あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

2009年04月

0e3f0ad1.JPGびっくりしましたねえ。草序イ君。

現在、出稼ぎ中で自由にネットを見るわけにはいかないのだが、こっそりのぞいたニュースに草序イ剛逮捕とあるのを、最初、何かの釣りか、番宣か、はたまたドッキリかと思った。みなさんも、そうじゃないですか?

まあ、真面目すぎて、子供の頃から極度の緊張とストレスの中を生きていて、大変そうだから、どこかで吹き出さざるを得なかったのではと同情半分、理解半分だ。

ぽっぽ大臣は最低の男だといたくお冠の様子だが、口調から判断するに、公然わいせつ罪と強制わいせつ罪を混同してないかい?

もちろん、れっきとした犯罪だし、夜中に大声で騒ぐのは迷惑きわまりないし、正体不明になるまで酔っぱらうというのは責任感がないと言われても反論のしようがないかもしれないが、ここまで言われるほど、悪いことなのだろうか。

それに初期の段階で尿からクスリは見つかっていないとの報道もあったのに、なぜ家宅捜査をするのだろう。ここが非常に引っかかる。

ここのところ連続して、相撲取りに始まり、大学生や芸能人の大麻騒動があったので、そちらを意識して、この際、調べられるところは調べておこうという魂胆なのだろうが、酔っぱらって突発的に裸になって騒いだことと、自宅とは何の関係もない。関係のないことで調べるのは違法ではないの?

何でもありの警察と検察になっていくとすると、こりゃあ、大変ですよ、皆さん。

犯罪は、偶発的なものよりも故意の方が重いと相場が決まっている。先日来、素っ裸で町中を走ってスポンサー集めをしていた棒高跳びのオリンピック選手がいたが、海外でも公然わいせつ罪は犯罪なのに、彼は故意で、何度も走って、留置場に着陸したのではなく、スポンサーを見つけた。

酔っぱらいは一晩留置場に泊めて、「こらっ」とお灸を据えれば、それで良いじゃないの。どうでも良い軽微なものには、国民の税金をこれ見よがしに使うのはやめましょうよ。

ついでに、何でも直ちにテレビからおろすのはどうかと思う。女性を襲ったのでもなく、酒酔い運転をしたのでもなく、裸で脅したのでもなく、何かを壊したわけでもない。くだらないことも、馬鹿げたことも、嘘も、視聴率のためなら何でもするテレビ局がなぜ一斉におろすのか。頭を下げればよい、文句を言われるのが怖い、何でも右にならえをしていれば間違いない。それが続けばどうなるのか、その先は?

偉そうに言っていても、今も昔もマスコミはみんな大本営発表に従うのだね。将来、いきなり自分で判断などできない、するわけない。

[多少追記しました。釈放されて一応ほっ。あんな微罪で拘留できるできるわけもないけど。草薙を草序イに変更。時間がなくて、慌てて書くとこうなる。あってもそそっかしいからつい間違えるけど。秀さん、まいど]

a58b554a.JPG朝、シャワーをしながらいつの間にか鼻歌を歌っていた。「さよならは誰に言う。さよならは悲しみに。雨の降る日を待って、さらば涙と言おう♪」

シャワーに入る前に、森田健作が目をぎょろりとむいて公約は全部自分一人で作ったのだから完全無所属だとなんだか訳の分からないことを言い、バックでさらば涙と言おう♪と音楽が流れていたせいだ。これで今日のテーマが決まり、頭の中では1日このフレーズが流れるのか。それにしても全く皮肉な歌詞だ。

国民は自分たちの民度にあった指導者しかもてないというが、この説はどうやら本当らしい。国民もあくせくと自分たちのことしか考えられない状況なら、政治家も目先の自分のことしか考えていないように思える。

それにしても、自民党支部長であったのに、自民党推薦を貰えなかったというのは考えにくいから人気のない自民党の推薦などいらないと、貰わずに無所属で出たのだろう。推薦がなければ自民党とは言えないのだから、無所属というのは間違いではないが、完全無所属を売り物にするのはいかにも姑息で詐欺まがいだ。恥ずかしくないのだろうか。

うまく法律の目をくぐり抜けられたら、その方が勝ちだという風潮が隅々まではびこっている。元自民党の幹事長が良い例だ。自らが作った法の穴を、その精神など何でも良い、得すればいいのだと、くぐり抜け、法に違反していないのだから何も悪いことはしていないなどとうそぶいているがどこまで国民を馬鹿にしているのだろう。

商売なら誤魔化せば信用をなくし、自然に淘汰される。大企業であれ、ちっぽけな翻訳者であれ、結局は真面目に誠実に仕事をするしかないのだが、政治家は?

生き残るために必死の営利企業が多少の拡大解釈をしても許されることもあるかもしれないしそうせざるを得ないこともあるかもしれないと思うのだが、政治家は別だろう。なんといっても政治家は利潤を追求する存在ではなく、倫理を代表し私たちを導く存在であるべきだし、そうあって欲しいのだが。彼らは私たちの代表、鏡に映った私たちの姿。ということは…そして東京都の代表は石原さんで、千葉の代表が森田さん。なるほどねえ。

いつになったら、さらば涙と言えるかなあ。

久しぶりの快晴。春だというのに富士山がくっきりと見える。

だのに私の心はどんよりと曇っている。

チェッカーの教育や訓練は一体どうなっているのだろうか。

翻訳したものをエージェントに納品すると、一部を除き、チェッカーが抜けや誤訳をチェックする。翻訳はどうやってもミスは免れない。思い込みや読み間違い、見逃しがどんなに気をつけても、発生する。大勢の人の目を通って放送されるテレビの字幕にさえ、それもあんなに大きな字で表示されるのにちょくちょく誤変換や間違いが生じるのだから、避けられないものなのかもしれない。

だから、チェッカーは必要だし、大事だ。しかしだ、本来チェッカーは翻訳者と同等かそれ以上の英語と国語の能力を有しているべきポジションなのに、有してなどいない人たちがチェックをするからややこしくなる。

先日、裁判の証拠書類を翻訳した。裁判に提出する書類なのだから、正確さが肝心だ。原文がどんなにひどいものであろうと、論理が破綻していようと、足さず、抜かさず、そのまま正確に翻訳するしかない。

で、その原文も一体どこがどうなったのか、教授による専門家の意見だというのに、文法も中身もぼろぼろだった。仕方がないので、括弧で注釈をいくつか入れた。これはエージェント、ひいては顧客の注意を喚起するためだ。証拠として提出する前にその教授に文章を確認して貰えるのであればとの思いからだ。

チェッカーにかなりの問題があると伝えたところ、数日経って、中身をチェックしましたので、再確認してくださいとのメールと共に修正されたものが送られてきた。

嬉々として大量の修正がされている。こういっては何だが、調べもせず、思いつきで、それも自分が思っているほどの実力を持たない人が、自信たっぷりに自分好みに文章を直している。

法律の名前や条約の名前は調べるのが基本なのに、調べてある訳文を直してある。法律文書は、もちろん、一般人にとっておかしな言葉が満載だが、それを変えてしまっては困る。なにより、原文の破綻したところを、繕ってある。反対に勝手に書き換えてあったのだ。

抗議をして、元に戻して貰った。原文を正確に翻訳したとの宣誓書を添える必要が出るかもしれないものを、原文と反対に修正するというのは一体どういうチェックなのだ。

そのチェッカーは法律事務所で働いていたことがあるそうな。私は古狸だから、抗議することができたが、できない翻訳者はいっぱいいる。それ以上に、翻訳者に戻されないで、そのまま顧客に提出される訳文がほとんどだ。その結果は?あーあ、知らないゾ。

自信を持つことは大事だ。しかし、自分の能力を知ることはもっと大事だ。

昨年来より134億ドル(1兆3100億ドル)の支援を受け、さらに最大166億ドルもの追加支援が必要と言っていたGMだが、ようやく破産法第11章の適用を受ける準備が整いつつあるようだ

GMとアフガニスタンがオバマ大統領のアキレス腱になると思っていたが、なんとか乗り切れるだろうか。昨年末の時点で、私のような素人の目にも破産法適用しか道はないように思えたのに、自由主義の国米国でここまで巨額の資本を注入したことはあとで問題となる可能性もあるのではないだろうか。

オバマ大統領は素晴らしい弁舌の力と圧倒的な宣伝広告で大統領に上り詰めたのだが、GMとAIGから巨額の献金を受けている。GMの労組に対し、選挙期間中にGMを見捨てないというような趣旨の演説もしている。そのため、手加減が過ぎたのではないだろうかと疑えば疑える。もちろん、雇用問題等を考えればそうせざるを得なかったというのは通りではあるが、GMの労組はあまりに行きすぎていた。一度手にした甘い果実は捨てるのが実に困難だ。この労組をなんとかしなければGMの復活はあり得ない以上、労組に対する相当な荒療治が必要になるはずだが、オバマ大統領はどう対応するだろうか。

さらに、議員たちや大統領は、辞任したAIG幹部やGM会長の巨額な報酬を他人事のように問題視していたが、これらの報酬は赴任時や毎年の更新で契約として決められているのが普通だから、いくら腹立たしくとも、裁判で争っても取り上げることはできないだろう。これも今はオバマ大統領に矛先は向かっていないが、通常なら、巨額の報酬が契約で定められているのは常識だし、まして弁護士の多い民主党がこれを見過ごしていたのは大きな失点だ。資本注入前に当然調査して、支払い拒否をその条件にすべきであったからだ。

オバマ大統領の人気はまだ健在だし、頑張って欲しいとは思うが、どうも脇が甘すぎるような気がしている。

237d5b62.JPG名古屋は悲しい思い出と結びついているから避けていた土地だった。カナダ時代の友人で、娘たちが一緒に幼稚園と小学校に通ったママ友でもあったM子を見舞ったのがもう20年以上前。日本人が少なかった時代の貴重な友人だった。彼女が亡くなった後、頭の半分が禿げてしまうというほどの激しいストレスを受けたのだった。彼女と同じ病気にその数年後に罹ったのだが、彼女の前例のおかげで彼女のように誤診で命を落とすことなく、私は助かったという経緯もある。だから多少の躊躇を覚えながらも、友人のKさんに会いたくて、意を決して名古屋で降りたのだ。

名古屋は様変わりしていた。当たり前だが。昔訪れたのも桜の頃。彼女の家の近くの寺院の大きな桜の木が満開で悲しかったのを思い出す。今回は明るく満開で良いのに、残念ながら3、4分咲きというところ。

初めて訪れた名古屋城はお堀の周囲がぐるりと桜で囲まれた、桜の名所だった。菜の花が満開で桜と菜の花、いいですねえ。現在の名古屋城は世界大戦で焼け落ちたのを復元したものだとのこと。金のしゃちほこも溶けたという。お城なんかに爆弾を落としても仕方がないものを、燃えてしまえばそれっきりなのに、分かっていてやったのだろうが、馬鹿なことをするものだ。

私の骨董好きを知っているKさんが連れて行ってくれたアンティックビルが良かった。京都でかさばるナイフコレクションなど買ってしまったし、買える余地はなかったが、面白いものが満載だった。Kさんはそこで開催されるオークションによく参加するらしい。箱ごとオークションにかけられるものもあるという。やってみたいなあ。

そこでケーキとお茶をご馳走になったのだが、非常においしかった。メニューに3品が書いてあり、そのどれかかと思っていたのが、一皿に盛られてきた。名古屋は良いねえ。Kさん、ご馳走様でした。

24a52790.JPG並河靖之という名前を知ったのは数ヶ月前。『英国人写真家の見た明治日本-この世の楽園・日本 ハーバート・G.ポンティング(講談社学術文庫)』という本に紹介されていたのだ。印象的な写真だと思っていたら、その数日後美の巨人だったか、美術関係のTVを見ていたら全く同じ写真が出てきて俄然興味がかき立てられていた。

 ああ、京都に行きたい、TVで紹介されていた並河靖之の逸品が所蔵されているという清水三年坂美術館に行きたい。完璧な美と紹介されていたものを見てみたい。

今回、桜の京都という絶好の季節だったのだが、残念ながらこの美術館は市バスでしか行けない。ご存じのように京都の渋滞はとても耐えられるレベルではないし、まして桜の季節とくればとてもじゃないが不可能だ。そのため、目標を地下鉄の駅から歩いていける並河靖之七宝記念館に変更した。 並河

これまで七宝には全く興味がなかった。じっくりと見たこともなかった。多分、多くの人が私と同じような感想をお持ちではないだろうか。

桜の季節で道路には多くの人たちが行き交っているというのに、この記念館はひっそりとしていた。塀は傾いていたし、多分、維持に苦労しているのではないだろうか。しかし、そのおかげで、美しいものをゆっくりと時間をかけてみることができた。

気が遠くなるような、完璧を求める職人仕事の集大成である。細い銀線をのり付けして模様を描き、色を流し込み、数度にわたり釉薬を掛け、磨く。もうこのような辛抱をできる人は、またこのような器用さを兼ね備えた人は、いないのではないだろうか。線の1本1本が完璧な美だ。庭も小振りながら美しく、並河の美意識の高さをよく表している(追記:後で分かったのだが、この庭は小川治兵衛の作だった。)。

ナイフ帰りに近くの骨董品のギャラリーに寄ったら、コーヒーを出してくれた。断り切れずに飲んでしまった。ごくごく濃いエスプレッソを大きめの茶碗になみなみと!朝ホテルでコーヒーを飲んでいたので躊躇したのだが…おまけに大山崎山荘美術館の紅茶が信じられないくらい渋く濃く、それも半分飲んでしまっていた(ケーキは素晴らしくおいしかったのだがひどすぎる紅茶だった。それも450円!)。帰り着いてホテルで夕食と一緒に焼酎のシングルを1杯飲んだ。もちろん、ご想像通り、部屋にたどり着いたらひどい不整脈が出てしまい、おまけに両足に蕁麻疹までも出てしまった。

おかげで帰宅以来、大人しく一歩も外に出ずに、今やゲーマーさなえと化している。余談ながらwiiのドラクエ面白いですねえ。リモコンを振り回す分、多少健康に良さそうな気分もあり、良心の呵責が少なくて済むのが何よりいい。 娘には、旅行に行くたびに不整脈を起こすなら、どこにも連れて行ってやらないと叱られてしまった。あーあ。いつこの蕁麻疹は消えるのかなあ。  大山崎美術館近くの古道具屋で購入したミンダナオ島のナイフコレクション。もちろん小さな模型だが、すべて違う形というのが面白い。でも途中で、1本のナイフが行方不明になっていた。なかなか最後まで問題なく終わることはないようで。(追記:後日、これはお守りらしいと知った。不整脈も蕁麻疹もたいしたことなく済んだのはこのお守りのおかげだったりして。身代わりにナイフが1本消えたとかw。)

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