あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

2018年04月

TOKIOのファンだ。ダッシュ村が始まって以来の熱烈なファンだ。番組が始まる少し前に部落の人たちの疑いのまなざしでの検証を受けて古民家を借りていたので尚更だった。山口君のファンではないが、彼の涙を見てもらい泣きするほどのファンでもある。だから偏向していると言われても仕方ないが、辛口すぎるかもしれないが、言うべきことは言っておこうと思う。

私は三人姉妹の長女だ。

当然、父は色々心配したと思う。

今なら、問題視され、警察に呼ばれることになっただろうが、小学校のうちからワタシたち3姉妹にワインやビールを飲ませていた。

それも、男に飲まされてつぶされないように訓練すると言うのだから今考えるとスゴイ。で、3人ともかなりの酒豪となった。父はよしよし、男を先に酔いつぶせなどと言っていたw。

一緒に酒を飲むときは、カクテルなど飲みかけで席を立つな、部屋に入るななど具体的な指示もあった。私は夜遅くなるときはタクシーに乗るときでもライターと紙を常に持ち、いざとなったら紙に火を付けて逃げることまで考えていた。過激だよねえ。

また、成人するまでは厳しい門限があり、部活で8時を過ぎて帰ったら、警察に捜索願が出されていたこともあった。

その後、海外で10年ほど過ごしたが、その際、自己責任という観念を思い知った。
ヘレンという仲良しがいたが、彼女の近所で婦女暴行が頻発したとき、心配する私に、殴られて鼻の骨が折れたら、それを治すだけだ。誰であれ自分の生き方をそんなことでは曲げさせないと言った。彼女の強さに感銘を受けたが、日本の女性に欠けているのに愕然とする。

性善説は良いよ、美しいよ、耳障りが良いよ、しかし、それがどこにでも、誰にでも通用すると思うのは大きな勘違いだ。

今回のTOKIO山口の問題でも、もう一人女子高校生が現場にいたようだ。本気で嫌がっているのをその友人は見て見ぬふりをしていたのか。ぼおっととしていたとのか。友人の危機にしらんぷりをするのは友人ではない。

昔、学生時代に、米国人男性の家に数人のクラスメートと行ったことがあった。1人の友人を膝に乗せその男がキスを始めた。彼女は抵抗もしないし、嫌がっているとも見えない。なのに、後になって彼女が嫌だったというので、なぜ抵抗しない、なぜ嫌だと言わないと聞くと、それが挨拶だと言われたからと言った。

実に馬鹿馬鹿しい、馬鹿としか言いようがない。嫌なときは抵抗するものだ。毅然とした態度をなぜ取れないのか。日本人は勇気を何か発揮してはまずいものだと勘違いしているのではないか。ダメなものはダメ、嫌なものは嫌。当然のことなのに腰抜けばかりだ。

IMG_2497母はピアノに強い思い入れをもっていた。

祖母が音楽家だったこともあり、小さいときからピアノを習っていたらしい。後にジャズのミュージシャンになった弟と一緒に戦前、レコードを1枚だけだが出したこともあったが、空襲に備えて家が取り壊された時にピアノを手放して以来、ピアノとは無縁の生活になった…。

先日、母を訪ねたとき、私が分からなくなっていた。いつも大喜びして、しばらく来なかった、どうしていたのと4日間が空いただけでも悲しがるのに、表情が全く変わらず、ただ会釈をしただけだった。

お母さん、私が分からないの?
お母さん、私よ、と重ねて問うたら、分かってますよ、あなたは長女でしょと答えたのだが、お母さんという言葉で思い出したらしかった。でも名前は思い出さないようで、いつもは母の部屋のある4階のホールの窓からずっと見送るのにそれもなく、ではと会釈しただけだった。

追い打ちをかけるようにヘルパーさんから、信じたくないでしょうが最近、認知が進んでますと。

いつかはと覚悟していたが、覚悟は単なる机上の覚悟でしかなかった。鬱々しながらパソコンに向かっていると、ピアノ曲が流れてきた。ショパンのピアノ協奏曲。母が好きな曲の1つだ。母はもう弾くことも聞くこともない…。

泣いている場合ではない、母はまだ生きている。まだ話すことだってできる。何か進行を抑える手段はないのだろうか。

現在の施設に移ってからは花も植物も禁止され、造花を持ち込んだ。以前は持ち込んでいたCDプレーヤーもラジオも最初にダメと言われ、耳が遠くなり操作できなくなったこともあって、音楽から遠ざかっているが、好きな物は変わらないだろう。また、耳は最後まで残る機能のはず、毎回持ち込んで聞かせればいいと思いついた。

引き出しに眠っていた古いCDプレイヤーは電池を替えても動かない。寝ながら壊れるヤツがあるか、むっw。次にカセットを探しだした。ショパンもモーツアルトもない。父が好きだったタンゴしかなかったが仕方ない。携帯カセットプレイヤーを引っ張り出したが、電池を取り出せない。仕方がないので好きな曲は聞かせられないが小型のラジオを発掘して持参。

愛想のない母の片耳にイヤホンを突っ込むと何も聞こえないという。次いで右耳に入れると、あ、誰か歌ってる。女の子が歌って男性が横で合いの手を入れている、とちゃんと聞こえた。そうか、母の左耳は完全にダメになっていたのか。医療機関の受診は手続きも移動も大変で長時間かかるのでしばらくサボっている間に聞こえなくなっていたのね。だから時々聞こえたり聞こえなくなったりしてたのね。

すぐにうるさいからもう良いと言い出した。まあ最近の若い子向けの曲だと無理よね。
でも私の名前を呼び、花の雑誌を喜んで眺め、後でゆっくり見るからねと、いつもの母に戻り、4階の窓から見えなくなるまでずっと手を振ってくれた。なんてありがたいのだろう。もういいのにとこれまでは思っていたのだが。

あんなに反抗して喧嘩を繰り広げていたことが馬鹿みたいだ。良くコンサートに連れてはいったが、ロシア民謡に行こうという母に、嫌だ、バイオリン協奏曲が良いという私、母は、バイオリンは嫌だと言い、それが母がコンサートに行きたがった最後だった。

何にでも最後はあるのよね、後から分かるのよね。そしていつも遅すぎる…。

何度入院したか、数え切れないほどだ。

お産だけでも3回w、流産しかけてプラス1回。最初の大きな病気は就活の最中、某ラジオ局にほぼ決まり働きたい部署はどこかとか今度役員に面接ねとかいう話になった直後に4ヶ月間入院。ドタバタの急病だったので両親も某局に連絡もせず、当然、ノーショーw、そのまま話は流れたはずで、担当者は怒っただろうなあ。腸捻転のような症状がでたのは離婚を考えていた頃。手術のための予備麻酔をしたまま病院の連絡の手違いで廊下に放置され、医師の方針が変わり、多分、手術室が一杯だったんだろうけど、大量の点滴と胃洗浄の末、無事w、手術をせずに済んだときは10日間くらいかな。そうそう親知らずを入院して抜いたことも。リングが子宮壁を突き破り1泊。腹膜炎で1ヶ月。子宮体がんで3ヶ月。半年後水腎症になりステントを抜くため1週間。

その後はめでたく25年間入院はしないですんでいる。

最後の3ヶ月+1週間が一番きつかった。娘たちはまだ中学生と、高校生。息子は海外。一番お金がかかる頃であり、仕事が丁度波に乗りかけで大事なときだった。シングルマザーが死ぬ訳にはいかない。

ベッドの上で仕事をし、少々稼いだw。
稼ぐ以外にやったことは、楽しいことだけを考えること、見ること、聞くこと。なるべく沢山笑うこと。小さな声で歌うこと。テレビも本も徹底して悲しい物は排除した。ベッドの頭の上にはコンサートのチラシを貼り、退院したらやりたいことを考えた。

手術までは毎晩、眠るときには、槍を持った仮想のいわばバイ菌マンを想像し、自分の体の隅々まで意識を順繰りに動かして、そのヒーローバイ菌マンがガン細胞を見つけ出しやっつけるところを何度も何度も想像した。

もちろん、素人の私は、免疫に頑張って貰おうと目論んだのだが、手術の後、医師がおかしいなあ、検査時より小さくなってたと言ったから多少は効き目があったのかも。

あれから20年以上経った。子供たちはみんなおじさん、おばさんと呼ばれる歳になり、孫は7人できた。諦めないで、ベッドの上で泣かないで笑ったのが良かったのかな。どんな天才でも死を避けることはできないが、最後までしっかり頑張ることが子供に残せる最後の教育だと思っている。奇跡が起こるかも知れないのだし…。

IMG_2499先月母が95歳を迎えた。

でも母には95歳だとは言ってない。ずっと94歳と言うつもりだ。
というのも、父が95歳で亡くなったから。

お父さんに負けるな、95歳までガンバレと言い続けてきたから95歳に達したと知ってがっくりされても困る。まあ、自分が本当は何歳なのか、はっきりしないらしいし、すぐに忘れるから杞憂だと思うけど、そのスカーフ、良いわねとか、そこには赤の差し色をしなさいよとか、前回の訪問から3日目ねとか、突然、元に戻ったような話をするので油断は禁物だ。

妹からカードが届いたので持参する。多数の写真が入っていた。
前庭の巨大な梨の木が花盛りで、周囲の芝生も美しい。米国住まいなので家も巨大で、トイレも3つか4つあり室内はきちんとコーディネートされている。

母は写真をじっと眺めながら、同じ子供なのにこんなに違ってくるのねと悲しそうにつぶやいた。どうやら私を気の毒がっているらしい。いつの頃の記憶だろう。

実は私は、自分をとってもラッキーだと思っていて、自分にも現状にも大きな不満はない。
上を見てもきりはないし、下を見てもきりはない。

ここのところ、ぐずぐずだらだら好きなようにナマケモノの生活しているが、ようやく好きなように生活できる権利を手に入れたと感じていて勤勉に掃除するつもりもない。なにより、やれることを全力で頑張ったという記憶があるから、自分で自分を褒めてやる。もっと色々やれたはずだし、努力できたかもしれない。また上手く立ち回ればもっと財産も築けただろうとも思う。でも自分で、自信を持って、頑張ったと言えることは何よりの財産だと思っている。

母に、子供たちが何とか無事に大学や大学院を卒業し、良い相手と恵まれて結婚し、孫も出来、ローンも終わった。おまけに口うるさいダンナも、口出ししてくる厄介なダンナの係累もいない。これがラッキーでなくてなんなのというと、あなたがそう思っているならいいけど…。信用してないw。

誰であれ、大きな家やダンナの地位、財産、名誉、名声、全く羨ましくない。欲望が希薄になっている。生きる力が薄まっているとも言えるが。世捨て人に近づいているのかもw。あ、株は別、ゲームだし社会貢献だものwww。

↑沢山で咲いても1人静かw。私は1人しゃべりかw。クリックすると大きくなります。

P1010087朝っぱらから電話が来る。8時に電話を掛けてくるのは母くらいだったのだが、母が施設の今、かけてくるのはYさん。こちらは新聞とテレビを見ながらの朝食で忙しい。旅先は別にして、いつもたっぷり、紅茶2杯半とともに2時間ほどもかけて食事を楽しむ。なのに迷惑だ。

仏頂面が見えるような声だと思うのだが、彼女はめげない。

まだ朝ご飯食べてるの?私なんか、4時とか5時に起きて6時には食べ終わっているわよ。
早く食べなさいよ。年寄りは朝が早いのよ。

大きなお世話だ。おまけに彼女の声は甲高くて耳にキンキン来る。

耳が良い訳ではないが、ある種の声は苦痛をもたらす。声が美醜の判断の1つだなどと密かに思っている。例えば国民的マドンナの某女優。容姿は美しく、いかにも誠実そうで、努力家で好感が持て、いうことないのだが、彼女の映画は見ない。音程が悪くだみ声で聞くのが辛いからだ。

自分で自分をもてあますが仕方ない。反対に気持ちの良い声の人だと、ついつい無理しても仕事を受けてしまい、後で後悔することも。

脱線したが、Yさんは高校の同級生なのだが、どこかへ連れて行けという。
ワンルームマンションを2棟売ったからお金を使いたくて仕方ないのだと。都内の駅前にワンルームマンションの部屋を1室持っているのは知っていたが、2部屋なら「ふたへや」というから、「にとう」というのだから建物2棟なんだろうナ。そんな金持ちだったのか、知らなかった。老い先短いからぱあっと使いたい。夫婦げんかでもしたのかな。

そう言われても、ねえ。私も、行きたいところは山ほどあるし、行きたいといつも騒いでいるけど…。
エラソーに、聞いてみた。

あなたイビキは?
お酒を飲むとかくかも。
お酒飲まないでいられる?
そうする。

海外は仕方ないけど国内ならシングル2部屋。
もちろん、良いわよ。
ワタシ、歩くわよ。これは愚問だった。彼女は四国も西国もぐるりと巡礼旅を終えていたからだ。

きちんと割り勘よ。そりゃそうよ。あなたは孫でも子供でもないから、自分で出してと彼女。とにかくお金をぱあっと使いたいのだと。もったいない、寄付でもしろと言いたいが言える訳もないし、そのうち興奮してきた。ぐらぐらする。

彼女なら2週間でも3週間でも大丈夫。娘どもに海外に行こうと持ちかけて、時間も金もない。一緒に行くなら金を出せなどと脅されている状態なのだから願ったり叶ったりだ。

私、B&Bが好きだし貧乏人だから豪華ホテルなんて泊まらないよ。いいよ。
スペインは?3度行ったけど、まあいいけど。むっ。
呆れたことにイギリスも、イタリアも、フランス他の欧州も、アメリカも、要するに私が行きたいような所はどこもかしこも行っている。しかしすべてツアーでさらりとあちこち撫でて終わっているようだ。

私が行きたいところに行くというので来年5月の終わり頃行こうという話になった。

そして、興奮が冷め、心配になってきた。彼女の、キンキン声。どうしよう。2、3週間もずっと一緒って、果たして耐えられるのか。1時間で頭が痛くなってくるのだが…。

3、4泊の旅行を梅雨前に計画しているのだが、彼女もつれて行った方が良いだろうか?予行演習として。いや、逃げ場のないぶっつけ本番の方がいいのでは。長年行きたかった旅行なのだから、予行演習でこりごりでもう行かないというのは残念すぎるし、第一、彼女に失礼だ。

お金の心配の前に、旅の計画の前に、声の心配だなんて、あ〜あ。おまけに、ワタシ、飛行機好きじゃないのに。彼女にしがみつけるかなあ。あ〜あ。

IMG_31983月半ば過ぎから大忙しで月日が流れていった。いみじくも友人が言うように、歳を取ったらゆっくりと暮らし、さぞ退屈するだろうと思っていたのに、この忙しさ、退屈する暇などないのだ。それも、身支度に時間がかかり、ぱぱっと出来たものができなくなって、試行錯誤を繰り返し、始終忘れ物をするので、行ったり来たり。捜し物は何ですが、はい何でも忘れます状態。そりゃあ時間はいくらあっても足りないよね。

3月15日と言えば確定申告の締切日。今年こそちゃんと締め切りに間に合わせようと決心したのに、ダメだった。昨年出来なかったことは今年はもっと出来ない。来年はもっともっと出来なくなる。それが当たり前の世界に入ってしまった…。

そもそも毎日ちゃんと記帳をしていないからいけないのだが、昨年は半分も仕事をしていなかったので、申告しなくてもいいや、青色の必要なしと思っていたからだが、11月に2銘柄を売って少々の利益が出たので、やはり申告が必要で、そうなれば、赤字をその売却益で埋めようと袋に突っ込んでおいた領収書の類を引っ張り出し、古いレッツノートを1年ぶりに立ち上げたら、あらら、画面が…黒い…。覚えている人も今では少数になっていると思うが懐かしの昔の表計算のスター、ロータス123のフォーマットを使っていたから絶望したね。何度かやってみたが、立ち上がってもすぐダウン。そりゃそうだ。長年使ってきたからねえ。愛しのレッツノートよさようなら。

ロータスの方がエクセルより遙かに使いやすく優れものだったがこうなれば仕方ない。エクセルで組み直そうと、書類を一杯広げるのでテーブルでとWindows8.1を10に上げたノートを広げたら、後追いしたように不正使用とかなんとか見たこともない、アカウントのパスワードその他入力しろとの表示が出て、エラソーに動かない。何ヶ月も触ってもいないのに、何を言うかと腹が立つが仕方ない。マニュアルを引っ張り出し、そこにメモしてあるはずのパスを探すが、これがない。ここになければどこにあるというのだ。ひっくり返し、2度3度、ない。しょうがないと片付けに入ったら、ひらりと、開いたページにあるではないか。何度も見たのにどういうことだ…。で、無事に立ち上ったが、いつも大きなデスクトップのディスプレイで作業しているので、小さなノートでは全体がよく見えない。これでは無理。

仕方なく、次にデスクトップに向かう。エクセルのフォーマットで何とかしようと少し入力したが、選んだフォーマットがセルを自由に挿入できない。同じ名前で出ているのに昔のエクセルと違うw。そうこうするうちに、腹が立ち、多くはないからえい、手書きでやろう、手を使わないから惚けるというから手書きなら一石二鳥だと、アマゾンから用紙を取り寄せたら、ご想像通り、桁や数字を間違えて書き込み、時間がかかること、信頼が置けないことw、おびただしい。

ということで、再び、エクセルに戻り、自分で書式を作り、やれやれと一応形が出来たのが娘が孫を連れて転勤の途中1泊する前日のことだった。全員が喘息持ちなので、怒られるのでw、すみずみまで丁寧に掃除機を掛け、布団とマットレスの裏表、ゆっくり2往復ずつ掃除機をかけ、疲れ果てて、港まで迎えに行き、その後息子の所のお嫁さん、孫4人も加わってファミレスへ。

前日、ビーフストロガノフを作ったのだが今一出来が良くないのでぐずぐずどうしようと考えているうちに外食になったのだが、来ることが分かっているのに食事を用意していないと娘はお冠。まあ気持ちは分かるが君には私の大変さは分かるまい。翌日見送りに行きその後4日間ビーフストロガノフを食べ続けたが、要するに煮込みが足りなかっただけで味はとっても良くなっていた。お気の毒様。急ぐと碌な事はないが、急ごうとしても急げない年齢に達したと確認、そして同じくらいの日数、筋肉痛に悩んだのだ。

このフォントの大きさの不揃いさ、実に不愉快で気になるが、どうにもならない。
私の仕業ではなく何らかのバグの
せいだと再度言っておこうっと。Livedoorは実に優れたエンジニアの集団だったのに…と遠い目。

はまっていたのに、今日が最終回という字幕が。
それもモースがはめられて殺人罪で逮捕され、刑務所にいる場面で終わるなんて。
信じられない。こんな終わり方、信じられない。ワーン(T_T)

撃たれたモースの上司の警部補が助かるかどうかも分からない。
こんなの嫌だ。続きが気になる…。

うう、興奮しすぎて疲れた。パタリ

IMG_3187今年の桜の逃げ足の早いこと、そろそろ咲くかなと思っていたら、ぱっと満開になり、たちまち大量の桜吹雪、で、もう外は初夏…。どうなっているのかこの気候。もっとゆっくり少しずつたしなみ深く変化できないものなのか。こっちも趣などない騒々しい生活なのだから文句は言えないが。

お花見の話、アップしていなかったので、今更だけど…

母の施設の裏に数百メートルだかかなりの長さの、主に桜でできている花の通り道がある。丁度満開という日曜日、昔の河川に蓋をしたゆったりとした曲線の気持ちの良い小道を、息子一家、下の娘と一緒に母を連れ出しゆっくり散歩した。風もなく、体調も落ちついて母も上機嫌で私の7番目のひ孫と初対面。私だけで7人もひ孫が増えたのだからネズミもびっくりだw。妹たちの分を足すと合計ひ孫は13人。日本人1人は世界の資源を13人分とか30人分とかを消費しているらしいので、世界環境を考えると少子化でちょうど良いような気もしてくる(データが見つけられなかったし古い記事には、数十人分と書いていたがまあ、常識的に見てかなりの量を消費しているだろうなあ)。まあ、晩婚化の傾向は続くだろうから私がひ孫を見られるとは思えないが。

桜の名所のすぐ側に住んでいる。昔は人出もたいしたことはなくゆったりと花見をしていたが、最近は人混みに混じって座って桜を愛でることはしなくなった。桜の下を買い物に向かう途中、近所に住むFさんともお花見をしていたことを思いだして、そこいらを散歩をしているのではと電話するとやってきた。

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         桜様々−娘のベランダ(左)からと私のベランダから

平日で満開を過ぎた公園は一時の喧噪もなく、ぐるりと一巡、さてと彼女が取り出したのは、風流にもお茶の一式。茶筒に入れた茶葉、小型魔法瓶、白磁の急須と対の小ぶりな茶碗、茶托にお菓子まで。京都人の彼女は声がけたたましいのが難点だがw、彼女の入れてくれるお茶はいつも素晴らしく美味しい。生協の茶葉だし何も特別なことはしないのに、なぜだろう、不思議だ。私には無理。これが伝統の力なのかも。美味しいと褒めると彼女は紅茶に凝っていると、温度は何度でなどと披露するが、彼女の紅茶ははっきり不味い。これまた不思議w。煎茶なら温度、タイミング、茶葉の量、直感で無造作にやっても美味しいのに。これまた才能なんだろうなあ。


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