あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

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IMG_0025さて、妹と海を挟んで乾杯したのだが、自分で自分の首を絞めることになった。

 

というのも、現在、娘宅のリノベーションとリフォーム、それに伴う追加工事などで自分のところの準備が全くといっていいほどできていない。お尻にしっかり火がついていてストレスで眠れなくなっている有様だ。とにかく物が多い、多すぎるのよね。でも物は思い出でもあり、壊れていないのに、あるいは手を通してなかったり、未使用だったりする物を捨てるのは、慰謝料も要求せずに蓄えらしい蓄えもなく、無謀にも、13年間専業主婦で仕事もコネも何もなく海外から浦島太郎の女版のように帰国し、子供3人抱えて困窮シングルマザー生活を送ってきた私には、実に実に難しいのだ。娘たちや息子は容赦なく、躊躇なく、何でも捨ててしまい、私に捨てたものを拾うんじゃないなどと言うのだが、この子たちのこの先も心配のない生活が待っていると確信している態度を見ていると、ああ良かった、お金に困ってないのだなと思うと同時に、人生何が待っているか分からないのにぽいぽい捨てて大丈夫かという一抹の不安も感じるのだ。

 

横道にそれたが、ご想像通り、乾杯は母が特別養護老人ホームに入れることになったからだ。万歳。老健の施設の経営者が代わって以来、長くいれば損する、すぐにでも出て行けと、暗にではなく明確に指示する大きな貼り紙を玄関ホールに貼りだして一気に施設の空気が悪くなり、何人ものヘルパーや事務員が辞め、母もいつ出されるか分からない状態で、焦って施設を探していたのだ。系列に特養もあるが、この経営者の下の特養などに母を入れたくない。IMG_0019

 

              
  →こういう環境の施設なら良いんだけどネw…


しかし、いくら焦っていても母が人生の最後を過ごすことになる場所なのだからどこでも良いというわけにはいかない。ある程度通いやすい、ユニット型施設に絞って、ネットで調べ、施設を見学し、面談し、
3カ所に絞った。希望の1番は母も患者であり、私のかかりつけの病院が協力病院となっていて、入居者の自主性を重んじるので、室内でワインやビールもOK、今の施設では禁止の生花も鉢植えも持ち込んで良いという施設だが駅から十数分歩かねばならない、2番は父が亡くなった、母も入院していた大病院に近接している新しい明るい施設で一番行きやすいところにある、3番は駅から徒歩3分という便利な場所にあり環境も一番良いのだが協力病院がなく、病気の際には家族が連れて行くことが基本という施設である。

 

どの施設も待機者の長いリストがあり、2番からは早々と他の複数の施設にも申し込むようにと言われてしまった。1番も3番も多数が待機している。申込者は点数化され声がかかるのを待つのだが、3番は母の場合は早期にお声をかけられると思いますよ、まあ1年以内にはですがと言われ、意気阻喪したのだが、面談からわずか2日ほどで3番から電話が来た。施設の母と面談したいので立ち会ってほしいというのだ。立ち会いが入所の前提らしいので慌てた。3番だとこれから病院通いが多くなるだろう母に、今でもあっち痛い、こっち痛い、の私が毎回付き添えるとは思えない。

 

そこで、こちらからワイワイ言ってはどうかと躊躇したが、1番希望の施設に母の点数と順番を問い合わせ、数ヶ月なら待てるから待てば入れる可能性はあるのか、お宅の施設に是非とも母をお願いしたいと訴えると、熱意が通じたのか、競争意識が働いたのか、3番の前日に立ち会いを入れてくれた。とはいえ、この1番は母のいる施設に以前立ち会いに来たが1年たっても声がかからずその入居者は別の施設に行ったという話を聞き不安になった。相談員の人に1番と3番、双方の評判を聞きこんでもらった。1番は給与水準が高く、離職率が低いとのことだった。つまり働く人たちの居心地がいい、余裕があれば入居者にも親切だろうと判断したのだが、いくらこちらが良いと思っても向こう様が思ってくれないことには話にならない。

 

かくて相談員さんと1番攻略の戦略を立てた。どの施設も人手不足に悩まされている。当然のことだが、同じ点数であれば扱いやすい、問題の少ない人間が選ばれる。自立度が高ければ猶更だ。しかし、緊急性が低いと判断される危険性はある。相談員さんは母が穏やでトイレも大抵ひとりで行けると強調し、私は入所後に備えて、日によって状態が大きく変わるが声を荒げるようなことはなく、扱いやすいと思いますと売り込んだw。

 

翌日、3番の施設は立ち合いが終わるころ、母の健康診断結果を送付するよう頼んできた。え、早い。そして夕方には母に来てもらいたいからという電話が。さて、困った。一度断ると2度目はない。幸いというか、リノベーションとリフォームで一番大変な時期を指定してきたので、5月でとお願いしたのだが、やはり自由度が高く、相談員も明るく元気な1番が好ましい。大きな賭けだが賭けてみようと1番に電話でこういう話がきたが、やはりお宅が可能なら、可能性があるなら待ちたいのだがと告げると、そこまで言っていただけるならということになり、今月中は身動きできないと日延べを頼むと母の移動もしてくれると申し出てくれた。そして実は母がリストの一番上だったことを知った。自宅がすでになく、介護者がいない(エレベーターなしの5階には上がれない)、そして区民優先で、扱いやすいだからだ!(^^)!

 

しかし、まあ、急なことで、あと数日で入所日となるのに、朝の8時半から詰めてもう4時を過ぎたというのに娘の家から動けない。大量の書類や手続き、区役所への届け、名札付け、衣類の調達という仕事が増えた。室内履きも購入しなければならないが、足がむくんでいるので市販のものは無理で、注文なのだがどうしよう。ここ数日、よく眠れない。来月早々には工事が始まる。何度かやり取りした電気屋は半分ボケているのか、話が通じないので、来ても来なくてももういい、来なければ年季の入った洗濯機を使い続けまでだと覚悟した。今日、工事事務所から工事個所でのアスベストの含有が判明したから工事日を1日増やす旨連絡があった!

 

ね、必ず一連のドタバタが伴うのだ。私って、運が良いのやら悪いのやらどっちだろう。まあ、最後はうまく望みどおりになる収まるのだから運が良いのよね、ウンw。

何度入院したか、数え切れないほどだ。

お産だけでも3回w、流産しかけてプラス1回。最初の大きな病気は就活の最中、某ラジオ局にほぼ決まり働きたい部署はどこかとか今度役員に面接ねとかいう話になった直後に4ヶ月間入院。ドタバタの急病だったので両親も某局に連絡もせず、当然、ノーショーw、そのまま話は流れたはずで、担当者は怒っただろうなあ。腸捻転のような症状がでたのは離婚を考えていた頃。手術のための予備麻酔をしたまま病院の連絡の手違いで廊下に放置され、医師の方針が変わり、多分、手術室が一杯だったんだろうけど、大量の点滴と胃洗浄の末、無事w、手術をせずに済んだときは10日間くらいかな。そうそう親知らずを入院して抜いたことも。リングが子宮壁を突き破り1泊。腹膜炎で1ヶ月。子宮体がんで3ヶ月。半年後水腎症になりステントを抜くため1週間。

その後はめでたく25年間入院はしないですんでいる。

最後の3ヶ月+1週間が一番きつかった。娘たちはまだ中学生と、高校生。息子は海外。一番お金がかかる頃であり、仕事が丁度波に乗りかけで大事なときだった。シングルマザーが死ぬ訳にはいかない。

ベッドの上で仕事をし、少々稼いだw。
稼ぐ以外にやったことは、楽しいことだけを考えること、見ること、聞くこと。なるべく沢山笑うこと。小さな声で歌うこと。テレビも本も徹底して悲しい物は排除した。ベッドの頭の上にはコンサートのチラシを貼り、退院したらやりたいことを考えた。

手術までは毎晩、眠るときには、槍を持った仮想のいわばバイ菌マンを想像し、自分の体の隅々まで意識を順繰りに動かして、そのヒーローバイ菌マンがガン細胞を見つけ出しやっつけるところを何度も何度も想像した。

もちろん、素人の私は、免疫に頑張って貰おうと目論んだのだが、手術の後、医師がおかしいなあ、検査時より小さくなってたと言ったから多少は効き目があったのかも。

あれから20年以上経った。子供たちはみんなおじさん、おばさんと呼ばれる歳になり、孫は7人できた。諦めないで、ベッドの上で泣かないで笑ったのが良かったのかな。どんな天才でも死を避けることはできないが、最後までしっかり頑張ることが子供に残せる最後の教育だと思っている。奇跡が起こるかも知れないのだし…。

駆け足での大阪、京都旅行から帰ってきましたが、疲れました。無理はできない歳になったことを痛感。旅のご報告は後ほどにして、まずは旅行前日に詐欺電話で走り回った話から。

固定電話は取り外していない。大体、勧誘しかかかってこないことが多いのだから外した方が良いような気もするが、海外の妹や母の施設関係などは固定電話にかかってくる。

旅行前日、母の所に洗濯物を届け支払いを済ませて帰ってくると、電話が鳴った。

区役所からだった。介護保険の件だという。保険料の計算ミスが見つかり、この5年間に過剰に支払った累積額が2万数千円になっているのですが、その還付申請の締切日が昨日だったのに書類が提出されていないのでお電話しました。落ちついた男の声で、背後には多数の電話で話しているような音がする。青い大判の封筒に入れて発送したのですが。母宛か聞くと私宛だという。ふーん。まあ税金は払っているから少しでも戻るなら嬉しい。

書類の発送日を聞くと半年ほど前だという。

その頃なら郵便受けから頻繁に郵便が盗まれていた。区役所からの書類も盗まれたのだろう。その旨伝えると、届けたかと確認され、管理組合に届け、近所で盗難が頻発していたので警察にも組合から届けたはずと答えた。

事情が分かりました。それなら、締め切りを過ぎましたが手続きを進めます。30分ほど後に銀行から確認の電話が入りますので、それに従って下さいと電話が切れた。

銀行?そんなサービスがあるのか?おまけに私の住所ではない区役所からの電話だ。しかし、母の関係書類はその区から、私宛てに送られてくる。色々な新たなサービスが導入されているので、区役所も確認が取れれば簡単に受け取りができるようにしたのだろうか。

ともあれ翌日から旅行。ここのところ仕事もせずに散財が続いているので嬉しい。ワクワクが疑問を抑えた頃、銀行から電話がかかってきた。

駅の向かい側に取引銀行の無人のATMの設置箇所があり、そこの機械が最新式で対応できるようになっていますので、お手数ですがそちらに向かって下さい。ハイハイ。

携帯電話をお持ちでしょか。携帯の番号を教えて下さい。ふむ?疑問が勝った。さては…。

昨日、携帯を落として壊したみたいで使えないんですよ。あ、でもないと困るので、買いに行こうと思っていたところなので後でブースに着いたら電話しますから電話番号を教えて下さい。

携帯番号は機種が新しくなっても変わらないから今の番号を教えて下さい。

今はガラケイだけどスマホに変えるし、スパムが多いから番号も新しくしようと思っていて…。

え…。ちょっと待って下さいと数分間、誰かと相談。090で始まる電話番号を言い、無料番号ですからと言わずもがなの一言。無料電話できる銀行があれば良いけどねえw。3時までですから急いでとまたしても墓穴。還付金なら急がなくても良いでしょうに。これで詐欺確定。

勿論、電話を切った後、直ちに警察に電話し、相手方の名前、電話番号など詳細に報告。こちらの名前、携帯番号など色々聞かれ、思わず、これ、警察の電話ですねと確認してしまったw。捕まえに行ってくれたかなあ。メモの有無も問われたので、捕まえたら証拠として提出するのだろうと年月日を入れて置いたw。

それから銀行に向かい、保安担当の人に15年も昔に引っ越したのに昔の情報に従って電話が来たこと。最近の情報は管理されているだろうが、古い情報も管理されているか、きちんと手順を踏んで破棄されているか、確認して欲しいとお願いしてきた。

オレオレ詐欺や還付金詐欺にどうして易々と引っかかるのだろうと疑問だったが、最初の区役所職員役からの電話だけなら、騙される人は多いだろうなあ。ある程度の基本知識があったから助かったが、そういうサービスが導入されたと勘違いする人もいるはずだ。しかし、日本の役所はまどろっこしくて面倒で普段は腹立たしいが、きちんと確認しなければお金の支払いなどするはずはない。ちゃんとしている。

旅費の一部になると、期待から細かな疑問点を見たくないという心理も働いたが、結論は、美味しい話は転がってない。欲はかくもんじゃないという当たり前のことだった。



P1030304この間の原発の記事に様々なご意見をありがとうございました。

反省することも大事だけれども、それ以上に、子供たち、日本の未来のために、大人である私たちができることは、これから何をどうすればよいのかを考え支援することじゃないかしら。

5月2日付日経朝刊にドイツの原発の話、「原発ゼロ」めざすドイツ−原子力教育の灯けさず(東京版13面)、そして5月3日付日経朝刊には、「チェルノブイリ 30年の現場(上) 副題として観光客に過ち伝える/フクシマ、若者が動く、キエフ工科大学長のインタビュー「廃炉ロボで日本と強力を」(東京版13面)」が載っていたので、関心がある人にお勧めです。

イデオロギー論争や思い込みを廃した中立的な科学の視点からの良い記事だと思いました。
チェルノブイリに関する記事はこの後「下」が続くと思います。

ドイツは原発をすべて止めたと思っていましたが、まだ動いていました。ドイツは陸続きに原発大国のフランスもあり、日本と違い止めても電気の供給に不安はないはずなのですが。

以下は記事のざっくりした要約です。

ドイツでは水素・原子力エネルギー研究所のメンバーが5年前と比べて1.5倍以上に増え、様々な安全性を高める研究などに取り組んでいるが、優秀な若手研究者を引きつけるための研究プロジェクトとして、次世代原子炉の研究を行っており、炉心誘拐を起こさず安全性が高いとされる高温ガス炉の研究では日本などと連携を進めたいという。ドイツにはそれ以外にも廃棄物処理研究所などで処理技術の研究も行われている。

福島の6倍の放射性物質を放出したチェルノブイリではようやく来年から廃炉作業に入るが、いつ廃炉に出来るのかは分からないという。高度な技術が必要な核燃料の回収方法もまだ未定だ。福島では工業高等専門学校生たちが昨年から始まった「廃炉想像学習プログラム」で、東大などと連携して放射線や廃炉工学の知識を身につけようとしている。

希望の芽が出てきているような、明るい気分が多少ですがしませんか。

原発要らないと即座にはっきり言えたらどんなに良いだろうと思う。

ウン十年前、原発反対の署名運動をした。環境問題にも取り組んできた。その上で、原発は必要悪だと納得した。電気がなければ日本は1日もやっていけない。放射線で1人も死ななかったが、真夏に都会で電気が数日止まれば数万人の死者が出てもおかしくない。農業も電力なしでは成り立たない。電気がこなければ水もでない。

原発が必要だった理由の1つが電力の安定供給だ。

石油原産国に振りまわされるのを避け、安定した電力が供給されなければ、近代工場など操業することは不可能だ。石油ショックの際の騒ぎも覚えている人は多いだろう。堺屋太一の「油断」を読んで、ありうると鳥肌が立った。第二次世界大戦のそもそももも石油が大きな原因の1つだと聞いている。

太陽光発電など自然由来の電力は3.11の後、急ピッチで伸びているが2013年現在でまだ2.2%に過ぎない。つまり今でもまだ微々たる割合に留まっている。その上、パネルは地震で壊れても発火するし、自然破壊ももたらす。また日本のように台風、大雨などに絶えずさらされる国では安定した電力を太陽や風などに頼ることは出来ない。

化石燃料、特にコストの低い石炭での火力発電所の建設も進められているが、世界では石炭はCO2を排出し、空気を汚染すると禁止の方向への動きがある。おまけに、中国などの電力消費が増大したあおりで石炭輸出国だった中国は輸入国に転じ、受給が逼迫、コストは増大してきている。

京都議定書での約束、その後の協定で、日本はCO2排出量を2030年度に2013年度比▲26.0%(2005年度比▲25.4%)の水準まで削減することを約束している(環境省データ)。できなければ巨額の賠償が待っている。途上国から排出権を購入したりもしているが(ここでも多額の資金流出)、すでに乾いた雑巾を絞ると言われるほど省エネに取り組んできたその上だから不可能だというのが多くの見方だ。つまり歳出が大幅に増加するだろう。高齢化による福祉関連費用の増大に加えてだ。

原発を止めたことにより、東日本大震災から4年間ですでに11.5兆円が煙となった。地震対策、福祉費用、高齢化・少子化対策、その他諸々に有効活用できたかも知れない巨額の資金が煙になったのだ。この先も同様に煙となる。

個人も企業も省電力を目指して頑張っているが、まだまだ道は遠い。私事だが311以前と比べ電力消費量は2割ほど減少したが、これ以上の削減はもう無理かもしれない。

経済産業省の「エネルギー白書」をベースに書かれた日本の発電力の供給量割合[最新版](火力・水力・原子力・風力・地熱・太陽光等)に詳しいので関心がある方は参照していただきたい。

ここに中国問題が加わる。
南沙諸島、西沙諸島の領有権を主張し、すでにミサイルを配備し、滑走路も完成している(2月17日付BBC)。
中国は国内問題が爆発寸前と言われ、そのようなときには外にたいして攻撃的になるのが常で、周辺諸国との緊張感が増している。

このBBCの地図を見れば一目瞭然だが、これらの基地は日本向けの石油タンカー等、物資運搬の航路に当たる。つまり、何かあれば、石油の輸入がたちまち止まるのだ。そして中国は沖縄でさえ元は自国領土だったと公然と口にするほど攻撃的だ。

福島以来、原発が怖い、地震国でしかも活発化している。心情はよく分かる。私だって怖い。

しかし、福島原発は地震では壊れたのではない。津波による電源喪失で水を循環させることが出来ず爆発した(福島第一原子力発電所−WIKI)。替えの電源を確保できた福島第二は問題を起こさず避難民を受け入れた。
なぜ代わりの電源がすぐに入手できなかったのか。

福島第一原発が米国のGE製だったために、すぐには取り寄せられなかったのだ。もちろん、あの津波の惨状で道路は寸断、がれきが山積だったこともあるが日本製であったらもっと早く入手できただろう。ではなぜ米国製であったのか。

その頃生じていた激しい日本叩きと関係があると私は憶測している。米国から何か購入する物がないか日本から買い物の使節団が渡米したこともある。私がいた某都市では日本人と間違えられた中国人男性が殺害されるという事件も生じた。多数の米国企業が競争に負けて苦境に立たされていたためだ。

電源が喪失しなければ、爆発は生じなかった。そして電源問題は解決されているし、耐震対策も、地質調査も新たになされた。

また、停止するだけではリスクは同じだ。
点検中で分解停止していた4号機が一番危ない状態に陥ったという。
廃炉には取り出したプルトニウムの処理などの困難な問題がつきまとう。ならば古くなるまでのある程度の期間、使用した方が合理的ではないか。

さらに、原子力関係は裾野の広い分野である。関連企業も関連技術も多い。日本には今まで蓄積してきた多くの技術があるのに、それがなくなったら、この先の廃炉に至るまでの期間の点検、メンテナンスなどの技術者の育成はどうなるのか。

また周囲には大量の原発を抱える国が存在する。例えば、韓国は30基といわれ、原発がクリーンなエネルギーを創出するからと中国は270基を計画・建設している。これらの国での管理はどうなっているのか。ただでさえビルや鉄道の崩壊や事故の多い国なのに、非常に怖い。日本の技術で助けられるかもしれないのにとも思う。

以上を考え合わせると、順次、減らして将来は無くすにしても、八方ふさがり。当面、原発は動かさざるを得ないとしか思えないのだ。

尚、人それぞれ、考え方が違うから面白いと思っています。イデオロギーに偏らない異論、反論がある方、どうぞ。

「きっと、星のせいじゃない。」を見てきた。主人公は13歳で癌が発症し、両肺にも転移をしていてもう末期にいる多分、18,9歳くらいの女性だ。両親は何度も覚悟をし、それでも何とか助けようと必死で、彼女を癌グループに参加させる。彼女は捨て鉢で、反抗的で、でも嫌々参加するのだが、そこで彼と出会う。

18歳の男の子は癌を食い止めるため、片足を切断している。癌は再発していないはずだったのだが…。

ありきたりのお涙頂戴の話のように聞こえるだろう。筋書き通りに進むと思うだろう。その通り。でも人間賛歌の映画でもあった。半分の時間泣きっぱなしで、終了後はトイレに鼻をかみに駆け込みマスクで顔を隠したのだったw。娘に言わせるとニュースを見ただけで泣くほどの涙腺ぼろぼろ人間は見てはいけない映画だったのだが、さわやかな映画だったとも言える。

末期の癌患者であろうとなかろうと、いつまで自分の寿命があるのか誰にも分からない。私たち全員が死すべき者なのだから。

その中で、「アキレスと亀のパラドックス」の理論がでてくる。哲学的な頭も数学的な頭もない私にはホニャララ
としかいいようがないのだが、アキレスが亀に追いつくまでの時間を無限に区切るため追いつけないというもので、無限という時間がこの映画の鍵にもなっている(と思う)。どうせ地球はそのうち太陽に呑み込まれ…という捉え方もあれば、例え1人の人間であっても深く関わることの大切さという視点もある。

絶望の中にも希望はあり、もうダメから本当にダメになるまでにも希望がある。

ということで、もう少し頑張れるかもという気分になれた映画だった。死ぬまで生きるのだし、その中で各自無限大の時間を持っているのだから。

人間、何でも使わないと発達しない、退化する。筋肉だって、頭だって、甘やかしは現金。老人、幼児、関係ない。筋肉は90才を過ぎてもつくそうだ。頭もきっとそうなのだ。

父はとんでもない頑固者でその上耳が殆ど聞こえなくなっているから手の施しようがなかったが、幸い、母の耳はちゃんと聞こえる。冷たい娘だとだいぶ母はお冠で悪口を言っていたらしいが、かまわない。出来ることはやって貰おうじゃないの。そうやって二人は家事に少々の手助けをして貰うだけで十数年暮らしてきた。2009年に父が脳梗塞で倒れてからも、ヘルパーさんを頼み、生活は何とか回っていた。

昨年5月末に妹宅で同居を初め、11月初めに我が家の近所に再び戻ってきた。6ヶ月に満たない期間だったが、母の様子が一変していた。老人は環境の変化に弱いと聞くが、ここまでとは思わなかった。まあ、半年に2回の転居ではおかしくなるのも尤もなのだが、そうは言っていられない。

引っ越しの翌日、昼過ぎに様子を見に行くと、何か食べるものはないのと母。朝から何も食べてないの。

引っ越し当日に近所のスーパーに行き、調味料から洗剤まで一切合切購入していた。なにしろ同居というので日用品はほぼ全て処分して移っていったので、バケツ一つない。そのとき、当座の食料も、パンもミルクも卵もバターも、おまけにお弁当まで買ってあった。それなのに何も食べていないというのだ。

シンクの棚の上にお弁当が乗っていて、冷蔵庫には勿論ヨーグルト他食料がそのまま入っていた。母は目の前にある食べ物でさえ自分で取り出し食べることさえ出来なくなっていた。恐ろしいショックだった。母は気丈で几帳面で、しっかりしている人だった。父がおかしくなっても母がカバーして何とか回っていたのに。

もう仕方がない。毎日顔を出しては口うるさく指示し、次々と問題は起きるし、ドタバタと走り回っていたのだが、私の油が切れた。すっかり疲れ果ててしまった。ヘルパーさんとデイケアでほぼ毎日カバーするようになったこともあり、顔を出す回数が減った。多分、年末頃からだろうか、最近では週に1、2度になっている。で、おかしなもので、というか当たり前なのだろう、私が顔を出す回数が減るのと反比例して母がしゃんとし出した。

電気代など私が支払って母に後から請求する形を取っていたのだが、母が自分で銀行に行き自動振替の手続きを取ってきたというではないか。そして2、3日前、ガスと水道代を確認すると、水道代は郵便局なのよね、面倒だったけど、あれも自動振り替えしたからねと母。凄い、いつの間に。物忘れはするけど、混乱は目に見えて少なくなった。手こずっていたお風呂にもデイケアで入るようになった。出来るんだ。

お母さん、偉いよ。万歳。

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BSの世界のドキュメンタリーの再放送を見た。高齢化問題は日本だけの問題ではない。うまくすれば、この分野で日本は世界をソフト面、ハード面でリードできるはずだ。

元気で、能力も、意欲もあるシニアが60歳そこそこで引退して、社会に貢献することもない生活はおかしいのではないかと思っていた。もちろん、十分働いたからもう働きたくないのであれば良いのだが、働けば税金を納めることも出来る人が、働きたいと思っていても社会福祉の対象となるしかないというのは人的資源の無駄遣いだ。

若者に譲れという声が高いことは知っている。しかし、経験と知識の蓄積に時間がかかる分野もある。ドキュメンタリーの中で、イギリスの働きたい企業の従業員の平均年齢が34歳であると聞いて、一人のシニアがつぶやいた言葉、「才能が偏るわね」、偏らないはずがない。これが鍵だ。敵対ではなく協力だ。

例えばファッション業界、若者が若者向けの衣服を作っているが、世の中の半分以上が中高年であることを忘れている。ど派手な服か面白くもない地味すぎる服のどちらかしか中高年には提供されていない。選択肢がなさすぎる。中高年の購買意欲をかき立てるような衣服は、若者だけでは作れない。

IT業界だってそうだろう。中高年向けの需要と言えば、らくらくホンのように文字を大きく聞こえやすくすればいいと思っている。あんなダサイもの、もちたくないという声が聞こえてくる。87歳の母は、高齢者専用のようなもの、もちたくないという。おしゃれで、使いやすく、機能的なものを高齢者の視点で作った物が増えるべきだ。

冷静に考えると世代間で敵対する理由などないはずだ。問題は流動性であり、産業の変革期なのに新たな産業に上手く移動していってない点にあるのではないだろうか。

社会だって、企業だって、多様であることは強みだ。同じ意見の者、同じ生活の者が多数集まっても新鮮な意見は出てこない。

今の社会が抑圧してきたもの、女性と高齢者を活用すれば、少子化の穴はふさげる。将来の不安が薄らげば自然と少子化は解決されるだろう。番組の中では、高齢者は脳は萎縮するものの、若者が左脳だけを使用するところを両方の脳を使用して補っていることを示し、もちろん、脳血管障害等がない場合だが、高齢者と若者の間に能力の差がないことを様々な検査を通じて実証していた。

番組案内を下にご紹介する。

イギリスでは年金支給額が30%削減され、高齢者たちは生活のために働かなくてはならないのだ。ところが、3年前の法改正で雇用者は65歳以上の従業員を退職させることができるようになり、多くの熟練プロフェッショナルたちが意に反して職場を追われている。
最新の研究では、高齢者は若者と比べて、仕事をしていく上で体力、知力ともひけをとらないという事がわかってきた。むしろ高齢者の方が病欠も少なく、効率的な労働を提供できるという調査もある。
イギリスでは2032年には65歳以上の人口が今より600万人も増えると予想されている。進む高齢化と長引く不況の中、高齢者の労働力をどう活用するのかが問われている。

先に紹介した「拡散を希望」という宮崎の口蹄疫・現場の叫びについて デマだという話があるらしい。

デマだった方が実のところ私にとっては好ましいとも言える。自国の政治家に対する不信感や絶望感がやっぱりここまではひどくなかったかと少しは薄まるからだ。

それにしても、デマだという人たちはどういう根拠なのからだろうと少々興味があった。実のところデマではないという確証もないが、デマだという確証もないように思えるのだから。

まあ、選挙至上政党で、すべてが選挙を中心に動いているのだし、既得権を自民から民主へと恫喝も含めて動かしているという話は、これまたデマだか、一部本当だか、すべて本当だか知らないが、大手新聞でもちらほら報道されているのであり、宮崎で選挙協力や忠誠と引き替えに便宜を図るという事態が横行していると考えてもおかしくないような気がする。まあ、私の性格が猜疑心に満ちていて歪んでいると言われればそれまでだが。

で、デマと言われている箇所、JA川南が存在しないという話なのだが、なぜ、川南町なのに、尾鈴という名称なのか、ちょっと不思議な気がして調べてみた。ここは川南町と都農町という2つの管轄を有するJAが合併したために名称が変更されたようだ。合併日は分からないが、JAが衰退してきて、全国的な統廃合が進んだのは日本各地で様々な企業や組織の統廃合が進んだのと同じ頃と考えてもおかしくはないはずだから、そう遠い昔ではないはずだ。全国的な農業従事者の年齢分布を考えると、農場主が中高年である可能性も高いから、ミクシーの著者が中高年である可能性は従って高いのではないか。そうすると、普段から、その周辺では昔から言い慣れたJA川南という呼び名を使っている可能性が出てくる。さっき見損なったが、写真にはちゃんと2カ所でている。川南にある方を、川南にあるJA尾鈴とは呼ばないだろう。

また、Mark Shuwalutという人物だが、Michael Schwartzという人がBayerの役員に存在している。Michaelの呼び名はMarkだし、Schwartzを耳で聞いてそのまま書くとShuwalutになる。従って、単に、スペルを確認しなかっただけだということもいえる。このSchwartzという人は口蹄疫等とは全く関係のないビジネス・アドミニストレーションの担当役員なのだが、欧米では、日本で思っている以上に人のつながりで動くことが多いので、しかもこの人はアジアを担当していたことがあるのでそのつながりから何らかの連絡を受けて動いた可能性も排除できない。

またイギリスに口蹄疫レファレンスセンターが存在しないとのことだが、World Reference Center for Foot and Mouth Disease とか、global reference center for foot and mouth disease という名前がちらほらあり、数百万頭の家畜を処分せざるを得なかったイギリスに口蹄疫に関するセンターがないとは思えない。英国の国家機関であるInstitute for Animal Healthの下にも存在する。これも正確な名称(長いことが多い)をはしょったとか覚えられなかっただけではないかと思えてくる。

つまり、デマかもしれないがデマでないかもしれないというしかない。もしデマでないとしたら?こういう政治の形は絶対に許してはいけないのではないだろうか。デマであったとしたら、真に迫っていて騙されました、尻馬に乗ってごめんなさいと謝るしかないが。

一つ良いニュース。口蹄疫に感染しているか否かを調べるために、どこかに郵送しなくてはならずそのために時間がかかっているらしいが、すでに現地で検査する方法があるようだ。90分以内で判定できるというが精度はどうなのだろうか。ニュースとしてでていたのだが、2007年に開発されたようなので、実用化されていればいいのだが。

さらに付け加えると、英国では部外者の農場への立ち入りを禁じており、郵便でさえ、局留めにして、立ち入らせないようにしているという。マスコミはむろんのこと、誰であれ、むやみに近づいてはいけないのだ。今までの牧歌的な牧場とはさよならなのかもしれない。今後グリーンビジネスも難しいことになるだろうなあ。

そろそろ命運が見えてきた感のある総理。少々前から気になっていたが余計な摩擦は避けようと放置していたのだが、やはりちょっとメモにしておく。例によって世迷い事だ。

総選挙前、春の段階ですでにとかくの噂があった2人をトップに据えた時点で、この党を応援する気がなくなっていたが、思った通りの展開、つまり、混乱ということだが、を辿っている。

しかし、ここまで、右往左往するとは思わなかった。総理の言葉を追っていると訳が分からなくなる。八方美人だとか、場当たり的だとか、受け狙いとか、色々理由がつけられているが、まるで鵺(ヌエ)のようだ。

で、なぜ、こうなるのかを考えていたのだが、通常、私たちは政治家というのは特別な職業と思っている。国家のことを考え、何かやりたいと、たとえそれが第三者にとってはとんちんかんなものであっても、目標を持ち(例えそれが金儲けであっても)、将来を見据えて目指す職業だと、思い込んでいるのではないだろうか。

しかし、その目標が一門の財産の保全であったらどうだろう。政治家になって金儲けをするのではなく、金を儲けたから政治家になった、つまり家業として政治家になることを選んだのだとしたらどうだろう。すべてがつじつまが合うのだ。

なぜ、長年政治家をしているのに具体的な構想がないのか。
なぜ、場当たり的に発言が変わるのか。
なぜ、漠然とした友愛という言葉を掲げるしかないのか。
なぜ、25%ものCO2削減を掲げていながら、列車やバスなど公共輸送機関の拡充を図らず、CO2の排出量を増やすことになる高速道路無料化を主張するのか。
なぜ、国を代表する政治家であるのに、それも税収が極度に落ち込んでいることをよく知っている富裕な政治家であるにもかかわらず、株式処分の利益や配当を申告しなかったのか。
なぜ、故人や関係のない人の名前を使ってまで、それも長年にわたって、自分の政治団体に自分の資金を繰り入れるのか。

故人献金等母親からの金については贈与税を納めることになったが、それとは別に、もう一つ企てがあったように思える。先に書いたように、政治団体には相続税がかからない。日本では、相続税が、5000万円+1000万円×相続人数と、葬儀費用を控除した全額にかかる。母親は配当だけで3億円とか言われているほどの財産を有しているのだから、相続税が膨大であることは間違いない。3億円を越すと、相続税率は50%になる。4700万円ほど控除されるのだが、配当だけで3億というのだから、数の内には入らないだろう。つまり、株式だけで時価340億円と言われているのだから、株関係だけでざっと170億円ほども税金で持って行かれる。

道路が無料化すれば車の通行量は増える。出かける機会は多くなり、タイヤの販売量が増え、株価は上がり、配当も増える。

父親の政治家としてのキャリアではなく、母親の安田財閥出身という方に目を向ければ、そういうことだったのかと思えてくる。

可能な限り税金を回避し、財産の目減りを防ぎ、上手く行けば増加させるために、子供たちを政治家に仕立て上げたと考えればすべてが腑に落ちるのだが、もちろん、日本の国のためにそうでないことを祈っている。

P1000536[追記あり]昨夜、金スマを見た人たちはどれくらいいるだろう。涙した人は?

ジョン・レノンのHappy Christmas (War Is Over)がプロモーションビデオと共に放映されたのだが、このクリスマスソングが反戦歌だとは全く知らなかった。次々と死体や逃げる人たち、泣いている子供たちが流れたのだ。

お気楽なメリークリスマスの歌なんかじゃなかった。通り一遍のみんな仲良く、平和がいいなという歌でもなかった。血の出るようなレノンの叫びであり、私たち一人一人に対する告発であることを昨夜になって初めて感じ、直接指を突きつきられたほど驚いた。英語で食べてるくせに、何という馬鹿だろう。

下に全歌詞を載せるが、最初の2行に注目して欲しい。なぜ、この歌がSoという言葉で始まっているのか、そしてなぜ、what have you doneなのか、この長い年月、多分、何百回となくこの有名な歌を聴きながら、歌詞を考えても見なかった。この歌は鈍い私の耳を通り過ぎていた。まるで鼻歌のように。

[いろいろなことがあるけど、]そう、今日はクリスマス、愛を象徴するキリストが生まれた日なんだ。分かっているのかい。あんたはこの1年、何かやったのか。何をやらかしたんだ。そういうことだったのか。このジョンの問いにどう答えればいいのか。世界中で人々が苦しんでいるけど、せめて今日くらいみんな楽しんでいればいいなというジョンのやるせない気持ち。私は何も理解していなかった。

人生が終わるとき、神様にWhat have you done?お前は何をやったかと聞かれたとき、胸を張って、答えることができるだろうか。学校に行き、子供を産み、育て、働き、突っ張ってると言われながらも出来る限りのことをやったつもりだったが、果たして本当にそうなのだろうか。はした金を少々寄付した位で何かやったなどとのぼせるんじゃないという一撃でもある。

やるべきことがまだ残されているのだろうか。何をすればいいのだろうか。

そして、希望も。この歌が続くようにこれから新しい1年が始まる。来年こそいい年でありますように。祈るだけではなく、何かが出来ますように。

[上のリンク先はyoutubeだが、プロモーションビデオではないことをお断りしておく。同じくらい悲痛だがもっと政治的だ。プロモーションビデオでは子供が中心だったように記憶している。ジョンの意識だ。]


So this is Christmas
And what have you done
Another year over
And a new one just begun
Ans so this is Christmas
I hope you have fun
The near and the dear one
The old and the young

A very merry Christmas
And a happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear
And so this is Christmas
For weak and for strong
For rich and the poor ones
The world is so wrong
And so happy Christmas
For black and for white
For yellow and red ones
Let's stop all the fight
A very merry Christmas
And a happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear
And so this is Christmas
And what have we done
Another year over
And a new one just begun
Ans so this is Christmas
I hope you have fun
The near and the dear one
The old and the young
A very merry Christmas
And a happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear
War is over over
If you want it
War is over
Now...

91才に手が届くという高齢なのだから、かなり前から何かあるかもしれないと覚悟していた。悪趣味かもしれないが大事なことなので、両親から葬式についても漠然とだが折に触れ希望を聞き出していた。母からは万一の時に開封のことと記した書簡を預かっている。とはいっても二人の希望は絶えず揺れ動き、父はもちろん私の助言など退けて株他で預貯金をすべてなくして年金で暮らしている状態なので、最近では、近親者のみでの葬儀にするしかないと母は腹をくくった様子だ。

私自身、かなり前から遺言書を作成して、保険証のフォルダーに入れてある。自筆で年月日入りのものだ。公証人役場で作成するようなものではなく公的証拠としては多少弱いかもしれないが、私の意図は伝わると信じている。

しかし、人は自分に都合がよいように考えるもので、先月糖尿での入院を途中で打ち切って父が逃げ出してきたときも、この先コントロールを怠ればどうなるかを詳しく伝えて脅かしていたのだが、本気で脳梗塞の危険性は考えてなかった。このうるさく、陽気な父親にろれつが回らないなどと言う状態が生じるとは、全く想定していなかった。

入院の検査の際、糖尿病のコントロールに失敗してますね、お酒は飲んでませんねと女医に問われた父は、90才になるんだ、いつ死ぬか分からないから好きなものを食べると答えた。そのため、後にこの女医に家族が「好きなものを好きなように食べて良いんですよ、ここにこないのなら」と言われる羽目に陥るのだ。

ある程度ボケが進んでいて、時間の観念と物忘れ、妄想がかなりひどかったが、母と二人で日常生活は支障なく暮らしていて、二人で頻繁に外出もしていた。入院2日目も、今日は何日と聞かれ、これを見れば分かると携帯を取り出そうとするほど知能は残っていた。

脳梗塞は数日経過してから影響が現れるという。入院3日目、母から、病院からベッドの柵を外して歩こうとして危険だからベルトで固定すると電話があったと取り乱した声の電話があった。その日は妹夫婦が病院に行っていたのだが、母が承諾したと聞き、ベルト拘束の承諾書に署名して渡したという。私が病院に駆けつけたときには妹夫婦は最寄り駅に向かっていたのだが戻って貰い、承諾書を取り返した。

病院の言い分は非常によく分かる。脳梗塞を起こした後は患者自身が自分の足が動かないという事実が分からず、歩こうとして転倒し、骨折を起こす危険性が非常に高い。その上、この病院では寝たきりまたはそれに近い老人45人を夜間はわずか3名で見ているのだ。おしめ交換だけで1時間はたっぷりかかるという。そうでなくても手が足りない重労働のところに勝手に柵を外して動き回ろうとする父は迷惑以外の何者でもないだろう。転倒しかけたところを危うく抱き留めたのだという。

病院の言い分は非常によく分かるのだが、一度ベッドに拘束されると起きようとする気力まで削いでしまうのではないだろうか。人手不足の中でトイレに連れて行って貰おうとナースコールで呼んでも即座に来て貰える可能性は低い。必然的に漏らす危険性は高まり、漏らせば即座におむつに移行する。ベッドに拘束されることでさえ大騒ぎを演じるに違いない自尊心が高く、うるさい父が、おむつに耐えられるはずはない。騒ぎを起こし、でもどうにもならないと分かったとき、一気に気力を失い、父は父でなくなるだろう。また、柵を取り外し、効かない足を引きずって歩こうと頑張るだけでもじっと寝ているよりも心身のリハビリになるはずだ。

さしあたり、何度も言い聞かせ、「看護婦さんを呼ぼう」などというメモを何枚もベッドの周囲にセロテープで貼り、ベッド横に簡易トイレを設置して貰い、看護婦さんにはもう少し時間を欲しいと伝え、電話を母にではなく私にするように伝えて帰った。

その後も何度もトイレに行こうとし、また帰りたいとベッドから降りては看護婦さんの手を煩わせることが続き、病院に行くたびに頭を下げる日々が続いている。リハビリが始まったので、なんとか骨折の前に足の使い方を覚えて欲しいと祈るばかりだ。看護婦さんにはたとえ骨折したとしてもクレームはつけないし、覚悟するので、ベルトで拘束する場合と、骨折する場合の結果を考えての上なので、目をつぶっていて欲しいと頼んである。電話があって、担当医師から呼び出されており、明日会うのだが、数度の要請を断っているので、転院をほのめかされる可能性もある。場合によっては、訴訟は起こさないという誓約書を入れることも提案してみるつもりだ。

とはいえ、拘束を拒否して本当にこれが正しいことなのか、頭を強打したらどうしたらいいのか、父にとって良いことだと信じて拒否しているのだが、本当はどうすることが父にとって最善なのかとうつうつと悩んでいる。家族がいれば落ち着いているとのことなので、滞在時間を極力長くしているが、日によりまったくろれつが回らない時も、寝たままで目をなかなか開けてくれない時もあり、気分が落ち込んでしまう。

少々仕事をしすぎて目他を痛めたため、しばらく仕事をセーブしようと考えていたときだったので病院通いができるが、仕事をしないと収入がゼロになってしまう。長期間は無理だ。楽な仕事などないし、仕事に入れば余裕はなくなる。この先どうなるのか、長期にわたると高齢の母の方が倒れるのではないのか、母が来ないと父が非常に不安定になる。問題山積だ。

それにしても、付添婦が禁止されたがその代わりとなる労力が導入されないままで現場に過剰な負担を押しつけ、ひいては患者を困らせ、寝たきり老人を作り出していることを厚労省はどう考えているのだろうか。また、民主党は後期高齢者医療制度を廃止すると言っているが、ではどうするのだ。高齢者の資金格差は大きいが、若い世代より高齢者の方が資金力があることは事実だ。単に高齢者に優しくとして廃止しても、若い世代に大きな負担を強いることになるのであれば正しいとはいえない。ある程度の負担増となっても今のような状態が解消できればその方が良いのではないだろうか。

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フリーランスの悩みは、なかなか金融機関から信用して貰えないこと。クレジットカードに申し込んでもはねられてしまうという人たちも多い。

誰よりも悪条件、十数年間専業主婦で、その間仕事に就いたこともなく、しかも海外から子供3人を引き連れて帰国したばかり。家も、仕事もたいした貯金もなかった離婚の母の私がどうやってクレジットカードを手にすることができたか。なんて、偉そうだけど、実は簡単。違う方向から叩けば扉は開くんですよ。

20年以上前の話だから、今はもっと楽にカードが手に入れられるとかもしれない。が、当時は全くの門前払いだったから、正攻法は諦め、まず、証券会社に口座を開設した。次に安い株を購入。これでいわゆる資産があることになるのかもしれない、証券会社のカードが手に入り、そこにVisaを付けて貰った。ね、簡単でしょ。

ちなみに初めて購入した銘柄は北沢バルブ、現在のキッツだ。技術が優秀、財務健全で、無借金経営だった。その後美術館を建てたりして傾いたが、今また盛り返している。ちょっと儲けさせて貰って息がつけた。

クレジットカードは1枚手に出来ればあとは簡単。もちろん、当面は絶対に、引き落とせない事態を引き起こしてはいけない。ここを押さえておけば、何かのクレジットカードに入っていると言えば、芋蔓式?に他のカードも手にはいる。クレジットカードが使えるメリットは大きい。自分を抑制することが出来れば、無駄を廃して、賢くお金を回すことが出来る。

発行枚数の小さな後発カードにはお得なものもある。統合されて廃止されてしまったが、丸ビルカードなるものは優れもので、ポイント以外にも、使用金額に応じて自動的に抽選があって、5000円の商品券が送られてきたことが2回あった。ほとんど使用実績はないに等しかったので、当選確率はかなり高かったと思う。廃止されて残念。

ローンを抱えているが、これは銀行で借りた。まだあと5、6年、ローン減税の税金補助が続くので、これを狙って、繰上返済など全くしていない。詳しくは「住宅金利の話」をどうぞ。ローンを借りる際に、時間外の手数料を無料にするため、ネットに登録したのだが、今度はそれで銀行のポイントがつき、今年は5000円の商品券+αが手に入った。

扉だけではない。頭も叩けばホコリ以外のものも出てくる可能性があるのですぞ。そして、塵も積もれば嵩高くなるのは厳然たる事実で(ゴミ箱や部屋の隅を見ていつも驚くけど)、母子家庭のみなさん、フリーターのみなさん、ポスドクのみなさん、こまめに頑張りましょう。

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フリーの身なので、万一の時に備えてクレジットカードをかなりの数、揃えているが、通常、クレジットカードを使用するときは、セゾン1枚に絞っている。

電話、ガス、電気、ネット、携帯、日常の買い物、すべて可能な限りセゾンカードで支払っている。当然、毎月の支払いは10万円を超えているが、クレジットの支払い明細を見ると、だいたいの自分の活動が分かるし、ちょっとした日記代わりにもなる。帳簿を付けるときも、これを元にするから結構便利だ。

そして、ポイントをせっせと貯めている。かの永久不滅ポイントだ。5日と20日は、西友系列でセゾンカードで買い物をすると5%引きとなる特典もある。書籍から台所用品まで、amazonで買うことも多いが、これまたセゾンのホームページから入ってamazonで購入すると、amazonとセゾンの両方にポイントがつく。知ってた?

せこい?金は、自分が追いまくられるのではなく、自分が追いまくってビシバシ働かさなければならないのですぞ。

励んだおかげでセゾンカードのポイントが7000ポイント近くまで貯まった。貯めたあげくに、交換は中止などとと言われてはかなわない。何事もリスク管理が肝心だと、そろそろ、旅行に使うか、美味しいものでも取り寄せるか、カタログを楽しんでいたのだが…

娘の買い物に付き合って池袋の西武で買い物をした。そこで、つい、つかまってしまった。クラブオンカードのセールスマンに。永久不滅ポイントもつくし、クラブオンポイントもつく。しかも永久不滅ポイントを今、クラブオンポイントに交換すると5倍になる。うーん、うまい話だ。

うまい話には裏がある。うまい話などあるわけない。分かっていたはずなのに…ポイントを5倍にしていたのでは倒産するじゃないか。ポイント倒産もあり得ない話ではない。セゾンだか、どこだかが70億円とかでポイントを損金処理するという記事を目にしたところだった。だから、浅知恵で、そうか、キャンペーンで他に移して、百貨店戦争も有利に乗り切るつもりなのかとつい思ってしまった。そして、7000ポイントの5倍は35,000ポイント、セゾンカードでは400ポイントが2000円の商品券だから、いくらになるかなと捕らぬ狸の皮算用で、うきうきと、娘にスーツぐらい買ってあげるわよ、等と言いつつ、移行して貰ったら、「3万5千円になります」!!

何が起こったのかと目をぱちくりさせてしまったのだが、そう、賢明な人なら、欲の皮が突っ張っていなければ当然分かっていたはずのこと。セゾンカードと、クラブオンカードの1ポイント価値が異なっていて、セゾンの1ポイントがクラブオンの5ポイントに相当していた、つまり、移行しても価値は変わらず、数だけ増えただけだったのだ。やられた!ああ、お粗末。

一気に風船がしぼむように気力が減退してしまった。ああ、残念無念。セゾンカードの永久不滅ポイントはゼロになってしまった。また1から貯めるのね…やれやれ。

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海外から3人の子供を引き連れて帰国したとき、イジメられる条件は十分に揃っていた。小学1年生、3年生、6年生、それも学期途中という悪条件。その上、日本語は読み書きどころか話すこともままならない。母子家庭で収入なし。

転勤族とも言える両親のところに転がり込んだので、地縁もなければコネも、友人もない。ないない尽くし。その上、帰国初日に真ん中の子供は喘息を発症。下の娘は数ヶ月後、小学1年生で胃潰瘍で血を吐いた(幸い軽かったが)。地方都市で帰国子女は見るのも聞くのも初めてのような保守的な土地柄。母子家庭は存在できないような場所だった。

学校初日、様子を見に教室に行ったら、下の子が飛びついてきて、しっかり抱きついたまま離れない。授業の途中で号泣して泣きやまないため、そのまま連れ帰った。

日本の学校のことを全く知らなかったのが良かったのかもしれない。頻繁に学校に顔を出すことにした。知っている人がいないというのも逆に強みだったと思う。子供達の教室を巡回し、廊下から授業を見学し、父母会、学校の行事には欠かさず出席した。変な親だという声はあがっていただろうが、知ったことじゃない。子供のためにかく恥は恥ではない。子供を守るのは親の務めだ。

同級生達にも絶えず声をかけ続け、仲良くなるように務めた。なに、たいそうなことではない。こんにちは、とか、ちょっとしたことだ。こちらの存在をアピールし、見ているよという無言のメッセージを伝えることが目的だ。もちろん、誕生会は良いチャンスだ。数人の子供達を招き、サービスに励んだ。

6年生の息子の存在も大きい。妹たちの教室を回って、いじめるとオレが相手だと告げて回ってくれた。彼なりに心配してくれたのだ。息子もちょくちょく妹達を見に行ってくれたことで、一番大変な最初の年を何とか乗り越えることができた。その学校には結局最初の半年しか通わなかったが、学校と関わるというスタンスは変えなかった。

その後も、高校に通うようになっても私の学校通いは続いた。先生達や周囲の子供達と顔見知りになること、仲良くなることは大事なことだ。どんなに忙しくても、子供がトラブルを抱えるともっと大変なことになる。学校行事はなるべく手伝い、役員も数年間やった。学校が見えてき、周囲の事情が分かってくる。大事なのは目先の成績ではなく、いかに子供達が生きていくかだ。

息子については、初日に友人を作って家に連れてきたことで安心してしまって彼が問題を抱えたことには気づかなかった。息子は大胆なことをするくせに気が弱く、家から大金を持ち出して、主な同級生にばらまいていたのだ。イジメられるのが怖くてばらまいたというのだが、学校に連絡したが、ある親は勝手にくれたものだからといっていると教師から連絡があっただけで、謝りに来た親もいなければ、お金も戻ってこなかった。息子についてはこの先私は浅知恵でやってはいけないことを次々と重ねてドツボにはまっていくのだが…

Dr.Blueこと工藤さんの「自殺の報道への疑問 」という記事をご紹介します。

 いじめによる自殺の報道が過熱していますが、このような報道の是非についてマスコミ側は十分に自覚しているんでしょうか?いじめによる自殺報道は、どういう形にせよ『いじめによる自殺』を肯定する危険性が高いのです。

 WHOの2000年の『自殺予防(メディアプロフェッショナルのための資料)』という報告書があります。そのサマリーにやってはいけないことというのがあります。
1)写真や自殺記録は出版してはいけない
2)自殺の方法について詳細に報道してはいけない
3)自殺の理由を単純化してはいけない
4)自殺を称賛するようなスタンスや自殺をセンセーショナルに報道してはいけない
5)自殺を宗教上あるいは文化的なステレオタイプ化してはいけない
6)自殺者を責めない

自殺の報道はやめるべきでしょう。まして煽るようなこと、復讐の手段となると思わせることがいいわけがない。魔女狩りのように教職員をよってたかって叩くことで問題は解決されるのだろうか?多数で1人をやっつけ、弁解の場を与えないことは、それ自体、イジメに見えるのだが。
 
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