あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

前回、息子一家がやってきたときの話だが、もしや中に入るかもと急いで散らかっているものの一部を押し入れや棚などに押し込んだりしたが、Sちゃんには、なんせ、体がねえ、コホンコホンと、昔テレビでよくやっていた臭い芝居のように、掃除してないことを弁解したのだが、Sちゃんは、いつもより綺麗だよと答えたのだった。

こういう所が好きなのよね、ワタシw。もうあっけらかんと普通の人なら遠慮して言わないことも最初からズバズバいう実に男らしい性質なのだ。裏など逆さにしても出てこないだろうなあw。

息子は1月に転職したばかりの会社が気に入らないと早くも辞めることを考え始めている。まあ、手にも口にもw職があるから心配していないが、どうやらコロナで自宅勤務が続く内に本来の自分の居場所を見つけたらしい。

それが家の中w。Sちゃんは料理が下手。家事も上手いとは言えない。多分、掃除はワタシよりだいぶマシだろうけど、子供4人なのでいつもひっくり返っていて、片付けろと子供たちに命令しつつ動くのは息子だし、料理も息子の方が上手い。洗濯物を素早く見事に畳むのを見てびっくりしたことがあったが、この男、自宅では何もせず全部ワタシ任せだったのが、やり出したら家事が向いていたような…。

で、ビックリなのだが、Sちゃんが息子が辞めた会社に息子が抜けた穴を埋めるように雇用されたというではないか。子供たちをどうするのか、ワタシはもう役に立たないけどと戦々恐々としていたら、社員だが最初からリモートで働くという。SちゃんもIT関係の技術者なのだ。

世の中進んでるねえ…。だが、息子はかなりの高給取りだったからSちゃんだけの給料ではどうするのか懸念が残る。まさか、新婚当時のように二人してワタシから毟ろうとは考えていないだろうね。

ワタシはねえ、コホンコホン、働く力も気力もなくした可哀想なお婆ちゃんだよ…と老人力を遺憾なく発揮していき、何なら二人からお小遣いまで貰うつもりだw。よろしくねw。

本来なら、イソイソと出かけていたはずの土曜日は、台風の余波でザアザア降りだった。
温泉もアワビも空中に消え、ついてないと思ったが、実はついていたらしい。
何日か前のキャンセルだったのでキャンセル料は取られなかったし、本来なら留守にしていたはずの台風一過のピーカンの日曜日、息子一家が大量のおやつやチーズその他諸々の食料品を下げてやってきたからだ。

手術の後、娘二人と妹が頻繁に連絡をくれ、手助けしてくれ、大量のレトルト食品類を送ってくれ、お百度参りまでしてくれた友人たちさえいたのに、長男がウンでもスンでもなく、連絡もないとは何事だと、プンプンしていたのだが、日曜日家にいる?と電話がかかってきたので、大げさにw、心臓の手術をしたというのに何の連絡も寄越さない、容態を心配するでもない、全く、君は何なのよとぶつけると、ちゃんと連絡したよ、ねえSちゃん、お嫁のSちゃんもK君、連絡したよ〜とのんびり返事する。またまたあの二人はもう〜。

ワタシはいつ死ぬかも分からないのだから生きてる内にせっせと親孝行しないと後で後悔するよとエラソーに文句を言って電話を切った後、スマホやパソコンを調べたら、ごく短いメールが2通、大丈夫かというのと、何か食べ物持って行こうかというのが入っていて、しかもしっかり私は読んでいたw。

あんな短いメール、何でも忘れるこの私が覚えているはずないと威張ってやろうかとも思ったが、しかし、一杯文句を言ってしまったから大変、やはりこれは攻守所を変えて謝らなくちゃとしおらしく考えていたのだが、集団がドドドとやってきて、中に入れないつもりが、弱気になっているので良いよと入れてしまい、あわててあちこち開け放ち、換気扇をいくつもまわしている間に子供たちが一斉にしゃべり出し、おもちゃを引っ張り出し、息子とSちゃんは自分たちでグラスを引っ張り出し、私が買いだめているw缶ジュースを持ち出し、持参の大量のお菓子とお土産を積み上げ、こちらは目が回り、そうだ謝るつもりだったのにと思い出したのは帰った後だった…。

しかし、まあいいか。成人した息子に思いっきり文句を言ったのは初めてだったのだw。なんせ縦横大きいし、悪かったからねえ、やんわりとか、遠回しにしか小言が言えなかったのが、思いっきり言ってやったのだからスッキリした。こちらの誤解だったけど、息子の方も私との距離が縮まったように感じているかも知れないw。

少し前、上の娘に息子がちっとも心配しないと愚痴をこぼしたら、誰もが何でも口に出す訳じゃないのよ。思っていても言えない人も言わない人もいるんだからと、すぐ癇癪を爆発させてガウガウ怒る娘だったのがすっかり落ち着いた大人のような面を見せて、少しは大人になりなさいと私に宣ったのも嬉しい出来事だった。といっても、40代半ばなんだから当然なんだけどねえ…。ということは70過ぎのワタシの立場はどうなるのだ…w。

心臓の手術以来、終わりの始まりを実感しているのだが、手術して良かったと思えたし、アワビも温泉も逃したがこれはこれでとても良い週末だった。本当だよ。

須賀敦子さんの文体が好きで彼女の本があればよく読むのだが、といってもブックオフや図書館にはなかなか出回らないので多数読んでいるとは言えないが、現在読んでいる「遠い朝の本たち」の中に、高校時代に読んだ本「人間のしるし」にまつわるエピソードが書いてあって胸が揺すぶられた。

高校2年生くらいから21,2歳くらいまで仲良くしていた男子がいた。といってもロマンチックな関係というのではなくまさに親友だった。彼とはあらゆる事を議論したが、映画や本の話を一番した相手は彼だった。

私は山手線で駒込へ、彼は中央線で吉祥寺へと分かれる分岐点、新宿駅の山手線ホームへ上る階段横で学校の帰り道に毎日のように何時間も立ち話をしていた。

そしてある日、彼がこれは必須だ絶対読めと差し出したのがクロード・モルガンの「人間のしるし」だった。熱くなって読んだ。が、その後私はボーボワールの「他人の血」という本を読み、私は他人の血を犠牲には出来ないと人間のしるしの影響から脱却したのだが…。

ヤツは大事な親友だったのだが、大事だからこそ私の恋の対象にはなりえなかった。それに、困ったことに私は馬鹿な度しがたい面食いだったのだ。ヤツは高校時代からの共通の友人と結婚した。良く気のつく女らしい人だし、お子さん2人に恵まれ、社会的にも経済的にも恵まれた幸せな結婚だったと思う。

今回、私は幸運にも復活したが、彼は、50歳半ばを過ぎた頃に心房細動からの脳梗塞で会社で倒れ、緊急手術で九死に一生を得た代わりに優秀な知能とかなりの記憶を(字は忘れていたが私のことは覚えていてくれた。)、そして仕事も失ってしまった。最近、彼のことを良く思い出す。大事な友人だったことも、そして私がやった意地悪も。

倒れた後、1度見舞いに行ったし、彼女に電話をして様子を聞いたこともあるが、私の存在は彼女には目障りではないだろうか。嫌な思いをさせたくないので、電話する勇気がでない。元彼女じゃないと納得していても、例え私の一方的な思い込みであったとしても、女であって親友というのはもっと嫌だろうなあ。どうしているだろう。様子を聞きたいが、もうこの世にいないと言われるのはもっと怖くてできないでいる。

城山三郎氏は「どうせ、あちらへは手ぶらで行く*(追記:死後発見された日誌。先に亡くなった奥様への慕情に泣けてしまう)」というが、どうやらこの分では、凡人の私は大量の煩悩をひきずってあちらへと行くことになりそうだ。これぞ人間のしるしかも。ウサギは煩悩にまみれたりしないよね、きっとw。

*城山氏の手ぶらで行くというのは多数の忘れ物、見つけられない物のことが対象。
下に詩を書き写しました。さて私のなくした物はどこで待っているかしらね。

歩け 歩け
このごろ わが家では
いろいろな物が歩き出す

メモが歩く
眼鏡が歩く
鍵が歩く
原稿まで歩く

約束も歩く
言ったことも
言われたことも
歩き出す

歩くだけならいいが
駆け出すやつもいる
百キロマラソンに
出かけるのもいる

たいていは
忘れた頃戻ってくるが
そのまま天国に行って
待っているやつもいる

どうせ あちらへは
手ぶらで行く
みんな気ままに
天に向かって
歩け 歩け



[追記あり] 温泉もアワビも空中に消えていきました…。昔、ムード歌謡というジャンルが全盛時代にシャボン玉のように消えていったみたいな歌があったなあ。旋律の切れっ端が頭に張り付いて動かないが、その前後が全く出てこない。気持ち悪いが、なんでも忘れていくのよねえ。

空中に消えた理由は、前回のあんこさんへの返信に書いた通りだけど、結局術後1ヶ月少々では心臓はまだ不安定だったということに尽きる。
たいした発作じゃなかったけど、旅先で発作が出れば妹たちに確実に迷惑を掛けることになるし楽しめない。娘は途中まで送るなどと言い出すし、周囲を巻き込むのは本意じゃない。ヨシヨシと慰めて貰うのは好きだけどw。

と言うわけで、かなわぬことと、ため息をつきながら諦めました。これまた昭和の歌謡曲っぽい発想w。

ノンちゃんマンの父上は昨年だったか1泊2日のアブレーションを受けた後、3ヶ月間安静にするように言われていたらしい。私の方の先生は1ヶ月は運動やアルコールを慎み、その後はゆっくりと元に戻すとのことだったけど、父上の手術よりもっと徹底した処置だったから1ヶ月過ぎたからとホイホイ旅行に行って良いような状態ではなかったのかも。まあ、術後2ヶ月ほどは心臓が不安定だと言うことは聞いていたのだけど、ウロウロするなとは言われなかった。婆さんは家で静かにしているものだと思い違いしていたのかもしれない。婆さんでも色々いるんだけどねw。

ちなみにノンちゃん父は手術の数ヶ月後に母上が用事で家を離れるとき、不安だというのでノンちゃんマンが実家に泊まりこみに行ったという。

ワタシャ、退院当日もその後もずっと一人暮らしだよ。もしや、私って、かなり男らしいのかも。

[追記] mitsuさんがこれはという歌謡曲名を調べて下さいました。
昔の歌謡曲の歌詞っていいなと、流石のじゃじゃ馬だったワタシもしみじみする歳になったようです。驚きw。

黒澤明とロスプリモス「ラブユー東京
井上ひろし「雨に咲く花」44歳で生涯独身で亡くなられていたんですね。

それぞれの人生、色々な人生。誰にでも終わりは来る。私にも見えてきたので大事に生きなくちゃ、ね。

春先に、秋に4,5泊でゆっくり直島を含め、山陽、山陰を廻ろうということでK子と衆議一決。11月初めを予定して、スケジュール作りを任されていた。

旅行までに間に合わせたいのでササッと手術も受けたのに、日程を確認しようとK子に電話したら、なんと、とても無理だと思ったからご主人と行くことにしてすでに予約したというではないか。しかも来週出発だと。信じられない〜。一言くらい言ってよ〜。手術前も手術後も電話くれたのに一言も言わないなんて。40年近い付き合いなのに、なんてこった。娘はコロナ下だからマミーと行くよりご主人と一緒の方が安心だからよと慰めてくれたが…。

愕然として娘に一人旅に変更すると言ったらもってのほかだ、旅行に行こうと言うこと自体が信じられないと説教され、ならばせめて長野の上の娘の所に遊びに行こうと考えついたら、もっと叱られた。東京から来られたら迷惑でしょ、止めなさいという。ごもっとも。当然です。でもでもでも、どこか行きたいとべえべえ騒いでいたら、下の妹が救いの手を差し伸べてくれたw。

温泉に予約するから一泊泊まりで一緒に行こう。車で自宅まで送り迎えするから感染の恐れもないよと。

なんて素晴らしい妹でしょう!持つべきものは優しい妹だね。ワーイ、ワーイの連発。近場だけど、もはや山陰などどうでも良いw。アワビの調理法の選択などしているうちにますます昂揚w。

出発までまだ少しあるから、置いて行かれないよう、身を慎んで、体調を崩さないように気をつけようっとw。

赤紫の脚を持つ女の称号はいよいよ返上となりそうだ。ついに、赤や紫は右足の甲と指の根元辺りにまで後退、周辺が紫がかっているだけとなった。オ〜ホホホホ。

だいぶ楽に歩けるようになったのだが、不思議なことに、普通の速度で歩けるときと、亀の歩みになるときがある。これって、何なんだろう。脈を取るが別に特段変わったところはない。速く歩こうと思っても歩けないかと思うと、意図していないのにトットトといつの間にか早足で歩いているときとがある。

不思議を感じることもない人生の黄昏時だと思っていても、不思議は不思議なほど多数わき出てくるよねえw。

3ヶ月ごとに受けている定期検診でいつもの循環器に行ってきた。3ヶ月前には中肉中背より少し痩せていたI医師がビックリするほど丸くなっていた。パンパカリンだ。一体何がどうしたのだろう。執刀医N医師の針金のような体型と対照的だ。なぜそんなに短期間で姿形が変わるほど太ったのか聞きたかったが我慢した。次の検診でも丸いままなら聞いちゃおうかなあ。

N医師はI医師に手術後の画像をすでに示していて、これだけしっかり手術していたら、再発の可能性はほとんどないとI医師が太鼓判を押した。安心した〜。嬉しい。僕は技術が命だと言っていたN医師の面目躍如だ。で、気分良く診察は終わったのだが、どういうわけかその日、病院はこれまで経験したことのないほどの混みようで、会計が進まない。いつもは病院前の薬局に処方箋を出してから病院に戻り会計を済ませ、薬局に戻ることにしているのだが、会計前の人だかりにソファーや飲み物完備の薬局でお茶でも飲みながらゆっくりしようと薬局へ戻った。

こちらは待つまでもなく、お茶を飲む暇もなく、すぐに大袋一杯の薬が出てきた。袋をぶら下げデパ地下は止めてまっすぐ帰ろうと地下鉄目指して10分近く歩いたところで、病院の会計を済ませてないことを思い出した。

あ〜あ。やってしまった。会計せずに帰るわけにはいかない。しょうがない。来た道を病院に戻り、さらにしばらく待ってようやく会計を終え、外に出たが、同じ道を行くのがどうも気が進まない。途中で道路工事をしていてその人の前を通り過ぎてすぐにUターンしたから再度前を通りたくない。婆さんにも自尊心はあるのだ。で、今度は別方向の私鉄の駅の方に歩き出し、意図せずして、本当だってばw、気づいたらターミナル駅のデパ地下の中にいた。

来ちゃったものは仕方ない。お総菜と野菜類を買い込んで、でもお利口に、ケーキはじっと眺めたけど、買わずに帰ってきた。実はノンちゃんの誕生日のケーキのお裾分けを、ご丁寧に娘が私が1度に食べないように小分けしてサランラップで包んだものを貰い、2日連続で食べたところだったのでケーキ渇望症から抜けていたからだが、今頃、やはり買えば良かったと後悔の念が沸き上がってきている。だいたい、食欲が落ちているんだからケーキぐらい毎日食べても良いはずだ、と、娘に言えば怒られるから虚空に吠えるw。

今度デパ地下に行けるのはいつかなあ。毎回採血されるのは嬉しくないが、次の検査日が待ち遠しい…。

8月末に術後初めて遠出した。行き先は昔からの行きつけN病院。手術を担当してくれたN医師はこのかかり付けの病院には週1回午後だけ助っ人としてでてくるので大抵、患者は待っていないし暇なのを知っている。手術をしたM病院では忙しく待たされるのでN病院での診察をお願いしていた。指名できるなんて贅沢の極みだけどね。

しかしどう考えても地下鉄の階段を上り下りし長いプラットフォームを歩く自信がない。脚は全面赤紫色だし、痛みも依然としてある。心臓も機嫌が最高というわけでもない。色々調べたら、バスを2つ乗り継げば時間はかかるが病院前に着くことを発見。1時間以上かかったがバスは両方ともガラガラ座って到着できた。

思った通りN医師の患者はいず、午後の部の1番だったが、1時間以上待った。顔なじみの60代と思える看護婦さんが、ご免なさいね、内職してるのよと言い、診察に入ったら看護婦さんが、先生、2時間も前から待っていたのよと私の代わりに医師に文句を言うw。N病院は勤続年数の長い看護婦さんたちが大勢いて居心地が良い。私がそこに通う理由でもある。N医師は私の子供たちくらいの年齢だから看護婦さんもそういう目で見ているのかもw。

脚の件だけでなく、心臓が少々不安定で心房細動も1度感じて薬を服用したことを報告。すると、僕は自分の技術が誇りだし、頼りなのに、それがダメだったら僕の価値はないんだとションボリして悲しそうに言う。小さな男の子みたいだ。「俺は男だ」の看板を背負っているみたいな先生が小さくなってしまった。ヨシヨシ大丈夫だよと、撫で撫でしたくなったくらいだw。

しかしねえ、人の価値がその人が何かを成し遂げられるからあるのなら、仕事を辞めてゴロゴロしているだけの、誰の役にも立ってないワタシはどうなるの。先生が手術する多くの人たちの価値は?そこからナチスみたいな極端な思想まで一足飛びなんだけど…。

勿論、そんなことは質問したりしないし、若者には答えられないことだけど、その言葉がずっと胃の縁にでも引っかかっているように何度も思い出しては反芻している。ワタシは今、何を出来るのだろうか、できることはあるだろうか、生かして貰っているのはなぜだろうと。

手術自体はとても綺麗に出来たと自信作だったようで、その後少し元気になって、あなた色々調べたでしょう、それで気になったんじゃないのと言い出した。神経質なんだよという。神経質だったら、部屋はもっと綺麗に掃除も行き届いてるわいと思うのだが、神経質なのに部屋が乱雑で服にシミがあっても平気で着ているワタシみたいな人もどこかにいるのかなw。

人間は心と同じく体も千差万別だとワタシは思っていて十把一絡げに断定されるのははしゃくに障るw。実際に脈が乱れたり、痛みが出たりしているんだもの。で、ちゃんと患者の話も聞いて下さいと説教してしまったが、すぐに可哀想になり、色々おかしな事がワタシには起こるけど、落ち着いてきているし、きっと2ヶ月も経てば大丈夫なはずだからと慰め役に回り、彼もそうなんだと元気になり、めでたしめでたし。

で、病院を出たら、いつの間にか徒歩15分ほどの地下鉄の駅めがけて歩いている自分に気がついてビックリした。歩けるじゃんw。

そう、医師の手は癒やしの手なのよね。最近の医者はそのことをちゃんと考えないし忘れることにしているようだが、脈を取り、聴診器を当てて大丈夫というその言葉で病気が良くなる場合もある。ワタシの心臓も一気に元気になることにしたらしい。夜には魔法は解けてしまったけど。これって、ワタシ、神経質だから?そんなあ〜w。

先週のこと、夕方になったのでノソノソと近所のスーパーまで買い物に出かけた。
その数日前に少し多く買って帰り、階段を上ったら発作が出てしまったので(運動はしばらく控えゆっくり再開するようにという注意があったが慣れているから階段を荷物を抱えて上るのが運動に当てはまるとは思いもしなかったw。5階までって毎日相当な運動をしていたのね、ワタシw)、以来、ゆっくり歩行の専門家になったつもりで歩いているw。

スーパーを出たところで、マミー、という呼びかけが…。夕方早い5時過ぎという時間に男性の声。そこには家出のような大荷物を横に置いてベンチに座っている娘の夫ノンちゃんの姿が。

次々とよくまあ騒ぎが起きると笑っちゃうのだが、笑い事ではない。彼の同僚がコロナに陽性となり彼は濃厚接触者として会社を追い出されたのだった。ベンチで何をしているかというと、せっせとホテルを探していた。帰宅途中で有料のPCR検査を受けたが結果までに4時間とか5時間とかかかるというので結果待ちの間も自宅にいてはならないと潔癖なノンちゃんは家出少年のようにスーパーの前のベンチで午後を過ごしていたのだw。

ホテル滞在だと発症しても放置されることになり危ないので娘をウチで預かると提案したのだが、娘も濃厚接触者の濃厚接触者ということで研究所を2週間締め出しとなってしまい、すでに感染している可能性もあるからとウチに来ることを拒否された。残念w。
幸い二人は3LDKに住んでいるので、冷房をつけ、窓を開けw、換気扇をつけ、マスクをつけて別々の部屋で暮らすことにして家にこもった。

なかなか大変なこった。昨日、2度目のPCR検査も陰性と分かったので、ようやくマスクを外して暮らせると娘。四六時中、家の中でもマスクをつけての生活って想像するだに大変だ。私と違ってやたら我慢強い娘がわずか2,3日でかなり参っていたほどだが、これで陽性だったらどれほど大変だったろう。報道で分かったつもりになっていたが、具体的に動線など日常生活と併せて考え想像してみればいやあ、実に大変だ。

コロナの恐ろしいところは無症状の感染者がかなり存在するところだ。友人や近隣の人たちと気軽に行き来し、食事をしている人たちが大勢いるが、これだけ蔓延しているのだから相手がすでに感染しているという危険性を毎回考えることが大事かもね。

今年4月頃にコロナに感染した年下の友人がいて今はすっかり元気なのだが、自宅に酸素吸入器を置き、未だに時々苦しくなり吸入が必要となるらしい。コロナは人により症状が大きく違い、彼女は数週間入院したというのに、彼女のご主人は7度少々の熱が1日出ただけですぐ下がり、違うと思うが念のためと検査を受けたら陽性だったのだが他に症状はなかったという。

相手が元気そうでも、自分が元気でも、コロナに感染しているかも知れないと考えて行動することが大事だろうね。

ちなみに、ノンちゃんマンは、その同僚はマスクから鼻を出してた、だらしないヤツなんだと腹を立ててた。やっぱり息苦しくても鼻はきちんとマスク内にしまって置いた方が良さそうですw。

そうそう、ノンちゃんのPCR検査費、保健所経由でないので4万円近かった。痛いのは頭や肺だけではないですぞ、各々方。

病室より横1前日の痛い上に屈辱の全身麻酔に続いて、全身麻酔の第2弾目!!
全身麻酔を2日続けてなんて、ホント、嫌だけど、じゃあ麻酔なしでと言われたらもっと嫌だから大人しく口をつぐむw。

夜はICUで過ごすことになっていて持ち込む物にはすべて名前を書いたスティッカーを貼る規則になっていると歯ブラシ1本にまで書いては貼る看護婦さんをお手伝い。昼食抜きだから話をしている方が気が紛れるから自分のためでもあるw。しょっちゅうご飯抜きになる…ううう。持って行く物を袋にまとめたところで読みかけの本もいれなくちゃと彼女がいなくなってテープもないのでカバーに名前を書いて勝手に追加w。

ワタシは手術のベテランである。ただし切られる方のね。で、毎回、ストレッチャーに乗せられ、点滴など数本の管がぶら下がった姿で真っ白いタイル、まばゆい大きな照明の下に運び込まれるのだけど、今回は違った。

車椅子で、機械室としか思えない部屋へ。なんだここは、真っ白な壁も巨大な照明もない。ぎっしり詰まった機械の間を多数の白衣の人がウロウロしている。中央の黒い祭壇のようになっている不気味な台に促されて自分でよじ登った。もしや、この下には高性能なレントゲンみたいな装置が埋め込まれているのだろうか。

未開の地から来たら怖いだろうなあとか、馬鹿なことを想像して興味津々だったのに、横になってと言われて横になった途端にぷつりと時間が飛んだw。薬が効くのが早すぎるw。

前日の失敗に懲りてタップリ麻酔を効かせてくれたらしいw。気づいたのは多分翌日の朝w。普段からぼやけている頭がもっとぼやけていたからよく分からん。しかもICUではなく自分のベッドで。ICUが満員だったのか、それともICUで一晩過ごした後だったのだろうか…。以前、8時間近くに及ぶ手術の後目が覚めたら娘たちや元姑がすがりついており、普段口の悪い上の娘が号泣していたのだが、今回はそんな劇的シーンも、分かりますか、目を覚まして等という看護婦さんの問いかけもなく、ああよく寝たという気分で目が覚めた。ちょっと損した気がするのはなぜだろうw。

右の首と右腿の鼠径部に巨大な絆創膏が貼ってある。心臓の位置から考えても左側だとばかり思い込んでいて左側を重点的に洗ったwのだが、なぜ右なんだろう。首をひねるが切られたものは仕方ない。で、勿論、痛い。でも傷口は大きくないはずだし、たいした手術じゃないからトイレにも自分で歩いて行くしかない。二人部屋では洗面所はついてるがトイレはついてない。かなりの距離を足を引きずりのそのそ歩く。

その日かその翌日か定かじゃないけど、先生が腿や首の巨大な絆創膏をバリバリと剥がした。痛いと悲鳴を上げたのを、痛いかねえと平気で一気にバリバリ!こっちは柔肌なんだよと言ってやりたかったがその元気はなかった。残念。今も首の絆創膏を剥がした跡は傷になってる…。小さい傷だけど、痛かったはずだ。ブツブツ。大きな絆創膏の下には分厚いガーゼ+さらに濡れても良い絆創膏で保護された切開部分があり、シャワーが許可された。ヤレヤレ一段落だ。

↑ベッドからの眺め すでに夕暮れ

さて、入院当日、午後に全身麻酔での心臓観察wが行われました。
心臓がどこいらにあって、胃はここいらで、食道はここら辺と漠然とした体内地図は理解していたけどねえ、食道からカメラを入れて食道越しに心臓を観察するって、全く、なんということを考えるんでしょ。

プライバシーも何もあったもんじゃないw。

朝の食事は軽くという指示があったが、でも朝はしっかりがモットーなのでw午後に予定されている検査までに消化すれば問題ないだろうといつもの自己判断で、コラコラ、朝5時前に、通常通りしっかりとハム、卵、トースト、野菜類、バナナやヨーグルト、乾燥プルーンまで含め胃に収めた。

入院途中に娘宅に冷蔵庫の中身を預かって貰おうと立ち寄ったら、すでに荷物は宅配便で病院に送ったにも関わらず大荷物を持っていたので取り上げられてしまった。トマトやバナナ、おやつなど食料品、必需品だったんだけど…。でも娘が正しかった。冷蔵庫付きの個室に入れなかったし、共有の冷蔵庫は飲料のみだったから。

パジャマやタオル一式はレンタルした。初日から役に立った。というのは、
昼頃にはすでにお腹がペコペコw。先生はお水なら大丈夫というので早速院内のコンビニで調達、飲んだのだが…。ガウンに着替え、点滴をつけ、車いすで検査室へ。外はかんかん照り、1階の検査室は冷房が効いていて素足が寒い。

足が寒いと文句を言う暇もなくw、ベッドに横になると同時に、あっという間もなく眠らされたのだが、なんと、なんと、なんと、喉をガリガリ押したり引っ張り上げたりするような実に不快な強烈な痛みで目が覚めた。ぎゅーぎゅー押される度に口にくわえた器具の間から大量の唾液がほとばしり出るw。起きてみてみたかったなあ。本人としては非常に辛かったが、壮絶かつおかしかったと思う。で、唾液の噴水で肩から髪の毛までグチャグチャに濡れ、そしてですね、意識がなくて良かった、意識がないからワタシじゃないと胸を張って言うが、幼稚園以来wのお漏らしをしていたのだったw。

ようやく終わったら医師がえ、もう起きてたの?麻酔が足りなかったなあ。本番はちゃんと麻酔するから。当たり前でしょ、と心の叫び声。でもお漏らししてるのに気づいたから看護婦さん他に平身低頭謝るのみ。意識がなかったからワタシじゃないけどw。

検査室からの帰り道、看護婦さんから、10歳は若いねという褒め言葉が。こんな状態で何だろう?
よく考えると、これは大量の唾液を指していたと思えるのだが、唾液というより直前まで誰にも禁止されなかったかなりの量のお水が胃に溜まっていたはずだから唾液と水の混合物だったのでしょうなw。

心臓に血の塊が出来ていれば、翌日のアブレーションの手術はキャンセルになるはずだったというから、苦しく、腹立たしく、みっともなかったが、ま、良いか。

で、入院早々汚したパジャマはレンタルだったので早速新しい物に交換でき、贅沢にタオル類も使え、運が悪いのやら、良いのやら、痛い目に遭ったが、まずは目出度しに終わったと思ったら、その夜、強烈な連続足の吊り技で甘い根性を叩き直されたのだったw。

病室より横2何事も計算通りになどならない。思ったことは外れる。それでも思わずにいられない。でしょw。

どの部屋が良いかな、などと悠長に考えていたのは所詮平和時の思い込み。
コロナの最中ということはいわば病院にとっては戦時中だということが平和しか知らないボケた頭では理解できていなかったw。

入院の2日前にPCR検査のために病院へ。そこでついでに入退院の部署に立ち寄り、希望は北側個室だが、なければ仕方ないので南側の数千円高い個室の予約をお願いし、ついでに、それでもダメなら2人部屋を頼んでおいたのだが、全個室が埋まっていた!コロナの危険性を考えてもそりゃそうよねえ。で、2人部屋へ。

2日前に予約しといて良かったw。窓際で絶景。気分は上々。すぐ後から20代後半から30代前半くらいの若い女性が隣に入居w。そして、この女性が海外で経験した認知症のお婆ちゃんを凌ぐ最悪のパートナーとなったのだった。

5、6日入院予定ですのでよろしくお願いしますと挨拶したら、彼女も同じくらいの入院予定だとのこと。なかなかの美人だ。良さそうな人で良かったと思ったのもつかの間、まるで繭でも作るようにカーテンをぴったりと張り巡らせた。廊下側でそうでなくとも暗いのにと、私は構わないので間のカーテンは開けて貰って大丈夫よと声を掛けたが「イエ」と一言。お喋りなお婆ちゃんが横にいたらうるさくて嫌なのかもね。こちらも本を読みたいからお喋りするつもりもないし、お喋りする元気があれば良いけどねえ…。

そのうち、入れ替わり立ち替わり次々と彼女の知り合いが登場。家族でさえ病棟には立ち入り禁止なのだが、どうやらこの病院に何回か入院したことがあるらしく病院関係者らしい。アニメのような明るい高い声でコロコロケラケラ絶えず笑い、お喋りし、うるさくてこちらは迷惑だが、入院するのだから痛かったり辛かったりするだろうに病気に負けない健気な可愛い子を絵に描いたような応答ぶりに感心するしかない。

その夜、足が4度にわたって激しく吊った。足が吊ることはあるが、頑張って立ち上がりお水と塩少々を舐めるとすぐに治まっていたのに治まらない。お塩はないといわれ、タイガーバームなど勿論なく、吊った後に飲むと軽減する薬はあるが医師の処方が必要だといわれ、結局、ロキソニンテープが手に入ったのは翌朝になってから。初日の検査が1階の冷房がきつい部屋で行われ(しかも全身麻酔で大変な目に遭った)体が冷え切ったことが原因だったような気がする。靴下をはいて寝るようにしたらその後は起こらなかったから。

それで、翌朝、寝たり起きたり看護婦さんがやってきたりで彼女に迷惑を掛けたのではないかと、繭の隙間から昨夜はご迷惑をおかけしました、ごめんなさいと謝った。

彼女の答えは、ぶっきらぼうな一言。どうせそんなもんでしょ。だった。
想定外の答えに戸惑っていたら、何か、他に用でもあるのかといつものアニメ声ではなく低いドスのきいた声が飛んできた。怖かった…。

はっきりしてるねえ。自分の役に立つ人とそうじゃない人と完全に分け、そうじゃない人はトコトン関わらないし、排除する。それでやってきたんだろうし、今後もそうするのだろう。

自分の得になると思っての行動だろうけど、人生ってそう上手く計算通りにはいかない。人を見かけや職業で選別するこの人がこの先幸せになれるとはとても思えない。見る人が見れば分かるし人はつながっている。化けの皮などすぐはがれるのに。可哀想な人だ。

まあ、長年生きているから、世の中いろんな人がいるのは知ってる。様々な人種の友人知人もいたし、隣近所でもおかしな人たちは多数目にしたがここまで極端な人は初めてだった。多数の入院経験からいっても、感じ悪さではピカイチだった…。と言うわけで、その後は最後まで一言も言葉を交わすこともなく病院を後にしたのだった。

次に入院するときは個室が無理なら大部屋にしようかな。

ご無沙汰してます。無事です。生きてますw。

オリンピックの多数の競技をベッドの上で堪能、閉会式の大部分を病院のベッドから見てからw月曜日に退院しました。それも小池さんが登場した途端、テレビが消え!、小池さんの悪口が聞こえたのかしらと一瞬自分の超能力を信じたくなったのだがw、もちろん、きっちり千円分、テレビを見たということ。全く何というきりの良いことでしょう。

もちろん、私のことだからすんなりとはいかず最初からドタバタ続きの5泊6日だったけど、金曜日の午後遅くに手渡された会計からの請求書が最大の山場だったかも。

コロナで病室が逼迫とのことで、もう1泊、火曜日退院の予定が突然1日短縮され、会計から請求書が金曜日の午後、それも会計を閉める30分ほど前に出、その後休みが続くので生命保険のための手続きなどを済ませなくては後日面倒になると可哀想な痛む右足を引きずりながらド根性を発揮w、1階と病室のある6階とのそれも巨大な病院の長い廊下を歩き回ったのだった。

1度では上手く手続きが終了せず、再挑戦。窓口が締まる直前に看護助手の親切な女性が見かねて病院内のコンビニまでレターパックを購入に行って下さって手続きを完了することが出来たのだった。もうダメという危機状態になるとどこからか助けがやってくるといういつものパターンだけど、贅沢を言えばもっと早く手助けがこないものかしらねえ。

翌日、主治医がじゃあ火曜日退院でと、1日短縮されたのを知らなかったのだから実になかなかのドタバタだった。

手術前にかなりの量の血液さらさらの薬を服用していたおかげで、出血がすぐには止まらなかったようで何カ所か切開した鼠径部の動脈周辺だけではなく腿から膝、その裏側と大量の出血が皮膚内に溜まって腫れていて、赤紫女と化している。これに対して首の動脈の切開付近は青くなっているだけで傷口も見分けられない。丁寧にやってくれたらしい。口の悪い医師だが(あちらも私をそう思っているだろうけどw)良いところあるよねえ。

娘どもをきゃあきゃあ言わせたくて写真を送ったのだが、残念、娘も中年となっていて騒いでくれず変な物送るなと叱られただけだった。ということで未だにしばらく起きているとあちこち体液だか血液だか知らないが滞留して痛くなるので寝床に戻ります。手術や入院生活の詳細はまたね。

DSC_0242入院の準備で、毎日、ブックオフ通いw。入院中に読む本を物色と言いつつ、つい読んでしまい、本探しはエンドレスw。

入院までに部屋の掃除と整理整頓をしようと思っているけど、思うのと体が動くのは別みたいw。進みませんねえ。
おまけにオリンピックが面白くてテレビの前から離れられない。
やるべき事とやりたいことの乖離が酷いよね…と人ごとw。入院までに準備できるかな。

で、って、関係ないけどw、この写真、分かりますか?
下向いている緑のインゲンマメみたいなのが根でその向かいの左側、上を向いている薄緑色の小さな小指みたいなのが花芽なんですよ。

昨年10月に株主優待で届いたマイクロ蘭の花がその後新たに花芽をつけてさらに楽しませてくれた上に、花が終わってから10日に1度くらい根気よくw水をあげていたら、新しい葉が加わり(ピンと上を向いている明るい色の葉)、その後、花芽と根が出てきたのだ。ビックリ。優秀な株だったのね。

緑の指どころか黒の指だと自認しているワタシとしては実に画期的で目出度い。この花を送ってくれた会社の株など持ち株はみんな仲良く一緒にグズグズと下がる一方で気分はおおいに落ち込むはずだが、この先自分もどうなるか分からないし、葬式代くらい残るから、まっ、いいかと究極の楽天に流れるが、いやいやいかん、母より先には死ねない、ガンバレと自分と下がる一方の株を声援。日本ガンバレとテレビに向かっても声援。実に忙しい夏だ。

ついでに数年前に母が入院した際に購入した未使用のテレビカード2枚のことを思い出した。ようやく役に立つ。持って行こうとあちこちひっくり返して探したが見つからない。使うこともないと思って捨てたらしい。私が片付けると禄な事にならないと確信。部屋は更に散らかったし、整理整頓してはいけない女なのよ、ワタシw。

手術に備えて心臓の薬の服用を控えていて徐々に影響が出てきた。早く歩けないのよね。まどろっこしい、なんとなく息苦しい。ワタシに代わって脈がうろうろする。発作が起きてものめないなんてねえ。どうしろというのよ。のんじゃうぞ。いや、薬は止めてから1週間くらいは薬効が続くはずだ、ガンバレともう一人のワタシが旗を振る。日本ガンバレとテレビに声援する声も小さくなる。詰まらないねえ。しかも、一番安い個室を予約済みだけど、病院から電話。そのタイプの個室は人気だし入院時に入れない可能性が高い。無理な場合は一つ上のクラスの個室を予約しておかないかというのだ。

一番安い個室は北側で1万6千円。次のクラスは南側で+5,6千円くらいだったような。
この暑い真夏に南側など嫌だよね。どうせ狭いし窓際にベッドがあるだろうからカーテンを開けられないだろうし。おまけに入院期間は短期だが5日から10日程度とワタシの状態次第のようで決まってないから30年ぶりに出番が来そうな入院保険金もでないかも。そうなれば嬉しいけど悲しいw。ホテルに泊まる際の予算を超過してるし…。まあ、3食付きだけどねえと、比較にならないのに比較したくなるワタシ。

貧乏性だね。へそ曲がりかもw。でもまあ、ワタシには内なる勿体ない基準があるのだからしょうがない。

第1希望の個室がなければ大部屋でと頼んだのだが、上の娘が入院とは関係なくだが3万円くれたし、下の娘が自分も3万円上げるから個室にしろという。息子はまだ私の病気も入院のことも知らない。娘たちから知らせろと言われているけど面倒だし、大声で何だかんだ問い詰めるに決まっているから対応したくない。それに一番心配性だし…。言えば息子からも3万円がでてくるだろうがいらんw。

有り余っている金はないが、必要なら出せる。が、出したくない。分不相応だ。出して貰う必要もない。

たかが数日間、しかし個室じゃないと嫌なことも大いにありそうな数日間。数日間頑張れば、次の旅はその分ゆっくりと回れるかも。どうしようかなあと、迷い道ウロウロw。

オリンピック選手じゃなくても、新しく出来るものがあるって凄いと絶賛自画自賛中w。

自慢じゃないがウロウロするのは得意だが運動は好きじゃない。勿論得意じゃない。
この歳まで、腹筋などあったためしもなく、腹筋運動など宇宙の果ての話だった。

それが昨年だったか、たまたま見てたテレビでサッカーの長友が平らに横になった体勢から絨毯を巻くように起き上がっているのを見てへえ、体ってあんな風に動くんだと試してみたら、何と、できたのでございますw。ビックリ。娘に首しか持ち上がらないと笑われていたワタシがですよ。

そこで気づいた。大事なのは呼吸だと。平らに寝て息を吐きながら少しずつ頭から持ち上げていくと楽に起き上がる。面白い。なのでワタシは絨毯と思いながら寝たり起きたりしていた。

そして、もう一つ、絶対に出来なかったこと、腕立て伏せをまたしてもテレビでやってるおばさんを見て、もしかしたらワタシも、とやってみたら、腕立て伏せが出来た〜!

いやあ〜、人間って凄いですねえ。高齢者と呼ばれる歳になっても新たに出来ることがあるなんて。

最近、お腹に段差ができた。触っていて気になる。これはもしかしたら病気かと心配したのだが、ハッと気づいた。これぞ噂に聞く筋肉ではないのか。

で、娘に、自慢した。お腹に段差が出来た。腹筋でお腹が割れてきたのよ♪
娘、そんなはずないでしょ。毎日何回腹筋してるの?
4、5回。
そんなので筋肉が出来るわけないじゃん。

毎度ワタシの夢をつぶしてくれる娘じゃ。

家に帰ってからお腹を見てみた。
これが腹筋でなくてなんだと言うんだ。
もしかして、これが例の三段腹なのかなあ〜。
果たしてどっちだろうw。

ワタシは楽観的なので腹筋だと信じることにした。信じる者は救われるのだ。ウン

ここで見ることが出来ます。NHKですが、題名が2020年オリンピックとそのままなのに目が点。

ハイライトの動画もライブでの配信もあります。
各国のメダル数も確認できます。

ロイターの画面でも各種オリンピックの情報が提供されているけど、ここでも2020年オリンピックとなっているのを見つけたのでこれが正式名称なんでしょうね。知らんかった!
1年間延長された時に当然2021年に変更されている思い込んでたワタシってなんて素直なんでしょうw。

それにしてもオリンピックって大変ねえ。本人に関する限り努力は裏切らないと思うけど、他人との競争であれば何年トレーニングを積んでもどうにもならないことがあるのが当然で、これってきついよね。

才能の差が明確に数字や形になって現れ、広く世界に公表される。怖いですねえ。意気地なしだからそんな恐ろしい世界に足を踏み入れるほどの才能がないことが嬉しいw。

しかも頭の中身は誰にも見られないで済むから助かるw。そのうち隠せないような世界になるような気もするが、そんな世界では生きたくないなあ。

才能って何、どうして努力が超えられないほどの大きな差があるのか。考え出すと泥沼にはまるからそんなもんか、そうなのよねえと放置だけど、負けた人を見ると辛い。だけど、試合は見ずにいられない。で、ドタバタを引き寄せる私が見ると負けそうな気がして申し訳ないから終わった頃にこそこそと見るw。そんなわけないのにねえ。

でもねえ、さっき、テレビをつけたらスケボーの試合をやっていて、見始めたらすぐに優勝候補の日本人の男の子が転んだので慌てて消したw。

こんな弱虫の視聴者は他にいるかなあw。

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