あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

2018年09月

all-00[1]台風が近づいてくる。外は強い雨が降り出した。
次々と嫌だねえ。9月の旅行の予定を10月にずらしてこれで大丈夫だと思ったら、もっと強い台風だというじゃないの。

新幹線の中で缶詰になるのも途中で下ろされるのもイヤだと、数日前、Y子に電話した。

もう切符買ったもの、私は行くわよ。言い張る。特別割引、3割引の切符はね、キャンセルできないのよ〜。
ちゃんと読んでご覧、使用前なら200円とか300円とかでキャンセルできるはずだから。
勿論、調べたわよ。書いてあったもの。
私が各種予約したから一人だけ行くとなるとどうなるのか、調べてももう宿はない。文句を言わなければどこかにあるとは思うが一人旅はしたことがないらしいし心配だ…。手元のチケット類も送らねばならなくなるし、どうしよう。困った。

じゃあ台風の進路がはっきりしてから決めようということになり、出発日は台風が通過した翌日だと分かった。目出度い。途中が通行止めになっていても頑張るしかないからね。まあ人生は冒険と言うことで、と切ろうとしたら、あ、切符は300円ほどでキャンセルできるって書いてあったわ、ハハハ。……。

どこでも良いわ、あなたの行くところに行くから連れてってと言っていたのが、あそこはねえ、とかあっちに行きたいとか、いつの間にか計画は微妙に進路を変え、結局尻尾に振りまわされる犬状態にw。予定を変更したせいで美術館は休館してしまい、行きたい島には連絡船の時間が合わず行けないことも分かり、不確実なことが増え、出発前からくたびれてる。ま、いいか。人生と同じで思うようにならないのが旅の醍醐味でもあるし。ゆっくりと彼女を観察して楽しもうっとw。

横道にそれたが、今までになく強い暴風というので今朝9時から頑張って飛散防止のフィルムを買いに行き、最後の品を手に入れた。

さあやるぞと思ったのだが、説明書きを読んで愕然とした。出来そうもない。娘や〜、ノンちゃんマンや〜と一瞬思ったが、自分でやるしかないよね。定規を当ててもカッターでまっすぐ定規に沿って切れたためしがないほど不器用なのだ。まあ、まっすぐ切れなくても私の家だ。私が良ければそれで良いのだ。腹を括る。

せっせとガラスを磨き、何とかフィルムを切り、貼り付けようとしたら、思った通りのことが起きた。
粘着面に石けん水をたっぷり吹きかけながら貼っていくって、幅が150cmほどあるのに一人で長いフィルムを片手で持ってそれに吹きかけながら貼り付けるって無理でしょ。特にワタシには。ああでもない、こうでもないの間にフィルム同士がくっつき、丸まり、剥がし、格闘しつつ、もういいやと横のサイズだったけどどうしょうもないので、縦に貼った。当然ながら、一旦剥がしたフィルムが丸まり、中に石けん水の詰まった大きな泡で覆われてフィルムはベランダの引き戸のガラスに定着した。戸は四分の1ほどしか覆われてないのに…。

仕方がないのでヘラでせっせと昼ご飯も食べずに、腕もすっかり痛くしながら泡をつぶして水を逃がす作業を頑張ったが、もうダメだ。まあ、4分の1でも飛散防止に役立つだろう。そこにぶつかればだけど…。娘に悲惨な出来だった。もう無理、残りはあげるとメールしたら、いらないよ、悲惨防止でしょうが。と返ってきた。頑張ったんだけどねえ。

好奇心は牛をも殺すってメアリーポピンズだか別の物語だったかに繰り返し出てきて、へえ、大変なんて思ったことがあった。ありがたいことにコロされもせず、早、高齢者と呼ばれる歳になった。娘たちに大人しくと言われるが、どうもこの好奇心というか物見高さは死ぬまで治りそうもない。

昨日、某国立病院まででかけた。色々不具合のある体なので、かかりつけの病院では手に余るらしく目出度くw紹介状が出て、先日、長時間の待ち時間という苦行の末、いくつかの検査が必要と判定され、今後忙しい日々を送ることにあいなった。まあ、仕事もしていないし、運動もしてないし、脳みそへの刺激も足りてないので丁度良い。

で、最初のテストが脳波測定。20代初めの頃、電車の窓からビルの一室に脳波測定の文字を見つけ、どうやって測るのだろうと気になり、よくお腹が痛くなりますとどうでも良い理由で測定して貰ったことがある。髪の毛に粘土のような物でコードをくっつけ、なんせ何でも笑いたい年頃なので、途中で吹き出して笑わないでと叱られた記憶が残っている。

どれくらい進歩したのか、お釜のような物をかぶるだけなのかとイソイソと小部屋に入っていき、最初に見つけたのが隣の部屋からコソコソと入ってきたゴキブリ!ゴキブリと叫ぶと、担当の若い技師はティッシュを4,5枚掴み、へっぴり腰で立ち向かうような格好をしたが、すぐ諦め、次に嘔吐用のへなへなしたトレイを手にし、周りをウロウロ、ゴキブリはさっさとベッドの下に逃げ込んだ。ゴキブリ怖いですよねと彼。だと思ったw。

恐怖物語を繰りだしゴキブリ談義で盛り上がっている間に、粘土ではなかったが、ごしごしとアルコールと細かな目のヤスリ?で髪の毛をかき分けごしごし、頬や目の下も容赦なくごしごしこすり、大量の線が取り付けられたようだった。鏡が欲しかったなあ。で、自分の姿を見たい人は大勢いるはずだから病院の収益改善のために写真を撮って売るというのはどうかしらなどとのんきに話していたのだが、最初の20分は電気をすべて消し、闇の中で寝ることに。眠れたらどうぞと言われたが、ゴキブリは今どこに。暗闇の中、ベッドに上がってこないだろうか。睡眠不足を解消したいのに、悶々と眠るどころではなかった。笑わないで済んだけど。

頬や目の下がざらざらして痛い。きっと丸く赤い斑点が出来ているに違いないと終了後直ちにトイレに飛んでいったら、たいしたことはなかったが、髪の毛が見事に逆立っていた。パンクだ。気に入ったw。どっちみち櫛など持ってないので手ぐしで撫でただけで済ませたが今度からパーマをかけて髪の毛を逆立てようかしらね。どっちみちスッピンだから顔も洗えたし平気だったけど、日頃身だしなみの良い皆様、脳波測定の際には櫛と化粧道具をお忘れなく。

IMG_0355バタバタ続きの日々。バタバタと素早く動けないワタシ。あらゆる物が溜まっていく…

1つ、自慢をオホン。

天井が高い。3.5mほどある。ペンダント型の照明器具を使っているのだが、これが厄介の種。数年前まで、年末に娘かそのダンナに蛍光灯の交換を頼んでいたが遠方に転勤となってからは年末ではなく夏に来るようになり時期がずれた。1日中つけているせいか、長時間用を購入しているのに長くは持たない。2年前の秋口に仕方なく頑張って交換したことがあったのだが、またしてもパチパチ、ウインクするようになってしまった。

下の娘のダンナは退院直後だし、娘は貸し出しを嫌がる。息子がいるじゃないのと言うに決まっている。息子はナンデだよ、ノンちゃんマンに頼めば良いじゃんと、ぽっちゃり大男と化した息子は必ず言う。まあ、ヤツが落下したら被害は甚大になるし、ヤツに借りは作りたくない。現在の貸しがあるまま威張っている方がワタシとしては心地よいw。

畳んだ長さ1.7mを超える巨大な脚立を引きずるように持ち出した。重い。実に重い。2年前も怖かったが頑張れた。2年の年月、なんじゃのもんじゃと自分を奮い立たせ、よっこらせと立たせるのも、開くのも必死の力を振り絞り、よじ登り、脚立の最上階wに座り込む。本当はこの傘自体を交換したいのだが、手が届くのが蛍光灯まで。交換には脚立の一番上に立たねばならぬ。早々とそれは諦めた。自分を知っている。エライッショ。

一人というのは、それもあちこち故障のある婆さんというのは不便なもので何度か脚立を降りたり上がったりしながら、震えもせずw、点灯管までちゃんと交換できた。

達成感が半端じゃないw。I am so proud of myself。ハハハハ。でも来年はどうなるかなあ。

余計なことだけど、天井の高い家、後のメンテナンスを考えると、特に一人暮らしの女性は買わない方が良いとしみじみ思う。

翌日、敬老の日の前日、下の娘宅で夜食事をご馳走になり、2斤1000円という馬鹿馬鹿しい値段の食パンと、1斤1000円というブドウパンを各半分お土産に貰った。誰が買うんだろう、こんな物と思っていたら娘が買っていたのだが、とっても美味しかった。値段のことだけはあるね。でもワタシは買わないけどw。

そして敬老の日の当日朝、息子から電話。みんなで行くからナという。母の日にプレゼントも貰ったし敬老の日は要らないというと(まだそんな年じゃないとワタシは思っているw)、孫には敬老の日だろうがとうるさい。学校の宿題でもあるのだろうか。気温が31度にも上がるという予報が出ていたので、8ヶ月の赤ん坊もカイロのような赤ん坊を抱っこするSちゃんも大変だから来ないで良いと渋っているとSちゃんから電話で、ウチの近所のファミレスに今から行くから一緒に食べようという。

仕方なく大量の凍らせた保冷剤を人数分持ちw、出かけていった。外は気温は高くてもさすが秋。意外に爽やかで大丈夫で、赤ん坊を入れた7人の大人数で食事をし、勿論ご馳走になり、たっぷり赤ん坊を抱っこし、触り、孫たちも一渡り撫で撫で、ハグハグして満足したのだった。

そして、翌日、母の所へ。監視の目を盗んでチョコを1個食べさせ、母の毎度のコメント、こんなに美味しいもの久しぶりという声を確認し、雷雲に追いかけられながら大急ぎで帰り、今年の敬老の日は終わった。

恵比寿の東京写真美術館で、3大テノールシネマコンサートと銘打った映画会が開かれてます。

9月21日までです。

13時から「3大テノール夢のコンサート」字幕有り

15時から「3大テノール世紀の競演」字幕無し


15時からの会を昨日見てきました。最高でしたよ。上映時間はきっかり1時間半。オペラファンじゃなくとも楽しめるはずです。

ローマのカラカラ浴場跡で恐らく数万人という大観衆を集めた、指揮者メータ、パヴァロッティ、ドミンゴ、カレーラスという絢爛豪華な人たちによる、もう音楽の格闘技と言っても過言でないような圧巻のコンサートの映画でした。

もう、次から次へと、彼らがフルオーケストラと遺跡を背景にひたすら歌いまくります。メータの汗だくの顔も必見。この写真映画館は新しいだけあって、音響も素晴らしく、1曲毎に思わず拍手w。

ネットでの予約が出来ないようで、1時に友人と待ち合わせチケットを購入したのですが、真ん中の席がまだ空いていて、知られていないからなのか、結局3の1ほど空席がありました。21日までなので空席があるかどうか行ってみなければ分かりませんが、早めに行けば席がある可能性が高そうです。

また、高齢者が目立ちましたので、13時より15時開演の部の方が、字幕無しもあり、観客が少ないのではと思います。ひたすら歌うので字幕は全く要りません。

とりあえず…

詳しくはこちら


北海道の停電に関して、冗長性の議論を目にする。まあ、要するに北海道の電力需要の半分を賄っていた泊原発が停止していて、元々電力に余裕がなく、ぎりぎりに近い状態で回していたので、北海道全体が停電する羽目に追い込まれたということなのだが、このままでは発端となった主力の火力発電所の修理が完了しても、余裕がない状態には変わりがないので、しかも老朽化し無理して稼働している状態の火力発電所は何カ所もあるとのことなので、さらなる大きな余震や不具合が生じればまたしても停電に追い込まれるリスクが常に存在するというのだ。

そうなれば、北海道の厳冬期での停電はすぐさま多数の死者に結びつくことになる。原発をつなぎとして再稼働をするしかないと思っているのだが、原発を恐れ反対する人たちは相変わらず多いし、知事も命令を出すのは躊躇するだろう。しかし、このまま宙ぶらりんな、東京電力他全国から電力を融通して貰っての綱渡り状態を長期間続けるわけにはいかないのも明かだ。すでに北海道の産業に大きな影響が出ている。十分な電気がなければ工場も動かせない。暖房も出来ない、列車も動かない、農業にも電気が必要だし、あらゆる物に影響する。経済は沈滞し、失業が増えるだろう。

また、東北や東京などでそれこそ大きな災害が生じれば、北海道はもちろんのこと、下手をすれば日本の他の地域まで闇に沈みかねないし、日本全体が大打撃を被り、失業者は激増、観光業は壊滅、福祉どころの騒ぎではなくなる。全国の原発の殆どが停止し、どこも電力に余裕がない、常にかなり逼迫した状態にあるのだから、早く政治決断しなければ多くの命が失われることになりかねない、と私はヤキモキしているのだが…。

ここで、突然、身内の話だが、娘のダンナ、ノンちゃんマンが退院した。初夏の腹痛に始まり、1ヶ月間の入院、途中一旦退院し炎症部分が沈静化するのを待って、今回は手術。無事に生還できたので万万歳なのだが、ここでも冗長性ということを考えさせられた。

彼はテニス大好き人間で、毎週末、テニススクール2時間分だけでは飽き足らず、予約が取れる限り娘と土曜も日曜もテニスをしているのだが、今回の手術の際、贅肉がなく(羨ましい)、腹部の皮にまったく余裕がなく(つまり全くたるみがなく…ますます羨ましい)、引っ張れず!縫合に苦労したらしい。お腹に余分な脂肪やたるみがないというのも良いことばかりじゃないのねえ。

働き者の代名詞、アリの社会でさえ、何%かはぶらぶらしているらしい。スワ、一大事、事件だとなれば、普段ぶらぶらしている、いわば余分なものが俄然働き出すらしい。群れが存続するためには余剰が必要なのだそうだ。人間だけでなく、ハンドルでも、何にでも、余裕や遊びって必要なのよね。コワイコワイばかりではなく、地球温暖化や京都議定書、その他にもたらす原発停止のリスクと他とのバランスも落ちついて考えて欲しいなあと思うのだ。

で、常日頃、ぶらぶらと遊軍化している私、非常の際にはしゃきっと動けるだろうか。きっぱりと娘は言う。腰を抜かしてお荷物にしかならないわよ。娘の予言が当たるような気がするなあw。

[追記有り]母の施設のホールに大きな張り紙がしてある。つい先月掲示されたばかりだが、あまりにあまりなのでケアマネさんに聞く気にもなれなかったが、今度は支払窓口にはもっとえげつない張り紙が張り出されたので聞いてみた。

ホールにあったのは、ここは振り分ける場所だから3ヶ月で他に移って貰うという告知で、系列の他の施設名が列記されている。支払窓口に掲示されたのは、長くいると公的に適用される金額が10人で1ヶ月10万円、20人だと20万円減少するので、病院に移す。これまで医師が軽い病気であれば点滴などの医療を施していたがもうしないという宣言書だった。

この施設は、前にいた施設から区の指導が入って長期に収容できないからすぐ出て行って欲しいと言われ、十数カ所回ったあげく、ようやく見つけた施設で、移る際には看取りまでやるので安心して下さいという話だったが、誓った担当者はとっくに移動となっているし、どうすることもできない。

ケアマネさんの話では、経営者が交代し、収益アップを目指しているとのことで、体調を崩して寝込んだら最後、系列の老人病院に送り込まれるという。数日入院させるといって何人か既に移されたが、1ヶ月過ぎても誰も元には戻されていない。ただ寝るだけの生活に入ると高齢者は急速に弱る。今のうちに次の施設を探した方が良い…。

[追記するが、母の施設はいわゆる老健という要介護度が2から4の高齢者のための施設で、毎日のようにリハビリを兼ねた遊びの時間があり、週に何度か個人のリハビリがある。そのため、母は自立できなくなって入所して5年になるが、いまだに車椅子からベッドへ移ることが出来るし、耳が遠い上に認知症ではあるがある程度話は通じるし、色塗りや習字もやっている。ここにいる人たちは寝たきりの何も分からなくなった死を待つだけの老人たちではない。それなのに…だ。]

老人は物ではない。利潤を上げるために移すって、老人が変化に弱く、環境が変われば弱るとよく知りながら医者でもある経営者がそういう判断を下す。なってこった。前の経営者は理想を求めたが、新たな経営者は金を求める。そういう簡単なことなのだが落ち込むねえ。

高齢化で社会保障費が増大の一途を辿っている。分かってまんがな。何とかしなければ社会が持たない。仰せの通り。で、政府は自宅介護推進へと舵を切った。まあ、当然、そうなるだろう。しかし、自宅介護は大変だ。24時間、気が休まらない。ヘルパーさんを頼んでもそれは介護の一部でしかない。徘徊して事故、事件に巻き込まれると、世話をする側が責任を負う。本来なら働いて税を納めることの出来る壮年が親の介護で会社を辞め、税を納めるどころか保障を受ける側に回り、挙げ句の果て、疲れ果てて病気になったり、絶望しての親子心中に走る例も数多くでている。

家族が最後まで仲良く、それぞれ本分を尽くして平和に暮らすには、施設の役割が重要だと考えている。認知症となれば意志が上手く通じず、互いにいらつきし、お漏らしもある。食事1つとっても、拒否だの、誤嚥だの、家族と同じ食事をとれなければ手間も時間もかかり、当然汚すし、大騒動だ。そういう大変な部分をプロの方が担ってくれるから親子仲良くやっていける。ひいては社会の安定、安心して働ける社会へとつながると思うのだ。

また、なぜ日本の施設はもっと公共に開き、ボランティアを受け入れることをしないのだろうか。特別な場面だけでなく、日常的に手伝うボランティアがいればヘルパー不足も補えそうなのだが。何度か手伝わせて欲しいと頼んだが断られた。欧米では大勢のボランティアが入っている。話し相手や移動の補助だけでも助かるはずだ。入ってこられるのが嫌なら考えられる良い方法は他にないものか。

人生の最後のよりどころとなる施設がこんな状況なのだ。母は要介護3なので特養はまず無理だがあちこちにまず申請をだすしかない。我がマンションについては、来年早々のこの地区全体の大規模リノベーションに先駆け、来月には調査が始まる(積み上がった荷物が大問題。どうしよう)。そして修繕が必要なのは建物だけではない。私個人の検査もいくつか入った。月初の旅行の予約も済ませたというのに、急速な展開に目が回りそうだ。怠惰なドラマ漬けの生活が一気に変わりそうだ。

IMG_2858つくづく嫌になる。なぜこうも災害が続くのだろう。

先日、ドナから、孫から日本は、暑さがひどかったが、凄く良かったと聞いたと、自分もすぐにでも来たいようなメールが届いたので、即、夏はクレージーだし、台風が来るし、地震もあるからお勧めしないと返事した。

日本はとても良い国だ。日本ほど治安が良く、親切な人が多く、便利で何不自由なく、社会は安定しており、その上美しい国はない。災害を除いてだ。

東京を大地震が襲うと予想されている。マンションの購入時にも地震を考慮に入れたし、できる限りの準備をしている(何年も前からだからいざとなったら役立たなくなっている可能性もあるなあ…)。

東北、熊本に大阪ときたので、夏のこの暑さにも根を上げ、もはや地震の少ない北海道に移住せざるを得なくなるのかしらと夢想していたら、北海道にも震度7の地震。じわじわと東京包囲網が狭まってきているような圧迫感を感じる。

平成って、もしかしたら平らになるって呪文じゃなかったでしょうね、と言いたくなる。言葉には言霊がある。平成じゃなく平静が年号だったら良かったかも、などとおかしなことを口走りたくなるのは、地球が悪い、温暖化が悪い、いや、上に乗っかっている、あと数十年で地球自体の重さを超えると危惧されているとてつもない繁殖力の人間が悪いからだ。あら嫌だ。盛大なブーメランだわw。

写真は、この上なく平和に昼寝している娘のダンナ、ノンちゃんマンw。

友人が9月は台風が来るから10月にしようと言っていなければ9月の3日から6日まで丁度台風の進路の真下辺りにいて、今頃途方に暮れているところだった。

台風って10月じゃないの、と直島の念願のベネッセハウスに空きを見つけて予約していたから不承不承だったけど、キャンセルして良かった。

それにしても猛烈な台風だった。
そして旅の代わりに病院2箇所を予約してあったのだが、午後の分、1箇所はキャンセル、速乾性の生地のパンツと速乾性のスポーツメーカーのシャツを身につけ、強風に強いという大型ビニール傘に、4時間雨の中を歩いても大丈夫という靴を履いて出かけた。

まだ台風12号は東京から遠く離れているというのに、時折、激しい雨や風が吹きつける。診察が終わったのが12時近く。朝シャン派だが髪は洗うのを止めようと思っていたのについ洗ってしまい、おまけに考え事をしていてポンプを3回も押してしまい、髪の毛が盛大に泡だらけになってようやく気づいたお粗末さで時間を食い、急いで家を出、風にあおられ一段と盛大に逆立つ洗い髪と共に病院に到着。鏡を見てぎょっとするが如何ともしがたい。自分の容姿が見えないって実に素敵だよね。

台風がやってくるからまっすぐ帰ろうと思っていたのに1時間程度遅くなっても大丈夫だろうと病院近くの美容院に顔を出す。私の頭を見ればなんてやりがいがあると喜ぶだろうと思ったが、先客がいた。3、40分待てないのでまた今度と、ただ券があると覚えていたせいで足は自然に西武の7階9月6日までの「私の針仕事展」へ。母が刺繍など針仕事一般が得意だった反動で、私は全くしない。できない。なのにこんな日なのに行くなんて、我ながら呆れる。呆れながら見るがなかなか面白かった。このような根気は私に欠けていると確認するのみだ。そしてデパ地下へ急行。

馬鹿なことをしでかす日だったのかもしれない。一人前を慎ましく買えば良いのに、昼を過ぎペコペコ熊状態で、早く家に帰らねばと食品各種を見て回っているうちに大荷物となり、レジでハッと我に返るが遅すぎる。そうでなくとも力がないのにこの大荷物の上に傘を差して帰るのか…。目の前が暗くなる。

最寄り駅では風はあったが雨はやんでいた。無事たどり着き、食事が済むと今度は娘が気になった。同じ病院に3時から予約しており大抵遅くなる。風雨が強まってくる。外を覗いてももう誰一人歩いてない。5時近くになってようやく今から電車に乗るとメールが。この子は運動のために20分ほどの距離を電車に乗らずに歩くことが多いのだが、降ってなかったからと強風の中歩いたのだという。

こちらは大阪の、トラックも、トタン屋根も、小屋さえ飛びまわる画像を大量に見ていたから呆れはてるしかない。メッと叱ったが、まっすぐ家に帰ろうと思いつつ美容院やデパートに寄り道してしまった私と、やはり親子の血は争えないねw。

子供の頃、第二室戸台風が襲来した時のことを覚えている。雨戸を釘付けにして両親が友人たちと徹夜麻雀で盛り上がり子供たちは周囲を騒ぎ回っているうちに嵐は去った。翌朝、庭には床下浸水程度の水が溜まっていて、近隣の畑や池から逃げ出した小魚やドジョウを捕まえるのが楽しみだった。台風の日は毎回お握りと缶詰の日で子供にはワクワクドキドキする日、ちっとも怖くなかった。昨夜は風の音や雨の音が恐ろしく何度も目が覚めた。大人になったなあ。

私は何も考えない脳天気な子供だったが、同じような進路を辿った第二室戸台風では記録によると、死者194名、行方不明者8名、住宅の全半壊は併せて6万棟を越える大災害だった。大阪での最大瞬間風速は50.6m。台風21号はこれを上回る記録的な強さの台風で、巨大な損害をもたらしたが、現在の所、死者は11人となっている。国が強くなったということはこういうことなのね。

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