あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

2019年09月

ぎっくり腰がなかなか治らない。
これ本当にぎっくり腰?とクエスチョンマークが渦巻き出す。
私の悪い癖。想像、妄想、色々広がり出す。で、調べる。一杯調べる。

ネット上の情報には嘘もデタラメも混じっていると重々分かっていながら調べずにいられない。
職業病なのかも知れない。

腰痛の予防と軽減の体操をyoutubeで見つけ、こういうものは痛くなる前にやるべきで、痛い場合は痛まない程度でやるべきだと分かっていながら、見ながらやってしまうワタシ。

そしてほぼ最後まで無事にやり終え、一番最後に来てお尻の筋肉を鍛えるというストレッチをしたとたん、
激烈な痛みが襲ってきた。冷や汗三斗とは言わないが2リットルくらいは出たんじゃないかなあ…。
どこかで読んだ大人になったらどんなに痛くても泣かなくなったという文が頭に浮かんだ。

20分くらいギャーギャー泣けば痛みも感じないかもなあとちらりと思ったが、やはり涙は出てこなかった。ワタシって大人w。

腰だけで十分まだ痛いのにお尻の筋肉まで痛めてしまった。バカと言ってw。

友人から彼女の会社のホームページの翻訳を依頼された。
翌日までと言う。
ぎっくり腰なんですけどねえ。座ると痛くなるんですけどねえ。

何ヶ月か仕事から離れている。すっかりやる気が消え失せ、もう仕事はいい、このまま止めてしまおうと思っていたのだが、アナタのことも書いたのだからやってよという。彼女の会社の専属翻訳者のような記述だ。別にワタシが頼んだ訳でも、やってと頼まれた訳でもないのだけど、長年の付き合いだ。彼女がそのつもりでいるなら、ま、いいか、と始めた。

40年ほども働いていたって凄いよね。すっかり忘れてしまったと思っていたものが蘇る。なに、この地の文、ぱっと分かるようじゃないとねえ、などと友人だから好き放題にコメントしながら2日かけて訳した。

腰は痛かったが、楽しかった。熱中ということを思いだした。やっぱり仕事復帰しようかな。まだできるかもしれない。

母の施設から契約書の書類一束が送られてきた。増税に伴い色々手直ししたらしい。手書きで沢山書き込まねばならない。連絡先も3箇所、住所、氏名、続柄、電話番号と細々と書き込まねばならない。

息子はまだ家をどうするか決めてないとか、上の妹は急なときにもすぐには駆けつけてはくれないだろうとか、上の娘は固定電話をどうしたのだろうとか、色々な雑念まみれのまま書き込んでいたら、呆れたことに、2ページの書類に7箇所も修正印を押すことになった。娘の姓を旧姓で書いたり、息子の名前を下の娘の姓の後に書きかけたり、ワタシの頭は一体どうなっているのやら。こんな書類、書くのは面倒すぎて嫌いだがこの気の散りようも尋常とも思えない…。

まだ大丈夫と少し前まで意気軒昂に気分が上昇していたのが、やっぱり、ワタシ、もうダメかもと萎んでしまった。

まだか、もうか、悩ましい…。

ぎっくり腰なのだ…
それも今月3回目。
垂直方向と水平方向に歩くのは大丈夫。
なのに座れない。少しでも腰を曲げると衝撃の痛みが”!
靴下やパンツを履こうとするとイタタタタとなる。足でつまみ上げるのは得意とするところだが、腰を曲げないと足でつまみ上げても手が届かない。宝の持ち腐れだw。

で、寝て本を読むか、今やっているように立ってPCを眺めるかしかなく、2日が過ぎた…。
そこにK子から電話。

今週、美術館+街歩き+ご飯という予定だったので、ぎっくり腰で困ったな、行きたいけど行けるかなあ、電話して断らなくちゃいけないかもと逡巡していた矢先だった。

キャンセルの電話だった。

夏の初めに話したときにはお元気だった母上が亡くなられていた。
肺炎だと思ったら肺がんの末期だったようで、最期まで気丈にオムツを拒否、とうとう無理だから今夜からオムツねとなった夜、亡くなられたという。筋を通したのね。昔の日本女性だ。敬服する。K子も病院ではなく自宅介護を選び、通いのヘルパーさんや看護婦さんの助けを借りて頑張って、エラカッタし、母上も嬉しかっただろうなあ。情けないがワタシは根性無しの体力なしだから無理だ。お母さん、ごめん。

で、近所のスーパーで1ヶ月かけて狙っている催し物があり、逃す訳にいかず、エイヤーとこんなところで根性を出して、母のコルセットを身につけ腰には大判の膏薬を貼ってソロソロと向かい、無事に帰ることも出来た。やればできるじゃないの、ねえ。

それにしても、行けないな、困ったなと思ったら、ちゃんとキャンセルになる、これって、何なのよ〜。



ネタがあまりに豊富な上に部屋だけでなく頭もとっちらかっているが、とりあえず書き漏らした夏の思い出を短く御紹介。

この夏の特筆すべき栄えある第1位は
孫1号のトモゾウ。
わずか2泊3日の滞在のおかげか今回は誰も落書きもせず穴も開けてないと思っていたら、見事に障子に大穴を開けた。
これまでは誰も穴を申告していなかったのがちゃんと謝りに来た。よしよし。ご褒美にw張り替えさせた。四角い1マス分だけで良かったのに、奮闘していて隣のマスにも大穴w。最期は上手くいかずセロテープまで動員して少々不細工な障子となったが、ワタシャかまわん。頑張ってエラカッタ。

娘、孫3人とトイストーリー4へ。すったもんだ(長くなるので割愛w)で走って滑り込み。ポップコーンもコークも買えず。子供たちは大笑いしていたがちっとも面白くなかった。やっぱりなあ、年の差はどうにもならんw。孫たちはその後ダンナの方の実家へ。で娘は一人残り友人たちと飲み会、翌日ターミナル駅まで見送る。一緒にデパートをウロウロ、何か食べたはずだが記憶にないw。

下の娘夫婦と横浜美術館での「原三渓の美術展」へ。閑散としていた。勿体ない。この人物、名前しか知らなかったのだが、たいした人だったのね。昔の人の方が人間として私たちよりだいぶ上のような気がするが…。暑くて三渓園までは無理。中華街までも嫌ということで、自宅最寄りのデパートで中華料理w。確かに、ワタシ、我慢も根性もないなあ。

下の娘と金曜日の午後9時までの開館時間延長を利用して、トーハクで「奈良大和四寺のみほとけ」、次いで国立西洋美術館「松方コレクション展」へ。夜はいいねえ。両方とも、かなり空いていてゆっくり見学できた。トーハクで娘とはぐれ、ウロウロ。ちょっと他を見に行った一瞬の隙を突いて入館していたw。夜は近所のイタリアンへ。ノンちゃんマンが合流のはずが、テニスから戻ってこず、ラストオーダーに間に合わなかったので、娘とワタシはワイン付きで楽しんだのに、ノンちゃんマンは可哀想に近所のコンビニ弁当とあいなったw。おまけに、ごめんと、ノンちゃんマンからコンビニのケーキを貰ったw。やったね。

ノンちゃんマンの誕生日。ケーキ屋で「のんちゃんおめでとう」と書いて貰い、ろうそく4本をいれてもらったら、可愛いキリンのマジパンがついていた。4歳児だと間違われたらしいw。台風襲来直前だったので、娘宅で歌を歌い、さくっとお腹に納め、そそくさと家に帰る。窓ガラスに飛来物に備え、大きな敷物を貼る。温暖化が進み気候が激しくなりつつあるのだからマンションにも雨戸は必要かもね。

先日、母がワタシに問いかけた。

私、なんで生きてるの?何もしないでただ生きてるって、何の役にも立たないのに生きているって、死んだ方が良いのに…。

時々頭がしっかりするから恐い。
母の問いはワタシの問いでもある。
ワタシはなぜ生きているのか?仕事もせずに、あっちが痛い、こっちが具合悪い。
母が生きている間はワタシが存在する意味がある。
少なくとも母の役に立っている。ワタシがいなければ困る人がいると、そのことに自分の存在価値があるような気になっている。

まだ五体満足で動けはするが、自分でもいつ突然故障するか分からない、信頼できない体なので何が出来るか考えてもどうにもならない。

子供たちは?孫たちは?いなくても誰も困らない。今後の重荷がなくなるだけでなく、今なら多少の遺産も渡せるから喜ばれるかもと後ろ向きの思考に陥る。ワタシのこれまでの知識や知見など、誰も見向きもしない。何でもネットである程度は検索できるからという。ネットは限定された情報に過ぎないのだが。手伝おうとすれば、いい加減に子離れしろと言われ、愚痴を言う娘にこういう方法はと提案しては、口は要らない、耳だけ寄越せなどとやられてる。

あ〜あ、とため息が出てくるが、これなのか。古い知人が生き甲斐を見つけた、沖縄まで座り込みに行っていると言うのを信じられない思いで聞いたのだが、彼女も、同じく左の運動に取り込まれた別の年上の知人も、子供たちが独立し、親を見送り、ご主人とは半分家庭内別居、生き甲斐をなくした先に自分を必要と言ってくれる人について行ってしまったってことなのか。

うるさいと思われても、嫌われても、分かっていることを告げずに子供たちが失敗するのをじっと眺めるのことができない。意地悪をしている気分になってしまう。

失敗しなければ学ばない、その通りなんだけど、苦労は買ってもしろだと頭では思うけど…。歳をとるって難しいねえ。

さて、お嫁さんが午後から来る。息子が息子なのでワタシを相談相手にしてくれているようだ。嬉しいけど、これって喜んで良いのかなあw。

母には新聞を手配した。チラシは沢山入るかを確認してw。たとえ写真や絵だけでも眺めて刺激を受けて欲しい。自分は新聞を読めるんだというプライドを、馬鹿げているとしても、もってくれたらいいな。

今週も30度越が続くらしい。薄雲が広がっている。外は蒸し暑いらしい。
軟弱なワタシは朝から冷房。午後の一番暑い時間に娘宅の生協の荷物を取り込みに行かねばならない。暑いだろうなあ〜。今からため息。

しかし、母の施設が遠くなったおかげで、娘の荷物を取り込むおかげで、また、夕方娘から電話がかかってきたらイソイソと駅までお迎えに行くという日課のおかげで、辛うじて怠け者のワタシの足や喉の筋肉が正常に機能していられるのだから、ありがたいと思いたまえと自分に言い聞かせるw。

息子夫婦はどうやらウチから40分ほども離れたマンションを購入する気になっているらしい。遠いから行かないと言ったが、どうせ呼ばれてお守りに行くことになるのだろう。ワタシの老後の健康のためには良いことなんだろうけど、面倒だなあ。

それに、3つの候補の中で一番高いところを選びよった。一番安いところ、ウチから2分の所を強力に押していたのだがそれが拙かったのかもw。浪費大魔王の息子が変身すれば良いが、恐らく腕の良いIT技術者らしい嫁さんもフルタイムで働くことになるだろうし、孫4人がウチの前の小学校に通うようになれば、放課後見て上げられるのにと老婆心が満開になっていたが、うるさい婆さんから離れることにしたようだ。

まあ、その方がお互いに平和で良いのだが、やっていけるのかなあ。
母親に心配されること自体が40半ばの男にとっては侮辱だろうが、機会があれば、いや口が達者な熊のように大きくかつ大声の息子と渡り合える元気と勇気がでればw息子に言ってやる。考え無しの自業自得なのだから大変だなどと泣き言は言うな、自立の良い機会、支援は一切しないというか、出来ないよと。

さあ、言えるように練習しなくちゃw。

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