうで、やれやれ。中途半端な貧乏は苦労する。

なんせ、階段のてっぺん、5階建ての5階にワタクシメは住んでいるので、母と同居は無理だし、何とか母を部屋に運び入れても、病院や外に連れ出せない。デイサービスも受けられない。母は車椅子だが介護度2なので特養はまず入れそうもない。中途半端はここでもたたる。

区は在宅介護を強力に推進しているから3ヶ月から6ヶ月で入居者を回すしかないらしいのだが、老人は環境の変化で体調を崩す。福祉費用削減手段として、老人の数を減らす策に出ているなどと邪推したくなるのは私の根性が曲がっているからだろうが、どうも施設側の言い分がくるくる変わっておかしいのでよく聞くと、経営上の方針もあるが、新規入居者じゃないと儲けが出ない仕組み等導入されたことも分かってきた。官民一致での在宅推進なのだが、在宅で本来なら働いて税金を納められる人たちが1対1で親の介護に回る方が非効率で、国の生産性を低下させることだと思うのだが、どこか計算しないだろうか。

とはいえ、元々復帰が条件で3ヶ月と言われていたものを3年少々置いてくれたのだから感謝するほかないが、困ることには変わりない。退去をいわれたらどんなに困るかと密かに心配し続け、愛想良く職員の人たちと仲良くし、折に触れては手助けや甘味の差し入れを怠らなかったのだが…ついに駄目か。

今の施設に短期で戻れるよう様々考えたが、上手い方法は見つからない。区分変更をかけて介護度を3まで上げ、哀れっぽく特例の理由を並べ立てて個室のある特養に大量に申込書をばらまき、一方で、安い個室のある老健を探すことしかできないようだ。ここなら長期間大丈夫という所を紹介されたが、暗い雰囲気がよどんでいた。無理だ。長期間受け入れる施設は長期で受け入れざるを得ないだけの理由があるのだという。老人施設の口コミは探しても引っかからないから見に行くしかない。

減額措置後で月20万円少々の個室なら空きがある。といっても粘っても1年いられるかどうかだが仕方がない。母の貯蓄を取り崩して差を埋め、後は妹たちにも応援を頼んで自分たちの老後資金を取り崩しつつ、特養に受け入れて貰えるまで、短期間で老健をハシゴするしか今のところ手はないようだ。

地獄の沙汰も金次第だねえ。


ganbare_watashi at 11:06|PermalinkComments(8)TrackBack(0)いろいろあるよね 

2016年05月18日

京都、滋賀、静岡旅 2日目−2

P1030455美しい物を見ても胸はいっぱいになってもお腹は別物。勝手に騒ぎ出す。

今日のハイライト、重森三玲庭園美術館に14時に予約してある。遅刻など絶対に許さないぞという雰囲気だったのだが、狭い京都、東山から出町柳まではたいした距離ではない。ぶらぶら駅に向かって歩いていると小さな黒板が町屋の入り口に立てかけてあるのが目を引いた。

ふらふら入ってみると、入り口には草間弥生の黄色いカボチャの絵。自宅の応接間然とした空間の周りにはぐるりと本。それも私が好きそうな本ばかり。む、お主、同類か。主の女性は言葉の研究家と自己紹介したけど、編集者のように思えた。彼女が一人で自宅で料理を作って出しているのだが、途中で何人か若い女性や犬が出入りする。シェアハウスなのだと。まあ、昔の賄い付き下宿と何が違うのかよく分からないが、美味しかった。おまけに安かった。で、年間1万円を支払ってメンバーになると食事付きで1泊3500円で泊まれるらしい。場所もよい。少し食指が動くが、お風呂が共同というのが引っかかって辞退する。近所の人たちのたまり場のようでもあり、ひとしきりおしゃべりを楽しんだ。こういうのもアリかな。

ほとんどをここで食事をするというお兄ちゃんお勧めのお店でお菓子を買い、時間を見るとアラ大変。小走りで駅に向かう。あんなにあった時間はどこに隠れたのだ。出町柳で時間が押しているので念のため京大生らしい男の子に京大正門はこちらでよいか聞いたら、そっちは駄目、こちらを行った方が良いといわれ、素直なものだから、調べた道と違う道を向かう。

美術館まで15分のはずだがつかない。坂をせっせと上るが京大は見えてこない。正門が目印なのだが知っている人はいない!ナンダヨ。遠すぎる。京大の四つ角で聞いた男性が中を通り抜けた方が早いと教えてくれたので、そこから小走りではなく、疾走となる。何度もいうことだが、不整脈がある。何十年も走ったことがなかったのに、昨年の旅以来、遅れそうになっては走っている。なぜだ。正門を走り抜け、道行く人に走りながら聞いて、へとへとになってぎりぎりに到着したが、門はまだ閉まっていて、予約のおばさん2人組と隣の建物の写真展を見に来た人がいるばかり。P1030432

やがてお爺さんがヨッコラショと登場。門を開け、看板を出すと、美術館のおじさん登場。縁側で料金の徴収を始める。写真展の人が紛れ込み、ひとしきり、隣の写真展とは別料金だが庭園を見るのか見ないのかどうするのか押し問答が始まる。写真展に来た老けたお兄さんが良いです、見ますで、一件落着。同じく写真展流れの外国人の3人組がこれに加わる。

思ったより小さな石庭だ。畳みに座って説明を聞くが日本語でどんどこ由来を説明し外国人がもぞもぞする。気になって大丈夫かと小声で聞くと、流ちょうな日本語で大丈夫です。でも大丈夫な人は1人だけで、横の2人は憮然としてがやがやし出す。そのうち、女性の一人のペットボトルから水が漏れ座布団が濡れたと、ひとしきり騒ぎに。

まあ、日本間に吊された大きな照明がイサムノグチであり、石を捜しに行って交友を持つようになったこと、遺産騒動があったことは分かった。+料金を支払った私と老けた若者が茶室も覗く。茶室もそれ以外も相当痛んでいる。畳は毛羽だって変色しているし、柱も屋根も手入れが必要な状態にみえた。オリジナルの畳だとのたまっていたが、畳はオリジナルでなくても消耗品だから良いのじゃないかなあ。それなりに面白かったが、文化財の保存はお金の問題でもあり、大変だろうなあという感想とあいなった。

P1030446それから京都国立博物館へ向かい、禅展をみたのだが、疲労困憊。頭もふらふらで、博物館の年間パスポート(トーハクもOKで奈良と九州の博物館も見られ、特別展も1回ずつ見られる優れもの。トーハクのパスポートより安い3100円也)を申し込むのに、なんと4月と書いて注意され、果たして今日は何日なのか分からなくなり、大恥を掻いた。自分で自分が心配になるが、係の人も心配したかも。認知症検査の一番目は今日は何月何日ですかなのだから。

もちろん、白隠禅師のだるまの絵や若冲の竹図はさすがだが、思ったより数が少なく、ちょっと残念だったが、1階の仏像がとてもよかったし、禅宗の成り立ちなども順を追って分かりなるほど。でもザルのような頭なのですでに忘却の彼方なのだが、禅師たちがみんな短気で怒声や棒を振り上げているのが分かったのが収穫。って、馬の耳に念仏か、豚に真珠か。ここでも禅師に倣ったわけでもないだろうに大声で騒ぎ出す男が出現。そそくさと場所を変えたのだった。

さらに漫画ミュージアムで土木漫画特集だったので覗こうと思ったのだが時間切れ。可哀想な足はようやく休息を与えられたのだった。

20,138歩
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ganbare_watashi at 19:55|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

2016年05月16日

京都、滋賀、静岡旅 2日目

P1030364日曜日。美術館は今日頑張っていくしかない。

開館時間を比べ、まず京都市美術館の庭園を見ることにする。美術館は9時開館だが庭はもっと早くても大丈夫そうだ。地下鉄東山で下りる。地上出口の前に近道とすぐ横の路地が示してある。見覚えがあった。数年前に訪れた並河靖之の記念館がある路地だったのだが、ここは10時開館。記念館の前には風情のある古びた小児科医院があったのだが建て替えられていた。残念。

きれいに晴れて暑くなりつつある川沿いの道を歩いていく。いわゆる琵琶湖疎水の支流で緑が美しい。結婚式の宣伝写真だろう、川の向かい岸でポーズを取る二人。奥に朱色の平安神宮の大きな鳥居が見えてくる。P1030375

P1030408まだ9時にはだいぶ間があるというのに美術館の前にはすでに列ができていて係員が声をからしていた。ルノアール展とモネ展が同時開催されているのだ。東京で見たもんねと建物と庭の方に興味がある私は素通りし裏手の庭に回るとそこでも宣伝写真のカップルとカメラマン。春ですねえ、というには少し暑い。なかなか良いお庭で、奥の階段を上り庭を一望すると遠くに屋根に一面太陽パネルを貼り付けたような巨大な和風の建物が目に入った。あれは何だろう。美術館なのだろうか。行きたいが少し距離があるようだ。
P1030402
ついでと言えば叱られるが、すぐ奥に平安神宮があったので参拝。御朱印を頂く。昨年秋に始めてまだ1枚しか記入して貰っていない御朱印帳は忘れてはならないと自分に言い聞かせたのにしっかりと忘れていて紙を貰う。ぺらりと紙1枚だとありがたみが少ないような気がしないでもない。300円也。

忙しく回らねばと思いつつ、平安神宮の庭も一巡する。朝早くだと人も少なく気持ちがよい。でも広い。とっても広い。で、途中で切り上げるつもりが結局ぐるぐる回ってしまった。なぜ私の心は冷静な私の頭をいつも押さえつけ勝つのだろう。しかも駅に戻る途中でついふらふらと京都国立近代美術館「オーダーメイド:それぞれの展覧会」も覗いてしまった。

P1030417しかもしかも駅に行き着く前に今度は骨董屋に吸い込まれ、話をしているうちに一旦は却下した野村美術館が近いから是非と言われ、足が既に痛い、暑いとぶつくさ言いながら、でも向かってしまう。がそこでまっすぐ行き着けないのがワタシ。

無鄰菴(むりんあん)はこちらという矢印にふらふら従ってしまったのだ。従って良かった。山縣有朋の別邸で七代目小川治兵衛の作庭とかで、さすがに美しい。休みたいのでお抹茶を頂く。が、まあ、季節柄、生ものは無理なのだろうが、桜餅と書いてあったのに、何だか乾いた不味いキャンデー状に包んだ物が出てきてがっかりした。気持ちの良い緑と風にもかかわらずお腹が文句を言う。

ああ、これだけ歩いても、これだけ見ても、まだ午前中なのだ。

写真はクリックすると大きくなります。
一番上:東山駅から平安神宮方面に抜ける道筋の疎水
右側小:市美術館裏庭
左側:現代美術館から見た市美術館と平安神宮大鳥居
右下:平安神宮の神苑(小川治兵衛
作)
一番下:無鄰菴





ganbare_watashi at 10:34|PermalinkComments(8)TrackBack(0)

2016年05月13日

京都、滋賀、静岡の旅 1日目

P1030315東京駅7:03発ひかり。早々と指定席を取ったがこんな時間にひかりなどに乗るのは安く上げようという魂胆の暇な中高年というわけで、そこそこすいている。晴れているのに海側で富士山は見えない。損した気分。

散々迷ったあげく、結局京都ではなく新大阪から今回の旅を始めることにした。たっぷり時間は取ったのだが見所が多い上に、月曜日に開いている美術館がごく限られているので順路の組み立てに苦労する。

大阪駅で空を見上げる。曇り。晴れなら安藤忠雄の空中庭園に、曇りならきっぱり諦めようと決めていた。その上、熊本はまだ落ちついていない。庭園に向かう長い長いエスカレーターの上で揺れたら心臓麻痺だ。

大阪は数え切れないほど来ているのだが駅も駅前も一変していた。昔、散々うろうろした所を、人に聞きつつあがったり、下がったり。ため息が出る。大阪的混沌の中にゴロゴロを引っ張り入っていった。

向かったのは大阪歴史博物館。博物館と言うから独立した建物かと思ったらNHKと同じ建物にあった。で、面白いデザインの建物だと思ったのは博物館側で、NHK側は手堅い。敷地と建物を合同で建てても融合ではなく独自という面白い道を選んでいる。

ここは地下に浪速宮跡が保存されていてロビーの一部がガラス張りで下の遺跡が見える。この遺跡ツアーが目的の一つ。歴史にたいして興味があるわけではないのに行きたいと思うのは、我ながら不思議だと思ったら、どうもローマの遺跡発掘現場の前にいながら暑さと疲れで素通りした欲求不満が底にあったらしい。無意識の欲求に従ったわけだ。約40分、地下に潜り、ボランティアのおじさんの説明を聞く。連隊駐屯地があったおかげで掘り返されず残ったとか、地理的な浪速宮の価値とか、面白い。土曜なのに参加者は5,6名と少ない。おかげで質問攻めにできたw。もったいないなあ。(写真の灯の柱は下の遺跡の柱の太さと長さも表しています)。

P1030329特別展として「近代大阪職人図鑑」。これまた工芸も好きな私にとって興味をそそる展示だった(ワタシって好き嫌いが多いと思っていたが、何でも好きな気がしてきたw)。人体模型や腑分けの書も興味津々。自在置物や生人形なる精巧な工芸品にも勿論感心。営々と努力しなければならないものを飽きずにコツコツと積み上げていく多くの人がいる。日本人って凄いなあ。努力を想像しただけで、コツコツが不得意な私は気が遠くなる。この先、このような努力を積み重ねられる人は必然的に減っていき、技術大国、職人大国の日本は昔の夢となってくのだろうか。

右往左往しつつ伏見の石峰寺へ。いつもoutlookの予定表を利用して細かくスケジュールを立て、印刷して持参するのだが、寸前まで仕事が混んでいたせいか馬鹿なことに別ファイルにとりあえず詳しい行き方のメモを入れておいたのだが、予定表に入れるのを忘れ、伏見神社隣とのうろ覚えで一旦降りた駅では遠く、戻る羽目に。コインロッカーがなく坂道をゴロゴロ上っていく。急な階段も運んでいく。暑い、重い。普段やらないことをやるための旅だから、筋トレ筋トレと念仏を唱える。

P1030347伊藤若冲の墓に詣で、彼の作と言われる500羅漢に対面。ここでも人影は少ない。竹林の中を風が通りすぎ、あちこちに花が咲き、気持ちがよい。羅漢様は可愛い顔が多い。幸せそうな顔をしているのはこちらも嬉しい。父によく似た羅漢様を見つけた。ヨッ、お父さん、と片手を上げる。あちらの世界で元気にしているかなあ。500羅漢など撮影禁止。残念。
P1030338
ここでまだ間に合いそうだと河井寛次郎記念館に向かう。
思えば10年近く昔になるか、汐留のパナソニック美術館で濱田庄司、バーナード・リーチ他の展覧会を見てから細い糸をたぐって、山崎山荘、ロンドン、セント・アイヴス、益子と巡ってきて、今度は河井寛次郎だ。あちこちで人が交錯し、つなぎ合う様が興味深い。

興味深いなどと気楽に言っているが、駅から遠かった。清水五条駅から徒歩10分とあるのだが、坂道だなとどは書いてない。地図で目印にした建物はない。おまけにかんかん照りだ。暑い。ゴロゴロは重い。苦行だ。でも行って良かった。

P1030350この記念館は河井寛次郎の仕事場兼生活の場であった民家をそのまま公開していて、「建物のみならず、館内の家具や調度類も郤]困離妊競ぅ鵝△△襪い禄集によるもの」だそうだ。彼の作品も多数あるが、それ以外の家具なども面白い。また京都の民家が建て込んだたいして大きいとも思えない屋根続きの中に素焼き用の窯と登り窯が築いてあり、周囲にはごろごろと陶器や破片が残っている。建物自体も興味深い。人気はなさそうな小さな記念館だが、陶器が好きな人にはお勧め。

宿泊のホテルは前も何回か泊まった所で勝手が分かっている。美味しいパン屋が近くにあるので探していくとそこで新しいスーパーが出来ていて美味しいお総菜が沢山あると聞き、各種お総菜や翌朝の食料も調達。ここまでは良かったのだが、ホテルのスパで入念に足を揉みほぐし、その後、気分良くラウンジでついカクテルを飲んでしまった。

沢山歩いて汗をかき、温泉で長風呂し、お酒を飲むと何が起こるか。熱中症。座間味島で経験済みだったのに、またやってしまった。両足が締め付けられるように痛み始め、慌てて水分を取ったのだが、しばらくうなる羽目に陥った。懲りない奴だねえ。

15858歩
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ganbare_watashi at 11:40|PermalinkComments(16)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年05月12日

京都、滋賀、静岡、ぼけまくり旅 はじめに

P1030614あっちでもこっちでもぼけまくりの旅となった。
狙ったのなら良いけど、狙ってないのになぜぼけることになるのだろう。

いよいよ一人旅はお仕舞いにした方がよいかも知れない。
と、少々、心細くなってきた旅からも無事に帰宅した。
まあ、失敗も多かったけど、得る物も多かったから由とするか。立ち直りだけは早いのだ。が帰宅してから一層落ち込むことに。

それは、先ほど届いたメールが原因。

旅行の荷物をほどき、片付けていて、琥珀の小さなペンダントを無くしたことに気付いた。最近お気に入りで良く身につけている。京都のホテルで身に付けようとして暑そうだから止めようと思ったのは覚えている。袋に入れたはずだが袋の中には大きめのガラスのペンダントが入っているだけだ。バッグの中もすべて片付けたがない。ごろごろの中にもない。パンフレット類、地図の類、逆さにして探したがない。

昨年の四国旅では10年ほど前の娘との英国旅行でV&Aで買ったウィリアムモリス柄の傘をどこかになくした。娘は10年も使えばもう十分よというのだが、長年使ったからこその愛着は娘にはまだ分からない。可哀想な私の傘。

何十年も物を無くすと言うことはあまりなかった。K子は飛行機の中にハンドバッグを置き忘れ私のバッグはどこと聞いた強者だが私は常に笑う側だったと書いている側から電車の中で鞄を2回置き忘れたのを思い出した。忘れ物をするようになったのは別に歳のせいではなく昔からおっちょこちょいだったではないかと思い出せば気分は多少晴れる…かなあ。

元に戻るが、ホテルに問い合わせのメールを出したら返事が来た。ペンダントは届いてないが、部屋から7分袖のTシャツを回収しました、だと!初夏の定番、薄いシルクのシャツを部屋に置いてきたことも知らず、バッグの中身を片付けても気付きもせず、なんてこった。

急に不安になった。ペンダントを忘れたとメールしたが、実は家にあったりして…。

昨日と今日、2度、隅々まで探した。ポケットも勿論探した。あるわけない。のに、あった!
アクセサリーの袋の中に。同じような色の大きめのガラスのペンダントに絡まっていた。

平身低頭の、お願い、シャツを送って下さい、ごめんなさい、ペンダントはありました、のメールを書いた。最近頭を下げることが多すぎる。頚椎がつぶれているから上を見るより下げる方が首のためには良いそうだが、下げすぎだ。

旅行記は次回からね。写真は三井寺の観音様。私のために涙を流してくれているようだった。

そうそう、お嫁さんからメールが来た。
帰ってきた?体調崩してない?

胃が痛い。体調崩していると返事をしたら、
マミーのことだから崩していると思ったんだと嬉しそうな返事が来た。娘たちだけでなくお嫁さんまですっかりお見通し。遊びが終わったら仕事の時間。胃も痛くなるよね。

ganbare_watashi at 20:35|PermalinkComments(2)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年05月06日

京都に宿を取る

P1030306何度言っても洗濯物をちゃんと出さないでしれっとしている93歳の母を少し脅した。
そんなに洗濯物が少ないのなら、私もこんなに来る必要はないわね。

そりゃ大変。せっせと出さなくちゃねと母。現金な奴だ。

次に行ったときにはどこから出してきたのかソックス8足、下着8枚、その他パジャマやズボンなど、重くて持ち帰るのが大変だった。

明日から旅行。出し渋っているときに行ければ良かったのだが、気の毒な娘。オニではなく優しい私がいぬ間に洗濯するのだ。お土産を何かと注文してくるだろう。怖いなあ。

実は、4月中旬に3泊分を一度予約していた。それも大津に。

それというのも京都に宿がなかったから。いつもは一休とjaranを主に使ってお気に入りのホテルを予約するのだが、代理店のウエブもホテル自体のウェブも、4月は丸ごと閉じてあった。聞きしに勝る京都人気だ。勿論、海外からの集団のお客様が大勢ということだ。

高い部屋なら開いているのだろうが私はちゃんと分をわきまえているのでw、1泊1万以上は出す気はさらさらない。でも不便な所や壁の薄い安宿は嫌。我が儘なのだ。普段我が儘じゃないからねw。

近所の旅行会社で聞いてみると大津で評判の良い所があるというので一応そこに予約を入れたのだが、一人旅なのに、ツインしかない。1泊1万2千円ナリ。ツイン料金など払いたくないし、娘は一番忙しい時期だよ、無理の一言。常に金がないと騒いでいる友人に無償提供しようと思ったのだが、行きたい場所が決まっているし気分で行き先を変更する気ままな旅なので、面倒。

未練たらしく何時が安いのか、その京都のホテルに絞ってウェブ上であちこち探していると、連休明けの日、月の2日間だけ、多分、最後の1室のようだったが、7500円というのが目に飛び込んできた。即予約。同じタイプのシングルが3万円超まで上がっていたのだから、びっくり。こんなことってあるんだ。

元々がミホミュージアムと静岡の美術館でのルーシー・リーを核にして組み立てていたので、瀬戸に安いがリノベーション直後で清潔、部屋も広いという口コミの所を発見して予約。

しかし、月曜日は美術館が休みでどう組み合わせればよいのか分からない混乱状態となり、あと1泊するしかないと、再度検索していると、今度は明日、土曜日の京都で、そのいつものホテルで1万5千円で空きが出た。スパ付き。どっちみち、スパは入るつもりだったから7500円の部屋よりランクは下がるし、原則は曲げるけど、この際だ、まあいいかと大急ぎで予約。さっさとカードで支払ってから良く見ると軒並み値段が下がっている!

勿論、連休明けだし、桜もないのだが、熊本の地震に某国の団体がびびって大量のキャンセルがでたなと私は踏んだね。今年は来日観光客の数が少々減り経済に影響が出るかも知れない。

熊本はまだ完全には鎮まっていない。四国の中央構造線が動けば伏見に飛ぶ可能性もある。私もびびっているけど、地震国に生まれた宿命だ、怖がっていては行く時がない。見ないうちに壊れたなどと言うのは嫌だ。しかも少しはすいているだろう。

というわけで、明日から4泊5日の京都・滋賀旅行に行ってきます。

[蛇足:娘に今度の日曜は母の日だと指摘された!息子夫婦には旅行を内緒にしていたのだがばれてしまう。母の日のプレゼントもないうえにお土産を要求される〜。母も施設で私を待ちぼうけ。あらら]

写真はクレマチス。二重底の苦難の連続のクレマチスに花が26個もついた。

ganbare_watashi at 11:07|PermalinkComments(6)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年05月04日

日経の記事

P1030304この間の原発の記事に様々なご意見をありがとうございました。

反省することも大事だけれども、それ以上に、子供たち、日本の未来のために、大人である私たちができることは、これから何をどうすればよいのかを考え支援することじゃないかしら。

5月2日付日経朝刊にドイツの原発の話、「原発ゼロ」めざすドイツ−原子力教育の灯けさず(東京版13面)、そして5月3日付日経朝刊には、「チェルノブイリ 30年の現場(上) 副題として観光客に過ち伝える/フクシマ、若者が動く、キエフ工科大学長のインタビュー「廃炉ロボで日本と強力を」(東京版13面)」が載っていたので、関心がある人にお勧めです。

イデオロギー論争や思い込みを廃した中立的な科学の視点からの良い記事だと思いました。
チェルノブイリに関する記事はこの後「下」が続くと思います。

ドイツは原発をすべて止めたと思っていましたが、まだ動いていました。ドイツは陸続きに原発大国のフランスもあり、日本と違い止めても電気の供給に不安はないはずなのですが。

以下は記事のざっくりした要約です。

ドイツでは水素・原子力エネルギー研究所のメンバーが5年前と比べて1.5倍以上に増え、様々な安全性を高める研究などに取り組んでいるが、優秀な若手研究者を引きつけるための研究プロジェクトとして、次世代原子炉の研究を行っており、炉心誘拐を起こさず安全性が高いとされる高温ガス炉の研究では日本などと連携を進めたいという。ドイツにはそれ以外にも廃棄物処理研究所などで処理技術の研究も行われている。

福島の6倍の放射性物質を放出したチェルノブイリではようやく来年から廃炉作業に入るが、いつ廃炉に出来るのかは分からないという。高度な技術が必要な核燃料の回収方法もまだ未定だ。福島では工業高等専門学校生たちが昨年から始まった「廃炉想像学習プログラム」で、東大などと連携して放射線や廃炉工学の知識を身につけようとしている。

希望の芽が出てきているような、明るい気分が多少ですがしませんか。

ganbare_watashi at 21:11|PermalinkComments(4)TrackBack(0)ちょっとは考えたかな話 

2016年05月01日

コワイコワイ

P1030273仕事柄、セキュリティには気を遣っている。

勿論、ウイルス対策の有料のプログラムは入れているし、メールも有料サービスに入っていて怪しいのは弾いている。

携帯のメールに関しても、これまでおかしなものなど入ってきたためしはなかった。

なのに、なぜだか、昨日、携帯に1通の英文の手紙が。
以前も通知したとおり、まだ1545ドル(うろ覚え)が支払われてない。添付を見るようにとかそんなメールだった。

ムム、これは詐欺メールだ、さもなければウィルスばらまきメールだ、添付など見てたまるか。

速攻、削除した。削除してから、そうだ、警察に届けた方が良いかも、と気付いたが、携帯には削除したメールを保存する所がない。

ま、削除してしまったし、しょうがないのだが、気分が悪い。海の向こうから直接に難癖付けにやってくるなんて、ああ嫌な世の中だ。心臓がいくつあっても足りん、などと思っていると、今度はクロネコからお届け物のメールが到着。

送り主は通販会社。買った覚えはさらさらない。誰か奇特なプレゼントの主がいるか、思い浮かばない。誕生日でもなし、母の日はまだ、上の娘とは戦闘中。息子の所は転職したばかりで金欠。下の娘は手渡しする。ついでにいえば母は施設で、この間の雑誌は面白くなかったから別のを買えとか、自分が何を欲しいか忘れたけど欲しいから買ってこいなどと言う。

もしかして、ぼんやりとカタログでも見ていてうっかり購入してしまったのだろうか、さっきの1545ドルはこれなのだろうか、やっぱり、私、痴呆症に近づいているのだろうか。不安が雲のように湧いてくる。

先ほど、荷物が届いた。封筒状の小さな荷物。送り主の名はない。嫌がらせかも。
ドキドキしながらいざとなれば返却、または警察に届けようと破らないようにそっと時間をかけて封を剥がしてみると、ミニのソーラー懐中電灯だった。英文での説明が印刷されている。それだけ。誰だ。何でだ。分からん。

こわごわ封筒の中を探ると、中にぴったりと貼り付いて紙が1枚。上の娘の婿殿の名前入りの送り状だった。ご丁寧に金額まで書き込んである。1545ドルではなく4104円。

こういう間の悪い時に送ってくるなんて、さすが娘。それとも、離島は送料が高いから、ウチを経由地にしてチョコ等を詰め込んだ大きな荷物にして送らせようという腹なのだろうか。電話しても出てこないが今度はこっちが攻める番だw。

それにしても、1545ドルねえ、英文で日本の携帯会社に送りつけても割に合わないと思うのだが…。もしかして、息子が関わっている?イヤイヤ、それはないでしょ。本当に?ウーム。

頭に刺激を与えると呆けないなどと言う。これほどの刺激を全身に浴びているので安泰?まさか。

ganbare_watashi at 10:40|PermalinkComments(7)TrackBack(0)いろいろあるよね 

2016年04月24日

様々な視点−原発について

原発要らないと即座にはっきり言えたらどんなに良いだろうと思う。

ウン十年前、原発反対の署名運動をした。環境問題にも取り組んできた。その上で、原発は必要悪だと納得した。電気がなければ日本は1日もやっていけない。放射線で1人も死ななかったが、真夏に都会で電気が数日止まれば数万人の死者が出てもおかしくない。農業も電力なしでは成り立たない。電気がこなければ水もでない。

原発が必要だった理由の1つが電力の安定供給だ。

石油原産国に振りまわされるのを避け、安定した電力が供給されなければ、近代工場など操業することは不可能だ。石油ショックの際の騒ぎも覚えている人は多いだろう。堺屋太一の「油断」を読んで、ありうると鳥肌が立った。第二次世界大戦のそもそももも石油が大きな原因の1つだと聞いている。

太陽光発電など自然由来の電力は3.11の後、急ピッチで伸びているが2013年現在でまだ2.2%に過ぎない。つまり今でもまだ微々たる割合に留まっている。その上、パネルは地震で壊れても発火するし、自然破壊ももたらす。また日本のように台風、大雨などに絶えずさらされる国では安定した電力を太陽や風などに頼ることは出来ない。

化石燃料、特にコストの低い石炭での火力発電所の建設も進められているが、世界では石炭はCO2を排出し、空気を汚染すると禁止の方向への動きがある。おまけに、中国などの電力消費が増大したあおりで石炭輸出国だった中国は輸入国に転じ、受給が逼迫、コストは増大してきている。

京都議定書での約束、その後の協定で、日本はCO2排出量を2030年度に2013年度比▲26.0%(2005年度比▲25.4%)の水準まで削減することを約束している(環境省データ)。できなければ巨額の賠償が待っている。途上国から排出権を購入したりもしているが(ここでも多額の資金流出)、すでに乾いた雑巾を絞ると言われるほど省エネに取り組んできたその上だから不可能だというのが多くの見方だ。つまり歳出が大幅に増加するだろう。高齢化による福祉関連費用の増大に加えてだ。

原発を止めたことにより、東日本大震災から4年間ですでに11.5兆円が煙となった。地震対策、福祉費用、高齢化・少子化対策、その他諸々に有効活用できたかも知れない巨額の資金が煙になったのだ。この先も同様に煙となる。

個人も企業も省電力を目指して頑張っているが、まだまだ道は遠い。私事だが311以前と比べ電力消費量は2割ほど減少したが、これ以上の削減はもう無理かもしれない。

経済産業省の「エネルギー白書」をベースに書かれた日本の発電力の供給量割合[最新版](火力・水力・原子力・風力・地熱・太陽光等)に詳しいので関心がある方は参照していただきたい。

ここに中国問題が加わる。
南沙諸島、西沙諸島の領有権を主張し、すでにミサイルを配備し、滑走路も完成している(2月17日付BBC)。
中国は国内問題が爆発寸前と言われ、そのようなときには外にたいして攻撃的になるのが常で、周辺諸国との緊張感が増している。

このBBCの地図を見れば一目瞭然だが、これらの基地は日本向けの石油タンカー等、物資運搬の航路に当たる。つまり、何かあれば、石油の輸入がたちまち止まるのだ。そして中国は沖縄でさえ元は自国領土だったと公然と口にするほど攻撃的だ。

福島以来、原発が怖い、地震国でしかも活発化している。心情はよく分かる。私だって怖い。

しかし、福島原発は地震では壊れたのではない。津波による電源喪失で水を循環させることが出来ず爆発した(福島第一原子力発電所−WIKI)。替えの電源を確保できた福島第二は問題を起こさず避難民を受け入れた。
なぜ代わりの電源がすぐに入手できなかったのか。

福島第一原発が米国のGE製だったために、すぐには取り寄せられなかったのだ。もちろん、あの津波の惨状で道路は寸断、がれきが山積だったこともあるが日本製であったらもっと早く入手できただろう。ではなぜ米国製であったのか。

その頃生じていた激しい日本叩きと関係があると私は憶測している。米国から何か購入する物がないか日本から買い物の使節団が渡米したこともある。私がいた某都市では日本人と間違えられた中国人男性が殺害されるという事件も生じた。多数の米国企業が競争に負けて苦境に立たされていたためだ。

電源が喪失しなければ、爆発は生じなかった。そして電源問題は解決されているし、耐震対策も、地質調査も新たになされた。

また、停止するだけではリスクは同じだ。
点検中で分解停止していた4号機が一番危ない状態に陥ったという。
廃炉には取り出したプルトニウムの処理などの困難な問題がつきまとう。ならば古くなるまでのある程度の期間、使用した方が合理的ではないか。

さらに、原子力関係は裾野の広い分野である。関連企業も関連技術も多い。日本には今まで蓄積してきた多くの技術があるのに、それがなくなったら、この先の廃炉に至るまでの期間の点検、メンテナンスなどの技術者の育成はどうなるのか。

また周囲には大量の原発を抱える国が存在する。例えば、韓国は30基といわれ、原発がクリーンなエネルギーを創出するからと中国は270基を計画・建設している。これらの国での管理はどうなっているのか。ただでさえビルや鉄道の崩壊や事故の多い国なのに、非常に怖い。日本の技術で助けられるかもしれないのにとも思う。

以上を考え合わせると、順次、減らして将来は無くすにしても、八方ふさがり。当面、原発は動かさざるを得ないとしか思えないのだ。

尚、人それぞれ、考え方が違うから面白いと思っています。イデオロギーに偏らない異論、反論がある方、どうぞ。

ganbare_watashi at 19:31|PermalinkComments(18)TrackBack(0)ちょっとは考えたかな話 

2016年04月18日

ちょっと嬉しいことがあると…

お嫁さんの実家が震源地に近い新八代にあるのでどんな大変なことになっているかと心配していた。

実家のお父さんは入退院を繰り返していて無職、お母さんが働いて支えている。失礼だが、かなり内情は困っているような気がする。近くには断層があるようだし、今回の連続した地震で北東方向に10キロ伸びたとか、活断層が27キロ動いたという恐ろしい話だし、この先、どこが動くか分からない。

道路は寸断しているのだろうか、どうなんだろう。逃げられるのなら少々カンパするから上京するようにとお嫁さんのSちゃんに伝えていた。

息子の所は2LDKだし、押し出されてウチに来ることになりそう。で、私は押し出されて下の娘の所だなと覚悟して、下の娘に泊めてねと前もって頼んだりしていたのだが。

さっき、Sちゃんに電話をしたら、お母さんは、仕事が忙しくてそれどころじゃない、上京しないよと言ったという。

ああ、良かった。仕事が出来るほどの状況なんだ。仕事には車で行っているので道路状況も悪くない場所なんだ。一安心。良かった、良かったを連発していると、

お嫁さんは末っ子の3歳児を医者につれて今帰っているところ。昨日から吐いて大変なんだと。

やれやれ、お正月過ぎから次々に3人の子供プラス息子夫婦は順繰りにおたふく風邪、インフルエンザ、普通の風邪と罹ってきて、ようやく落ちついたと思ったら今度はお腹の風邪だという。あーあ、マスクしろと言われたけど、私もうつるのかなあとSちゃん。あーあ、上の二人もうつるのかなあ。

子守に狩り出され、私もうつるのかなあと心の声。すっかり安心とはなかなかいかないようだ。

ganbare_watashi at 12:22|PermalinkComments(8)TrackBack(0)いろいろあるよね 

2016年04月16日

熊本地震

[追記あり]区の防災メールを受信する設定になっている。

寝ていたら、次々に受信の音が鳴り、寝ていられなくてとうとう起き出した。

何事かとテレビを付けたら大変なことになっていた。

14日夜の震度7の熊本県での断層のずれと見られる激震が本震だと思われ、その割には強い余震が何度も続くと思っていたら、午前1時25分頃の熊本県熊本地方での震度6がどうやら本震だったらしい。マグニチュード7.3いう巨大地震である。

どうやら震源が南に移動しているらしく、南阿蘇地方に被害が出ている。書いている側からTVからは緊急地震速報が次々に流れてくる。範囲も広くなっている。断層に沿って動いているのかも。

前日の地震では震度の割には被害が少なく、局地的な被害に留まっている、津波も発生していないと、一旦は安心したのだが。大きな断層のずれだとすれば、まだしばらく続くだろう。実はこれが日向灘を震源とするM.8.7の巨大地震の前兆ではないかという説を、昨日、読んで少々嫌な気がしていたが…。

熊本辺りは地震が少ないと思っていたのだが、災害はそれまで被害のなかった空白地域を狙ってやっているような…。

大規模な改修が終わって間もない熊本城が14日の地震で石垣などに大きな被害を受けたのだが、今日の地震で更に被害を受けているだろう。

地震国の宿命ではあるのだが、日本中、どこにも逃げようがない。

出来ることは自分の身は自分で守れるよう、整え、備えること、地震が生じたら、隣近所と協力して出来る限り助ける側に回ること、そしてデマは流さないということしかないかも。そして明日は我が身なのだからしっかり寄付しよう。

これで当分、外国人観光客の雪崩のような勢いは抑えられ、爆買いもなくなるとなれば、浮揚しかけている景気もどうなることやら。明日月曜日の日経平均は大きく崩れるだろうな。

朝になったらお嫁さんに実家のご両親にしばらく上京してもらえばと勧めてみるつもりだ。これが本震なら1,2週間もすればある程度は落ちつくだろう。

八代市でかなりの規模の火災が発生しているようだ。あーあ。

[追記]専門家でさえ、この熊本地震には困惑しているようだ
リンク先のデータは専門的で私には手が余るが、眺めているとなにやら方向が見えてくる人もいるのでは?少なくともこの地震が複雑なメカニズムで動き、いくつかの活断層が活発化していることは分かる。いよいよ紀伊半島沖の大地震も心配しなくてはならない時代に入っているようだ。

熊本城の被害はひどいが、近くの永青文庫の美術品、文化財などは無事だろうか。多数の美しい古民家は無事だろうか。

ganbare_watashi at 04:02|PermalinkComments(9)TrackBack(0)ニュース・事件