あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

2008年03月

f2fa6006.JPGすっかり嫌気が差した私は庭園美術館松岡美術館へ向かったのでありました。庭園美術館は写真展と庭の桜、松岡美術館の方は中国陶磁名品展と正面窓越しの桜を堪能。

庭園美術館
松岡美術館は小振りだが気配りが行き届いた美術館で、お気に入りだ。いくつかの展示作品の前にはバーコードがあり、これを携帯で読むと説明がでてくる仕掛けで感心する。掛け軸を展示した部屋にはお香が焚き込められているし、シャッター音さえ消せば、周囲に迷惑をかけなければデジカメで撮影することができると明記されている。こうじゃなくちゃあねえ。
松岡美術館 猫
翌朝、娘の友人のMちゃんと満開の桜並木を散歩をし、アイスクリーム店でアイスクリームをなめるMちゃんを横目で眺めながら少々濃いめのコーヒーを飲んで、さあ、仕事だから、またねと数歩歩いたところで動けなくなった。顔色が悪くなく、動悸はせず、でも頭がくらくら、薄膜を張ったように視界が暗い。てっきりこれは脳出血だとMちゃんに行きつけの病院まで付き添って貰った。土曜日で精密検査はできなかったが、どうやらたいしたことはなさそうで、帰されたのだが、後で考えると、遊んだつけの睡眠不足プラス濃いコーヒーだったような。

Mちゃんは娘の友人連中とその後お花見だという。お昼はとっくに過ぎているし、一人ですぐに帰るのはまだ不安。ということで、仲間に入れて貰って、お酒を控え、揚げものを控えではあったが、遠くにいる娘に代わり、娘の友人達と実に楽しい午後を過ごさして貰った。Mちゃんにはすっかり迷惑をかけてしまったが、終わりよければすべて良しと言うことで許して。

目黒自然園
そして、ご想像通り、またも自分で自分の首を絞めてしまいふらふらなのだ。懲りないねえ。

2c9eca01.JPG知人のI子から長々と何回も電話が入り困っている。といっても彼女は困っているから電話をかけてくるのだし、同情するけど、度々だとこちらはこちらで困っている上にさらに困り度が高まってくる。

I子は外資系企業に勤める40代のベテランで、周囲はいわゆる秀才ばかり。スタッフもそれなりに一流大学を出て英語ぺらぺらの人ばかり。頭は良いはずなのだが…彼女が手を焼いているのは新人職員。といっても30才を超え、他社でそれなりに勤務していたはずなのだが、すべて細かなところまで指示しなければ、指示されていませんといってまったく動かないのだという。

指示されていないからと前日の残りのコーヒーを客に出してしまったり、複数の人宛の依頼書は自分の仕事の範囲であるにも拘わらず、自分に特定してなかったからと動かず放置、挙げ句の果てに問い合わせた上司に仕事を振ったりするという。ああいった、こうやったを知人は逐一報告してくる。I子は彼女の仕事までやる羽目に陥り、その上「その仕事やりました?」と言われ、まるで上司が一人増えたみたいと怒っている。

私の方は、数ヶ月前に入社した某エージェントの新人コーディネーターに振り回されている。先週の金曜の夜、8時半頃メールが送付され、それには出来上がりで70枚近い原稿が添付されていた。自慢じゃないが、私はこうみえてもかなりの売れっ子で常時仕事を抱えているのはそのコーディネーターもよく知っている。なのに、メールの末尾にあなたしかいませんのでお願いしますの文字が。そういえばすべてOKとでも思っているのだろうか。そのときも他社からの翌週月曜日納期の仕事を抱え、プラスさらに10日後納期の1本を抱えていた。

直ちに新人コーディネーターに電話をしたが、すでに全員が退社した後。メールを送ってさっさと消えたのだ。放置することも一瞬考えたが、ここいらが私の弱いところで、仕方なく、すでに受けていたにも拘わらず他社に泣き込んで、キャンセルして貰い、土、日も連日も夜遅くまで仕事をし、「サービス残業」だあ。

ちなみにこの新人も30代である。その年になるまでに一体何を学んだのだろう。指示されないからとか、自分の都合があるからと、他を省みないで自分勝手に動いていたら、後で泣くのは、君なんだよ。で、これは家庭教育の影響なのか、学校教育の影響なのか、空気を読むことには長けていて、仲間同士ではうまく立ち回っているこういう人たちのこういう気配りのなさ、想像力のなさというのは何なのだろう。とても不思議だ。


というわけで、すっかり嫌気が差したのだ。仕事を放棄してしばし桜見物と美術館回りに行ってやるぞ〜

28d6549f.JPG翻訳者に必要な能力としてコミュニケーション力が挙げられるかも知れない。

この間5号館のつぶやきさんのところで言語能力の性差に関する報告があって、女の子の方が男の子よりも言葉が早いことを科学的に裏付けたのだなとさらっと読み流したのだが、男性の翻訳者が少ないのは、真面目にこつこつの地味な仕事であることとか、低賃金であることの他にも理由があるような気がしてきた。

翻訳と原文を読み書きできる能力はかなり違う。自分で読んで理解できることと、それを他の人に理解できるように伝える能力の間にかなりのギャップがあるのかも知れない。翻訳という作業は、以前も書いたように、読者を想定して、それに合わせて、その人が理解できるような言葉で理解できるように書いていくことだと思う。

もちろん、前提となる英語力や、正確に伝える努力は当然のことだが、一般向けのニュース原稿を熟語満載で訳しても理解して貰えない。単なる自己満足だ。反対に専門職向けの専門的な文書を一般的な言葉で訳せば何も分かっていないできない翻訳者のレッテルを貼られてしまう。

翻訳に直接関わることばかりではない。コーディネーターや場合により直接顧客と関わって、どういう翻訳を求めているのか探ることも必要となる。文脈から用語を探していくという作業も一種のコミュニケーション力と言っても良いかも知れない。著者が何を言いたいのか、著者の気持ちになって一番ふさわしい言葉を探すのだから。

どうもここいらで男性諸氏はもしかして自分の解釈は間違っているかもしれないとか、他の人が理解できないかも知れないなどと逡巡するという一種の女々しさを放り投げ、一気に力業にでてしまうのかと憶測したりもする。日常生活だけではなく、仕事においても細かく気を配るのが不得意な人が比較的多いのかもしれない。

最近、とんでもない誤訳を時々目にするが、日本人全般のコミュニケーション力が落ちてきている兆候かも知れない。機械翻訳を導入する人が非常に多くなっており、そのため、全体を考えたり、読まずに、一部だけを訳す弊害が出始めているのかも知れない。言葉は常に全体の中にある。文脈が分からずに訳すのは、「目暗、ヘビに怖じず」だろう。

そして、コミュニケーション力が必要なのは、もちろん、翻訳者だけではない。つぶやきさんたちは、科学コミュニケーターの養成に取り組んでいらっしゃるが、何といっても、必要不可欠な事柄を国民に理解できるよう、簡潔に伝えるという意味で、コミュニケーション力が一番必要なのは政治家だろう。コミュニケーション力の乏しい首相を頂く日本国民の不幸を考えてしまうのだ。

ed622076.JPGどうしてついてないときはついてないことがまとまってくるのだろうか。毎日1個ずつついてないことがあるのと、まとめて10個来る代わり、他は無傷なのとどちらが良いだろうか。

昨日、ようやく3日遅れの青色申告を税務署に提出してきた。この日は一日遊ぶ日にしようと、前日1時過ぎまで頑張ったのだが終わらず、出発は2時過ぎに。

庭園美術館に行こうと地下鉄に乗って白金方面に向かっていたのだが、桜が咲き始めていたのを思い出し、急遽行き先を上野に変えた。この先当分上野には近づけないと思いついたからだ。これがすべて失敗の元だった。

向かったのは都美術館のルーブル展。工芸品が主で、嗅ぎ煙草入れが多数出展されていた。細かな細工が繊細でフェミニンで美しい。マリーアントワネットが使用したという机など、嬉しいことに家具も数点出展されていた。数年前に訪れたときのことを思い出したのだが、また別の話。

ルーブル展からでたらもう4時半。上野はほとんどが4時半に閉まる。そこで、国際子供図書館のことを思い出した。図書館と名前が付くのだから5時頃まで入れてくれるだろうと、小さなスミレが満開の芸大の横を通り、小走りに図書館に向かったのに休館だった。

上野公園博物館も、動物園も、みんなおしまい。なぜこんなに早く閉めるんだ。これが文化国家かとぶーたれつつ、まだ開いていた西洋美術館のショップを覗き、本屋で立ち読みし、JRの改札をくぐったトタン、山手線が内回りも外回りも神田の人身事故で不通だというアナウンスが流れた。

立ち読みしなければ無事に乗れていたのだが、つきがないときはこういうものだ。仕方がないので、駅中の喫茶店に行き本を読みながら待つことに。喫煙室の出入口近くしかあいてなく、絶えず、煙草の匂いに晒され、かなりへこむ。娘に山手が動いているか調べてとメールするも、終日会議に入っていて身動きできないと断られ、1時間粘ったあげくホームに戻りかけたら電光板にさらに1時間は動かないとの表示。諦めて地下鉄で大回り、足止めを食っているうちに本降りになっていた。小さな折り畳みをさしてようやく家にたどり着いて靴を脱ごうと背を曲げたら、フードから雨水が頭から顔につーっと流れた。これは禊ぎか、今日のついてないは終わりだねと思ったが甘かった。

申告書類を片づけていたら、2か月分の領収書を発見。やけに少ないと思ったのよね。自分にご苦労さんと泡盛の古酒をぐい飲みに3杯ほどとその後マケドニアナッツ入りチョコを2粒食べたら、激しい不整脈が始まった。数回に1回脈がとぶ。急ぎの仕事はどうなる。まだ遺言状は完成じゃない。腹式呼吸をしてみても収まらない。病院に運ばれる前に仕事を進めなくてはドタバタやっているときに娘が帰ってきた。

顔を見たら少し収まったのだが、なんと、メールが入った頃すでに山手は動いていたのだという。どうやら表示板が反映していなかったらしいのだ。さっさと京浜東北線で有楽町にでれば良かったじゃないと言われ、そうか、とがっかりの重ね餅だったのだ。

そして、今日、昼過ぎになっても起きてこない娘を覗きに行ったら、9度近い熱。病人は私だってば。

40代で2度も大きな病気をしたので、そのとき尊厳死の宣言とやらを作らなければと思ったのですが、いつの間にかこの歳になってしまいました。自分では病気で余命×ヶ月と宣告して貰い、その間にやりたいことをやり、言いたい文句は思いっきり言って、みんなにああ静かになって良かったと言われつつ、後悔なく死ぬつもりだったのですが、ある日突然事故に遭う可能性もあるんですよね。いつもお邪魔しているOSS102さんの尊厳死という記事を読んで手遅れにならないうちにとあわてて書式を探しました。

下記は日本尊厳死協会からコピーした宣言書です。これで尊厳死を宣言したことになるはずです。正式には協会に登録しなくてはならないらしいのですが(末尾にあります)、コピーして、署名し、冷蔵庫や壁にでも貼っていようと思います。子供達がそれを医師や親戚に見せて、こちらの意思を明確に表明できれば、大丈夫でしょう。


尊厳死の宣言書(リビング・ウィル Living Will)
協会記入欄

登録番号            

年 月 日    年  月  日

私は、私の傷病が不治であり、且つ死が迫っている場合に備えて、私の家族、縁 者ならびに私の医療に携わっている方々に次の要望を宣言いたします。
この宣言書は、私の精神が健全な状態にある時に書いたものであります。
従って私の精神が健全な状態にある時に私自身が破棄するか、又は撤回する旨の 文書を作成しない限り有効であります。

(1)私の傷病が、現在の医学では不治の状態であり、既に死期が迫っていると診断さ れた場合には徒に死期を引き延ばすための延命措置は一切おことわりいたします。

(2)但しこの場合、私の苦痛を和らげる処置は最大限に実施して下さい。そのため、 たとえば麻薬などの副作用で死ぬ時期が早まったとしても、一向にかまいません。

(3)私が数カ月以上に渉って、いわゆる植物状態に陥った時は、一切の生命維持措置 をとりやめて下さい。

以上、私の宣言による要望を忠実に果たしてくださった方々に深く感謝申し上げる とともに、その方々が私の要望に従って下さった行為一切の責任は私自身にあるこ とを附記いたします。

      年  月  日

   自署

  フリガナ    印    明治 大正 昭和 年 月 日生

   氏名

   住所   □□□−□□ 

「尊厳死の宣言書」の登録について
この書類は一通つくって協会に送る。協会は登録番号を附して其の一通を保管 し、コピーの二通を返送する。一通は本人が所持し、一通は最近親者(配偶者、親、 子、後見人)が所持する。尊厳死の宣言書は、必要が生じたときに医師に提示してさい。
万一、主治医が理解されない場合は、あなたの会員登録番号と主治医の住所氏名 をお知らせ下さい。当協会から主治医にご理解をお願いいたします。

〒113 東京都文京区本郷2-29-1 渡辺ビル202 電話 03-3818-6563

日本尊厳死協会

入会申込書
    フリガナ  男・女      職業    (現・元)
           生年  月  日 明治・大正・昭和  年  月  日生

氏名

住所 □□□−□□

TEL  −  −

入会したく○をつけた種類に会費をそえて申し込みます。

1.正会員  年会費3千円(ご夫婦で入会される場合 年会費 2人分4千円)

2.終身会員 会 費10万円(ご夫婦の場合15万円)

会員カードの交付、「尊厳死の宣言書」登録、会報(年4回)配布、研究会出   席自由。

日本尊厳死協会 会長殿

※ご夫婦で入会される場合は、各自別用紙で署名願います。

ご入会手続きは、本部(〒113 東京都文京区本郷2丁目29-1 渡辺ビル202)                     電話 03(3818)6563 宛ご提出下さい。

送金は 郵便振替口座 東京 3-16468番で郵便局からお送り下さい。

2d43e952.JPGこの間のイージス艦あたごが清徳丸を沈没させた事故についての記事に下さったalchemistさんのコメントに返事を考えていたら、長くなったので別の記事にすることにしました。

3月3日の朝、テレビで、幕僚長だか、制服組のトップが出した本に「防衛省は国民を守るためのものだと皆誤解している。国体を守るためにある」と書いてあるとコメンテーターの誰かが紹介していたということに関してです。

どうやら、戦前だけではなく、現在も、国体の中には国民一般は含められていないようなのです。その本の著者名も題名も分かりませんので、本当のところは分かりませんし、間違っているかも知れませんが、防衛庁のトップが活字にして堂々とそういう主張をしたのであれば、防衛庁全体が、いえ、エライ人たちの大部分がそういう思考回路にあるのではないかという恐ろしいことを考えつきました。

で、そのとき、国体維持から、私は小松左京が「日本沈没」で提言し、ユダヤ人たちが実際に死をかけて考え抜いた民族を守るということを連想しました。以前、ユダヤ人達が下した判断について、本か、ルポか、報告を読んだことがありました。中身も何もかもすっかり忘れていましたが、そのときの厳かな判断については神聖なものという印象が残っています。

もちろん、あってはならないことだし、恐らくあるはずのないことなのですが、絶対と言うことは存在しません。もし、日本民族が地球の変動や人為的な出来事で滅亡に瀕したとき、例えば、1割の人間しか残れないとしたら、そのとき民族を守るためにしなくてはならないことは何でしょうか。

ヒトがヒトを選別する基準は何なのでしょうか。民族を未来に向けて守るためには何が基準になり、私達はそれに従うことができるでしょうか。

私の寝言ですが、私なら多様性を一番に上げるでしょうね。発展のため、生き残るためには多様性が必要だと思うからです。一つがダメでも他が補完できるという戦略です。

知力、気力、体力、判断力、そしてなにより人格に優れた人たちを若さに比重をかけて、男性の方が死亡率が高いので、男性をその分多く選ぶでしょう。また、残される人たちにその生涯かかるであろうプレシャーの重さを考えれば、精神的なタフさも加味しなければならないですね。そのような場合、多分、生き残る方が確実に辛い目に遭うでしょうから。

その選択基準を数値化してヒトを計ったり、実施するのは実に困難ですよね。またそこで必要なのは選択を下した人間はその中には入れないと言う絶対的なルールを確立することでしょう。まあ、私の手に余る事柄なので妄想はこれくらいでやめますが、一番貴いのは、もちろん、選ばれないことを選んで、静かに死を受け入れる人たちでしょう。

弱虫でパニックに陥りやすい私のことですから、多分、毅然とした態度をなかなかとれないでしょうが、卑怯なことをしませんように、アウシュビッツで他の人たちの身代わりとなったコルベ神父のような勇気がそのときにもてますようにと、祈りたい気分です。

男子マラソンの世界記録保持者で、日本でもお馴染みのゲブレセラシェが大気汚染を理由に北京五輪のマラソン不参加を決めたという。ラドクリフはマスクをつけて走る練習をしているというし、前代未聞の大会になりそうだ。42.195キロも汚い空気を大量に吸って走るというのは、そりゃあ、気分が悪くなりそうだ。

中国の食べ物が心配だと日本で直前の調整をするチームがいくつかあるというニュースは数週間前に流れていたが、食べ物だけではなく、大気も不安とは、全くねえ。

五輪の開催地はどうやって選考しているのだろう。誘致に巨額のお金が動くのは常識のようだが、基本中の基本である空気と食べ物が危ないところで競技をするというのはどうもぞっとしない。今頃急に悪くなったわけではなく、随分前から言われていたのだから、五輪開催地の選考委員会が知らなかったわけがない。

ところで、選手は短期間滞在するだけなのに各国ともかなり気になるほどの汚染のようだが、そこに暮らしている市民は一体どういうことになっているのだろう。喘息患者が大量にでているのではないか?癌患者も将来多数でる恐れもあるのではないだろうか。これを契機に、中国が空気浄化に本格的に取り組んでくれるといいのだが。なんせ、風に乗って汚染物質は日本列島までやってくるのだから。

大きな試合の度にトラブルに見舞われるQちゃんは運に見放されたようで本当に可哀想だったが、案外、北京に外れたことが後で選手生命の延命へとプラスの方向に働いたりするかもね。

 

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中国の昆明合宿から、Qちゃんは、頬がこけた、Qちゃんという愛称がもう似つかわしくない高橋尚子さんになって戻ってきた。

大一番の日曜日の選考会レースの前、ちゃんと食べたかしら、あんなに痩せて大丈夫かしらと何度も口にして、娘から、一体あなたは誰なのよと突っ込まれたぐらい非常に気になっていたが、やはりというべきか、わずか9キロ過ぎで失速してしまった。

レース後の記者会見でQちゃんは半月板の手術のことを明かして練習が足りなかったそれが敗因だと語っていたが、本当のところはそれが主因ではないだろう。レース中に小出監督が語っていたように、12日前は素晴らしい仕上がりだったというのは本当だろう。10年間に渡り彼女をみてきた監督が言うのだから優勝を狙えるほどの出来だったのだと考える方が確かだ。

9キロ手前でドリンクを取り損ね、その後水を飲み、足に水を掛けたが、そこいらから急速に落ちていった。昆明で夜中に数十回もトイレに通うほどの下痢で、体調を崩したあと、完全には治りきっていないところに冷たい水の刺激でお腹の調子が悪くなったのではないだろうか。

9キロ過ぎ、テレビの画面からも唇が紫色なのが見て取れた。解説の有森さんも顔色が悪いとか、お腹に力が入っていないから内臓に何かトラブルがあったのではないかと語り、千葉真子さんは沿道でのインタビューで、体の色が悪く、血液の循環が上手くいっていないようだと述べた。その上、30キロ地点でトイレに駆け込んだが、これはかなり前から、陸連が指定したトイレまで我慢した結果であって、30キロ近くになってからお腹の調子が悪くなったのではないはずだ。であれば、なぜ、お腹が痛い、お腹を下したせいだと言わなかったのだろう。

昆明で下痢をしてはならなかった。プロのチームであれば、彼女の健康に最大の注意を払わねばならないのに、衛生面で問題の多い中国なのだから万全の注意を払わねばならなかったのに、彼女のチームは彼女を守れなかった。仲良しチームかも知れないが所詮、プロのチームではなかったのだろう。

Qちゃんはチームの責任を明確にすることを拒んだともいえる。自分のチームだからすべて自分の責任だと思ったのだろう。監督の人形であることを拒否し、自分で自分の運命を決めることを選んだのだから、体調管理に失敗したとは言えなかったのではないだろうか。いかにも高橋選手らしいし、日本人らしいとも言える。彼女が本当のプロであるためには、目的のために首をすげ替え、彼女にプロとして奉仕する人たちを、友人ではなく、選ばなくてはならないが、それができないという限界がみえる。それは理屈や実利よりも往々にして義理人情を美しいと感じる私達の限界でもあり、Qちゃんをなぜ熱く応援してしまうかという私の限界でもあるのかもしれない。

高橋尚子の姿は、力がありながら、力を発揮できない日本の姿に重なる。

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先に書いたようにドライヤーが嫌い。嫌いだけど、やらなくてはいけないこともある。美容院が嫌い。でも周りから非難されるから押し出されるようにして美容院に行く。この二つが合体するとどうなるのか。

先日、久しぶりに豊島園の庭の湯に行った。ここは名前の通り、庭園の中に露天風呂が配置されていて、春は桜、秋は紅葉を愛でながらのんびりお風呂に浸かれる絶好のお勧めスポットで、気持ちに多少の余裕が出ると、よろよろと出かけていき、元気を補充するのだ。

嬉しいことに大人専用。中学生未満は禁止で、どこぞのスーパー銭湯でのようにお風呂の縁を小学生の男の子がどかどか歩いて、寝湯に浸かっていた私の頭を跨いでいくなどという仰天する出来事がないのが心臓にとても良い。

数本の梅の花がほぼ満開。枝振りの良い淡いピンクの桃の花も咲き誇り、お決まりの極楽極楽をつぶやきつつ、ああ、日本に産まれて良かったと確認したのだったのだが…

梅は咲いても、桜はまだかいなという風の冷たい、まだ私にとっては冬。仕方なくドライヤーを使うことに。風が前髪を巻き上げ、そこには、なんと、500円玉よりひとまわり大きな「ハゲ」が…ハゲだ、ハゲだ。うわわわハゲだ。思わず周囲を見回してしつつ、再度風を送ると、やっぱりハゲ。

トイレでじっくり確認すると、なんと、産毛が生えてきている。ということはかなりの期間、存在していたハゲなんですね、これが。十数年に渡って通っていた美容院が、2年ほど前に突然廃業。次に娘と同じ美容院に通ったのだが、ヘナと称するものがそうではない偽物であることを発見して止め、次いで一人でやっている近所の美容院に通っていたのだが、そこに他で修行をしていたという30台半ばの息子が加わり、こいつが信じられないくらい気持ちが悪い。洗髪に30分ほどもかけてねとねと耳たぶを触ったりするので「オエー」一度で懲りた。それが11月の初め。以来、娘達の美容院に行きなさいコールにも、行かなきゃと思いつつも、行きようがなかった。

ああ、良かった。ドライヤーが嫌いで。美容院が嫌いで。好きだったら、とっくの昔にハゲを発見したか、発見されて、騒がれて、ストレスでもっと広がっていたところだった。で、美容院にはいつ行けるのだろう。

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