あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

2006年03月

五号館のつぶやきさん経由で読んだ話がいい話だったのでみなさまにもお裾分け。うるうるしてしまうので、自宅で読むことをお勧めします。しかし、この三国志さん、記者だというのに記事にしなかったようなのだが、なぜだろう。この話に勇気を貰う人も大勢いるはずなのに。この話はぜひ多くの人に読んで欲しいと思う。[追記:三国志さんは実は看護士さんだと訂正されていた。どこからの引用か分からないし、作り話かもしれない。が、ガセであっても(涙)いい話であることは間違いないので読んでいただければと思います]

三国志(?)徒然日記:ちょっといい話

出典元はどうやら炎上して閉鎖されたらしいのですが完全コピーしたというものを五号館のつぶやきさんのコメント欄経由で見つけました。↓

皐月パパのデンマーク日記

この話を読んで、一般に今の日本に欠けているものを示唆しているように思えた。生きていく上での骨組み、骨格、道標だ。何が正しく、正しくないか。何をすべきで、すべきでないか。人生をどう捕らえるか。何のために生きているのか。日本では議論にならないことを日常的に幼児の頃から繰り返し考え、教えられてきたように思える。

それは神の存在だ。トマソンはキリスト教徒だろうが、別に具体的な神でなくとも、自分より大きな、絶対的な存在、道標という意味でだが、指針があるということは実にうらやましい。

宗教がないことが日本の強さであり、宗教的なタブーも越えて進める原動力でももあるのだが、成熟した国家としては、確固たる骨格がないというのはかなり困った事態のような気がする。個人にも、国家にも、企業にも、羅針盤や道標は必要だ。別に宗教でなくてもそれに代わるものがあれば、儒教でもなんでもいいのだが、今の日本には広くみんなが共有する信念も背骨もない。

トマソンには試練は神が与えたもうものという信念があり、試練と戦う姿勢がある。信念を持たず試練だけだとどんなに辛いだろう。一人で生きる道を模索するのは実に大変だ。おまけに怪しげな宗教もどきが跋扈して、試練を与えられるのは業だとか、先祖のたたりだから壺を買えとか、辛い目にあっている人をいっそう辛い目にあわせることも往々にして行われている。

あらゆるところで、その場限りで右往左往し、直面して戦うことも、正面から議論することもせず、「丸く収めるため」時間が経過するのを待つ。正しさの判断基準が揺らいでいるからだ。既成概念とやらが日本の筋となり、倫理となり、既成概念から外れる人には社会的な罰を与え、村八分にする。今の日本の現状は悲しい。情けない。しかし、どうすればいいのか、私には分からない。

日本人らしさとはなんだろうか。日本の良さを活かした骨格はいつかできるのだろうか。やるべきこと、やってはならないことがきちんと見えていた世代がうらやましい。国際社会からとらえどころのない不気味な存在と思われるのは仕方のないことなのだろうか。

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最近、やたらライブドアブログが重い。特に夜の10時以降はお手上げだ。加入者が増えているんじゃないかと思っていたら、トラフィックが急増していて増強中とどこやらに書いてあった。だろうね。

どうもライブドアがマスコミ一般にいじめられ、無視されているのに対し、応援派の一般庶民が多いのではないかと思っていたら、やっぱりそうだった。楽天を抜いたらしいし。

友人と話をしていたら、彼女は「ホリエモンは悪人顔じゃない、あれは悪いことができる顔じゃない。可哀想に。あの子の代わりに悪人顔の三木谷をいれるべきだ」と母性本能むき出しで擁護していた。笑ってしまったが、こんな極端な話はともかく、今回の逮捕劇に不審感・不信感を抱いている人が多いのには驚いてしまう。私もその一人であるが。

数週間前、土曜日の日経朝刊の別紙にブログの作り方なる記事が出たが、ライブドアのラの字もなかった。完全無視。昨年の日経ネットナビではちゃんと楽天とライブドアは2強だって自分とこで書いていながらだ。

これっておかしくないかい?いくらライブドアが気に入らないとしても、ライブドアブログの利用者は大勢いるんだよ。こちらまで亡き者にされたようでホント気分悪かった。こういうところに、長いものに巻かれろというか、触らぬ神にたたりなしというか、出る釘になりたくないというか、あーあ、後ろへ後ろへと下がっていく姿勢が鮮明で、お前、それでもジャーナリストかと言いたくなってしまった。無視しても、事実は事実なんだし、無視したら事実が消えるわけでもないのに、こういう精神構造ってなんだろう。

ライブドアは頑張っている。冷静に見ても、他のブログはアクセスできなくなることがかなり頻繁に起きているが、それがないだけ、こんなどたばたの中でもライブドアの社員が頑張っているってよく分かる。

重くても、待つよ。コメント数が1日経っても出てこなくても、書き込んだコメントがすぐに反映されなくても待つよ。しばらくはね。だから、そのうち、ちゃんとなおしてね。

[追記:2、3日前から夜もさくさく動くようになりました。良かった。お疲れさま]

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巷で流れる噂によると、前世でし残したこと、足りないことを仕上げるために生まれてきたという。つまりちっとはましな人間になって次に再びうまれるためだという。

その説に従うと、多分、私は前世ではとてつもなく忍耐のない人間だったに違いない。それに、多分、男をいじめたに違いない。そうとでも考えなければ理解できない。どうしてこんなにひたすら忍耐を重ねているのかを。

うーむ、無礼者め、どうやって退治してくれようと思うたび、いやいや、息子は天から下された私の砥石に違いない、私を磨くタカラ、私の試練、私の重荷だと考えよう。しかし、忍耐にも限度があるんだ。分かっているのか、こら息子。

全力を尽くして子育てをしたのがいけなかったのかもしれない。もはや中年男の範疇に入っているというのに、こうあって欲しい男像の完全裏版をひたすら目指している。本物の馬鹿だ。

夜中に帰ってくることが多いのだが、鍵を閉めない。朝起きてぞっとする。息子の部屋のドアにはポストイットでべたべたと目の高さに「鍵はかけた?」「鍵を忘れないで」とメモを張ってあるが、もちろん気にしない。

背広も、ネクタイも、鞄も、自分の部屋の中ではなく、玄関の上がりがまちに脱ぎ捨ててある。極力触らないように放ってあるのだが、集金や宅配便が来るたびに冷や汗がでる。実にみっともない。

食べたいものを食べたいだけ、食べたいときに食べたい姿勢で食べる。食べさせようと作った野菜など絶対に手をつけない。食べて欲しくない物は根こそぎ食べる。遠慮会釈もなく私のとっておきの最後のケーキ、最後のビール、最後の生ハム、ぜーんぶ私が寝ている間に奴の胃袋に入っている。

あろうことか、どうせ食べ終わったら横になるからと横になって食べる。最近は食べ物をかっさらって自分の部屋のベッドの上でテレビを見ながら寝ながら食べている!まるで餌だ。もちろん、掃除などしたことない。オエ

金曜日になるとお金貸してが始まる。月給日から1週間も経たないうちにすっからかんになっている。断ると電車賃もないから会社に行けないと威張って言う。定期券の分まで飲んでしまったな。土曜になると、翌日の受験料といってくる。いったい何回試験を受けるのか、いや受ける振りをするのか。

あーあ、世の中には親孝行のちゃんとした息子がいるというのに…誰か交換して。

ここ数ヶ月間、コメント欄を開こうとすると「タイムエラーが発生しました。デバッグしますか?」という表示が必ず出る。「エラー”bake”はNullまたはオブジェクトではありません。」はあ?デバッグしますかと聞くのであれば、さっさとデバッグしてくれりゃあいのに、はいを押しても

function setCommentAuthor(f) { var flag = f.bake.checked; if(!flag) {

が矢印で表示されるだけ。継続をおしてもなんともならん。ヘルプがヘルプであった試しはないし。もう少し何とかならないのだろうか。いくら進化の途中か知らないけどちっとはましな言葉を話してよ。

だいたい、bakeってなんね。Nullまたはオブジェクトではありませんってなんのこと?なぜNullと英語で、オブジェクトとカタカナなのか。理解不能。Nullって無効ってこと?それにあわせるのなら、オブジェクトは物とか、対象とか目的ではなく、反対という意味にならなくちゃおかしいだろうから、そうなるとオブジェクトじゃなく、オブジェクションのことかね。オブジェクトだと反対するって動詞になるよ。

おまけに、Nullつまり無効じゃないし反対じゃないって言っているのなら、エラーじゃなくて、ちゃんとしているってことじゃないの?

PCよ、もう、いい加減に訳のわかんないこと言ってないで大人になって。毎回、変な表示の相手をするのが嫌になってきた。どなたかおせーてくださいませ。

[追記:どうやらライブドアのスキンに問題がありそう。他のところのブログでは問題は起こらず、ライブドアブログの、それも一部のみ、コメントを開いたり、送信すると上記のエラーメッセージが生じることが判明。]

歯医者の待合室でちらちらとWBCの決勝戦を見た。治療台に上ると看護婦さんが、で、どっちが勝っているのと聞いてきた。みんな興味があるんだ。私だってどっちが勝っているか、それくらいなら分かる。

佐藤秀の徒然\{?。?}/ワカリマシェン:WBC日本実質辛勝で世界一でNY Timesで胴上げを紹介している記事を読んだ。あれって、日本独自の風習だったんだ。知らなかった。思い出そうとしても分からない。何のことはない、分からないはずだ。海外に結構長く暮らしたのに、最後まで野球を見たことがなかったのだ。

昔、友人に連れられて早慶戦を見に行ったことがある。最終回で逆転したのだが、なんだか分からなかった。突然周りがみんな立ち上がって歌を歌い始め、友人にほら立つんだよといわれたが、なぜ試合の途中で立って歌を歌うのか分からなかった。まだ3人アウトじゃないよと言って笑われた。周囲の知らない人たちがなれなれしく肩を組もうと寄ってきて、あまりいい気分じゃなかった。訳が分からないから白けたままだったから。

息子を連れて大リーグの試合を見たこともある。男の子は野球に連れて行かなくちゃと強迫観念のように思っていたので、切符が手に入ったときによっこらしょと出かけたのだ。息子はブルージェイのファンだったので、ブルーのマットを振り回して大喜びだった。球場は素晴らしく美しかった。が、帰りの混雑を考え、最後まで見なかった。ごめん、息子。それでも私の腕では車を球場から出すのが大変だった。頭から突っ込む以外の止め方をしたことがなかったので実にすごい覚悟で出かけたのだし、それが最初で最後の息子との野球見物となった。

野球自体にあまり興味はないのだが西武の試合だけは結果をチェックする。どういうわけか、下の娘が大変な西武ファンで、一時は西武球場でアルバイトに出かけていたくらいだ。娘が騒ぎ立てるので西武の選手の名前だけは覚えていたのだが、せっかく覚えてもどんどん移動する。結局、どこを応援しても同じじゃないかと思うのだが。

娘が地方に行ってから、新しく覚えることもなく知っている西武の選手はもう残り少ない。あと数年でゼロになってしまうかもしれない。当分松坂には日本にいて欲しいものだ。

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ご多分に漏れずダイエット中だ。といっても容姿のためではなく(そんなものとっくに捨ててる)、信じたくないが体内に脂肪をため込んでいるらしいからだ。お金は貯まらないのに脂肪はたまる。貧乏人は麦を食って本来ならすっきり健康なはずなのに、細いのが金持ちで貧乏人は太るという、ここいらも米国追従なのかもしれない。

ということで、昨年当たりから豆乳を飲むように心がけてはいるのだが、つい忘れてしまう。仕事中はコーヒーしか飲まないので、そこでカフェラテではなくソイラテにして何とか消費しようとしている。

カップにコーヒーを入れ、たっぷり豆乳を注いでチンした。するとなにやらもわもわと雲のように形をなしてきて、しばらく経つと柔らかな固まりがここあそこに。豆腐のコーヒーかけが誕生したのだった。地球環境のため、捨てずに飲んだけど…まずかった。

今日の教訓、豆乳はチンすると豆腐になります。

追記:そういえば、昔、元亭が「お姫様のためにコーヒーがおいしくなりますように」とかぶつぶついいながらコーヒーを入れてくれていたのを思い出した。ふん。しゃらくせえ。こんなに男運が悪いとはそのころはちっとも思わなかったなあ。未来が見えなくてホント良かった。崖っぷちを歩けるのも足下がみえないからだもの。

乱読、粗読
食通知ったかぶり 丸谷才一 文藝春秋
夏の砦 辻邦生 文藝春秋
変身 東野敬吾 講談社
女優志願 デイヴィッド・ハンドラー 講談社文庫
土門拳 腕白小僧がいた 小学館文庫
死ぬための生き方 佐藤愛子 海竜社
グイン・サーガ103巻および104巻 栗本薫 早川書房
水辺のゆりかご 柳美里 角川文庫
命 柳美里 小学館
魂 柳美里 小学館
声 柳美里 小学館
生 柳美里 小学館
家族の標本 柳美里 朝日新聞社
歴史を変えた誤訳 鳥飼久美子 新潮文庫

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ライブドアへの強制捜査以来、重い話題が続いている。隠されていて関係のない一般人には見えなかったことが見えてきたような気がする。いつの間にか日本全体の体質が変わってしまっているのは気のせいか。せっかく気持ちよく晴れて、窓から真白な富士山も見えるというのに気分は鬱だ。

マルセルさんから「オウム麻原被告の次男の入学拒否について」にTB「人はすべてシメールを背負う」を戴いた。従妹の方が地下鉄サリンの被害者で11年間経った今も治癒されていないとのこと。傷の深さに愕然としてしまう。事件の被害者に対する公的なケアは11年後の今、どうなのだろうか。松本サリンの河野さんの奥さんが今でも寝たきりで音楽には反応するようだが意識も戻っていないことを数年前にTV番組で知ったのだが、どれほどの苦しみだろう。倒産とリストラの嵐であった10年間とすっかりかぶるその時代、そうでなくても優しいとはとても言えない日本政府が手厚いケアなどしていないことは想像に難くない。

オウムは日本を変えた。9.11が米国を変えたように。無邪気に人を信じることはできなくなった。オウムの罪は大きい。それでも、やはり、言わざるを得ない。学校は麻原の子供たちを拒否してはならず、私たちは更生を目指す人たちに石を投げてはいけない。なぜなら憎しみや悪意は何も生み出さないからだ。せっかく出てきた元の団体に追いやるのであればこの11年は私たちにとっても無駄になる。憎しみや悪意を越えなくては私たちも前に進めないからだ。

人は変われる。どうしようもない生き物であるがまた素晴らしい生き物でもある。自分の罪を一生背負っていくしかない人に、それを自覚し、変わろうとする人に石を投げないで欲しいと思う。今後どんな善をなすとも限らない。またそれが私たち自身のためじゃないだろうか。

5号館のつぶやきさん「捨てたもんじゃないブログの世界
404 Blog Not Foundさん「オウム憎んで人憎まぬために
incompleteness thinkingさん「個人情報の扱いに対する基準とは?
防備録ことのはインフォーマルさん「一連の疑惑について

[追記:GripForumの泉さんが復活されました。良かった、良かった。umeさんがでてきたときには、このまま逃げ出すのか、逃げたらジャーナリストとしてはやっていけないと懸念しましたが、踏ん張りましたね。]

1月に風邪で寝込んで以来、仕事のリズムが崩れてしまいどうも上手くいかない。4回連続途中でキャンセルになったり、ペンディングになったり、こりゃ、お払いにでも行かなくてはといっている側から、こんどはだぶってしまった。

白鳥親子キャンセルになりそうなペンディングで数日間引っ張られたのを、見切って別の仕事を受けたとたん復活したのだ。20数年のキャリアで1度も締切に遅れたことがないことを自慢していたのが、危うしだった。ああ疲れた。
土門拳記念館の白鳥の親子。頭の黒いのが子供。前回と同じ親子?

というわけで、なんだか気の抜けたビールのようになってしまったが、旅行の続きを少々。今回の旅は実は、初孫が目的でもあった。少し前に、丸谷才一の「食通知ったかぶり」を読んでいたのだが、開高健がル・ポットフーのことを裏日本随一のフランス料理店と太鼓判を押し、それにつられて食べに行った話が書いてあった。

昨年夏に酒田を訪れた折にたいして期待もせずに食べたブイヤベースが実においしく、もっといろいろ食べれば良かったと後悔していたから、ちょうど良い、この際行ってしまおうと考えたのだ。丸谷才一によるとル・ボットフーでは極上の日本酒秘蔵「初孫」のつまみにフランス料理を出すという。飲兵衛かつ食いしん坊の私としては是非行かねば。

1858cd53.JPGいそいそと秋田を経由して酒田に向かった私だったが、嬉しい誤算が飛び込んできた。2日目の午後に娘が旅行に合流してきたのだ。今晩はエビ・カニづくしだという。何日か前にしつこくエビとカニのどちらが好きかと聞いていたのを思い出した。1月に誕生日のプレゼントのバレーを風邪で寝込んで見損い騒いでいたのを可哀想と2度目の誕生日のプレゼントなんだと!

しかしこの子はサプライズがよっぽど好きらしい。今度はすっかり引っかかってびっくりした。連れて行かれた先は湯野浜温泉。娘に温泉宿を奢って貰うなんて、あの小さかった娘がと感傷に浸るまもなく、大量のカニとエビですっかり臭くなった全身を源泉かけ流しのお湯で清め、ああ最高。ありがとう、娘や。

春マスのムニエルしかし、翌朝、何年ぶりかの昔風旅館の朝ご飯を食べて酒田に向かい、腹ごなしに色々歩き回ったったけど、お腹がいっぱい。そりゃそうだ。ル・ボットフーではしっかりとコース料理を食べる予定だったのに、おひな様ランチというような名前の、軽い女性用ランチに代わってしまい、もちろん初孫は味わえなかった。残念。また今度のお楽しみだ。

春マスのムニエル

ところで、酒田の本間家と鶴岡の風間家(映画「蝉時雨」のロケに使われたという)のおひな様のお道具には葵の紋がついたものが数点あった。どうやら徳川家はご紋の使用権を(もちろん大枚と引き換えで)ライセンス付与していたらしい。またもともと葵の紋は鶴岡の方の紋だったのに強引に取り替えたという話しも。本間美術館に飾られているおひな様は元は風間家のおひな様だったとか、東北には古い歴史がまだ生きているのだ。

追記:ル・ポットフーのデザートはひどくお粗末だった。楽しみにしていたのに。ここは、アラカルトはなかったような気がするから、デザート抜きの一番安いコースを2つ(1日1食にするのですぞ。もちろん)取るのが良いかも。

97c787d4.JPGおひな様が家にはなかった。結構羽振りの良いときもあり、幼い私が毛皮のコートを着た写真も残っている。おまけに3人姉妹だ。それなのに家にはおひな様がなかった。

娘たちは海外で生まれた。当然おひな様は売っていない。しかもローンでぎりぎりの貧乏暮らしだった。帰国してからはもっと貧乏暮らしだったので、小さな卓上雛がせいぜいだった。由緒正しいおひな様に無意識のうちにあこがれていたのかもしれない。

今回の旅行は意識したわけではないが3月3日に出発し、奇しくもおひな様を追いかける旅となった。古い町には古いおひな様が残っている。武家には武家の商家には商家のおひな様がある。考えられないほど大量のおひな様を見た結論は、おひな様がなくて良かったというものだった。

おひな様人形は怖い。表情がある。本当は魂があるのではないかと思う瞬間がある。それが大事にされ、長年伝えられてきたものは、何世代もの女の気持ちがこもっていて何にもまして怖い。角館の小雪が降る中、武家屋敷のしーんと冷たい蔵の中、たった一人で古い公家顔のおひな様と対面したときには、ゆっくりと見ていられなくて、「失礼します」と人形に一声かけて、そそくさと逃げ出した。おひな様は、もういい。写真は商家の安藤家のおひな様

角館には思いもかけないものがあった。ルネ・ラリックを集めた大村美術館という小さな私設美術館だ。入り口のショップに店員さんが一人いただけで、人気がない。廊下を進んでいくとその店員さんが追いついてきて、美術館の扉を開け、電気をつけてくれた!そう、たった一人で60点あまりのルネ・ラリックをゆっくり鑑賞したのだ。何という贅沢。これぞ冬に雪国に旅をする醍醐味かもしれない。入り口にはカフェがあり、チャイを飲みながら彼とゆっくり話すこともできた。

結局、旅行の善し悪しはそこで出会う人たちが大きな要素を占める。いろり端で甘酒をごちそうになったり、バスの運転手さんと世間話をしたり、町中で旧知のように車から声をかけられ、今度は夏においでよと言ってもらえるのも人がいないからこそだ。桜の季節であれば、皆気ぜわしくこのようなゆったりした時間はとれなかっただろう。旅行はオフシーズンにするものかもしれない。

先に「ライブドア問題で思うこと-知識人の人権意識」で最近の心配事を述べたばかりなのに、やれやれ、オウムの麻原被告の次男が私立中学への入学を拒否されたという。

ここで一番問題なのは、中学校という組織を運営しているのは一応知識人と分類される人たちであり、れっきとした教育者であるということだ。

様々な自治体でここ何年間かオームの子供たちが入学を拒否され、移動を制限され、住民票を受け付けて貰えなかった。オームは犯罪組織であり、殺人団体だったが、今もまだ犯罪組織であり、殺人団体であるというわけではない。

組織に属していた人たちが普通の社会に戻れるようにすることが社会に対する危険を排除する一番の方策に私には思えるのだが、周りを取り囲んで石を投げれば彼らは他に行く場所もなく、自分たちで固まり、結束をより強固にし、社会に対する被害妄想をいっそう募らせてしまうにきまっている。

もちろん、地域住民の恐怖やこれまでの経緯を考えると、受け入れることは難しいことだ。だが、彼らも人であり、同じ日本国民であるのだから、差別することは正しいことではない。正しくないが地域住民の感情は理解できる。

しかし、教育に携わる人間は別だ。拒否してはならない。人を教育する立場のものが、ある子供が実際に悪をなしているわけでもないのに、その父親が犯罪者であることを理由に拒否することは、子供を教育することができないと、自らの教育者としての資質を否定したことにならないか。

拒否したこの中学校は、日本全国に、自分たちが教育機関ではなく、商売で学校と名付けた組織を運営していると宣言したも同じではないだろうか。教育機関ではないこのような組織にも「学校」と誤認して、私たちの税金が注ぎ込まれているはずだ。税金を国庫に返上させるべきだ。何もその組織に使って貰わなくても使い道はいくらでもあるのだから。

上を向いて歩こうという歌は雪国のためにあるとしみじみ思った。3月だというのに町中に大量の雪があるのだ。屋根の上にも、樹木の上にも。

小雪の降りしきる角館を歩きながら、ニュース等で知っていることと訪れて体験することの落差の大きさに今更ながら驚いた。

至る所に落雪注意の看板が立てかけてある。落石も困るけど、落雪も困る。屋根の上には大きな雪の固まりがここかしこに見える。落雪注意の立て看板と屋根の雪を交互に見ながら素早く建物に入るのだが、行きはよいよい帰りは怖い!入るときには雪が滑り落ちるか見極められるが、外に出るときはどうすればいいのだろう。

2cb029fb.JPG大きな樹の根本に枝からの雪は危険とあるのだが、この町は大樹がずらりと並んでいるのが壮観なわけで、至る所大きな樹があるのだ。注意のしようがない。最初は枝からの雪なんてとたかをくくっていたが、大量の雪が上手に枝の上に乗っているのを見てしまった。生きるか死ぬか、まさにギャンブルの世界だ。

↑大きな雪の固まりが木の上に。

昔話をいろり端で聞かせてくれた人は、昔話だけではなく、雪に埋もれていて翌日発見された女性の話も聞かせてくれた。冬の間は、3日家を空けるのも大冒険だそうだ。何が起こるか分からない、それが雪国。

雪に埋まる民家両側に雪が積まれた狭い小道を歩いているとすぐ後ろで車がスリップする音がし、前方では自転車の男性が道路の真ん中で横転した。スリルとサスペンスが欲しい人、頭を冷やしたい政治家のみなさま、冬の雪国にどうぞ。

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なんとなんと、3月5日でブログを始めてから一周年となりました。すっかり忘れていたので、時間をずるして、3月5日にエントリーします。ほほほ。

いままでどんなことがあっても、日記を3日以上つけたことがないこのワタクシメが(威張っちゃいけないけど、3年日記を買ってきて数頁で断念。3,600円を無駄にしたことも(^^;))、1年間も、とびとびであっても、書き続けられたのはみなさまのおかげです。

お馬鹿な記事が多いにもかかわらず、甘口、辛口、励まし、罵倒、辛辣、優しい、様々なコメントやTBを寄せてくださったおかげです。無口でいながら、暖かな、冷たい視線もあるかもしれないけど、シャイなみなさまもありがとうございました。

今後とも甘口、辛口、励まし、罵倒、辛辣、優しい、様々なコメントやTBをよろしくお願いいたします。

雪の中の一人旅です。ここのところ一人旅が多いのですが、ほんの数年前まで喫茶店も一人で入れず、飲まず食わずで帰ってきていた私がたいした進歩です。昨年からは一人で映画も行っています。いくつになっても進歩はあるのだと思えば心強いじゃないですか。

駅から15分という、観光地の真ん中にあるビジネスホテルのようなところに泊まっているのですが、なんと各階、4台ずつPCがホールに置いてあります。世の中も進歩しているのですね。といっても誰も使っていません。夕方も、今も、一人の利用者も無く、PCは新しいままあまり使用されている形跡はありません。

普段PCを使っていると、ある程度若い人は全員使えるような錯覚に陥ってしまうのですが、まだまだ使えない人も多いのですね。前原代表ももう少し普段からPCを使っていれば今回の件ももうすこし展開が違っていたのではないでしょうか。

やはり、日本のように資源に乏しい国は人材を活かすしかなく、それには教育が最重要課題です。基本的なPC操作ができるということは世界に生きていくために欠かせないことです。トップがIT音痴で、額に汗して働くことを国民に強要していけば日本は沈没して行くことになります。

やればできるし、やるしかないのです。

秋田の地酒というのを温泉から帰ってから部屋でちびちび飲んでいてすっかり酔っ払ってしまっているので今日はこれまで。辛口と指定したのに、あまり辛口ではなかったのがちと残念。明日は初孫を飲む予定。ふふふ。

当たり前に日本人である限り与えられているとのんびり思い込んでいたことが次々と覆る。ライブドア事件以来理解できないことの連続だ。

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マスコミにも知識人といわれる人たちも人権意識が非常に希薄で、「正義(と自分が思い込んだこと)」のためなら多少のことは許されるべきだと考えていることが今度のことでよく分かった。が、人権とはなんだろう。

人権とは民主主義の基本、一番大事な理念ではないのか。それは誰にでも生まれながらに与えられている権利のはずだ。例え、その人が殺人犯であっても、赤ん坊であっても、貧乏であっても、金持ちであっても、政治家であっても、生来与えられているはずだ。

弁護士や人権派といわれる知識人からおかしいという声は少なくとも表立っては聞こえてこない。なぜなのだろう。人権問題を良く扱っているあるブログで、「権力者や権力に近い人間の「人権問題」と社会的弱者のそれとを同列には見ていません」という発言があったが、金持ちなら、政治家なら、成功者なら叩いても良いと考えているのなら、それは間違いだ。

人権がすべての人に与えられているのであれば、オウムの麻原にも、ホリエモンにも、武部幹事長にも、ホームレスにも私たちと同じく与えられていなければならないのだ。これは好き嫌いの問題ではない。原則の問題だ。

ここに日本の問題点と弱点があるような気がする。一番の根本がぐらぐらしていたらどうにもしようがないではないか。

先進国といわれている日本で、人権意識がまるで育っていないのはなぜだろう。検察が強制捜査なり逮捕なりしてしまえば、有罪なのか。誰一人として有罪であることには疑いのかけらも抱いていないようだ。私には理解できない。マスコミも、知識人も有罪という土台に立って話をしているが、検察の逮捕だけで有罪扱いとなるのであれば、裁判所などいらないじゃないか。

いったん拘留されてしまえば、自白するまで保釈されない。知らなかった私が無知すぎるのだろうが本当に驚いた。

では、逮捕され、全く身に覚えがなくても、罪を犯したといわない限り裁判まで拘留されるのであれば、しかも毎日、長時間、お前は罪を犯したと2人がかりで責め立てられるものに、全く信じようとしない相手にどうやって対抗できるだろうか。真犯人が見つからない限り、よっぽど太い神経をしていない限り、ノイローゼになるか、体を壊すか、罪を認めるか、この3つしか選ぶ道はないではないか。

改悛の情が見られないから罪が重くなるというのはよく耳にしていたが、つまり、無実で訴え続けていれば、罪は重くなるということなのだ。そんな、馬鹿な。

ホリエモンのように有名人であっても、確たる証拠がまだでないようなのに逮捕され、保釈されないのであれば、一般人の私たちならどんなに簡単に逮捕されてしまうことだろう。逮捕しようと思えば後から理由をつけるは簡単だ。戦前の治安維持法の世界へは一またぎだ。これが私たちが望んでいることなのだろうか。

TB:http://blog.livedoor.jp/maxmasahiro/archives/50443309.html

誰が見ても怪しげな「堀江メール」を根拠に、十分な調べもせずに、自分の憶測で、「お金で魂を売ったのではないか」とまで武部幹事長と私人である次男を名指しで批判したのだから、やはりなんといっても永田議員が悪い。普段小泉さんを批判している私だが、永田議員を擁護することはできない。

しかも謝罪の場で、僕は悪くないとばかりに、内容が本当かもしれないと言いだしたのにはあきれた。仲介役のフリーのジャーナリストの言葉にまだすがっていたが、それはなんとか永田氏を救おうとしていた同席の鳩山氏や野田氏の顔にドロを塗ることになるとなぜ分からないのだろう。謝ったふりだけしておけばいいと考えているから本心がぽろりと出るのだ。

非常に不愉快なのは自分勝手な正義を振りかざして見せたことだ。彼の気持ちの中では仲が良かった、つまりお金のやりとりがあったに違いない、金の流れを暴くことは正義だと、最初から武部幹事長イコール悪で、自分は善という思い込みで物事を見ていたことは明らかだ。自分の目で見ようとせずに色眼鏡でみるから自分のストーリーにあったものがでてくると騙されるのだ。その上、証拠もないのに、オレは正義の味方だから少々のことは許されると思い込んでいる。ここいらは最近のマスコミと同じだ。とにかく言ってしまえば勝ちとの意識が透けて見えてるのも嫌らしい。若いのに誠実でもさわやかでもない。想像力のかけらもない甘ったれのぼんぼんだ。実にみっともない。

民主党本部で僕は民主党を愛していますと往生際悪く叫んで、ここでは本心から謝罪していたようだが、まず最初に謝罪する相手は武部幹事長とその息子であるはずだ。なんといっても民間人を名指しで国会で非難したということは、その人物の生活を破壊してしまった可能性があるのだから人間として当たり前の礼儀だ。謝罪に行くかという問いに明確な答えはなかった。

しかもお粗末なメールを持ち出したせいで、この問題の多い国会で他の審議ができず、多額の国民の税金が無駄に使われてしまったことに全く考えがおよばないのだろうか。国民にも謝罪すべきだとなぜ考えないのだろうか。今更ながらだが、がっかりだ。

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