あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

2011年01月

焦って仕事をしていると父から電話があった。一緒にコーヒーを飲みたいんだよという。出てこないか。喫茶店に行こう。父の声を聞くと悲しくなる。前日父に会いに行ったばかりなのだが。

中程度の認知症と診断されてもう1年半。今では食べた直後でさえ食べたこと自体を忘れてしまうほどに進んだのに、希に電話がかかってくる。いつまで電話がかけられるだろうか。

父の大好きな喫茶店にお供してやりたいが、午前中のちょうど仕事を開始したばかりの一番能率が上がるとき、無理だ。でもあとどのくらい父と話すことが出来るだろうか。

行っても後悔するし、行かなくても後悔する。この後悔は父がいなくなったらきっと倍になって押し寄せるだろう。でも今行くわけにはいかない。私にはやるべき仕事がある。

夕方、娘と一緒に実家に出かけた。わずか数ヶ月前に初めてお漏らしをしてびっくりしたのに、それがあっという間に日常になってしまった。初めて買ったとき、悲しかったが、もうおしめを買うのにも慣れた。

母は家中に匂い消しをかけて回っている。トイレ周りが匂うと言ってもいや、お父さんが匂うと言い張る。それで不要になったバスタオルを7枚持参した。トイレに敷き詰めて毎日1枚洗う戦法だ。バスタオルなら洗うのも簡単だ。おしゃれな父もおしゃれな母もどんどん変わっていく。

薬を確認しようとして、父が一人で近所の医院に出かけたことを知った。母が行こうというというと嫌だというので母が一人で出かけ、入れ替わりに一人で行ったのだという。

お父さん、で、お医者さんは何だって?知らん。薬の袋には肌の保湿用軟膏が。これどうしたの?知らん。肌が痒いといったの?知らん。肝心のいつもの薬はない。医者はそろそろ切れる薬のことを考えてくれなかったのだろうか。

やれやれ。しかし、一人で出かけて、転びもせず、家を忘れもせず、戻ってこれた。たいした冒険だ。これってすごいことのような気がしてきた。

従姉妹3人組もちろん、おはようも言う人もなく、久しぶりの一人暮らし。これからずっとおはようも、お休みもいうことなく暮らしていくのだろう。

わずか2週間前には6枚のバスタオルが並び、騒音と大量の食事作りにフウフウ言っていたのが嘘のような静けさだ。

家が広い。しんと冷たい。南側の寝室とリビング以外足を踏み入れたくない。天井の高さが気になる。生物としての人間を考えれば、一人暮らしには天井が低めの、長年集めた物で埋まった巣穴のような部屋が一番安心してくつろげる場所なのかもしれない。老人のゴミ屋敷は人の不在を物で補おうとする代償行為という側面がなきにしもあらずか。

そうなると、今流行の断捨離はまだ老人に達していない、周囲に人気のある人だからこそできることなのだと思いつく。使わない物、用途のない物、すなわち無駄な物という定義はなんだかすきま風が吹くように心がかさかさする。いるだけで安心という人がいなければ、あるだけで安心というなにかが必要となるのだろう。

娘や息子、孫達に、娘の婚約者、友人たちと人の出入りが絶えなかったどたばたの数週間が過ぎ、静けさにほっとしないと言えば嘘になる。一人暮らしを楽しんでいないと言えば嘘になる。しかし、自分をもてあます。時間がゆっくり流れていくのに、気付けば何一つ片付いていない。骨休みの時間と考えてのんびりしていたが、骨は十分休んだのに、エンジンはかからない。

そのときそのとき同居する子供が私の時計だった。その子が起きる時間、学校や会社に行く時間、帰宅の時間、就寝の時間…子供たちのスケジュールを考えながら、テレビの騒音やおしゃべりに仕事が邪魔される時間に家事をやり、留守の隙間に集中して仕事をする。フリーで仕事をするようになって以来、二十数年間の習慣だったが、今日も、明日も、その先も一日中誰もいないと思うと、体も頭もどうして良いやら混乱するらしい。

オンとオフ、この切り替えをどうすればよいのか、毎日、小さな目標を立てて仕事を何とか進めなくてはならないが、さて、どうしよう。

DSCN8156どうもシリーズ化しそうなとほほな話。

ここはどこ?私は誰〜?まさかそんな〜、早すぎる。

今日は、1月12日、PC画面にきちんと日付と時刻が表示されている。昨日も、一昨日も日付と時刻が表示されていた。確認したんだもの。

それなのに、それなのに、一昨日辺りから、見ているのに、確認しているのに、日付が1日ずれていた。昨日は12日、今日は13日と思い込んでいた。しかもなかなか頭の中身の調整が難しい。

昨日、手首を骨折なさったブログ主にコメントを入れながら、え、12日入院、ってことは今入院中で、不自由な手でブログを毎日更新していたばかりか携帯からも更新したのか、なんという根性と恐れ入っていたのだが…

北海道に戻っていった騒がしい娘一家、5階建ての社宅の5階に住んでいて、狭く急な階段のため、着ぶくれた子供たちを地上に下ろすのさえ大騒動。おまけによくできたダンナが力仕事のみならず、掃除、洗濯、食事の支度まで強力にバックアップしているのが、14日まで東京で研修でいない。

3人目の子供が生まれた今頃になってようやく、のんきな娘時代と私、決別したのとけなげな決意で戻っていったのだが、13日の朝が雪かき当番だという。赤ん坊と3歳児をおいて、それも恐ろしく気むずかしくすぐにサイレンを鳴らすりーちゃんをおいて、どうやって雪かきをするというのだろう。

13日に雪が降らないよう祈ってと言う娘のご要望に従い、祈りましたとも。何たって、強力晴れ女として一時は名をはせたこの私、頼まれたからには…

で、今朝、私の念が通じたわね。雪は降らなかったね。良かったねとメールを送ったら、雪かきは明日だとの返事が!

あーあ、今日の午後から札幌は雪らしい…すまん

P1001105決まりは必要だというのに、けじめが肝心だというのに、下の娘が家を出てからわずか10日で帰ってきた。まあ、帰ってきたというのも変だが(本人はここも自分チ、あっちも自分チといっているのだし)、2泊しただけで彼の元に帰っていったが、どうもいつの間にか昔人間になってしまっているらしい私としては気が揉めるし、疲れる。

10年も付き合っていて、数年前から結婚しようかな、今年結婚するかも、やっぱり結婚すると、のそのそと踏み切りつつあるところで、相手のご両親とのご挨拶も済ませたし、みんなの公認済みだし、結婚式をしたくないならしなくても良いのだが、お試し期間というのはどうも居心地が悪い。

初デートから丸10年目に当たる4月に入籍するというのだが、それまでの宙ぶらりん、どう形容して良いやら、どうT君を扱って良いやら。第一、なし崩し的にずるずると蛇でもあるまいに我が家から抜け出てあちらに移るというのは、ねえ。

きちんと座って、お母様、長らくお世話になりましたというのも言ってないじゃないの。じゃあね、と家を出たが、どうもね。こっちも自分チといっても、相手だって良い気分はしないでしょ。分かっているのかいないのか、最近は娘の方が私の親の気で、ほら道を歩くときは前をちゃんと見てなどとエラソウでお説教は全く効き目がない。

結婚に失敗した身としては、どうも話に困る。離婚しないように試運転だと聞かされれば、うーん、それもそうかもというしかない。しかし、相手が夜中にトイレに起きるとか、寝返りうつから寝られない。寝られないから食欲も落ち、ストレスがたまるからと帰ってきたというのも、我慢が足りない気がするし、体が弱い子なので可哀想な気もする。まだ結婚してないものと言うのを聞くと、どうも自分の都合の良いところばかりつぎはぎしているようにも思うが、結果が良ければ良いわけでと、私の歯切れもきわめて悪い。

時代は変わっても女が傷つくことが多いことには変わりはないように思え、もう一つの自分チとやらに戻っていった娘のことが気になって仕方ない。やっぱりもう元には戻れない線を引くという覚悟の上からも、たかが紙切れ一枚のことだが籍を入れるというのは大事だ。そこまで行き着けるのだろうか。

P1001185みなさまおめでとうございます。

本日は1月1日ですのでおめでとうと書きました。しかしですね、娘の珍説によりますと、4月1日を新年おめでとうとすべきだというのですね。やはりここは日本で学校を初めとする多くの企業や官庁が4月1日を新年としていることでもあり、この説を採用したいw。

覚えている限り、初めて大掃除も出来ず(上の娘が南面の窓ガラスふきと掃除機をかけてくれましたが)、年賀状もとうとう1枚も書けず、大晦日の夜に室内に洗濯物が翻り、元旦になってからあわてておとその準備をし、熱を出し、全身筋肉痛で寝込んでいるとしても、心安らかに過ごせるというものです。

子供たち+孫は両親宅へ年賀へ向かい、久しぶりの一人きり。たった一人の元旦も初めて、とはいえ来年からはこうなるかも。まあ、私が寝込んだおかげで大晦日に新居に移る予定の下の娘と一緒に大晦日の夜を過ごせたのはもうけものだったし、のんびりと駅伝も見られるというもので、風邪も筋肉痛も悪くはないかも。

ただ締め切りが目前に迫っているので、もう1度あのどたばたを繰り返したくはないが、あと数日巻き戻せたらと思わないでも…いや思わないわね、やっぱり。

本年もよろしくお願いします。

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