あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

2013年06月

P1010591買うとしたらもうこれしかない。直ちに契約しようという意気込みで意気揚々と娘夫婦と孫3人、総勢6人で現地に乗り込んだ。

現場で待っていたのは地元の不動産屋。開口一番。やっぱりxxさんじゃないね。、名前を聞いてあなただと思っていたわ。古傷がちくりと痛む。彼女には以前、家探しで何回か世話になり、すっかり顔なじみになっていてお互い手の内は分かっている。

のっけから、この家は金がかかるよ、お父さんが傾いていると言ってたし(前日電話で確認したら”お父さん”は大丈夫だと言った)、なんせあなたが最初だからどうするか聞いてからと言って待って貰っているけど、ものすごい反響でね、回答を待ってからで良いと言って3人ほどに見せたけどみんな、これじゃといって辞退したで。ここの衆は学問に金をかけとったから柱もたいしたことないし。

思った以上に素晴らしい家だ。床は張り替える必要がある。が、これはたいした費用をかけずにできる。私だって力仕事以外なら大丈夫。床を張ってみたいし、壁塗りもしたい。トイレもお風呂場も大丈夫。お風呂は温泉に行くからどうでもいいのだが、薪と石油の併用で最高のパターン。

しかし、真ん中の部屋の中心となる部分のふすまが一枚上から押されて折れかけていた!入り口やその他はスムーズに開け閉めができるのに、真ん中部分が全く動かない。家が傾いているのか、重い物が上に置いてあるのか。

田舎屋に珍しく幅広く途中に踊り場付きの階段(高ポイント)を2階に上がると、10畳ほどの洋間にくの字型に組んだ大きな本棚にたっぷりの本が。その前にはよだれの出そうなしっかりした両袖机と低めの木製ベッド。南向きの窓からは前の木立、隙間からアルプス、そして桜の古木。窓ガラスには古い気泡入りの貴重なガラス…。

私、この部屋大好き。思わず娘に言ったとき、首筋から背筋に強い悪寒が走った。同時におみくじも思い出した。家移りは控えること。以前の持ち主が喜んでくれているのか、誰か私に教えようとしているのか…。もちろん、迷信だろう、気のせいだろう、空気の揺らぎだろう、でも窓は閉まっていて風が原因とは考えられない。以前借りていた家を引き上げた原因もそれだった。怖くてこれまで書けなかったが近々書くつもりだ。しかし、それも以前の経験から織り込み済み、ちゃんと供養するつもりだから大丈夫のはず。トモゾーが家にいた間、ずっとコワイヨーと娘にへばりついていたのが気になるが。

顔なじみだからだろう、不動産屋はぽろぽろ、本音を言う。こんな状態だから、持ち主には買う人はいないと言って自分とこが直接持ち主から購入して手を入れて1000万以内程度で売りに出そうと思っているんだ。そうなのね。こっちは買うつもりよ。ところが外回りにシロアリが食っている箇所を発見。他に一杯みたいと言う人が待っているから早く返事をしてくれ、電話で仕事にならないと言うのに、補修の見積もりをしてもらうからと数日の猶予を貰った。

投資物件としても悪くないと思う。すべての条件が揃っている。ここなら車がなくても田舎暮らしができる。たっぷりと農地もある。周辺には何軒か都会からの移住組もいて住み心地も悪くないはずだ。問題は補修費用と補修にまつわる諸々。母を抱え、この体調で、あとどのくらい働けるか先行きが分からない中、貯金をはたくのは賢明なことなのか…。第一、手配や書類、煩雑なやりとりをこなす気力、体力があるのか…。ますます悩みが深くなる。

長いねえ。続きます。(写真は三千院のお地蔵様。クリックすると大きくなります

l_20130615161229[1]時々ウェブ上の田舎物件とやらを眺めて妄想に耽っていた。趣味と言ってもいい。少々昔、3年間、過疎地に古民家を借りて週末農業とミニリフォームを楽しんでいた頃のゆっくりした時間の流れ、野菜の味が忘れられず、しかし、その時の怖い思い出ややっかいな出来事も忘れてはいなかった。

特に体調に不安が出だしてからは買い物も便利で医者も近く、安全で自由、いざとなればヘルパーさんも頼める環境が何より、高齢者は都会が一番と友人たちにも触れ回っていたのだが。

ただ、母が部屋が空くのを待っている人が大勢いると聞いてから自由になりたいという声は小さくなってはいたが、今では部屋と食堂の間をシルバーカーを押して歩けるまでに回復していて、このままでは要支援になって老健にいられなくなってしまう可能性もある。東京の特養に申請はしてあるが1人で歩けるようになったらますます入れない。一度母と見学してこういうところなら入りたいと言っていた以前古民家を借りていた町の特養にも、過疎地でもあるし入りやすいかと申請書をだしてあるのだが、こちらも音沙汰なし。地元優先だという。地元優先か、将来のことや直下型地震の時の避難を考えれば安い物件があれば確保しておくのも必要かもと思いは千々に乱れるばかり。

久しぶりに田舎物件のウェブを開けたら、いきなり最新物件として以前借りていた地域の物件がでてきた。それも時々通っていた手作りケーキ屋さんの数軒先でよく知ったところ。とろとろの美人の湯が気持ちよい町営温泉は徒歩3分。ここいらは日本アルプスの大パノラマが一望できる絶好の地。おまけに以前私が借りていたところは途中でバス路線が廃止され、通うことも大変になっていたのだが、ここには新宿からバス便がありその停留所は家から徒歩5分以内。図書館は目の前、農地も借りられ、水洗で、ネットもありと望める限りの絶好の条件。

おまけに、おまけに、築100年弱の古民家でなんと200万円!

ヒエーッとのけぞった私は直ちに電話をかけた。ここのところ仕事が暇かつ母が大人しいのだw。状態を聞くと雨漏りはしておらず、補修は必要だが、住もうと思えば住めるという。さらにふすま等の開け閉めは大丈夫かと聞くと大丈夫だという。勝手知ったるところなのだから補修を頼めそうな知人の顔も浮かび万々歳。同時に凶のおみくじも頭をよぎったが仕方ない。見てしまったのだから。

決まりだ。即、案内を頼んだ。ところがバス便がすべて満席。不動産屋も日曜しか無理という。で、この場所が上の娘夫婦にとても縁の深いところで、ダンナのSちゃんが、連日の激務で週末に睡眠を補っているので気の毒なのだが、車を出してくれることになり、急遽、総勢6人ででかけることになった。最初は日帰りのはずがあそこも行きたい、ここも良いよねで、コテッジ泊まりに。

長くなってしまったので続きはまた

P10108204月末だったか、少々前。娘がウェブで安い宿泊券を手に入れ、ドタバタの最中に、といってもまだ母宅を畳むことを考えつかない前に、2泊3日で京都に行ったことがあった。

数年前に泊まったことがあったなかなかの高級ホテルで、温泉付きスパもあり、立地も最高でお気に入りとなっていたところが3分の1ほどの値段なのだから、どんなに忙しかろうと、へとへとでへろへろで気分が落ち込んでいる身なのだから、すがれる物は何でもすがりつくしかない。不安定な体調を抱えて頑張って行った。

ホテルに荷物を置き、まず三千院に向かった。桜の季節を過ぎ、人は少なかったが、新緑は美しく、寒からず暑からず、気分は高揚とまではいかないまでもゆっくりと見事な芍薬を楽しんでいたのだが…。

部屋を巡っていたら、薄暗い廊下の隅、お皿のような物の中におみくじが盛ってあった。娘は先に行き、誰もいない。こういうところのおみくじって当たるのだろうか。ちょっとした好奇心で100円を入れておみくじを手に取った。

凶だった。これまで見た中で最悪の運勢。こんなおみくじが存在するのかと存在自体を疑うほどのおみくじだった。中でも一番の衝撃は、病人長引く、十に六、七は死すべしと断言されていることだった。たかがおみくじなのだが、母が30キロまでやせ細り、当時は座ることがやっとで歩くこともできない状態だったし、自分がお皿の中から当たるかもと思って手に取った物だったから余計にショックを受けてしまった。

どうしようと順路をふらふら辿っていくと、お堂にお坊さんが座っていた。

凶だったんですが、どうしたらよいでしょうか。思わず聞いていた。近くにおみくじを結ぶような枝はなし、結んだ物も目に入らない。でもこれを持ち帰るわけにはいかない。炊きあげた方が良いのか、それを問いかけたのだが。

お坊さんはおみくじを手に取ると、下に書かれていた部分、悦び事すくなしとかうせ物出ることむつかし、子に縁うすしなどに大きく×を入れた。何を願って引くか分からないのでおみくじには色々なことが書いてあるが大事なのは最初の部分、後は無視していいんですよ。最初の部分は「身同意不同 月蝕暗長空 綸離常在手 魚水未相逢」とあったが、要するに、魚がまだ水を見つけられない状態、体と心がばらばらで自分が分からなくなっており、そのため体調を壊しているということなのだという。そしてそのお坊さん自身、最近まで母親を自宅で介護していたが施設に入れたところで、やっぱり大変なんですよ、人がなんと言おうとあなたが楽なようにするのが一番ですと言ってくれた。

下で待っていた娘に何故こんなところで泣いているのと笑われたが、でも凶のおみくじを引いて良かった。そのおかげでお坊さんと話せた。母を施設に入れたことが正しかったのかどうか、そこで良かったのか、迷いに迷っていたが、肩の重さが半減した。お坊さんに感謝だ。

そのおみくじは持ち帰り、今でもバッグの中に入れて時々眺めている。そして当分はダメの当分はもう過ぎたに違いないと思っている。その証拠に母は日々元気を取り戻し、昨日はクレンザーを持ってきて、部屋の洗面所が気になるから掃除をすると言い出した。野菜が多くて元気が出ない。やっぱりお肉が必要だとも。もう大丈夫。とても病人とは思えない。施設の方からは3ヶ月間の延長が認められた。その先も元気になりすぎず、重病にならなければって、今となっては元気になりすぎないことの方が難しいけど、このままいける。9月末までは心配することを停止しようっと。

P1010408私、自由が欲しいのよ。90歳の母がそう宣言した。

団体行動に、向いていないって分かったの。退屈で退屈で、もう嫌。すぐに部屋を借りて頂戴。

目の前をついこの間大量処分した母の下着の幻影が飛んでいった。2ダースを超えるほぼ新品の下着を2枚を除いてすべて破棄した。購入して1年半の洗濯機やエアコン、ウォッシュレット、あらゆる物を3週間かけて片付け、寄付し、破棄し、へとへとになったというのに…。

老健に入所したときには歩くこともできなかった。痛みでうずくまっていた。幻覚もひどく、字もかけなかったし、ちょっと前のことも何も覚えていなかった。それなのに、

痛みは?どこも痛くない。歩けないし…。ちゃんと歩ける、大丈夫。1人では無理よ。ヘルパーさんの助けを借りる。病気になったら心配だし、泊まり込むことはできないのよ。もう90歳よ、いつどうなってもいいのよ。目をきらきらさせ、元気いっぱい。こんなに元気になったのは嬉しいけど、困る。

あなたに少し迷惑をかけるかも知れないけど頼むわ。心のうめき声が聞こえる。少し?立つことすらおぼつかないのに。お金はどうするの。貯金もないのよ。私たちが負担して当然と思っているのね。ここ数年でどれほど負担したのか、言って聞かせても分からないだろうなあ。1年分の家賃の前払いを要求され、またエアコンその他を買い揃え、しかも前回はある程度の家財はあったけど、今度はそれもない。

じゃあ、早く探してねとにこにこ顔の母。我が儘、我慢しなさいと言えるのか。老人は我が儘に主張する権利があるような気もする。ずっと我が儘に我が道を通してきたような気がしないでもないけど。でも夢見る母の夢を破るのは可哀想。どうしたものか。元気になって困るって、何という皮肉。

さっき、宝くじを買ってきた。お父さん、しっかり、宝くじが当たるように全力を尽くすのよ!

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