2016年09月23日

叱られて

朝一番に電話。母の施設からだった。

何事かと思ったら母があめ玉を隠していたというものだった。横になって食べてました。危ないですから困ります。

前日、母の施設のスタッフから母があめ玉やお菓子をもっていたというのでワタシが叱られたばかりだった。
その件でしたら前日にお聞きしています云々というとそうでしたか、気をつけて下さいと電話は切れた。

犯人は91歳になる母の妹だ。前の施設でも毎回お菓子を差し入れしてくれるのだが、母のカリウム値が高く、食事制限があるので差し入れしないようにと頼んでいたのだが、何せ高齢。すぐ忘れる上に、お土産を持って来たがる。訪れてくれるだけで感謝なので言いにくい。母の部屋を調べたらさらに2袋見つけて没収した。

先日病院で4時間も昼抜きで待たされている間に、見つけ出してバッグに入れていた袋からキャラメルを1つかじったらお線香のような不気味な味がした。はき出すわけにも行かず呑み込んだが古い…。そうこうしているうちにさらに2人の施設の人に長々と叱られた。こちらは家捜しするわけにいかないんですからね、ちゃんとしていただかなくちゃ。

ごもっとも。はい、正論です。ご迷惑をおかけします。

次に母の所に行ったら抽斗の物をせっせと袋に詰めていた。今夜、アメリカに発つから。どうやっていくのと聞いても勿論、聞いていない。もう皆さんにご挨拶を済ませたからね。皆さんに聞くと、前日もその日もアメリカに行くからと毎日挨拶をして回っているという。

袋詰めした物をまた元に戻し、同行していた娘夫婦と口々にアメリカには行かないよ、ここにいるのよというとああ、安心した、本当は行きたくなかったのと涙をこぼした。

それなのに、次に妹と行くと、またしてもアメリカに行かなくちゃと言い張る。アメリカから妹が来ているからアメリカが頭にこびりついたのかも知れないが。それにしてもしつこい妄想だ。一人で行けないと説明しても、行かないでといっても、何をしても最初からの繰り返し。

行きたくないといいながら、行くという。

結局、恐れから来ているのではないかと思い当たった。あめ玉やお菓子を発見され、スタッフにきっと咎められたに違いない。別の施設を出されてからまだ日も浅い。きっともうここにもいられない。どこに行くのだろう、どこで生きていくのだろうという不安で混乱してしまったに違いない。

どこにも行く必要はない。ここにずっといられるのよと、ベッドの上に広げた荷物をまたしても入れ直していると、すっかり上機嫌になって、時々は整理しに来てねという。アメリカの騒ぎはこれで終わればいいのだが。

叔母に電話をした。高齢者に言いたくないが仕方ない。あめ玉はダメなのよ、危ないから。コンニャクゼリーも。何も要らないから叔母さんだけ来てね。叔母は母が欲しがるから持って行っただけなのに、しっかりしていると喜んでいたのにと何度も繰り返し、悪かったわねと意気消沈した声を出した。可哀想に。母を守るためだけど、玉突きのように叔母にはね返って叔母を叱っているようになってしまった。

一旦染みこんだ妄想を頭から追い出すのは実に難しい。痴呆でなくても高齢でなくても難しい。妄想に支配されている人はごまんといる。叔母はあめ玉などを持ち込むのをやめてくれるだろうか。母はアメリカ行きを断念してくれるだろうか。


ganbare_watashi at 15:58|PermalinkComments(9)TrackBack(0)いろいろあるよね 

2016年09月21日

夢占い

P1000142夢を見た。

普段は夢か真か判然としない気分のまま起き出してもたちまち忘れてしまうのに、数日経ってもはっきり覚えていて気になっている。

多分、昔借りていた信州の古民家あたりだろう。目の前の黒い土に一列に緑の野菜が植わっていて、その上を白い蝶が数匹舞っている。ただそれだけ。でも蝶の動きと緑の若い野菜、黒い土。鮮やかだった。ところで、蝶って頭と数えるのが正式だけど、頭なんて言いたくないので悪しからず。ドシドシ、ブンブンと舞う蝶を見そうで、夢見が悪くなるw。

その翌日には音楽が聞こえた。帰り来ぬ青春。誰か男の手が伸びてレコードを止め、目が覚めた。このフランス版を、元亭は、40になる少し前の頃、エンドレスにかけ続けていた。飲みながら。感傷的でナルシストで浪費家で、頭を全く使わない短気で神経質で馬鹿な、でもいい男だった。手はあやつの手に違いない。少しはあの世で大人になったと言うことなのだろうか。*帰り来ぬ青春の日本語版。素人の人で上手くないところがしみじみする。

白い蝶の夢をネットで調べた。フロイトはどうでも良いけど、父の死後、偶然とは言い難いことが立て続けに起きているので神がかったのだw。

白い蝶が羽ばたく夢には今までの善い行いが幸運となって戻ってくることを象徴した夢になります、というのもあれば、大きなターニングポイントというのもあり、はたまた周辺の死を意味するという説もあった。ようするに変化と言うことのようだ。変化なら売るほどある。

妹の姑が脳梗塞で施設から病院に移され、その後別の病院で胃瘻の手術を受けたり、母が高熱を出し、その後元気になったと思ったら、アメリカに行くからと荷造りを始めたり、娘の舅が脳腫瘍の手術を受けステージIVだと聞いたり、従妹が一旦は諦めろと言われたことから奇跡的な生還を果たしたり、1ヶ月足らずのうちにこれだけのことが生じたのだから、白い蝶は、ジタバタとただどうしようもなく周辺を騒ぎまくるワタシの象徴のような気がしてきた。長寿社会なのだから当たり前と言えば当たり前の騒ぎなんだけど。

で、あーあ、若いときは楽だったと潜在的に思っているから馬鹿な男が夢に出てきて、どうだ、青春は帰ってこないのだと笑っているということなのか。

未熟な大騒動を繰り広げた青春なんてまっぴらごめん、帰ってこられたら迷惑、今が一番気楽でいいと、本気で思っているのだけど、どうやって夢の中の男に伝えればいいのだろう。



ganbare_watashi at 11:56|PermalinkComments(10)TrackBack(0)世迷い事 

2016年09月15日

とぼけた話

連日、婆さんたち詣でで1万歩を越えて歩いている。おかげで体脂肪は20%。コレステロール値もほぼ正常に下がった。ありがたや。

妹が履きやすそうなスニーカーを履いていた。舌を噛むような名前なのだが、最近妹はこのメーカーに凝っているらしい。

昨日、買い物に出たついでに靴屋を覗いた。見渡すと丁度妹と同じ型の物が1000円安くなっていた。これにしようと履いてみたらきつい。でいくつか試すうちにちっとも好きじゃない色のスニーカーを買う羽目になった。欲しかった色の紐付きのスケッチャーズは品切れで、取り寄せで配送するという。いつ在宅できるやら本人にも分からないので、まあいいやと購入したのだが、バーゲンしか買わないという私のモットーを破り、好きじゃない色を正規料金で買うとはとても正気とは思えないw。

○マゾンではいくらだろう。ようやくブランド名を覚えたので今朝、チェックしている内に、ブーツをクリックしてしまった。つらつら考えると昨冬お嫁さんに同じ色のブーツを貰っていた。履きにくかったので不満が溜まっていたのね。

まあ歩きやすいというからいいやと思いつつ、そうだ、今日、妹と母の施設とイタリアンに行った帰りに池袋の西武でフランスの食品展、東武で北海道食品展を覗こうと思い立ち、広告をチェックすると、なんということ。昨日、北海道展の広告にあったブーツを買いに池袋に行きたかったことを思いだした。

そうであったか。ブーツと刷り込まれていたから買ってしまったのか。しかもスニーカーと同じメーカーの。買うつもりだった北海道メーカーのブーツとは似ても似つかないのに。

しかも一昨日、タグのついた新品のスニーカーを靴箱の奥に発見。サイズが娘ので、色も私は履かない薄紫。娘に渡そうとしたら、絶対自分じゃないと言い張る。持って帰る羽目になっていた。

そういうことか。潜在意識という奴は実に、実に恐ろしい。


ganbare_watashi at 10:14|PermalinkComments(10)TrackBack(0)あーあ、何ナノこれって 

2016年09月11日

カンツォーネの一夜

P10302608月下旬、娘たちが海の彼方にいなくなり、入れ代わりに妹が海の向こうからやってきた頃、友人夫妻とカンツォーネを聴きに行った。

恐ろしく忙しい一日だった。娘たちがいなくなるのを見透かしたようにたちまち押し寄せてきた仕事の合間を縫って、妹とランチ、その後病院と施設の2人の婆さんを見舞い(一緒かせめて近くの病院なり施設なりに入れて貰えないかなあと叶わぬ夢を見る)、遅れそうになり、エレベーターなしの5階に住んでいるおかげの脚力でw、九段下からえっさほっさ大汗かいて小走りに坂を上り、K子に念を押されていた6時ぴったりにイタリア文化会館に滑り込んだ。

滑り込んだは良いのだが、ホールは地下2階なのに1階の表まで列が続いている。メールをしても返答無し。チケット無し。しょうがないのでそのまま並び15分以上かかってホール入り口に。名簿を手にした係員が並んでいてK子の連れですというと無事に通してくれた。

さすがK子。長年シャンソンとカンツォーネを習っているだけのことはあると思ったら、彼女の先生、青木純さんが開いたコンサートでなんと無料。生徒が多数いるのでその関係者で満員だったようだ。青木さんの歌も勿論気持ちよかったが、K子のお付き合いでちょっと聞き過ぎているw。ギターの伴奏者が素晴らしかった。音が全く違う。よほど高価なギターを使っているに違いない。失礼な奴だワタシって。

舞台には華やかな花のスタンドが2つ。ファンクラブからの贈り物、1本くらいは私からよとK子。ファンクラブねえ。K子が面白くて演奏の間目が離せなかったw。にやりとしかいいようのない弛緩した表情で両手を握りしめている。ダンナに妬けないのか聞いてみたがいつも面白いこと言いますねとかわされた。ふーん、40年以上連れ添うってこういうことなのか。私には分からない。

K子は最後まで恍惚としていた。ふーむ、私って誰のファンでもないなあ、追いかけたいような男もいないし、最近うっとりしたことってあったっけ。段々K子が羨ましくなってきた。ま、しょうがない。鑑賞に堪えるような男が近くにいないのが悪い。こちらも鑑賞に堪えるような女じゃないからエラソーにいうことではないが言うだけならいいっしょw。

K子のダンナは見上げた男で、以前、社員バーゲンでダイヤの指輪とペンダント、締めて300万円近くを買ったK子がクレジットで落とせず、ダンナに電話。彼は仕事中なのに小言一つなく駆けつけて支払った傑物なのだ。おまけにダイヤのこともすっかり忘れていて、20万くらいしたのなどと言う。K子の家は平和で良い。

コンサートの後青山へ。彼女が割烹を望んだからだが、そこで席を用意してくれるのを待つ内、蟹の季節じゃないから蟹はないと聞き、その横のイタリアンへ。カンツォーネを聴いた後に和食はないでしょ、イタリアンよねと趣旨替えのK子。イタリア尽くしの楽しい夜だった。

ganbare_watashi at 11:42|PermalinkComments(8)TrackBack(0)

2016年09月06日

間抜けな話

DSCN0507手首のところが小さなボタンですぼまった、ふわふわの薄物を着ていた。右腕が痒かったので左手を差し込んだ。抜けなくなった。左手を右袖に突っ込んだまま唖然とした。こういう格好だとボタンは外せないのよね。何とか強引に引き出せたが一つ学習した。

最近何かと間抜けな話が多い。

8月最後の日、三井記念美術館に「アール・ヌーヴォーの装飾磁器」を涼しい内に見に行こうと仕事を放って出かけていった。

その1週間ほど前に娘たちを見送ったついでに近くのパナソニック汐留ミュージアムに「ミケランジェロ展」を見に行き、グルットパスを購入。ミケランジェロ展ではスケッチ数枚が展示。勿論、上手い。当たり前だ。が、建築家であり彫刻家だと自負していた彼が自分は絵描きじゃないと、システィーナのあの素晴らしい天井画を体の不調を訴え、不平たらたらで描いていたことが分かったのは面白かった。

三井記念美術館のアール・ヌーヴォー展は31日が最終日。次が「松島瑞厳寺うんぬん」という特別展。いくら特別展でも猫に小判、私にはあまり縁のない展覧会なので、ぐるっとぱすを有効活用しようと思えば行くしかない。日本橋には面白い所も美味しい所もあるしね。

改札で以前購入したままだった24時間有効のメトロパスを入れると期限切れで戻って来た。なぜだ、見ても分からない。結局スイカで入ったがその間に電車が1台行ってしまった。そして、良くあることだが、そうやって逃すと、早周りしようとか考えるのよね。で、路線を変えると遅れるのよ。ポイント故障の影響で…。缶詰になること十数分。

缶詰になっている間に思いつけばいいものを乗り継いで目的地近くになってぐるっとパスを忘れたことに気付いた。大間抜けだ。そうだ、昼だ、娘だとその近所で働いている娘を誘い出そうとしたが、これまた当然、今食べている、じゃあねと冷たくあしらわれ、デパ地下でお弁当を買い込んだだけで帰宅。とんぼ返りするつもりが暑さにあたり、気分は冷めて、何のための外出やら。

翌日、妹と婆さん巡りをした後、仕事帰りの娘夫婦も呼びだして食事。メトロの乗り放題パスに未使用でも期限があると知らなかったと娘に見せると、ほら、日付を見てご覧、既に使ったパスじゃないの!

スイカを入れているパス入れに前回使用したときにさしておいた物だったことが判明。こんな小さな字じゃ使用済みだか何だか分からない。間違って当たり前ですと言いたい所だが、それにしても間抜けだ。

お嫁さんに孫たちのお迎えを頼まれていたことを忘れ、妹に婆さんのお見舞いにつきあうと約束し、大騒動。カレンダーが8月のままだった。9月1日の約束なんか見えないよ。結局は上手く回ったが。

昨日は夕方になってカレンダーを見たら歯医者の予約。電話して謝りつつ来週にと申し出たら、今から来られるかと問われ、大人しく暗くなりかけの街に。そこからだと暗い道を通るので、大通りに出てたっぷり買い物して遅くなり、娘のところからチーズを貰えるはずが、来ないなら食べちゃうからねと脅される始末。上げたお煎餅と相殺だ、取っておくようにとメールしたが返事無し。上手くいかないねえ。

注意力も散漫なら、目も霞み、頭はゆるむし、体力も減少、皺だけならともかく、歳を重ねて良いことないじゃないかと思ったが、あった、あった。

あらゆることを歳のせいに出来ることw。間抜けであっても自分の間抜けさをすぐ忘れることが出来ることw。もう歳なんだから大事にしなさいとエラソーに言えることw。堂々と怠けられることw。うん、なかなかいいじゃないw。



ganbare_watashi at 11:27|PermalinkComments(8)TrackBack(0)世迷い事 

2016年09月03日

余生ねえ

P10306919月だというのに相変わらず暑さが続いていますねえ。

娘たちがいなくなり静かになった日常に入れ替わりに妹が登場。妹のお姑さんの入院というドタバタもほぼ同時に発生した。で、同じ頃に今度は母が高熱を出した。こちらは尿路感染症と言うことで数日で症状は治まったのだが、人間とはまか不思議な動物だと改めて確認した。

で、その暑さの中、病院を巡る妹と施設訪問の私、時には二人連れの巡礼ならぬ巡業が続いている。その後のお茶とオチャケの日々も。苦あれば楽あり、要するに自分自身に対するムチとアメ作戦実行中で忙しい。

お姑さんはかなりの重症のようで、じっと瞬きしない目で見つめるだけ。妹は怖がっている。私も怖い。最初は前回お見舞いしたときとほぼ変わらない丸顔だったのが、3日ほどでびっくりするほど萎み皺だらけとなり小さく丸まった老婆に変わっていった。名札がなくては到底見分けはつかない。とてもおしゃれな大柄な美人だったので身辺に鏡があればどんなに辛さが増すだろう。

母の前に立った妹と私を見たときの母の第一声は、まるで姉妹のようね。思わず妹と顔を見合わせた。妹が母に私は誰と聞くと、母はにっこり笑っただけ。どうも知っている顔だが誰だか分からないらしい。前々日に顔を合わせている私のことは流石に大丈夫だろうと、私は誰と聞くと、妹じゃないのと何を言うかと笑い出した!

午前中にやってきた母の妹と混同している。とうとうこういう日がやってきたか。愕然としたと言いたいが、ぼんやり予測していたので驚きは小さいが哀しい。熱が治まりかけてからは「今度はxxをもってくるのを忘れないで」とか「xxはどうしているの」ととても痴呆症状があるとも思えないしっかりした様子だったのだ。

発熱のあたりから腰痛を訴えることが少なくなっていた。熱が出ると痛みが引っ込み、熱が引くとボケが出る。体というか脳という奴は問題を1つづつ出してくると言うことなのか。

名前を教えるとそうそうと自分の娘たちを思い出したようだったがこれからこういうことが多くなりジグザグにぼんやりした世界へと進んでいくのだろう。

で、母の妹だが、91歳なのに、暑さの中、片道4,50分もかかるというのに、一人で施設まで来ていた。確か昨年辺りも海外旅行を娘と一緒だが楽しんでいたようだ。個体差はこんなに大きいのだ。我が身を振り返り果たして何歳くらいまで旅行が出来るのかと考えずにいられない。一応75歳までは頑張ろうと思っているのだが…91歳でねえ。

しかし、スタッフにあめ玉やお煎餅の入った袋を手渡され、危ないので与えないで下さいと叱られた。叔母のお土産だ。もしかしてと母の抽斗を探るとコンニャクゼリーも隠してあった。袋には丁寧に赤で子供と高齢者の顔に×印がしてあって注意書きもあるのに。叔母も歳は取ったのだね。

そして、母は前回、鏡を見ながらさなえの方が私より年上ねと言いよった。お母さんの方が年上に決まっているでしょと答えたのだが、いやそうじゃない、自分の方が若く見えると言いたかったようだ。

少し前にはいい顔になったねと言ったのだが、お世辞だったのか…。母にまた太ったと前回言われてムッとしていた妹は、昨年私の娘に間違えられて気をよくしているのだが、最近、皺が減った、若くなったよ、化粧水のおかげよ頑張れとご機嫌を取る。

皺が浅くなったのは当たり前。娘たちとの同居でつい競争して沢山食べ、続くアメ作戦もあって1キロ太ったのだから。おかげでずり落ちそうになってピンで止めていたパンツがちょうど良くなった。

痩せると皺が増え老けると声を大にして妹に言うのだが、妹は痩せることに腐心している。皺が増えて老けたらまた騒ぐのに決まっているのに。私はもう少し太りたい。人間って実におかしな生き物だ。

写真は奇妙な進路を辿った台風10号の雲



ganbare_watashi at 11:07|PermalinkComments(6)TrackBack(0)いろいろあるよね 

2016年08月28日

ワ・タ・シ

P1030392小学3年生の孫娘が言った。

バアバはバアバなのになぜ自分のことを私って言うの?おかしいよ。止めた方が良いよ。

真剣な顔をしているので私も真剣に答えた。
私は私。Rちゃんのバアバだけど、かあかのお母さん。ひいバアバの娘。ね、私はバアバだけじゃない。だから私は私なの。

理解したのか、面倒になったのか、ふーんと気のない返事が返ってきた。

今日の夕方、買い物に行った。台風が近づいているので空が暗い。ぽつりと来たかと思うと白い雨が激しく降り出した。私の横を小さな男の子が走りすぎた。と思ったら、立ち止まってしまった。やれやれ、息が続かないらしい。

傘に入りなさいと差し出すと礼儀正しく大丈夫ですと言いながら、ありがとうと入ってきた。ちっぽけでやせっぽちの男の子。幼稚園生だと思ったが、色を付けて2年生?と聞くとそうだという。幼稚園かと聞かなくて良かった。一緒にマンションの前まで来た。バアバのお家は、と思わず言いかけて、私のお家はここなのよと言い直した。Rちゃんとのやりとりが頭に残っていたらしい。

すぐ近くだと男の子は礼儀正しくありがとうを言って勢いよく走り出した。Rちゃんはこんな風にちゃんとお礼が言えるかな。

粗読、乱読失礼

「粗にして野だが卑ではない」−石田禮助の生涯 城山三郎 
科学と宗教と死 加賀乙彦 
イタリアからの手紙 塩野七生
遠い朝の本たち 須賀敦子 
猫だましい 河合隼雄
自分自身への審問 辺見庸
ボクの音楽武者修行 小澤征爾 
青い壺 有吉佐和子
アルケミスト パウロ・コエーリョ
マネー・ボール マイケル・ルイス
なんでこうなるの 佐藤愛子
きみはポラリス 三浦しをん


ganbare_watashi at 23:06|PermalinkComments(6)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと | 乱読、粗読

2016年08月24日

検査入院の顛末

8月23日、24日が検査入院の予定日だった。

憩室炎なんて遠い昔のことのようにお腹が落ちつき、違和感がなくなるにつれ、面倒だなあ、嫌だなあ感が毎日増大していった。

8月16日から検査の下準備として処方された薬を飲むことになっていてカレンダーに大きな字で薬と記してある。腫瘍があると思い込んでいた遠い昔の話だw。食前の漢方薬、食後のマグネシウム2錠、寝る前の下剤!これを1週間。いくら何でもやりすぎでしょうと思っていたためか、目出度く、初日の朝と昼の食前は飲み忘れた。

飲み忘れがあったのに、翌日、10回以上、お腹を押さえてトイレ通い。もう1日で懲りた。翌日からは就寝前の薬はカット。マグネシウムも2錠ではなく1回おきの1錠に減らした。それでも十二分に気分悪い。折角快調なお腹だったのに今更人工的に痛くするなんて、やってられない。続けられない。検査準備に必要、それが何だ。もう止めたい。もう止める…決めた。

病院に電話をした。検査入院を予約したのですがキャンセルして下さい。予約係ですんなりキャンセルされるかと思いきや、予約係りが外科につなぎ、看護婦さんに経緯を説明すると、今度は医師が電話口に出てきた。

検査の準備が出来ないと訴えると、じゃあいいでしょう。入院してから措置をするから。下剤がよく効くと分かったし。(効き過ぎてるよ〜!)診察中なのに丁寧に説明してくれるものだから、低い声で、はいと思わず返事してしまった。すっかりキャンセルするつもりでその直前に仕事を受けたのに…。

必死でPCにしがみついた。受けた仕事は片付けねば女がすたる。娘たちは昼間、スケートやプールなどせっせと外出。何とかなるかと思った所で、台風が近づいてきた。それもいつの間にか数を増して3個も。そして、万事休す。娘たちの乗る船が、片道24時間かけて行ったり来たりしているたった1隻の船が、欠航することが決まった。次の船は23日朝。入院の日だ。大荷物とどこに飛んでいくか分からない孫3匹。手助け無しで港まで行き着けない。

24日締め切りの仕事を、何とか23日朝までに終わらせるよう頑張り、入院して検査を受ける気になったのに。それも20日に娘たちが帰るから、その後仕事が仕上げられると計算したからなのに。病院に電話した。金曜の夕方で誰も出ない。土曜の朝再度電話した。誰も出ない。仕方がないので、キャンセルして欲しいとメールした。

土曜日も日曜日も返事はない。頑張ったら仕事の目処がついてきた。下の娘にも検査を受けるべきだと叱られ、休みを取って上の娘+αに付き添うからと言われ、しょうがないと再び検査を受ける気になった。

それなのに、月曜日の朝、病院から電話がかかってきた。事情は分かりましたのでキャンセルしましたから9月に先生と日程を再度話し合って下さい…。

ただ今、お腹は快調。それなのにやっぱり受けなくちゃいけないのかなあ、嫌だなあ。9月はもうそこだ。

そして、妹が昨夜、帰国した。
今日、お嫁さんが熊本から帰ってくる。
上の娘と孫3人は昨日、帰って行ったが、検査入院などしている暇はないのだけど…。

ganbare_watashi at 16:15|PermalinkComments(4)TrackBack(0)いろいろあるよね | 医療・健康-臓器移植を含む

2016年08月18日

介護保険負担限度額認定

母の介護保険負担限度額認定証が7月末に届いた。

どうも嫌な予感がした。
収入、年金の受給額だけではなく、前回はなかったと思ったが、固定資産の有無を問う欄があったばかりではなく、すべての預金通帳の直近数ヶ月分をコピーして提出することも求められたからだ。

母には資産がない。エッヘンw。通帳の残高も前の施設で私がセコセコ母の洗濯物を洗濯して年金との差額を溜めた、まあ通常の葬式が出せる程度の金額しかない。それも新たな施設でも個室に入り値段が上がったので受けとる年金との差額で数年でなくなってしまう。だから貧乏度wには問題はないはずなのだが、受け付けで遺族年金を聞かれた。といっても父は元々自分で仕事をしており、長年企業に勤めたわけではないからたいした年金はないのだが…。

で、勿論、嫌な予感は当たる。

これまで食費の負担限度額が390円から650円に
従来型個室の負担限度額たるや490円から1310円に2倍強の厚かましい増え方をしていた。

つまり、1日あたり1080円、1ヶ月では32400円もの負担増になる。1ヶ月約15万弱の母の年金収入では医療費等を加えると月17万円から18万円(洗濯代3万円を入れないで2万円から3万円の赤字)必要なのに、そこに32400円も上乗せされる…。月2,3万程度なら何とかなるとしても、月5万も6万もの赤字を長期間出せない。私だってそうそう長くは働けない。もう母を個室に入れておけない。

とぼとぼ夏の太陽に照らされながら母の施設に向かった。施設の相談員に負担限度額が上がってしまったことを告げると、2段階も上がった人もいたという。母は1段階上がっただけでこの騒ぎだからホント同情する。まあ、老人が増え続けるので、資産も年金もたんまりある人は自分で出すのが当たり前なのだし、母のような資産無し、預金無しで個室に入ろうなどとする方が心得違いなのかもしれないが…世知辛いなあ。母をどうしよう。

来年辺りには4人床に移るしかないかも、困ったなあとつぶやいたら、相談員がちょっと待ってとなにやら奥で計算を始め、施設が徴収している特別室料を値下げして最初の料金とほぼ替わらない金額を提示してきた。

何でも言ってみるものだね。地獄に仏。ありがたや。

で、帰りに元の施設に精算に寄り、顔なじみの相談員に母を動かすからまた腰痛が出たのよ、高くなったし、ここを出たくなかったのよと軽口を叩いていじめていると、個室入居者の集まりがどうも悪いらしく、もしかしたら秋にも空いてますよと電話するかも…待ってて、だと。

春からの騒動は一体何だったんだろう。リップサービスとも思えなかったが、裕福な老人が世間が思うほど多くないと言うことなのか、遺産となるはずの預金を減らしたくないという次世代が多いのか。いずれにせよ、ワタシの番が来たとき、ワタシが入る所があるのだろうか。

長生きはリスクだね。しかし、母を残しては死なないゾ。まだ旅も2度、3度、4度とするのだ。お金など残しておくものか、エイエイオー、とカラ元気なのだ。

ganbare_watashi at 15:56|PermalinkComments(16)TrackBack(0)医療・健康-臓器移植を含む 

2016年08月16日

月日は流れ〜♪

花火DSC01778娘と3匹の超うるさい計4匹がやってきてからもう16日。お久しぶりです。

1日1日が果てしなく長く、なのに月日はひとかたまりになってあっという間に過ぎていく。

昔もこんな感じで過ぎていき、気がつけばこんな歳になっていたのだった。4人がいなくなればまたしてもぐうたらな日々が始まり、ああ退屈だと言い出すのはわかりきっているだが、今日のところ、出かけてくれて久しぶりの一人の昼食が嬉しい。それにしても疲れた。婆さんになったものだと今更ながらびっくりする。

毎日、ドタバタいろんなことがあったが少しのメモを。娘たちと入れ替わりにお嫁さんと孫3人が戻ってくる。入院検査も待っていて、8月末には妹がやってくるので遊ばなければ。いつ仕事をする気なのだろう、ワタシ。そろそろ仕事オクレと連絡しなければ日干しになるのだが…。フリーというのはなかなかに厳しいのだ。

今年も花火を見に行った。母がらみの騒ぎに巻き込んで少し出遅れたので下の娘が予約してくれたが昨年のように最高の席とは行かなかったがそれなりに良い席だった。今回は8人の大所帯。段ボール製のクッションと団扇などが配られるが、幼稚園児は無料な代わり、座席無しでクッション持参。カンパしたからか上の娘が張り切って3合分のおにぎり、唐揚げ、枝豆などを用意。いつもは途中で調達するのだがこれはこれで嬉しい。ナイアガラが今年は700メートルに成長。フィナーレも一段と派手やかで大満足。来年も来たいなあ。母と何回か花火を見に行ったことを思い出す。母を連れ出したいのだがもう無理だ。後何年か経つと子供たちも私と見た花火を思い出すようになるのだろうか。

トーハクでギリシャ展。高校生の頃だったか、ギリシャ展を友人たちと見に行き、レリーフの少年に恋をした。こんなに美しい男の子がいるのかと茫然とした。大英博物館展だったと思う。その後2度大英博物館を訪れたが再会は出来ず、巡回中か、返還要求が通ってギリシャに返されたのか、作品が随分まばらだったのだが、今回の作品はすべてがギリシャからだった。この中には英国から返還されたものも混じっていたかもしれないが、例の少年はいなかった。勝手に美化して幻となっているのかも知れない。随分大がかりで良い作品も多いのでお薦め。それにしても古代ギリシャ人は女性も男性も実に美しいのはなぜだろう。

買い物と料理に追われるワタシを憐れんで優しい友人が美味しい手料理をご馳走してくれたっけ。場当たり的な粗食に慣れた舌には実に甘美な味でござった。もはや一光年も過ぎ去った遠い昔のような気がするがほんの数日のことなのよね。

昨日はディズニー映画「ファインディング・ドリー」w。5人分の座席を並んでとろうとして、前から3列目になり、老眼のせいで余計に目が疲れた。ディズニーはジャングル大帝のぱくりに腹を立ててから見ていない。もっとも子供が大きくなったのが主因ではあるのだが。この映画、それなりの面白さだったが、上の娘が「白雪姫」で跳んだりはねたり、泣いたり笑ったり、怖がったりと反応が素晴らしく面白かったことを思い出し、子供たちがキャーキャー声援するような映画の方が良かったなとワタシは思うのだったw。

そうそう、母の施設での夏祭りに下の娘夫婦と共に出席。途中で母は腰が痛いと1時間持たずに退席。最近、ようやく調子が良くなったようであまり痛みのことは言わなくなった。総合病院で予約できないと断られ、数時間車椅子は無理でどうしようと思っていたのでやれやれ。このまま何とか頑張ってくれればよいのだが。


ganbare_watashi at 13:10|PermalinkComments(6)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年07月29日

過去など振り返らないのさw

2016072921120000どうも憩室炎が長引く。未だにトマトの種を取り、ぼそぼそと食事制限している。歯ごたえのあるお肉が食べたい。肉食女子なのだ、ワタシ。

流しの縁に腹部が当たり鋭い痛みが走った。憩室炎の痛みとは別。でお腹を調べると、これは不思議。おへその右下辺りにえくぼのような凹みを見つけた。いつからあるのだろう。うーむ。虫眼鏡で覗くと小さなピンク色の発疹が。これはまごうことなく癌だ。これで長引く腸の違和感も、体重減少も、説明がつく。

直ちにネット捜索開始。しかし、お腹の陥没などどこを探してもない。で、仮説を立てた。腸の腫瘍が育って先端が皮膚にまで到達したに違いない。腫瘍なら大変、手術前にヨーロッパに行かねば。皮膚にまで到達するほどの腫瘍ならかなり進行しているに決まっている。テロなど何のその。娘は癌だってすぐ死ぬとは限らないのよ、すべて使い果たさないようにと釘を刺す。

直ちにいつもの中堅病院に電話をしたが、皮膚科の予約はとれたが外科はとれず待つことに。皮膚科の女医さんは内視鏡の跡のようですが手術は?色々手術を受けたけど、右下は記憶がない。で、ワタシの仮説を話すが、外科での検査結果が出てからじゃないと分からない。異常があれば1ヶ月後にと5分で放免。腹膜炎で手術を受けたがあれは右だったか、左だったか。娘に電話しても覚えてない。本人が覚えていないのだもの、そりゃそうだ。

外科で4時間待った。おかげで朝刊と本1冊読めた。呼び出し用の携帯を借り、散歩し、近くのカフェでケニア紅茶というのも飲んだ。ようやく対面できた医者は、2008年に息子の方の孫の出産時にバタバタ手伝って下血し、死亡率50%、毎年検査に来いと言った医者だった。前回の検査は…随分昔だねと、ちくりやられた。仮説を披瀝すると、お腹中央のクエスチョンマーク型のすっかり薄くなった傷跡を示して、ほら、ここを切ったのだからこれはドレインの跡だよと一気に粉砕。だとしたら25年間もこんな凹みがあったのか。へえ気付かなかった。有り難いことにケロイド体質ではないので、いくつもある手術跡は薄い筋になっていて、妊娠線と区別がつかない。ドレインねえ。そんなことあったのか、全く記憶にございません。

前回は腸と胃の検査を1日で済ませて大変ねと同情された。今回は1泊2日の検査を8月末に予約した。個室は2万5千円、4人部屋で板の仕切り付きが2700円、カーテンの仕切りは室料無料。やっぱり松竹梅なら竹でしょうと、2700円を選択。採血+胸部と腹部のレントゲン。ほら、やっぱりワタシの仮説もありうるってことでしょと、ちらりと考える。帰りに豪華食事をしようと思ったが、お腹がねえ。で椿屋でサンドイッチと紅茶1600円也を食べて帰ってきた。ここのサンドイッチ美味しいと思っていたけど、ミホミュージアムが1位に浮上、2位は改装後は分からないけど日本橋のブリヂストン美術館の限定サンド、3位は京橋千疋屋のフルーツサンド、なので、私の中で4位に転落した。

ドレインの跡も思い出せないほどなのに、3ヶ月の入院中、母が2度来ただけでそれも中学生と高校生の娘2人きりでいるのに1泊しただけで手伝ってもくれず、私が行くはずだったミュージカルに娘たちと行き楽しんだだけで妹宅に泊まって帰ってしまったことはくっきりしっかり覚えている。過去はなんでも忘れるのに、忘れるべきことは、忘れられないって、まったく厄介なことだ。

まあ、小者であることの証明に違いなく、修行の旅は続くのだ。まだまだ死ねないなあw。

ganbare_watashi at 21:29|PermalinkComments(12)TrackBack(0)医療・健康-臓器移植を含む 

2016年07月28日

騒動は忘れなくてもやってくる

お嫁さんのSちゃんが仕事の打ち合わせというので、孫3人を預かった。

ついこの間まで預けられると全力で泣き叫んでいた3歳児もにこにこしてやってくる。大きくなったものだ。こちらも少し肩の力を抜いて一応、昼ご飯にスパゲティかピザが好きという方を作ろうと材料だけ調えて待つ余裕が出てきた。

10時過ぎに賑やかにSちゃんに連れられてやってきた。この子たちは上の娘+3のギャング団と入れ替わりに今月末から1ヶ月間九州に発つ。外は幸い涼しい。思いついて、母を訪問することにした。母が新しい施設に替わってからまだ一度も行ってない。母たちと同じマンションの同じ階、すぐ近くにいてSちゃん共々両親宅に入り浸っていたので、母も喜ぶだろう。

一番下の3歳児の希望で近所のバス停に。昼間は1時間に1本しかこないので、待つようなら電車と思っていた。あと数歩でバス停のところで小2のUちゃんが今バスが来たら奇跡ねと言ったトタン、横をバスが通りすぎていった!Uちゃんは奇跡だとはしゃぐがやれやれだ。時刻表を見たら、本当に奇跡だった。そのバスは5分遅れで、次のバスは数分後に来る。11時台はわずか2本なのに。

次に来たバスは2車線の道路の追い越し車線を猛烈な勢いでやってきて、私たちを目にして慌てて車線を変更した。なんなんだ。このバス。と思ったら乗客は誰もいない。電車も地下鉄もある所ではあまりバスには乗らないかもね。

母はまたしても寝込んでいた。腰が痛いとリハビリも休んでいるという。ヘルパーさんに聞くと食事とおやつはちゃんと車椅子に座ってみんなとしっかり取っているから心配は要らないという。この間は左腰骨の辺りが痛いと言っていたのに痛いという箇所が腰に移動している。

ひい孫たちに大喜びしたが、その直後、一生のお願いだからちゃんとした病院につれて行ってと言い出す。先週、相談員と話し合い、彼女が整形病院につれて行ってくれることになっていたのだが、その後、母はリクレーションの運動にも参加し、すっかり大丈夫になったと聞いていた。看護婦さんも電話をくれ、日に日に良くなっているのでその必要はないとのことで、一昨日行ったときもすっかり元気だったのでちょっとびっくりだった。

朝晩、熱を測り、先週は尿検査も行い、看護婦さんだけではなく、常駐の医師も診ている。痛み止めもでているし、湿布類も持ち込んだ。執拗にどこどこの病院がよいと言いつのるのだが、その病院は母の妄想の中にあった。話を聞いてくれた転所前の医院というのは近所の内科・泌尿器科の医者で、整形ではない。そこは無理というと激高して、あなたは人の言うことを信じて親を信じられないのか、死んだ方がマシだとやりだした。痴呆症が時々顔を出す。対応するのはきつい。でも行かないでいるのもきつい。子供たちの前で何を言い出すのだろう。

子供たちに一人ずつ母の腰をさすって貰い、痛いの痛いの飛んでけと唱えて貰った。子供たちとワタシで3回ずつさすって唱えている内に母は笑い出した。やれやれ。

施設前の鯛焼き屋に買いに行ったら休みだった。子供にあまりお菓子は与えない主義なのだが頑張ってくれたのでご褒美のつもり。Uちゃんが鯛焼き食べたかったと何度も言うので仕方ない。バスを降りて子供たちにお菓子を1つずつ選ばせ、結局、お総菜パンと前夜の残りのポテトサラダ、トマトとソーセージ、ミルク、ソルダム+デザートという昼食となった。

お嫁さんが3時半に到着。先日、設定に失敗して使ってなかったルーターを見て貰う。その間、3歳児がおもちゃの上でおもちゃを握ったまま眠ってしまったので、布団を敷き、寝かせ、跳ね回る上の二人を公園に連れて行った所に下の娘からもうすぐ地下鉄に着くとメール。子供たちと一緒に娘を改札に迎えに行き、帰ってみると家の中が何だか匂う。

子供たちが臭い臭いと合唱するので、源を探すと、3歳児だった。「寝たまま」盛大に布団に吐いている。その後寝返りを打ったらしく、別の箇所にも吐いた跡が…。

シーツを剥がし、無圧マットレスのカバーを剥がし、シーツとカバーを洗い、無圧マットレスをお風呂場まで引きずっていきシャワーで洗った。さすが現役母親は慌てない。3歳児は喘息児で咳をしていたのだが咳をすると吐くことが多いのよ。

喘息の咳なので風邪ではありません、大丈夫ですと母のところで看護婦さんやヘルパーさんにも伝えていたのだが、抱き上げながら、あら熱いだときた。ららららら。もう遅い。Sちゃんたちが無事に出発するまで、いつなんどき医者に行くから残り2人を見ていての電話が来るかも分からない。母の施設からの電話があるかも知れない。で待機中の身となった。

ルーターはノートもwifiではなく有線でつなぎたかったのだが、うまくいかずwifi経由になり、デスクトップはノートに電源を入れないとつながらなくなった。これもほいほいと変な設定をした私が悪いのだが、もはややり直すつもりはない。昔のパソコンは良かったなあ、シンプルで。昔の介護もシンプルだったんだろうなあ。病院に連れていくだけで介護タクシーの手配から、施設からの紹介状、その他諸々ああ大変。今や老々介護の時代、一人で見るなんてとっても無理だけど、体力があってもぱっと連れ出して診て貰うなんてできないのよ、お母さん。


ganbare_watashi at 15:05|PermalinkComments(8)TrackBack(0)世迷い事 

2016年07月25日

映画とポケモンGO

9085c27c0523b858[1]実に私って物見高いのだ。野次馬とも言う。これは父から流れてきた一族の血のような気がするが、息子のことを知りたがりの小猿のジョージなどと呼んだこともあったが、私もジョージなのだ。

久しぶりに娘と有楽町へ。米国で騒ぎとなっていたポケモンGO。やりたくて仕方がなかったが、なんせあいにくなことにガラケー愛好者でできない。今後起きるであろう大地震のことを考えると自分の携帯番号でさえ覚えていないのだから電池切れで空き箱となったらもはや誰とも連絡できない。スマホが数日もつようになるまで断固ガラケーを手放すわけにはいかない。すでに娘から1台小学生用の子機を持たされているので、スマホも追加すれば3台持ちとなる。馬鹿馬鹿しい。

というわけでポケモンなんてと渋る娘に頭を下げて電車の中でダウンロードして貰った。二人で時々スマホ画面を眺めながら進む、間抜けな母子2人組みとして有楽町界隈をうろうろw。ポケモンカードを集めたこともなかったし、よく知らなかったので、当然だが、可愛いとは思うが夢中にはなれない。ということでスマホを買わなくて良かったという結論を出したが、すぐ削除するからねと言っていた娘の方は帰ってからも遊んでいたので、多分、削除は当分先になるかもw。

ポケモンGOをしながら向かった映画はフラワーショー。チェルシーフラワーショーの話が中心に来る。かなりご都合主義で、ぼやぼやそんなことしてないでとっとと準備すればと怒鳴りたくなるようなところもあるが、ばかげた枝葉に目をつむれば、花一杯で楽しかった。

娘をつついて、ほらこれがチェルシーフラワーショーよと囁くのも快感w。友人と行って恐ろしい雷と豪雨に見舞われ、地下鉄の駅は閉鎖という有様で、高かったのに十二分には堪能できなかったがその分、記憶は鮮明。ほらあそこは泊まったホテルに近い所でといいかけて、そうか、上の娘と行ったのだった。もう一度上の娘と見に行こうかなw。

久しぶりの外出だと思ったのだが、2週間ほど前に娘と小2の孫娘のピアノ発表会に行き、帰りに娘の相手ののんちゃんまんも加わって美味しいピザとタンシチューを食べてぶり返したことを思い出した。で、昨日ものんちゃんまんが途中から加わり、中華に行き、量を半分にして食べて貰い、でもやはり物足りないのでケーキを買って帰り娘宅でお茶。とっても楽しかったが、お腹が心配で夕食は抜いた。さてどうなるか。

ganbare_watashi at 10:41|PermalinkComments(10)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年07月20日

病気になって思うこと

[追記あり]

今までは母や子供たちの保護者役だった。母は私のことをお母さんみたいと言っているが、何時までもお母さんでいられない。体力の限界をつくづく感じた。子供たちだって、いつの間にか私を保護する対象だとみつつある。ま、自然の流れだ。ずっと現役で働いてきたし、今も働いている。だから引退した人たちよりはまだ慣れているはずだが、母や自分の書類の申請や手続きに顎が出る。もうやりたくない。頭も体も衰えたことをはっきり感じる。まだ周囲に働いている人も多いが、昔の自分ではないことを認め、スピードも量も減らしてやっていく時期が来ているのだろう。

現在、都知事選の真っ最中なのだが、別に鳥越さんに恨みがある訳じゃないし、右でも左でも自治体の長という者は、さくさくとその地域の住民のために着実に仕事をこなしてくれる人なら文句は言わないのだが、どうみても鳥越さんには不安がありすぎる。

昭和15年の生まれで、終戦時に20歳だったから、戦争のことはよく知っていると言ってみたかと思うと、都知事選の投票日は3月、いや、4月31日(7月31日が正解。4月は30日で終わり。私よりひどい呆けぶりw)と言ってみたり、選挙公約が100%癌検診だったり。しかもその字がばらばらで衝撃的な汚さ。汚いだけではなく、脳梗塞を患った母が最初の頃書いた字に似ていて、アチャアー。

ステージ4の末期癌を患い、その後2回転移し、10年ほど闘病生活を続けたという。つまり現役をほぼ退いた生活をしていたわけだ。まあ後期高齢者の76歳なのだから、ゆっくり生活を楽しめばよいと思うのだ。

死ぬ前に一花咲かせたいという気持ちも分かる。自分はまだやれる、と鼓舞する気持ちも周囲に再び認められたいとの気持ちも。しかし、自分が趣味でやることや、せいぜいNGOや民間会社で働くことなら、何かあっても他に代わりもいるし、周囲にたいして迷惑もかからないから良いが、東京都は、都市としては世界一、世界で11位の国に相当する1兆6100億円という巨大な経済規模を有する巨大な組織で、都民1300万人が大きな影響を受けることになる。

そのトップが高齢で選挙活動も碌に出来ず、テレビ討論ではうつろな目をして机にうつぶしたり目をつぶるような状態だったり、本人は来ませんという看板を立てて代理が演説するという状態で、東京都について興味もなくやる気もなく政策も考えていない状態だと迷惑なのだ。おまけにどうも妄想全開のようで、立ち合い演説会に20分遅刻した上に、自己紹介と森進一を紹介しただけで、いなくなったかと思えば、反安保集会に向かってそこで演説していたらしいのだが、国会議員の選挙じゃなく、都知事選挙だと分かっているのだろうか。

自分の生き甲斐のために都民を巻き込まないで欲しい。新都知事はすぐリオに行くことが決まっているが、ちゃんと挨拶できるのだろうか。どれほど都民として恥ずかしい思いをするか、想像しただけで、お腹が余計痛くなる。いや、その前に長時間の飛行機に耐えられるのだろうか。そんな不安を抱かせる候補者はおかしい。企業だって人を雇う前には身体検査をするのだ。重要ポストに就任する場合は尚更だ。

都知事には、大地震など大きな災害時には迅速に先頭に立って、人命救助に奮闘し、次々に生じる問題に指導力を発揮してタフに立ち向かう人が欲しい。こちらが介護したり助けなければならない人に都知事が務まるはずがない。足手まといにしかならない。

これほどおかしな状態なのに、テレビは編集して見せない。知らせない。なんといっても知名度があるから昔の彼を想像して票を投じる人は多いだろう。もし当選して途中でやはり大変だできないと放り出したら?また50億円が無駄になる。震災への備えやオリンピックの準備、保育園や老人問題。難問が山積しているのにまた何十日か無駄になる。

高齢者がますます多くなるのだから、今後は立候補者には身体検査と痴呆検査を義務づけるべきだと思う。

自分を知るのは、潮時を知るのは、小物も大物も若くても年寄りでも難しいねえ。

[追記:こういうツイッターを見つけました。

「百田尚樹さん:某知事候補が某ガン保険の会社から一回100万円の講演で計5000万円を受け取っていたという。選挙公約で「ガン検診100%」をテレビで語ったとなれば、これはあからさまな利益供与と見られても仕方がない。」

で、現在、鳥越氏はアフラックの宣伝に出ていて、選挙対策本部で支援者たちと撮った写真の中央にはアフラックのあひるが!
女性問題もどうやら出てきたようで、野党4党は頭が痛いでしょうね。
古賀さんはちゃんとしていたし、宇都宮さんでも良かったのになぜ彼だったのか…候補者あっての話なのに実に不思議。]

ganbare_watashi at 21:13|PermalinkComments(8)TrackBack(0)ニュース・事件 

そろそろと復調かな

さて憩室炎を起こして寝込んでいたのですが、長年の持病とはいえ、嫌なものです。

せっかくの友人とのランチ、私はランチは目玉のセットではなく紅茶と憩室炎の友、プリンそしてちっぽけなパン1個。美味しそうにランチセットとデザートを2つ食べる彼女を指をくわえてじっとみてました。よほど悲しそうな顔をしてたのか、マンゴーババロアを2口味見させてくれました。美味しかった。ありがとう。その後の音楽会で不整脈も治まって良かったw。

今回は最初にしっかりと食事を抜きほぼ全快までこぎ着けたのに、暑い最中に役所や母のところに重い洗濯物付きで行き、もういいだろうと、食べ始めたのだが、何せ昼間歩き回っているから食欲全開で、つい、食べすぎ、夜中にお腹の痛みにうなる羽目に。

手持ちのよく効く薬がなくなり、しょうがなく近所の医院を受診したら、その薬は強いからこちらでと出されたものが大きい、太い!こんな薬飲み込める人がいるのかという代物で1度に2個、しかも1日3回。もちろん、私には無理。

仕方がないのでハサミで2つに切ったら、喉に引っかかり、水を飲んで落ちつかせ(たつもりが)、ダメで盛大に吐き、誤嚥し、数時間もひどい目にあった。誤嚥による肺炎で亡くなったお父さん、苦しかっただろうなあ。肺炎も覚悟したが大丈夫だった。まだ若くて咳に勢いがあって良かった。

というわけで、毎日、薬を細かく切り刻み、スプーンの裏でごりごりと擂るという地道な苦行も加わって気分も低空飛行。薬は終わったが、何とはなしにまだ違和感があるので恐る恐る様子を見つつ食事量を増やしている所なのだ。

しかしまあ、かれこれ30年以上もつきあってきた持病だが、今回改めてネットで検索したら、野菜と果物はダメとあった。いままでゼリー、プリン、ジュース類、その後スープで乗り切ってきたのだが、線維の入らない果汁やスープって難題。そろそろ栄養失調や他の病気も心配になり、トマトから丁寧に種を抜いたり、乾燥スープなどを試しているが、施設にいる母の食事が美味しそうに見えてきたのだからもはや末期症状かもw。こんがり焼けて、痩せたので、トドなどと娘から誹謗中傷を受けてきたが、ゴボウの方に近寄ってきたw。もしかしたら凄く健康そうに見えるかもネw。

ganbare_watashi at 14:23|PermalinkComments(6)TrackBack(0)世迷い事 | 医療・健康-臓器移植を含む

2016年07月12日

証、証、証

公的な保険証って国民にしろ、厚生にしろ、健康保険証の類は1枚だけだと思っていた。母たちと関わるまで。

なんて面倒なのだ。面倒くさいの大嫌いなのに。自分のことじゃないし、覚えようともしないから、尚更分からない。頭が拒否する。で、当然、トラブルが生じる。

母が現在もっているのは、後期高齢者医療被保険者証、後期高齢者医療限度額適用・標準負担額減額認定証、介護保険被保険者証、介護保険負担限度額認定証、介護保険負担割合証。ふー。

これらの期限が7月末で切れる。新しい証書はまだ送ってこない。後期高齢者医療被保険者証については7月13日以降に送付というお知らせが来た。で、他のはどうなっているのだろう。申請手続きが必要なものがあったはずだ。

で、区役所に電話をしてみた。すべて担当部署が違った。同じような証書なのだから証書係りを作っておいてくれれば助かるのだが。音声案内でOKなのに、込み入った質問の時のみ担当者につなげばいいのにと自分の不勉強や記憶後退を棚に上げる。でぐるぐる回された最後にようやく申請が必要な部署を探し当てた。危うく限度額認定を逃す所だった。そうじゃなくても月17万とか18万と言われていて、炎天下にえっちらおっちら月3万円の洗濯代を節約して往復しているのに限度額認定がなくなれば、母はすぐに退去せざるを得なくなる。えらいこっちゃ。

で、区役所の担当者に申請書類を6月始めに送付したと言われ、全く覚えがないので受けとってないと答えたのだが…。ありました。母の転所騒ぎで一時的(のつもり)に置いた母の日記の下敷きとなって。

無事に出てきたが、急いで申請しなければ、また忘れてしまう。すぐに腰が上がらない、この馬力のなさ、気力のなさ。なんでも面倒で動きたくないのは、明らかに老化なのか、鬱なのか。単にものぐさなのか。暑さのせいだ。いや、潜在的にやりたくないことはやりたくないと踏ん張るのは、これは両親の血筋なのだろうと親のせいにして蓋をして、また1年後に、あ、忘れてたとなるのだろうな。

で、

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ganbare_watashi at 12:26|PermalinkComments(8)TrackBack(0)世迷い事 

2016年07月09日

20%

P1030549ついに20%に突入。

驚くなかれ、体脂肪が20%になった。この年代の女性であれば、平均より少しやせ気味で23%〜29%というから痩せすぎだ〜。体重は18歳当時に戻った。重力には負けすぎてるけど。少しぽっちゃりの方が健康上も良いし、美容上も良いのに。ああ、皺が増える。

これも春の旅で毎日1万数千歩を歩き、帰るとすぐに母の転所騒ぎがあり、10日間ほど暑さの中1万歩を越えて施設巡りを敢行、ようやく母の引っ越しが終わったら、今度は片道30分を重い荷物を持って歩いて日参。で数日前から疲れが溜まったのだろう、イヤ、多分ストレスだろうが持病の憩室炎を発症してここ数日液体+プリンとゼリーで生きてきた結果なのだ。

8年ほど前に1日1300キロカロリーに抑えろと近所の、私の意見では、痴呆症気味の医者から命令されたのを逆らって普通に食べていたのだが、ほ〜らワタシが反抗したとおり、どうせ少し生活が変わったり年と共に食が細くなればすぐこうなる。らくだのように食べ物が美味しいときにお腹に蓄えた方が良いんじゃないのかねと、これは逆に走りすぎの暴言だろうが、多少の小太りの方が健康で長生きというデータも出ている。

昨日は大きな袋2個分も洗濯物があった。これをゴロゴロに詰め込んで母の所に行った。内、1袋はなんと、その前に私が洗濯済みで母に渡した物だった。洗濯機に入れながら前回とすべて同じでおかしいと気付いたのだが。最近、やたら多い。1日あくと靴下5足にシャツ4枚、ズボン3本、パジャマ2組その他下着多数はやり過ぎでしょ。で、母に洗濯物が多いねと言うと、多い方がやりがいがあって良いでしょ、だと。重いのよ。これは聞こえないふりでパスされた。片道30分かかるしねというと、あらあなたにちょうど良い散歩コースね。毒舌が冴え渡るが、合間に腰が痛いとうなる。

医者によると痛みはないはずなのだが、鎮痛剤も母の要求で湿布薬も出して貰っているし、3個目のコルセットも持参した(2個は痩せたので体に合わないそうだ)。心配していた幻の痛みが出始めたようで、勿論機嫌が悪く、看護婦さんを朝からひっきり無しに呼んでいるらしく、手がかからないからと優先的に入ったので身が縮む。頭の下げまくりだ。ごく小さな施設で介護の人たちもゆとりがあるのだろう、皆さんが親切で本当に良かった。

挙げ句の果て、私の香水を持っていったでしょ、返してといいだした。やはり香水類を新聞紙とビニールで包んでいたらしい。既に遅し。ゴミと間違えてすべて処分されている。要らないと言うから持って帰ったけど、今度持ってくるねと何度か言い聞かせる。お棺に振りかけるんだからと母。お母さんはお棺の中でもプンプン匂いを振りまくのねなどと茶化すと、もう私はダメなのよ、もうもたない。分かっているのだからと今度は泣き落としにかかる。

お母さん、前の施設に入るときには検査結果が悪くて入れるか心配するほどだったのに、出るときには悪い所はどこもないと言われたのよと(コレステロールは少々高いし心臓の動脈は石灰化しているけど、それ以外は正常になっていた。私より元気じゃん)、あと5年は絶対大丈夫と少々誇張して話していると俄然元気を取り返した。100歳まで生きることにする。そうそう。

やれやれ。環境の激変で気を張っていたのだろう。環境になれてきてホッとしたのか今頃出てきたのね。どうせ世話をするのなら、90分の1くらいの年の小さくて抱き上げられ、美味しそうなミルクの匂いのするほっぺのプリプリした子の方が良いけど、しょうがないつきあうよ、お母さん。

帰りに駅前のケーキ屋で極上プリンを買い、ちょっと気分を直して、上の娘にああだ、こうだと言いつけてると、ああ将来が見えるわ、お母さんが調度お婆ちゃんみたいになるのよ、血なのよ、止めてよねとエラソーに言う。ふん、君も同じなのよ。

[追記:耳が急に遠くなったと騒ぐので相談員の人に耳鼻科受診をお願いして、まず看護婦さんに耳の中を見て貰うことになっていた。母にも告げたのだが、どうやらそれで気になったらしい。相談員から自分でひっかいたらしく耳の中で出血の跡があり、付属病院に耳鼻科に連れて行くようにとの電話があり、車椅子で受診可能かいくつかの耳鼻科を調べていたのだが、今回の腰痛騒ぎで納まるまで待とうということに。暑さが納まるまで待とうっと。まずは良かった]



ganbare_watashi at 11:16|PermalinkComments(8)TrackBack(0)世迷い事 | 医療・健康-臓器移植を含む

2016年07月05日

空豆

空豆が好き。

この時期、鞘付きの空豆が出回る。嬉しいね。
この間、鞘がついたまま空豆を茹で、ついでに卵も茹でた。
卵がきれいなグレーに染め上がった。

P1030669むむ、空豆は緑じゃなくてグレーになるのか。

また別の日に豆を茹でたらゆで汁がピンクになっているのを発見。グレーじゃなくてピンク?きれいなピンクじゃないの。なんじゃそりゃ。つらつら考えるに、最初の時はステンレスのお鍋だった。

次のときはレトルトカレーと同居させてアルミのお鍋で茹でたのだった。このお鍋、大昔に購入した両方に口のついた鍋で大きさが手頃なため、ボコボコなのに、捨てては拾い上げを繰り返しているのだが、アルミが触媒になったのじゃないかと思いついた。

で、夏にいつも重宝していた、白の何の飾りもないシンプルなシルクのカーディガンで、数年前に洗濯の時にピンクの色が移り、ずっと同じ物を探しても見つからず、染められたらいいのにと思っていた、これまた捨てては拾うを繰り返していたちょうど良い物があった。渡りに船ってこういうときに言うんだね。

P1030671調べりゃいいんだけど、発作的に始めちゃったので、実験、実験と、空豆の皮を1パック分剥いてアルミの鍋に入れ煮出し、コーヒーフィルターで濾した中にドブンとカーディガンを漬けた。さすがにボタンは取り外したけど。

で、時々箸で混ぜ混ぜ、上下を入れ替え、10分くらいかな、もうちょっとかな、よーく煮てから、水洗いをしたら、あーら不思議、とってもきれいなピーチ色が混じったようなベージュに染め上がったのでありました。

やってみるものだね。

白の対比として白のパーカーの上に被せて写真を撮ったのでご覧あれ。あ、アイロンはかけない主義なので皺は見ないで。

この色がどのくらい定着するのか分からないけど、色が薄れてきたら、また空豆を食べて鞘で煮ればいいのだから、なんて素晴らしい。じゃない?

ganbare_watashi at 21:15|PermalinkComments(12)TrackBack(0)嬉しいこと、おかしなこと 

2016年07月03日

EU離脱その2

離脱賛成派は圧倒的に少ないようである。肩身が狭いw。
でも頑張ってなぜ離脱しても英国は大丈夫なのかその続きを書こうっと。

離脱反対派の意見は経済に偏っている。EU枠内でなければ英国の経済は大打撃を受けるとか、企業が一斉に英国を見捨てるとか、孤立するとか…。

本当だろうか?どちらが長期的に見て英国民のために(英国企業というよりも)なるか考えてみよう。

彼らはジョンブル魂を持っている。滅多なことでは動じない、忍耐強い国民だ。地下鉄でのテロの時でさえ、早足だが走らず避難した様子にほおっと感心した。昔、英国人の友人に、レディは走るものじゃないとたしなめられたことがあったがなるほどなと。それが過半数が嫌だと言ったのだ。単なる感情論で馬鹿なことをしでかしたとは思えない。

ご存じの通り英国は世界中に植民地を有していた。今でも英連邦としてカナダ、オーストラリア、ニュージーランドを含め、15カ国、英国を入れると16カ国から構成される存在がある。インドなど旧植民地で英語を母国語とし、密接な関係にある国は数多い。その中には勿論、米国という大きな国も含まれる。

EUから離脱してもこれらの国との縁が切れるわけではない。また英国にとってEUが大事な貿易相手国であるのと同時にEUの他の諸国にとっても英国は重要な貿易相手国である。関税で困るのは英国側だけではない。

欧州の特筆すべき特徴は外交能力だと私は思っている。なんせこれまで揉まれて経験豊かですからねえ。
多分、これから交渉が始まり、準加盟国か準々加盟国w並みの待遇に落ちつくのではないかと思っている。確か、いくつかの協定を英国はこれらEU諸国と結んでいるはずだ。スイスやノルウェイの状況については知らないが、彼ら豊かな国々はEUに加盟するメリットを見つけられずに加盟していない。でそれらの国が加盟していないことで困難に陥っているとは聞かない。

英国も社会の不安定化、治安の悪化、社会保障の増大、それにともなう不安と反感、社会の亀裂、そして巨額のEUへの拠出金を考え合わせれば、加盟しているメリットは少ない、いやデメリットの方が多いと判断してもおかしくないだろう。特に国民にとって、穏やかで調和の取れた生活が何よりと考えている人たちにとって、多少の経済的打撃は物の数ではないのかも知れない。経済は好調で失業率も5%とEU内では低い。当面、持ちこたえられるだろう。

なんといっても、英語は世界共通語なのだし、その盟主である英国は残留派が驚くほど早く回復するのではないだろうか。ただし、指導者が早く見つかり、指導者の素質を発揮すればではあるが。

残念ながら、素晴らしい理念であったが、ドイツが突出して経済が好調という今の状況でのメルケルさんの他国に計ったとはとても思えない、難民はすべて受け入れるという宣言は、好事魔多しの例え通りだったなと人の悪い私は思うのだ。

ganbare_watashi at 12:06|PermalinkComments(6)TrackBack(0)ニュース・事件 

2016年07月01日

EU離脱、でも花は咲いた♪

P1030666娘に貰った3個の球根。
先日見事に花開いた。

ベランダを開けて仕事をしているとむせ返るように香ってくる。
咳が出たハハハ。

というわけで、切り花にせずベランダの豪華な百合をガラス越しに堪能している。それにしても豪華な花だねえ。

先日、ブログ友の所では桜桃が高いという話で盛り上がっていたが、今年はやたら桜桃が安い。
多分、千疋屋などの桜桃を見れば事情が違うのかも知らないが、今年は桜桃の当たり年のような。アメリカンチェリーより安いのだから驚く。

1パック280円にまたしても値が下がっているのを見て1パック買ったのだが、昨日、スーパーで今度は2倍ほどもずっしりと重い桜桃が560円580円で、娘共々思わず手が出た。両方とも佐藤錦の表示があった。

左が昨日買った560円のパック。右がその前に買った280円のパック。両方とも既にお腹の中にだいぶ入ってしまったが、左のは大粒でとってもきれいだった。もちろん、甘くて美味しかった。P1030667

               写真をクリックすると粒の違いがよく分かります→






ところで、英国のEU離脱で、TVのコメンテーターがしたり顔で地方の老人たち、つまりチホウ老人が離脱に投じたからだとコメントしていた。反知性だのポピュリズムだの、離脱は馬鹿で残留が利口だと大合唱だ。

しかし、なぜ離脱が英国に悪いのか長期、短期の視点から解説するようなものはなかった。背景や理由を経済
面以外でも調べないで、ぺったり反知性とレッテルを貼って満足するのはそれこそ思考停止の反知性じゃないのか。何であれ自分の意見と異なれば反知性だのポピュリズムだのと、つまり自分の意見が正しく知性的だと自己満足に浸っている図はあまり知性的には見えない。

英国の人口は約6500万人、日本の半分弱だ。ここに昨年1年間で38万人の移民が入ってきた。

EUに加盟していると同じ加盟国からの移民は拒否できない。拒否できないどころか全くコントロールできない。つまり、税関で止められることなく、国内と同じにそのまま入ってくるのだからどこの誰がどんな人間が入り込んでも分からない。三分の1程度だったかは難民だが、EUのどこかの国に入れば同じことだ。

しかも英国民と同じ権利を有することになる。ゆりかごから墓場までね。世界に冠たる社会福祉制度だ。こりゃあ集まってくるに決まっている。すでに病院は緊急でも数時間待ち、手術はキャンセル、学校はパンク状態だという。しかも英語を話せない人たち、文化の全く異なる人たちなのだ。どうやって対処すればいいのか。 

ドイツのメルケル首相がシリア難民をすべて受け入れると宣言した後の移民の波、まるで逆十字軍、国を壊すことになると思ってみていたのだが、そうなりつつある。英国は瀬戸際で難民の流入を必死に食い止めていたが、難民の流れは今後も続くだろう。誰だって安全で心地よい生活がしたいのだから当然だ。しかもその中にはテロリストも犯罪者も紛れ込んでいるのははっきりしている。

私には離脱で経済的なメリットよりも安全を選択したように思える。
既得権にしがみつく老人、大衆などと馬鹿にしているが、十年以上前に英国を旅行したときには鍵もかけない安全な所もあり、実際田舎では鍵もかけずに散歩したのだし、ロンドンの中心部でも一部を除き大きな危険は感じなかったのだが、数年前はロンドンの街中で軒並み地下室に頑丈な鉄棒が填められているのに驚いた。ドアには二重三重にかんぬきだ。

昔暮らしていた海外の某市は安全な街だったが、香港返還で大量の人たちが流入し、わずか数年でマフィアの撃ち合いが街中で発生し、友人宅は全員がセキュリティに加入するようになっていた。

一旦、安全が壊れると早い。街の治安に手が回らなくなるとあっという間に崩れていく。シリアだってわずか十数年前までは曲がりなりにも普通に人々がちゃんとした建物で暮らせていたのだから。

2015年の欧州の失業率は英国は5%強だが、軒並み10%を大きく越えている。好調なドイツでさえ5%に近く、スペイン、ギリシャは20%を大きく越えている。若年層の失業率はこれよりもっと高くなる。ちなみに日本は3%台だ。仕事も金もない、言葉の話せない若者で、その上女性や酒類に免役のない人たちが大量に流入したら、グループで固まるとどういうことになるのか。ちょっと想像しただけで分かるだろう。ドイツその他で婦女暴行事件が多発したとニュースが流れていたが、当たり前だ。綺麗事は所詮綺麗事に過ぎない。

[追記]*欧州委員会内で様々な統計を担当する部局「ユーロスタット」による2012年秋のデータでは、若年層(15歳から24歳まで)の失業率でイタリアが約35%に達していたという。その後、経済が持ち直した気配はないので更に悪化している可能性も。

何らかのコントロールと現実的な対処方法が見つかるまでは少数ずつ教育しつつ受け入れていくしか安全や秩序、社会生活を守ることは不可能に近いだろう。もしそれが出来ないのであれば、私もたとえ少々株価が下がろうと、非難されようと、経済より安全を取る。反知性でも何でも結構だ。

ganbare_watashi at 15:33|PermalinkComments(8)TrackBack(0)世迷い事 | ニュース・事件