あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

2209アーティゾン5こんにちは。お久しぶりです。毎日、ゴロゴロとどうでも良い本を読み、自分を甘やかす怠惰な日々を過ごし脳みそのカビが増殖中のさなえです。ゴロゴロしていても生きていると色々ありますけど不快なことは置いといて、と。

久しぶりに日本橋、銀座方面に妹と出かけました。
ブリヂストン美術館は1階の喫茶店を含めお気に入りの美術館だったのが、建て替えてアーティゾンなる名前に変化。気に入らない。なぜブリヂストンじゃあダメなんだろう。

スマホでチケットを購入するようになっていて、入り口からトラブル。ワタシのスマホは読み込む位置が少し他とは違うとのことで大抵もたもたするから妹に依存。妹は絶えずスマホを触っているしiPhoneだから大丈夫だと思ったが読み込めない。ああでもないこうでもないと係の人もつきっきりで操作を指示するが前に進めない。かなりの時間がかかった。通常ならとっくに入っているのに…スマホ一辺倒じゃなくチケットも販売すれば良いのに何だかこれって変だと思うのは私だけかなあ。

旧ブリヂストン美術館ではエジプト辺り専門の部屋やピカソの部屋などに別れ多数の作品が盛り沢山に陳列されていたのが広い部屋に小数ずつで、お気に入りの古代の壺や猫なども消え、ピカソも1点のみ。ケチしないで沢山陳列してよ〜。何度も足を運ぶように少しずつ勿体ぶってだす作戦なのかなあ。それとも一部売却して建築費に充てたとか?それはないよと思いたい。陳列されている作品の一部は写真撮影が許されていたし、それなりに面白かったのも確かだが、以前と比べてしまうので、年寄りらしく昔の方が良かったと言う感想になってしまった。2209アーティゾン1

目の前の千疋屋でフルーツ+サーモンのサンドイッチ。妹のおごり。やっぱり美味しい。が、以前は昼食に良く利用していたが値段が上がっていたからか人が少なかった。妹がケーキをお土産用に買ってくれた。わーいw。

二人で次に向かったのは貴金属店w。金価格が下がっていたから様子を見に行ったのだが店舗入り口におばさんたちが数人たむろ。みんな目ざといのね。店舗内は混んでるようで2時間後に来るようにとのビラを受け取り、松屋デパートに。ウロウロしているウチに金を買う気など消え失せ別の物に。

その後金価格は下がっていったから買えなくて良かった。ついてるねえw。娘が粒の金を欲しがっていたがお預け。良かった良かったw。

写真はクリックすれば大きくなります。

LINE_ALBUM_2022730-31 小布施_220801_24さて、2日目の夜、美味しかったし、ほろ酔い気分で気分良く宿に戻り、お風呂は朝入ろうとシャワーだけで済まし、さっさと寝たのだが、どんなに気分が良かろうが悪かろうが朝早く目は覚める。4時前だ。

娘は熟睡中。広い部屋だが区切られてないし、テレビも電気もつけるわけにいかない。お風呂以外、出来ることがない。でしょ?で、仕方がないので本を読みながら部屋の一番奥にあるお風呂にお湯を入れ始めた。大きな浴槽だから時間がかかる。蛇口からは強い水流でドドドドドとばかりにお湯が落ちる。

突然、頭上から怒声が響いた。何してるのよ。ウルサイ、ひどい、その他諸々w。50平米を超える部屋だし、端と端だから大丈夫だと思ったのだがそうは上手くいかず、耳元の滝の音ほども響いたらしい…。

LINE_ALBUM_2022730-31 小布施_220801_2ははあっとひれ伏して、お風呂は諦めて着替え、1階の図書室に避難したw。
前回泊まったときにこの宿の図書室は使ったことがあるが贅沢で素敵な図書室なのだ。テーブルもちょっとした逸品で勿論椅子も座り心地が良い♡。

朝が早い下の娘に図書室にいるとメールして本読みモードに入ったw。東京オリンピックの際の競技場設計にまつわる問題点やいざこざなどを当事者である伊藤豊雄さんが指摘している、本人が宿に寄贈した本であり、なぜこの宿へ寄贈なのかも興味深いし、内容も非常に興味深かったが、下の娘夫婦が図書室に4時半過ぎに迎えに来てくれたので結末は分からずじまい。この本を近所の本屋か図書館で探さねばw。

静かで平和な早朝の小布施をぐるりと散歩。上の娘には叱られたが棚ぼたの充実した気持ちの良い時間となったし、朝食は前回と同じく英国流のフルブレックファーストみたいな質量共に素敵な食事で満足。絞りたてのリンゴジュースがとっても美味しかった。ただここでも紅茶は落第。ミルクティを頼んだら沸かしたミルクが添えられていた。ミルクは沸かすと匂いが出て紅茶の風味を殺すからダメなのよ…。

こだわりはほぼ皆無の人間だけど、紅茶だけは美味しく飲みたいのだ。

北斎様の竜の天井画がある寺院を今回も訪問したのだが、昔は畳にみんな寝転んで頭上の竜を見ながら解説を聞いたのが、次は畳に座って聞き、その次は長椅子に座り、今回は1脚ずつ。お坊さんの解説がプロのガイドのようにスムーズになっていたw。

LINE_ALBUM_2022730-31 小布施_220801_0最初に拝見したのは20年以上も前なのに天井画の色は少しも落ちていないし、実に鮮明だ。どうやら描かれた頃から少しも変わりがないようだ。非常に高価な絵の具を使用していることも一因だそうだが、ガラスケースに入っているわけもなく空気にさらされているのに何百年も色が変わらないってスゴイねえ。

帰りの新幹線は速かった。以前はなかったのに、新幹線自体が特急なのに、軽井沢など途中の駅をすっ飛ばして高崎と大宮しか止まらない列車があるとは。ああ、時代に大きく遅れてしまったのねワタシw。あ、さすがに上野は止まったような気がするが記憶が…w。

絵の寿命に比べ、人間の寿命は短い。また何年か後に拝観できるかなあ。寿命が尽きそうなほどヨレヨレになったら急いでやってこようっと。

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写真はクリックすると大きくなります。

ネット上で安倍元首相への献花台が出来ていました。
献花してきました。

安倍さんが弾く優しいタッチのピアノを聞いていてとっても悲しくなりました。
まだ若くこれからさらに十年や二十年、持ち前の馬力と外交手腕を駆使して国つまり私たちのために働いて下さるはずの人がなぜ死ななくてはいけないかったのでしょうね。

デジタル献花台

安倍さんが演奏する優しいタッチのピアノ曲が流れ、選んだ花を献花することが出来ます。

ネット上だけど、なんだかしんみりしました。

そういう時代なんですねえ〜。


LINE_ALBUM_2022730-31 小布施_220801_59仕事も辞めたし、両親ともに亡くなってしまったし、もうストレスのかかることはあまりないと思っていたのに、どうも生きている限り無理なようですなあ。

お隣さんが大規模な、3ヶ月もかかるリフォーム中で、騒音と振動もなかなかのものなのに、同時に目の前の小学校も夏休み中にと外壁などの大規模な工事に入っていて、音と人の出入りが気になり、カーテンを閉め切り、外は灼熱+コロナだから逃げ出せず、エアコン24時間作動させて、じっと家にいる状態で身動きできないのだ。片付けに絶好のチャンスだけどこれは辞退…w

娘夫婦のマンションは徒歩2,3分の所にあり、昼間逃げてきて良いと言ってくれているのだが、たかが2,3分でも暑い、面倒…何にも集中できないし、ついついパソコンで細切れのゲームをするしかなく、目が痛いと騒ぐお粗末さ。何もすることがない、やる気が起きないというのも、贅沢な悩みだと思いつつ、ストレスだあ!

静かで平和で美味しかった旅も遠い記憶となりつつある。記憶が泡のように消える前に…

小布施では私の寿命を出来るなら10歳くらいなら差し上げたかった崇拝する北斎様詣でを、勿論、宿に到着後直ちに敢行。といっても宿は北斎館の真ん前なんだけどw。この桝一客殿というユニークな宿には以前、下の娘と泊まったことがあり、到着時の客室の説明の際に頂いた30分以内に食べて下さいという市場には出ないユニークなお菓子をもう一度食べてみたかったので、説明の際に、つい、前回のお菓子があればまた食べたいと言ってしまい、同じ物はなかったが別のお菓子を取りに行ってくれ、後で娘から恥ずかしい、食いしん坊と叱られる羽目に…。だってねえ…売ってないお菓子でとても美味しかったらまた食べたくなるのが人情よね。LINE_ALBUM_2022730-31 小布施_220801_45

LINE_ALBUM_2022730-31 小布施_220801_43前回、お風呂が深くて大きくて大量のお湯が必要で各自、時間をかけて溜めたあげくちゃぷんですぐお湯を流してしまったのを思い出し、お風呂の小さい方の客室を選び、娘夫婦は斜めに半階下がった客室に落ち着いたのだが、あまり変わらず、深く大きかったし、部屋自体は私たちの方が大きかった。

                       ↑ 伸びてる可哀想なノンちゃんマン

↑娘たちの部屋の浴室入り口。超モダンw。水圧の強さに多分皆さんビックリだと思う。奥に深くて大きな石?レンガ+ガラス?の浴槽。シャワーも横からのと天井から落ちるタイプの2種類が備えてある。

この宿、これで前回と併せて3室みたことになるが、すべて違う。12室の部屋が全部異なる仕様のようで実にユニークだ。

北斎館は3,4回目だが、祭り屋台の場所が毎回変わり、どんどん厳重になっていく。最初にここで見たときは確か倉の中に置いてあり、自由に入ってぐるりを回って見学というか、見物したような気がするし、前回は建物の中だったが、今回のようにガラスの壁越しではなかったと思う。素晴らしさは変わらないが、二、三十年前、近所のデパートで500円也の入場料で見物人もほぼいない状態で出会ったときの衝撃は未だに忘れられない。北斎様は永遠だ。

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前回の夕食は宿の道を隔てた横にある大きな竈が特色の料理屋だったが、今回は特徴的な煙突の前の細い道を抜けて行く「えんとつ」で会席料理。美味しいお酒が揃っていたのに心臓やら色々障害があるのでお替わりする娘を横目に日本酒をグラスに1杯で自粛。悲しかった〜w。LINE_ALBUM_2022730-31 小布施_220801_40

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LINE_ALBUM_2022730-31 小布施_220801_58騒ぎの夜は過ぎ、朝4時に目が覚めた。嫌だねえ、どこに行っても4時には目が覚めてしまう。
娘はぐっすり寝ているから起こすと怖い。忍び足でバスルームへ。

このホテルはバスとトイレが完全に別れている。贅沢仕様だw。バスタブは大型で気分が良い。娘を起こさないよう、きっちりドアを閉め時間を稼ぐためにゆ〜っくり入りw、ドライヤーは一瞬使ってみたが娘の怖さを思い出し諦めるw。庭に面したカーテン越しに朝日に照らされた芝生と木々が見える。緑が瑞々しい。美しいねえ。ため息が出る。

朝食は朝一番の7時に予約したので娘も起きだした。下の娘夫婦は4時に起きて散歩したという!気持ち良かったよと言うのを聞き地団駄を踏む。ワタシも〜と騒いでも時すでに遅し。すごすごと食堂へ。

ビュッフェじゃないホテルの朝食は大好物。だが、ワタシにとってなくてはならない紅茶の人気はごく低いらしい。ポットではなく、コーヒー茶碗で出てきた!その上、絶えずコーヒーポットを持って回っているのに紅茶は一度も回ってこない。美味しくない紅茶だったからまだ良かったwが…、毎朝3杯飲んでるので不満が沸々と滾ってくるw。後ろに座った家族づれが「コーヒー美味しいね」を少なくとも5回言うのを耳にして一層…ワタクシの機嫌が…w。そこへコーヒーポットを持ってやってきて紅茶に足そうとした!コーヒー茶碗に紅茶が入ってるって普通思わないものね。これは紅茶なのよというと引き下がったが紅茶のお替わりは現れなかった…。ノンちゃんが察して紅茶を注文してくれ一件落着したが昔は良いホテルだったんだけど…と少々ワタシの中での評価が下がった。たかが紅茶されど紅茶なのだw。

前日に続きピーカン。青空がまぶしい。出発前夜にPCで調べたらずっと雨の予報で、白のコットンパンツをどうしても履きたいと最後まで雨に強い黒のパンツと代わりばんこにバッグに入れたり出したりしたあげく、ええい、シミになってもいいやと覚悟したのだが天はワタシに味方したw。LINE_ALBUM_2022729-30 軽井沢_220810_1

雨水ではなく緑したたる木々の間を抜けて雲場池へ。ホテル横の小川もだがここも湧水で冷たく透き通ってきれいに木々や雲が池に映っている。皆お腹いっぱいで元気に池を一周し、小さな美術館を見学し、駅へ。

ノンちゃんと娘たちはテニスで鍛えているからガンガン歩くのは当然だが、ワタシも負けずに歩く。普段、ほとんどの時間を椅子に座り込んで過ごしているというのにたいしたもんだと自画自賛w。

軽井沢駅から長野を目指す。駅に入ってくる新幹線を撮ろうとスマホをつきだして娘たちや駅員さんに叱られる…。ちゃんと柵の中からだし十分距離を取ってたんだけどなあ…。下は証拠写真w。

HORIZON_0002_BURST20220730113624703 (5)上の娘が長野駅近くの中華で個室を予約してくれていたので、そこで食べる飲む食べる…w。朝もお腹いっぱい食べたのにどうしてこんなに入るのか不思議。まあ、歩け歩け大会に出場しているほど歩いているからだろうけどw。

そこでのんびりし過ぎて小布施行きの特急に遅れそうになり支払いをしてくれている下の娘たちより先に上の娘と大急ぎで駅に向かうが…そこで痛恨のミス!ワタシではなく地元の娘がw、小布施方面のターミナルではなく何を血迷ったのか新幹線の方へ…!途中で違うでしょとワタシが気づいて方向転換するが時すでに遅し。改札口に駆けつけたら下の娘夫婦がすでにいて、なにやってるのよ…w。

なんせローカル線、特急など次々になどやって来ない。3,40分待って鈍行で…。みんなはすぐに眠りに入ったが、私は鈍行嫌いじゃない。プチ鉄お婆ちゃんなのでひたすら車窓と揺れる電車を楽しんだのだw。そして小布施駅の乗降口では美味しそうな桃が並んでいて、勿論、全員が購入、ノンちゃんの重荷を増やしたのだった…。

LINE_ALBUM_2022729-30 軽井沢_220810_0ご存じですか?何もしないと時間が何倍も早く過ぎていくって…。
猛烈に忙しかった60台終わりまでの日々、1日が長かった。時間に追われ、分単位で仕事をし、分単位の請求書を提出していたから実に濃密だった。

それが今ではスマホで確認しないと今日が何日かも分からない。数日、いや1週間単位で時が塊となって過ぎていく。ぼーっと本を読み、毎日同じような食事やおやつを食べていると、昨日と今日との境がぼんやりとかすむ。いよいよ酔生夢死の段階に入ってきたのかも。といっても、少し晩酌すると夜中に足が吊るようになったからこういう場合はなんと言うんだろう…。

ということで起きているのやら寝ているのやら不明の日々だが、それなりの騒ぎだけは毎日起きるから不思議なのよね。と、旅の記録が進まない言い訳を一言w。

軽井沢の1日目、満腹のお腹を抱えて、千住博美術館へ。ここは8年ほど前の12月に金沢旅行の帰りに訪れている。で、そのとき、楽しいがもう行かないだろうと書いていたのだが…w。予想は外れるw。彼の作品には京都でも、熱海でも出会ったが、旬の人というのはこういうものなのだろう。なんとしても側に置きたい買いたいと思うような好みの絵ではないけど…LINE_ALBUM_2022729-30 軽井沢_220810_2

横に新しい建物が出来ていて、有名パン屋が入っていたのでそこで大量に買い込む。上の娘から軽井沢に到着したという連絡が来、腸詰め屋の前で待ち合わせ、近くでチーズなども大量に購入。宿へ。

下の娘が何度かタクシーを奮発してくれていたがなんせ歩いた距離も半端でなく、15000歩弱に達していたので、宿に到着すると私は部屋の風呂に直行、バスタブの中で足をもみほぐしていたら、私と上の娘の部屋に集まったみんなの前代未聞のものすごい大騒ぎが聞こえてきた。大声での叫び声とヒステリックな笑い声が…。みんないい歳なのに何を馬鹿騒ぎしているのだろうと思ったら、シャンパンに類する物を開けたら座ったみんなの頭を越して高く噴出し、全員が頭から浴びたというのだ。どうやら途中で持ったまま走ったらしい。お風呂に入っていたから惨劇は免れたが、せっかくの見物を見損なってしまった。残念だったw。

防音装置が効いているホテルだったから良かったが、普通のホテルだったら騒ぎとなるところだったね、と大声の主たちは興奮して言い合っていたので一緒に騒げなかったのが二重に悔しかったw。

*金沢旅行のリンクが間違っていたので入れ替えました。

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写真は娘作。久しぶりでデジカメ持参したらパソコンにデータが入らない…。前のパソコンにはスルスルとなんの問題もなく入ったのだが…。デジカメも私同様お呼びではなくなったのかも…。

LINE_ALBUM_2022730-31 旧軽_2207297月末から2泊3日で甲信越方面を訪れた。娘二人と下の娘のダンナのノンちゃんマンの計4人。下の娘がノンちゃんマンを一人置いていくのは心配だと(不憫だと思ったのか、自分が離れるのが辛いのかw知らんが)主張したのでこの変則構成グループとなったw。

可哀想なくらい優しいノンちゃんマンは、申し訳ないと思ったのか、ワタシは荷物はいつも先にホテルに送るのだが、持って行くと言いはり、ワタシの荷物までずっと担いでくれた。学生時代、カヌーで四国を下ったときに持って行ったという超特大の袋に3人分の荷物を押し込んで、その上、ワタシのバッグまでたすき掛けして、これは筋トレだから自分のためだと主張して譲らず、おかげですっかり楽させて貰ったが、多分、帰宅後へたばったんじゃないかなあ。宿のベッドでへばっている写真を娘が送ってきたので載せようと思ったのだが、何が悪いのか載せられない。認知症が始まっていると自分で判断するほどw頭が悪くなっているのは残念ながら確かだが…。

よほどのことがない限りワタシは列車の座席は予約しないでだーっと走って間に合ったと自己満足に浸ることも多いのだがw(年寄りの冷や水ならぬ突発走りw)、娘に任せたら行きも帰りも予約。ホテルも普段の予算の3倍の所に予約。財布は風邪を引いたが、たまには自分を甘やかすのも良いよね…。

まず荷物を置きに今晩のホテルへ。娘に話したことはなかったと思うのだがなんと、50年ほど昔に披露宴を行い宿泊したホテル鹿島の森だった。当時は鹿島の森ロッジという名前だったが…。周囲を小川や森で囲まれた素敵なホテルだが、なんてこった、験が悪いかもとチラリと思う。しかし、当の相手は20年も前に亡くなっているから関係ないやと気分を一新。そこで県民割りがあることを知り下の娘がすかさず後ほど合流する上の娘にメールし、陰性証明書だの身分証明書など持参するよう指示w。

その後気持ちの良いホテル横の小道を抜けて別荘の批評をしながらw、ぶらぶらとお団子パンの脇田和のアトリエ兼美術館へ。以前は美術館の裏手はまだ造成されていなかったが家が建っていたし、なんだか雰囲気がかなり違っていた。美術館も古びてた。当たり前か。プリンスのショッピングモールは寄らなかったが遠目でもかなりの車が停まっているように見えたが、昔ながらの軽井沢は駅前の通りも店の入れ替えがかなりあったようだし、夏だというのに人も少なく、コロナでかなり痛手を負ったように思えた。

軽井沢で必ず寄るニューアートミュージアムで開館10周年記念という大規模な展示を鑑賞したのだが、さまざまな人生、生と死、よろこびと悲しみがテーマだった。コロナの洗礼を受けて考えることが多い昨今にぴったりのテーマだったかも。一階で草間彌生などの作品が販売されている。300万円の札をつけた小品があったが、随分前だが青山で通りすがりに小さなギャラリーで大量の草間彌生の作品が山のように積み上げられ、版画が1枚20万ほどで売られていたのを思い出した。友人が一緒だったのでじっくり見るわけに行かず結局買わずじまいだったが、あ〜あ、選り取り見取りだったのに1枚買っとけばと一層悔しさが増してきたw。いくつになっても欲深いわねえ、ワタシ。

娘夫婦が予約していた軽井沢ヒルトン桔梗というホテルでフルコースをご馳走になった。服装の指定があると娘が言っていたから化粧気がゼロでボサボサ髪、上客とはとても思えないワタシはつまみ出されないようにとネックレスなんぞをぶら下げていたのだが、勿論客商売。つまみ出だされなかったし普通のダイニングルームだったw。食前のワインを注文する頃にテラスを挟んだ目の前の小さな教会にウエディングドレスの花嫁や参列者が入っていったのだが、式が終わり、参列者が教会から出てきてテラスで写真を撮ったり飲み物を飲んだり笑ったりして散っていったのをガラス越しに眺めて楽しませて貰ったが、まだ私たちは食べていたw。あっちが簡潔に短いのか、私たちがいつまでも食べていたのか、さて、どっちだったろうw。このホテル、レストラン横のトイレに袋入りのマウスウォッシュが置いてあった。心憎いね。好感度が上がったw。で、おかしなことにノンちゃんと娘が注文したものは覚えているのに自分が食べたものは記憶にございません。美味しかった記憶はあるのだが…なぜだろうw。人の物まで欲しがる究極の食いしん坊なのかしらねえ…ワタシ。

続く








安倍さんのお葬式の写真集
です。

まだ67歳。まだまだ日本のため、世界のために働いてくれるはずの人が消えてしまった。
非常に残念だ。安倍さんには所謂反日の人たちからの心ない非難が絶えず降り注いでいたし、野党の中には安倍さんの顔写真を太鼓に貼り付けて叩いたり、ブルドーザーに安倍さんを模したお面を潰させたりする通常の神経では正視できないような恐ろしい悪意というより殺意を大っぴらに見せびらかす人もいた。日本人とも思えない。強い殺意と悪意の表明だ。なぜマスコミがここまで安倍さんを目の敵にするのだろうと不思議だった。左の人たちは日本人ではないのだろうか。強い日本、美しい日本、繁栄する日本はあってはならないと思っているとしか思えない。

常軌を逸したバッシングを目撃しているとみんなに批判されている悪人なんだから、実際に痛みつけても良い、人助けだと勘違いするとおかしな考えに至る人も出てくる可能性もある。歴史の流れの中で政治家の暗殺は何度も生じた。そこには噂や誤解や唆されての悲劇が確かに介在していたように思える。

日本の民放各社は日本人ではない、半島系の人たちに資本も上層部も握られていると聞いた。これは残念ながら噂ではなくどうやら本当のようで、日テレの朝のワイドショーの最後に編集責任者として名前が出たのが半島系の人の名前だった。日本人じゃないから偏向した番組を作るなどと言うつもりはないが、日本を敵国視している国の出身者であれば、自国と対峙するような政治家に好意を抱くことは難しいかもしれないし、編集がより敵意を抱くような印象を与える方に偏ってしまうこともありうるのではないか?

偏向した番組だとの批判を受けている報道各社の登記場所が各日本のと韓国や中国のそれとが次の通りつながっているのは偶然だろうか。全く何の影響も受けていないと言えるだろうか。

TBSテレビ 港区赤坂5-3-6 韓国聯合 港区赤坂5-3-6 フジテレビ 港区台場2-4-8 韓国文化放送 港区台場2-4-8 朝日新聞 中央区築地5-3-2 東亜日報 中央区築地5-3-2

第三次世界大戦がすでに始まっているようにも思える昨今の世界情勢の中、日本に敵対しているプーチンが安倍さんが殺されたことを知り、いち早くお悔やみを送ってきた。米国では7月8日から10日まで政府機関のみならず様々な機関や個人宅で半旗が掲げられたという。

259の国と機関が安倍さんを悼んで半旗を掲げたり弔意を表してくれているのを知って、遅ればせながら日本の役所も右を向いたり左を向いたり右往左往したたあげく半旗を掲げたようだ。

右だろうと左だろうと日本に明らかに大きな貢献をした元首相が民主主義の基本である選挙運動中に殺され、言論を封じられたのだから、弔意を表すのは人間として当然だと思うのだが…。

安倍さんの暗殺から昨日まで、私は、お嫁さんの母上が九州から上京したというのに情けないことに寝込んでいた。微熱だったが発熱し、喉がガラガラになり、咳が出、鼻水が出るという症状が出てコロナに罹ったかと慌てたが、コロナ検査薬で陰性だった。単なる夏風邪だったようだ。まだ喉がおかしく来週旅行の予定が入っているから気が気じゃないw。

この記事も随分遅くなったし、気を悪くなさる人たちもいらっしゃるとは思うが、安倍さんへの敬意を表することにする。尚、私は浮遊層wであり、自民党に投票したことはないが、ブルドーザーで安倍さんのお面を押しつぶすというパフォーマンスを派手に発表したくせに、自分はそんなことはしたことはないと言い張る卑怯な共産党の女性議員には絶対に票を投じないし、投じた人には同情する。

尚、外交ベタ揃いの日本にあって安倍さんは外交では希有の才能を示していた。前代未聞と思えるほど多くの国から弔電が寄せられたがこのような彼の活躍を生前に報道した機関はあったのだろうか。

マスコミの役割は正しく報道することだ。足を引っ張ることはするが良いことは報道しないマスコミ、資本の上位を半島系が占めるようなマスコミが大手を振り、日本の論調を引っ張ってきた少し前まで尊敬されていた新聞が暗殺された元首相を揶揄している状況ってやっぱりおかしいと半分ボケてる私でも思うのだが、そうは思わない人は多いのだろうか…。

秋には国葬が行われることになった。安倍さんの最後の出番だ。世界中の首脳が集まるのだからその場で世界平和について何らかの話し合いがあることを期待する。
岸田さんはどうやらプーチンは拒否することにしたらしい。
肝が据わっていたという安倍さんと異なり岸田さんはどうやらチキンらしい。
千載一遇の安倍さんが最後に提供して下さる、世界に貢献できる機会をわざわざ潰すのか…。

安倍さんに顔向けできないと思わないのかなあ。




全く余計なお世話なのだが、毎日楽しみにしているブログ主が最近腸の検査を受け、その際にかなりの痛みを経験したという話を読んだ。

彼女のブログはコメントを受け付けてないし、猫が好きで猫関係のブログは読んでいるらしいが、私とは全く接点がなく、このお節介も届くとは思えないが、彼女同様に胃や腸の検査で苦痛を感じる人たち、検査を避けている人たちに、絶えず様々な検査を受ける羽目になっているワタシから一言献上。彼女のような人たちに届くと良いな。

ワタシは、自慢じゃないが、胃カメラの後新宿駅で半分失神して事務室に運ばれたこともあるし、腸にストレスから無数にできた憩室の炎症で緊急手術を受け、1ヶ月入院したこともある。つまり、心臓その他だけではなく、胃腸関係の病気でも大ベテランなのだw。威張るところじゃないけどw。

検査を受けるコツは、いや、コツというようなたいしたものではないが。

さんざん、辛い経験をしたあげく、ワタシは胃腸の検査の際には必ず「鎮静剤」の注射または点滴を頼むことを思いついた。

是非、お勧めしたい。
鎮静剤だから、意識はちゃんとある。あっち向いてとかこっち向いてなどという要請にも応じられるし、カメラが動いているのは感知できるが痛みはほぼない。しかもぼーっとしているウチに、え、もう終わったのとなる。
多分、半分くらいは寝ているに違いないw。

検査後も休憩用のベッドでウトウトとしていられるし、たいした量は注入しないらしく、眠気は長時間続かないから、安心で、気分良くゴロゴロしていられるw。

痛くて大変だったから二度と検査を受けたくないというあなた。大丈夫だからね。
検査を避けたために手遅れになったらもっともっと痛い目に遭う確率が上がる。
後悔先に立たずですよ。

痛いのも気持ち悪いのも嫌だからと避けないで、鎮痛剤を打って貰えば、怖い思いもせずに済み、たいしたことなく終わるし、日本は優れた保険制度が完備されている国だから、鎮痛剤を打って貰う余分な支出も安いランチ1回分くらいだったんじゃないかな。

怖い、痛い、嫌だと言わないで、不調があれば検査に行ってね。
直接の知り合いでなくても、ブログの読者であっても、あなたがいなくなると悲しむ人たちがいますよ。


間が開いてしまいました。

焼き物が好きな私にとってノリタケの森は展示物は勿論とても興味ある楽しいものだったし、敷地も広く美しく、無事落ち合った妹も楽しんでいたし、そこでのコース料理も満足がいく、特にデザートがw、だったが、ノリタケにはかなり複雑な思いがあった。

海外駐在中に近所に日本人の親子が引っ越してきた。まだ日本人がごく少ない時期だったし、彼女には上の娘と同じ歳の女の子がいて仲良くなり、毎日のように会っていた。

Tさんのご主人はノリタケに勤めていてセールの時にはせ参じ、丈夫なストーンウェアをフルセットで揃えたりした。今ではさすがの石のように丈夫な容器も皿が2枚残るだけとなったがw。

彼女一家は私たちよりだいぶ前に帰国し、名古屋で暮らしていた。帰国後もしばらくは相変わらず元気そうな声を聞かせてくれていたのだが、まもなく彼女は子宮癌を患い、入退院を繰り返すようになった。そのとき初めて子宮体がんという名称を知った。尼さんや独身の中年過ぎの人に出来ることが多い癌らしいのだが彼女はまだ40前だったし、子供は2人いたのだが…。

電話や手紙で励ましていたのだが、ご主人から会いたがっているから出来れば来て欲しいという電話を貰ったのは春だった。春休みだった小学生の下の娘を連れて名古屋のご自宅を訪れた。

彼女はずいぶん痩せてはいたが元気にお茶を入れてくれたりしたが、帰りに車で送ってくれたご主人に転移していてもう長くないと告げられた。気が動転していた私は、右に曲がればすぐ駅と言われたのを左に曲がってしまいスーツケースをゴロゴロ転がしながら気がついたら隣の駅まで歩いてしまっていた。住宅街の塀越しに何本も満開の桜の花が見え、その美しさが悲しかった。

娘は大人になってからオールドノリタケのフルセットを骨董市で見つけて買った。何か感じることがあったのかもしれない。

健康診断の際に、子宮体癌の検査まで依頼するようになった。そして彼女が亡くなってから数年経った頃、私にも子宮体がんが見つかった。初期ではなかったが私は生き残った。彼女のおかげだ。下の娘の高校受験直前のことで、娘は中学校を代表して願書を出しに行ったというのに落ちてしまった。申し訳ないと思うがその後立ち直って上の娘と学部は違うが同じ大学、大学院に進学し、二人揃って同じ大学の人と結婚した。

終わりよければですよね。入院の半年前に突然天の啓示のようにお使い途中で目に入った郵便局でなぜだか保険に入り、私は病室で仕事をして入院費を稼ぎ、保険金と併せて3ヶ月間個室でゆとりあるw入院となったのだが、なんという運の強さだろうと思う。みんな揃ってよくまあ無事にこれまで生きてこられたものだと時々振り返って思うのだ。

そして今回の旅行でも運の強さを確認。ホテルの部屋を出ようとした妹が扉越しに掃除のためにドアの開いた向かいの私の部屋が目に入り、ハンガーに掛かったままのブラウスを発見、それは姉のですと叫んで、無事に回収、持ってきてくれた。おっちょこちょいの私にはしっかりした妹や娘がちゃんと付き添ってくれるのだ。こんなに運が良いことってないでしょw。

臨時ニュースですw。

電力が足りないというので昨日1日室内温度を28.5度にしていたら、普段、貧血気味のせいか35度半ばを超えないワタシの体温が7度7分まで上がり、頭痛もするのでさてはコロナかと騒ぎ、娘に検査薬を貰ったり落ち込んだりしたのだが、結局は熱中症だったようで、今日はカーテンを引き28度にしてさあ、これでどうだと、一人相撲中ですが、皆さんいかがお過ごしですかw。

日本は工業国のはずなのに、廉価で豊富な電力があることが工業国の必須条件なのに、この体たらく。
それも、異論は色々あるでしょうが、1000年に1度といわれる自然災害で、しかも日米摩擦のあおりで米国製の原子炉を導入せねばならなかったため、津波で電源喪失した際にすぐに代わりとなる電源の手当ができなかったことにより原子炉爆発につながったのに、非常時こそ沈着冷静に考えて決断すべき所を時の首相が他の原子炉すべてもすぐにでも爆発するように騒ぎ立て、確か国会での議論・決議などは経なく独断的に全国の原子炉を停めてしまったことが電力不足に陥った原因なのだ。つまりワタシの熱中症はそのときのから騒ぎが遠因となっていると言っても良いのだw。
報道されなかったが、混乱の中でもちゃんと議論・決議があったのならごめんなさいm(_ _)m。

豊富で廉価な電力を失った日本は当然のことだが工業国としての地位は低下し、人口が多いのでGDPでは今も第3位だが一人あたりGDPでは世界で第25位と、とっくに韓国にも抜かれ低下するばかり。電力さえ不足するような国では円安が止まらないはずだ。円安がどうしたと思われるだろうが、日本はあらゆるモノを輸入している。食糧でさえ自給率はわずか37%に過ぎない。つまり、63%は他国からの輸入品で生きてるという訳だ。ということは円が下がれば輸入品、つまり食糧も値上がりする。勿論、食糧だけでなくあらゆるモノが値上がりする。電気代が上がるだけじゃ済まないのだ。この先、子供や孫の世代は一体どうなることやら。

さらに言えば福島の事故に関係して直接放射線による障害で亡くなった人は作業員の方1名だったと記憶しているが、この暑さの中、停電すれば多数の熱中症患者や、死者がでるのは目に見えている。

原発を再開させれば電力不足での夏期の熱中症の心配はなくなる。といってもすぐに再開できない。稼働までに数ヶ月要するようなのだ。さっさと再開準備しないかと痛む頭を抱えて文句を言ってもごまめの歯ぎしりに過ぎないが、このままでは温暖化が進んでいるから毎年同じかさらに大きな騒ぎが生じることになりかねない。冬の暖房も今更火鉢などで暖を取るわけにはいかないし、海外から輸入するしかない石油など燃料費も今後ますます上がっていくだろう。暑い夏も嫌だが寒い冬などごめんだ。今日の凍死者xx人などという報道がなされるような事態は絶対に避けなければ。

再生エネルギーはあまりに自然条件次第で頼りにならない。その上、山を保全している木を切り倒し山を削る太陽光発電は景観を損ない、土砂崩れなど危険を招き、その上太陽光パネルは火災などの原因になり廃棄が難しいと聞く。さらにほとんどが中国製の機器で中国企業が事業主で行っていることが多いという。自国の大事な基本産業の一部を外国企業、それもほぼ公然と敵対する国に任せるってなんてこった。世界は現在恐ろしく流動的になっている。ウクライナの運命がいつ日本の運命になってもおかしくない。

とっとと安全な原発を再稼働してくれ〜。

ず〜っと不眠症気味で22時とか23時に寝ても2時から3時過ぎにはもう目が覚めて、ホットミルクをちびちび飲みながら目が疲れてなんとか眠りに戻れそうになるまで本を読むが戻れず起き出すという日常なのだが、旅に出て毎日歩き回り体が疲れるとたっぷり眠れるに違いないと期待していたがそうはならず、3時過ぎから目が覚め前夜に購入した牛乳をたっぷり入れた紅茶を飲みつつゴロゴロと妹が起きる時間まで本とテレビでやり過ごす。

しかし、ゆっくり起きた妹は誘いに乗らなかったので後で待ち合わせすることになり一人で目星をつけた美術館へ。調べたのに、ちゃんとw、降りる駅を間違えるというアクシデントは発生したが、美術館は期待を大きく良い方に裏切る、実に素晴らしい美術館だった。おまけにあまり知られていないらしく(ナンデヤネン)人影もない。1時間強ほどは滞在したと思うのだが係員はそれ相当の数がいたが、遭遇した観客はわずか3人だけ。鑑賞者とすればありがたいが、なんてもったいない。名古屋近郊の人に是非とお勧めする。

ヤマザキマザック美術館という聞き慣れない名前の企業の私設美術館だったのだが、入り口すぐに数セットの素晴らしい美術工芸品と言える大型の家具セットがいくつも並んでいるのに度肝を抜かれた。フランスやイギリスの美術館でいくつか目にしたことがあるがそれらよりも遙かに素晴らしい大きなセットがいくつもあるのだからこの企業は一体何者かと俄然興味がわいたw。

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係の人に聞いてみると、なんと、おそらく現ではなく元ではないかと思うのだが、会長がヨーロッパに出張の度に購入した物だというではないか。それらの巨大な、精巧な美しい細工や絵で飾られたテーブルや椅子など、手続きと梱包、搬出搬入をチラリと想像しただけで目が回る。よくぞまあ、やってのけたものだ。勿論、家具だけではなく素晴らしい花瓶類もあり、その上階には名画がずらりと並んでいた。妹は趣味でだがなかなか良い絵を描くので是非見せたかった。妹が一番好きというシスレーの素晴らしい絵も並んでいた。思い出してもため息が出るw。

この会社の株を買おうと調べてみたが株は売り出してなかった。そりゃそうだね。オーナー社長や会長でなければこれだけの物を自分の趣味で集めたりできないものねえ。

同じビル内に展示してある工作機械類を見学していて、工作機械博物館という体験型博物館が岐阜県にあると知り、よっしゃ、次はいつになるか分からないけど一人旅のターゲットはこの博物館だと心に決めたw。我ながら野次馬で笑っちゃうねえw。

興奮冷めやらぬまま、妹と待ち合わせたノリタケの森へ向かった。

まだお昼を少し過ぎた所だった。

妹が行きたいというので決まったこの旅行。
目的地は明治村

DSC_0511のんびり何もせずに過ごすのが旅という妹にこういう趣味があったとは知らなかったが、ありがたい。
建て替え前の帝国ホテルに入ったことがあり、玄関内部の薄暗さが印象的で、建て替え後にロビーの明るさにビックリしたことがあるのだが、なぜ20歳前の学生だったワタシが恐れ多くもw帝国ホテルなどに出入りしていたのか全く覚えていないので、もしかしたらあれは夢だったのかと訝っているのだが、真相が分かるかもしれない。十数年後には妹一家と共に当時の有名シェフ村上さんウィークと称したバイキングにも行ったことがあるのだがあれは夢ではなく現実だったのかな。あの頃も、帝国ホテルの玄関入り口は薄暗かったと思うのだが…。

というわけで、妹も早起きし、1日1本しかない直通バスに乗り遅れないようにバスセンターに向かい、早すぎたのでドトールで朝食w。開いてて良かった。実はドトールが好きなのだ。家にはドトールのコーヒーパックが常時20個くらい備えてあるww。酒ではなくコーヒーを飲みながら台所仕事をする健全な人間なのだw。まあ安くて、便利だからだけど。

バスは高速に乗る前が長く、名古屋市内をグルグルと回った。おかげで名古屋を少し分かった気になった。高速道路が気持ちよかった。快晴の空に白い雲がぽっかりと浮かびがら空きのバスの座席からぼおっと雲を眺めているってなんて良い気分なんでしょう。と浮遊した気分もまだ〜とズシンと落ち込む頃ようやく山の中に到着。遠いねえ。DSC_0507

まあ遠くても仕方ないかとすぐ納得。規模がスゴイ。これだけ多くの本物の建物を引っ張ってくるにはどうしたってこれくらいの敷地が必要だったんだろうと思える。ここまで石造りやレンガ造りの洋館に教会、古い日本家屋などを引っ張ってきて細部まで復元するって気が遠くなるほどの労力と資金が必要だったと素人のワタシにも一目瞭然の凄さだ。誰が発想し、どうやって資金を集め、建物を移動させたのだろう…。詳細が知りたくなった。劇映画になってないかなw。もっと早く知っていれば…。移動や復元の様子とか見たかったなあ。はい。度し難い野次馬です。午年じゃないけど…

素晴らしいのは建物や内部の小物まで本物であるだけではなく、人工の沼や川があり美しい庭園もしつらえられてあることだ。入園者はパラパラとしかいない。休日には子供たちも来るのだろうがここは明らかに大人のための遊園地だ。

で、妹と二人で初期の列車にも乗って遊んだし、牢屋にも入ってみたw。

220606名古屋人形 - コピー最初、あまりに広く多くの建造物があるので、少しだけ見るつもりだったのが、頑張って回ったのでかなりの部分は見たと思う。実に面白かった。

帝国ホテルは記憶と少し違っていた。薄暗く2階の回廊も記憶通りだったが、異なる部分も…。初代の建物の跡に似たような建物が一時期建てられたのではないかなどと妄想したが、まあ記憶が裏切るのは良くあることなので追求は止めたw。この建物内で食事をしたかったが喫茶しかやってなかった。残念。で、別の建物でたっぷりしたカレーを食べお腹がもたれたが、夕食の頃には元気も食欲も戻り、デパ地下で色々なお総菜やサラダなどを買いあさり、ちゃんと片付けてある妹の部屋で広げて酒盛りしたのだった。

写真はクリックすると大きくなります。
12209歩

DSC_0490未だにスーパーを2店舗はしごする以外にはほとんどどこにも出かけていない日常だというのに、妹のダンナさまが海外出張でいなくなるというので、コロナのことは一端忘れて、半分コワゴワではあるが、出かけることにした。勿論、娘からは懐疑的な目を向けられたが、母を信じられないで誰を信じると言うんだ、ねえw。

家を出るときはかなりの雨が降っていた。3年間、年会費を払うだけで使っていなかった大人の休日クラブをようやく使える。嬉しいなあ。しかし、早くも出だしから問題が…。勝手知ったる新幹線への道と思っていたら、なんと、東海道新幹線の方ではなく、いつの間にか北陸新幹線の方へ向かってしまっていた。ええっ、ここはどこ、ワタシは誰状態が早くも出現w。

さらに、みどりの窓口で新幹線の切符を買っている間に最初に乗ろうと思っていた列車を逃す。まあ、妹は千葉住まいで東京駅まで1時間少々ほどなのに前夜から品川のホテルに宿泊。のんびり昼近くに乗るつもりだと言うから時間はたっぷりあるはずだ。

家中散らかして好き勝手にノソノソ暮らしているワタシは旅先では極めて勤勉になるが、普段からきちんと家中掃除して片付けが趣味だという妹はゆっくりするのが旅だという。まあ、主婦とそうじゃない人間とは生き方も違うね。妹が着く前に前回K子との旅行で見逃した三嶋大社に寄ろうと早起きして向かったのに、トラブルが発生。まっすぐ名古屋のホテルへ向かった妹を結局は長々と待たせることになってしまった…。

トラブルというのは勿論ワタシが作り出したモノ…。いよいよ自分が心配になる。
元々、東京を出発するときにすでに雨が降っていて、三島で、もしひどく降っているようなら降りずにまっすぐに名古屋に向かうと切符購入時に話したことから派生したような…。

兎も角、三島に着いたとき、かなり雨が降っていたが、雨などに負けるわけにはいかないとおかしな競争意識を燃やしたことがまずかった。駅を出るとき特急券と乗車券の2枚を重ねて入れたら、乗車券のみ戻ってきた。え、特急券はと思わず駅員さんに聞いたら途中下車でも特急券は戻らないと言われ、このまま戻るのなら特急券を探すが改札からは出られない…。うーむ。そうだったっけ。何でも忘れるなあ。雨は降ってるけど三島にまた来ることは当分ないだろうしと特急券の三島から名古屋までの分を犠牲にするがまあいいかと外に出た。

雨は思ったよりも強く、神社まで徒歩10分程度と聞いたが交番までの数分で諦め、タクシーで。思ったよりも長くかかったから乗って良かったと思っていたら、運転手さんは初詣の人が辿る道を来たからねという。ナンデヤネン。つまり、遠回りしたってこと?!中途半端に正直なことだw。まあ、この雨では客はいないだろうし仕方ない。文句を言わない婆さんに思われ損するときもあるw。ちなみに帰りは川沿いの気持ちの良い道を教えて貰い、富士山爆発時の落とし物、火山岩が点在する風流な、清流が流れる美しい公園を抜けて15分とかからなかったような気がする。220606三島参道

雨の三嶋大社はとても良かった。人はごくごく少なく、年を経た大きな木々の緑が雨に洗われて美しい。神社などと言うところはこうでなければね。おみくじは大吉。加速度的にすべて好転していく盛運だとのこと。ヨッシャw。延命長寿金運招来といういかにも縁起の良さそうな小さな金色の亀がついてきた。

駅前にあるという、ブログ友のあんこさんが推薦していたウナギを食べようと思ったのだが、窓口で三島から名古屋の特急券を買って時間を見たら新幹線の時間が迫っていたのでお昼抜きで大急ぎで入ってきた「こだま」に乗った。

          → 三嶋大社の参道 人影なしでありがたみ多しw

そして名古屋に着く頃にはその車両にはもう一人男性が座っているだけの経験したことのない空き方となったがそりゃそうだ。ひたすらのぞみや、ひかりに何度か抜かされながら、これまでで一番遅いと思えるスピードのこだまにじっと座っている乗客などほぼ皆無だよね。で名古屋に着いたのだが、車内で、ゆっくり手持ちの乗車券と特急券を調べたら、なんと、三島ー名古屋間の特急券が2枚あり!名古屋ー東京間の特急券がなくなっていた。

三島で吸い込まれたのは帰りの名古屋ー東京間の特急券だったのだ。
ワタシの頭は、いや目も一体どうなってしまったんだろう。娘たちなら、まあマミーだからねというだろうけど、しっかりものとの定評を打ち立てていたワタシは今やどこに消え去ったw。

そして名古屋駅で忙しい駅員さんたちの時間を大幅に無駄に使ってしまい、妹を待たせ、でも大人の休日クラブで購入していたので手帳や領収書を見せて無事にこの荒唐無稽な話も信じて貰え、少々の金銭と交換に帰りの特急券も手に入れることができた。ヤレヤレだ。駅員さんたちもヤレヤレと言いたかっただろうなあ。ごめんなさい。

ホテルは駅に近い新しい高層ビル内にあってきれいだし、最上階にお風呂(ただし熱すぎ、ジャグジーなしでたちまち出てきたw)ありヨッシャだ。この系列のホテルには岡山で泊まったことがあるが、お風呂は岡山に軍配w。妹の部屋は向かいと聞いていたのでノックしたら男性が出てきてビックリというおまけも。正確には斜め向かいだったのだw。

夕食は妹が探し出したイタリアンで。個室でしかもなかなか美味しく、気分良く酔っ払い、よく眠れるぞと思ったが、昼間のドタバタ騒ぎで興奮したのか、午前3時過ぎても眠れず、どうなることやらと心配しながら名古屋の夜は過ぎていった。

歳を取ると穏やかな日々が来ると信じていたのにこういうドタバタが生じるとは、穏やかに滑らかに歳をとるって思っていた以上に難しいのかしらねw。

ドタバタしたけど写真もアップできて良かった良かったw。
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終わりよければで充実し楽しかったが色々あった旅行について書こうとしている矢先、パソコンを開けたらトレンドマイクロからもうすぐ保護期間が終わるというお知らせが画面に現れた!マカフィーはどこ行った!

昨日は何も問題なく動いていたし、何も表示されていなかったのに何なのよ、しかも、トレンドマイクロからだなんて、全く謎だ。

息子が、この間、なんでそんな大きなPCが必要なんだ、どうせ買い物か、ツイッターを覗くぐらいしかしてないんだろ(ヤツの悪口を書けるようwブログの存在は内緒にしてる。)、と多分、本職のヤツのPCより上級品で羨ましいから取り上げたいと思ってのことだろうけど、ウルサク文句を言っていたから呪いをかけられたかなw…。

PCを買い換えた時点で、つまり3月にマカフィーに変えたというか変えざるをえなかったのに何だよ〜。またしても騒ぎが起きているのか、今から騒ぐのか〜と朝からうんざり。

仕方がないので携帯の方からマカフィーでPCを保護できるようにリンクを送ったのだが、リンクの記号などを入れろと言うがその入れる場所がない、ムムム、と画面を眺めているウチに画面の一番上にマカフィーのアイコンがでてきた。マカフィーがいるじゃん。全くもう、なぜこうなるんでしょうねえ。携帯と離れていたから?でも昨夜はちゃんとマカフィーで保護されていたんだけど…。

私の周辺には騒ぎが勝手に集まってくるとしか言い様がない…。やっぱりそういう星の下に生まれついたのねw。声を大きくして言う。わたしのせいじゃないもんねw。

という訳で、疲れてしまった。

楽しかった、しかし、信じられない騒ぎで幕を開けたw充実した旅の話は後ほどに。
私ならこういう騒ぎは起こさないわと皆様に優越感を味わって頂きたくw、後ほど、どれくらい後ほどかは保証の限りにあらずですが、恥を晒そうと思います。最強のおっちょこちょい、K子を抜いてしまったかもしれない…。


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