あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

2013年05月

来月から1ヶ月間ではあるがイタリアに留学するという。娘の舅がだ。定年退職してからだいぶ経つから70歳ほどになっているはずだが。

退職後カンツォーネを習い始め、平行して劇団にも入り、何度か南イタリアまではるばる歌を習いに行ったりしていると聞いたことがある。まるで方向感覚がない人で、娘宅に来るにも送り迎えが必要なほどだというのに、イタリアには1人で出かけていた。価値観がまるで違う人なのでかなり辛口の見方をしてしまうのだが、これは素直にスゴイ。

腰痛と膝の痛みを抱え、通風持ちだという。それなのに活動的なこと、驚くばかり。カンツォーネを始めてから習い始めたイタリア語の教室で短期留学に挑戦したら試験に合格し、イタリアでの授業料の半額が出るのだという。ナポリの近くの学校に決まったらしい。学校とカンツォーネと充実した第二の人生だね。

心身共にすっかり老けてしまってぼんやりとこもっていたけど、こうはしていられない。私もそろそろ動き出さねば。でもどこへ?それが問題なのよね。

P1000823お久しぶりです。どうやらちょっとした鬱状態に落ち込んでいたような…だって、忙しすぎたし、考えることが多すぎたし、環境はきりもみ状態だったし、心と体が拒絶しない方がおかしい。親が亡くなったのだから何一つ変わらないとしたらそっちの方がおかしいに決まっている。しょうがないよね。

時は5月。いくら鬱状態だと叫んでも自然に元気が少しずつ出てきたようだ。一番の理由は母が元気を取り戻したことかもしれないけど。

現在、老健に入所しているが、母は、ようやく父のいないことも新しい環境にも慣れたらしい。最初の数週間は、ひどい腰痛と次いで胸の痛み、幻覚、手の震え等々に悩まされたというのに、痛みが消えると共に幻覚も手の震えも消えてしまった。

一時は腰痛がひどくて車椅子にも座れず、このまま座れなければ退所していただくしかありませんとの通告を受けていたほどで、幻覚も絶えず出ていたようで、入れ歯を出してと言うと口から出して容器に入れる仕草をし、入れ歯が入ってないよと言うとそこにあるじゃないと指さすほどだった。手の震えも大きく、一人ではスプーンも持てず、エプロンを着け、流動食になっていたのだが…。なぜ痛みが消えたのか、なぜ幻覚が消えたのか、なぜ震えが消えたのか分からない。分からないけどめでたい。人間ってホント不思議。

きっかけは、外へ何度か連れ出してお茶やケーキをご馳走したことや、個人的なもの、スカーフや香水、化粧品等を持ち込んだことかも知れない。携帯は絶対に止めて欲しいと言われていたのだが、こっそりと持ち込み引き出しの奥にしまった。もう携帯のかけ方も忘れてしまっているのだが、外部とつながっているという安心感は何よりだったかも。毎日面会に行ったので見捨てられたのではないと確信でき、心も安定したのだと思う。まさに病は気からの見本だね。

父が亡くなってから数ヶ月で十数キロも痩せてしまい小さなしぼんだお婆ちゃんになってしまっているが、外出したときの食欲はびっくりするほどだ。母の日には上の娘と一緒にイタリアンに連れて行ったのだが、小さめのステーキとサラダにパスタ、パン、食後のコーヒーとデザートまでしっかりと食べた。母の分は私が払い、私の分は娘が払った。なかなか素敵な母の日だった。

メモ帳に黒い丸まった点しか書けず、私はもう字が全く書けなくなってしまったと悲しんでいたのが、最近では毎日、メモを渡される。先日のメモには「さなえに言うべきこと」という題名が付いていた。うるさい母が戻ってきたのだ。防虫剤に眉墨、本の注文、衣類の交換、ついには新聞の購読を頼まれた。うるさいけど嬉しい。

しかも毎日のリハビリでかなりしっかり短い距離なら歩けるようになった。そしてリハビリのスタッフがもうすぐ帰れるわねと先日母に言ったのだ。

母の家をようやく10日ほど前に畳んだところだというのに…。もったいない病の私が死にものぐるいで捨てまくり、トラック2台分も廃棄物処理を頼み、衣装ケース11箱分も某施設に寄付したというのに…。どうなるのだろう…。母と私の運命や如何に。まあ、とりあえず、母も元気だから由とするか。そのうち何とかなるだろう♪

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