あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

カテゴリ: 世迷い事

毎日母の所に通っている。

ふっくらと元の顔立ちに戻っていた母が心臓の弁が適切に動くなくなったために、医師曰く、「全身水浸し状態だったのを点滴で水抜き」の効果で、日に日にシワシワの小さな母になっていく。

顔の変化を見ただけでいよいよ危ないのかとショックなのに、母はうつらうつら状態のように半眼で、お母さん、お母さん大好きよなどとうわごとのように繰り返す。果ては、頑張るのよ、頑張れば大丈夫だからと娘や私の手を握りしめて何度も言い、みんなありがとうとささやく。

娘に、号泣するんじゃない、生きているのよ。死んでないんだからと叱られる始末だが、どうもあまりに臨終の言葉っぽくまとまりすぎている。

お母さん、もしかして臨終の時に言う言葉を練習してるんじゃないのと言うと、それには答えない。
ことさらのように頑張るのよと繰り返す。怪しい…。

母はお父さん子で祖母のことは厳しい人でと散々世話になりながらも文句しか言ってなかったのだが、頑張り屋でスゴイ人だったなどと囁くのだ。どうもあの世での再会に備えている疑いが…。

昨日は眠りの中でそれもなく、さらに萎んでいて、またしても泣かされたのだが、看護婦さんに聞くと昼はご飯は残したがおかずは全部食べたという。薬が効いてきて状態は改善しているそうな。お年なのに随分お元気ですねの言葉も!

やれやれ。でも元気だったのが急変することがあるとのことで危ない状態には違いないらしいが、私の胃痛も改善。数日分を取り戻す勢いで食後なのにお腹が減ってるw。文句しか言わない上の娘も含め、似たもの親子なんだろうなあ。私も死ぬ間際には子供たち、特に上の娘を泣かせてやろうと思うものw。

土曜日、母のお見舞いの後、息子の一番上の娘のピアノ発表会に娘と見に行く。もちろん間違えたがw、昨年より改善。聞くのが苦ではなかったw。孫たちを撫で回し、チューをさせて気分は上向きw。

しかし、ノンちゃんマンが結石の超音波手術を受けたが全く効果無し。それどころか痛みが出ているので演奏会半ばで帰宅。ほんと、ドタバタが多いなあ。

ああ驚いた。

購読している新聞の販売店で美術館のチケットを下さるというので、電話を掛けた。

最近、突然、様々な言葉が口から出かかる寸前に姿を消すので、危ないかもと電話を掛けながら周辺を探したのだが郵便物が見当たらない。

こういうときって、すぐに相手が電話に出るのよね。

ご住所は、と聞かれ

うちの住所には、例えば杉のような樹木の名前が付いているのだが、杉ではなく、いきなり、以前いた場所についていた樹の名前が口をついて出た。

杉並木です。
あ、違う…。
ごめんなさい、杉じゃないんです、そうじゃなくて、えーと高くなる樹なんだけど、ううう…。

そうだ、そうだ。杉じゃなくて、ポプラなんですよ。

やれやれ。中年らしい販売店の女性共々大笑い。笑いながら電話を切ったが、よく考えると、よく考えなくても笑い事じゃない。
大変だあ。私の名前を呼んでくれなくなった母まであと一歩だ…。

祖読、乱読失礼

自分の顔、相手の顔 曾野綾子
三月は深き紅の淵を 恩田陸 (購入読了後図書館へ弁償。まだ発掘できず
光の帝国 常野物語 恩田陸 
イギリス気ままカレンダー マークス寿子
こんな老い方もある 佐藤愛子
あの日からの建築 伊東豊雄
宇宙人のしゅくだい 小松左京 
下町ロケット 2 池井戸潤
刑務所わず。 堀江貴文
15のわけあり小説  ジェフリー・アーチャー
チョコレートコスモス 恩田陸 
食いしんぼグラフィティー 玉村豊男
地図のない道 須賀敦子 
イギリス式人生 黒岩徹 
大人の見識 阿川弘之
ぼくはこんな本を読んできた 立花隆 





混乱状態をやっと片付けたのだが、これが更なる混乱を呼んでいる…。雑然としているが住所は確定していたのにあらゆる物が引っ越ししたから場所を忘れてうろつく物が次々とw。

足ふきマットが4枚ほどもあった。いくら何でも多すぎると工事の直前に捨てた。
一番新しくほぼ未使用のものを残したのだが、ほぼ未使用なのは理由があった。
厚手でしっかりしていて、水ドンドン吸い取りまっせ、という顔をしていたのに嘘だった。
で工事が終わってから他のマットを探したのだが、1枚もない。このどうしようもないかさばるマット以外、全部捨ててしまったのだ。

娘と3匹がやってきた。そうでなくてもいつも水をしたたらせたまま裸で跋扈し私とバトルとなる孫娘に対抗するにはこのマットではどうしようもない。厚手で大きくかさばるからとゴミ袋に入れたバスタオルを回収、マット代わりにした。ちゃんと水を吸うし、扱いも楽。汚れれば捨てれば良い。最初からマットなど買わずにこうすれば良かった…。

図書館で借りた本が見つからない。もう3、4日も大捜索を繰り広げているのだが見つからない。2泊3日で帰って行った娘に紛れ込んでないか問い合わせたが、ない。殆どの本はまだ段ボールの中だが、自由にうろついている本がかなりあるので何度も見直したがない。またしてもどうして♪、どうして♪の世界なのだ。

本が悪いのかも知れないと思いついた。だって、大きな、本で埋もれた邸宅で1冊の本を探すというミステリーなのだから、こんな小さなマンションの1室でも行方不明になれると証明したいのかも知れない。まだ5分の1ほどしか読んでない。おーい、早く出てこい〜。

ワタシは、もちろん、拘るところもあるけど、大部分、まあ、いいかといういい加減な人間である。

ワタシのような人間でさえ、毎日砂塵の中で制約を受けて暮らすというのはなかなか大変なのだが、さすが、ワタシw。様々なことがまあいいかに収斂されていくw。

初日、廊下に養生の敷物を敷いていた職人さんから僕たち上履きを履きませんから、外用の突っかけを履いて下さい。怪我するといけませんので、と告げられた。

??
娘のところでは職人さん全員が玄関で上履きに履き替えていた。そして毎日作業終了時に掃除機をかけ雑巾がけをしていていたく感心したのだが。違うの?

しばらくして分かった。掃除をしないからだ。ちゃんと日程として朝養生、終了時に掃除と書いてある。しかし、家の中は砂まみれで極小の小石も多数混じっているし、金物の削りカスも多数落ちてる。え、え、え、掃除しないの〜。そうか、それで靴を履けと言っているのね。

この怠け者の私が仕方なく毎晩作業終了後に、掃除機を掛け、ウェットシートを探し出してごしごしと床を擦っていたのだが、きりがない。毎日砂塵があらゆる場所に積もる。大量の荷物が積み上げられているので掃除できない箇所の方が多いし、どうしようもない。

そして思った。
ここを日本だと思うからいけないのだ。自分を日本人だと思うからいけないのだ。

世界を見よ。砂漠の民はどうしてる?モンゴルの草原に住む人たちは?
隙間から大量の砂や小石、草切れが入ってくるに決まっている。
馬や山羊などの動物と寝起きを共にしている人たちも沢山いる。それに難民キャンプ。頭の上に何か雨露を防ぐ物があれば御の字ではないか。
いやそこまでいかなくても、災害の度に、体育館で何日もごろ寝を余儀なくされる人たち、砂どころではない心地だろう。いつなんどき私も堅い床にごろ寝せざるを得なくなるかも知れない。

というわけで、気にしないことにした。突っかけを履いて、仮の板を張っただけの洗面所や台所を歩き回っている。時々、サンダルをパンパンとゴミ箱の上で打ち合わせて砂や小石を落としている。当然、しゃかりきに掃除などせず、気が向いたときに気が向いた所だけ埃を払う。

まあいいか、これも一興。と思ったらストレスがだいぶ減ったような気がする。
明日からあと5日。頑張ろうっと。

リノベーション工事に伴い、先週から娘のところに詰めるようになって、困ったのが音楽だ。大抵自宅では音楽を流している。昔のステレオはかなり前に処分し、スピーカー部分は今ではちょっとした踏み台になって活躍していて、音楽はヤマハのスピーカー入りというちょっと奮発したPCモニターで聞く。アマゾンスティックを購入してからはTVで流すことも多い。

 

屋内が工事現場なので配水管やガス管を切断したり、コンクリートに穴を開けたり、猛烈な音が警告もなく襲ってくる。しかも両隣プラス縦5戸の分が断続的、かつ連続して始まると、うわーっと叫んで逃げ出したいほどのうるささだ。しかし、いろいろなトラブルも発生するので、時々覗くくらいではすまない。

 

音楽がほしい。なんとか音を遮断したい。しかし、私という人間はどうやら耳に何かを突っ込むこと自体が好きではないのかも。耳栓だって嫌なのだ。ウォークマンは発売直後に手に入れたが現実からの浮揚感に驚きはしたものの、すぐに飽きた。いつの間にか小学45年生だった息子が持ち出して、電池がなくなるとカメラの電池と交換しておった!帰国前に子供たちをつれて博物館などあちこち出かけたのだが、新しくしたはずの電池がなく写真が撮れず息子の悪事が露見という残念な思い出と一括りになっている。その後小型の同様な媒体は購入したもののほとんど使わないまま朽ち果てたような…。

 

娘のところにもステレオの類いがあったはずだがどこにしまい込んだのやら影も形もない。もっぱらスマホで、もはや日常的には使ってないのだろう。ヘッドホーンは転がってない。仕方ない。ソニーは家庭の様相も産業構造も変えてしまったんだよねえ。

 

大音響の中、諦めて耳栓をつけて新聞を読み、持参した本を読むが頭になど入るはずもなく、いつも入っている訳ではないし入ったとしても立つと忘れるが、それはそれ、仕方なくTVの字幕を眺めて時間が過ぎるのを待つのだが、すぐ飽きる。なかなか大変だ。

 

音楽がほしい。で、ノートパソコンを半年ぶりくらいに持ち出してきたのだが、娘宅のWi-Fiのパスワードを知らない。やれやれ。それにしても穴蔵生活の私でさえネットなしでは動きがとれない。ネット以前の生活にはもう戻れないだろう。自然にあこがれてもネットなしではきっと数日で音を上げるに違いない。なんてこった。次からはちゃんとせめてテレビをネットにつなぎアマゾンスティックをつけておいてと言うことにしようっとw

[追記あり]
PCの前に座り込んで妹からのメールを待っている。

酷寒のアメリカ中西部から酷暑のオーストラリアに到着していても良い時間はとっくに過ぎているのにうんともすんとも言ってこない。

引っ越し直前に、米国西海岸に赴任したばかりの姪一家を訪ねるという暴挙もしている。6歳年下だけど、もう十分に高齢者の域に達しているのに、引っ越し騒ぎだけで大変なのに、2週間以上連続という過酷なお別れパーティを連夜こなしている。温度差を聞いただけでひっくり返りそうだ。

おまけにダンナがねえ、仕事は出来るけど、それ以外はぶっとんでる人だから、妹の気疲れが大変。飛行機に遅れなければいいけどとあったメールの次に、「遅れた」というメールが来てそれからなしのつぶて。日本で調べてもどうにもならないが、とにかく飛行機の時間を調べる。到着に40時間超などというのもある。気が遠くなる。

大丈夫かい?大丈夫じゃないよね。気が揉める、気が揉める。私が気を揉んでも仕方ないけど、気が揉める。座ってないで部屋の片付けでもしなさいと、娘に一喝されそうだw。地球は小さくなったのか、大きくなったのか…。しなくても良い無駄な心配ばかりするのは、やっぱり平和で暇だからのような気がしないでもない。困ったヤツだ、ワタシw。

ウロウロ落ち着かないので買い物に出かけ、帰りに友人とばったり出会い、立ち話を1時間w。戻ったらようやく妹からのメールが来ていた。
 
1便遅れただけで無事に到着したとのこと。ヤレヤレ。ホッとした。お騒がせしました。
誰かに話すか書くかしないと落ち着かないというのも相手にとっては飛んだ迷惑で困った習性だが、どうしょうもない。こっちは忙しいのよ、切るよ、切るよと叫びながらも相手にしてくれる娘や書く相手がいて、ワタシって幸せw。

自分のことを棚のずっと上の方に置いていうのだが、世の中、おかしな人たちが大勢いるねえ。
日本人には個性がない等と言ったのはどこのどいつだw。

秋に一緒に旅行してエライ目にあったY子、あんなにアートを下らないとか、詰まらないとかけなしたというのに、生田の岡本太郎美術館に行ったと写真を送ってきたときに、もう係わりたくないと精一杯の皮肉を込めて「アートは下らないと言っていたのにどうしたの」と返事をしたのだが、彼女はめげない人だった。

忙しいから電話にでられないと断ったら、ちょくちょくメールや写真を送りつけてくる。そして、今日も写真が送られてきたので、青山の岡本太郎美術館を勧めつつ、美術愛好家になったのかと、皮肉の第二弾をメールしたら、かなり傾いている。昨年は本当にお世話になりました、なるメールが♪マーク付きで送られてきた。負けた。どうもまた旅行にでも誘うつもりのようだ。でももう甘言で家から引きずり出されないぞ、とこれを今年の誓いとするw。

近所に住む30年来の友人で京都に一緒に旅行してイビキのすごさに仰天した、Fさん。昨秋、虫の居所が悪かったらしく、私が20年も前の引っ越しの際に彼女に通知を出さなかったと突然怒り出し、友達じゃないと絶交宣言された。私の前に彼女も引っ越し、手伝ったのだが、彼女も私も同じ地域内での引っ越しで彼女も通知を出さなかったのに、それを忘れて今頃何を言うと呆れて反論もせずに別れたのだが、先日、公園で私を見つけてかけ寄ってきて、何事もなかったかのように上機嫌で話しかけてきた。

トルコに共通の知人Aさんと旅行したのだが、Aさんが旅行中に突然、切れて絶交されたという。こちらは、あ、イビキのことを告白せずに旅行したなとぴんときたのだが、ね、変な人でしょなどと言う。海外で何日も眠れない夜を過ごしたに違いない可哀想なAさん。私だって二度と彼女と一緒に旅行など行く気はない。

まあ、仲直りするのは嬉しいことなのだが、皆等しく歳を取り、体だけではなく感情のコントロールも上手くいかなくなっているのがよく分かる。歳を取るって大変だと今更ながら晩年の父を冷たい目で見たことを反省。ワタシは少しはマシな婆さんになれるだろうか。ダメだろうなあ。抑えられないから後悔するのだし。父が社交家だったから、晩年、母がどれほど大変だったか、長女だからって、側にいるからって私にばかり手伝えって言うのは何よと反発していたのも反省。今頃反省してもどうにもならないけど…。

頼んで嫌そうな顔をされると頼めなくなる。重ねて頼むのはエネルギーがいる。助けが必要な人ほど助けてと言わずに黙って耐えるしかないのは皮肉だ。元気なときには年末の掃除や調理などをせっせと手伝ってくれていた娘たちがガンバレ、体を鍛えなくちゃ、などと手は出さず口ばかりになったのは私がアレとコレとと指示するのも面倒になって前より静かになったせいかもしれない。

今年も嫌がられても、せいぜい、先回りしてお節介し、頑張ってしつこく助けてとうるさくして、将来の後悔の元を取り除いてあげねばと、おかしな誓い第2弾。段々こうやって意地悪婆さんに近づいていくような気もするw。

森山良子の涙そうそうを耳にする度、泣いていた時期があった。
泣くのが分かっているのにCDを買ってきて、聞いては泣いていた。

元姑が亡くなった後のことだ。彼女のおかげで自殺をしたいほど追い詰められ、我慢の限界で海外へ逃亡したようなものなのに、男兄弟しかおらず子供も男二人だけという彼女は、恐らく、若かった私をどう扱って良いか分からず、勝手に合い鍵を作り、せっせと押しかけてきてタンスの中まで整理し勝手に家具を購入したり、彼女なりの精一杯の愛情を、私にとっては恐怖の愛情を、注いだのだろうと思う。今でも、ごめんねと思う。離婚して長い年月が経っていたのに手術の時にも側にいてくれた元姑だった。

その頃、母とは良く角突き合わせていた。何かというと長女でしょうが出てくる。言葉はいつも命令形。頼むことはしてくれないのに、要らないと言うことは嫌がらせのようにする。波長が全く合わない親子だった。何回かの手術の時にもその後の3ヶ月間の入院の時も足繁くきてくれたのは、母ではなく元姑だった。

なのに、母が認知症になり、自分では何も出来なくなってから、なぜだか母が程なくして亡くなるかも知れないと想像するだけで泣けてくるようになってしまった。

ヘルペス騒動前後から母の知能が急坂を転げるようにってこのことねと思えるほど急激に下がっていき、お正月に合計16人で集まったときにはちゃんと挨拶をし、乾杯の音頭を取ったというのに、先日、ヘルパーさんから危ないからパジャマはすべて引き上げて、昼夜兼用になるような上下に変えて欲しいと要望された。もうズボンも上着も、スプーンもカップも何も区別できなくなったというのだ。クリスマスに母にパジャマを買ったところだったのだが…。

ヘルパーさんの話を聞きながら、情けないことに涙が止まらなくなり、仲良くしているお掃除のおばさんに事情を話している間も涙が溢れ、大量の衣類を詰め込んだ重いカートを引っ張って帰りながらも、ぽろぽろ涙がこぼれた。どうやら涙腺が決壊したようだ。

今朝も泣けてきたので米国の妹に電話をした。妹は南半球への引っ越し騒ぎで私のように感傷に浸っている暇はなく、馬鹿話をしている間に涙も乾いた。米国は時差が反対だから夜中でも夜明けでも妹に電話をかけて愚痴をこぼせたのが、オーストラリアでは時差はあまりない。これからどうしよう。娘たちは、忙しいのよ、ハイハイと受け流すか、感傷に浸ってないで、締め切りでしょ、仕事しなさいよと言うかの二択だ。

一緒に泣いてくれる相手はいないものか。無い物ねだりだなあ。電話したら一緒に泣いてくれるという商売があれば良いのに。で、そうだ、これぞ正しく、暇があり、話し相手の愚痴を聞いて親身になれる涙もろい年寄りの趣味と実益を兼ね備えたうってつけのビジネスじゃないかと思いついたのだった。馬鹿だねえ、我ながらw。でもその手のソーシャルワーカーとかコンサルタントとか日本にはいないよね。涙を流すと体内の化学物質が流れ去るので良いと聞くし、お涙頂戴の話を聞いて一緒に泣いて仕事になるのなら趣味と実益と兼ね揃えているようなものだ。誰か始めない?顧客1号になるかもよ。但し、お安くしてねw。


あっという間の1年間、今年も暮れていく
こんなに1年が短いなんてビックリだ。
ブログネタは大量にあるのに月日に追いつけない。

一応、換気扇は形だけw掃除したし、レンジもシンクも壁(所々)も擦ったし、窓も拭いたし(秋にベランダ側だけだけどやったからいいの)、掃除機もかけたし(かけたいところだけw)、敷物もカーテンも洗い(南側だけw)、お飾りも飾ったし(極小1個w)、例年なら元旦3日過ぎ頃に出す年賀状も出したし(9枚w)、娘が孫抜きでやってきて飲み会に参加し思ったより早く帰ってきたからヤキモキも散らかりも少なめでw済んだし、お善哉だけだけど料理も作ったし、猫並みに寝ていて良い年齢なのになんて勤勉なw。

だから机やテーブルの上に積み重なった諸々、部屋のあちこちに積まれた諸々のことは気にしないでよろしいと自分に言って聞かせるw。年末になって娘二人が大量の荷物を持ち込み、これから孫3匹が大荷物と共に到着しどうせ散らかし放題し放題になるのだから片付いてなくても大丈夫。片付けても同じになるのだから。ようやく達観した年の暮れw。今日は大量の煮物他を作るだけ…なのか…単に忘れているだけなのか…。

嬉しいことを1つ、知人が食事会に誘ってくれ、行くと連絡したら、万歳!と返事が来たこと。嬉しかったねえ。好き勝手に生きているのに会いたいと思ってくれる人たちがいる。ありがとう。

とりあえず、粗読乱読失礼
もし日本という国がなかったら ロジャー・パルバース
BT'63 池井戸潤 上下
冲方丁のこち留 冲方丁
もらい泣き 冲方丁
優しい密室 栗本薫
ゼツメツ少年
鉄の骨 池井戸潤
霧のむこうに住みたい 須賀敦子
空飛ぶタイヤ 池井戸潤
不愉快なことには理由がある 橘 玲
ビブリア古書堂の事件手帳6
馬鹿が多いのには理由がある

そして延々と読み続けていたThe timetraveller's Guideが図書館で借りおなそうとしたら、予約者がいるとして断られた。あともう少しだったのに…。すぐさま予約したから来年早々にまた借りられる…はずw。

来年も今年の続きだ…今年のゴミがあったって良いのだ!

どうか良いお年をw。


忙しいっす。どうしようもないっす。といいつつ、お尻はあくまでも重い今日この頃w。

リノベーションに備えて片付けねばならないのに、来週引っ越しの娘があれいる?これいる?と誘惑し、一緒に焼き物を漁ってきた仲間の娘の持ち物なんで、食指が動かないわけがない。泣きながら多数諦め、少しだけ引き取るw。母が大事にお正月用にとっておいた小鉢など多数、惜しげもなく捨てよる。しばし待て、上の娘が正月に来るまで待てといったのだが、待ってくれるかなあ。マフラーなどもついつい貰ってしまい、私の片付けはどうなるのか〜。でも、好きな色のカシミアのマフラー、しかも殆ど未使用の物、貰わずに捨てられる?

上の娘も3月に引っ越しで、こっちもこの間、断捨離に突然目覚め、いるかといえば、いつも答えはノー。何もないとすっきりしていて気持ち良いよなどと言いよる。息子の所は引っ越しを諦め、今のまま頑張るとお嫁さんは断捨離に俄然、熱意を燃やしているから、クリスマスと誕生日のプレゼントに嵩の大きな物を選んでしまったから、下手すると遊び終えたらすぐさまメルカリかゴミ箱に行く運命かも…。

母にクリスマスプレゼントにパジャマを購入したのだが、物が多すぎると施設にここのところ何度か叱られたのでどうしようか迷い中。白っぽいのや薄水色のパジャマを死人に着せる服みたいと母が拒否したので、母のパジャマも引き取らねばならない。まだ新しいのにゴミ箱はイヤだ。

かくて、我が家がゴミ箱となる…。

甥の結婚式、とっても盛大で、とっても面白く、とっても美味しく、音楽業界と映像業界の人間がかなり加わっていたので、凝りに凝ったちょっと例のないものだったのだが、その前後、なぜ、なぜと叫びたくなるような騒動が例によって例のように巻き起こったのだった。

なぜなんだろうねえ〜。勿論、娘はあなただからと一刀両断するだろうけど、承服しかねるw。
BlogPaint
← お楽しみの始まりを待つリングガール。小さい方は寝てしまった!

着るもので悩んでいた。濃いピンクに少し紫の入ったシルクのブラウスに黒のシルクのロングスカートに、ようやく決めたのだが、ブラウスは長期間ハンガーに掛けっぱなしだったし、スカートは20年ほど前購入したまましまい込んでいたのを発見したタグ付きの代物で、しっかりと折り目が付いていた。

前日の朝、シャワーの後、風呂場に吊しておいたが皺は伸びない。頑固な皺。放置しすぎだ。仕方がないので大嫌いなアイロンを何年ぶりだろうか、取り出した。水を入れたら、ぽたぽた、漏れた!なんてこった。地方でアパート暮らしをしていた娘たちの家財道具が卒業と同時に娘に付随して雪崩れ込んできたので、アイロンまで人数分wあった。数年前にワタシのアイロンを捨て、一番新しそうな物を残したのだった。誰のだ。こうなるから、断捨離は嫌いなのよね。

もう9時をだいぶ回っていたが、数分の所に住む娘にSOSを発信。ブラウスとスカートを抱えて娘宅へ走った。有り難いことにノンちゃんマンはテニスレッスンからまだ帰ってなかった。我が家は私がアイロン嫌いなので、娘たちはマメにアイロンを掛けるようになっている。こういうときのためだw。手際よく娘が掛けてくれ、ついでにピンクの口紅とラメ入りのその上に塗るという口紅も持たせてくれた。持つべきものは娘だ。口うるさくなければ満点だが遠慮深いワタシはそこまでは求めないw。

肩から掛けようと金ラメ入りと、黒に銀ラメ入りのレース状のスカーフを2種類出し、それに合わせて、金のネックレスとイヤリング、真珠のネックレスとイヤリングも何種類かずつ出したのだが、どうも決められない。そこへまたしてもじゃらじゃらのネックレスを持って娘が登場。結局、親戚の婆ちゃんなんて誰も見ないから服さえ着てれば良いわよとの一言で、真珠を却下、薄茶と茶のきれいな縦縞の入った石のヘッドに金の鎖のネックレスと金のイヤリングに決定。足が痛いので靴を持参、ぺたんこスニーカーにドレッシーなコートというアンバランスな格好で出かけて行った。

そうなのだ。ワタシは歳を十分にとった婆ちゃんだと開き直れば怖いものなどない。人の目や自尊心を超越するのだ。継ぎの当たった着物で着飾った娘たちの真ん中に放り込まれた幸田文を考えるのだと自分を鼓舞するw。

息子と久しぶりで二人でのお出かけで気分良く帰ってきてさっさとパジャマに着替えて、突然そういえば、ネックレスはと思い出した。首に手をやる。ない。あちこち探す。ない。9時を過ぎていたが会場に電話を掛けるが、ない。どうやって途中までちゃんとあったネックレスが突然消えるのか実に不思議だ。

戸棚の片隅に長年放置してきたネックレス。探し出したら私好みの色と形で喜んだのもつかの間、数時間身につけただけで煙のように消えてしまった。上の娘に愚痴ったら、自分のだと言い出した。どうやら元亭に買って貰った物を娘にやり、鎖が切れたので元姑が娘に金の鎖をくれた物だったようなのだ。道理でワタシの趣味だったのねw。

娘曰く、長期間戸棚の隅に放置され、外に出たかったのよ。一生懸命探して見つかる石は幸運の石、見つからない石は不運をもたらす石だったのだという。あり得ない方法で消えたが、不運を持って行ってくれたと思うことにしようっと。でも、悔しいなあ〜。

友人と待ち合わせをして今日は朝から出かけるのだけど、妹が米国から帰国でなんやかんや。とっても嬉しいけど仕事が詰まって大変だあ状態。妹は法事で帰国なのだが、姪夫婦が、来週予定の甥(姪の兄)の結婚式の翌日、米国へ転勤!でワタシと遊ぶどころではなく、引っ越しの手伝いと子守に狩り出され、年明けに米国からオーストラリアに転勤と続くのでもっと大変。

母は帯状疱疹以来、一気に認知症が悪化し、こちらも大変。この先、誕生日の連続、クリスマス、お正月とそうでなくても胸付き八丁なのに…。

6時に起きて仕事をしてから出かける予定だったのに、3時にエアコンの音で起こされた。

隣戸の兄ちゃんが冬になると4時過ぎに多分、タイマーでエアコンを掛け、それがうるさくて困っていたから、まただと布団を被ってでも寝られず起きだしたら、ワタシのエアコンだった!消し忘れ…。

仕事をしようとしても頭がウニ。起きてくれない。パソコンでブログを周遊、でももう寝に戻れないということで支離滅裂な話をご披露。笑ってくだされw。

さて、今日は美味しいところを見つけたとのことだけど、どこだろう。

帰ってから水曜日の締め切りまで、さらに騒ぎは続くよどこまでも…しかない…。


そうでなくともドタバタする年の瀬へ向け、ドタバタ度がいつも以上に早いスタートを切ったような今日この頃、夏物はようやく片付けたが、簡単には片付かないことも多々あるよねえ。病気以来、母の認知症が一気に悪化し、気を揉むことが続いているというのに、運が下降しているときには何でもないことでもトラブルの種となる。泣きっ面に蜂数匹がブンブンブンだ。

今月末で失効するクレジットカードのポイントがあったので数週間前にビールをチョイス。配送業者は大手で、配送予定をメールで知らせてきた。大手だが黒猫のように至れり尽くせりではない。ネットで希望時間は指定できない。荷物の位置も追跡できない。その日に着くことが通知されただけだ。

朝、9時前にさほど遠くない営業所を出発したことは分かった。大急ぎでシャワーその他を済ませる。午前の早い時間に来ることが多いから、母の所に行くのを午後に回して待つ。来ない。午後になるが来ない。母の所を翌日に回す。日が暮れてくるが来ない。

実は、週、3、4回ほど駅まで娘を迎えに行っている。ストーカー並みだw。途中のデパートで買い物をしてきて貰ったり、愚痴やら相談やら、引きこもりなので貴重な喉と足の筋肉訓練の時間でもあるw。娘からまっすぐ帰るとメールが届き、ドアに40分ほどで戻りますが、できればドア前に荷物は置いていって下さいとメモを貼り、娘と途中で買い物を済ませて帰宅。が、来てない。

娘によると、ここは10時過ぎても走り回っているらしい。ネットで何度調べても配送中。諦めて待つ。ただ待つ。普段は10時過ぎには眠くなるのだが、着替えるわけにも行かず、待つ。結局、11時近くまで待ったが、空振りだった。配送中って、いつまで配送するのよ。

翌朝、ネットを見ると、持ち帰りに変わっていた。何だ、何だ、配送票は入ってなかったぞ。おまけにネットで再予約は出来ず電話せよとの仰せ。電話をすると荷が多過ぎて配送できず持ち帰ったとのこと。午前中に届けます。

丁度正午にドアホンが鳴った。開けると、黒猫。時間指定でアマゾンから買い物をしたのを忘れてた。彼女、遅くなりましてと謝ったが、1分過ぎただけだった。そこへ電話、午前中は無理でしたすみません。1時半頃までいます、いなければ玄関前に置いて帰って下さいと伝えたら、半には行けます。

そうか、これは会社のシステムが悪い。配達できないほどの荷物を負わせている。人員、車両を増やすしかないかも。対策を考えるべきだ。第一、配達員がいなければ成り立たない商売じゃないか。人を大事にしなければ会社は成り立たないぞ。配達員は、多分、食事もせずに、客に電話する暇もなく走り回っているのに違いない。小さな袋にお煎餅やキャラメルを入れて用意した。小腹を満たせるかも。バナナも入れたかったが、先日のバナナ嫌いの彼女が頭をよぎり、止めたw。

3、40分後、平身低頭しながらやってきたので、どうせご飯はまだなのでしょ。と袋を渡すと、叱られて当然なのにと、何と、拝まれてしまった。

何だか、ここのところ続いていた数々の不運がこれで終わるような気持ちになった。重たい物を5階まで運んでくれた上に…こちらこそありがとう!


好奇心は牛をも殺すってメアリーポピンズだか別の物語だったかに繰り返し出てきて、へえ、大変なんて思ったことがあった。ありがたいことにコロされもせず、早、高齢者と呼ばれる歳になった。娘たちに大人しくと言われるが、どうもこの好奇心というか物見高さは死ぬまで治りそうもない。

昨日、某国立病院まででかけた。色々不具合のある体なので、かかりつけの病院では手に余るらしく目出度くw紹介状が出て、先日、長時間の待ち時間という苦行の末、いくつかの検査が必要と判定され、今後忙しい日々を送ることにあいなった。まあ、仕事もしていないし、運動もしてないし、脳みそへの刺激も足りてないので丁度良い。

で、最初のテストが脳波測定。20代初めの頃、電車の窓からビルの一室に脳波測定の文字を見つけ、どうやって測るのだろうと気になり、よくお腹が痛くなりますとどうでも良い理由で測定して貰ったことがある。髪の毛に粘土のような物でコードをくっつけ、なんせ何でも笑いたい年頃なので、途中で吹き出して笑わないでと叱られた記憶が残っている。

どれくらい進歩したのか、お釜のような物をかぶるだけなのかとイソイソと小部屋に入っていき、最初に見つけたのが隣の部屋からコソコソと入ってきたゴキブリ!ゴキブリと叫ぶと、担当の若い技師はティッシュを4,5枚掴み、へっぴり腰で立ち向かうような格好をしたが、すぐ諦め、次に嘔吐用のへなへなしたトレイを手にし、周りをウロウロ、ゴキブリはさっさとベッドの下に逃げ込んだ。ゴキブリ怖いですよねと彼。だと思ったw。

恐怖物語を繰りだしゴキブリ談義で盛り上がっている間に、粘土ではなかったが、ごしごしとアルコールと細かな目のヤスリ?で髪の毛をかき分けごしごし、頬や目の下も容赦なくごしごしこすり、大量の線が取り付けられたようだった。鏡が欲しかったなあ。で、自分の姿を見たい人は大勢いるはずだから病院の収益改善のために写真を撮って売るというのはどうかしらなどとのんきに話していたのだが、最初の20分は電気をすべて消し、闇の中で寝ることに。眠れたらどうぞと言われたが、ゴキブリは今どこに。暗闇の中、ベッドに上がってこないだろうか。睡眠不足を解消したいのに、悶々と眠るどころではなかった。笑わないで済んだけど。

頬や目の下がざらざらして痛い。きっと丸く赤い斑点が出来ているに違いないと終了後直ちにトイレに飛んでいったら、たいしたことはなかったが、髪の毛が見事に逆立っていた。パンクだ。気に入ったw。どっちみち櫛など持ってないので手ぐしで撫でただけで済ませたが今度からパーマをかけて髪の毛を逆立てようかしらね。どっちみちスッピンだから顔も洗えたし平気だったけど、日頃身だしなみの良い皆様、脳波測定の際には櫛と化粧道具をお忘れなく。

北海道の停電に関して、冗長性の議論を目にする。まあ、要するに北海道の電力需要の半分を賄っていた泊原発が停止していて、元々電力に余裕がなく、ぎりぎりに近い状態で回していたので、北海道全体が停電する羽目に追い込まれたということなのだが、このままでは発端となった主力の火力発電所の修理が完了しても、余裕がない状態には変わりがないので、しかも老朽化し無理して稼働している状態の火力発電所は何カ所もあるとのことなので、さらなる大きな余震や不具合が生じればまたしても停電に追い込まれるリスクが常に存在するというのだ。

そうなれば、北海道の厳冬期での停電はすぐさま多数の死者に結びつくことになる。原発をつなぎとして再稼働をするしかないと思っているのだが、原発を恐れ反対する人たちは相変わらず多いし、知事も命令を出すのは躊躇するだろう。しかし、このまま宙ぶらりんな、東京電力他全国から電力を融通して貰っての綱渡り状態を長期間続けるわけにはいかないのも明かだ。すでに北海道の産業に大きな影響が出ている。十分な電気がなければ工場も動かせない。暖房も出来ない、列車も動かない、農業にも電気が必要だし、あらゆる物に影響する。経済は沈滞し、失業が増えるだろう。

また、東北や東京などでそれこそ大きな災害が生じれば、北海道はもちろんのこと、下手をすれば日本の他の地域まで闇に沈みかねないし、日本全体が大打撃を被り、失業者は激増、観光業は壊滅、福祉どころの騒ぎではなくなる。全国の原発の殆どが停止し、どこも電力に余裕がない、常にかなり逼迫した状態にあるのだから、早く政治決断しなければ多くの命が失われることになりかねない、と私はヤキモキしているのだが…。

ここで、突然、身内の話だが、娘のダンナ、ノンちゃんマンが退院した。初夏の腹痛に始まり、1ヶ月間の入院、途中一旦退院し炎症部分が沈静化するのを待って、今回は手術。無事に生還できたので万万歳なのだが、ここでも冗長性ということを考えさせられた。

彼はテニス大好き人間で、毎週末、テニススクール2時間分だけでは飽き足らず、予約が取れる限り娘と土曜も日曜もテニスをしているのだが、今回の手術の際、贅肉がなく(羨ましい)、腹部の皮にまったく余裕がなく(つまり全くたるみがなく…ますます羨ましい)、引っ張れず!縫合に苦労したらしい。お腹に余分な脂肪やたるみがないというのも良いことばかりじゃないのねえ。

働き者の代名詞、アリの社会でさえ、何%かはぶらぶらしているらしい。スワ、一大事、事件だとなれば、普段ぶらぶらしている、いわば余分なものが俄然働き出すらしい。群れが存続するためには余剰が必要なのだそうだ。人間だけでなく、ハンドルでも、何にでも、余裕や遊びって必要なのよね。コワイコワイばかりではなく、地球温暖化や京都議定書、その他にもたらす原発停止のリスクと他とのバランスも落ちついて考えて欲しいなあと思うのだ。

で、常日頃、ぶらぶらと遊軍化している私、非常の際にはしゃきっと動けるだろうか。きっぱりと娘は言う。腰を抜かしてお荷物にしかならないわよ。娘の予言が当たるような気がするなあw。

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