2008年08月18日

老人施設って…

0a56e110.JPG7月のはじめに見た映画、「アウェイ・フローム・ハー」の中のせりふが繰り返しよみがえってくる。アルツハイマーを患っているヒロインが「黄色は私の色じゃないの。でもここの人たちはなんでも着せちゃうの」というような意味を言うところだ。趣味の良い、かって美しく知的であった彼女がちぐはぐな洋服を着せられていることを夫に説明するところだ。あきらめと一時的に取り戻した自分、施設の人たちとの関係が浮かび上がってくる。

歳をとるとどんなに優れた頭脳でも痴呆の瞬間がやってくる。のっぺりとすべてが混沌となり、痛みも、恐れも分からなくなるのであれば、死の恐怖を薄れさす僥倖とも言えるのだろうが、一番怖いのは、突然、覚醒する瞬間だ。自分の立ち位置、自分の仕草、周囲の反応。ぼんやりと薄明かりの中に漂っていたものが霧が晴れるように瞬間明確に、自分が呆けて自分ではない何者かになっていたことが分かるのは真の恐怖だろう。痴呆はまだらにやってくる。

以前書いたかも知れないが、バス停でしきりに訳の分からないことを訴えかけている痴呆らしい老人の相手を不承不承していたら、突然、「相手をしていただきありがとうございました」とはっきりとした表情で礼を言われたとき、強い心の痛みを感じた。そう、いつ何時、気づいたら、私もどこかで誰かに変なことをしつこく叫んでいたという羽目に陥るかもしれないのだ。

冒頭の映画に出てくる有料の老人ホームでも、人権意識の強いカナダであっても、老人、特に痴呆老人については、その財産である個人の持ち物でさえいい加減な扱いしかされていない。では日本では?mitsuさんのところで実情が紹介されている。庶民にはとても手の届かない有料の老人ホームでさえそうであれば、公的ホームは一体どういった有様なのだろう。

少々前から両親、特に父の痴呆が進んでいるようで、福祉事務所に時々話を聞きに言っている。いわく、予約は出来ない。困った順。それも年単位の待ちが多い。いわく、夫婦を一緒に入れることは出来ない。バラバラに入れ、他の人たちの同意があれば、空きが出たときに一緒にすることは出来る。もちろん、個室など夢の又夢。二人で支え合って60年を超える年月を一緒に暮らしているのに分けることなどできない。

そうか、役人は、ボケかけている老人などには、感情がないと思っているのか。自分は老いることも病気になることもましてや痴呆になることなどないと思っているのか。自分がそんな扱いされても平気なのか。せめて死ぬときくらい尊厳のある死に方をしたいと思うのだが、経済効率の悪い生産性のないボケ老人は社会のゴミでしかなく、ゴミとしての扱いしか受けられないということなのだろうか。

職員は仕方ないでしょと言い、予算がないといった。予算は誰が付けるのだ、その予算はそもそも誰の財布から出ているのだ。国の予算は誰の金なのだ。

ganbare_watashi at 10:48│Comments(11)TrackBack(2)あーあ、何ナノこれって | 医療・健康-臓器移植を含む

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1. 気になる事もあり  [ これからの暮らし研究室 ]   2008年08月18日 11:40
現在のホームの担当者はキラキラした眼を持つお兄さんだ。 初めて会ったとき、眼の輝
2. そうかもしれない  [ 猫と薔薇、演劇、旅ファン ]   2008年08月19日 11:54
http://movie.blogmura.com/ http://movie.blogmura.com/moviereview/ 1月に録画して忘れていた本作をようやく鑑賞。 <font color="#6565FF">桂春團治</font>が演じる作家が「ヨシ子さん」と名前でおだやかに呼びかける。 そのヨシ子さん...

この記事へのコメント

1. Posted by black   2008年08月18日 13:54
3 日本が世界一の長寿国で世界一の老人大国となろうとしてますから、欧米が先進事例にはならないでしょうね。むしろ日本でこうだからかがスタンダードとなるべきですが、、、
2. Posted by hitomi   2008年08月19日 11:53
この映画は予告編だけですが最近録画していた「そうかもしれない」を観ました。

あんなに怒ってばかりいた母も最近は大人しくなって色々忘れると言っています。お互いに親や自分の将来のことが心配ですね。
3. Posted by さなえ   2008年08月19日 21:09
blackさん、周回遅れなのに、先頭に立たなくてはいけないとは、全くねえ。

hitomiさん、今まで真剣に考えたことがなかったので、実情を知ると唖然、愕然、呆然です。どうなることやら不安だらけ。
4. Posted by oss102   2008年08月19日 23:48
社会のゴミへの道をまっしぐらに歩いています。
どんどん加速するように思います。
逆らってもこの道はUターン出来ない恐怖の道です。
5. Posted by mitsu   2008年08月20日 00:12
トラバありがとうございました。

この国は***がいないもんで、どうにもなりません。
最近は親の心配もそうですが老化が著しい自分が不安です。
認認介護になるのも時間の問題みたい。
6. Posted by おおた葉一郎   2008年08月20日 09:37
さなえさま、
重大な勘違いがあるのではないかと心配。
>歳をとるとどんなに優れた頭脳でも痴呆の瞬間がやってくる
それは間違いと思います。認知症は病気です。すでに多くの研究が進んでいます。
体の老化より先に脳が老化する、あるいは特定の病気になると、認知症と呼ばれるわけです。
認知症の原因で一番多いのはアルツですが、その率は全体の4割。血管性のものや、他の病気によって併発するものなど色々。
「治るもの」「少し改善」「現状維持で踏ん張る」「進行を遅くする」「手遅れ」と各種あるわけですが、少なくても「アルツの進行を遅らせる」という薬はあります。

別の意味で、MRIでアルツかどうか調べておく必要がある、というのは遺伝要因もありそうなので、親の存命中に自分に遺伝要因があるのかどうか知っておくという主旨。

ところが、患者の多くは「脳神経科」というと怖がるので(檻付き基地外病院)、かわりに「物忘れ外来」という看板をかけて偽装してます。「ちょっと、物忘れに利く薬をもらいにいきましょう」とか連れて行くみたいです。もちろん入院などできませんけど。
7. Posted by black   2008年08月20日 13:55
4 アルツハイマーの薬で効果的なものはないでしょう。でもそんなに恐れる病気でもないでしょう。問題はそうなってしまってそれを支える仕組みが貧弱なことが恐ろしい。予防予防という風潮は良いのですが、予防できると誤解(意図的な?)して、なった場合の制度を作為的に?コストがかかるかという理由で作らないこと、、、それが怖い。みんないずれはなるという発想で、対応する制度を作るべきだと思います。アルツハイマーは、発見された時に長寿の病気とされました。アルツハイマーは長生きだと。ボケても生をまっとうするという長寿をむしろ評価すべき。施設に往診にいってつねづねそう思います。
8. Posted by さなえ   2008年08月20日 16:00
oss102さん、自分がどうなるか分からない、でも進むしかない「恐怖の道」ですよね。後は野となれなんでしょうけど。結局、人の役に立つことが一番幸せなのだろうと最近思います。堂々と生き、死ぬこととも子供たちの見本となるかしらとか、反面教師でもいいやとか。支離滅裂です。どなたかが、死ぬのは二度とない経験なので、ゆっくり楽しむとおっしゃっていましたが、死ぬ瞬間に覚えていられるかしら。

mitsuさん、うちの両親は認認介護一歩手前です。二人で頑張っていてエライと思いますが、あと何年大丈夫だろうと、いつもいつも心配です。でも、認認介護どころか独居老人たちはどうすればいいか、どうなっているのか、ぞっとします。
9. Posted by さなえ   2008年08月20日 16:15
おおた葉一郎さま、現役お医者様のblackさんがコメントなさっている通りです。若年性の認知症は病気ですし、アルツハイマーも病気ですが、老人になると、病的な痴呆でなくても呆けてくるのが自然の摂理のようですよ。微細な梗塞も50代後半くらいから多くなるようですし。もちろん、老人の定義にもよりますし、呆けの程度によりますが、平均寿命を超えた当たりからは頭脳になんら問題のない人の方がごく希になるのではないでしょうか。ある程度の歳になれば痴呆の進行を多少穏やかに抑えることは出来ても元に戻すことは出来ないようです。
かくいう私も、口が勝手なことをしゃべったり、買うつもりの物を買わずに買わないつもりの物を買ったり、「あの、その」を連発し、呆けの道をまっしぐらに辿っています。
10. Posted by Side discussion   2008年08月24日 00:42
 認知症とかADは他人事ではなく、恐ろしい自分の行く末です。
  ある書物に、脳を使うこと、運動(歩くこと)、ストレスを持たない、新鮮な野菜果物からのポリフェノール摂取、豆類オリーブオイル等々がいいと。プラス、煙草と酒飲まない。これだけで怖いことを避けたり遅らせたりできるらしいが、発症したときに医者に行くと薬品の投与が余計病気を重くするとも書かれていた。おお怖い!! 
11. Posted by さなえ   2008年08月24日 16:29
Side discussionさん、おっしゃる通り、「恐ろしい自分の行く末です」。頭脳明晰なままで死や老い、痛みと直面するのは辛いので、充分長生きすれば呆けるというのは本来は天の恵みでしょうし、老後を物理的に幸福なものにするのは政治的に可能なことなんですけどねえ。

色々、こうすれば呆けないという説がありますが、確率の問題のような気もします。刺激は有用で、適切な刺激を与えれば、歳をとって神経細胞の断絶や現象が生じても脳は細胞を延ばして代わりを務めようとするけなげなヤツらしいですが、如何せん、負け戦という気がします。それでも、まあ、今年こそ、敬老の日には両親にDSをプレゼントしようと考えています。使わなかったら、私が脳トレでもしますか。

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