あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

カテゴリ: 仕事

IMG_0355ここ数日、1通のメールを書いては消している。

十数年の付き合いだったエージェントへの今後の取引お断りのメールだ。

両親の介護などの問題で仕事を断ることが多くなり、それまで付き合いのあったいくつかのエージェントや事務所との付き合いが徐々になくなり、単発的なものを除き、現在はこの大手エージェントのみとなっている。

もう昔のような働き方はもう出来ないし、やりたくもない。これが自分のペースになったのだろう、このまま後、数年、働けるなら働くつもりだった。

が、このエージェント、どんどん翻訳者を管理しようとし始め、規則が毎年増えていき、要求も、これまでは編集側の役目であったものまで翻訳者に負わせるように増大。嫌気がさしていた。特例として免除してくれているものもあったのだが、エラソーな役職者からの小学生に要求するようなちゃんとやりましたかというリストの提出の有無で翻訳者の評価を行うから出せとの強迫めいたメールが届き、ついにプチッと切れてしまったのだ。一束の藁が乗っかっちゃったというわけですな。

で、翻訳そのものの質ではなくそんな余計な、プロなら当たり前のことをいちいち報告することを強制するようならもうお受けできないとのメールを書きつつ、しかしなあ、他の仕事を探すしかないか、面倒な。すぐに次の仕事が来るわけもない。でも仕事をしないとちょろちょろ旅行に行くことも出来なくなる。第一、何をやれば良いのだ。

久しぶりに同業の知人に電話してみた。彼女は以前、怪しげなビジネスに首を突っ込み、買え買えとうるさくて閉口したことがあって遠ざかっていたのだが、現在の業界の状態はよく知っているはずだ。

思った通り、新しいことを始めていて、すぐさま手伝ってとの話になった。今度は世界規模の大きな話なのだが、ラインをしているかとうるさい。

ワタシは断固としたガラケイ派なのだ。災害日本、一寸先は闇。大規模な災害が生じれば停電となる。スマホは電池がネックだ。私の携帯だと4、5日+予備の電池でさらに4、5日は大丈夫。携帯無しでは自慢じゃないが覚えている番号は1つもない。一人孤立して泣くしかなくなる。それに超小型の懐中電灯、ピルケース、笛までつけてある。そんな芸当がスマホにできるか。

ラインはしてないと言ったのに、昨日、更に、ラインはしないの?新たなことにチャレンジしようというメールが届いた。チャレンジの問題ではない、生か死かの問題だって。彼女は人の言うことは聞かないからなあ。大風呂敷だしなあ。泥船の可能性もある。これまた乗らない可能性がでてきた。どこからか助けが来るまで筏で漂流するしかないか…。今は崖から下を覗いている状態だけど。

提出せずに放置すれば、断るまでもなく断られることになるだろうが、翻訳者の本音を知らせてやる方が長年の付き合いだった会社に親切だろうな、とか嫌々余分な仕事をさせられている他の翻訳者の役に立つかも知れないとか、思いは千々に乱れる。

で、書いては消しを繰り返している。
明日から旅行に出かけるので多分、このまま放置、で自然にフェイドアウトすることになるのだろう。問題は、仕事なしでどれくらい時間をつぶせるか、我慢できるかだw。

IMG_2557ナンジャモンジャという木がある。小さな白い花を咲かせるらしい。
しかし、このナンジャモンジャという言葉、今の私の心身の状態を表すのにぴったりだ。
つまり、ナンジャこれは、いやこんなモンジャろうという出来事の繰り返しだってこと。

悲惨な1週間余りが過ぎ、2キロ痩せた。

腸が第二の心臓だか脳だかという説を知り、まあ、確かに腹を立てると腸が怒るものね、と腸に爆弾を抱え、脳にも心臓にもすっかり自信を喪失している私はビオフェルミンを飲み出した。憩室炎を起こすと必ず処方されるから馴染みの薬だ。

狭心症の発作以来、胃の痛みか心臓の痛みか判別に困る痛みが生じるので、胃腸の調子を整えると、心臓か胃かどちらが悪いのか判断できるれば都合が良い。おまけにここ数年痩せ始めると共に自分でも、誰だ、この婆さん、と思うほど皺が…!これは太らねば。と飲み始めた薬のおかげで食欲が戻り、1キロ体重も戻ったばかりだったのに、高校以来の最低記録を更新してしまった。

今回の不調はいつもの憩室炎ではなかったようだ。熱は出ない。歩いても響かない。ただ、お腹が痛む。胃が捻れる。丸1日絶食したら治ったようで、1日は普通に食べ大丈夫だったのに、その夜またしてもぶり返した。

深夜、痛むお腹を抱えようやく治まりうとうとしたと思ったら、突如、脹ら脛が吊った。もう嫌、1晩で6,7回も吊って以来、気をつけて水分を取るようにしていたのに食事が出来てないので不足したのだ。必死に立ち上がる。足の痙攣は立ち上がると治る。私のこの偉大な発見w、お試しあれ。

必死で立ち上がろうとしたのだが、横向きに倒れ、襖に激突。朝の3時過ぎだ。と、下の階でも大きな音が。下のお婆ちゃんを驚かしてしまった。ああ、悪いことをしてしまったと思うまもなく、またしても大きな音。雷だった。良かった。私ではなく雷ときっと思ってくれたはずw。

そして、青色申告を終えて引き出しを整理し、7年を過ぎた資料をせっせと切り刻んでいたのだが、仕事が押してきて、シュレッダーの上に放置していた紙を何気なく手に取ると、23年度!あーあ、7年経ってないのに23年度の書類の殆どを切り刻んでしまった。

やはりそろそろもう引退すべき時期なのかも知れない。それより認知症の検査に行った方が良いかもと真剣にまた考える。前回は認知症だと騒いで来る人が認知症だった試しはないと、脳のMRI検査を含め検査を受けたときに医師に言われたが、これはおっちょこちょいでは済まされないほどの衰えだ。

かなり大きな報告書の翻訳を頼まれたのだが、依頼の9割が英訳という私には珍しい和訳で、コンサルタントによるなかなかの名文。しかも新しい手法についてで興味津々、やりたいが、名文は日本語に載せるのが厄介だ。そして自分の能力に自信が持てない。どうしてもとお願いされ締め切りを1日延ばして貰って受けたら、別口から絶対に断れない仕事が入ってきて、更に報告書が追加で増え、目の前が暗くなり、こうなると孫の運動会も検診も断るしかないと腹をくくったら、報告書がキャンセルになった。

ついているのかついていないのか。いやついている。その証拠に、お腹も日常も落ち着きを取り戻しつつあり、午後から孫の運動会だ。

探している言葉が出てこない。ぴったりの言葉が欲しくて調べる時間がどんどん長くなり、処理能力は落ちるところまで落ちてるのに、それを自覚しているのに、面白そうだと思うと受けてしまう。昔の自分の蜃気楼が頭にありすぐにでも出来る気がして、集中力も落ちているのでツイ目の前の本を読み散らかしている間に、首が絞まり、ウワーとなり、お腹が痛む。馬鹿だがどうしようもない。

いつまで仕事が出来るのだろうか、いつまで生きるのだろうか。

TVドラマのやすらぎの郷で、75歳で死ぬ予定でそれまでに使い切ろうと全財産を75歳までの日数で割って使っていたら、75歳を過ぎてもぴんぴんしていてお金はなくなりこうやって施設に入れて貰ったのと浅丘ルリ子が演じる元女優が言っていた。大笑いしながら見ていたが、私も基本は同じなのよね。多分、みんなそうじゃないのかなあ。

仕事だす。
ふてくされて仕事。ずっと仕事。

P1020337娘のダンナのノンちゃんまんが海外出張で当分いない。
これで娘と遊べると喜んだら、私の周りでブンブン飛び回らないでと怒られた。
おばあちゃんと遊んどいでよ。

ベエだ。毎週2度も3度も行って見飽きた。
おんなじことでしょ、私だって。と娘。

ご馳走すると言ったら、しょうがないなと母の所に一緒に行き、イタリアンへ、ご馳走だからと昼間からワインのヤツ。私ジンジャエール。一口くれと言ったら断られた。その後買い物、それもじょうろという色気のないものを探すのに付き合い、映画はというと嫌と断られ、渋々帰宅。

で、帰り道に、残りの休み、古本屋に行こう、骨董市はとたたみかけると、私、仙台。いないから。
聞いてないよ〜。
仕事すればいいじゃん。

何年間か係属していた裁判が全面敗訴となり、倒産同然と騒いでいる企業の判決文の仕事があるのだがどうも気が乗らない。払ってくれるか不明だし…。がやるしかない。青色申告よりマシだとノロノロやっていると、

翻訳急いで、上告するらしいとの電話が。
上告するならまだしばらくはとんずらしないな。

娘が留守するので良かった。仕事がはかどる。おいて行かれた〜と泣かないで済むw。

私ってついてるよねw。

すっかり嫌気が差して美容院を避けること5ヶ月。短かった髪は肩まで伸びた。誰も嫁に来いとも行けとも言わないけど。

冬の間は帽子をかぶるからいいのなどと、美容院に行けコールにも足を踏ん張っていたのだが、先日の暖かな日差しにもうこれ以上帽子をかぶっていられないと慌てだしていた先週の金曜日。

婿殿が出張している隙に勤め帰りの娘とどこかでご飯を食べようと約束した。娘は都心に勤めているので通常なら丸の内か銀座になる。いくらなんでも頭を何とかしなくてはもう一緒に歩かないと言われてしまう。娘は言ったら実行する強い女なのだ。

朝のうちに美容院に行き、午後早めに出かけようと、前夜は11時半まで仕事をして納品を済ませた。朝、パジャマを着替えようとしていたら電話が鳴った。エージェントだった。出し忘れた追加原稿が1枚。急いで欲しい。

多数の企業間の話で誰が誰か分からなくなるので再度原稿を持ち出し、確認し、2時間後に無事に出したが、なんだか違和感が残る。相手がここに挿入と指定の上、私が前夜提出した訳文に印を付けて送り返してきたのだが、見直して変更したはずのところが直っていない。むむむ。

家事にはずぼらだが、仕事となれば知らん顔を決め込むわけにはいかない。もう一度ざっと原稿を見直す。おかしい。停電などに備えてHDに保存していた訳文を見てみたら、なんということでしょー、そちらが見直し済みの完成品だった。見直し前の物を送っていたことになる。普段早寝するのに遅くまでやると碌な事にならない。

慌てて電話し、平身低頭謝って、送り直し、やれやれと時間を見たら、もうお昼。美容院どうしよう。

頭よりもお腹がいつだって優先する。車だってガソリンがなければ動かない。食事を済ますともう映画や美術館に行く時間はない。

時間がないのだから徒歩2分のはやらない美容院に行くしかない。そこに行くしかないのだが近づくにつれ憂鬱になる。デパートを退職して独立したという70近い女性の店だが息子が手伝っていて、この息子が洗髪担当で、気持ちが悪くて嫌なのだ。

ドア近くまで行ったがやはり嫌だ。そのまま通り過ぎ、その勢いでブログ友も通うというカット専門店に飛び込んだ。男性客がいる。床屋か美容院か分からずに入ってしまったが大丈夫なのか。モニター画面で指示しろと言われ、素直に押し、1300円を支払い、そのまま席へ。

男性を男性スタッフが切っていたのだが、女性スタッフが現れ、さくさくと切っていき、一丁上がり。素早い。それぞれ、理髪店の免許と美容院の免許を持っていて両方に対応できるようになっているとのこと。なるほどね。カットの技術については、扱う人数が格段に多いので、並みの美容院よりは上手いらしい。よく分からないので揃えて貰っただけだが、満足できる仕上がりだった。

洗髪もマッサージもお茶のサービスもなく、店には何の装飾もムードもないけど、3千円以上の差があり、しかも腕にも満足なんだからもうこれで決まりだ。教えてくれてありがとう。

娘は、銀座でも丸の内でもなく、近所の店を指定してきた。せっかく着替えて出てきたので娘の帰宅時間までぶらぶら散歩し、お茶をしながらゆっくり本を読み、近所の寿司屋というより居酒屋で、常連さんが席を譲ってくれて最後の2席を手に入れ、娘と二人、たっぷりのお酒と大量のサラダ、マグロの顎肉、ツブ貝その他で気分良く酔っぱらって帰った。娘は割り勘で良いよと3千円を差し出した。残りは美容院代が浮いた3千円+少額でまかなえた。

とってもお得な気分がした。終わりよければすべてよし。よしよし。


荒唐無稽な話でも細部がきっちり作ってあれば物語の世界にするりと入っていける。細部に神宿ると言われるとおりだ。

実話を元にしながら細部が荒唐無稽なのがアンと花子。脚本がぶつぎれでリズムが悪く、いらいらしながらもよせばいいのに見続けている。ただ、蘭子と伝助が出ると画面が締まるのは、細部が気にならなくなるのはなぜだろう。悪いのが脚本と時代考証のせいだけではなく、俳優と持ちつ持たれつの関係で、もう少し他の俳優が上手ければこんなに悲惨な印象は与えずに済んだのだろうか。その差に少々驚いてしまう。なぜなのだろう?

座布団の上に立って乾杯とか、重要な役割の腕時計が水に浸かったわけでもなく、火に追われて逃げ切れなかったという説明があったのに、地震発生時刻に止まっているのがひどすぎるしまた数年放置していたのが自分から動き出すというのもあまりに不自然。端々まで全く神経が行き届いていないドラマだ。その他諸々きりがないのだが。

昨日だったかの回にはつくづく腹が立った。仕事を理由に約束を破ったのだ。子供との約束は破ってはいけない。全面的に信じてくれている者を裏切ってはならない。

翻訳して30年になる。徹夜仕事も随分こなした。新聞、雑誌などマスコミの仕事も10年ほどやっていたので締め切りがきついものも多かったが納期は絶対だと考えている。腹痛をこらえて納品した後腹膜炎と分かり1ヶ月入院したことがあった。流産した友人もいたし、父親の危篤の知らせにも駆けつけられなかった人も知っている。

どんなに面白いものでもやりたくても他に約束がある場合は、特に子供と約束がある場合は受けてはならない。仕事と子供の両方に不誠実ではないか。

今日の回では子供が疫痢で亡くなってしまった。約束を破ってあんなに楽しみにしていた海に連れて行かなかった花子は一生、後悔するだろう。この脚本家は村岡花子が嫌いなのだろうか。

子供が一度目を覚ましたとき、良くなったのねと水を持ってきてガーゼを浸して唇を湿らせたが、これでは末期の水じゃないか。生きている子に、生きると信じている子にそんなマネするなよ。朝方亡くなったというのに蘭子に電報が届く。どうやって誰がそんな短期間で電報を出せるのか。大正時代の話なのに。子供が亡くなっているのにお線香の用意もなく、人を電報で呼びつけながら、お通夜の支度も何もなく、横で添い寝して寝てしまう。あーあ、勘弁してよ。

と文句を言いつつ、赤毛のアンの話が出てくるまで、見るしかないのね。頑張るしかないのね。

自分のことを高齢者に含める日が来るなんて、想像もしてなかった。
孫が6人もいるのだから十分おばあちゃんなのだし、客観的に見たら十二分に高齢者なのだが。
あっという間に時が過ぎ、忙しく仕事を続けてきたから、尚更、昨日の続きは今日な訳で、同じような日々がずっと続くような錯覚というか妄想というか何も考えないまま時が過ぎ、で、高齢者ねえ。ホントかねえ、ホントなんだよね。

両親が体調を崩し、救急車と入退院を交互に繰り返すようになった頃から、仕事をセーブするようになった。一人で孤独にパソコンに向かっていて受けた仕事は原則、一人で終わらせるしかない。誰かが急に入院したとか、急な用事ができたとしてもなんとしても締め切りは守らなければならないから、仕事を極端に絞るようになっていた。以前は複数の仕事を抱えることもざらだったのだが、1件しか、それもある程度の余裕が見込めるものしか受けないようにした。当然、収入は大きく下がり、数年前の3分の1程度にまで落ち込んだ。

父が亡くなり、母が老健に入所し、ようやく落ちついてきたので仕事を以前のペースに戻そうとしたのだが、これがうまくいかない。2、3年、仕事を断り続けていたので、関係が切れているところが数カ所ある。連絡をしなければならないのだが、連絡をしたら最後、仕事を受けなくてはならなくなる。母の体調が急変したらどうしよう、恐怖心が先に立つ。連絡しようと思いつつ、未だできないでいる。残したごく少数の顧客でについても、少し前なら徹夜でも何でもしたのだが、一旦緩めたペースは上がらない。本来なら問題ないはずなのに気がつくと減らして下さいとか、もう少し時間がなければとか、ぐずぐず言うことが多くなっている。

根を詰めるとあとでしっぺ返しに会う。腰が痛い、目が痛い、手が痛い、肩が痛い。以前も同じことを言って騒いでいたし、腱鞘炎を何度も繰り返したから、頑張るぞというときには、タイガーバームを両腕に塗り、サランラップを巻いて仕事をしていた。それでやっていけた。最近では目がストを起こす。目が霞んで物理的にみえなくなる。腰が痛くて座っていられなくなる。年を取るというのは大変なのねえ。

先週、久しぶりにかなりハードな仕事をした。手違いで受けてしまったのだが、できあがりで200ワードを1枚と換算して、30枚強の英訳を2日で仕上げた。まだやれるかも知れない。ちょっと気分が明るくなった。でも連日は無理なのを知っている。いくら面白くても体力の限界を知らねばならない。受けて迷惑をかけてはならない。高齢者には限界があるのだ。ペースを緩めて丁寧に仕事をする。自分にふさわしい仕事のやり方に変えていかねばならない。両親のドタバタのおかげで自然にやり方を変えられて良かったのだろうが、さて、収入の落ち込みをどうカバーしようかどんぶり勘定を止めて、生活の方も高齢者仕様に変えていくべきなのだろう。

で、私より10歳以上年上の細川さん、どうするつもりだろう。世論調査で知事選でトップだそうだが、体力が落ちているし、頭の中身だって惚けてくる。ちゃんと都政ができるのか、最初からお飾り覚悟なのか、副知事に小泉さんを据えて操り人形に徹するのか、いずれにせよ、オリンピックを控えて大きな改革をする千載一遇のチャンスが巡ってきたというのに、じいちゃんたちに守りの政治はして欲しくないし、方向違いの大きな改革はもっと困る。

老人が元気なのはよいことだが、限界がある。血が騒ぐのだろうが、面白いのだろうが、何とか別のやり方で頑張って貰えないものだろうか。

翻訳の仕事で、困るのが固有名詞。ネットなどないときには発音辞典などめくって調べることもあったし、その分野の本を調べることもあったが、それらしくとか適当にで通じてもいた。こっちも若くて仕事が山盛りで、食わせにゃならん大きな口が、私の小さな口(ホホホ)を入れて4つもあったから、わっせわっせと力仕事で縦のものを横にしていた。

それが歳のせいだか、怖さに気づいたためだか、いつの間にかコツコツ型に変身してしまっていて、ウェブで組織を確認するようになっている。時間がかかって困るんですよね。名称だけではなく、一応、ざっと製品やサービス等もチェックする。法律関係と金融関係の翻訳が主だから、大企業や国が関係したものがほとんどとなる。

大企業ならすぐ分かると思うでしょ。ところがどっこい、困ってしまうのが、名称。デマだと某評論家が一刀両断したという先の現場の声だが、その根拠に上がっていたのが固有名詞だったが、全くナイーブとしか言いようがない。

昔は、組織は不動のものだと錯覚されていた。今でもそう思う人が多いかもしれないが、信じられないほど組織は動いている。日本の組織も、海外の組織も右往左往、どたばたと生き残りを賭けて烏合集散を繰り返した結果、私のような頭にはなにやら訳が分からなくなったしまったものもある。

つまり、大企業とか、グローバル企業と言われるものの中には、さっと一瞥しただけではさっぱり組織の全体像が見えなくなっているものがあり、しかも、組織自体の名称もくるくる変わるものだから、下っ端の組織などますます霧の彼方に霞んで見えない。

バイエル日本支社などないというのもデマの根拠の1つになっていたが、私が数ヶ月間関わっていた欧米系の巨大金融機関では、社内では東京支店といい、文書でも東京支店と書いてあるものもあるのに、通常の名称は日本支社であるのだが、現地法人だったので、正式には××株式会社が正式名称だった。

現在抱えている仕事でも、「当社」が持ち株会社である親会社のことか、子会社のxx会社のうちのどの会社のことか、頭をひねっても分からない。つまり、親会社が出来てまもなく、著者がどちらかの子会社出身で、視点が揺れているので、私も一緒に頭がくらくらする。

従って、バイエル日本支社が存在しないからと鬼の首でも取ったようにデマだと断定するのは、自分が実態を把握していないことを暴露しているに過ぎないし、反対にバイエル日本支社と書いた「現地からの声」の著者がバイエルに知人がいるか、その関係者であるように思えてしまう。

ということで、デマの根拠とされたことがすべて、前回の記事と合わせて、デマではないことを証明したことになってしまう。が…それでもその他の民主党関係の部分は証明のしようがないので、これはデマかもしれないがデマでないかもしれないと言うしかないのは以前のままだ。とはいえ、デマでないかもしれない可能性が少し高まったような?[追記:この現場からの叫びはかなり前からぐるぐる回っていて、今頃僻地の私の耳に到着したらしい。消毒液の不足は実在のものだし、もし、一部だけが悪意のねつ造で、実在するものとうまく組み合わせてあるとすれば上手に騙されたということになる。問題が沈静化してからちゃんとしたジャーナリストの人に検証していただきたいものだ]

焦って仕事をしている。エライッショ(^^)/
掃除もせずに♪
とはいえ、すぐ飽きる。なんだそりゃ。

中身は面白いんだけど。というか、面白いものをやる路線を突っ走ってきたから面白いに決まっているけど、でもしばらく座っているとアキル。

最近の私は、1日合計5時間がmax。こうなるともう一口も入りません状態になり、アップアップのギブアップになる。なんせ、歳です。

仕事の途中で、突然、もうダメだになって、お茶を飲んだり、洗濯したり、散歩に行ったりするアカンタレなのだが、続きをしようと画面を開けると、いつも、呆然とする。普通、切りの良いところまでやるでしょ?それが、ページの真ん中、文章の途中、今日は「しかし」で、ぷつんと切れているのを発見した。こんなところで、切る?変な奴。

まだ環境関連をやっているのだが、樹木がkilledだって。娘は樹は枯れたで良いじゃないというのだが、激しい野火でkilledと、killedじゃないのがあるそうで、つまり、幹は焦げても生き返るのもいるし、死んじゃうのもいるって話で、どう言えばいいのとひとしきり悩んでしまった。擬人化して通しちゃえと環境に関わりのあった元専門家の娘は大笑いしていたが、ホント、そうできればねえ。

さて、仕事に戻りますか。

毎日、うなっている。文字通り…

頭もかきむしっている。髪の毛はあっちこっちに飛び跳ねている。

わずか、400字詰め原稿用紙にして150枚から200枚程度の仕事なのに、1ヶ月もあれば十分出来る量なのに、1ヶ月半かけて、まだ3分の1が残っている。しかも、分からない…

環境関連の仕事はずいぶん昔からやってきているのに、用語が特殊すぎ、使い方が特殊すぎ、あっちを調べ、こっちを調べ、後戻りし、訂正し、遅々として進まない。前に進みたいヨー。

しかも、某州政府の論文なのだが、英語が変だ。しっかりしてよ。日本語もだが、英語も出来る奴が書くのとできが悪い奴が書くのとはまるで違う。言語格差がはっきりと現れる。できが悪い奴に論文なんか書かせるなと八つ当たりしたくなる。

面白いことに連邦政府の役人の方が地方政府の役人よりも概してできが良い。政府関係でも、白書もいくつか訳したが、昔、手がけた英政府の白書はもううっとりとよだれが出そうな格調高い英文だった。最高裁判所判事の文書もきちんと筋道が通っていて論理的で訳しやすい。ああいう仕事、でてこないかなあ。

それに比べ、なんてことだ。なんてお粗末な英語なんだ。がるるるる。言葉を補い、想像し、やっているけど、すっきりせず、時間は過ぎ、ストレスは溜まる。

ところで、経済は持ち直したのかな、同業者の皆さん、どうでしょうか。
翻訳は景気の水先案内人というのが私の持論だけど、1月半ばから恐ろしく忙しいようだ。次々とオファーがあり、次々と断っている。ショボーン。

天気が良いし、納品も終わったし、さて出かけようとしたところに電話がなった。

明日朝までにどうしてもと言う。出かけるからねえとぐずぐず断ったら、じゃあ明日の昼までと時間を延ばしてきた。おまけにべたうちでいい、こちらが編集までするというので、しょうがないと引き受けた。お得意様だからねえ。

話しているうちに見たい映画に間に合わなくなったから、次の回にするとして、その間のあいた1、2時間を仕事に充てようと待つが原稿が入ってこない。

仕方がないので、外食の予定だったが、昼食を作って食べた。原稿は来ない。次の回は3時半ばなので外はかげって空気が冷える頃だと思ったら、なんだか行きたくなくなった。

買い物があるからそちらに切り替えようかと考えるが、なんだか時間が中途半端だ。ラッシュに遭うのは嫌だし…

やっぱり、原稿がどんな具合か見ておかないと気になって出かけられない。原稿はまだ入ってこない。予定がすべてがらがらと壊れていく。こうやって今日も私の時間が逃げていく。

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自慢じゃないが頭が悪い。数IIであっぷあっぷし、物理で頭が壊れそうになり、化学でどうやって逃げようかと算段した。生物だけは好きだったが。

何時間かけても数学は解けず、理解できず、解き方を丸暗記して成績だけは良かったが、訳の分からないままだった。物理は1問解くのにうんうんいいながら1時間以上もかかった上に、授業中はお客様状態だった。化学は絶えず遅刻し敵対関係にあった。

高校生の頃、すべてが必須科目だった。日本史も世界史も地理も漢文も古文もあらゆるものをなぜこんなに多いのかとぶつぶつ言いながら履修した。

ちっとも高校生には優しくなかったが、正しいことだったと今振り返れば思う。若くてまだ脳が柔軟であらゆることを吸収できるときには出来る限り様々なことに触れることは大事なことだ。知ると言うことは階段を一段上ることだと私は思っている。一段上る毎にそれまで見えなかった世界が見えてくる。それは喜びであり、生きるすべにつながっていく。

人間は脳細胞の1%程度ぐらいしか使っていないらしいが、好きなものだけ食べていれば体のバランスが崩れるのと一緒で、好きなことだけやっていれば生活は成り立たず、好きな科目だけ勉強していると理解できない事柄が多くなるのではないだろうか。

実生活では数学も物理も使うことはまずない。しかし、頭を振り絞ったこと、論理的な考え方を学んだことは役に立っているはずだ。

で、私の場合、翻訳という仕事をする上で大きなプラスになっている。現在、法律と金融分野が主になっているが、半導体から医薬品、プラントに通信などなどありとあらゆる業界が関わってくる。訳の分からないままであったのに、理数の基本的なことを学んだということ自体が非常に大きな財産となっていて、いわゆるカンが働き、大きな枠を理解することが出来、誤訳を免れることができ、また様々な分野に手を出すことが出来るのだと思っている。

若い内に頭を使う訓練することは、その人の脳のキャパを増すことではないだろうか。1時間頭を抱えて必死に考えた時間は、結局問題は解けなかったとしても有効な時間だったのではないだろうか。優しいというのは何なのだろうか。

addbfffc.JPGマルセルさんから先日の愚痴・発狂話に「和文英訳は母国語が英語の英米人がヨイと聞いたことがあります」というコメントをいただいた。

外資の翻訳会社はマルセルさんのおっしゃる通りのスタンスで、私にも和訳の注文しか来ないし、和英は英米人が一番と信じられているのだが、どうもこれが怪しいと思っている。もちろん、例外的に非常に優秀な人たちは現に存在する。しかし、あくまでも例外的な話だと経験上思っている。

というのは、非常に優秀という母国語が英語である人たちの英文をチェックしたことも、ある程度の期間一緒に仕事をしたこともあるのだが、大きなミスをいくつか発見しているからだ。例外なくだ。冠詞とか文法とか、スペルミスといったレベルではない。流れがひっくり返るほどのミスだ。何でもすぐに忘れる良い頭をしているから具体的な例を挙げることはできないが、一つ非常に印象的なミスについては覚えている。合併の話で、相手先を調査した報告書なのだが、傘下企業をいくつか上げた後に、得意先や競合相手としてあがっていた企業を、ご丁寧に傘下企業としてひとくくりにまとめて翻訳していたことがあった。この文脈では次に来るのも傘下企業だと思ったのかもしれない。

もちろん、翻訳という仕事は宿命的に誤訳から逃れられない。翻訳者の勘違い、読み間違い、実力不足、著者の勘違い、誤字、抜け…人間がやることだから、どちらの側にも問題山積だ。誤訳を防ぎ、かなり完璧に近い翻訳を手に入れるには、翻訳者が優秀なだけでは駄目で、優秀なチェッカーと、十分な時間が必要なのだが、資金も時間も能力も潤沢なケースなどありえない。ということは、まあきちきちの資金と時間しかなければそれなりの翻訳で諦めるしかないということになるのかもしれない。

英米人による翻訳の場合、誤訳の第一の原因はもちろん、日本語にある。日本語の構造そのものにあると言っても良いかもしれない。経済や金融の報告書の場合、欧米を意識したものが多く、背景がわかりやすいし、言葉も限られているので間違いはそれほど生じない。しかし、一旦、日本語らしい曖昧な文になってくるとお手上げ状態になる。

例えば、良くあるのが美文や熟語を長々と連ねたもの。印刷したものを一読すればなんとなく分かったような気になるが、さあ、翻訳となれば、どこが頭で、どこがしっぽか、どこを強調しているのか、どこがどこを修飾しているのか、で、肝心の誰が主語かがはっきりしないどころか、途中ですっかり攻守ところを変えている場合も少なくないのだ。

書籍の場合は大きな流れと構造が分かってくるから後で軌道修正もできるし、それほど厳密な翻訳は必要ない。しかし、産業翻訳の場合、限られた時間の中で綱渡りのような翻訳を続けなければならない。英語に訳す場合には、どうしたって、主語や動詞が必要なのだが、これが一大問題となる。主語のない文を訳す場合、冒険と責任をなんとか避けたいので、短ければ、仕方がないので、物を主語にし、受け身を多用して、障害物競走のように飛び跳ねながら、あるいははあはあぜえぜえとなんとか踏み外さないように渡っていくのだが、中身が理解できてなければ、書きようがない。

そして、ほとんどの報告書や専門家の意見等は、普通の日本人でも、まず、理解できる人はごく限られていると思えるものも多く、いくら優秀な翻訳者でも日本語を母国語にした人でなければ判読不能なニュアンスが隠れている場合が多い。日本人が訳したものを英米人が、それも優秀な英米人がチェックをするという形態が一番理想的だろう。しかし、優秀な英米人のチェッカーは果たしてどこにいるのだろうか。きちんとした英文が書ける英米人はごく一握りだ。儲からない商売の翻訳よりももう一つ儲からないチェッカーという仕事に誰が就くだろう。

私の例で言えば、最近では英訳の仕事が非常に多いのだが、金融や法律の英訳は、弁護士事務所からの物はほとんどが弁護士の最終チェックを経るので大丈夫だろうが、エージェント経由の物は難しくてチェックする人がいないとのことで、私の訳がそのまま商品として出て行っている。ああコワイ。

久しぶりの快晴。春だというのに富士山がくっきりと見える。

だのに私の心はどんよりと曇っている。

チェッカーの教育や訓練は一体どうなっているのだろうか。

翻訳したものをエージェントに納品すると、一部を除き、チェッカーが抜けや誤訳をチェックする。翻訳はどうやってもミスは免れない。思い込みや読み間違い、見逃しがどんなに気をつけても、発生する。大勢の人の目を通って放送されるテレビの字幕にさえ、それもあんなに大きな字で表示されるのにちょくちょく誤変換や間違いが生じるのだから、避けられないものなのかもしれない。

だから、チェッカーは必要だし、大事だ。しかしだ、本来チェッカーは翻訳者と同等かそれ以上の英語と国語の能力を有しているべきポジションなのに、有してなどいない人たちがチェックをするからややこしくなる。

先日、裁判の証拠書類を翻訳した。裁判に提出する書類なのだから、正確さが肝心だ。原文がどんなにひどいものであろうと、論理が破綻していようと、足さず、抜かさず、そのまま正確に翻訳するしかない。

で、その原文も一体どこがどうなったのか、教授による専門家の意見だというのに、文法も中身もぼろぼろだった。仕方がないので、括弧で注釈をいくつか入れた。これはエージェント、ひいては顧客の注意を喚起するためだ。証拠として提出する前にその教授に文章を確認して貰えるのであればとの思いからだ。

チェッカーにかなりの問題があると伝えたところ、数日経って、中身をチェックしましたので、再確認してくださいとのメールと共に修正されたものが送られてきた。

嬉々として大量の修正がされている。こういっては何だが、調べもせず、思いつきで、それも自分が思っているほどの実力を持たない人が、自信たっぷりに自分好みに文章を直している。

法律の名前や条約の名前は調べるのが基本なのに、調べてある訳文を直してある。法律文書は、もちろん、一般人にとっておかしな言葉が満載だが、それを変えてしまっては困る。なにより、原文の破綻したところを、繕ってある。反対に勝手に書き換えてあったのだ。

抗議をして、元に戻して貰った。原文を正確に翻訳したとの宣誓書を添える必要が出るかもしれないものを、原文と反対に修正するというのは一体どういうチェックなのだ。

そのチェッカーは法律事務所で働いていたことがあるそうな。私は古狸だから、抗議することができたが、できない翻訳者はいっぱいいる。それ以上に、翻訳者に戻されないで、そのまま顧客に提出される訳文がほとんどだ。その結果は?あーあ、知らないゾ。

自信を持つことは大事だ。しかし、自分の能力を知ることはもっと大事だ。

220fa8dd.JPG[追記あり]大晦日にいざお節料理を作ろうとしたときに、突然、ガスコンロが壊れ、点火しなくなった。数時間かけて、換気扇とコンロ、ガス周りをこすった後だったので余計がっかりだった。電池を替えても、マッチですってみてもつかない。しかたなく買うことに。

1月に入ってすぐに高熱を出し、そのまま仕事が雪崩れ込み、ネットで適当なものを物色していたのだが、寸法がよく分からない。我が家はL字型のキッチンなのだが、幅59.5cmの凹部に市販のガステーブルというらしいのだが、コンロをはめ込んで使う式なのだ。標準59cmというのはあるのだが、同じものが59cmと書いてあったり、59.4cmと書いてあったり、ようするによく分からない。とうとう巻き尺を持って近所のスーパーで58.8cmというのを見つけて購入した。

(一人で、重いのに、息子もいるというのに何で私がとぶつぶつ言いながら)取り付けてスイッチを入れてみたが片方が点火しない。どうしても私に反抗するのね。ぶつぶつ。電池かと思ったが、片方がつくのだから電池でないことは確かだ。買ったばかりなのに、重かったのに、返品してまたやり直しかと思ったが、冷静に考えてみる。これは中国製ではない。日本製だ。それも大手の製品だ。私は落としていない。箱は破損していなかったから配達人も落としていないはずだ。ということは故障しているはずがない。じゃあ、なぜ、点火しない。

じっとガス台を睨むと、五徳にアルミ製のガスマットが敷いてある。もちろん私が敷いたものだ。その通り、点火の口をマットで遮っていたのだ。もちろん、古い方のガステーブルも壊れてなどいなかったのだ。あーあ。

そして、今日、図書館で貧困大国ニッポンなる本を借り、その後久しぶりに銀行で記帳したら、借りた本が悪かったのか、警戒水位よりも大きく沈んでいた。2ヶ月間の支出が三桁近い!支払い3ヶ月から6ヶ月後と遅いところの仕事を大量にしたので、当分、入金は期待できない。黒字倒産だ!フリーランスは支払い条件にも気を配らなければならないのに、いきなり支払期日が延びていたのだ。バブル破裂時にいくつか余波を被ったことを思い出した。貧困家庭さなえの復活?そんなあ…こんなときに、壊れていないコンロにウン万円を支出してしまった。30%引きのシール付きお寿司とバナナを買ってすごすご帰ってきたのだった。

長年同じ仕事をしていても中身が毎回違うので、辞書は必需品。商売道具なので本屋さんや量販店のソフトウェアの棚のあたりを巡回しているが、なかなかこれぞという辞書には当たらない。

自宅で仕事をすることがほとんどだが、親分に頼まれれば出かけていく。たまに外で働くのも目先が変わっていい。周辺の美味しいものを探索したり、変わった人たちに出会うのも面白い。

辞書のない状態で、ネットもつなげず、いきなりパソコンを与えられ、6、7時間ぶっ続けのタフな仕事に放り込まれたこともある。まあ、火事場の馬鹿力だろう。普段居眠りしている頭がちゃんと?いや多少かもしれないが働き出すからたいした混乱もなく仕事は出来るが、不安この上ない。帯には短く、たすきには長い辞書ばかりだとしても翻訳者には命綱。帯でもたすきでも、邪魔になるだけでも何かが欲しい。赤ん坊のおしゃぶりとか毛布の切れ端と代わりはないような気もしないでもない。

非常時に備え、デスクとノートに辞書を入れてある。PCを新しくするときに困るのがソフトウェアの問題。購入した辞書で使えないものが必ずでてくる。辞書は長く使うものだし、安くはないので何とかして欲しい。これは役立つというPC用の辞書、辞典があれば教えてください。

一番よく使うのが英辞朗とランダムハウス英語辞典(これは紙でも持っていたが、バラバラになったので昨年捨てた。Websterの英英の大辞典ももっていて、これは重すぎて持ち上がらないので使うことはまずない。ところで、ランダムハウスの英語辞典はWebsterの英英の翻訳なんですよね。まあ、一部を読んだだけだから、全部がそうとは限らないけど。大枚はたいてなんか損したような)。Bookshelf、日経経済・ビジネス用語辞典、活用大辞典、Concise Oxford Dictionaryとか法律学小辞典などというものもある。インストールはせずにCD-ROMで持ち歩くものが多いが。理化学大事典というのもあったはずだが、XPにも入らなくなっていたので、紙に戻っている。電子辞書は研究者の大辞典が入ったものを以前は使っていたが、今は使っていない。後は、ネットで探した主に政府機関や大学が出しているいくつかPDFの用語集を入れているが、一番大事なのが自分で作った用語集のようなもの。法令名や法律文書でよく使われるラテン語、年度の数え方までExcelに放り込んである。

ところで英辞朗だが、チェックして欲しいと言われてたまに見る際に、英辞朗をそのまま引き写したような訳文に時々出会う。英辞朗はあくまでも参考で、言葉を探すのは便利だが、自分の中に入っていない単語の場合は、別の辞書やネットを調べて、本当にそういう使い方をするのか調べる必要がある。とんでもなく特殊な場合に使う言葉や間違った使い方も多数含まれている。ご注意を。


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