北海道の停電に関して、冗長性の議論を目にする。まあ、要するに北海道の電力需要の半分を賄っていた泊原発が停止していて、元々電力に余裕がなく、ぎりぎりに近い状態で回していたので、北海道全体が停電する羽目に追い込まれたということなのだが、このままでは発端となった主力の火力発電所の修理が完了しても、余裕がない状態には変わりがないので、しかも老朽化し無理して稼働している状態の火力発電所は何カ所もあるとのことなので、さらなる大きな余震や不具合が生じればまたしても停電に追い込まれるリスクが常に存在するというのだ。

そうなれば、北海道の厳冬期での停電はすぐさま多数の死者に結びつくことになる。原発をつなぎとして再稼働をするしかないと思っているのだが、原発を恐れ反対する人たちは相変わらず多いし、知事も命令を出すのは躊躇するだろう。しかし、このまま宙ぶらりんな、東京電力他全国から電力を融通して貰っての綱渡り状態を長期間続けるわけにはいかないのも明かだ。すでに北海道の産業に大きな影響が出ている。十分な電気がなければ工場も動かせない。暖房も出来ない、列車も動かない、農業にも電気が必要だし、あらゆる物に影響する。経済は沈滞し、失業が増えるだろう。

また、東北や東京などでそれこそ大きな災害が生じれば、北海道はもちろんのこと、下手をすれば日本の他の地域まで闇に沈みかねないし、日本全体が大打撃を被り、失業者は激増、観光業は壊滅、福祉どころの騒ぎではなくなる。全国の原発の殆どが停止し、どこも電力に余裕がない、常にかなり逼迫した状態にあるのだから、早く政治決断しなければ多くの命が失われることになりかねない、と私はヤキモキしているのだが…。

ここで、突然、身内の話だが、娘のダンナ、ノンちゃんマンが退院した。初夏の腹痛に始まり、1ヶ月間の入院、途中一旦退院し炎症部分が沈静化するのを待って、今回は手術。無事に生還できたので万万歳なのだが、ここでも冗長性ということを考えさせられた。

彼はテニス大好き人間で、毎週末、テニススクール2時間分だけでは飽き足らず、予約が取れる限り娘と土曜も日曜もテニスをしているのだが、今回の手術の際、贅肉がなく(羨ましい)、腹部の皮にまったく余裕がなく(つまり全くたるみがなく…ますます羨ましい)、引っ張れず!縫合に苦労したらしい。お腹に余分な脂肪やたるみがないというのも良いことばかりじゃないのねえ。

働き者の代名詞、アリの社会でさえ、何%かはぶらぶらしているらしい。スワ、一大事、事件だとなれば、普段ぶらぶらしている、いわば余分なものが俄然働き出すらしい。群れが存続するためには余剰が必要なのだそうだ。人間だけでなく、ハンドルでも、何にでも、余裕や遊びって必要なのよね。コワイコワイばかりではなく、地球温暖化や京都議定書、その他にもたらす原発停止のリスクと他とのバランスも落ちついて考えて欲しいなあと思うのだ。

で、常日頃、ぶらぶらと遊軍化している私、非常の際にはしゃきっと動けるだろうか。きっぱりと娘は言う。腰を抜かしてお荷物にしかならないわよ。娘の予言が当たるような気がするなあw。