あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

カテゴリ: 時々田舎暮らし&農業関係

P1000142視点を変えるとみえる景色が違う。そんなこと分かっている。分かっているはずだがなかなか難しい。言い分がなかなか分かって貰えないとか、話がかみ合わないとか、言葉が違うとか…。そんな場合視点が違うことが多い。どうすりゃいいのか。相手の立場、視点にたつには一旦自分を空にすること。がらりと環境を変えても良い。で、鱗が1枚、2枚と目からはがれる。

少し前、小さな村落で村八分状態の男性が5人を殺害し、逮捕されるという事件があった。山に逃げ込んだ男性が逮捕された日にその愛犬が突然死ぬというこれまた胸が痛む話も伝わってきた。

彼の家の前の畑に農薬を撒いたら、殺す気かと怒鳴られたという話も、彼の草刈り機が雑草と一緒に燃やされたという話も。

この男性の家がたびたびTVに映し出されたが周辺の家とは全く異なる。腕の良い左官屋だったというから自宅に手を入れたのだろう。若い頃に都会に出て親の介護でUターン。ずっと都会暮らしであっても故郷として田舎のことを知っているつもりだったのだろう。だが、過疎地で古民家を借りていたからこそ分かるが、小さな村落では家を貸すのも、改築するのも一筋縄ではいかない。都会暮らしには想像もできないことだが、みなの衆がすべてに優先する。みんなと同じでなければ生きていけないのだ。多分、何も考えず、都会では別になんと言うこともない家に仕立てたのだろうが、周囲がどんな噂をしたか、想像できる。浮いてしまったのだ。

雑草もそうだ。過疎地に家を借りる前に、一年間、区が主催する農業教室に通った。環境に興味があったし、農業関係の翻訳も10年間続けていた。だから知識はあった。長年、生活クラブという生協に加入していて虫食いだらけの野菜にもめげずにとり続けていたし、自然農法に興味があったし。

農業教室で地元のお百姓さんがどんなに注意深く作物を扱っているか、どんなに雑草1本にも気を配っているのか、驚いた。そうか、雑草が作物の生長に大きく影響するからこんなに雑草を敵視するのかと、分かったつもりになっていた。しかし、単なる知識に終わっていて、実際には何も分かっていなかった。
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P1010838古民家を探し始めて十数年、初めて完璧な条件を備えた古民家が出てきた。買うと一声かけるだけで私の物になるのだ。それなのに、シロアリ、折れかけのふすま、背筋の悪寒!

ともかく構造を見て貰わなければ話にならない。即断を迫る不動産屋をなだめたがたびたび来られるわけではない。うなっていると娘のダンナのSちゃんが思っても見なかった才能を発揮した。山男で釣り好き、人付き合いが得意とも思えないのに、芋づる式に大学の同級生を捜し当てたのだ。その家の近くの木材会社の工場長になっていた。翌日、構造を見てくれるという。

久しぶりに覗いたウェブでぴったりの家をそれもアップ直後に見つけ、行くつもりのなかった日曜日に行き、日帰りのつもりが激務で睡眠時間も満足にとれない婿殿が何とか休みを取って現地で1泊することになり、家に詳しい友人をそれもその近所に見つけ出し、その友人は仕事の合間に、昼休みに調査してくれる…。ついてるやん。

屋根裏や床下まで覗き、裏手の野菜畑に上って全体を見て、調査してくれた結果は、思った以上に厳しいものだった。

家の裏側の杉板が風雨に打たれて美しい木目を出しているというのに、補修は大変だから、建て替えを勧めるという。当時の大工さんはちゃんとした仕事をしているというが、何せ築92年。家が傾いていて土台を持ち上げ云々というのは簡単にいかない。大仕事になる。このまま補修するとしたら1000万ほどかかる。更地にするには数百万かかり、そのとき柱など取っておいてそれで建てることはできるがその場合は大工仕事になるからやはり高く付く。建て売り住宅みたいなぱたぱたとホッチキスで建てるような物なら安くできるというがそれじゃあ詰まらないないしやっぱり合計金額はたいしたものとなる。おまけに補修なら建築基準法の網はかからないが、新たに建てるなら後ろの擁壁などの問題が出てくる。

2階を取っ払って平屋にすると言う手もあるというが建坪50坪ほどあるからやはり同じように金額がはる。それにあの素敵な2階をなくせばそこからの景観もないということになる。

娘が一言、お母さんの手に余るのじゃない?はっとした。その通り。お金だけの問題じゃない。大量の交渉や手配、書類を見なければならなくなる。もう当分、書類は嫌だ。東京から何度も通って進捗状況を見に来るのだって大仕事だ。気力、体力が衰えているというのに出来るのか?欲しいではなく、それが出来るか?美人の湯の露天風呂にゆっくりつかりながらやっぱり断ろうと決めた。この素晴らしいお湯に毎日通えたのに…ああ、残念無念。

不動産屋に断った翌朝、もう物件は成約と記されていた。そりゃそうだ。こんなに良い条件のところ、そうないもの。5年前なら、いや2,3年前、両親がまだ元気な頃だったら即決していただろう。不動産は立地がすべてだから貯金をはたいたとしても元は取り返せただろう。まあ、仕方がない。これが年を取ると言うことなのだろう。おみくじの凶が影響したこともある。誰かが止めとけと言ってくれたのだと思うことにしようっと。

でも久しぶりの良い旅行だった。満開のバラ園も散策できたし(日傘を置き忘れたけど)、できたての地ビールと美味しい料理もたっぷり楽しめたし(トモゾーがジョッキをひっくり返して私がぐっしょりビールまみれになったけど)、林の中のロッジでウグイスも聞けた(4時起きで婿殿と魚釣りに出かけたトモゾーが川の中でひっくり返る騒ぎもあったけど)。娘や、また来ようね。

P1010591買うとしたらもうこれしかない。直ちに契約しようという意気込みで意気揚々と娘夫婦と孫3人、総勢6人で現地に乗り込んだ。

現場で待っていたのは地元の不動産屋。開口一番。やっぱりxxさんじゃないね。、名前を聞いてあなただと思っていたわ。古傷がちくりと痛む。彼女には以前、家探しで何回か世話になり、すっかり顔なじみになっていてお互い手の内は分かっている。

のっけから、この家は金がかかるよ、お父さんが傾いていると言ってたし(前日電話で確認したら”お父さん”は大丈夫だと言った)、なんせあなたが最初だからどうするか聞いてからと言って待って貰っているけど、ものすごい反響でね、回答を待ってからで良いと言って3人ほどに見せたけどみんな、これじゃといって辞退したで。ここの衆は学問に金をかけとったから柱もたいしたことないし。

思った以上に素晴らしい家だ。床は張り替える必要がある。が、これはたいした費用をかけずにできる。私だって力仕事以外なら大丈夫。床を張ってみたいし、壁塗りもしたい。トイレもお風呂場も大丈夫。お風呂は温泉に行くからどうでもいいのだが、薪と石油の併用で最高のパターン。

しかし、真ん中の部屋の中心となる部分のふすまが一枚上から押されて折れかけていた!入り口やその他はスムーズに開け閉めができるのに、真ん中部分が全く動かない。家が傾いているのか、重い物が上に置いてあるのか。

田舎屋に珍しく幅広く途中に踊り場付きの階段(高ポイント)を2階に上がると、10畳ほどの洋間にくの字型に組んだ大きな本棚にたっぷりの本が。その前にはよだれの出そうなしっかりした両袖机と低めの木製ベッド。南向きの窓からは前の木立、隙間からアルプス、そして桜の古木。窓ガラスには古い気泡入りの貴重なガラス…。

私、この部屋大好き。思わず娘に言ったとき、首筋から背筋に強い悪寒が走った。同時におみくじも思い出した。家移りは控えること。以前の持ち主が喜んでくれているのか、誰か私に教えようとしているのか…。もちろん、迷信だろう、気のせいだろう、空気の揺らぎだろう、でも窓は閉まっていて風が原因とは考えられない。以前借りていた家を引き上げた原因もそれだった。怖くてこれまで書けなかったが近々書くつもりだ。しかし、それも以前の経験から織り込み済み、ちゃんと供養するつもりだから大丈夫のはず。トモゾーが家にいた間、ずっとコワイヨーと娘にへばりついていたのが気になるが。

顔なじみだからだろう、不動産屋はぽろぽろ、本音を言う。こんな状態だから、持ち主には買う人はいないと言って自分とこが直接持ち主から購入して手を入れて1000万以内程度で売りに出そうと思っているんだ。そうなのね。こっちは買うつもりよ。ところが外回りにシロアリが食っている箇所を発見。他に一杯みたいと言う人が待っているから早く返事をしてくれ、電話で仕事にならないと言うのに、補修の見積もりをしてもらうからと数日の猶予を貰った。

投資物件としても悪くないと思う。すべての条件が揃っている。ここなら車がなくても田舎暮らしができる。たっぷりと農地もある。周辺には何軒か都会からの移住組もいて住み心地も悪くないはずだ。問題は補修費用と補修にまつわる諸々。母を抱え、この体調で、あとどのくらい働けるか先行きが分からない中、貯金をはたくのは賢明なことなのか…。第一、手配や書類、煩雑なやりとりをこなす気力、体力があるのか…。ますます悩みが深くなる。

長いねえ。続きます。(写真は三千院のお地蔵様。クリックすると大きくなります

l_20130615161229[1]時々ウェブ上の田舎物件とやらを眺めて妄想に耽っていた。趣味と言ってもいい。少々昔、3年間、過疎地に古民家を借りて週末農業とミニリフォームを楽しんでいた頃のゆっくりした時間の流れ、野菜の味が忘れられず、しかし、その時の怖い思い出ややっかいな出来事も忘れてはいなかった。

特に体調に不安が出だしてからは買い物も便利で医者も近く、安全で自由、いざとなればヘルパーさんも頼める環境が何より、高齢者は都会が一番と友人たちにも触れ回っていたのだが。

ただ、母が部屋が空くのを待っている人が大勢いると聞いてから自由になりたいという声は小さくなってはいたが、今では部屋と食堂の間をシルバーカーを押して歩けるまでに回復していて、このままでは要支援になって老健にいられなくなってしまう可能性もある。東京の特養に申請はしてあるが1人で歩けるようになったらますます入れない。一度母と見学してこういうところなら入りたいと言っていた以前古民家を借りていた町の特養にも、過疎地でもあるし入りやすいかと申請書をだしてあるのだが、こちらも音沙汰なし。地元優先だという。地元優先か、将来のことや直下型地震の時の避難を考えれば安い物件があれば確保しておくのも必要かもと思いは千々に乱れるばかり。

久しぶりに田舎物件のウェブを開けたら、いきなり最新物件として以前借りていた地域の物件がでてきた。それも時々通っていた手作りケーキ屋さんの数軒先でよく知ったところ。とろとろの美人の湯が気持ちよい町営温泉は徒歩3分。ここいらは日本アルプスの大パノラマが一望できる絶好の地。おまけに以前私が借りていたところは途中でバス路線が廃止され、通うことも大変になっていたのだが、ここには新宿からバス便がありその停留所は家から徒歩5分以内。図書館は目の前、農地も借りられ、水洗で、ネットもありと望める限りの絶好の条件。

おまけに、おまけに、築100年弱の古民家でなんと200万円!

ヒエーッとのけぞった私は直ちに電話をかけた。ここのところ仕事が暇かつ母が大人しいのだw。状態を聞くと雨漏りはしておらず、補修は必要だが、住もうと思えば住めるという。さらにふすま等の開け閉めは大丈夫かと聞くと大丈夫だという。勝手知ったるところなのだから補修を頼めそうな知人の顔も浮かび万々歳。同時に凶のおみくじも頭をよぎったが仕方ない。見てしまったのだから。

決まりだ。即、案内を頼んだ。ところがバス便がすべて満席。不動産屋も日曜しか無理という。で、この場所が上の娘夫婦にとても縁の深いところで、ダンナのSちゃんが、連日の激務で週末に睡眠を補っているので気の毒なのだが、車を出してくれることになり、急遽、総勢6人ででかけることになった。最初は日帰りのはずがあそこも行きたい、ここも良いよねで、コテッジ泊まりに。

長くなってしまったので続きはまた

b5896601.JPGついにきたきた不景気風が。ここまで到達してしまった。突然依頼が途絶えた。エージェントはこれまで休みなしでお願いしてきたので、ゆっくりしてくださいと言うのだが、まあ、これで家の中は少しきれいになるかも。

リスク管理用(^^;)ベランダ菜園が格好がついてきた。寒風のせいだか畑の方では双葉に毛の生えた大きさのまま縮こまっているサラダ菜が暖かで風のこないベランダではもう何巡もつまんでお腹に収まった。

畑には白菜、キャベツ、ブロッコリー、大根、春菊、ほうれん草と植えてあるのだが、大量の青虫に襲われてレース状態となっていて収穫どころじゃない。ベランダには、当たり前だが、虫がこないのでカブもほれぼれするようなきれいな緑色で、葉っぱもおいしい。

現在、ベランダで育てているのは、サラダ菜、カブの他には、遅れて芽が出てきたブロッコリー1本(畑の隅にいじけているだいぶ前に移植したものをとっくに追い越した)、ネギ(生協の泥付きネギの根っこのところを試しに植えたらすべて根がついて薬味くらいにはもう使える)、ほうれん草、それにミントとタイム。

寒い思いも、痒い思いも、痛い目にも遭うことのないベランダ菜園、万歳。失業に備えるには少々足りないけど、気分的には豊かだ。

b20c1343.JPG仕事に追われ、パソコンに背かれ、両親に振り回され、娘にはもっとぶんぶん振り回されている今日この頃、それなのに畑は待ってくれない。待たせた畑は哀れ、半分だけ髪を剃ったしたような情けない姿のまま、近隣のしゃきっとした畑の中でたたずんでいる。

大木となった紫蘇の扱いに困り、紫蘇ジュースを作ってみた。赤紫蘇とあるが、何、味が対して変わるわけもないと、いい加減な私は大量の青紫蘇の葉を洗い、4分説を採用して煮立て、砂糖を加えた。そこへクエン酸を入れるのだが、思いつきと出たとこ勝負で始めたのだから、例によって例のごとく騒ぐしかない。クエン酸、え、そんなもの家にあるわけない。でも本人も覚えのないものであふれかえっている家の中、もしかしてと探し回るがやはりない。買い物に行く時間もないからままよ、冷蔵庫に常備してあったレモン汁を大量に入れる。

さっと青紫蘇なのにがんばってきれいなピンク色に変化し、結構おいしい紫蘇ジュースが完成したが、10倍に薄めると書いてあったが、いい加減に作った私の紫蘇ジュースは1.5倍程度でちょうど良い。それに少々甘い。娘は紫蘇風味のレモネードねと言った。その通り。

畑のもう一つの巨匠、大木と化しているバジルにも困った。巨大なバジルを抜いて、家に持ち帰ってきて、そうだ、ジェノベーゼを作ろうと思いついた。思いついたが、松の実がない。やはり松の実はほしい。で、ベランダにバジルに寝ていていただき、松の実探しに出かけたが、近所の店にはなく、そのうちベランダは枯れ葉で埋まってしまった。

数日後、ようやく松の実を購入し、めでたく別のバジルの大木を持ち帰えり、葉をむしり、洗って、禁断の相棒をみながらタオルで根気よく水分をぬぐったところでタイムアップ。乾いた葉を冷蔵庫に入れ、今日、ようやくジェノベーゼ作りに取りかかろうと、フードプロセッサを探したのだが…

お気に入りのものは近所の人に貸したらバネが1個紛失でゴミに、その後購入したもののやる気も失せ未使用のものがあったので、やってみたら、くるくる回るだけで歯が立たない。駄目。バーミックスタイプのものも探し出したが、泡立て器以外の刃が見つからず、アウト。ついにブレンダーを持ち出し、スマッシュ機能でスマッシュしたら内側に広く飛び散り、思ったほどの細かさにならない。この間、水分を嫌うからとすべてを洗って、乾かしてを繰り返していたものだからすっかり嫌気がさし、ゴミ箱へ入っていただいた。あと4本ほどバジルがあるが、何本目にジェノベーゼが作れるだろうか。

ベランダでは、サラダ菜と小カブの種をまき、買ってきたキャベツの苗も順番待ちをしている。畑への道は遠い。安全でおいしいものを食べようと思ったら、手間も暇もお金もかかるのだ。

basil追記:仕事もせずに抜きたて!バジルでジェノベーゼ作りに成功!何やっているんだろうね。でも、食パンに薄くのばしてこんがりトースト。ガーリックトーストよりもおいしい。くくく。
オリーブオイルで2cm程度蓋をしてある。ついでにバジルの木2本分を乾燥させた。1年分はたっぷりありそう。

28eb015e.JPG自給率が40%の日本。作らなくても金さえ出せば大丈夫、要は分配の問題だなどと間抜けなことを言っているとこういう変なものをつかまされる羽目になる。まさか、食べられないものを食品として売る奴などいないなどと思い込むのはもうやめよう。

トウモロコシや小麦の世界的な高騰で食料の輸出に規制をかける国も出てきて、まあ多少円高に振れているからいいようなものの、もし円が暴落でもしようものならいったいどういうことになるのやら。

金にあかせて、地球の裏側からも食料を輸入しているのだから、いったんことが起きたらただではすまない。円が高く、国力が充実して、原油の値段もそこそこで、世界の気候が安定し、世界が平和なときという、ごく限られた条件の時にしか有効ではない方法に頼っているんだから、恐ろしい。これが逆回転しだしたら?カビが生えていようと、農薬がたんまり残留していようと、食べなくてはいけない時代にならないように早く何とかしなければしらんぜ。

嫌々決まりに従って買ってやっているという力関係の時でも高濃度の農薬残留米や黴びた米さえ、返品もせず買うという、いかにも事務的な、やる気のない農水省の役人が、売りたくないというものを売ってくれと頼むとき、どんなものをつかまされるのやら。

事故米などと言うけど、使い物にならないものはそもそも商品じゃないし、農薬が残留しているのは、農薬を使いすぎたせいに決まっている。事故じゃないでしょう。叩き返して別のものと交換させるか、返金させるのが当たり前なのに、すっかりなめられているんだろうなあ。今頃、今度から返品するなどと言っているらしいが、なんとのんきな。

おまけに、工業用の糊として払い下げるのなら、なぜ、糊の製造会社ではなく食品会社に払い下げるのかおかしいと思わないかな。

輸入した米の購入金額と、払い下げた事故米の差額は、均等割にして農水省の関係部署の役人の給与から差し引いたらどうだろう。国庫にお金が足りないのだし、そうすれば、さすがの役人も税金をもう少し大事に使うことを覚えるのではないだろうか。

ところで、ぽいなげ福田さんのおかげでうやむやになって助かった農水省の太田大臣、事務所費問題は解決しちゃったことにしたんですか?

すっかりジャングルと化した私の畑。決死の覚悟で夕方に出かけていく。何たって蚊の襲撃がすさまじいのだ。

ミニトマト乾燥中虫除けスプレーや虫除けティッシュを試し、腰に蚊取り線香をぶら下げ、電気の虫除けもやってみたがダメだった。長ズボンの裾を靴下で覆い、長袖のシャツに手袋という完全武装でやってみたがあまりの暑さに30分と持たない。

虫除けネットなる頭まで被さる、防虫カプセルが埋め込んでいるという長袖のアミ目のパーカーを購入し、3歳児のトモゾーに「宇宙人みたい」といわれながら、これならばと勇んで出かけていき、左半身のみ30分で12箇所を刺され逃げ出してきた。右半身は無事だったので、カプセルが一部分埋め込まれていなかったのではないかと疑っている。

というわけで、畑の世話など夢の又夢。そそくさと収穫するだけなので、なたまめも小粒、キュウリは枯れ、人参は3ヶ月経ってもまだ小指の太さ。明らかに栄養不良なのだ。その中でトマトの元気さは素晴らしい。素晴らしいのだが、大量の蚊が棲息するジャングルの中で鈴なりのミニトマトを収穫するのは苦行だ。

瓶詰めドライトマトそうやって収穫したトマトは無駄には出来ない。塩を振って天日に干し、ドライトマトを作った。唐辛子1本と共にオリーブ油につけこんだが、これがなかなか美味しく、サラダやサンドイッチに夾んで大人の味ねとご機嫌なのだが、塩分の取りすぎになるだろうなあ(ため息)。

素読、乱読失礼
ひとりで渡ればあぶなくない 森毅 ちくま文庫
家守綺譚 梨木香歩 新潮文庫
言葉を読む 井上ひさし 中公文庫
完本戒老録 曽野綾子 詳伝社黄金文庫
海辺のカフカ 上 村上春樹 新潮社
グインサーガ118巻 栗本薫 ハヤカワ文庫
眠る盃 向田邦子 講談社文庫

とうもろこしシダーテープで育てているトウモロコシ。味見しました。

3本出てくるから1本にしなければいけないのに、どれを抜けばいいか決定できなくてぐずぐずしているうちに大きくなり、結局2本ずつ育てることになり、しかも、横から出てくる実は1個を残して取らなくてはいけないのに、大きいのより小さい方が良い私はそれもほったらかしで、それなのに、それなのに。

全部にしっかり実が付いて、つまり1本のトウモロコシの茎に3個も実がなっていて、それが皆、ある程度の大きさになっていて。すごい。それだけでもすごいのに。

ワオー!感激。こんなに美味しいトウモロコシ、初めて。取り立てのトウモロコシは今までも何度も口にして、それは美味しいのだけど。これほどのおいしさは初めて。甘いだけの物は好きじゃないはずなのに、この甘さにビックリ。

1本立ちにしなくて良かった。摘果しなくて良かった。常識通りに育てなくて良かった。こんなに沢山、美味しいトウモロコシが食べられる。わーい。今日の分は食べちゃったから写真はなし。次に機会があれば、アリがたかっている写真でも!(アリが一杯いて、ぞっとしたけど。アリの気持ちが分かった。)

品種はサカタノタネの「ゆめのコーン」。日持ちがしないので市場にはあまり出回っていないらしいので、もし、地方で見かけたら、是非、試してみて。そして、庭がある人。来年は種から挑戦してみてください。私でも出来ました。ククク

[追記:大いばりで品種名を書きながら、間違えていました。夢のトウモロコシではなく、ゆめのコーンでした。ぼけてますねえ。通常のとうもろこしより丈が低いので、倒れにくく、育てやすいそうです。私は畑のお隣さんと比べて低いので栄養不足で生育不良かと思っていました!全く、ねえ。マニュアルを読まずに不具合を引き起こして後から騒ぐのと同じような。生活全般に染みついた私の癖なんですねえ。きっと]

1c2a781d.jpg[多少加筆あり]先週、2日連続で株主総会に行ってきた。娘から忙しい、忙しいって、遊ぶのに忙しいんじゃないのと糾弾を受けたのだが、仕事が忙しいのに、遊ぼうとするから大変なのだ。遊ぶときには朝5時半頃から仕事をするのだから、我ながら実にエライ。なんちゃって。遊ぶためなら、ネエ。

株主総会だが、これは遊びに見えて遊びじゃない。株を継続保有するかどうか、経営陣の顔を眺めて決定する重要な経済のお勉強なのだ。昨年は、ドトールの株主総会に出席してこれはアカンと、帰宅するなり売り払った。その後この株は低迷したがおかげで損をしないですんだ。今年になって社長は交代したが、まあ、そうなるだろうね。

今回はテアトルと森永乳業。テアトルはすでに十数年保有していて、優待と配当だけでもとはとったような気分になっているから、低迷している株価にも鷹揚だ。こんなに長期間保有しているのに総会出席は今回が初めて。で、空いた席が見あたらないほどぎっしり詰めかけている人たちにビックリした。すぐ後ろの人が大声で、ハイ、ハイと発言を求めるので一体何事か、スワ、殴り込みかと緊張したら、「社長が立ちっぱなしで説明しているのに、遅刻してくるなど、もってのほかだ。失礼だ。遅刻した人は入れないで欲しい」ということだったので笑ってしまった。熱心なのね。

入るときに、パン2個と飲み物入りの袋を渡され、何だろうと思っていたら、総会後30分の休憩を挟んで秋に公開予定の映画が放映された。休憩中に、みんなせこせことパンを食べるのだ。ホテル西洋のパンだが、あそこはもっと美味しいパンもあるのに、何でカレーパンとクリームパンなのだと少々納得行かず。映画好きの株主が集まっているらしく、隣からあめ玉を貰ったり、結構和気あいあいと楽しかった。来年も行こうっと。総会の後は、昨年ドトールで貰った超高級喫茶店への招待券をもって、銀座へ。シャガールが2枚(本物です)、入り口にかけてあるから一見の価値があるかも。一杯1500円のハワイ・コナを不整脈を気にしいしい飲んだが、美味しいが、私の中での一番ではなかった。残念。

株主総会お土産森永乳業は表参道のダイヤモンドホールが会場だったので行くことに。その近くに買い物に行く用事があったのと、アンデルセンのランチが好きなのだ(まだお昼ご飯にこだわっている)。森永乳業が43年前の砒素中毒事件の賠償をまだ継続していることを知った。被害者が高齢化して医療費が増大し、負担額が大きくなっているという。しかし、社会的使命だと考えて最後までまっとうするという姿勢に、まあ、お豆腐も貰うし、大きく損はしているが当分もっていようと思う。クリープ、粉チーズ、練乳等のお土産を貰う。フフフ。お土産って嬉しい。

そうそう、最近話題になっている穀類の値上がりだが、森永乳業の社長によると牛の飼料の75%が輸入品だという。酪農が成り立たず牧場を閉鎖する人たちが続出というのは新聞で読んだが、バターは今でもウチの近所のスーパーでは売っていない。

農水省は米の減産政策は止めないと言っているが、やっぱり、この期に及んで米の減産政策はおかしい。米は足りていると言うが、社会実情データ図録によると1994年に米が足りずに大騒動になり、タイ他の国から助けて貰ったことは記憶にまだ残っているだろう。温暖化というのは、一定の率で気温が上がるのではなく、気候の変動が激しくなり、災害が増えることも意味する。つまり、収穫に大きな波が出来ることでもある。今度お米が足りなくなってもすんなり他の国が助けてくれるとは限らない。余ったものは他の国への援助や飼料に回せば良いではないか。ぼやぼやしている時ではないと思うのだが。

6d1d9c18.JPG畑ではルッコラがジャングルのように生い茂って周りを席巻し、カボチャがとぐろを巻き、トマトはまとめて縛ったがどこまで枝を伸ばすのか見当がつかないほどの勢いとなっている。同じ土なのになぜか枝豆はひねこび、ピーマンは瀕死、ナスは一個も実を付けない。そういえば、親の小言となすびの花は千に一つの無駄もないとよく言っていた友人は元気だろうか。千に一つどころかウチのなすびは花もつけない。人参はもう2ヶ月も経つのに小指の3分の1程度の太さしかないし、トウモロコシは近隣の人たちの半分の高さだ。[写真は少々前のもの

植え付けてからわずか2ヶ月程度だというのに市民農園の中でも格差が大きくなっている。売り物のような立派なナスやキュウリをきちんと作る人もいれば、諦めたのか、放棄したような、巨大化した葉物類の墓場とかした区画からは腐った匂いとともに蚊も飛んでくる。隣の畑は豆とキュウリが真っ白にうどんこ病にやられており、胞子が飛んできたらしく、ウチのキュウリとカボチャの葉も点々と白くなり、やられた葉を切っていたがこれでは追いつかず、昨日、ついに薬を撒いた。

まるで、社会、人生の縮図だ。最初からきちんと計画を立て、土を作り、管理をし、整然と育てた人には大きな収穫があり、時々熱中するが、植物の都合ではなく自分の都合で好きなようにぎっしり植え付けた後は放置した人は収穫する喜びも貰えない。毎日のように通って手を入れているのに植物が野放図に育ち、隣近所からの被害を被っている私の畑は、管理するのもされるのも嫌いで、絶えずトラブルに見舞われる私なのだろうか。ありゃりゃ。

乱読、粗読、失礼
日曜日の住居学 宮脇壇 講談社+α文庫
友だちは無駄である 佐野洋子 ちくま文庫
ぼくがぼくであること 山中恒 角川文庫
中年シングル生活 関川夏央 講談社
こころの処方箋 河合隼雄 新潮文庫
ひるめしのもんだい 椎名誠 文春文庫
グイン・サーガ117巻 暁の脱出 栗本薫 早川書房
解剖学教室へようこそ 養老孟司 筑摩書房 *
子供の本を読む 河合隼雄 講談社+α文庫 *
*2回目なのに最後までそうと気づかず楽しく読んでしまった。ボケが進行している!

ツツジ桜も終わり、畑の周りはツツジが満開。娘のボーイフレンドに手伝ってもらって、2週間ほど前、マルチングや堆肥等を買い込み、畝を作り、ハーブ類を植えた。

数年前、田舎の家での種をと、サカタのタネの種ならぬ株を購入して、1年間のカタログプラスカレンダー等の優待を手にしたのだが、田舎の家には間に合わず、悔しい思いをしながら眺めていたカタログでようやく10%引きで種を数種購入した。

シダーテープとやらを試してみたいと思っていたので数種注文したのだが、あれこれ迷っていたために少々出遅れ、シダーテープはトウモロコシとニンジンの2種のみ。

シダーテープわずか15平米の小さな土地なのに、テープはトウモロコシで18m、ニンジンで16mもの長さがあり、余ったというかほとんどの種とテープは連休中に上の娘の畑に使うことに。[写真のテープはトウモロコシ。これに4、5cmの厚さに土をかぶせる。]

これまで何年も畝を作ってきたのに、なぜかうまくいかない。いつも大家さんの奥さんが一緒に畝づくりをしてくれていたので、自分もできると思っていたのが錯覚だったことが判明。細くて高い、奇妙な畝ができてしまい、修正不可能。テープを埋め込んでしまったし、今年はこのままいくしかない。しかも前の人たちが化学肥料を撒きすぎたのではないかと思うが土があれていて、さらさらと崩れ落ちる。これでなんとかいくのかなあ。あーあ。

今回植えたものは、トウモロコシ、ニンジン、カブ、枝豆、キュウリ、トマト、インゲン、ピーマン、レタス、いちご、バジル、オレガノ、ロケット、パセリ、唐辛子だ。田舎で植えていたスイカやメロンも試したかったのだが、作物泥棒に注意という世知辛いビラをみて方針を転換。実る頃に盗みにくるのは田舎ではイノシシや猿なのだが、ここでは人間と鳥なのだ。

今朝、手入れに行ってみると、枝豆のでたばかりの双葉がすべて食べられてしまっていた。雀の大群におそわれたのだ。うちの店子の雀たちじゃないでしょうね。

畑田舎暮らしから足を洗って(土に埋まるほど浸かってはいなかったけど)からしばらく遠ざかっていた畑にまた舞い戻ることになった。補欠繰上で区民農園に当たったのだ。健康面が気になるし、一緒にやるといっていた娘はますます忙しくなっていて手伝ってくれないだろうし、落ちて良かったと一旦は思っていたのだが、土いじりをしていたときには肩こりから解放されていたことを思い出し、やっぱり頑張ることにした。なんだか頑張ってばかりのような気もするけど…何であれ捨てるのが嫌な私だ。抽選に当たったものを捨てるわけにはいかないではないか。

場所は我が家からホンの5分ほど。バス路線がいきなり廃止されて陸の孤島と化してしまった田舎の家とは大違いだ。しかし、田舎の家には肥料も道具もすべて揃った納屋があったのに、こちらは一つ一つ運ばなくてはならない。鍬とバケツくらいは揃っているが。何せ車もないからマルチングをどうしようか、とか腐葉土はどうして運べばいいのかとか、新たな問題山積だけど、ここいらで気分転換は嬉しい。

桜並木を眺めながら気分良く石灰を撒き、鍬をふるい、1区画分を耕した。今の私にはこのくらいの大きさが丁度良いかも知れない。年間5千円也。仕事を断って土を掘り繰り返して何しているのと文句を言うもう一人の自分には、ダイエットを言い渡されている身にはせっせと野菜を食べる強制的な理由ができてまずはめでたいと言っておこうっと。

粗読、乱読失礼
僕が遍路になった理由 早坂隆 連合出版
オンリー・ミー-私だけを 三谷幸喜 幻灯舎文庫
九月に ロザムンド・ピルチャー 朔北社
歩く影たち 開高健 新潮文庫
ただの私 オノ・ヨーコ 講談社文庫
佐木隆三 供述調書 講談社文芸文庫
「あたりまえ」の研究 山本七平 ダイヤモンド社
騙されやすい日本人 宮脇磊介 新潮文庫
下町の神父 大原猛 海風書房
哲学者かく笑えり 土屋賢二 講談社文庫
日本人ごっこ 吉岡忍 文春文庫

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業務連絡が入りました(笑)。一応メンバーである農業・環境関係の小さなグループの主催者から広めて欲しいという葉書が来ましたので、お知らせします。

料理研究家の辰巳芳子さんの「スープについて」が2月27日(木)20:00-20:30までNHK教育テレビ(福祉ネットワーク)で放映されます。再放送は3月5日(木)ですが、こちらは午後としか分かっていません。

関心のある方は是非ご覧下さい。

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何事にも表があり、裏があり、福ともなれば禍ともなる。おもしろいねえ。と笑っていては叱られるが、長年、神経質すぎるとかうるさいとか言われつつ、いくら騒いでも冷たい目で見られていた地味な食糧関係が派手に電波に乗るようになった。

自給率の低さなど、今更話題にしてなんなのよと言いたいところだけど、知らないより遙かにましだね。毒餃子に仰天して、なぜ、日本人の口に入る餃子が中国の工場でと疑問が広がり、ともかく日本の食糧事情に陽が当たっているのはおめでたい。残留農薬の疑いに端を発したから、やたら最近は有機野菜のレストランだの有機野菜のケーキだのが脚光を浴びているけど、次は、さて、誰が作るのかなという疑問が浮上してくるだろう。良かった、良かった。

先っぱしりでおっちょこちょいな私が危機管理の一環として田舎に家を探し始めたのが10年近く前。そのかなり前から残留農薬だの自給率だのが問題になっていた。なのに自給率は低下の一途を辿り、農業人口も高齢化が進んでしまった。若い人たちを農業に呼び戻すための施策とやらも耳にしたが、成功しているとはとても言えない。この低い自給率を支えている農家の総人口に占める割合は、総務省の統計によると、平成17年でわずか6.6%。しかもその過半数は65歳以上だそうだ。ほとんどが高齢者で構成される6.6%でカロリーベースで39%を支えているのだからエライが、背中も寒くなる。

長く続いた景気後退でも人々は農村に戻らず、農業人口は減り続けたが、さて、残留農薬の問題や、中国産他、他国に頼らねば生きていけないことが広く伝わったことで少しは農業に従事しようとする若い人たちは増えるだろうか。

田舎には放置され荒れた土地が大量に存在する。荒れているのは土地だけではない。インフラがすっかりずたずたになってしまっている今のままではとても田舎には戻れない。暫定税率が問題になっているが、車つながりで、田舎の交通網をもう少し整備できないだろうか。車もなく、バスもなく、近所の人たちに頼って何とか生活している棄民状態の高齢者が、ほそぼそと田畑を耕し、里山に手を入れて生活しているが、今の状態では、早晩、町に出ていくしか生きられない。6.6%が限りなく減っていく。つまり、山が荒れ、耕作地は減少し、洪水が増え、輸入物にますます頼るしかなくなっていくのだ。

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