あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

2016年01月

img11bsf5757_1[1]馬力も根性もなくなったこの頃。
仕事が一段落したら遊びにすっ飛んで行っていたのに最近は面倒くさくて家でゴロゴロしている、こりゃアカンと思い返せば、まだ1月が終わっていない。

最近、年月というモノは自由自在に長さを変える妖怪のようになっている。1日が例えようもなく短かったり、長かったり、振り向けばもう遙か彼方だと思えたものがまだ1ヶ月経っていなかったり。

で、1月初めに娘一家が大騒動の末帰ってしまい、同じ頃、年を越して抱えていた仕事も納品し、やれやれとぼんやり家で静養していたつもりだったが、出不精の私としてはw結構、出かけていた。1月初めなんてもう遠い記憶の彼方に霞んでいるのだがメモしておこうっと。

パナソニックの汐留ミュージアムに「キュー王立植物園所蔵 イングリッシュ・ガーデン 英国に集う花々」(題名が長いw)下の娘と。
10年超の昔に上の娘と英国旅行をしたことがあり、下の娘が花が大好きなので、あわよくばこの子も英国に一緒に行こうと言いださないかしらという下心ありありで向かった。キュー王立植物園、行きたいのだが、これまでどうもそのチャンスがない。良く似た形状のグラスゴーの巨大な温室も時間が合わずに2度も前を通ったのに入れなかったことも心が残る一因だ。精密な水彩画などと共にモリスのパターンもいくつか展示されていて、昨年旅行先で無くした、大英博物館で購入した大事な英国旅行の思い出の傘を思い出した。おーい、行こうぜ、と虚空に吠えるw。
娘の仰せに従いw、スカイツリーが目前に見える両国だか蔵前だか(もう忘れてる)で食事して、上野東照宮に回って新たに神社用の御朱印状を購入。寺院と端劼箸任亙未僕儖佞靴覆てはいけないのだと。物入りだ。

松濤美術館で「最初の人間国宝 石黒宗麿のすべて」(1月31日まで)これは良かった。入館料と内容は比例しないという良い例だw。まず建物が面白い。設計は白井晃一。外壁のごつごつした感じも好ましいし、真ん中に丸い吹き抜けがあり、噴水、そして空中にアーチがかかっている。石黒氏の作品は多分、初めてだが実に多彩で変遷の様子もよく分かる優れた展示だった。初期の中国風の物から濱田庄司風の物、ピカソ等欧米の洗礼を受けた物。そして非常に美しい東京国立近代美術館所蔵の柿文壺としんみりする京都国立近代美術館所蔵の柿文壺(こちらは晩秋の銘あり)が2つ並んでいたがこれはなかなかお目にかかれないだろう。その側に飾ってあった個人蔵の小さな盃から目が離せなくなった。欲しいなあ。宝くじ当たらないかしら。

近くの戸栗美術館で鍋島焼展をしていたので回る。松濤の辺りはお屋敷街であれがよいとかいやこちらだと同行のK子が興奮する。私は小さな家が良い。家が大きいと掃除が大変、物置部屋が増えるだけ、第一動くのが面倒だ。どこまで無精なのか、自分で呆れる。以前、大河内山まで鍋島を見に行ったくらいなので嬉しい展覧会なのだが、昔、出光美術館が鍋島を取り上げたときに出展されていた青磁に桜と、青磁に桃の尺物に再開したいと願っていたのだが無理だった。どっと疲れて二人で座り込み、文化村近くのガレットの店を訪れたら休み。すぐ側にあるイギリス料理の店に、えー、美味しいの?といいつつ入ったら美味しいイタリアンだったw。

先週は、友人の展覧会に2度もお邪魔してしまった。
銀座は混むから敬遠していたのだが、新橋に近いところだったのでちゃんと歩けたw。綺麗な絵なのだがなぜか心に引っかかり、何が問題なのだろうと思いつつ、彼女の絵があるというもう一つの画廊に。その画廊は移転するのでその記念にとそれまでに関わりのあった芸術家200名以上にそれぞれ葉書大の絵を描いて貰ったという面白い趣向の展覧会を開いていた。200枚を超える多数の絵があるというのに、探すまでもなく入り口を入ってすぐに私を呼ぶ絵があった。彼女の絵だった。青空をバックに緑の山、手前には黄色の花盛り。幸せな気分が一杯の素敵な絵だった。貧乏人の癖に欲しいと思いましたよ。残念ながらもう売れていたし、問い合わせたけどそのサイズの別の絵はなかったから財布は泣かずに済んだけどw。

で、その前に見た展覧会で私は彼女の絵の何に引っかかったのか、何を見なかったのか、非常に気になってしまい、1日あけてまた訪問。我ながらしつこいねえ。彼女もきっとげんなりしたのではないかと思う。どうも原因は飾ってある配置や人が大勢詰めかけていたことだったようだ。以前、オルセー美術館でルソーの大作を見たとき、ふーんとしか感じなかったのが次に国立美術館でのオルセー展で見た時にはドキドキしたというのと同じかも知れない。絵って微妙なのね。

彼女のおかげで久しぶりに2日間にわたっていくつもの画廊や骨董店を回って楽しむことができた。ありがとう。

写真は松濤美術館のホームページから。

P1000514以前も取り立てて好きなわけではなかったが、十二分に慣れ親しみ、手入れすることも顧みることもなかった我が顔。なのに昨年だったか、一昨年だったか、鏡の中の急変した見知らぬ顔にギョッとして以来、はなはだ嫌になっていた、でもどうすることも出来ない顔。

娘に言わせると、今更何よ、ずっとそんな顔よと言われたのだが、納得いかず、こんな皺が突如出現するなんて、スッピンだったのも自然に年相応に老けていきたかったからなのに、老け過ぎじゃないかと自分自身に騙されたような気分だったのだが…。

母が9度7分の高熱を出した。朝、施設から入院することになるかも知れない、その時には付き添っていただきますとの電話があった。92歳の母である。壊れ易い要注意の赤札付きだ。

どうも私の周辺はうまく段取りが回っていて、どなた様の采配か、ロープの上を渡っているのに落ちない人生なのだが、ここしばらく暇な日が続いていた。そうだったのか、これに対応するためだったのか。気分は一気に奈落の底。そこに仕事の電話。ああまたドタバタするのだろうか。

娘に入院するかも知れない。どうしようと電話をすると、仕事の電話が来たんだから大丈夫に決まっているでしょうとのこと。確かに。今までの例ならそうなるよね。でも当分仕事はできない、どうしようと思っていると、先方から電話が来て、顧客の都合で少し待って下さい。納品も勿論延ばします。ほらね。

施設内に他に患者はいないが、インフルエンザに感染したかも知れないと二重のマスクを付けるよう指示され、母を見舞うと、ぐったりしていて、受け答えも出来ない。医師が常勤しているので点滴等の処置をすぐしてくれるのは安心だが、対応できるのは基本的なことだけ。いざというときの入院先などを打ち合わせる。夜遅くまで待機するが、抗生剤が効いて落ちついた。

インフルエンザではなかったし、原因不明のままだが、とりあえず一安心。

食べ物をやらないでくれと動物園並みの注意書きがホールやエレベーターに貼られているのだが、目を盗んで時々少しずつ母に差し入れている。食欲も落ちただろうとチョコを1粒渡したら、次はクッキーね、お腹が空くのよとのたまった。素晴らしい快復力だ。

そして、さなえは最近とてもいい顔になったね。優しくて柔和と、つい先日、リハビリがんばれとハッパをかけたら鬼みたいと呼んだばかりなのに、言ったのだ。お世辞を言っても沢山は上げません。でも不覚にも泣けてきた。我が儘でうるさくても良いからもう少し生きていてね。ははは、全く単純だねえ。

株主優待の期限が切れそうなので、2日連続で映画を見てきた。
池袋のシネ・リーブスというテアトル系の映画館だ。

もう記憶も定かではない昔からの株主なのだが、新宿高島屋の上にあった音響の素晴らしかった3Dシアターや銀座テアトル、という株購入理由だった映画館が閉鎖され、株主優待で初日は見られなくなり、本数も減り、株価は低迷という逆風が吹いている。そりゃそうだわな。でもこの長の年月、少々の配当と映画券で元を取った気でいるし、結構他所とは異なるラインナップだったりするので、今更手放す気も無し。

今回見に行ったのは、最多リクエストに応えたという音楽映画2本。「ブルース・ブラザーズ」と「バーレスク

ワクワク、興奮、高揚、やっぱり映画って、こうじゃなくちゃという見応えたっぷり、大満足の2本だった。

ブルース・ブラザーズは1981年日本公開、バーレスクの方は2010年公開。

古いけど、古くない。圧倒的な音楽の力、「ブルース・ブラザーズ」は漫画のようなカーチェースシーンも続出で、「オー・ブラザー!」のようなおかしな映画大好きな私の好みにぴったり。周りに人がいなければ飛び跳ねて踊りたかったw。聴いたような音楽だと思ったら、昔、上の娘が私が気に入りそうだとCDを買ってくれていたというおまけ付きw。

「バーレスク」も初っぱなから主人公、クリスティーナ・マリア・アギレラの歌唱力にノックアウトされた。細い、清純な若い女の子がいきなり繰り出す巧みさ、声量のすごさ、素晴らしいとしか言いようがない。古典的なクラブものだけど、映画らしい映画で堪能。

これら映画は2本とも時期限定で公開はもう終わってしまったが、またどこかの劇場で公開されることがあれば是非にとお勧めしたい。ほとんど観客は入っていなかったのでまあリバイバル上映は当分無理だろうけど、これを自宅で見るのはもったいない。音響の良い劇場で見られる機会があれば、是非。

この2本、1日交替で公開されていたのだが、男性グループが主人公の前者と、女性が主人公の後者、両方とも2日間で借金を返さなければ、それぞれ、孤児院、クラブが取られてしまうという基本線なのを両方を見終わってから気付いた。映画館の中の人、おしゃれね。

元旦からわずか10日間とかでシカゴでは100人に迫る人が撃たれたというニュースを目にした。これらの映画を見るとこういう荒々しい世界で生きていく大変さ、にもかかわらず元気で負けない人たち、も記憶に残った。

沈んでいる人、しばらく浮き世を忘れたい人、DVDを見て元気を取り戻して欲しい。

年末年始の勤勉さもどこへやら、仕事もなく、こういうときは…
自堕落にぼんやりゲーム。
で、自問する。
やるべきことはないの?

あるある…。山ほどある…。
1年間貯めた貯金ならぬ領収書の山の処理
元旦から溜めた新聞、雑誌の山
長年、引き出しの中に居座っている雑多な物の整理。
何より、流しの洗い物でしょ。

なのに、なぜこうやって腰が上がらないのか。
残飯整理をしすぎて重くなった。
立っても何を最初にするか決まらないから。
いやいや、何かこれには深遠な哲学的な命題が潜んでいるに違いない。

ため息一つ、目薬1滴、動きだすのはいつ?

素読、乱読失礼
人間にとって成熟とは何か 曾野綾子
イギリス式人生 黒岩徹
武士の家計簿 磯田道史 
色のない島へ オリヴァー ・サックス 
私の人生ア・ラ・カルト 岸恵子
混沌(カオス)ホテル コニー・ウィリス [あの息詰まるような緊張感あるオックスフォードシリーズの再来を望むとがっかり]
落葉隻語ことばのかたみ 多田富雄 
旅は私の人生 曾野綾子
ロング・ロング・アゴー  重松清
ダージリンは死を招く ローラ・チャイルズ
黄色い目の魚 佐藤多佳子
日本が嫌いな日本人へ 呉善花
一度も植民地になったことがない日本 デュラン・れい子

娘一家は遠くに帰っていき、遊び仲間の妹とダンナも米国に帰っていった。

阿鼻叫喚(アビカンキョウと言い間違えてしまったが、誰も突っ込まなかった。もはや死語なのかな。助かったがw)も遠くに去り、残飯整理もかなり進み、静かで平和で物足りない日常が戻って来た。

で、やりたくないことをやらない理由が見つけられなく、渋々、区役所に電話した。母のマイナンバーが届いていないのだ。

年末にも電話をかけ、区役所内をぐるぐる回ってマイナンバー専門の事務センターが出来ていることが分かった。ま、当然だよね。でもまだ戻っていない可能性があるから年明けに再度電話するようにとのことだった。

で、年末に聞いた電話番号に電話すること4回、話し中。嫌気が差して放置。これは昨日。

長期戦を覚悟して今日はお茶を用意し、腰を下ろして、出るまでかけるぞと意気込んだら、呼び出し音。おやまあ…すんなりつながった。

母は現在、いわゆる老健にいる(一騒ぎあったなあ)。ここは原則、リハビリをして自宅に戻すための施設というので最長3ヶ月と入所時に釘を刺されていたのだが、途中で入院騒ぎもあって、自動更新され、2013年の3月から3ヶ月どころかもうすぐ3年になろうという期間、お世話になっている。ここを出されたら路頭に迷う。有り難いことだ。

で、自宅を処分したとき、3ヶ月の短期入所なので、福祉事務所と相談の上、住民票は移さず、郵便局に転送届けを出している。ただし、区役所には介護関係の書類は隣の区の私の住所まで送ってもらうように手続きをしている。

同じく役所なのに、届けてあるのに、転送不要とのことで「ちゃんと」区役所に戻っていた。

母のマイナンバーを手にするには、母に委任状を書いて貰い、我が家から片道1時間ほどかかる区役所まで取りに行かねばならないとのこと。委任状は問題外だ。母には書けない。公文書偽造の罪を犯すのも気が進まない。近くに支所があるし、施設に入っているのだから施設なら怪しい個人の手に入るのではないのだから、支所か施設に回せないのかと聞いていると、男性職員が出てきた。

最初に出た女性がアルバイトでマイナンバーが戻っているかを調べるくらいしかできないのだろう。といっても親が施設に入っていて問い合わせる個人は多いと思えるのだが、最近はどうも…。

で、男性職員は私の説明を合いの手に笑いを交えながら聞いて、多少の時間がかかるが、マイナンバーを施設に転送する手続きの書類を私の自宅に送付してくれることになった。

書類に私を証明する書類、母を証明する書類を添付して返送すれば良いという。別にたいした手順ではないのに、なぜ最初に出た女性職員はいかにも大変そうに言ったのか、そちらに興味がある。書類を封筒に入れ、住所を書き、返送されてきたものを処理するのか、嫌だなあと思ったのかもねw。

昔の人は勤勉だったなあ、私はかなりの不精者だと思うのだが、私から見ても大変な不精者が増えてきているような。仕事なのに無精してどうするんだろう。知らなかったのなら不勉強が過ぎる。あと10年もすれば、日本人の特徴は勤勉、誠実などと言われなくなるのだろうか。

そして、私はますます意地悪婆さんと言われるようになるのかもw。

images[4]あけましておめでとうございます。

夜と年はいつかは明ける、有り難いですねえ。

ぎっくり腰(上の娘曰く、歩けるからきっくり腰)を抱えながらも、仕事の目処をようやく付け、大胆な手抜きに打って出た。お煮染めときんとんしか作らず、換気扇の掃除も、ガラス拭きも、カーテンの洗濯もできなかったのだが、これはこれで覚悟を決めればなんということないですねえ。ずるずると蛇の脱皮のような年越しは嫌だと思っていたのだが昨日の続きは今日、何ら変わりはないと言えば言えるわけで、しかし、こだわりは一旦外すと次の歯止めはどうなるのか少々怖い。

大晦日、散らかし屋集団が盛大に散らかした家の中を、何とか片付けようと悪戦苦闘をしている最中に、風邪で寝込む子が出現。咳がひどく、熱を出し、悲壮なか弱い声で食事もせずに泣き続ける。参った、参った。

元旦は息子一家、下の娘夫婦、上の娘と孫で神社にお参りし、その後我が家でお歳し取りをする段取りなのだがキャンセル。食欲もなくなり、手巻き寿司の予定を変更、娘が買ってきてくれたお弁当で済ませたのだが、この歳になって初めての大晦日のお弁当。実は悪くはなかった。楽しようとすれば楽できるのね。来年もこうなるのか、いやいや、勝って兜の緒を締めるのだ、って何に勝っているのだかw。

一夜開けた元旦の朝、子供の回復は早い。病気のはずの7歳児はお腹が空いたと朝から食べる食べる。心配するほど食べる。元気はつらつ。若いって凄い。

嵐の星の下に生まれたといった占い師が正しいことが毎年証明されるような人生だが、今年はどんなおかしなことが待っているのだろうか…。

本年もよろしくお願いします。

蛇足:上の娘が、どうせ、孫が来てうるさくて大変だったと書くのでしょう、朝のお節の騒動を書けばと言うので、エピソードを1つご披露。
トモゾーが痛いと騒ぐので見ると口から流血の事態。卵の殻が歯茎に突き刺さったのだ(剥いたのは私じゃない)。この子も私と同じ星の下に生まれたのかも知れない…。トモゾーに幸いあれ。

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