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長年の友人から署名の依頼が来た。彼女の自宅近くに廃プラ工場が建設されそうなので反対の署名を集めているという。

環境運動に熱心な人なのだが、ゴミの処理については残念ながら彼女とは意見を異にする。

こんな住宅地にと彼女はいうがゴミ処理こそゴミを出す人の近くで行うべきだと思っている。都会にいると生産物だけではなくゴミとも距離ができてしまう。自戒を込めてだが、自分は消費する人、ゴミは違う人の問題としてはいけない。

自分がゴミを出す限り、自分の近くでは処理するな、汚いもの、臭いものはよそに行けとは言えないし、言ってはならないのではないか。どうやら反対運動の少ない過疎地に処理工場を建てるべきだと思っている人たちが多いらしいが、それっておかしくないか?水源近くになどもってのほかだ。

今まで杉並病などの問題が生じたことで、疑心暗鬼に陥るのは理解できるが、工場はどこかに作らなくてはならない。プラスチックを一切使わずに暮らすことは不可能だ。便利さを享受するのであれば、それがもたらす害も、もちろん最小限にしていただくが、引き受けるべきだ。

唐突な計画だとか事前の折衝が不十分だという話は聞いたが、では前もって周到に計画を示せば反対運動は起こらないというのだろうか?反対派がすべきことは、自分の所は嫌だ、よそに行けと、闇雲に反対することではなく、処理およびそれに関する安全性を最高にまで高めることを自治体に保証させ、詳しい内容を開示させ、永続的な分析と報告を約束させることではないだろうか。

有害物質が漏れないよう、また周辺に有害物質を排出しないよう万全の体勢を取れば、最高の技術力を駆使すれば無害な工場ができないはずはないと思うのだが、どうだろう。楽観的に過ぎるだろうか。徹底した処理策で知られるドイツなどではどうしているのだろう。

ちなみに私はゴミ処理場の煙突がみえる所に住んでいる。