あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

カテゴリ: 2012年イタリア旅行

P1010133出発まで時間がない中、美味しいものを目指して、かなりの時間をレストラン探しに費やした。

建物同様、本場でなければ食べられないものがある。で、見つけたと思いましたね。口コミよろしく、小さめ、居心地良さそうな、トスカーナ料理専門のリストランテ。グルメらしい人のブログにも登場、絶賛されていたし、おまけにシェフは日本人で料理を日本語で説明してくれるというのだから、よし、と気合いは十分。

評判は出てくるのだがホームページがなかなか探せない。探せない中、ぐるぐるとしつこく検索し、探し、ウェブで予約できるページを見つけた。英語も大丈夫とあったからと英語で予約する。当日確認の携帯番号まで記入欄があったので書き入れる。ウェブでの予約に対し、ありがとうも何も、何の応答も来ない。全く来ない。

ピサ往復のバスの中で、ガイドさんもトスカーナで美味しいものとして、そのレストランで食べようと思っていたビP1010216ステッカを力説。炭火でカリカリ真っ黒になるほど焼いた1キロ近いステーキだけど、外はカリカリ、中ジューシー。素晴らしく美味しい。うーむ。しかもキアニーナ牛でなくては本来の味は出ないらしい。ということは日本ではまず食べられない。一人旅や女性二人旅ではとっても無理だけど、Nちゃんという大食らいの若い男がいるのだ。3人で束になれば1キロだって怖くないw。

期待は高まる。返事は来ない。まあ、携帯番号まで入れたし、いい加減なイタリア人は面倒で返事もしないのだろうけど、午後7時前に行けば席はあるにちがいない。P1010228

遅い昼食をとろうとフィレンツェの中央市場に。この中にもトスカーナ料理を安く食べさせる美味しい店があるらしい。日本人女性のいる店が入り口付近にありオリーブオイルやハーブ類、チーズなどを購入。市場は良いねえ。といっても2時まで。バカンスで休みの店も多く閑散としている。不安になって聞いてみると、中の食堂は休み。予約したけど返事も来ないレストランテも夏休み…!昼食にどこかと聞いたら、どこも美味しいわよ。…んなことなかった。

P1010215結局、その日の昼食はジェラート。ブログ(爽やかホハ・ホーラ!さん)で評判のジェラートの店(私が行ったのは2号店の方)を必死に探した甲斐があった。暑さのおかげもあったかも。ホント、チーズケーキ味最高だった。その店では、毎朝、そこでジェラートを作るという。ジェラートも新鮮さが命ね。

避けるべきジェラート屋は、これみよがしに盛っていて、サンプルの小さなコーンを置いてない、大通りに面した店で高いとはガイドさんの弁だけど、前日に食べたのがそういう店で、3人で24ユーロも取られ、味はたいしたことはなかったのに、美味しいジェラート屋(La Carraia)では最初サンプルとしてチーズケーキ味1個、次にチョコとバナナのジェラートに牛乳を足したスムージーも食べたのだけど、確か4ユーロ程度だったはず。また食べたい。戻って食べたい(笑)。

一番上の写真は避けるべきジェラート屋w
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P10102091日目は夜中に南京虫騒動、シーツを隅々まで点検し、持参の防虫剤をまき散らし、体にも塗って寝たのになんだか分からない虫に2箇所刺された2日目の夜も明け、早朝から半日ピサのバス旅行へ出発。ピサじゃなく近郊のもっと小さな町を希望したのだが、手頃な現地発のツアーが見つからなかった。Nちゃんに運転してと言いたかったのだが、なんせ私のダンナじゃないし、大人しく要求もせず静かに諦めた。責任とれないものね。

旅行代理店が印を付けた集合場所が違っていたが、危ういところバスの出発時間までに何とか間に合った。やれやれと安堵したのもつかの間、ガイドさんの言葉に一同すっかりびびってしまった。ピサは駐車場から斜塔のあるところまで少々歩くのだが、その道がスリ街道と呼ばれているのだという。それも日本人だけとっても被害は数知れず、おまけに暴力的なスリも存在して怪我をした人もいる。だからと車中でお金や貴重品をバッグ奥に入れ替え、使用する分だけポケットに入れるという作業をした。気分は重く沈む。彼女のツアーはまだ一度もやられていないからという言葉にすがる。

駐車場から行軍が始まった。10人強のほぼ日本人の集団だが、あまり高齢の人はいない。2、3年先だと参加できないな。こんな速度で歩けるわけないもの。不整脈があるのだがそんなことは忘れて高々と日傘を掲げたガイドさんの後を2列縦隊で歩く、歩く。途中でガンガン、様々なツアー客を追い抜き、道路を車を止めて強引に横切り、高級住宅街とやらも通り抜けたのだが、よそ見をしたり写真を撮ったりした際に襲われるのも置いて行かれるのも怖く一枚の写真も撮れなかった。で、私の頭をよぎったのは「マドレーヌ」という絵本。いつも2列に並んで行進していたなあ。こんな速度じゃなかっただろうけど。彼女のツアーが襲われたことがないというのに納得。

なぜこんなツアーにと後悔しかけたところに斜塔が登場。凄い。さすが世界遺産。修復して傾きは4.6メートルから4.1メートルに改善したというが、よくまあとしか言いようがない。それになんと、美しい。

P101019010時から洗礼堂でなにやら行事があり予約してあるというので一同行軍の姿勢のまま雪崩れ込む。素晴らしい声量と歌声だった。洗礼堂の真ん中で声を出して堂内の反響を確認するのだという。下手な人に当たるとかなりの悲劇だが、ピサでついたイタリア人ガイドの人が掛け合って上手な人に変えてもらったのだという。気分はすっかり上天気。

ピサの大聖堂も装飾、調度、素晴らしく、メディチ家の庇護を受け学問の中心であったというピサの往年の繁栄が偲ばれる。大混雑だったがちょうど豪華客船が寄港して数百人が押し寄せたかららしい。スリの餌食になってなければいいけど。まあ、そういう豪華客船の客はまた別のルートで近くまで運ばれて来るのかもしれない。

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ガリレオの振り子と洗礼堂

大聖堂では肌の露出もサンダルも禁止で、聖堂の前にずらりと脱がされたビーチサンダルが並べてあった。入れないより裸足の方がマシだし、この暑さでは大理石の床が冷たくて気持ちよかったかも。写真を撮りたかったがザッザと突入したのでその機会なし。

お土産を買おうとしたら、バラでズボンのポケットに入れたはずのお金が見つからず(どうやらハンカチを出すときに落としてしまったらしい。それともスリ?)、バッグから奥にしまったお金を出そうとまごまごしていたら、娘が財布を出しちゃダメと出してくれた。娘曰く、一人だからまだ良いけど、姉のRちゃんと二人なんてとても面倒見切れないからね、だと。ポーちゃんと小学校時代先生に呼ばれていた娘と一緒にされるなんて、ち。

(小さな写真はクリックで拡大できます。ボケボケの振り子は揺れているからと想像して下さいw。洗礼堂の細部がきれいです)

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フィレンツェといえば、どうしても外せない美術館がある。もちろん、世界にその名がとどろき渡っているウフィッツィ美術館。そして調べ出して遅まきながら初めて知った美術館、アカデミア美術館

はっきり言って、セザンヌ様と北斎様を長年贔屓にしているという点からしても、美術に興味を抱いたのはピカソからという点から言っても、そりゃあ、ミケランジェロって凄いわね、ラファエロ、良いわね、ぐらいは思いますよ、でも入れ込んで、これでなきゃ〜とか見るだけで心臓がパクパクするというようなレベルではない。ないけれども建物や調度、現地で見られない物をひっくるめて見たいという、どうしても物見遊山的な興味からの「見たい」だった。

それなのに、見事ノックアウトされた。

P1010129アカデミア美術館は午前中、ウフィツィ美術館は午後、それぞれ旅行代理店を通じて2時間の娘が現地ツアーを申し込んでくれていた。

15分前までに入り口集合というから、日本人らしく律儀にまた場所が分かるか不安で30分も前には到着。10時半過ぎという時間にもかかわらず、すでに美術館の周りはぐるりと予約のない人が取り囲んでいる。アフリカから砂漠を越えてやってきたという熱風が吹く中ですぞ。うへえ。予約しておいて良かった。

しかし、なかなかエージェントが見あたらない。ふらふら聞いて回り、娘に、襲われる、気をつけろと叱られる。いくつもの旅行代理店が入り口で店開き、といっても2、3人ほどで受け付けているだけだが、看板を出すわけでもなく、分かりやすくバナーを掲げるわけでもない。ようやく見つけたと思ったら、なんと客を集め始めた。それまでに十分な人数が集まっていなかったのだろう。結局15人ほどが、ガイドに連れられ、予定時間より遅れて予約者専用入り口から入った。各自レシーバーを手渡される。そのガイドの声が大声を上げずに周囲の人に聞こえる仕組みだ。

P1010111イタリアの美術館は厳しい。ここもウフィッツィ美術館も、入り口に飛行機搭乗の際にあるのと同じような装置があり、手荷物と身体検査。Nちゃんはベルトまで外していたが、ブザーが鳴っていても係官に良いから行けと指示される人もいたり、何のためなんだか、そこいらは厳しく官僚的なイタリアとイタリア的いい加減さが同居している…。写真も禁止。残念無念。

アカデミア美術館はミケランジェロの宝庫だ。のみの跡の残る未完の作品も含め、巨大な部屋にずらりと並んでいる。実に壮観。で、私の目は小品に釘付けになった。1本の丸太から逆さまの形で樹木が生まれようとしていた。半分丸太につながっているのだが、紛れもない美しい樹だ。突き当たりにはダビデ像。想像していたよりも大きい。ぐるぐる周囲を回る。ミケランジェロっていったい何者だったのだろう。本当に人間だったのだろうか。

P1010118一夜漬けで塩野七生の本を数冊ざっと目を通していたのだが、このガイドがこの2つの美術館で説明する内容が、彼女の本に記載のあるエピソードそのままだったのでびっくりした。まあ、歴史だし、知られているエピソードは同じなのは分かるが、この英語のガイドの口調が彼女の本に見事に被った。これって?

午後、ウフィッツィ美術館に今度も30分前に到着。どうせ15分前までと言いながらこれから3、40分も待つことになるからチケットを貰って先に行こうかと言っていたら、朝と同じガイドが到着、朝とは異なり、客集めもせず、さっさと中に入る。娘は日本語の音声ガイドを借りたが、パスポートを代わりに取り上げられた。厳しい!

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この日は他にもドォーモのすぐ裏にあるドォーモ美術館も訪れた。聖堂と洗礼堂に置かれていた作品を保存しているらしい。ここは訪れる人も多くない、静かな美術館だったが、ミケランジェロのピエタや精巧な銀の祭壇など、見所が満載だ。そして、マグダラのマリア(ドナテッロ作)は、衝撃的な、絶品だ。今思い返して一番強い印象を与えたのはこの彫刻だったと思える。また、この美術館のミケランジェロのピエタは未完ではあるのだが、晩年の作という同じく未完のアカデミア美術館のピエタ像より数段上に思える。ドォーモ美術館は館内の撮影が許されている。静か、その上すいている。お勧めだ。

この都市にはいったいどれほどの美しいものがあるのだろうか。美に酔って頭がくらくらしてくる。

19,244歩


[追記あり] P1010083数々のトラブルのせいでほとんど計画ができなかった今回の旅行。でもその中でも長年あこがれていたフィレンツェについてはどこで何を見たいかはっきりしていた。何を食べたいか、何を買いたいかも…。

で、小型の写真と記事が載った本と、行きたい箇所にマークした地図を娘に渡し、前もってアピールしておいた、なのに、持ってきてくれなかった(涙)。連れて行って貰う身としては強く抗議もできず、痛恨の出来事その1となった。

今回の旅行は娘がウェブで申し込み宿と往復の飛行機をアレンジして貰ったものだが、往復アムステルダム経由で行きはKLMからアリタリアでフィレンツェへ、帰りはローマから乗り継いだ。

アムステルダムで4、50分以上も前に搭乗が始まり、30分も前にもう離陸準備となり、さすがイタリア、予定より早く飛ぶのかとびっくりしたら、荷物が搭載されているのに2人行方不明だからとのアナウンスがあり、結局20分ほど遅れて離陸。時節柄、荷物があるのに本人が来ないというのはすわテロかもと普通、考えると思うのだが、そのような様子もなく、結局2人は来ないままで、数々のトラブルはこれを避けるためだったのではないかと、一瞬、空中での爆発を予感したのだった。アリタリアのシートは汚れ、大きなシミがあり、機内誌はぼろぼろで、それも全部はなく、簡単な飲み物と乾き物が出ただけ。帰りのローマからアムステルダムまでのエアフランスKLMが清潔で美味しいサンドイッチやワインが出たのと好対照だった。同じ程度の時間と多分、同程度の料金のはずなのに(なんとなんと、搭乗口の前にエアフランスが駐機していてそれに乗り込んでいるとばかり思い込んでいたのに、実はKLMに乗り込んだとは。娘に指摘され、Nちゃんは私があ、エアフランスだ、中がきれいだと喜んでいたよと、実はKLMだと知っていながら訂正せず。レレレ。娘には、しっかりおばあちゃん、まだ惚けないでと言われてしまった(-_-)。)。

ちっぽけな地方空港のフィレンツェ空港からホテルまでまで予約した車で送ってもらったのだが、もう夜中近く、街灯の光の中にぽつり、ぽつりとタイトなミニスカートの女性が現れる。治安が悪いというのにこんな場所でこんな商売をしなければならないとは、どんなに恐ろしいだろう。

フィレンツェでは物乞いの姿も目立った。そしてショックだったのは、最高気温が45、6度にも上がった中、石畳に体を投げ出すようにしている老婆に2人組の警官が近づき、わずかな金の入った缶を足で蹴飛ばして移動させるのを目撃したこと。素晴らしい、偉大としか言いようのない壮麗な建築物の下、杖をつき足を引きずり抗議もせずに黙って立ち去っていく。

昨年、スコットランドのエジンバラでも少なくない物乞いを目撃したが、その1人は「僕のようになるな」と書かれたプラカードを掲げていたし、悲惨さの質がだいぶ違うように感じたのは社会保障の有無のせいだろうか、イタリア人は陽気で人生を謳歌していると思い込んでいたためか。この後も機嫌の悪いイタリア人多数に遭遇し、怒鳴られることになるがそれはまた後で。

P1010085ところで、オランダのスキポール空港。トイレが壁も床も真っ白なタイルで、収容所のトイレを思い浮かべてしまった。便座が大きく、足がかろうじて届くほどの高さ。で、中に落ち込み気味になり!自動フラッシュが座っているのに続けざまに2回も作動して、困った事態に。おまけに立ち上がっても今度は何が気に入らないのか作動せず、手動でフラッシュする装置もなく、じっと数分間間抜けな顔で便器を見つめる羽目に。とはいえ、便座が壊れ、汚れたものが多く、閉鎖を珍しくないイタリアよりは、トイレという点だけで見れば、遙かに好感が持てたが、魅力はなく、あまり長逗留したくないハブだ。成田で入ったトイレが小さく、狭く、日本人の小ささを実感。人間、これからエコだよねえw。

P1010242数々のトラブルを乗り越え、大雨の予報の中、昔晴れ女の名誉に賭けてわずかな晴れ間の光の中、飛行機は無事に離陸。

一番の心配の種であった父は無事に入院し、妹が駆けつけてくれたので、幼児3人抱えた娘も、出産間近で幼児2人を抱えたSちゃんも、もちろん、私の不在を一番怖がっていた母も、これで一安心。私ってなんてついているんだ。

そして憧れのイタリアは、予想したとおりでもあり、予想を超えてもいた。予想したとおり、過去の偉大な栄光を食いつぶしている国であり、国家は半分どころかもう破綻しているも同然だった。しかし、建物、芸術、予想を超えた規模と美しさで、連日40度を超え、46度にも上った熱い路上にうずくまり、身を投げ出す多数の乞食の現実を圧倒した。

とても1人では行けなかった。南京虫に襲われ、ジプシーの子供に襲われ、1日何リットルもの水を消費しながらの旅は面白く、悲惨で、さながら修行僧の苦行のようでもあり、二度と来たくないと思いつつ、次の瞬間にはまだ見たりないとどん欲に足を進める混沌の旅だった。

娘と娘のダンナNちゃんにひたすら感謝だ。そして無事に旅立てるように祈って下さった皆様に感謝。

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