あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

2005年08月

カッスルクーム時々の田舎暮らしだが、楽しいことばかりではない。先月などは帰る間際に大家さんからきつい言葉を浴びた。「別荘のような使い方をするなら…」後は呑み込んだがつまり出て行けということか。「草ぼうぼうでは近所の衆に何を言われるか分からない。この時期来ないと家が傷む…」

もちろんそのとおりだ。気になるだろう。心配だろう。だが、春にきちんと挨拶し7月初めまでこられないと事情を十分説明していた。草や家が心配と言うが、大家さんは合い鍵をもっていて、時々家に入っているのは知っている。私も入って良いとの許可も与えている。ハンモックと椎茸栽培を楽しみにしていた裏庭の大きな杉の木を何の事前も事後も相談も報告もなく数本切り倒し、大事に植えた球根も駄目にしたぐらい自由に出入りしているのにだ。

ここは典型的な過疎地で部落の3分の1は空き家状態である。ただ腐っていくに任せてある。部落から出ていく覚悟でなければ互いに監視しあって売ってはくれない。私の場合は、3年かけて売るとの口約束ができたのに、二転三転した。部落にとけ込めるか見てみたい。2、3年貸してから売るかどうか決めるといわれ、大家さんは近隣の人たちを招き、首実検し、家族構成やその職業、所在地まで書面で提出を求められた。

近所に住む都会からの移住組第1号は、不動産屋から購入して落下傘のようにやってきたのだが、最初の数年間は部落費も受け取って貰えなかったという。よそ者扱いで大変だったという一番の理解者だと思っていた彼女からもきついパンチが。町の近くに別荘地ができているからそちらに行くべきだというのだ。変わり者だと評判が立っているらしい。まあ、それはそうだろう。女が一人でお化けの出そうな古いただだっ広い家を借りている。車は持っていない。商売人ではなさそうだ。えたいがしれない。うさんくさいと言ったところか。

部落の作業には、今年は1度しか参加できなかったが、昨年はすべて参加し、祭りにも加わり、たまにしかいかないがかなりとけ込んでいると感じていただけに、結構落ち込んだ。

定住するものしか入れたくない気持ちは理解できる。素性も気心も知れた人たちだけの小さな居心地の良いコミュニティ。犯罪とは無縁の場所だ。人がいないように見えてたちまちすべてが知れ渡ってしまうところでもある。

毎年住民が減少し、100年を超える古民家が少しずつ壊れていく。よそ者を入れるよりましだという気持ちが強いのだ。しかし、周辺道路の整備や公民館や消防の運営管理もすべて行政サービスではなく住民が総出で行っているが、いつまでやれるか。続けられるか。移住者を除けば50代より若い人はいない。若い世代はすべて村を捨て町へ出ていった。最後に残るばばを引くのは誰なのか。

プレイヤーは一人でも多いほどいいんじゃないのか?たとえ婆であっても。

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楽な方へ楽な方へと人は流れていく。肉体的にも感情的にも楽できるのであればそりゃあいい。私もそうだ。でもそれでどうなる?行き着く先は?

子供に苦労はさせたくないと親が代わりにやってしまうことが子供の学習機会を奪ってしまう。家事労働もなにもさせないから筋肉も能力も発達しない。分からない子がでないように教科書のレベルを下げると、その分学習能力も下がる。

なぜ可愛い子には旅をさせろと昔の人がいったのか、なぜ山中鹿之助が我に艱難辛苦を与えよといったのか、良薬は口に苦いのか。あめ玉ばかり与えられていれば栄養失調になる。頭だって心だってそうだ。

いつの間にか自分にとって心地よい意見ばかりを聞いていないか?批判的な意見の友人を遠ざけていないか?自分から世界を狭くしていないか?耳障りな音は体調が悪いと辛い。しかし、耳障りな音に真実の音が隠れていないだろうか?

小飼弾さんのYES but SNS?

>SNSではいやな奴は明白に拒絶できる。自分のお気に入りの仲間とお気に入りの話題だけで盛り上がることができる。

まさにそのことが、民主主義に関してはマイナスに働く。自分の言論の自由に設定された担保は、他人の、多くの場合不快な、言論を受け入れることである。<

世界は広い。若者よ、苦労は買ってでもするものだ。

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台風に備えてベランダの植物を室内に取り込んだ。

さて外に戻そうかとみると、なんと大きな青虫が。分かるかな。

さて、どうしようか。どうやって外にだしたらいいんだろう。

どこのどなた様のエントリであったかすっかり忘れてしまいましたが、昨夜、コメントを記入し、送信ボタンを押したら、フリーズしたかのようになかなか進まず、つらつら眺めているうちに、記入したばかりのコメントに「てにをは」の間違いを発見しました。

そこで送信をキャンセルし、コメント欄の「てにをは」を修正し、再度送信ボタンを押したところ、2本続けて送信されてしまいました。なせでしょうね。とにかくごめんなさいのコメントを入れようと思ったのですが、3本続けてコメント欄を汚すことになるし、眠かったのでそのままにして寝ました。

今朝、気になったので記憶を辿ったのですが、確固たる記憶がない!おなじみさんのところで2本並んで入っているものがない。削除してくださっていたのなら良いのですが。どうもごめんなさい。

m(_ _)m

トラックバックの履歴があるのに、なぜコメントの履歴がないんでしょうね。

あちこちコメントやTBをたどってブラウズしているものだから、どこでコメントを残したのか忘れてしまうこともあるのです。ああ、あそこで面白いことをいっていたなと思っても、戻れないことも。

ライブドアの担当者の方、コメントの履歴も作ってください。よろしくお願いします。

 

先日翻訳のスピードと精度を上げるというあるソフトのデモンストレーションを見学にいってきた。

主に法律、経済分野の翻訳が多く、一つとして同じものはないためこれまで1字ずつこつこつとというか、パチパチとといおうか、キーを叩いてきたのだが、寄る年波で疲れがたまってきた。いわゆる翻訳ソフトとは違うのだが、お助けして貰えるものならして貰いたい。

で、デモンストレーションの後の懇談会で衝撃的な言葉が講師および大手翻訳会社のコーディネーターの口から飛び出した。講師は特許翻訳で知る人ぞ知るという人なのだが、特許明細の英訳の85%から90%も誤訳がある感じがするというのだ。

知財が日本の命運を決するといっても良いくらい大事なものなのに、その本丸にそんなに誤訳があるとは今後大変なことになりそうだ。誤訳といっても様々なのだが特許明細の誤訳は致命的だ。契約書であれば、日本語を正本とすることもできれば、翻訳について原文との齟齬の場合の取り扱いを挿入することもできるが、外国に出願する特許について、英語が変だったら日本語が正本だ、なんて書けるはずがないというか、聞いたこともない。

55e7ba0b.JPGこんな責任重大な特許の翻訳には手を出していないが、実は特許の紛争に関する報告書の類や裁判所の判決文、命令書などは翻訳している。先日手がけた米国での特許紛争の裁判では、数語からなる句の解釈を巡る訴訟で、たった数語のミスで特許無効が言い渡されていた。これで何千万円?何億円?かが消えていったことだろう。

翻訳のやり直しを頼まれることがちょくちょくあるが、契約書でもひどい誤訳が横行している。参考資料として類似の契約書が添付されてくることもあるが、参考どころか、こんな誤訳だらけの翻訳を土台に交渉してどないすんねんと突っ込みたくなるものがほとんどだ。傲慢と聞こえるかもしれないが時間の無駄なので最近では参考訳は参考にしない。数百ページの契約書を結局翻訳し直したこともある。ベテラン翻訳者なんですけどねえ、とコーディネーターはいうが、法務の翻訳は、言葉も構文も違う。慣れない者が翻訳するのは危険だ。

英語圏に留学する人たちの数は鰻登りだし、英語のできる人は珍しくない。経験を積みたいから安くてもいいからという人たちが大量に翻訳業界になだれ込み、また多数の翻訳会社を立ち上げ、競争は激化の一途を辿っている。必然的に翻訳料金は長年据え置きどころか、買い叩かれている。となると、大量に仕事をしなければ生活が維持できないので、自分の専門でないものにも手を出すことになり、質が落ち、それが翻訳者全体に波及していく。

先日はネイティブ・チェックの入った契約書だがどうもおかしいといって契約書の英訳が持ち込まれたが、訳し直した。言葉が全く違ったのだ。契約書の英訳に経験のない翻訳者が訳したものを経験の少ないネイティブがチェックしたのだろう。日本人なら誰でも日本語が書けるだろうか。大卒なら誰でもきちんとした日本語が書けるだろうか。考えてみれば分かることなのにネイティブというだけで素晴らしい英語を書くと勘違いしている人たちが未だに大勢いる。

法務では、誤解を避けるため、定義されたいわゆる「法廷で検証された」言葉が使われる。契約書には使わない言葉で書かれた契約書は、意味が曖昧で後に問題となるだろう。

翻訳はもともと職人の世界なのだが、翻訳ソフトが出回り、ソフトを使って訳す人たちが増えている。多数派になっている可能性もある。ソフトを使えば楽に違いないし、手早く稼げるかもしれない。しかし、上から順に論理の筋道を辿ることなく、一部だけをつまんで訳すようなやり方をしていると、短い単純な言葉の繰り返しのマニュアルのような場合を除き、誤訳の危険性が増すのではないのだろうか。確かに、抜けや思い違いは防げるだろうが。

また何よりも、楽をして翻訳することは、結局は自分の語学力や推理力を衰えさせ、自分で自分の首を絞めることにつながらないだろうか。メリット、デメリットを堂々巡りで考えながら、固有名詞や訳語が1つしかないものだけが入った辞書を使う自動変換器のようなものはないかと思うのだが。

注記:企業のみなさん、大事なことにはお金を出しましょう。ケチるとあとで大損しますよ。

 *題名に時々を加えました。たまにしかいけないし、もう少ししたら追い出されるかもしれない

蛇はどこでも嫌われ者らしい。アダムとイブの時代に起因するという説と太古の人類の記憶に起因するという説があるらしいが、やはり足がなくうねうねとやってくる姿はあまり気分の良いものではない。

数年前の師走の頃、白い蛇の夢を見た。それも頭からしっぽまでつうーっと手で触っている夢だ。ぎゃーっと飛び起き娘たちに叫びたてるとそれはきっと年末ジャンボがあたるというお告げに違いないから買いに行けばといわれた。しかし、あちこち電話をして怖い夢を見たと騒いでいるうちに買い損なった。買っていればねえ。

dbbf7c9e.JPGそれから1ヶ月も経たないうちに大蛇に頭から呑み込まれそうになる夢を見た。気の強い妹は、私だったら頭を口の中に突っ込むわ。絶対にお金が入るという夢だものとのたまったが、私は夢の中でも必死に逃げ出したのでもちろん未だにお金とは縁のないままだ。

長靴の中に蛇が入っていて足を噛まれた人の記事を読んで以来、田舎では長靴を履く前に必ず逆さにしてふるようにしている。実際に蛇が落ちてきたらどうするのか、怖すぎて想像しないようにしているが、ニトログリセリンでも用意した方がいいかもしれない。

先日、土間の真ん中に白い紐の端切れが落ちていた。色々な荷物の出入りがあるので気にもとめていなかったが、薪のお風呂をたてるのに一緒に燃やそうとつまみ上げると感触が変だ。ふにゃっとする。模様もある。頭らしいところも尻尾らしいところも!

完全な蛇の抜け殻を素手で触ってしまったのだ!それも玄関を入った土間で!幸い娘のボーイフレンドがいたので拾って紙に包み恭しく神棚らしきところに置いてもらったが、夢は予知夢だったのか。でも、呑み込まれるのは絶対に嫌だ。いくら夢の中でも口の中に頭を突っ込んだりしなくて良かった。

さて、こんなことを書いてしまったので、気にしないでといっても遊びに来てくれる人がまたしても減るだろうな。

自宅に蛇を飼っていると、天井裏などを絶えずパトロールしてネズミを退治してくれるのでネズミに出会うという恐れはありませんとアピールしておく。

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人様に迷惑をかけてはいけないといって育てられた。人に迷惑をかけるから止めましょうというのは正しい日本的教育のありかただ。迷惑をかけられるのは迷惑だ。昨今はこの日本的育てられ方をしていない奔放な人たちもいるが、まあ迷惑はかけない方がいいに決まっている。

しかしほんとうに迷惑はいつもかけてはならないものなのか。

20年以上も前の外国でのことだ。散歩を切り上げて自宅へと急いでいた。私の前をのろのろ足を引きずってあるいていたおばさんを追い越そうとした瞬間、そのおばさんがいきなり私の腕を掴んできた。通りの向こうのショッピングセンターまで連れて行ってくれというのだ。

驚くと同時に迷惑という言葉が頭をよぎった。え、でも、と日本人なのできっぱりと断れないでいるうちに彼女を支えて亀のように歩き出す羽目に陥った。歩けないのにショッピングセンターに行ってどうするのだろう。なぜ車ではないのか。誰か待っているのか。疑問がぐるぐる湧き出たが仕方がない。

ところが5分もしないうちにもういいと言い出した。ここで大丈夫だという。心配になりこれからどうするのか大丈夫かと聞いた私の手を握り、抱きしめて、「God bless you. あなたにはいつも神様がついていますからね」と祝福してくれたのだ。

以前、占い師に家の中も外も大波小波の人生だと言われたことがあったが、あたったね。その後大波を何度もかぶった。そのときに不思議に、この"God bless you"が脳裏によみがえった。小さな希望の光が見えるのだ。信じる宗教があるわけではないが、私は大丈夫といういわれのない自信をもてたのはこの光のおかげのような気がする。

生活の色々な場面で小さな迷惑に手助けをし、そのたびにありがとうという大きなご褒美を貰う。大勢の人たちの感謝の念が私を支えてくれているような気が、本当にするのだ。

だから誰かが手助けをしてくれようとしたら、迷惑をかけまいと最後まで頑張らないで、心からのありがとうを与えればいい。その感謝がその人を救うことだってあるのだから。

ということで、みなさま、今後ともよろしくお願いします。私を助けてね。

恥ずかしながらマラソンと駅伝のオタクだ。秋深くなってくると日曜日は外に行けなくなる。しみじみ人生を噛みしめながら(なんじゃそりゃ)、一瞬たりとも目を離せない。ひたすら画面に吸い付いている。

大会にはエリート選手ばかりが出場する。各ブロック、各地域、各職場、各学校、激しい競争を勝ち抜いてきた選りすぐりの選手たちだ。それなのに、たかだか5分や10分で大きく差がつく。ゴール地点では何十分もの差となる。

56ebc55c.JPG努力の差なのか、練習方法の差なのか、能力の差なのか。

私などは多分100メートルどころか50メートル走ってもひっくり返って、救急車のお世話になるのがおちだ。しかし、選手たちにはなぜ走れないのか、走れないとはどういうことなのか理解できないだろう。

マラソンの能力の差ははっきりと距離になってあらわれる。見えないだけで、実は頭の中身もこのくらい差があるのではないかと感じている。頑張れとか、努力とか言うが、多少の持久力やスタミナは付くかもしれない。しかし、凡人が国際大会に出場するような選手にはなるのは無理だ。しかも、努力も根気も、能力がなくてはできないことだ。

自己責任大賛成。なんでも人のせいにする甘ったれの子供や大人は自立することを覚えるべきだ。しかし、できるのにやらないことと、がんばってもできないこととは区別する必要があるのではないか?

生活が厳しくなり、血縁、地縁、社会的な結びつきがほどけていき、できない人たちを抱え込む余裕も能力も社会から消えていっている。能力があっても頼るべき親も兄弟もない大人は、一旦不運に見舞われるとホームレスになるしか手だてはないのだろうか。

マラソン選手になれと強要するひとはいない。しかし、実は同様なことを我々は強要しているのではないだろうか。

旧遠藤家ホリエモンは無所属からですか。そうなると、思った通り、やはり狙いは政治ではなく経済ですね。

時評親爺さんいわく、

>※当事者には不謹慎で恐縮だが・・・「ホリえもーん!」「しずかちゃーん!」の図は偶然にしても面白すぎる。

残念ながら、前回のエントリで、ホリエモンの狙いを書いたとき、亀井静香=しずかちゃんと結びつかなかったのだが、彼の頭には「しずかちゃん」が当然浮かんでいたはずだ。

だから福岡ではなく、広島ね。納得。

本気じゃないでしょうね。まさか。

広告塔として集客効果を狙ったもので、数日間、引っ張っておいて外すと思うのだが。私ならそうする。露骨に利用しようとやってくるものは反対に利用すればいい。

本気?ねえ、会社を大きくするため大事なときでしょう。余計なことに力を使わないでよ。それに、歯車の1個になどなれないのは分かっているでしょう?

お利口さんだから止めてね。そうじゃないと株を売っちゃうからね。

*ここで、彼のいつものやり方を思い出した。彼はゲームとして考える男だ。最終的に会社に利益をもたらすにはどうすればよいのか。つまり、強敵のいる選挙区、マスコミのカバーの多い選挙区を選び、全力を尽くしているふりをして、最終的に僅差で負けるというのが会社としても彼としても一番おいしいかもしれない。

知名度、認知度が上がり、その間株価は上がるので少々処分して選挙費とすれば、大きな負担なく、ゲームとして楽しめる。自民党にも貸しを作れるので、この先の事業展開にプラスだろう。

さて、どうだろう。

本間美術館本館先日日経新聞の郵政民営化を訴える論説を読んだ。その他色々目を通した。だが、私の疑問には応えるものではなかった。結局、改革は外国、つまり米国が望むために必要という印象を受けたのだが、それは正しいのだろうか?
 
日本の政治家は日本国民に対して責任がある。日本国民の福利に責任を負う。日本国民が幸せに、安全に暮らせるよう努力しなければならない。断じて外国のために日本政府があるのではない。
 
幸せで安全な暮らしは、安定した生活から生まれるのではないか?貧しくとも近隣がすべて同じなら人は疑問を抱かない。こういうものだと幸せにいられる。国民間の格差が際だって広がることは不安定な社会を生み出す。犯罪の質を変え、増加させるのではないだろうか。そう、相手は自分と同じ土俵の人間ではないのだから知ったことじゃないのだ。
 
安定した社会や、家族団らん、緑の里山などは経済効率の観点からは抜け落ちる。数量化できないものだ。
 
人間は何のために生きるのだろう。金のためという人もいるだろうが、それだけではないはずだ。
 
国を貫く公共サービスである郵便局の民営化は本当に必要なのか?必要なのは民間に任せる部分と公共部門を分け、徹底的な効率化を図ることではないのか?ダンナの屋根裏部屋のダンナがいうように、カイゼンではなぜ駄目なのか。
 
民間は利益の追求に邁進する。それが当然だ。公共サービスとは相容れるはずがない。
 
バブル期に各地に出現した大型店舗のことを思い起こせばよい。大型店舗の出現で周辺の小さな店舗は一掃された。品揃えも良く値段も安い店に対抗するのは容易じゃない。周辺に店舗がなくなった頃、採算の採れないチェーン店が続々と閉鎖された。採算が採れないのに開けていられる道理はない。
 
ここ数年間の人心の荒廃ぶりは尋常ではない。近所の公園にもかなりの数のホームレスが住み着いている。昼間はプールで体を洗い、図書館で時間をつぶすこの人たちは、多分、リストラや病気など不運が重なり住まいを追われた人たちだろう。
 
中高年の自殺者が極めて多いことは何を意味するのか。不安、不満ではち切れそうな人たちが今の日本では多くを占める。自分の身が安定していないのに仕事に身を入れられるはずがない。安全神話は崩壊し…
 
日本が世界に類を見ない安全な国であったのは、日本型資本主義とも揶揄される形態であったからではなかったか。
 
欧米流の荒療治は日本にはそぐわない。風土も気性も違う。自立を美徳とする社会で育った人間と、互いに寄りかかって協調こそ最高の美徳とする社会で育った人間とでは荒波に放り出されたときの反応が違う。泳げない、泳ぐ準備もしていない、体力もない人間をいきなり海に突き落とすようなやり方では絶望し、気力をなくすだけではないか。
 
欧米には、チャレンジや勇気を讃え、失敗を受け入れる社会的な土壌がある。また受け皿として長年のボランティアの歴史がある。仕事に失敗しても人間として失敗したわけではないのに、日本では失敗は人格的な失敗とイコール視されることが多い。
 
長期的に見た場合、社会を荒廃させ、働き手となれる人たちに無駄な人生を送らせ福祉の対象に追い込むことは非常な資源の無駄使いだ。
 
我々は農耕民族だ。狩猟民族ではない。着実にカイゼンへの道をつけることの方が一気につぶしてしまうよりも向いているのではないのだろうかか。また遠回りに見えて案外近道ではないのだろうか。
 

総選挙はてなのことをさんのブログ経由で知り、急いでとんでいった。

野次馬病は我が家に色濃く流れる病気なのだ。

マスコミ報道では自民が圧倒的に有利だというのだが本当だろうか。しかも、この選挙戦を占うというか人気投票は公職選挙法違反の疑いがあるというではないか。しかもしかも弁護士との協議に入った…ということは近日中に、閉鎖される可能性がある。思わず参加したね。

ネットでも小泉人気が高く、女を大事にしない男は男と認めない私などからすれば、なぜ国民の半分である女性をかくもないがしろにしてなおかつ人気があるのか全く理解に苦しんでいたのだが、ハハハ、総選挙はてなでは自民と民主が完全に拮抗しているではありませんか。

そうでなくては選挙はおもしろくない。やれやれ!みんなで議論しよう。騒ごう。盛り上げよう。

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数週間前にファックスが突然死した。前日まで機嫌良く動いていたのにうんでもすんでもない。これ幸いとファックスで来る仕事はしばらくお断りを決め込んでいたがやはり商売。そうもいかないので複合機を購入した。

プリンターは、骨董品の、知る人ぞ知る大きいうるさい高いという三拍子揃っていたかのMacIIにつないだまま鎮座しているものもあるが、動くわけもなく、通常はレーザープリンターを使用していたのだが紙が汚れる。分解して掃除をしてもうっすら跡が残る。

そこで、請求書には複合機のカラープリンターを使用し、それ以外参照用はコストの安いレーザープリンターを使おうと思ったのだが…

機械は互いに呼応しているという説、やはり本当だ。複合機が到着した夜、レーザーは断固としてクーポン券の印刷を拒否。とうとう諦めてクーポンなしで遊びに出かけた。

帰宅してからなだめてみてもレーザーは機嫌を直さない。なぜだか、壊れたのだ。複合機は複合機で古い仲間に遠慮したのか電話線につなぐとインターネットが切断する。とうとう2日がかりの大騒動になった。そして、多分喪が明けたのだろう、メーカーに電話して、そうやっているんですけどといいながら何回となく行った同じ手順、同じ接続をすると今度は動き出した??

で、今度はもちろんPCの番で、ライブドアのブログが一新されたのと関係があるのかないのか、トラックバックができなくなった。しかしまあ、このニュースを福音と捉えて密かに喜ぶ方がもいらっしゃるかもしれないので、人助けとしてこのままにしておくべきなのだろうか。

TBしたのに返事がないとぶつぶついいながら覗きに来てくださったあなた、そのうちお送りしますのでしばしお待ちを。

写真は駒ヶ根から伊那方面、クリックすると大きくなります。

私の精神安定剤こと下の娘が転勤先へ一昨日戻っていった。この娘と一緒にいると安心する。いやいやながらでもハグをしてくれるからかもしれない。

708c4ef8.JPG滅多に会えないので、帰ってくるとすべてが子供中心になる。いつお呼びがかかっても良いように、お呼びがかからなくても、どこかに出かけるといえば「私も一緒に行く」とすぐさまついて出られるように、仕事を減らし、朝もはよから娘が寝ている間にせっせと仕事をする。夜も娘がテレビを見たり、本を読んでいる間に仕事をする。

で、娘が帰った昨日は一歩も外に出ず、長い昼寝をし、寝ながら漫画を読み、冷凍品で食事を済まし、いつもの2倍のお菓子を食べた。自堕落の限りを尽くした。要するに頑張って疲れ果てたのだ。

母親とはかくのごとし。

子供たちは母親の愛情を武器に使う。大人しくしていなければ一緒に行かないとか…

一緒に行きたいとか、一緒にいたいという人間がいることの幸せを当たり前だと思っている。親は子供を愛するものだと思っている。子育てが成功したかなと思うのはこういうときだ。

政治家の言葉は分かりにくいと相場が決まっている。
 
あっちに気を遣い、こっちに気を遣い、結局何を言っているのかよく分からない。あー、うーとしか話さないのに首相になった人もいたくらいだ。一般国民に意味は通じなくても良いとみなさん思っているのではないのかと勘ぐったこともある。
 
だから、新鮮だった。
 
分かりやすく、短い言葉。ゆっくり考える暇のない、考えることを放棄した私たちにはぴったりだ。キャッチコピーの上手な首相。
 
高遠道路しかし、キャッチコピーは所詮キャッチコピー。具体的な中身とは違う。分かりやすく伝えることは大事だ。政治に国民の注意を向けることは必要だ。だが、言葉をもてあそんで欲しくない。国民一人一人の運命がかかっているのだから。国家の運命がかかっているのだから。
 
黒か、白か、賛成か、反対か、敵か、味方か。分かりやすい。アピールしやすい。しかしそんなに簡単に分けていいものなのか?
 
政党政治なのだから党議に反対する人間は、これは息子の弁だが「扉の内側で喧嘩をするか、分裂して出ていくべき」だろう。だから、党として決めたことに表立って反対した人間を公認しないということは、まあ当たり前かもしれない。多寡をくくっていた議員は甘いとしか言い様がない。
 
しかし、くの一だの、刺客だの、なんだあれは。とことん国民を馬鹿にしているとしか思えない。彼のmale chauvinist的なところは以前から鼻についていたが、ここまでとは。彼が日本を代表する人物だとは、実に恥ずかしい。自分たちが選んだ人物なのだから余計に恥ずかしい。
 
これでは民主政治ではなく恐怖政治ではないか。総裁選に出馬しないらしいからいいようなものの、これから彼にモノを言える人間がいなくなる。なんかあれば「オレに反対?あ、そう。公認しない。刺客を送るからな」と言えばいいのだ。
 
命をかけるというほど大事なことだというのであれば、衆議院に戻して、説得し、納得させ、交渉し、すりあわせるのが筋だろう。国民に十分内容を説明したとは言えない。なぜ、分割では駄目なのか?なぜカイゼンではだめなのか?
 
あれでは単なるぷっつん男だ。何のために我々は多数の人間を税金で養っているのだろう。それぞれの地域や利害を代表して我々を代理して話し合ってもらうためだ。彼らはあくまで代表であり代理にすぎない。
 
さらに、選挙には巨額の費用がかかる。その費用は、首相のポケットマネーではなく国民の税金だということを、どうかお忘れなく。
 
 
 
乱読、粗読中
森有正 エッセー集成2 筑摩学芸文庫
梅桃が実るとき 吉行あぐり 文春文庫
静かなる細き声 山本七平 PHP研究所
ウィークエンド・シャッフル 筒井康隆 角川文庫
その世のコニャック 遠藤周作 文藝春秋
神も仏もありませぬ 佐野洋子 筑摩書房
 

 
 

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