IMG_0188夏が近づいて来た。いや、もう十分夏だと宣言して、もう十二分に暑くなったこれ以上は止めようとの夏の自覚を促したいところだ。

そんな暑い中、今年も農家へ買い出しに行った。コインを入れて中の野菜を取り出す方式なのだが、今年は様子が違う。

大根が私の股ほどの太さがある。おまけにひび割れている。ワタシのはひび割れてない。
赤カブはピリッとするからちっぽけな小粒が良いのに、一人前の蕪ほどの大きさがある。こちらは好き勝手に激しく凸凹している。
キュウリも肌が汚いこと。ざらざらの凸凹で、ワタシの肌よりずっとひどい。瑞々しいとはとても思えない。

この農家の主のおじさんは趣味で農業をやっているような気配があって、毎年違う品種を育てるのが好きだといっていた。畑で作業をしている姿をよく見かけたのだが、最近は見かけなくなっていた。

きちんときれいな野菜に育てる、俺の茄子は天下一などと自慢する人の野菜じゃない。
もしかして…。作業をしていた人に聞いてみた。

危惧したとおりおじさんは亡くなっていた。数年前、癌の手術をしてねと、頼みもしないのにシャツをまくり上げて胃からおへその下まで続く生々しい傷跡をみせてくれたことがあった。ワタシもおへその上からクエスチョンマーク型に迂回して下まで続く手術跡をみせて自慢したかったが。見せて激励できなかったのが心残りだ。

本来なら、とても売り物になるとは思えないボコボコキュウリを買ってきた。皮むき機で皮をむいて食べた。美味しかった。

家には母宛の葉書が届いていた。母の親友の訃報だった。
母に知らせるべきだろうか。どうしたものだろうか。

女学校時代の親友で、足を痛めて寝たきりになっていた。2年ほど前、ご自宅に電話して、前もって時間を合わせて起きて貰い、携帯から母に電話させたことがあった。2人とも耳も遠く、自由に動けない。携帯をしっかり耳に当て、交互にひたすら名前を呼び合っていた。亡くなる前にいくらでも電話する暇を作れたのに、思っていたのに、できなかった。母は親友の声をもう二度と耳にすることはないのだ。

母に知らせるとがっくりくるかも知れない。もう彼女の名前にも反応しなくなっているかも知れない。ワタシの名前もあやふやになっているが女学校時代の思い出はまだ残っているかも知れない。

母に長生きして貰いたい。言った方が良いのか言わない方が良いのか、悶々とする。