あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

2015年05月

P1020480町田って東京だったんだ。神奈川県じゃなかったんだ。
町田の人、失礼しました。

ここのところ、三浦しをんのまほろ駅前シリーズを読んでいる。

まほろという市は東京の南西部に出っ張っていて、やってきた友人が都知事選のポスターを見て、ここって東京都なのかと問うようなところだと紹介してあって、どうやら実在の市のようなのだが、心当たりがなく頭をひねっていた。都下の市って、何があったかなあ…

多摩川を越えたら神奈川だし、多摩川のこちら側は田園調布とか成城でどん詰まりじゃなかったか。何だか随分、荒れた場所のようだけど、こんなところが日本にあるのかなどと、ぶつぶつ思いつくまま、都下の市の名前を挙げたりしていたら、後書きだかに町田市がモデルだとあった。

娘に町田が神奈川じゃないって知ってるって聞いたら知っていた!へえ。ずっと東京にいるのになぜ私、知らなかったんだろう。

何でも開けっぴろげで知らないことなどないと思っていた上の娘にも知らない部分があった。

南の島の娘のところでは虫騒動が勃発している。小さな虫が網戸をくぐり抜けてきてお腹を10箇所ほども刺され、刺されると水ぶくれになり崩れて痒くて痛くて大変と電話が来た。アレルギー体質なので医者に行けと言うと、若くてイケメンの研修医だからこんなお腹、見せられないという。へっ、この子にこんなところがあったのか。

あなたはアレルギーだからそれどころじゃないでしょう、等と言っていたら、そのうち、何の情報もないのねと向かっ腹を立てるから何のことかと思ったら、「あなたが大変なときには、いつもとっておきの不幸話をして上げるのに、ほら、私より不幸な話はないの?このかゆさを忘れさせるほどの話、隠してないの?もー」っと電話を切ってしまった。実におかしな奴だ。

翌日、電話で医者に行ったかチェックしたら、刺された肩だけちょっと見せただと。お腹を見たそうにしていたけど、出してと言われなかったから見せなかったという。ムヒを見せて、これを塗ってますと言ったら、それで良いでしょうと言われたよ…。何しに行ったのやら。

こんな娘だったんだ。知らんかったw。それにしても、アラフォーになっても、お腹を出して寝ていたのかねえ。

私の体は自然と一体化しているのだろうか…。
ここ数年の謎がまた繰り返している。

3月頃から9月末頃まで夜中に目が覚める。通常、2時半から3時半頃。それも毎晩。
原因はトイレ。老化のせいでトイレが近くなると言うのなら分かる。

だが、秋から冬はほとんど目が覚めない。冬眠に入ったようによく眠れる。ときどきは夜中に目が覚め、ホットミルクを飲みながら本を読んだりすることもあるが、トイレのせいではない。

夏の、脱水症に気をつけろとテレビがうるさく言う時期ならまだ分かる。気をつけろとうるさいからいつもより多く水分を取りしかもエアコンで冷えた部屋にいればトイレも近くなるだろう。

でも3月末から6月半ばくらいまではエアコンはまだ入ってない。水もがぶ飲みすることはない。なのに、だ。

で、湿度と、それも日々の湿度ではなく全般的な季節的な湿度に呼応して体内の水分を調節しているのではないかという珍説が頭に浮かんだ。でないと汗をかきつつ夜中にトイレに起きるというのは変だ。割に合わない。

和室に寝ているから障子のせいで朝の気配に起こされるのだと最初は思っていたが、北側の遮光カーテンのある部屋で寝ても同じだった。

毎年、約半年間繰り返される夜中過ぎから朝方のトイレ。何だろうねえ。
それにしても眠い…。

古河庭園5/9古河庭園2015051513280000先週のことだが、土曜の朝、それも7時半という時間に電話。

母がらみかとぞっとしたら、下の娘からのお誘いだった。1時間後に娘宅の階段下に集合だと、相変わらず一方的だ。せめて9時半と抵抗するが、勿論、言われるがままとなる。昔は遊びに行こうと言えば大喜びでついてきていたのが、いつの頃からかすっかり立場が逆転し、こちらが誘っても滅多に乗ってこない。一緒に出かけても、遊んであげたでしょとか、ついていってあげたでしょとか、エラソー。とぶつぶつ文句を言っていても、行くよと言われると、ハイと大人しく尻尾を振り振りお供する。もはや再逆転は無理だろうなあ。

朝一番に駆けつけたおかげで人は少なく、薔薇祭りの初日だったがすでに見頃を迎えている薔薇が美しい。「ほら、私のおかげよ」と娘が自慢することw。背後に控えている日本庭園は小川治平作とかで自然なしつらえがなかなかの見物で素敵。でも、ま、新緑の栗林公園を見てしまったからなあ…。食べ物でも、絵でも、最高のものを味わってしまうと、どうしても物足りなさが忍び込んでくる。人間とは実に厄介な生き物だ。

実はバラよりもバラ園に面した洋館が気になるのだが、見学は難しいらしい。往復葉書で予約とあったので諦めて、入り口付近でアイスクリームを舐めていたら、何やら紙に書き込んでいる人を発見。もしかしたらと、叩けばドアは開くと信じているワタシは止める娘を振り切って聞きに走ると、キャンセルが出たという。ほほほ、最後のお二人様に滑り込んだ。

2015051109460000鹿鳴館の設計者でもあるジョサイア・コンドルの設計で、和洋調和式洋館と言うらしい。この方式では日本で現存する唯一の例だという。写真撮影不可、一切に、たとえ扉や壁でさえ触ること不可、階段の手すりのみOKというなかなかの規則で1時間、たっぷり説明を受け、見学できた。非常に面白い。是非。バラ園を望むテラスで優雅なお茶を楽しみ、ついでにトイレも覗いてきた。テラスからバラ園を撮影することもダメと断られ、木製の便座のついたタイル張りのトイレなら写真撮っても良いかなとちらりと思ったが、やはり真面目な日本人らしく諦めたが、ちょっと心残りだ。

母の日には息子一家が襲来。ゲームでひとしきり騒いだ後、母をみんなで訪問。なんだかんだ言っても子供たちはwiiが大好きで、みんなでわいわい遊ぶというコンセプトは良いよね。

← 何でも大きなものが好きな息子から大きなカーネーションとケーキ(すでにみんなのお腹の中);何でも小さなものが好きな下の娘から編んだカバー付きの小さなカーネーションと食事;どうせあなたは花より団子でしょと良く分かっている真ん中の娘からは遠隔操作でwチーズセット(ブルーチーズ最高だったよ)

NEC_0756受難の歴史を抱えるわがクレマチス。
15輪もつぼみを付け大きな花が開いた。
植物って凄い。

以前の記事を調べてみたら2006年に軽井沢近くで購入した。田舎暮らしもどきからの帰り道、しおれてちっぽけな、売れ残りのセール札をぶら下げた苗木だった。

4年前、根本で2本に別れていた一方の枝を枯れていると勘違いして切ってしまった。しかも太い方を根本から蕾ごと。

昨年夏には動かそうとして、残る1本の枝をこれまた根本近くからぐにゃりと折ってしまった。
あわててヨウチンをつけ、絆創膏で巻いた。
哀れ、クレマチスももうダメかもと思っていたら、どっこい。いつの間にか葉もしゃんとし、回復。頭が下がった。

頭は下がったが鉢の根元に注意を払わなかった。小さな双葉が同居していると気づかなかった。寒くなり、時々水を遣るだけでチラ見で済ましている隙に、気づいたら5cmほどにも成長していた。

小さな鉢の中だからそのうち枯れると高をくくっていたのだが、こういうときは枯れないのよね。
椿に似ているようだが、何だか分からない木が10cmほどにもなった頃、ようやくクレマチスが心配になり植え替えを決行することに。

ツルをほどき、植木鉢を逆さにしてしても出てこない。周囲をとんとん叩いても出てこない。ハサミでどんどん叩いても出てこない。根負けした。放置することに。

春先。久しぶりにじっくりと見たらクレマチスの折れた根元近くから新たな芽がでてきている。

訳の分からない木も背丈を伸ばしている。今度こそと、道具箱をひっくり返し、以前購入していた万能鋸を取り出した。煉瓦さえ切れるという触れ込みだ。プラスチックなどへのカッパ、ではなかった。30分頑張った。うっすら切れ目というか跡がついただけ。手はブルブル、腰は痛い。

もうダメ。クレマチスを救うためには仕方ないと幼い木を全力で引っ張ったが抜けない。可哀想だが外科手術で取り出そうと、ドライバーとハサミを突っ込んで根を少々切り、取り出そうとしたが無理。しっかりと絡み合っている。どこまで頑固なのだ。どうしてもそこで一緒に生きていきたいらしい。

土を入れた一回り大きな鉢に小さなクレマチスの鉢を重ねた。植木鉢の二段重ね。ご両人、隙間から根を出して頑張るんだよ。

素読、乱読失礼

ライアーズ・ポーカー マイケル・ルイス
もし、日本という国がなかったら ロジャー・パルバース
フィンランド光の旅
役に立たない日々 佐野洋子
みんな、同じ屋根の下 リチャード B.ライト
男の相棒は猫に限る ウィリー・モリス 
イギリスは不思議だ 林 望
石の庭園  モリー ・モイナハン 
風が強く吹いている 三浦しをん 
観月観世 曾野綾子
ネクスト マイケル・ルイス
地上を旅する者 大原富枝
残照に立つ 曾野綾子
こころの処方箋 河合隼雄 

P1020670旅に出ると飛躍的に口数が増える。おしゃべりしに旅に出るのか、旅に出て人恋しくなるのか。普段、余儀なく無口でパソコンとにらめっこしているからに違いない。見知らぬ土地で見知らぬ人と触れ合うのは楽しい。二度と会わない関係と分かっているせいか、個人的な話をしてくる人も多い。人生とりどりですなあ。

ツアーではない一人旅の醍醐味は絶えず決断を迫られることかも知れない。安全な国で明るい内にうろうろしているのだから元よりたいした決断ではないが、穴にこもった生活にはない緊張感はなかなかのものだ。仕事でいつも緊張しているから緊張を求めるはずはないのに、何をしているのだろうと自問自答することもある。

バスで大三島の大山祇神社を目指す。一旦、三浦港へ出て、別の路線に乗り換えねばならない。と、突然、参道入り口というアナウンスが耳に引っかかった。慌てて聞くと、10分ほど歩くが大山祇神社に出ると言うから勿論
降りる。地元のおじいちゃんの話では日本三大神社の一つで戦前は皇族方のお参りもあり、随分栄えたとのことだったが、参道に人影はない。並みではない荒廃ぶりが目につく。崩れかかった家も多い。いくさの神様だったらしいから戦争に負けたことが即信仰を失うことにつながったのだろう。栄枯盛衰は人間だけのことではないのね。

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神社に観光バスが横付けされ修学旅行生とおばさんたちで賑やかになったと思ったら、一瞬で静寂を取り戻した。大きな美しい神社。白い砂が清々しい。この神社の神様、山積神は木花咲耶姫(このはなさくひめ)の父だと言うから神話の世界だ。乎知命(おちのみこと)の御手植という巨大な楠が鎮座している。樹齢2600年。空気が違う。恐ろしく古く、恐ろしく大きく、生命力に満ちている。

P1020666奥の院があるはずなのだが案内がない。うろうろと横の道を上に上がってみると小さなお社はあったが、見つからない。巨大な楠の下をくぐっていくらしいのだが…。道行く人に聞いてみるが分からないという。仕方ない。お正月に買いそびれた家内安全のお札を求めただけで特急バスでひとまず大三島バスストップへ。そこから別の高速バスで福山にでることに。

バスストップで思わずウソでしょと声を上げた。時刻表を読み違えた。バスは当分来そうもない。降りたのも一人なら、待つのも一人。高速道路を降りたサークルの中、周囲にはお店も自販機もない。蜘蛛の巣の張った、床にゴミが散乱する小さな小屋があるだけ。ここで1時間弱待つ羽目に。ゴミを捨てた不心得者に腹を立てても、まあ、風があるので小屋があってくれて良かった。晴れて暖か。喉が渇いている。私には天からの贈り物、伊予柑がある。大きく、みずみずしくお腹いっぱい。読みかけの佳境に入りつつある本もある。トイレは、ばっちかった。扉は壊れていた。でも見渡す限り誰もいない。旅に出ると強くなるねえ。[修行の成果だ…。]

P1020704しまなみ海道を通って福山。駅近くの国際聚蔵館へ。小さな私設美術館だけれどお勧め。藍染めの布団や祝着が並んでいる。珍しい螺鈿の箪笥も。3階に精巧な大正辺りと思われる、柄杓の上に蛙やトカゲを設えた細工物が素晴らしい。1階の喫茶で飲み物を頼むと入場料が安くなりますw。P1020706

福山城址、福山美術館をぶらぶら見学して新幹線で帰宅。福山で満席で1時間ずらしてそれも通路側しかもうないという混雑ぶりで、なぜ、失礼だが、こういうローカルな場所で満席か不思議だったのだが、乗車してすぐ、混雑して申し訳ないのアナウンスが。自由席はかなりの混雑ぶりだったようだ。車内は国際色豊かというか日本人の方が少ないくらい。途中から乗車してきた隣席の女性が首から通訳という札をぶら下げていて聞くと8人のフランス人を案内して安藤忠雄建築を回っているという。数年前に直島に行ったときもフランス人がやたら多かったのだが直島を目指す人たちは今後も増えるのだろうなあ。

新大阪でひかりに乗り換えたら、ますます外国人比率が上がり、日本人は圧倒的な少数派になってしまった。海外用のお得な鉄道パスがもしかしたら、のぞみは乗れない設定になっているのかも知れない。外国人旅行者が増えているのは知っていたがこれほどまでとは。早めに予約しなければ座席が取れない時代がすぐ近くに来ているのかも。

写真はクリックすると大きくなります。20479歩

P1020589巨大なキングサイズのベッドで早朝に目が覚めた。せっかくの豪勢な部屋のゆったりしたベッドであっても隅っこに転がっているのだから巨大なシーツの洗濯代がもったいないと思う、私は貧乏性♪。

列車にタッチの差で乗り遅れたり、今治駅から道を教えてくれた人が間違っていたり、ホテルにルームサービスの案内がなくコース料理しか見あたらなかったり、仕方なく食事を求めて嵐の中に飛び出したらたちまち居酒屋にぶつかり、結局、目の前の板さんをからかいつつ、各種焼き鳥などをつまみに気持ちよく飲んでしまった終わりよければすべてよしの夜も明けた旅の最終日。ところで鶏肉も名物だったのね。美味しかった。

ホテルの露天風呂に気持ち良く浸かったと言いたいところだが、強風がゴーゴー鳴るほど吹き抜け長くはいられない。お遍路さんのバスツアーという大阪のおばちゃんたちの大群と夜も朝一番のお風呂でも一緒になり、風に負けじと、声を張り上げ、ひとしきりおしゃべりの花が咲く。お遍路さんというのは、結局、哲学的な命題に後押しされてでも、宗教的な意欲でもなく、誰かの冥福を祈るということよりも、物見遊山が多いのだろうか。ぐだぐだ言ってる私と一緒だw。

前夜よりも風が強いようだ。早朝の船に乗るのに、またしても泣くのか。部屋の窓から山並みの上を黒い雲が勢い良く次々に通って行くのを見ていたら、目の前に小さな虹の破片が現れた。と、するすると4分の1ほどの大きさに伸びていった。吉兆か?空が少し明るくなったような気がする。相変わらず、天気予報では強風、雷、雹に注意となっている。高松初日に短時間程度濡れただけでこれまでほぼ無傷で回れたがまだ運は味方なのだろうか。
P1020596

私の経験では台風以外は欠航しませんよとのフロントの言葉を信用することに。キャリーバッグを自宅に発送、スカーフ、本、傘を入れた袋のみと身軽になって桟橋に急いだ。場所は前夜チェックインの時に地図に印を付けて貰っている。発送等で少々予定より遅れてしまい、またしても小走りだ。風は強いが雨は上がった。雲足は早い。
 
P1020600ホテルを出て左にまっすぐしばらく歩くと広い道路に出た。地図によるとそのまま直進して2本ほど先の道路を右に曲がるとちょうど、宗方港行きの客船が出る桟橋に着くはずだが、気持ちよさそうな道なのでそこで右に曲がりどんどんどんどん歩いていくと、海上交番とかそんな風な名前の交番に突き当たった。

       →船の窓ガラスに波が激しくぶつかる

急いではいるが、好奇心が勝った。これって普通の交番も兼ねているのだろうか。道を確認してみる。私が向かうべき桟橋は、フロントが地図で教えてくれた港の左端ではなく、右端、道を数本ほど通り過ぎたところにあることが判明。港に近いのもこのホテルを選んだ理由の一つだったのに、歩くと遠いですよと言われ、首をひねったのだが。でも、どうしてこうなるのだろう。朝っぱらからまたしても必死で走り出す。声を大にする。走りたい訳じゃないのに。5分前に走り込んだ。

P1020605天気晴朗なれど、波高し。今回の旅のようだ。小さな客船は大揺れに揺れた。右に傾き、左に傾き、前のめりになり、後ろに反り返る。遊園地のウォータースライドみたいだ。秋に八景島で水をかぶってずぶ濡れになったが、船の中ではずぶ濡れにならないのが嬉しい。船の揺れと共に両足がピョンと激しく空中に跳ね上がり、ドンと落ちる。面白い。遊んでいると大学生らしい男の子に笑われてしまった。遊べるときには遊ぼうぜ。

大三島の宗方港に着いたら、次の便の欠航を知らせる紙が貼ってあった。セーフ!台風以外欠航したことないって、なんやねん。でもついてるから許すw。

バスで1駅の宗方から岩田健母と子のミュージアムに向かう。徒歩10分とあるが限りなく遠い誰もいない道。山の上には黒い雲が不穏な感じで覗いている。シッシ。引き返したくなった頃ようやくミュージアムが現れた。開館前だが隙間から彫刻が並んでいるのが見える。勿論覗く。廃校が宿舎として使われていて見たかったのだが、P1020609こちらは人の気配が濃厚。しまなみ海道を自転車で渡る人たちが泊まっているのだろう。バスの都合でこういう時間に覗くしかなかったのだ。車でも自転車でもない、空を飛ぶことも出来ない人間は時刻表を握りしめ、複雑に入り組んだ3系列の、でも数少ないバスの便数にあわせて歩くしかない。バス停にとんぼ返りだ。

せっせと歩いていると道路に伊予柑が転がっている。強風に煽られて道路脇の果樹園から転がってきたらしい。ありがたく頂戴する。自販機も店も期待できない旅では貴重品だ。ホテルの冷蔵庫に飲み物を忘れてきてしまい、水分補給は運任せだったのだ。ついてるねえ。

ところミュージアム大三島で降りる。まだ9時前で開いてない。まず急な坂道を下ったところにある伊藤豊雄建築ミュージアムに。

日本一美しい島・大三島を作ろうプロジェクトを開催中とのこと。不便な場所なのでどれほどの人が来るのだろうか。このミュージアムからの眺めは確かに抜群だ。この建物の下にもう一つかまぼこ形の建物が見えた。かなりの高低差に見える。受付の女性に坂が大変か、下は何を展示しているのかを聞くと、資料室だという。食指が動かないまま、帰りの登りを恐れながら、成り行き上、坂を下っていった。

P1020636本体よりもこちらの方が私は好きだ。ガレージのようにも見える建物の吹き抜けから瀬戸内海が一望できる。その隣の資料室とがとても良かった。伊藤豊雄の自宅を模して、少しスケールを小さくして、作ったのだという。こういう家に住んでいるということ自体驚きだが、素敵だ。あくまで明るく、でも居心地がよい。

←伊藤豊雄建物ミュージアム
→資料室内部
P1020635
そして今回、大三島を目指した一番の理由、ところミュージアム大三島は、がっかりだった。収蔵された作品自体が私の好みには合っていなかったようだ。

みんなが絶賛する、瀬戸内海を見晴らすはずの建物突き当たりの一面のガラスには、強風のためシャッターが下ろされ、ギーコギーコ耳障りな音を立てており、2羽の雀が高い天井を途方に暮れて行きつ戻りつしていた。バスは当分来ない。外階段を降りては中に入る構造で、一番下のテラスに出てみたが、強い風が吹くばかり。セルフサービスで無料だというコーヒーを飲むが、インスタントで美味しくない(マッタク、贅沢なバカです)。寒い。だあれも来ない。だあれもいない。仕方なく外に出てみるが吹きさらしの中で数十分も待つ気になれず、中に戻り、そうだ、トイレに行こう。

P1020647便器の底には、半分透明になった、バッタか、キリギリスのような物体が沈んでいた。不気味な風ときしるシャッターの音しかしない世界に、予期せぬ物体。一瞬、パニックになり、そうだ、と勇気を振り絞り、水を流す。流れない。受付の女性に声をかけると、面倒くさいをお面にしたような不機嫌な顔でノソノソやってきて、水を黙って流して黙って去っていった。何度か流せば良かったのね。一気に意気阻喪する。P1020648

(何かに熱中している最中を単に邪魔をしてしまっただけなのだろうが、多分笑うと美人なのだろうが、日本一の美しい島になるまでには多少の努力が必要そうだ)

続く

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