あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

2011年08月

娘とデパートで待ち合わせ、ちまちまと何種類かのおかずとお寿司を調達して帰ってきた。

娘のマンションの前の公園では赤や黄色のぼんぼりが何重もの輪になって火を灯していた。ちゃんと櫓も組んであり、大太鼓も据えられている。

遠くの盆踊りのざわめきをつまみに食事をし、帰り際にマンションの廊下から踊っている人たちを眺める。踊らなくなって、もう何年経つだろう。ここでも楽しみを味わうのを自分から止めてしまっている。一人では行けない、娘は行かないという。なぜ行けないのか。一人で行けないのは自意識のせだろうか。

最後の曲ですといって音楽がかかった。「好きになった人」だった。どうやって踊るのだろうと娘と笑いながら見ていたが、今なら明るいから歌いながら帰ったらという娘に従い、歌いながら帰ってきた。

もうすっかり空気は秋。虫の音が聞こえる。遠くかすかに都はるみの声。盆踊りも参加する人がいなければ消えていくだろう。来年こそ踊りに行こうっと。

P1000508ペンザンスからバスで1時間ほどだっただろうか走ったところにミナック・シアターはあった。女性が一人で断崖を削り、椅子や舞台を作り出したというまるでおとぎ話の中のような劇場だ。しかもこの海の前で、今も夏の間、ミュージカルやシェークスピアなどが上演されている。

P1000524ちょうどミュージカルの切符も取れそうだし、是非にと思ったのだが、昨年は終演後、夜11時に帰りのペンザンスの街までバスがでたというのだが、問い合わせても今年は分からないと言われ、泣く泣く諦めた。

P1000507訪れたときにはパペットショーをやっていて、小さな子供で一杯だった。怖いほどの急な石の階段でなのだが、結構平気に子供たちは上り下りしていた。舞台の後ろは紺碧の海。遠くに白い砂浜。素晴らしい劇場だ。ここは是非訪れて欲しい。例によって厚着をしてきたのだが、みるみるうちに気温が上がり、太陽がじりじりとてりつけ、日焼け止めを塗る間もなく、あっという間に日焼けしてしまった。寒くても太陽は6月の太陽だった。


P1000538P1000535フットパスをケーブル博物館まで歩く。真下の美しい白浜の下にケーブルを埋めていたらしい。がけの下に掘られた要塞の跡に作られた博物館で、世界大戦の際の情報戦を知り、モールス信号の説明を受ける。なんだかよく分からないが、よく分からないなりに面白い。

バスの便数が少ないので、ランズエンドという地の果てでは降りず、2階建てバスの2階全席から写真を撮っただけで、そのままペンザンスに戻り、今度はマラジオンのセント・マイケルズ・マウントに向かう。

P1000599フランスにある世界遺産のモンサンミッシェルとなにやら関係があるらしい。モンサンミッシェルを英語に直せばセント・マイケルズ・マウントなのだし。こちらは世界遺産ではなくナショナルトラストが管理している。ここいらの海岸一帯は潮の満ち干が非常に大きく、干潮だと島まで歩いて渡れるのだが、海岸に着いたらみるみるうちに潮が満ちてきてボートでの往復となった。P1000598

この城といい、付属する空中庭園と良い、付属する小さなプライベートな教会といい、来て良かった。コーンウォールの名物はクロティッド・クリームで、クロテッド・クリームとP1000589言えばスコーン。ということで、ここではクリーム・ティと呼ぶらしいのだが、スコーンとお茶のセットを試したのだが、素晴らしく美味しいクリームだったが、また素晴らしく濃く、残念ながら胃もたれとコレステロールを警戒して3分の2ほども残した。K子はほぼ完食して、夜うなる羽目に。でも帰国してはかったらコレステロールは下がってたというから分からないものだ。しかし、濃厚で美味しかった。今頃あれを持って帰れたらなどとつい思う私って…。

17572歩
写真はクリックすると大きくなります。桟橋の横に薄く町までの道が見えます。

BlogPaint数えてみれば購入してからもう25年も経ったのか。

離婚して帰国し、お金もないのに欲求不満が爆発したのか、セールの看板と友人につられて買ってしまった三宅一生の麻のサマーセーターとコットンのパンツ。

麻といい、コットンパンツといい、じとじとべとべとの日本の真夏に実に具合がよろしい。麻はざくりと肌にくっつかずさらりとしているし、パンツは裏地にガーゼが使ってある。

パンツの方はかなり生地が薄くなってきていて、毎回大丈夫かいなと透かして点検しているが、まだ破れないw。

この格好で銀座にも帝国ホテルにも、ここホテルオークラの大蔵集古館にも行ってきた。25年物の服を着て、それも上下、銀座界隈をうろうろしている人などいないだろう。エッヘンと、自慢したくなった。

断捨離に見事に逆行しているワタシ。

アナログテレビを未だに使っていて、一番見ていたNHKのBSがみられなくなり泣いているが、それでもデジタルを断固として買わないでいる。だって、ゴミになる古いテレビが可哀想だもの。

わざわざ探し出して東北産のステーキを250グラムも頑張って食べ、その数日後の血液検査でコレステロールが一気に260に上昇し、今では毎朝6種類の薬を飲んでいる。でも、すごーく、すごーく美味しかった。これで万全。安くなっているならばんばん食べるよ。福島産の美味しい牛肉、でも探すがもうない。

いくら食用だって、生き物だ。こちらは命を戴いて命をつないでいる。セシウム入りとラベルをつけてくれればいいじゃないか。即死するほどの高濃度は困るが、10数年後に癌の確率が0.5%上昇するくらい何だ。中高年専用とラベルをつければいいじゃないか。あと何年生きるか知らないが、美味しいものを食べて、生産者も、消費者も幸せで、牛も成仏できるなら、それこそ自己責任で良いじゃないか。おーい、福島産の牛肉を売ってくれ〜。

BlogPaint英国が大変なことになっている。ロンドン北部の町で始まった抗議行動が英国各地に飛び火し、4日間にわたり暴動が続くという事態になっている。700人近くが逮捕され、警官111人と警察犬!5頭が負傷したという。

7年前に、レンタカーを返却する場所として、ロンドン中心部まで列車1本で戻れ、シシンハースト城に近く便利そうと言うだけで選んだクロイドンというロンドン南部の町、そこが炎上し、死者が出ているらしい。

肝心のレンタカー店が見つからず、返却時間が切迫する中、町中心部のモールで電話をかけようとしたのだが、公衆電話という公衆電話が壊れているか、故障していて困り果て、インフォメーションの女性に頼んで電話をかけて貰ったことがあった。レンタカー店はクロイドン駅近くの商店街にあったが、そこはゴミが風に舞い、落書きの目立つ荒れた感じの通りだった。

驚いたことに店舗に入るにはガラスの入り口越しに中に合図をし、安全そうな人物だと面通しした上でないと中に入れないようになっていた。明らかにここの治安はそれまで回っていた観光地とは様変わりの悪さなのだ。娘に早くこの町を出ようとせっついて、黒人が多いからと偏見だと怒られたが、治安の悪さは町に直ちに反映する。英国らしからぬ雑草の生えた道や花の少なさから、私は嫌な緊張感を感じ取っていた。

7年ぶりに訪れた英国は、欧州では一番安全と言われていたが以前とかなり異なっていた。前回フリーパス状態だった入管にセキュリティが厳しくなったために人があふれかえっていることでまず軽いショックを受け、ロンドン市内では有色人種の割合が明らかに大きく増加していることに驚いた。

宿泊したB&Bの半地下の窓は鉄格子で覆われ、玄関ドアには頑丈な日本ではまず見かけないかんぬきがとりつけてあり、入り口のドアは真ん中と下の2カ所にこれまた重々しいかんぬきと錠前がつけられていた。周辺の住宅を見て回ったが、1軒残らず半地下の窓には頑丈そうな鉄格子がはめられていた。そうする必要がある状況なのだ。

今回の暴動はこういった治安の悪さの延長線上にあるのだろう。スコットランドBBCがスコットランドで視聴できなくなっていたり、各地観光地のインフォメーションがクローズされていたり、グラスゴーではツーリスト・インフォメーションで宿を紹介して貰ったら、結構な値段の紹介料を請求されるということもあった。景気が減速し、閉塞感が漂っているというのも確かだろう。だが、自分の住むところを自分の故郷、大事な場所と認識する人間が急速に割合として少なくなっていることも一因のような気もする。

前回泊まった田舎のB&Bでは宿主は夕方、鍵もかけずに出かけていたし、クロイドンでの体験も特殊なごく一部の地域のことだと思わせるようなものがあった。暴動の広がりは、もうクロイドンのような町が特殊な例ではなくなっているということを示しているのかもしれない。

縁があるなら英国にしばらく暮らしたいと半分本気で出かけた旅でもあったが、窓に鉄格子のある生活の方が地震と放射線に苦しむ国よりも住むのは辛いと感じた。英国は好きだ。今回の旅でますます英国が好きになったのだが、しかし住むのはなかなか大変そうだ。

女性でも夜に出歩く自由がある日本は、やはり他の国とは違う、一種夢のような国なのかもしれない。

そしてぼうっと夢の中のように漂っている間に、少しずつ分解されていっているような気がしないでもない。もう少しすれば夢から覚めたように、いや、別の悪夢の中に入っていき、グローバル化とやらで他の国と同じようになってしまうのだろうか。

写真はクロイドン駅近くのレンタカー店のパーキング。壁の周囲は草花ではなく、雑草です。

P1000454バーバラ・ヘップワース美術館は細い坂道に面した小さな美術館だった。正式名称に庭が入っている。美術館の2階から庭に通じていて気持ちの良い空間が広がっていた。リーチや濱田の影響だろうか、竹藪があったり日本的な感じがする。コテッジガーデン風の、彼女の作品同様、自然体でのびのびとした庭だ。シュロが何本も生えていて(植えてというより生えていてという感じなのだ)少々南国風なのは、今が6月というのにコートを購入するほど寒くても本当は暖いのだろう。先に書いたセント・アイブスの巻で一番下に挿入した黄色い花のある庭もバーバラ・ヘップワースの庭である。

P1000467テート美術館の分館であるテート・セント・アイブスは海に面していた。朝寒かったのにテートに向かう白い狭い坂道を上り下りしている間に日差しがどんどん強くなり、移動アイスクリーム屋も出現していて、テートはすっかり夏の格好をした観光客と子供でかなりの混雑ぶりだった。白い部屋に入場者の背丈の所に名前を書き込むというパフォーマンスをしていてK子共々しっかり参加。私くらいの背丈が一番多いようだったが、これは中高生が多いと言うことかw。

テートの真ん前、海に面した白いカフェでワイン付きのランチ。潮騒とカモメの声。白い砂浜とかすかな子供たちの叫び声、うーん、フランス映画のシーンではないですか。陶然となる。クラブミートサンドを頼んだら、どうやって詰め込んだのと言いたくなるほど分厚い蟹肉のみのサンドイッチが出てきた!フランスじゃないw。でもやっぱり陶然となる。

P1000492陶然としたままテートから遙かに見えた丘に登った。中世の小さな教会が頂上に建っている。小さな突起のような半島の上の小さな教会。右も左も前も海だ。白い弓状の海岸が日差しに輝き、雲が圧倒的な存在感を示している。なんて素晴らしい雲なんだ。

坂道を港の方に下っていった。日は高く時間はたっぷりある、はずだった。本日のリーチ窯に続く期待のギャラリー、CBSコレクションは、朝、描いて貰った地図によると近くにあるはずだ。ぶらぶらと小さなギャラリーを覗き、聞いてみるが知らない。だんだん焦りが出てくる。セント・アイブスにあるアートギャラリーの地図を貰う。ようやく見つけ出す。港からフィッシュストリートとやらに入ったところにあるらしい。

港の土産物屋で聞くとまっすぐ海岸に沿っていくとすぐ分かるという。地図では港の一番端に近いのでどんどん歩く。5分と言うが着かない。遠い。途中で黒く塗ったゲームセンター兼パブのような場所を通り過ぎる。朝言われた近づいてはいけない所ってきっとこんな所ね、パブの前に大勢の若者がたむろしている。

突き当たりまで行ってもフィッシュストリートの名前がない。坂道を上ってみる。ない。仕方がないので戻りながら、別のギャラリーに聞くと、すぐ横を上ったところという。K子はついにダウンしてベンチに座り込んだ。ここで止めるわけにはいかない。そのギャラリーのすぐ横は急勾配のな狭い路地だったがクラフトの看板がでている。よっこらしょっと恐ろしく急な小道を上っていくと小さな店に着いたが、違う。その先は人気のない細い路地だ。サーフィンの板を抱えて家に入ろうとしていた人を捕まえると、上ってきた道ではなく横にまっすぐいって下るようにと指示される。
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ぐるりと周り、急な大きめの坂を下りていくと、なんということもない。だいぶ前に通り過ぎた例の黒いパブの前に着いた。ギャラリーはなかった。唖然としたが、諦めるわけにはいかない。何人もの人がセント・アイブスで最高といったギャラリーなのだ。ゆっくりと左右を見回しながらまた急な坂を上ってみるとそのパブの斜め前に、あった。分からないはずだ。鉄格子が降りていた。ギャラリーの営業時間は5時まで。時間は5時5分。鉄格子にしがみつき、中をすかしてみる。あるある。入り口はごくごく狭いが中は広そうだ。コパーの名前もリーチの名前も濱田の名前も書いてある。まだ中に人はいるはずだが、鉄格子はしっかりと降りていてどうしようもない。

せめて入り口の写真でも撮れば良かったのだが、あまりにガッカリしたのでそれも撮らずにすごすごと宿に帰った。宿で途中で購入したコーニッシュパスティを食べたが、どれにしようと迷ったりせずに、そもそも買ったりしないでまっすぐギャラリーを目指せば良かったのだ。空が真昼のように明るく、店は人で溢れ、時間の観念をなくしていたのが敗北の原因だった。そうなのだ、この時期の英国は10時頃まで明るいということをすっかり忘れていたのだ。そして英国の小道の表示は目の高さでも頭の高さでもなく、膝の高さにあることもあるということを知った。

パスティは美味しかった。

9832歩
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