あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

2015年06月

ようやく元気が戻って来たようだ。

P1020731先週半ば三井記念美術館で「春信一番、写楽二番」というフィラデルフィア美術館の浮世絵の名品を拝見したのだが、これは南の島の娘からヌカグという網戸もすり抜ける小さな虫に刺されていよいよ大変なことになったとSOSが入り、米国で発売されている虫除け剤が効果があると聞いて帰国予定の下の妹に緊急依頼、帰国翌日に妹宅まで取りに行きそのついでに日本橋まで足を伸ばしたもの。

まだ本調子ではなく、歩数は8000歩弱だったのに疲れ果てて一箇所で白旗を上げよろよろ帰宅したのだったが、この展覧会、写楽がテーマだが、入り口付近に展示されていた所蔵の工芸品が素晴らしく、お得感満載だったw。珍しい自在物や安藤録山の象牙の置物が展示されている。

近年、海外からの里帰り展示がちょくちょくあるが、多分あまり展示されずしまわれているせいではないかと思うのだが、保存状態が良い物が多く、色もきれいなので是非。で、北斎様大好きな私としては10点ほどだが、勿論洒脱で他とは一線を画する作品が見られて満足だった。(シナモンフルーツトーストを千疋屋で頼んだら信じられないほど厚みのあるトーストで真ん中だけ食べ散らすという幼児さながらの恐るべきバッチイ醜態を晒してしまった。勿論美味しかったが頼む人はご用心。)

金曜日には朝倉彫塑館と東京ステーションギャラリーの鴨居玲展

朝倉彫塑館は日暮里から歩いて5分程度の古い洋館で、建物好き、家具好きな人にぴったり。つまり、私にぴったりw。ただ、壁すらも触ってはならないとのことで、家具や猫や犬の彫刻を触りたくてうずうずした。勿論、お利口に触りませんでしたよ、私は。でも犬の背中やお尻がぴかぴか光っているので、触る人は多いのだろう。外観は洋館だが、アトリエや書斎部分を除くと和室。面白い入り組んだ建物だ。増築を繰り返した結果、こういう不思議な形状ができあがったらしい。和室から外階段を上って屋上に登ると巨大なオリーブの木があるなど、建物は自由奔放だが、天井、調度他には、随分凝った材料が使われている。堅いんだか、柔らかいんだか…。アトリエのテーブルは2つに別れ座卓としても使用可能など、細かな部分も面白い。

庭も大きくはないのだが水の流れと音が効果的で良いお庭だ。残念ながら窓辺に座って拝見したかったのだが、おばさんたちが座り込んで窓の桟に寄りかかり(あーあ、知らんぞ)長々と介護の話やお嫁さんの話に夢中で、独占中。諦めた。壁さえ触れてはいけないと注意書きが至る所にあるほどの文化財なのに自宅のような寛ぎぶりはいただけませんなあ。1組だけではなく、数組を発見。畳みで窓辺で寄りかかれるところを見るとついおばさんの習性で座り込みおしゃべりに花が咲いてしまうのだろうか。

P1020741この後近くのショコラーテなんたらへ回ってチョコレートケーキとカフェオレを注文したところで遅くなるはずの妹からメール。家を出ると言うから慌ててキャンセル。ホットチョコレートに代えて急いで飲んで、集合場所の東京駅に急行。美味しかったから次回はゆっくりチョコレートケーキを食べようっと。

鴨居玲は数年前に横浜の多分、回顧展で衝撃を受けた画家だ。前回は小規模だったが今回はかなり充実している。息苦しくなるし、切なくなる。生きるって何だろう。もがき続けた一生だったような、自分に真面目すぎた人なのかも。

いい男だ。背も高く彫りが深く、誰もが認めるいい男で、貧困や障害に苦しんだわけでもない、絵が上手い。なのに苦しむのは芸術家の業としかいいようがない。自画像は空っぽの顔。彼には自分の顔が醜い空っぽになぜ見えたのだろう。自分がなぜそんなに嫌いだったのだろう。嫌いなのになぜ多くの自画像を描いたのだろう。

東京駅のこのギャラリー自体も見る価値がある。特に階段部分でよく分かる。黒く焦げた芯が所々露出しているのだ。この部分は、3階が焼け落ち、2階部分までを修復したとのことで(通りかかったJRの職員の方が説明して下さった)、1,2階はすべて元のままだとのこと。煉瓦等、すべてやり直して、記憶のために所々、焼けた煉瓦や木材を配置したのかと思ったらそうではなかった。昔は木の煉瓦を使用していたとのことなので炭のような状態のまま残ったのだろう。P1020742

この後、娘も合流し、、二人が焼酎だのワインだのを美味しそうに飲み干すのを横目に、まだ体調が優れない私はアルコールを諦め、軽くサングリア1杯を舐めたのだった。

続いて週末は、母を施設から連れ出し、帰国中の下の妹、真ん中の妹も長野から上京して食事、その後カラオケw。タンバリンを打ち鳴らし、ピーナッツの歌で歌い、踊り、騒ぎまくる。妹二人はアルコール入り、私は素面でw。ギャッ。母が歌えたのが嬉しい。

続いて下の妹のお供をしてお姑さんの施設を表敬訪問。借りてきた猫状態に猫をかぶって二人でおしとやかにホホホと笑うw。

またしても二人のほぼ中間点、東京駅方面に向かい、ようやく日本酒少々にありつく。酒も肴も旨い。飲み足りないが、お代わりは止めときなさいよと諫められ、大人しく従う。ほろ酔い一歩手前だったが、ご機嫌な夜だった。

写真はクリックすると大きくなります。

P1020007小雨の降る公園をゆっくり散歩した。

日曜日。いつもなら前後左右を一心不乱に走る群れが追い抜いていくのに今日は誰もいない。

いつのまにか緑が深い。

森の中から声を限りにわめいている少々低音の雛の声がする。
首を伸ばして見上げると丈高いヒマラヤスギの上の方に巣が見える。多数の木の枝を組み上げたごつごつした大きな巣だ。

オオタカの巣かな。小鳥の雛であればこんな遠慮のないごつい声は出さないだろう。

見上げていると雨の中、傘も差さずにぶらぶらとやってきた中年のカップルも立ち止まって見上げた。

無言なんだけど穏やかな眼差しを交わし、ゆっくりと遠ざかっていった。

ちっ。

NEC_0802時に思い知らされる。私には、長い時間を、歴史を誰かと共有するようなことはもうないのだと。

一人で満足しているんだけど、一人で良かったと思うんだけど、時間が熟成するものには適わないや。

さて、今晩は何を食べようかな。冷凍のロブスターがあったな。よし、一人で丸囓りだw。


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ケチだから、一人でロブスター丸囓りはやめて、エビの冷製パスタに路線変更w。

アボカド、エビ、トマトにレシピにはないブラックオリーブ多数とバジルソース、バルサミコを追加。

美味しゅうございましたw。

朝、目が覚めて時計を見た。4時50分。

10日間近い夢のような日々が終わったらしい。ひたすら眠く、昼寝し、早寝し、でも目が覚めたら7時過ぎという呆れた怠惰な、でも素敵な日々からようやく目が覚める日が来たのかも。

食欲もなく、よろよろするので、外にもほとんど出ず、本を読み、疲れて眠り、起きてまた本を読む。他には何もしない。こんな日々は小学生以来だったかも知れない。食べるイメージが湧かないので料理すらできず、キュウリを囓り、トマトを囓り、パンを囓り、ジーンズがゆるゆるになった。お腹のたるみもなくなった。不健康な痩せ方だけど、何も食べたくないからしょうがない。

薬の副作用が出たために薬を3種減らしたのに、肩の石灰化という激痛で多分、かなり強い注射をしかも恐らく大量に注射したことで、肩の痛みは治まったのだが、その後右腕、左腕、首の横と痛みが移り、奥歯の腫れと痛みは完治したが、その後喉の痛みも咳もないのに8度ほどの発熱、続いて3,4日の間、7度少々の熱に悩まされ、次いでお腹の痛み、頭痛、目の痛みが続き、耳鳴りまで生じたのかもしれないと今になって思う。

この耳鳴りが一番気持ち悪かったのだが、自分の声が鼓膜の中からダブって大きく聞こえ、呼吸音まで聞こえるようになった。これは半日くらいで収まったのでホッとしたが、こんな耳鳴りもあるのだね。頭をぐっと下げて鬱血するほどになれば一旦は収まる。これを数度繰り返し、どうしようもないので昼寝したら治った。

数日前からは腕、足がぱあっとまだらに鮮やかに赤くなるという症状がでた。熱いお風呂に入ったり、冷たい風に当たったときに一時的に出るようなもので、あーあ、今度はまだら女になったと騒いでいたら、今日になってこれも収まった。

アメリカの妹に症状を訴えていたら、彼女も肩が石灰化し、ステロイドを注射した後1ヶ月くらい体調を崩したというから、多分、そうだったのだろう。

ともあれ、指が痛くキーが打てないので仕事も断り、ひたすら怠惰な日々を過ごしていたら、この間まで頭が重いとか目が痛いとか感ずることのない日々ってもう二度と来ないのだろうかとぼんやり考えていたのが、きれいに頭痛も目の痛みも消えた。

必要があればいくらでも眠れる、つまり、夜中に起きたり、早朝に起きるのは眠る必要がないからだと悟ったのは収穫だった。腕も足もなんだかしっとりしていて細胞が新しくなったような気がする。

何十年ぶりかのオーバーホール完了かな。

娘に頭痛も消えた、気分が良くなったと言ったら仕事はと聞かれ、ないと答えたら、それが答えだと言いよった。

まだ眠い。指もまだ少し痛い。まだ仕事はするなってことなのね。きっと。娘や、仕事できないから、食べ物持ってきてw。

素読、乱読失礼
一瞬の風になれ 佐藤多佳子 1巻、2巻、3巻  なんと2回連続で読んでしまった!
木檜荘物語 三浦しをん
星間商事株式会社社史編纂室 三浦しをん
まほろ駅前番外地 三浦しをん
まほろ駅前多田便利軒 三浦しをん
船を編む 三浦しをん 
ガン病棟のピーターラビット 中島梓
棒を振る人生 佐渡裕 
手強い頭脳 (アメリカン弁護士の思考法)コリン・P.A.ジョーンズ 
老い力 佐藤愛子
ビブリア古書堂の事件手帳 三上延 1、2、3 [本のうんちくが面白い]
号泣する準備はできていた 江国香織
想いの軌跡 塩野七生





P1010223ここのところ「ついてない」と「不調」が押し寄せていた。

数ヶ月前に左足に鮮やかなシミが現れた。鮮血の色で色が褪せない。むむむとは思ったが、長く生きているといろんなことがあるのかもと無視することにしていたら、先月、起き抜けから足の甲が痛い。腫れている。子細にシミを調べるとどう考えても血管から漏れているとしか考えられないし、両足の甲に加え、右足首の上が瘤のように膨らんでいる。左足は脛の辺りが膨らんでいる。なんと面妖な!

直ちに捜査を開始したw。5種類の薬を飲んでいるので副作用をチェックする。血液さらさらとコレステロール抑制の薬がどうも怪しい。このコレステロール薬は3割保険負担で毎回1万円を超える高額商品だ。医者に飲んでも効果がないし飲む必要はないのではと前回も訴えたが、もう少し飲んでみて下さいと言われた代物だ。この怪しい薬2種と胃薬1種の計3種の服用を止めた。翌日からむくみだか腫れだかが消え、シミの色変化した。

掃除機が壊れた。というか吸い込みが弱くなった。ナショナルブランドの二十数年使ったアンティークだ。この間、娘たちが学業を終えてそれぞれが持ち帰った掃除機や購入した掃除機もあったのだが、結局、これが生き残った。パナツヨシ。

その翌日に、最初の!震度4の地震。小物が棚から落ちただけだったのでやれやれだったのだが、観音開きの食器棚を開けたら、リキュールグラスが扉に寄りかかっていたらしい。落ちて飛び散った。

掃除機が使えないので手で拾い、キッチンペーパーを濡らしてちゃんと始末した。
始末したつもりが、どこからやってきたのか破片で足の裏を切った。たいしたことはなかったがこれで右手と右足が不調。

とにかく掃除機を買おうとネットで調べるがやっぱりこういう物は自分で手に持ち、試してから買いたい。こういうときに限って仕事が忙しい。

そこに第2の震度4の地震。馬鹿なことには別の戸棚を何の気なしに開け、今度はデミタスのカップが転げ落ち、欠けてしまった。可愛かったのに…。

一連の騒動で、どうやら奥歯を噛みしめていたらしく左の奥歯が腫れて痛む。いよいよ覚悟を決めて歯医者に電話したら出ない。定休日だった。考えてみると薬で副作用を起こしていた上に右肩は石灰化とかで注射をしたのだから、歯医者でこれ以上治療を加えて体に負担をかけるのは拙いだろう。丁度良い。自分で治してみることにした。

まず、10時と3時のおやつを止めた。三食以外は飲み物も水だけにし、頻繁に強くぶくぶくを繰り返し、右側だけで噛むようにした。腫れたのは炎症を起こしているからだし、なぜ炎症を起こしたかというとそこに食べかすが入ったからだ。清潔一番。数日間頑張ったら治った。おまけに少し痩せた。

ようやく出かける気力が回復し、循環器の医者に3種類の薬を止めたことを伝えたら、まずそもそもそれが必要かどうかを考えようと言い出した。前回私が言ったでしょ、と心の声。最新の学説によると…、それも私が言ったでしょ、で結局、私の判断にぺたりとお墨付きを貰い、薬局では、今まで診察と薬で1回2万円近くかかっていたのが6千円で済んだ。やったね。

その足でデパートと量販店を回り、気分が良いものだから久しぶりに大人買いで、掃除機その他を買い込んだ。店員が掃除機に5年補償を付けますかと聞くから、パナは壊れないから要らないというと、そうなんですよね壊れないですねと彼も同意。少し高めだけど、これが信用力だね。これも10年ほど頑張ってくれるだろうか。20年だと私の形見になるな。

翌日、配達と引き取りに来た人に、吸い込みが悪くなっているけどフィルターの目詰まりのような気がするから、馬力もあるし使いやすかったからどなたか使ってくれたら嬉しいと一応磨いた掃除機を託してみた。喜んで持っていってくれた。うまくすると第二の掃除機人生を送れるかも…。

ついてないの塊がようやくいなくなりつつあるような気配がする。

気がついたときには左手を使うようにしている。父が脳梗塞で右半身が不自由になったことで自分が脳梗塞になるリスクを意識しだしてからだ。左手がある程度使えていれば、パニックにならずに済むし、左脳の一部が梗塞でダメージを受けたとしても、右脳も多少訓練していれば代わりに働くようになるだろうという深慮遠謀、心配性、おまけにA型人間らしい思考からだ。

時々左手で箸を使っていたし、歯磨きは必ず右手と左手で交互に磨いていたし、部屋の隅に置いたゴミ箱目がけて紙くずを投げるのは左手の役目にしていたw。

3週間ほど前、右手の調子がおかしくなった。曲げたり、捻ったりしたら鋭い痛みが走るようになった。職業病の腱鞘炎を絶えず起こしているので、場所がいつもと少し違うようだが、忙しかったのでタイガーバームとサロンパスで乗り切りつつあると思っていたのだが…。

土曜日に息子一家がやってきた。親がいなければ勝手に膝に乗ってくるくせに、親がいるところではハグも嫌がる2歳児をおもしろがって追いかけ回し、抱き上げてハグハグとスリスリをして開放したら、頭を下げ、肩を落として母親のところにすごすごと慰めて貰いに行く様子が、あの人にやられてしまったと全身でアピールしていておかしく笑っていたら、天罰覿面、重い物を持ち上げたためだろう、腕の調子が一段とおかしくなった。

日曜日、娘と母のところに行き、帰りにタマネギ一袋、バナナ一房その他を買って肩にかけて帰ってきたら、ドカーン、腕が異常に重いと感じ、そのうちズキズキ痛み出し、全く動かせなくなってしまった。

左手を訓練していて良かったと思ったのだが、手って2本あるからスムーズなんですよね、なんせ痛くて右手の協力が得られない状態では、蓋も開けられない、洗い物をすることも出来ない。

その日の夕飯は、冷蔵庫にあったお豆腐半パックに鰹節をかけた物、前日の残りのイカの酢味噌和え、そしてキウイ。これだけで力尽きたのだ。冷凍食品は冷凍庫に満杯だし、材料もあるのだが、開けられない、洗えない。

仕事が多少残っていたのを左手一本で何とか片付けたけど、マウスのクリックに戸惑い、時間がかかることおびただしい。勿論、痛みは激痛。

上の娘に左手でメールして、右手が使えなくなったとメールしたら、「脳梗塞だ、早く、救急へ」と返事。違うとメールすると、一家で旅行中で電池がないから緊急以外連絡するなだと。それなのに、続いて、「卓球した?…」などとメールが。続けて、「誰か殴った?…」電池がないんじゃなかったの?まったく。なんて奴だ。振動を与えて欲しくないときにこの子は…。笑いを必死にかみ殺す。

翌日訪れた近所の整形病院の診断はどうやら石灰が肩に溜まったらしいとのことだった。レントゲンに石灰の影も写ってなかったが症状から判断とのことで、確かに肩を押すと非常にいたい。筋とか筋肉じゃなかったのね。非常に痛い注射を肩に受け、肩を落としての帰り道、近所の薬局に立ち寄ったら店主が湿布だけの処方箋を見て、どうもあそこはね、と顔を赤くして笑いながら、良い整形病院とやらを紹介してくれた。で、医者が処方したメーカーの湿布薬がないから、これで良いよねと在庫の残りだという別の種類のを出してきた。

でも注射の威力は絶大で、今日はもうちゃんと両手で打てるまでになった。近所の医者に行くときは、ここは無医村に比べればいるだけマシ。といつもつぶやいて行く。今度からは薬が手に入るだけマシだというのも追加しよう。

右手を使うときには左手が、左手の時には右手がサポートしているから上手くいくのだということがよ〜く分かったから、両手に感謝を捧げよう、今度からちゃんとクリームを多めにすり込もうと、関係ないけど決心したのだった。

おまけ。下の娘からちゃんと良くなってからという但し書きつきで限定版のビール1缶と、梅酒の梅、杏酒の杏を大量に貰ったので収支はプラスかもw。

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