あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

2016年05月

P1030461さて、人生、上りも下りもあるうえに、石ころだらけ。少々寄り道をしましたが旅の続きを。考えてみればイギリス旅行もイタリア旅行も帰ってきてすぐに騒ぎが勃発、結局旅の途中でブログ記事は尻切れトンボ、そちらの続きはそのうちに。

さて、3日目。自宅にいるとぼーっとしている間に時間が勝手に通り過ぎてしまうのに旅先の時間はポタージュ並みの濃さだ。

前夜からどこが一番先に開くのかを検討、何せ地下鉄の交差する場所近くにいるので便利。だが不便もある。ホテル近くの改札ではパスが買えない。しょうがないからぐるりと遠回り、ようやく地下鉄フリーパスを購入。今日もうろつくぞ。

外は雨。日傘兼用の小さな傘だがま、良いかと出発。青蓮院門跡に開門の5分ほど前に到着。天然記念物の楠が5本あるのだ。早速門の前に2本発見。素晴らしい大きさだ。鼻息が荒くなるが触れられない。エネルギーを貰えないではないか。じっと見つめるw。P1030488

雨の早朝、観光客もいない。遠くから来た僧侶という男性と私の2人だけ。韓国人らしい2人連れがすぐに加わるがでも拝観者はごく少い。雨に濡れた若葉の緑が美しい。室内も一部を除き撮影可能なのだが、このカップル、事前調査が行き届いていたと見えてベストスポットを占拠、しばらく待ったが大型カメラを駆使して撮影を続けるので諦めて回った。ちなみにこの2人、ぐるりと拝見して戻ってもまだ写真を撮っていた!好きだねえ。もしかして商売かな。監視する人もおらず、障壁画も建物もこんなに無防備でよいのか心配になる。庭に出るがここにも誰もいない。坂道を上がってお庭を見渡すが誰も出てこない。こんなに素晴らしい美しいお庭をなのに独り占め。クーッついてる。雨で良かった。嬉しい。

P1030487ここでは、鐘をつくこともできる。1回だけだが。で、勿論、渾身の力を込めてついた。お辞儀も忘れなかったw。鐘は何時までも響く素晴らしい音色で、でもあまりに響くのでおかしいと鐘の下を覗くと、瓶が埋め込んであった。なるほど、水琴の仕掛けだね。

隣に菊の御紋のついた門を発見。入る。誰もいない。門衛さえいない。濡れた坂道をどんどん登ると御陵があった。第95代花園天皇の御陵だった。坂道だが、青蓮院門跡の屋根や樹木も見える。鬱蒼とした木々の間を登っていくと自分を反省するような空気が満ちてくるので−ちょっとだけね−ご挨拶をお勧め。

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P1030503そのまたお隣の知恩院へ。前日に遠くに見えた太陽光パネルを貼ったような巨大な屋根の正体がここだった。大規模修繕の真っ最中で、本堂全体を包んだ巨大な仮屋根(明かり取りのガラス付き)が出来ていた。で、渡り通路を渡っていくと、この工事の様子がよく見える所へ。ワーイ。組んだ鉄骨等が見える。写真を撮ったがもしや見とがめられるかと慌てたので何だかよく分からないかも。
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法隆寺の建て替えの際には屋根瓦1枚1000円の寄進をして下手くそな字でなにやら書いたので、ここでもと思ったがこちらは1枚1万円。そんなご無体な、というわけで素通りする。

雨はひどくなる。お腹はすく。大型のビニール傘を知恩院で購入(お寺の印なし。ちょっと期待したけど)、東山駅に戻る途中、青蓮院門跡の向かいにカフェらしき物を発見。素敵な装飾だ。なかなかのものが飾ってある。でも、たかが愛想のないピラフと不味いコーヒーで1600円(確かそれくらいだったような)。サラダくらい付けたらと、一瞬ムッとしたが、美術鑑賞代込みと思えば妥当かも。トイレに入ると英国の18世紀から19世紀くらいのボタニカルアート、壁にも絵が飾られ、家具類も素敵。奥は結婚式場らしかった。もっと骨董類を拝見したかったが断られる。残念。

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P1030353ご心配をおかけしました。旅の続きもまだですが、一応決着したのでご報告。

結局、約10日間で都内2つの区の老健のほぼすべてと個室ありの特養5箇所をまずウェブで調べ、電話で話をして下調べ、そして回って見学し、話を聞いてきた。

1万4千歩を越えた日が3日、残りは1万歩程度で、足が悲鳴を上げた。四国の歩きお遍路さんの旅行記によれば1日20キロとか25キロを歩いているので、私には歩き遍路は無理かも。やるとしたら途中で温泉に寄り道し、のんびり楽しみながら行くしかないと分かったのが収穫かな。

結局、最初に見学した自宅から徒歩でも行けるし、電車でもOKの一番近い、小規模な比較的新しい老健に決まった。といってもそのベッドにいまいる方が来月半ばに退所予定なのでそこに入っていただきますとなっているので、その方が退所しなくなると…どうなるのかねえ。

そこは最初行ったときに相談員が不在でざっと見学させて貰った所なのだが、2、3日後に相談員から電話があった。その時にはいくつかの老健を見学済みで、設備の良い所、暗い所、行きたい所、絶対嫌な所様々で、今母がいる老健があらゆる面で最高と判断、どうやってそこに戻るかを思案中で、しかもまだ絶望的な状況だと理解していなかったこともあり、率直に月20万を越えるのなら無理だからと伝えると、交渉の余地はありますと向こうから提案してきた。

その後リストにある行ける所はすべて見学した後、結局そこに行くしかないと再度訪問したら、なんとその相談員は母の施設に用事があってついでに母と少し話したというではないか。あまり手がかからないと判断したのが決め手のようで、今の施設からファックスで母の健康診断結果も取り寄せるからとあれよあれよという間に母の入所が決まってしまった。

その施設の最寄り駅には、以前、娘と良く訪れたワッフルの店や妹曰く絶品というイタリアンの店があり、早速帰りにワッフルを食べてきた。楽しみが出来たw。

一番怖いのがまた3ヶ月程度で動かされることだが、その施設では看取りを行っているので長く滞在できるとのこと。素晴らしい。高度医療でなければ付属病院で見てくれ医療費は含まれていること。最高。

なんだか出来すぎのようで、まるで狐につままれたようだった父の葬儀や母の施設入所の経緯を考えれば、仏壇に向かってしっかりしろと叱咤激励したから父が応えたのかもw。お酒を1本つけなければw。いやいや、毎朝、水しかあげてないけど、皆さんおはようと祖母たちや伯父にまで挨拶してきた私のおかげもあるかもw。娘ども、亡き後は私にちゃんと挨拶するのだぞw。

この10日間、施設巡りの合間に24時間ホルダーを付けての心臓の検査もあり、トーハクで「少年使節伊藤マンショの肖像画」を見、娘と夜に「カラヴアッジョ展」を覗き、汐留のパナソニックでは「中田英寿が出会った日本工芸」という少々消化不良な展覧会、そして多数の外食とデパ地下という多彩ぶり。そうそう、仕事も減らしたけどやりましたよ。久しぶりに頑張った日々だった。まだ出来るかな。

あ、おまけ、居間の天井高が3メートルを超しているのでいつも婿殿に天井の蛍光灯の入れ替えを頼むのだが、月曜に1つ切れてしまい、えーい、と梯子に登って交換した。怖かった。ゆらゆらした。落ちると骨を折ると思ったけど、2個はずしたが1個しかいれられなかったけど、でもやり遂げた。久しぶりに私ってエライと思ったねw。エイエイオーw。

旅から戻ってすぐの先週末、気分良く、娘たちと同じくらい思い通りにならない、でも息子よりマシな粘土をコネコネしていると、母の施設から電話。今日、来られないか。どうせ悪い話に決まっている。

小心者だから粘土そっちのけであたふた駆けつけ、施設の相談員2名と面談。長々と話し合ったが要するに、老健は自宅復帰させる施設だから、7月はじめまでに退去するようにとのご命令だった。

そんなご無体な…。気絶して驚かせたかったが残念ながらそこまで小心ではなく中途半端にしおしおと渡されたリストを手に施設巡りを始めた。

あれは3年前、母の極度の腰痛、父の誤嚥と入院、娘夫婦、息子一家、妹のノロ騒ぎ、父の肺炎と死亡、母の骨折、入院、幻覚、幻聴、施設探し、うわあと叫ぶしかないほどの一連の騒ぎを、あの頃は大変だったけど、こんなに平和で良いのかしらなどとのんびり振り返る余裕も出来、ようやく習い事を始めてたった3回目でこの始末。

リストを片手に建物探訪の旅に出ているようで、毎日1万歩を軽く越え、足腰は十二分に強くなりつつあるようではある。どこでも良いという気分にはなれないから個別に見学して話を聞いているのだが、それにしても聞きしに勝る大変さ。連続で特養3箇所それぞれで400枚を超えるという待機者の申込書の分厚いファイルを見せられた。3年前も施設探しに四苦八苦したが3年の間に事態は一層悪化していて、しかも今回は手助けしてくれるケアマネさんもいない。まだ母が老健にいるので頼めないのだ。

整形病院に入院中にひどい幻覚を起こして即時退去をいわれたことがあったからどうしても個室が望ましいのだが、有料老人ホームではなく老健だというのに恐ろしいことに母のように負担1割、減額措置適用でも月30万円を超す所もあるすごさ。誰が入れるのさ。自慢じゃないが母は資産無し年金暮らし。生活保護でもと一応福祉事務所や高齢者相談センターに相談に行ったが、年金額が生活保護受給には多く、施設入居には足りない。葬式用の貯蓄はあるが、貯蓄があっては駄目だそうで、やれやれ。中途半端な貧乏は苦労する。

なんせ、階段のてっぺん、5階建ての5階にワタクシメは住んでいるので、母と同居は無理だし、何とか母を部屋に運び入れても、病院や外に連れ出せない。デイサービスも受けられない。母は車椅子だが介護度2なので特養はまず入れそうもない。中途半端はここでもたたる。

区は在宅介護を強力に推進しているから3ヶ月から6ヶ月で入居者を回すしかないらしいのだが、老人は環境の変化で体調を崩す。福祉費用削減手段として、老人の数を減らす策に出ているなどと邪推したくなるのは私の根性が曲がっているからだろうが、どうも施設側の言い分がくるくる変わっておかしいのでよく聞くと、経営上の方針もあるが、新規入居者じゃないと儲けが出ない仕組み等導入されたことも分かってきた。官民一致での在宅推進なのだが、在宅で本来なら働いて税金を納められる人たちが1対1で親の介護に回る方が非効率で、国の生産性を低下させることだと思うのだが、どこか計算しないだろうか。

とはいえ、元々復帰が条件で3ヶ月と言われていたものを3年少々置いてくれたのだから感謝するほかないが、困ることには変わりない。退去をいわれたらどんなに困るかと密かに心配し続け、愛想良く職員の人たちと仲良くし、折に触れては手助けや甘味の差し入れを怠らなかったのだが…ついに駄目か。

今の施設に短期で戻れるよう様々考えたが、上手い方法は見つからない。区分変更をかけて介護度を3まで上げ、哀れっぽく特例の理由を並べ立てて個室のある特養に大量に申込書をばらまき、一方で、安い個室のある老健を探すことしかできないようだ。ここなら長期間大丈夫という所を紹介されたが、暗い雰囲気がよどんでいた。無理だ。長期間受け入れる施設は長期で受け入れざるを得ないだけの理由があるのだという。老人施設の口コミは探しても引っかからないから見に行くしかない。

減額措置後で月20万円少々の個室なら空きがある。といっても粘っても1年いられるかどうかだが仕方がない。母の貯蓄を取り崩して差を埋め、後は妹たちにも応援を頼んで自分たちの老後資金を取り崩しつつ、特養に受け入れて貰えるまで、短期間で老健をハシゴするしか今のところ手はないようだ。

地獄の沙汰も金次第だねえ。

P1030455美しい物を見ても胸はいっぱいになってもお腹は別物。勝手に騒ぎ出す。

今日のハイライト、重森三玲庭園美術館に14時に予約してある。遅刻など絶対に許さないぞという雰囲気だったのだが、狭い京都、東山から出町柳まではたいした距離ではない。ぶらぶら駅に向かって歩いていると小さな黒板が町屋の入り口に立てかけてあるのが目を引いた。

ふらふら入ってみると、入り口には草間弥生の黄色いカボチャの絵。自宅の応接間然とした空間の周りにはぐるりと本。それも私が好きそうな本ばかり。む、お主、同類か。主の女性は言葉の研究家と自己紹介したけど、編集者のように思えた。彼女が一人で自宅で料理を作って出しているのだが、途中で何人か若い女性や犬が出入りする。シェアハウスなのだと。まあ、昔の賄い付き下宿と何が違うのかよく分からないが、美味しかった。おまけに安かった。で、年間1万円を支払ってメンバーになると食事付きで1泊3500円で泊まれるらしい。場所もよい。少し食指が動くが、お風呂が共同というのが引っかかって辞退する。近所の人たちのたまり場のようでもあり、ひとしきりおしゃべりを楽しんだ。こういうのもアリかな。

ほとんどをここで食事をするというお兄ちゃんお勧めのお店でお菓子を買い、時間を見るとアラ大変。小走りで駅に向かう。あんなにあった時間はどこに隠れたのだ。出町柳で時間が押しているので念のため京大生らしい男の子に京大正門はこちらでよいか聞いたら、そっちは駄目、こちらを行った方が良いといわれ、素直なものだから、調べた道と違う道を向かう。

美術館まで15分のはずだがつかない。坂をせっせと上るが京大は見えてこない。正門が目印なのだが知っている人はいない!ナンダヨ。遠すぎる。京大の四つ角で聞いた男性が中を通り抜けた方が早いと教えてくれたので、そこから小走りではなく、疾走となる。何度もいうことだが、不整脈がある。何十年も走ったことがなかったのに、昨年の旅以来、遅れそうになっては走っている。なぜだ。正門を走り抜け、道行く人に走りながら聞いて、へとへとになってぎりぎりに到着したが、門はまだ閉まっていて、予約のおばさん2人組と隣の建物の写真展を見に来た人がいるばかり。P1030432

やがてお爺さんがヨッコラショと登場。門を開け、看板を出すと、美術館のおじさん登場。縁側で料金の徴収を始める。写真展の人が紛れ込み、ひとしきり、隣の写真展とは別料金だが庭園を見るのか見ないのかどうするのか押し問答が始まる。写真展に来た老けたお兄さんが良いです、見ますで、一件落着。同じく写真展流れの外国人の3人組がこれに加わる。

思ったより小さな石庭だ。畳みに座って説明を聞くが日本語でどんどこ由来を説明し外国人がもぞもぞする。気になって大丈夫かと小声で聞くと、流ちょうな日本語で大丈夫です。でも大丈夫な人は1人だけで、横の2人は憮然としてがやがやし出す。そのうち、女性の一人のペットボトルから水が漏れ座布団が濡れたと、ひとしきり騒ぎに。

まあ、日本間に吊された大きな照明がイサムノグチであり、石を捜しに行って交友を持つようになったこと、遺産騒動があったことは分かった。+料金を支払った私と老けた若者が茶室も覗く。茶室もそれ以外も相当痛んでいる。畳は毛羽だって変色しているし、柱も屋根も手入れが必要な状態にみえた。オリジナルの畳だとのたまっていたが、畳はオリジナルでなくても消耗品だから良いのじゃないかなあ。それなりに面白かったが、文化財の保存はお金の問題でもあり、大変だろうなあという感想とあいなった。

P1030446それから京都国立博物館へ向かい、禅展をみたのだが、疲労困憊。頭もふらふらで、博物館の年間パスポート(トーハクもOKで奈良と九州の博物館も見られ、特別展も1回ずつ見られる優れもの。トーハクのパスポートより安い3100円也)を申し込むのに、なんと4月と書いて注意され、果たして今日は何日なのか分からなくなり、大恥を掻いた。自分で自分が心配になるが、係の人も心配したかも。認知症検査の一番目は今日は何月何日ですかなのだから。

もちろん、白隠禅師のだるまの絵や若冲の竹図はさすがだが、思ったより数が少なく、ちょっと残念だったが、1階の仏像がとてもよかったし、禅宗の成り立ちなども順を追って分かりなるほど。でもザルのような頭なのですでに忘却の彼方なのだが、禅師たちがみんな短気で怒声や棒を振り上げているのが分かったのが収穫。って、馬の耳に念仏か、豚に真珠か。ここでも禅師に倣ったわけでもないだろうに大声で騒ぎ出す男が出現。そそくさと場所を変えたのだった。

さらに漫画ミュージアムで土木漫画特集だったので覗こうと思ったのだが時間切れ。可哀想な足はようやく休息を与えられたのだった。

20,138歩
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P1030364日曜日。美術館は今日頑張っていくしかない。

開館時間を比べ、まず京都市美術館の庭園を見ることにする。美術館は9時開館だが庭はもっと早くても大丈夫そうだ。地下鉄東山で下りる。地上出口の前に近道とすぐ横の路地が示してある。見覚えがあった。数年前に訪れた並河靖之の記念館がある路地だったのだが、ここは10時開館。記念館の前には風情のある古びた小児科医院があったのだが建て替えられていた。残念。

きれいに晴れて暑くなりつつある川沿いの道を歩いていく。いわゆる琵琶湖疎水の支流で緑が美しい。結婚式の宣伝写真だろう、川の向かい岸でポーズを取る二人。奥に朱色の平安神宮の大きな鳥居が見えてくる。P1030375

P1030408まだ9時にはだいぶ間があるというのに美術館の前にはすでに列ができていて係員が声をからしていた。ルノアール展とモネ展が同時開催されているのだ。東京で見たもんねと建物と庭の方に興味がある私は素通りし裏手の庭に回るとそこでも宣伝写真のカップルとカメラマン。春ですねえ、というには少し暑い。なかなか良いお庭で、奥の階段を上り庭を一望すると遠くに屋根に一面太陽パネルを貼り付けたような巨大な和風の建物が目に入った。あれは何だろう。美術館なのだろうか。行きたいが少し距離があるようだ。
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ついでと言えば叱られるが、すぐ奥に平安神宮があったので参拝。御朱印を頂く。昨年秋に始めてまだ1枚しか記入して貰っていない御朱印帳は忘れてはならないと自分に言い聞かせたのにしっかりと忘れていて紙を貰う。ぺらりと紙1枚だとありがたみが少ないような気がしないでもない。300円也。

忙しく回らねばと思いつつ、平安神宮の庭も一巡する。朝早くだと人も少なく気持ちがよい。でも広い。とっても広い。で、途中で切り上げるつもりが結局ぐるぐる回ってしまった。なぜ私の心は冷静な私の頭をいつも押さえつけ勝つのだろう。しかも駅に戻る途中でついふらふらと京都国立近代美術館「オーダーメイド:それぞれの展覧会」も覗いてしまった。

P1030417しかもしかも駅に行き着く前に今度は骨董屋に吸い込まれ、話をしているうちに一旦は却下した野村美術館が近いから是非と言われ、足が既に痛い、暑いとぶつくさ言いながら、でも向かってしまう。がそこでまっすぐ行き着けないのがワタシ。

無鄰菴(むりんあん)はこちらという矢印にふらふら従ってしまったのだ。従って良かった。山縣有朋の別邸で七代目小川治兵衛の作庭とかで、さすがに美しい。休みたいのでお抹茶を頂く。が、まあ、季節柄、生ものは無理なのだろうが、桜餅と書いてあったのに、何だか乾いた不味いキャンデー状に包んだ物が出てきてがっかりした。気持ちの良い緑と風にもかかわらずお腹が文句を言う。

ああ、これだけ歩いても、これだけ見ても、まだ午前中なのだ。

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一番上:東山駅から平安神宮方面に抜ける道筋の疎水
右側小:市美術館裏庭
左側:現代美術館から見た市美術館と平安神宮大鳥居
右下:平安神宮の神苑(小川治兵衛
作)
一番下:無鄰菴



P1030315東京駅7:03発ひかり。早々と指定席を取ったがこんな時間にひかりなどに乗るのは安く上げようという魂胆の暇な中高年というわけで、そこそこすいている。晴れているのに海側で富士山は見えない。損した気分。

散々迷ったあげく、結局京都ではなく新大阪から今回の旅を始めることにした。たっぷり時間は取ったのだが見所が多い上に、月曜日に開いている美術館がごく限られているので順路の組み立てに苦労する。

大阪駅で空を見上げる。曇り。晴れなら安藤忠雄の空中庭園に、曇りならきっぱり諦めようと決めていた。その上、熊本はまだ落ちついていない。庭園に向かう長い長いエスカレーターの上で揺れたら心臓麻痺だ。

大阪は数え切れないほど来ているのだが駅も駅前も一変していた。昔、散々うろうろした所を、人に聞きつつあがったり、下がったり。ため息が出る。大阪的混沌の中にゴロゴロを引っ張り入っていった。

向かったのは大阪歴史博物館。博物館と言うから独立した建物かと思ったらNHKと同じ建物にあった。で、面白いデザインの建物だと思ったのは博物館側で、NHK側は手堅い。敷地と建物を合同で建てても融合ではなく独自という面白い道を選んでいる。

ここは地下に浪速宮跡が保存されていてロビーの一部がガラス張りで下の遺跡が見える。この遺跡ツアーが目的の一つ。歴史にたいして興味があるわけではないのに行きたいと思うのは、我ながら不思議だと思ったら、どうもローマの遺跡発掘現場の前にいながら暑さと疲れで素通りした欲求不満が底にあったらしい。無意識の欲求に従ったわけだ。約40分、地下に潜り、ボランティアのおじさんの説明を聞く。連隊駐屯地があったおかげで掘り返されず残ったとか、地理的な浪速宮の価値とか、面白い。土曜なのに参加者は5,6名と少ない。おかげで質問攻めにできたw。もったいないなあ。(写真の灯の柱は下の遺跡の柱の太さと長さも表しています)。

P1030329特別展として「近代大阪職人図鑑」。これまた工芸も好きな私にとって興味をそそる展示だった(ワタシって好き嫌いが多いと思っていたが、何でも好きな気がしてきたw)。人体模型や腑分けの書も興味津々。自在置物や生人形なる精巧な工芸品にも勿論感心。営々と努力しなければならないものを飽きずにコツコツと積み上げていく多くの人がいる。日本人って凄いなあ。努力を想像しただけで、コツコツが不得意な私は気が遠くなる。この先、このような努力を積み重ねられる人は必然的に減っていき、技術大国、職人大国の日本は昔の夢となってくのだろうか。

右往左往しつつ伏見の石峰寺へ。いつもoutlookの予定表を利用して細かくスケジュールを立て、印刷して持参するのだが、寸前まで仕事が混んでいたせいか馬鹿なことに別ファイルにとりあえず詳しい行き方のメモを入れておいたのだが、予定表に入れるのを忘れ、伏見神社隣とのうろ覚えで一旦降りた駅では遠く、戻る羽目に。コインロッカーがなく坂道をゴロゴロ上っていく。急な階段も運んでいく。暑い、重い。普段やらないことをやるための旅だから、筋トレ筋トレと念仏を唱える。

P1030347伊藤若冲の墓に詣で、彼の作と言われる500羅漢に対面。ここでも人影は少ない。竹林の中を風が通りすぎ、あちこちに花が咲き、気持ちがよい。羅漢様は可愛い顔が多い。幸せそうな顔をしているのはこちらも嬉しい。父によく似た羅漢様を見つけた。ヨッ、お父さん、と片手を上げる。あちらの世界で元気にしているかなあ。500羅漢など撮影禁止。残念。
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ここでまだ間に合いそうだと河井寛次郎記念館に向かう。
思えば10年近く昔になるか、汐留のパナソニック美術館で濱田庄司、バーナード・リーチ他の展覧会を見てから細い糸をたぐって、山崎山荘、ロンドン、セント・アイヴス、益子と巡ってきて、今度は河井寛次郎だ。あちこちで人が交錯し、つなぎ合う様が興味深い。

興味深いなどと気楽に言っているが、駅から遠かった。清水五条駅から徒歩10分とあるのだが、坂道だなとどは書いてない。地図で目印にした建物はない。おまけにかんかん照りだ。暑い。ゴロゴロは重い。苦行だ。でも行って良かった。

P1030350この記念館は河井寛次郎の仕事場兼生活の場であった民家をそのまま公開していて、「建物のみならず、館内の家具や調度類も郤]困離妊競ぅ鵝△△襪い禄集によるもの」だそうだ。彼の作品も多数あるが、それ以外の家具なども面白い。また京都の民家が建て込んだたいして大きいとも思えない屋根続きの中に素焼き用の窯と登り窯が築いてあり、周囲にはごろごろと陶器や破片が残っている。建物自体も興味深い。人気はなさそうな小さな記念館だが、陶器が好きな人にはお勧め。

宿泊のホテルは前も何回か泊まった所で勝手が分かっている。美味しいパン屋が近くにあるので探していくとそこで新しいスーパーが出来ていて美味しいお総菜が沢山あると聞き、各種お総菜や翌朝の食料も調達。ここまでは良かったのだが、ホテルのスパで入念に足を揉みほぐし、その後、気分良くラウンジでついカクテルを飲んでしまった。

沢山歩いて汗をかき、温泉で長風呂し、お酒を飲むと何が起こるか。熱中症。座間味島で経験済みだったのに、またやってしまった。両足が締め付けられるように痛み始め、慌てて水分を取ったのだが、しばらくうなる羽目に陥った。懲りない奴だねえ。

15858歩
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P1030614あっちでもこっちでもぼけまくりの旅となった。
狙ったのなら良いけど、狙ってないのになぜぼけることになるのだろう。

いよいよ一人旅はお仕舞いにした方がよいかも知れない。
と、少々、心細くなってきた旅からも無事に帰宅した。
まあ、失敗も多かったけど、得る物も多かったから由とするか。立ち直りだけは早いのだ。が帰宅してから一層落ち込むことに。

それは、先ほど届いたメールが原因。

旅行の荷物をほどき、片付けていて、琥珀の小さなペンダントを無くしたことに気付いた。最近お気に入りで良く身につけている。京都のホテルで身に付けようとして暑そうだから止めようと思ったのは覚えている。袋に入れたはずだが袋の中には大きめのガラスのペンダントが入っているだけだ。バッグの中もすべて片付けたがない。ごろごろの中にもない。パンフレット類、地図の類、逆さにして探したがない。

昨年の四国旅では10年ほど前の娘との英国旅行でV&Aで買ったウィリアムモリス柄の傘をどこかになくした。娘は10年も使えばもう十分よというのだが、長年使ったからこその愛着は娘にはまだ分からない。可哀想な私の傘。

何十年も物を無くすと言うことはあまりなかった。K子は飛行機の中にハンドバッグを置き忘れ私のバッグはどこと聞いた強者だが私は常に笑う側だったと書いている側から電車の中で鞄を2回置き忘れたのを思い出した。忘れ物をするようになったのは別に歳のせいではなく昔からおっちょこちょいだったではないかと思い出せば気分は多少晴れる…かなあ。

元に戻るが、ホテルに問い合わせのメールを出したら返事が来た。ペンダントは届いてないが、部屋から7分袖のTシャツを回収しました、だと!初夏の定番、薄いシルクのシャツを部屋に置いてきたことも知らず、バッグの中身を片付けても気付きもせず、なんてこった。

急に不安になった。ペンダントを忘れたとメールしたが、実は家にあったりして…。

昨日と今日、2度、隅々まで探した。ポケットも勿論探した。あるわけない。のに、あった!
アクセサリーの袋の中に。同じような色の大きめのガラスのペンダントに絡まっていた。

平身低頭の、お願い、シャツを送って下さい、ごめんなさい、ペンダントはありました、のメールを書いた。最近頭を下げることが多すぎる。頚椎がつぶれているから上を見るより下げる方が首のためには良いそうだが、下げすぎだ。

旅行記は次回からね。写真は三井寺の観音様。私のために涙を流してくれているようだった。

そうそう、お嫁さんからメールが来た。
帰ってきた?体調崩してない?

胃が痛い。体調崩していると返事をしたら、
マミーのことだから崩していると思ったんだと嬉しそうな返事が来た。娘たちだけでなくお嫁さんまですっかりお見通し。遊びが終わったら仕事の時間。胃も痛くなるよね。

P1030306何度言っても洗濯物をちゃんと出さないでしれっとしている93歳の母を少し脅した。
そんなに洗濯物が少ないのなら、私もこんなに来る必要はないわね。

そりゃ大変。せっせと出さなくちゃねと母。現金な奴だ。

次に行ったときにはどこから出してきたのかソックス8足、下着8枚、その他パジャマやズボンなど、重くて持ち帰るのが大変だった。

明日から旅行。出し渋っているときに行ければ良かったのだが、気の毒な娘。オニではなく優しい私がいぬ間に洗濯するのだ。お土産を何かと注文してくるだろう。怖いなあ。

実は、4月中旬に3泊分を一度予約していた。それも大津に。

それというのも京都に宿がなかったから。いつもは一休とjaranを主に使ってお気に入りのホテルを予約するのだが、代理店のウエブもホテル自体のウェブも、4月は丸ごと閉じてあった。聞きしに勝る京都人気だ。勿論、海外からの集団のお客様が大勢ということだ。

高い部屋なら開いているのだろうが私はちゃんと分をわきまえているのでw、1泊1万以上は出す気はさらさらない。でも不便な所や壁の薄い安宿は嫌。我が儘なのだ。普段我が儘じゃないからねw。

近所の旅行会社で聞いてみると大津で評判の良い所があるというので一応そこに予約を入れたのだが、一人旅なのに、ツインしかない。1泊1万2千円ナリ。ツイン料金など払いたくないし、娘は一番忙しい時期だよ、無理の一言。常に金がないと騒いでいる友人に無償提供しようと思ったのだが、行きたい場所が決まっているし気分で行き先を変更する気ままな旅なので、面倒。

未練たらしく何時が安いのか、その京都のホテルに絞ってウェブ上であちこち探していると、連休明けの日、月の2日間だけ、多分、最後の1室のようだったが、7500円というのが目に飛び込んできた。即予約。同じタイプのシングルが3万円超まで上がっていたのだから、びっくり。こんなことってあるんだ。

元々がミホミュージアムと静岡の美術館でのルーシー・リーを核にして組み立てていたので、瀬戸に安いがリノベーション直後で清潔、部屋も広いという口コミの所を発見して予約。

しかし、月曜日は美術館が休みでどう組み合わせればよいのか分からない混乱状態となり、あと1泊するしかないと、再度検索していると、今度は明日、土曜日の京都で、そのいつものホテルで1万5千円で空きが出た。スパ付き。どっちみち、スパは入るつもりだったから7500円の部屋よりランクは下がるし、原則は曲げるけど、この際だ、まあいいかと大急ぎで予約。さっさとカードで支払ってから良く見ると軒並み値段が下がっている!

勿論、連休明けだし、桜もないのだが、熊本の地震に某国の団体がびびって大量のキャンセルがでたなと私は踏んだね。今年は来日観光客の数が少々減り経済に影響が出るかも知れない。

熊本はまだ完全には鎮まっていない。四国の中央構造線が動けば伏見に飛ぶ可能性もある。私もびびっているけど、地震国に生まれた宿命だ、怖がっていては行く時がない。見ないうちに壊れたなどと言うのは嫌だ。しかも少しはすいているだろう。

というわけで、明日から4泊5日の京都・滋賀旅行に行ってきます。

[蛇足:娘に今度の日曜は母の日だと指摘された!息子夫婦には旅行を内緒にしていたのだがばれてしまう。母の日のプレゼントもないうえにお土産を要求される〜。母も施設で私を待ちぼうけ。あらら]

写真はクレマチス。二重底の苦難の連続のクレマチスに花が26個もついた。

P1030304この間の原発の記事に様々なご意見をありがとうございました。

反省することも大事だけれども、それ以上に、子供たち、日本の未来のために、大人である私たちができることは、これから何をどうすればよいのかを考え支援することじゃないかしら。

5月2日付日経朝刊にドイツの原発の話、「原発ゼロ」めざすドイツ−原子力教育の灯けさず(東京版13面)、そして5月3日付日経朝刊には、「チェルノブイリ 30年の現場(上) 副題として観光客に過ち伝える/フクシマ、若者が動く、キエフ工科大学長のインタビュー「廃炉ロボで日本と強力を」(東京版13面)」が載っていたので、関心がある人にお勧めです。

イデオロギー論争や思い込みを廃した中立的な科学の視点からの良い記事だと思いました。
チェルノブイリに関する記事はこの後「下」が続くと思います。

ドイツは原発をすべて止めたと思っていましたが、まだ動いていました。ドイツは陸続きに原発大国のフランスもあり、日本と違い止めても電気の供給に不安はないはずなのですが。

以下は記事のざっくりした要約です。

ドイツでは水素・原子力エネルギー研究所のメンバーが5年前と比べて1.5倍以上に増え、様々な安全性を高める研究などに取り組んでいるが、優秀な若手研究者を引きつけるための研究プロジェクトとして、次世代原子炉の研究を行っており、炉心誘拐を起こさず安全性が高いとされる高温ガス炉の研究では日本などと連携を進めたいという。ドイツにはそれ以外にも廃棄物処理研究所などで処理技術の研究も行われている。

福島の6倍の放射性物質を放出したチェルノブイリではようやく来年から廃炉作業に入るが、いつ廃炉に出来るのかは分からないという。高度な技術が必要な核燃料の回収方法もまだ未定だ。福島では工業高等専門学校生たちが昨年から始まった「廃炉想像学習プログラム」で、東大などと連携して放射線や廃炉工学の知識を身につけようとしている。

希望の芽が出てきているような、明るい気分が多少ですがしませんか。

P1030273仕事柄、セキュリティには気を遣っている。

勿論、ウイルス対策の有料のプログラムは入れているし、メールも有料サービスに入っていて怪しいのは弾いている。

携帯のメールに関しても、これまでおかしなものなど入ってきたためしはなかった。

なのに、なぜだか、昨日、携帯に1通の英文の手紙が。
以前も通知したとおり、まだ1545ドル(うろ覚え)が支払われてない。添付を見るようにとかそんなメールだった。

ムム、これは詐欺メールだ、さもなければウィルスばらまきメールだ、添付など見てたまるか。

速攻、削除した。削除してから、そうだ、警察に届けた方が良いかも、と気付いたが、携帯には削除したメールを保存する所がない。

ま、削除してしまったし、しょうがないのだが、気分が悪い。海の向こうから直接に難癖付けにやってくるなんて、ああ嫌な世の中だ。心臓がいくつあっても足りん、などと思っていると、今度はクロネコからお届け物のメールが到着。

送り主は通販会社。買った覚えはさらさらない。誰か奇特なプレゼントの主がいるか、思い浮かばない。誕生日でもなし、母の日はまだ、上の娘とは戦闘中。息子の所は転職したばかりで金欠。下の娘は手渡しする。ついでにいえば母は施設で、この間の雑誌は面白くなかったから別のを買えとか、自分が何を欲しいか忘れたけど欲しいから買ってこいなどと言う。

もしかして、ぼんやりとカタログでも見ていてうっかり購入してしまったのだろうか、さっきの1545ドルはこれなのだろうか、やっぱり、私、痴呆症に近づいているのだろうか。不安が雲のように湧いてくる。

先ほど、荷物が届いた。封筒状の小さな荷物。送り主の名はない。嫌がらせかも。
ドキドキしながらいざとなれば返却、または警察に届けようと破らないようにそっと時間をかけて封を剥がしてみると、ミニのソーラー懐中電灯だった。英文での説明が印刷されている。それだけ。誰だ。何でだ。分からん。

こわごわ封筒の中を探ると、中にぴったりと貼り付いて紙が1枚。上の娘の婿殿の名前入りの送り状だった。ご丁寧に金額まで書き込んである。1545ドルではなく4104円。

こういう間の悪い時に送ってくるなんて、さすが娘。それとも、離島は送料が高いから、ウチを経由地にしてチョコ等を詰め込んだ大きな荷物にして送らせようという腹なのだろうか。電話しても出てこないが今度はこっちが攻める番だw。

それにしても、1545ドルねえ、英文で日本の携帯会社に送りつけても割に合わないと思うのだが…。もしかして、息子が関わっている?イヤイヤ、それはないでしょ。本当に?ウーム。

頭に刺激を与えると呆けないなどと言う。これほどの刺激を全身に浴びているので安泰?まさか。

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