あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

2015年01月

[題名を少し手直ししました]

あまりに驚いたので、とりあえずお知らせ。

中田考という元大学教授という御仁が最近のISISによる人質事件関係でテレビに時々出ている。彼は北大生をイスラム国に送り込もうとして少し前に確か警察に尋問されたように記憶している。テレビで人質事件の交渉をやりたいとしきりに訴えていたのだが…

ツイッターで彼が8月につぶやいたツイートが流れてきた。

「ISカリフ国に対して「罪もない市民を殺す残虐行為」などと平気で書ける者は、人間にとって最も重い罪とは創造主を信じずその命令に背くことであり、人は誰でも罪人であり、中でも異教徒は創造主を信じない時点で最悪の罪人、哀れみにより生かされているだけの存在であることに思いが及ばないのか。」

思わずのけぞりましたね。これって、イスラムでなければ人にあらず、「最悪の罪人、哀れみにより生かされているだけの存在」って、つまり罪人だから死んでも当然ってことを言っているんですよね。

で、これに加えてイスラム国の旗の前で満面の笑みをたたえて銃を構えている写真も回っている。
https://twitter.com/search?q=%E4%B8%AD%E7%94%B0%E8%80%83&src=tyah

元大学教授ですよ、頭の中はどうなっているのだろう。彼の生徒はどういう講義を受けていたのだろう。心配になる。元北大生も彼のせいで人生が狂ってしまったのではないだろうか。

不謹慎にもコラージュでイスラム国をからかっている人たちがいるが(不覚にも思わず吹いてしまった)、それに対して報復する、日本にもイスラム国の協力者がいるとの怒りの返事が来たらしい。すでに手足となる日本人がいるなど信じられないがこの人などはすでにそうなのかもと思ってしまう。

先の総選挙で当選した共産党の女性議員はアベシネ〜などと、国から給与を貰って国民に奉仕する立場なのに、テロ反対のデモではなく、自分の国の総理大臣に罵声を浴びせるデモをしていたし。何だか恐ろしい人を議員に選出したものだ。国会議員は国の秘密情報にアクセスできる。同様の主張をしているかの山本太郎も。

色々な主義主張はあって当然、しかし、軽々しく他人にシネとか、こんな時に、こんな時でなくてもだが、テロを支援するようなことは何があっても許してはならないはず。何という混沌。あーあ、こんな日本人がいるのだから、びっくりするねえ。

4歳くらいの女の子が公園から続く長い歩道橋の下で声を張り上げていた。

「お母さ〜ん」

お母さんらしい人の姿も見えず、声も聞こえない。またしても迷子?

「お母さ〜ん。大好き〜」

遠くから声が聞こえた。

「そんなに早く行かないで、待って〜」

お母さんらしい人がにこにこしながら現れた。

いいな、お母さんっていいな。大好きって言って貰えて良いな。

そのうち、お母さんなんて大嫌いといわれる日が来るだろうけど、でもお母さん、大好きって言葉はいつまでも暖かに胸の中にあるのよね。

たとえ、ず〜っと反抗期が永遠に続いているようなあなたの大好きって言葉だって。知らないでしょ。私は大事に取ってあるもんね〜。時々取り出して眺めているもんね。あなたもきっとそうなるのよ。私の勝ちw。

乱読、粗読、失礼
星のアカバール バディ・ケイ
戦争を知っていてよかった 曾野綾子
最悪なことリスト トリイ・ヘイデン 
裏庭 

日曜日、朝から晴れていた。
冬らしくピンとした青い空。白い富士山。前日は風が強く数歩外に出ただけでこもっていたのだが、遠くに見えるヒマラヤスギの樹冠も揺れておらず風も穏やからしい。寒さもたいしたことなさそうだ。仕事もない。出かけなきゃ。

秋頃からお昼を食べようと言いつつご無沙汰だった友人に電話をした。
旦那と長年不仲で家庭内別居状態、早く出て行かないかと常日頃公言している。こういう友人だから休日にも電話できる。娘宅でさえ気を遣って休日には電話をしないようにしている私にとって貴重な友だ。

電話を取ったのは旦那。いつも明るく機嫌の良い声。こういう声が出せる中高年の男は珍しい。貴重品だ。なぜこういういつも機嫌のいい男が嫌いなのか、上手くやれないのか非常に不思議。神経質でいつもぴりぴりしていた男と13年も気を遣って生きてきた経験から、同居人として最も上等なのは機嫌が良い人間だと思えるのだが。

暖かそうだよ、遊びに行こうよ。
えー、私パジャマだよ。
10時過ぎているというのに朝もまだ食べてないという。年寄りの風上にも置けない奴だ。
なぜだかパジャマと言いつつパジャマじゃないという話から延々と右や左に話がずれ、非効率が大嫌いだったはずの元キャリアウーマンが話し方まで老後モード。こっちは当然応戦するからどんどん話が長くなる。

おまけに彼女は1日のスケジュールを決めてあるからむやみやたらと変更できないという。それが掃除機をかけるといった類であっても。こちらは長年のフリーランス暮らし。仕事の案配、家族の案配、空模様、懐具合を勘案して行こうと思ったらどこまでも、というのは嘘だけど、まあ糸の切れたタコだ。

長年のサラリーウーマン暮らしが骨身まで染みついているのよと自由業との比較で電話は終わった。

気づけばはやお昼を考える時刻ではないか。外食しようっとと外に出る。遠出の気分はもう消えている。食べたいものが思い浮かばない。とりあえず近くの公園を歩くが目的がなければ面白くないのは、長年にわたり効率化を目指した情けない私の習性だ。

ここで梅を思いつき、梅園に方向転換。梅もそろそろ膨らんできているのでは…。残念。まだ豆粒くらいで堅そうだ。周辺に住む独身、独身もどきの知人の顔を2、3思い浮かべる。突然でも出てきそうだが、みんな金が〜と言いそう。一人は社長夫人だったのに数年前に夫が亡くなり都営住宅へ。編集長夫人だった友人も家庭内別居組みだが夫の好きな仕事しかしない姿勢のせいで都営住宅へ。自営で離婚したもう一人も都営暮らし。20年以上も同じ地域に住んでいると色々な人たちの栄枯盛衰がみえて感慨深い。しかし、一生、家賃1、2万で暮らせるというのは羨ましい。ウチの管理費は2ヶ月で4万を超えている。固定資産税や諸々の出費が伴う。年金だけになったらどうするんだろ、と今はひとごと。

図書館で本を1冊立ち読みし、2冊借りて帰り、大人しく前日作り置いたミートソースで遅いお昼を食べた。面白くもない一日。夕方娘夫婦が粗大ゴミを捨てるのを手伝いに来てくれ(お茶くらい一緒に飲もうよと言う私の誘いを振り切り、そそくさ帰りよった。なんて奴らだ)、母の顔を見に行き(アラこんな遅くにどうしたの。え、今は朝?夜?どっち?長い昼寝をしていたらしい)、仕事のない穏やかな冬の一日が終わった。

凄惨な事件だった。新聞社であるシャルリー・エブド社の編集長をはじめ、17名の人が殺された。

テロはいけない。人を殺してはならない。当然だ。何よりも優先される。そして、自由は守らねばならない。それも当然だ。自由のない世界は息のできない世界だ。嫌だ。

しかし、反対意見は多いだろうが、宗教という大事に心に抱いているものを、表現の自由だからと、タブーは許さないからと土足で踏みにじって果たして良いのだろうか。イスラム教では偶像崇拝は徹底して排除されていてイスラム寺院の中では幾何学模様以外の飾りはなく偶像1つないというのに、その教祖の予言者モハメッド(ムハンマド)の顔、姿を、それも侮蔑するようなやり方で描くというのはあんまりだと思うのは間違っているだろうか。

自由のためならと描き続けるのはその人のそれこそ自由かも知れないが、心から嫌がるようなことをしなければ、今も警官たちや関係のない人質、新聞社の人たち、編集部員たち、そして犯人たちも含め、17人は生きていたはずだと思わずにいられない。

一神教ではなく多神教の世界である日本に住んでいるからこその甘い考えなのかも知れないが、宗教が関わる争いが多すぎる。宗教が人を幸せにしないのなら何のための宗教なのだろう。人を激怒させると分かっているのに、事実を伝えるためとは思えない絵を描くというのは何のためなのだろう。

記録的な大規模の抗議デモには40人余りの世界の首脳が参加したが、安倍首相は参加しなかった。報道されていないので分からないが日本からは閣僚は誰も参加しなかったのではないだろうか。

そのことに正直、ホッとした。折角の外交の機会を無駄にしたと非難する声があるそうだが、参加したらどういう事にこの先なると思っているのだろうか。集団自衛権で激しく首相を非難していた革新的なジャーナリストも参加すべきだったと言っていたらしいが、デモの先頭で他の首脳たちと腕を組み、テロと戦おうと呼びかけることは何を意味するのか。

イスラム国やシリアなどを相手とした戦闘に私たちもあなたたちと一緒に従事しますと世界に向かって宣言したのと同じことになるだろう。集団自衛権どころではない。

デモが行われていた時刻に安倍さんがのんびりゴルフをしてラーメンをすすっていてくれて、本当に良かった。宗教問題は分かりませんからと逃げる道が、そして機会があれば仲介に入る道も残されたのだから。

P1000668元気に下の娘宅での新年会に男性3人に1階分を車椅子ごと持ち上げて貰い、日本酒を少々口にし、ああ美味しいとご満悦だった母。痛いなどと一言も言わなかった上に締め切りが迫っていたので、これ幸いと病院は行かなくて良いかなと思っていたら、再度釘を刺され、行きたくない気持ちがますます高まっていたら、風邪を引いてしまった。咳が出る、鼻が出る。熱っぽい。

私の体が都合良くできているというわけではない。鼻水垂らし組を含め、子供6人、大人8人が何度も狭い部屋に集まれば、そりゃあ、ばい菌だって張り切って繁殖する。

娘一家が寝ている早朝にせっせと仕事をし、大人数の食事に洗濯、普段しなれない家事など頑張ってやり、免疫が閉口して減っていたに違いない私にとりつくのは当たり前の話。で、毎年年末に風邪を引き、今年も引いた。

しめた、と、思わなかったと言えば嘘になる。もう痛みのない母が病院で2科も受診する理由がない。妹たちに電話とメールで痛みはないし、何か精密検査で見つけたとしても手術もできないのだから、今回はパスすると伝え、施設に電話したら、病院に見せないで何かあったと言われたら困るから連れて行くようにと強硬に電話までしてきた看護婦があっさり賛成した。ホッとする。

爆弾低気圧のように家中引っかき回した娘一家が帰り、一気に静かになり、気が抜け、つまらない。寝込みたい。が仕事が。そういえば、高熱を出しながらふらふらになってやっていたこともあったなあ。娘に原稿を郵送して貰った後、そのまま入院したこともあったよな。金を稼ぐって厳しいのだ。まあ、いくら咳が、鼻がと言っても例年のように高熱が出ないだけでも楽ちん、楽ちんと自分を叱咤激励するが、のろのろとなかなか進まない。

冷えた残り物のぜんざい、お煮染めなどなど、残飯整理に精を出し、お腹を壊し、はて、これは何を食べたせいだろうか、風邪のせいなのだろうか。

あんなにうじゃうじゃと人がいたのに、必要となれば雲散霧消し、一人呻吟する。そんなものよね。

でも、行きたくないところには行かないで済み、なんとか納期には間に合い、打診されていた大きな仕事でやるしかないかと一旦は鼓舞したが気重になっていたものを、気分の悪さにえいやーと一気に断れたのだから、うまく帳尻があったということか。結局、私ってついている女なのよw。

相変わらず文句の多い私ですが、本年もどうぞよろしくご辛抱のほどお願いします。

すさまじい喧噪と埃をたてていた娘と孫の集団が婿殿の実家に出かけた。ぽっかり開いた丸24時間の静寂タイムだ。

ありがたいことにといおうか、何もこんなみんなが休みの時にといおうか、仕事がたてこんでいるのでこれは貴重な仕事の時間なのだが、きっと、久しぶりの静けさに体が戸惑っているに違いない。頭痛と眼の痛みに仕事がはかどらない。娘は仕事をしたくないだけでしょうがと言うに違いないが。

早朝、神社に恒例のお参りに行った。朝食も取らず一騒動を繰り広げ、下の娘夫婦と合流し、30分ほど寒風の中を小走りで競争し、待ち合わせていた息子一家よりも早く到着。2年連続最悪のおみくじを引いたので今年こそはと期待していたのに社務所には明日朝9時からの張り紙があって閉まっている!お札のたきあげはしていたが。稼ぎ時なのに…、おみくじもお札も買えない。知人と出会いお正月早々、罰当たりにも神社の境内で口々に文句を言っていたら、たきあげをしていた人が(私たちではなく聞いてきた別の人に)大きな声で5時半まで開けていたからよと、娘情報。

お参りを済ませたが息子たちはやってこない。社務所は開かない。お腹がすいた。でもお腹がすいたというと孫たちの騒ぎが大きくなるので、じっと我慢。早くしろと電話をしようとすると下の娘から少しはじっとしていなさいとか、せっかちだとか、ダメ出しが入る。30分近く経ってようやく息子たちがやってきた。朝ご飯を済ませてきたというではないか。大晦日にお節を取りに来ると言いながら、お母さんチで食べるからやっぱり取りに行かないとドタキャンした奴が、食べて遅刻。ムッ。

近所の大型スーパーにお年賀の品を買いに寄るが開いていない。9時まで15分じっと待つ。孫たちは歌いながら周りを行進。福袋目当ての客の列の間をぐるぐるくぐり抜けるので、ダメとか静かにとか、ますますお腹がすく。

大集団での移動は時間がかかる。公園を抜けて帰るのだが、途中で、ジュース休憩とか、モグラの穴を見つけたとか、遅々として進まない。娘たちは10時半に出て1時間少々離れた婿殿の実家に行くというから気が気ではない。一人気を揉むが娘は、しょうがないじゃないとのんびりしている。

お年取りと食事を済まし、娘と孫は一斉にドタバタと叱咤激励の声と共に走り去っていき、雪が降ろうというのに見事手袋が玄関に忘れ去られていた。空が暗くなってきたので息子一家も早々と帰宅。一人、ゆっくりと母の所を訪ねたら、横になってマラソンを見ていた。

昨年暮れの衆議院選挙後にすっかり体調を崩し、あちらが痛い、こちらが痛いと車椅子にも座ることができずに寝たきりになっていたのが、痛みがなくなったらしい。私でさえ選挙で父のことを思い出して落ち込んでいたのだから母がその当時と同じく原因不明の痛みに襲われてもおかしくない。顔つきがすっかり変わって、痴呆が進んだと看護師さんにも言われるほどだったのだが、頭の方もしっかり戻っていた。来週早々に病院だから忘れないようにと釘を刺す。総合病院に予約を入れたのだが、タクシーで片道30分ほどかかる。お金もだが待ち時間が非常に長い病院なのでもう痛みもほとんどないので忘れてくれるかと思ったのだが、残念。やれやれ。

年は新しくなっても、ドタバタと忙しい、相変わらずの年になるのかなあ。先のことは考えず、目の前のことを片付けることに集中する1年がまた始まったのだろう。まあ、とりあえず、母の体調が戻り、仕事が沢山あること、みんな無事なことに感謝しようっと。

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