自分のことを棚のずっと上の方に置いていうのだが、世の中、おかしな人たちが大勢いるねえ。
日本人には個性がない等と言ったのはどこのどいつだw。

秋に一緒に旅行してエライ目にあったY子、あんなにアートを下らないとか、詰まらないとかけなしたというのに、生田の岡本太郎美術館に行ったと写真を送ってきたときに、もう係わりたくないと精一杯の皮肉を込めて「アートは下らないと言っていたのにどうしたの」と返事をしたのだが、彼女はめげない人だった。

忙しいから電話にでられないと断ったら、ちょくちょくメールや写真を送りつけてくる。そして、今日も写真が送られてきたので、青山の岡本太郎美術館を勧めつつ、美術愛好家になったのかと、皮肉の第二弾をメールしたら、かなり傾いている。昨年は本当にお世話になりました、なるメールが♪マーク付きで送られてきた。負けた。どうもまた旅行にでも誘うつもりのようだ。でももう甘言で家から引きずり出されないぞ、とこれを今年の誓いとするw。

近所に住む30年来の友人で京都に一緒に旅行してイビキのすごさに仰天した、Fさん。昨秋、虫の居所が悪かったらしく、私が20年も前の引っ越しの際に彼女に通知を出さなかったと突然怒り出し、友達じゃないと絶交宣言された。私の前に彼女も引っ越し、手伝ったのだが、彼女も私も同じ地域内での引っ越しで彼女も通知を出さなかったのに、それを忘れて今頃何を言うと呆れて反論もせずに別れたのだが、先日、公園で私を見つけてかけ寄ってきて、何事もなかったかのように上機嫌で話しかけてきた。

トルコに共通の知人Aさんと旅行したのだが、Aさんが旅行中に突然、切れて絶交されたという。こちらは、あ、イビキのことを告白せずに旅行したなとぴんときたのだが、ね、変な人でしょなどと言う。海外で何日も眠れない夜を過ごしたに違いない可哀想なAさん。私だって二度と彼女と一緒に旅行など行く気はない。

まあ、仲直りするのは嬉しいことなのだが、皆等しく歳を取り、体だけではなく感情のコントロールも上手くいかなくなっているのがよく分かる。歳を取るって大変だと今更ながら晩年の父を冷たい目で見たことを反省。ワタシは少しはマシな婆さんになれるだろうか。ダメだろうなあ。抑えられないから後悔するのだし。父が社交家だったから、晩年、母がどれほど大変だったか、長女だからって、側にいるからって私にばかり手伝えって言うのは何よと反発していたのも反省。今頃反省してもどうにもならないけど…。

頼んで嫌そうな顔をされると頼めなくなる。重ねて頼むのはエネルギーがいる。助けが必要な人ほど助けてと言わずに黙って耐えるしかないのは皮肉だ。元気なときには年末の掃除や調理などをせっせと手伝ってくれていた娘たちがガンバレ、体を鍛えなくちゃ、などと手は出さず口ばかりになったのは私がアレとコレとと指示するのも面倒になって前より静かになったせいかもしれない。

今年も嫌がられても、せいぜい、先回りしてお節介し、頑張ってしつこく助けてとうるさくして、将来の後悔の元を取り除いてあげねばと、おかしな誓い第2弾。段々こうやって意地悪婆さんに近づいていくような気もするw。