あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

2014年02月

母の入院から3日目、施設のケアマネから電話があった。入院したから退所していただくことになります。

医師の見立てでは検査を終えなければはっきりと言えないが、虚血性大腸炎の可能性が強いとのことで、熱も高くなく、痛みもなく、元気なので、多分、10日から2週間くらいで帰れるはずだ。

母は元気なのですぐ退院になると思うのですがと、説明しても、そういう決まりなので、入院などで退所してもウェイティングリストの一番上に名前を入れます。残りの荷物は事務の方で預かりますので貴重品など取りに来て下さい。先日まで母の階では空き部屋が2室あった。退院時に部屋が開いていることを祈るしかない。

とりあえず退職したばかりの娘と荷物を取りに急いで向かった。大変なときには娘がいつもいる。どうしてこうなるのと娘。運命よね。きっと。

母は絶食が続き点滴を受け少々大人しいが元気だ。いつもの大病院では受け入れて貰えず近所の小規模な病院に入ったのだが、看護婦さんたちもお医者さんたちもみんな優しいのよ、と母は思いのほか気分が良さそうだ。

理由はすぐに分かった。スタッフの数だ。廊下を多数の看護婦さんが行き交う。設備は古いが優しく患者に接する余裕があるのだ。理事長も院長もさらにあと2人が同じ名前で、家族で経営している病院だからではないだろうか。理事長先生が母の容態を説明してくれたがゆっくりと時間を取ってくれ非常に丁寧親切だ。トップの姿勢が末端まで行き届いているのだろう。まだこんな病院があったとは。ホッとする。

4日目に施設に再度荷物を取りに行った。空き部屋は1室に減っている。またしても綱渡りか。ウェブで色々調べるが結果は分かっている。どうせ特養には入れず、多分、入っていた老健の紹介で今の施設に空きができるまで老健をたらい回しになるのだろう。

母はしきりに帰りたいという。母が言う家に帰りたいは今では老健の自分の部屋に帰りたいという意味なのだ。すっかり慣れて機嫌良く過ごしているのに…。10日間寝たきりはずっと寝たきりになるかも知れない。こちらも綱渡りだ。ベッドの上に起き上がり、なるべく動くように、そうじゃないと老健に戻れないかもと母を脅す。寝たきりになると部屋があっても受け入れてくれない。

入院したから退所になったけど、ちゃんと車椅子に座れるならまた入れるよ。飴と鞭で母を叱咤激励すると、母から「やすやすと出されてたまるかい」という言葉が飛び出した。母にこんなに乱暴な口がきけるとは思わなかった。びっくりした顔を見て、本人も照れて笑った。よっしゃ、気力は衰えていない。何とかなるさ。

2週間後、多数の検査を終え、腸に重大な疾患も見つからず無事に退院し、元の老健に収まった。空き部屋は母のいた部屋一部屋だけになっていた。かろうじて間に合ったのだ。入所以来、詳しい検査をしていなかったので気がかりだったが各種検査を受けることもできた。動脈の石灰化が進んでいていつ突然死してもおかしくない状態だと告げられはしたものの、もうすぐ91歳。しかたがない。

しかし、一旦退所したことで、暮れに、長くても1年が目処ですからねと、新しいケアマネに突然告げられてどうやって居座ろうかとじたばたしていたのがまたカウントはゼロに巻き戻された。あと1年ほどは母に急変がない限りこの施設にいられる。短い入院のおかげですべてが上手く収まった。やっぱりついているなあ。

NEC_0309東京では8日から9日にかけて積雪30cmを超える大雪となった。
長野オリンピックのロゴ入りブーツを履いて散歩に出かけた。娘がボランティアをしたおかげで帽子から靴まで一式、棚ぼた式に貰った物を後生大事に抱え込んでいるのだがなかなかこういう機会でもないと使うときがない。

下の娘宅に行き誘うが乗ってこない。娘は偉そうに新聞種にならないようにと玄関から訓示を垂れて引っ込んだ。このワタシがそんなドジをするわけないでしょと新雪を探して感触を楽しみながら一周する。雪が珍しいものだから小さな足跡、大きな足跡、足跡だらけだ。

上の娘のところでも子供3人が大喜びで雪だるま作りでもしているだろうと電話をした。ワクワクするねと言ったら、北国をぐるぐる転勤してきた娘は冷たく、ちっとも珍しくない、ワクワクなんかしないと答えた。そりゃそうだ。たまにだから物見遊山で面白いがこれが毎日ではとてもやっていけない。雪国の人たち、偉いなあ。

昨年、父が亡くなった翌日が大雪だった。雪がどんどん積もっていく中、写真を探し、ベッドに寝たまま起きてこない母に時々声をかけながら、妹と一緒に葬儀社の人と見積もりし、娘と3人でその後遅い昼食を取りに駅前まで歩いていった。雪が次から次へと降ってきて、妹や娘とふざけながら歩いていったが、こんなに深い雪はこんなに静かな雪は経験したことがないと思っていた。

今年の雪の方が昨年より遙かに多かったと知っても、やはり昨年の一面の雪の原の方が凄かったと思ってしまう。張り詰めていたから寒さは全く感じなかったが凍えていたのかもしれない。

昨夜母が入院した。検査は明日から始まる。父の死から1年と1ヶ月、母も頑張ってきたんだろう。こういう疲れは時間で癒すしかないのかもと少々おセンチになっていたら、退院したらチョコレートをいっぱい食べるからねと母が宣言した。母は元気だ。それでこそ母だ。

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