あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

2008年11月

28a61fb6.JPG数年前に胃カメラでの検査を受けた後、新宿駅でひっくり返った経験がある。黒い紗のカーテンが目の前に降りてくるのが見えて意識が薄れた。とにかくもう絶対に胃カメラなど受けるものかと思っていたのだが、嫌も応もなく、受ける羽目になってしまった。

いきつけの飲み屋ならぬ病院は建て替えたばかりで、それとともに機械類も一新したとは聞いていたが、どうせ胃カメラ、たいした違いはあるまいとうんざりしながら出頭したら、鼻から挿入するタイプの内視鏡も選べるという。鼻の形によってはできない人もいるが、映像は多少ぼんやりするらしいがこちらの方が楽らしいとの話だった。

しかし、実はかなり昔、腹痛で入院した際、鼻から管を通して胃の内容物を管で出したことがあり、これが実に苦しかった。カナダの病院でのことだが、「swallow,swallow」とコップいっぱいの水を渡され、ゴクリとするのだが、これがうまくいかず、涙でぐちゃぐちゃになった辛い思い出がある。鼻からの管などもうまっぴら。

どうせ、辛い人生なんだとやけっぱちで台の上に横になったら、点滴をしつつ、ちょっとぼおっとしますよの声で安定剤を入れるのだろうと思いきや、多分麻酔を打ったのだろう。次に気づいたら、これで終わりですよと管を引き抜くところだった。周囲に医師たちの姿は見えていたのに、管を挿入する場面は全く意識なし。口を開けた覚えもなし。辛い場面は完全にスキップしていた。

前日に引き続きの苦行に可哀想にと思われたのか、うるさいと思われたのか、前日は心臓をモニターしつつの検査だったから眠らせておいた方がいいと判断されたのか、いずれにせよ、分からない方が幸せなことは、息子の素行以外にもあるのだ。

0b0f5b7d.JPGどうも皆様、お久しぶりです。私は、コンコン、ここ数週間、助けに出かけてノックアウトされかかるという日本経済のようなどたばたを演じておりました。

息子のところに赤ちゃん誕生。このすったもんだの出産についてはまた今度。まずはめでたいのですが、突然の入院騒ぎで、産院と自宅を1日に4往復もして騒いでいるうちに、下血。自分で当たりをつけたのは3つ。大腸癌か、憩室からの出血か、その前に畑で虫に足首を刺され、赤黒く変色して広範囲に腫れたので抗ヒスタミン剤を飲んでおいたのだが、その影響。騒動の最中に娘が友人の結婚式に出席のため赤ん坊連れでやってくる。多数の人が出入りする。どたばたと自分の病院に行く時間を見つけられないまま、そのうち治ると願っていても収まらない。

10日ほど経って、大腸と胃の内視鏡検査を2日連続で行うことになった。腹痛も発熱もないので憩室からの出血の可能性は少ないと踏んでいたのに憩室からの出血だった。ついでに胃潰瘍と胃のポリープも発見された。検査のための絶食で、下血は止み、まあ10日ほどで憩室炎は治るんですよと言われ、大元の原因はそのまま放置ということに。

検査のために体力が下がり、その上、息子の家に毎日大鍋で料理を運び、赤ん坊をお風呂に入れ、もちろん仕事も、で疲れ果て、挙げ句の果てにというか当然のごとく、風邪を引き、いったんは治ったはずなのに、外出してなんだか空気が冷たいと思った瞬間、直ちに風邪の第二弾にやられ、いまだにこんこんと咳がひどく回復しない。熱もなく、元気そうで、実際、たいして悪くはないのだが、ちょっとの冷え込みでやられてしまう。

出産から3週間以上経ったので、息子にもう手伝わない。後は自分たちで頑張るようにと宣言したら、最初は、逐一料理にも、手伝いにもありがとうと殊勝に感謝していた息子が、え、もっと手伝ってよだと。手伝うことが当たり前化していた。ね、今回のサブプライムに端を発した騒ぎのようでしょ。

そして、何かあって動けなくなる前に自分の行きたいところには行っておくべきだというまこと当然の何度目かの結論に達した。誰しも死という必然が結局は他人事で最後の瞬間まで死が自分にも訪れるのだとは考えない。想像していても、備えているつもりでも、先へ先へとまだ大丈夫だろうと延ばしていく。死の前にはすべてのことは無になると言うのに。行くぞ。エイエイオー。でもまだあと、1、2年は大丈夫だよね。(学習しない奴だ、全く)

5cb85b76.JPGばらまきだ、丸投げだと非難囂々の定額給付金。地方自治体も一斉になんたらが大変だとか、どうやればいいんだとか、騒いでいるが、知恵がないねえ。

こういうものは権利、つまり、貰うことができるということであって、義務、つまり貰わなければいけないというものではない。だから、麻生さんは各自治体で各自治体に応じたようにすればいいと言っているのだ。

こんなおいしい話ってある?過疎地で老人しか住んでいない地域もあれば、夕張のように自己破産したような自治体もある。それぞれが財布の中身も住民の構成も異なる。そういうところで行政が規則を決めて杓子定規に配ってもたいした効果はない。もちろん、くれるというのだから私は欲張りだし、金持ちじゃないから喜んでいただきますが…

この定額給付金はこれを貰いに区役所なり市役所なりに行かなくてはいけない。それがいいですねえ。規則でみんなに貰って貰わねばならないというのではなく、欲しい人にあげるということであれば、多少手続きが面倒だと、はした金はいらないという人が出る。それを自治体の財布に入れられるようにさっさと規則を作ってしまえばいい。

そして、最近ではなかなかデータが集まらないと嘆いている国勢調査の補完の役割を負わせるといい。窓口に来た人たちにお金と引き替えにアンケート調査をお願いする。当然、国勢(国税となっていました。失礼。間抜けな私)調査には調査員他の多大なコストがかかるのだから、その分を多少なりとも総務庁に要求するのだ。まあ否定されても元々ついでなのだし、地元の詳しい構成が分かるだけでも儲けもの、今後の運営にプラスではないか。

さらに、これはホリエモンが提案していた定額給付金NPOという案の変形だが、給付金のお知らせに、「寄付してください」のお知らせを一緒に添付する。返信はがきで簡単に寄付することを表明できるものがよい。寄付は簡単に、渡すものは面倒にが鉄則だろう。そして、それを各自治体が一番困っているところや住民のためになると思われるところ、「図書館と教育費」とか、「予防医療」とか、「耐震補助」とか、「職業訓練」とか、1つか2つの項目を決めた基金への寄付を呼びかけるのだ。ついでに、それらプロジェクトへのボランティアを一緒に募るとなお良いだろう。週1とか月1で手伝えませんかという呼びかけだ。

呼びかけ方が上手だと、自分たちで自分たちの地域がもっとも困っているところに、自分たちのお金を結集して運営することが可能になるだろう。寄付する余裕がない人寄付したくない人にはお金も渡るし、基金運営による経済効果もある。その上、住民の意識の向上にも寄与するのではないだろうか。

どうだろう、やり方によっては最高の施策となりえるのではないだろうか。地方に任せる、自由裁量があるということは、実に素晴らしいことだ。それを捨てて自らの手を縛る?冗談じゃない。[一部追記・変更しました。]

82176f40.jpg新宿高島屋の上にあるテアトルタイムズスクエアでなんと、なんと、カラヤン生誕100周年記念のフィルム・コンサートと銘打ったシリーズが公開されており、21作品ですよ、21もの作品が公開されていると知って駆けつけました。

オペラは今日が最後で、15日から12月12日までは10時半のモーニングショーのみ(コンサートのフィルムのみ)になります。ああ、残念。あと、1、2度は何とかして見に行くつもり。

カルメン、素晴らしかった。実に良かった。このテアトルタイムズスクエアはもともとSonyの3Dシアターで変則的な大きな劇場ですが、音響効果が最高のところです。そこで、カラヤンですから、もうたまりません。10分間の休憩を挟んで3時間弱の長い映画ですが、あっというまでした。

高島屋が開店する前から並んで飛んでいったのですが、広い劇場にぱらぱらとしか人がいないのです。私も偶然ホームページを見るまで全く知らなかったので、知られていないんでしょうね。なんてもったいない。

第一幕は大きなシンバルの音で幕を開け、序曲がシンバルで始まるのは知っていたはずなのに、隣のおやじが新聞紙を足下に広げ、座るやいなや靴を脱ぎ、ばたばた動くので気になっていたため、シンバルの音で飛び上がるほど驚きました。

カルメン役のグレース・バンブリーは深いのびのある豊かな声で、息をするのも忘れるほどの美しいハバネラでした。(リンクのyoutubeはマリア・カラスです。)

それなのに、それなのに。その途中で、隣の親父ががさごそと紙袋を開いてかりんとうのようなものを食べ始め…殺意を抱いてしまいましたね。映画館でオペラを見るとこういうことも覚悟しなくてはいけないのかもしれないですが、オペラなんか見に来るなと怒鳴りたかったですねえ。

ともあれ、若いカラヤン、ウィーンフィルもその他の出演者もほんとうに良かった。久しぶりの大興奮でした。

そうそう、劇中のフラメンコもああ、これがフラメンコなのねと言いたくなるようなできでした。友人が習っていて、以前何度か食事しながら目の前で生のギターでフラメンコというところに行ったことがあり、それはそれで楽しかったけど、素晴らしいフラメンコを見てしまったので、もう無邪気に心の底からは楽しめないだろうなあ。年を取るとともに、知るとともに基準があがっていくのは仕方のないことだけど、楽しみが減ることでもあって反面悲しい。人間ってなんて贅沢なんでしょうね。

[追記:マルセルさんがコメント欄でミラノ・スカラ座のオペラの映画館での上映の情報を提供してくださいました。この件は、私の検索能力ではちょっと確認できませんでしたが、UKのオペラが12月20日過ぎから新宿バルト9というところで逐次上映されることが分かりました。上映館はどんなところか分かりませんが一度行ってみようかしら]

glass早速、ライオンズ優勝セールに馳せ参じてきた。池袋西武は全館、ライオンズの応援歌が流れ、セールだ、セールだと気分はいやが上にも高揚していってしまうのは、娘に飼い慣らされてライオンズの応援歌に慣れ親しんでいるせいなのかもしれない。

この数週間、実に大変な騒ぎが続いていたのでいささか羽目を外さなければ危い状態だったので、しょうことなしによしよしと自分を甘やかしにでかけたのだ。ホント。

セールに押しかけたのは人助けでもある。店員曰く、「優勝しなかったらどうなっていたかとぞっとします。これで何とか売り上げが上がります」

食品売り場に降りて行くとそこは朝10時頃の地下鉄並みの混み方だった。つまり、押しつぶされはしないけど、誰かにぶち当たらずには歩けない状態といえばよいか。仕事中の娘からはケーキはタルトとの指示が飛んでいたのだが、なんと見つからない。サツマイモのタルト!を見つけるが、そんなの嫌との声で、聞くと、セールでもないのに売り切れてしまったとのこと。

ケーキ売り場に行列を見つけ、つい並んでしまう。普通なら、絶対に行列しては買わないのだが…周辺から「せっかく出てきたのだから何か買わなくちゃ」の声が。みんな、口実を設けて買い物をしたいのだ。

勢いに任せて食品をいくつか購入。焼きプリンしか食べないくせに、とろとろプリンを6個も買ってしまった。

しかし、物を買うという行為はなぜ人を高揚させるのだろうか。

写真は戦利品のDANSKのグラス

スポニチ西武優勝娘は度し難いライオンズファンである。高校生の時、アルバイトに西武球場での売り子を選んで、往復何時間もかけて通ったほどだ。

昨日など、わざわざ池袋の西武でカツを買ってきた。カツを食べて勝つんだと。ファンが食べて勝つものかとちゃかしたがいっこうに動じない。私もご相伴で禁断のカツを二切れ食べた。

熱狂的なファンなら試合を見ると思うでしょ。ところが見るのが怖いのと験を担いで、早々とベッドに潜り込み、雑誌などをめくってうじうじしている。

ボーイフレンドがテレビを見て、点を取るとすかさず実況の電話をかけてくる。私も時々テレビをのぞいては走ってご注進に及ぶのだ。

娘の努力の甲斐もあって?日本一、おめでとう。

娘はというと、今朝、胃を抱えて起きてきた。胃がむかむか痛いというのだ。ベッドの中でいらいらとポテチをかじった報いだと私は見ている。何はともあれ、バーゲン万歳!
(写真はスポニチより

粗読、乱読失礼
戦場のピアニスト ウワディスワフ・シュピルマン 
最高に笑える人生 曾野綾子
農!黄金のスモールビジネス 杉山経昌 
グイン・サーガ 119巻 ランドックの刻印 栗本薫
大遺言書 森重久弥語り 久世光彦文
パリ住み方の記 戸塚真弓
こどもはおもしろい 河合隼雄 
ことばの波止場 和田誠
ほんとうの話 曾野綾子
女性のための外国旅行 平岩弓枝
常識の落とし穴 山本七平 
母のいる場所 久田恵  親の介護に関わる人、自分が入ることを考えている人には切実で面白いかも。
プリズン・ストーリーズ ジェフリー・アーチャー ファンなればこその厳しい採点なのだ。  
ぼやきつぶやきイギリス・ニッポン 高尾慶子 
お金とモノから解放されるイギリスの知恵 井形慶子 

オバマが米国の次期大統領に決まった。当選の演説を聴いていたが、若く、エネルギッシュで、後々まで引用されるような素晴らしいキャッチフレーズ満載で、ケネディ大統領を思い出していた。

確かに演説はうまい。アフリカ系の黒人と白人とのハーフが大統領に上り詰める。これはなんだかんだ言ってもアメリカの健全さと寛容さ、社会の成熟を見せつける素晴らしいことだ。若い日にコカインを試したことを告白しても大統領になれる。失敗を挽回できる社会は伸びる余地を残している。

オバマは夢と希望と大量の約束を振りまき、そのあと弁護士出身らしく、周到に、1年後は無理かもしれない、最初の任期中には無理かもしれない、しかしやり続ければWe can do it!と叫んだが、どれほど待てるものなのか。

当選の演説を厚さ25cm(昨夜のニュースでは25cmといっていたが、今日は6cm!。2.5インチを間違えて伝えたのかも)という防弾ガラスに守られながらしなければならない現実がこれからはっきりと意識されてくる。当選したことで彼の命が危機に晒されていくという事態に直面していくことになる。

ダウ平均はオバマの当選で500ドル近くも大きく値を下げた。戻り待ちの売りだけが理由ではないと思う。漠然とした不安を感じている向きが多いのかもしれない。彼にのみ光が当たって、副大統領のことはよく分かっていないのだ。

オバマがうまくやればやるほど、暗殺の危険は増大していくだろう。オープンなみんなのオバマというスタンスを変えなければ危ないが、変えれば移り気な大衆は離れるだろう。

ケネディは米国史上初めてのカソリック出身の大統領だった。

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