あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

カテゴリ: 世迷い事

北海道の停電に関して、冗長性の議論を目にする。まあ、要するに北海道の電力需要の半分を賄っていた泊原発が停止していて、元々電力に余裕がなく、ぎりぎりに近い状態で回していたので、北海道全体が停電する羽目に追い込まれたということなのだが、このままでは発端となった主力の火力発電所の修理が完了しても、余裕がない状態には変わりがないので、しかも老朽化し無理して稼働している状態の火力発電所は何カ所もあるとのことなので、さらなる大きな余震や不具合が生じればまたしても停電に追い込まれるリスクが常に存在するというのだ。

そうなれば、北海道の厳冬期での停電はすぐさま多数の死者に結びつくことになる。原発をつなぎとして再稼働をするしかないと思っているのだが、原発を恐れ反対する人たちは相変わらず多いし、知事も命令を出すのは躊躇するだろう。しかし、このまま宙ぶらりんな、東京電力他全国から電力を融通して貰っての綱渡り状態を長期間続けるわけにはいかないのも明かだ。すでに北海道の産業に大きな影響が出ている。十分な電気がなければ工場も動かせない。暖房も出来ない、列車も動かない、農業にも電気が必要だし、あらゆる物に影響する。経済は沈滞し、失業が増えるだろう。

また、東北や東京などでそれこそ大きな災害が生じれば、北海道はもちろんのこと、下手をすれば日本の他の地域まで闇に沈みかねないし、日本全体が大打撃を被り、失業者は激増、観光業は壊滅、福祉どころの騒ぎではなくなる。全国の原発の殆どが停止し、どこも電力に余裕がない、常にかなり逼迫した状態にあるのだから、早く政治決断しなければ多くの命が失われることになりかねない、と私はヤキモキしているのだが…。

ここで、突然、身内の話だが、娘のダンナ、ノンちゃんマンが退院した。初夏の腹痛に始まり、1ヶ月間の入院、途中一旦退院し炎症部分が沈静化するのを待って、今回は手術。無事に生還できたので万万歳なのだが、ここでも冗長性ということを考えさせられた。

彼はテニス大好き人間で、毎週末、テニススクール2時間分だけでは飽き足らず、予約が取れる限り娘と土曜も日曜もテニスをしているのだが、今回の手術の際、贅肉がなく(羨ましい)、腹部の皮にまったく余裕がなく(つまり全くたるみがなく…ますます羨ましい)、引っ張れず!縫合に苦労したらしい。お腹に余分な脂肪やたるみがないというのも良いことばかりじゃないのねえ。

働き者の代名詞、アリの社会でさえ、何%かはぶらぶらしているらしい。スワ、一大事、事件だとなれば、普段ぶらぶらしている、いわば余分なものが俄然働き出すらしい。群れが存続するためには余剰が必要なのだそうだ。人間だけでなく、ハンドルでも、何にでも、余裕や遊びって必要なのよね。コワイコワイばかりではなく、地球温暖化や京都議定書、その他にもたらす原発停止のリスクと他とのバランスも落ちついて考えて欲しいなあと思うのだ。

で、常日頃、ぶらぶらと遊軍化している私、非常の際にはしゃきっと動けるだろうか。きっぱりと娘は言う。腰を抜かしてお荷物にしかならないわよ。娘の予言が当たるような気がするなあw。

IMG_2858つくづく嫌になる。なぜこうも災害が続くのだろう。

先日、ドナから、孫から日本は、暑さがひどかったが、凄く良かったと聞いたと、自分もすぐにでも来たいようなメールが届いたので、即、夏はクレージーだし、台風が来るし、地震もあるからお勧めしないと返事した。

日本はとても良い国だ。日本ほど治安が良く、親切な人が多く、便利で何不自由なく、社会は安定しており、その上美しい国はない。災害を除いてだ。

東京を大地震が襲うと予想されている。マンションの購入時にも地震を考慮に入れたし、できる限りの準備をしている(何年も前からだからいざとなったら役立たなくなっている可能性もあるなあ…)。

東北、熊本に大阪ときたので、夏のこの暑さにも根を上げ、もはや地震の少ない北海道に移住せざるを得なくなるのかしらと夢想していたら、北海道にも震度7の地震。じわじわと東京包囲網が狭まってきているような圧迫感を感じる。

平成って、もしかしたら平らになるって呪文じゃなかったでしょうね、と言いたくなる。言葉には言霊がある。平成じゃなく平静が年号だったら良かったかも、などとおかしなことを口走りたくなるのは、地球が悪い、温暖化が悪い、いや、上に乗っかっている、あと数十年で地球自体の重さを超えると危惧されているとてつもない繁殖力の人間が悪いからだ。あら嫌だ。盛大なブーメランだわw。

写真は、この上なく平和に昼寝している娘のダンナ、ノンちゃんマンw。

IMG_3224[追記あり]ある人の定義によると、教養とは自分を突き放して批判的にみることができることだそうで、だとすると、私ってとっても教養があるのね、ってことになる。自分の弱みや失敗、間違いをさらけ出すことを恥ずかしいと思ってないから。

その定義に基づくと、単に自分のおかしな振る舞いを素直に受け入れているだけで教養あるということになりそうだ。そんなことで深遠な「教養」というものが降ってくるのであれば、いくらでも自分の馬鹿さ加減を披瀝するが、馬鹿さ加減を売りにする芸人やお馬鹿タレントが教養ある人間かねえ。

馬鹿話はともかく、人間の頭の中身は、身体能力もだが、千差万別なのが面白い。こういう差はどうやって作られるのだろうか。同じ数の染色体を持ち、ざくっとまとめれば、同じような物を食べ、別に木の股から生まれる訳もなく、男女の親から生まれ、生きてるというのに、面白いねえ。

日本で最高峰の大学を出ていてもとんでもない馬鹿も大勢いるし、小、中学生であっても唸るような智慧や能力のある子もいる。一番面白い観察対象は人間かも知れない。

もう人生も終わりに近づいているのだが、各種SNSなるものの出現に間に合ったのは幸運だった。30年ほど昔の銀河通信からネットを見ているが、色々変な人も面白い人も、賢い人も、勿論馬鹿も大勢いて、面白い。自分を馬鹿と認識している馬鹿がいないのも面白い。かくゆう私は馬鹿だと認識しているのだから、これでいいのだw。オチはバカボンパパかあw。

クリスマスでも新年でもないけど、素敵だったから見てみて(広告は飛ばしてネ)↓
https://youtu.be/Ky8DqlkgDrk






ブログを書く際、そういえば昔もあんなことあったよねと、自分の記事を探してみることがある。あれが起こったのは何年だったかとかとか、あそこに行ったのはいつだったっけ。で、呆然とする。何も書いてない。なんてこった。そうでなくても頭が弛緩していく日々。覚えていられるのは何日前までなのだろう。忘れる速度に抗って日記代わりに書いておけば少しは記憶も定着するかも、なのにねえ…。

冷蔵庫を覗いて思い出した。クッキーが入っている。そういえば、6月下旬に富士電機の株主総会に行ったのだった。お土産が聞いたことのないメーカーのクッキー詰め合わせだと知り、食いしん坊だから食べてみたくなったのだ。場所が恵比寿ガーデンプレイスのウェスティンホテルだったこともある。

役員の顔を眺め、式の進行や社員の態度等を観察すると結構その会社が見えてきて面白いので、以前はいくつか総会に出席したこともある。疑問があるとすぐ口に出さなくては気持ち悪いという変な衝動の持ち主なので、何回か質問したことがあるが、女性の質問者はほぼ皆無なのでその取り扱いで会社上層部の中身が見えることもある。他に回る予定があったので質問後すぐ退席するのはやはり失礼すぎるから質問しなかったが、今でもやっぱり質問すれば良かったと思うw。海外事業が大きなウェイトを占めているから想定為替レートと具体的な損益との関係を知りたかったのだが、爺さんたちの長々とした下らない質問ばかり。彼らと会社のつながりなどどうでもよろしい。何年持っているかって事も関係ない。どうして爺さんたちは長い前置き抜きに、せめて、単刀直入に例え、これから株価は上がるかなんてことであっても、質問できないのだろう。不思議だ。

ここの株式は現在1000株単位だがもうすぐ併合され、100株単位になる。今まで、持株がいくつか併合され、大損になったものも結構あるが、大儲けになったものもある。景気がまずまず良い時の5株が1株とか2株が1株というものは、旨みがあるとワタシは信じているのだが、そのせいで、不精者が尚更PCにへばりつき、無精度を高める結果となっているのだ。まあ、ここのところ買った株は買った直後に揃って値下がりしいるのだが、売らなきゃ損は確定されないと、ワタシは飽くまでも前向きなのだ。馬鹿は死ななきゃ治らないとも言うが…。

そうそう、クッキーだが、手作りで素朴な、甘み控えめの美味しいクッキーだった。おかし屋パレットという福祉施設が作っているもので、こういうところの製品をお土産に選ぶという姿勢がとても好ましい。式の進行に多少モタモタ感があったのだが、このまま長期保有で応援することにする。

2日前から喉が痛くて声が出なくなり、そうでなくともゴロゴロしているのが、一層、ゴロゴロゴロゴロになっているのだが…

これがねえ、なぜこの時期で扁桃腺炎だとか、咳だとか、鼻水に悩まされねばならないかとつらつら考えると、行きたくないのに、来いと強引に言われている集まりがあるから…。

老練な病気の達人である私は、嫌だと思うと熱が出る。いくつやねんと、自分にむち打ってもしょうがない。勝手に病気になりよる。

昔、縁のあった翻訳会社の元社長が久しぶりで集まりたいと電話をくれたのだが、ちょっと尊敬できそうもないお金のためには裏切りだって何だってするのね系の人たちや、おいこっちに来い、俺の隣に座れなどと、あり得ない発言をする薄汚い勘違い男とか、二度と会いたくない人たちが何人か混じっているのではっきりとお断りしたら、いい年をして子供っぽい、来なさいと言われ、そのうえ、予約を取ったから来るようにとメールが到着。で、嫌だ嫌だ、どうやって断ろうと悶々としていたら、ちゃんとw具合が悪くなり、熱が上がってきたのだ。

よっしゃw。

って、自分を痛めつけて、目標達成って言うのもなんだか納得いかないけど、ずる休みの小学生の気分なの今、ワタシw。

鬱状態である。多分。鬱には絶対にならないと、昔、ネットの診断調査ででたのだが、鬱に決まっている。初老の鬱だ。娘なら図々しい、初老じゃないじゃない中老だと言うに決まっているが。

食欲がない。夕食の献立が思い浮かばないのでおやつを食べる。おやつなら食べたくなるから不思議だ。少し前まで外に出たとき以外はさしておやつなど食べたいと思わなかったのに。そのため夕食が後ろ倒しになり、結局胃が重いと自分に不平を言うことに。馬鹿だねえ。

そのためだと分かっている。2キロ近く増えた。しかし、体脂肪は1週間前より1%減って20%。妹は、体重計が壊れていると言う。少なすぎるでしょ。私もそう思うのだが、動いているので、正しいのかも知れない。お腹や背中にはちゃんと脂肪の層がありたぷたぷなのに…。でも何より買う話は禁止だ。買い換えたくない。

毎月、20万近くずつ貯金が減っているのに遅まきながら気づいた。誰が使ったのだ。私だ。ごろごろ怠けている場合ではない。働くべきなのだが、娘にも働かないとますますボケる、働けと言われるのだが、欲しいものが見当たらないので勤労意欲がわかない。稼ぐ方向ではなく働かないで済む方向にしか頭が働かない。来月初めにでも旅に出ようと思っていたのだが、新幹線ではなくバスというものがあった。調べると安いしたいして時間も変わらない。もはやパソコン持参で車内で仕事をするようなことにはならないのだから安上がりの旅行をすれば良いのだと頭が瞬時に切り替わった。

大規模修繕が、来年早々から実施されることに決まった。水道管、給湯管を交換するため、床を剥ぎ、壁に穴を開けの大工事になる。それに合わせて水回りを一新して、大規模なリノベーションをする予定だったが、考えてみれば私一人が暮らしているのだから、私が不自由していないのだから、大規模にリノベーションする必要はない。多少の手直しとお化粧程度に抑えれば良いのだ。だとすれば、数百万円分、得することになるw。

寿命が予定より少し延びてものんびり暮らせるかも…。書いているうちに気分が良くなったw。おやつにしようっと。

TOKIOのファンだ。ダッシュ村が始まって以来の熱烈なファンだ。番組が始まる少し前に部落の人たちの疑いのまなざしでの検証を受けて古民家を借りていたので尚更だった。山口君のファンではないが、彼の涙を見てもらい泣きするほどのファンでもある。だから偏向していると言われても仕方ないが、辛口すぎるかもしれないが、言うべきことは言っておこうと思う。

私は三人姉妹の長女だ。

当然、父は色々心配したと思う。

今なら、問題視され、警察に呼ばれることになっただろうが、小学校のうちからワタシたち3姉妹にワインやビールを飲ませていた。

それも、男に飲まされてつぶされないように訓練すると言うのだから今考えるとスゴイ。で、3人ともかなりの酒豪となった。父はよしよし、男を先に酔いつぶせなどと言っていたw。

一緒に酒を飲むときは、カクテルなど飲みかけで席を立つな、部屋に入るななど具体的な指示もあった。私は夜遅くなるときはタクシーに乗るときでもライターと紙を常に持ち、いざとなったら紙に火を付けて逃げることまで考えていた。過激だよねえ。

また、成人するまでは厳しい門限があり、部活で8時を過ぎて帰ったら、警察に捜索願が出されていたこともあった。

その後、海外で10年ほど過ごしたが、その際、自己責任という観念を思い知った。
ヘレンという仲良しがいたが、彼女の近所で婦女暴行が頻発したとき、心配する私に、殴られて鼻の骨が折れたら、それを治すだけだ。誰であれ自分の生き方をそんなことでは曲げさせないと言った。彼女の強さに感銘を受けたが、日本の女性に欠けているのに愕然とする。

性善説は良いよ、美しいよ、耳障りが良いよ、しかし、それがどこにでも、誰にでも通用すると思うのは大きな勘違いだ。

今回のTOKIO山口の問題でも、もう一人女子高校生が現場にいたようだ。本気で嫌がっているのをその友人は見て見ぬふりをしていたのか。ぼおっととしていたとのか。友人の危機にしらんぷりをするのは友人ではない。

昔、学生時代に、米国人男性の家に数人のクラスメートと行ったことがあった。1人の友人を膝に乗せその男がキスを始めた。彼女は抵抗もしないし、嫌がっているとも見えない。なのに、後になって彼女が嫌だったというので、なぜ抵抗しない、なぜ嫌だと言わないと聞くと、それが挨拶だと言われたからと言った。

実に馬鹿馬鹿しい、馬鹿としか言いようがない。嫌なときは抵抗するものだ。毅然とした態度をなぜ取れないのか。日本人は勇気を何か発揮してはまずいものだと勘違いしているのではないか。ダメなものはダメ、嫌なものは嫌。当然のことなのに腰抜けばかりだ。

P1010087朝っぱらから電話が来る。8時に電話を掛けてくるのは母くらいだったのだが、母が施設の今、かけてくるのはYさん。こちらは新聞とテレビを見ながらの朝食で忙しい。旅先は別にして、いつもたっぷり、紅茶2杯半とともに2時間ほどもかけて食事を楽しむ。なのに迷惑だ。

仏頂面が見えるような声だと思うのだが、彼女はめげない。

まだ朝ご飯食べてるの?私なんか、4時とか5時に起きて6時には食べ終わっているわよ。
早く食べなさいよ。年寄りは朝が早いのよ。

大きなお世話だ。おまけに彼女の声は甲高くて耳にキンキン来る。

耳が良い訳ではないが、ある種の声は苦痛をもたらす。声が美醜の判断の1つだなどと密かに思っている。例えば国民的マドンナの某女優。容姿は美しく、いかにも誠実そうで、努力家で好感が持て、いうことないのだが、彼女の映画は見ない。音程が悪くだみ声で聞くのが辛いからだ。

自分で自分をもてあますが仕方ない。反対に気持ちの良い声の人だと、ついつい無理しても仕事を受けてしまい、後で後悔することも。

脱線したが、Yさんは高校の同級生なのだが、どこかへ連れて行けという。
ワンルームマンションを2棟売ったからお金を使いたくて仕方ないのだと。都内の駅前にワンルームマンションの部屋を1室持っているのは知っていたが、2部屋なら「ふたへや」というから、「にとう」というのだから建物2棟なんだろうナ。そんな金持ちだったのか、知らなかった。老い先短いからぱあっと使いたい。夫婦げんかでもしたのかな。

そう言われても、ねえ。私も、行きたいところは山ほどあるし、行きたいといつも騒いでいるけど…。
エラソーに、聞いてみた。

あなたイビキは?
お酒を飲むとかくかも。
お酒飲まないでいられる?
そうする。

海外は仕方ないけど国内ならシングル2部屋。
もちろん、良いわよ。
ワタシ、歩くわよ。これは愚問だった。彼女は四国も西国もぐるりと巡礼旅を終えていたからだ。

きちんと割り勘よ。そりゃそうよ。あなたは孫でも子供でもないから、自分で出してと彼女。とにかくお金をぱあっと使いたいのだと。もったいない、寄付でもしろと言いたいが言える訳もないし、そのうち興奮してきた。ぐらぐらする。

彼女なら2週間でも3週間でも大丈夫。娘どもに海外に行こうと持ちかけて、時間も金もない。一緒に行くなら金を出せなどと脅されている状態なのだから願ったり叶ったりだ。

私、B&Bが好きだし貧乏人だから豪華ホテルなんて泊まらないよ。いいよ。
スペインは?3度行ったけど、まあいいけど。むっ。
呆れたことにイギリスも、イタリアも、フランス他の欧州も、アメリカも、要するに私が行きたいような所はどこもかしこも行っている。しかしすべてツアーでさらりとあちこち撫でて終わっているようだ。

私が行きたいところに行くというので来年5月の終わり頃行こうという話になった。

そして、興奮が冷め、心配になってきた。彼女の、キンキン声。どうしよう。2、3週間もずっと一緒って、果たして耐えられるのか。1時間で頭が痛くなってくるのだが…。

3、4泊の旅行を梅雨前に計画しているのだが、彼女もつれて行った方が良いだろうか?予行演習として。いや、逃げ場のないぶっつけ本番の方がいいのでは。長年行きたかった旅行なのだから、予行演習でこりごりでもう行かないというのは残念すぎるし、第一、彼女に失礼だ。

お金の心配の前に、旅の計画の前に、声の心配だなんて、あ〜あ。おまけに、ワタシ、飛行機好きじゃないのに。彼女にしがみつけるかなあ。あ〜あ。

IMG_31983月半ば過ぎから大忙しで月日が流れていった。いみじくも友人が言うように、歳を取ったらゆっくりと暮らし、さぞ退屈するだろうと思っていたのに、この忙しさ、退屈する暇などないのだ。それも、身支度に時間がかかり、ぱぱっと出来たものができなくなって、試行錯誤を繰り返し、始終忘れ物をするので、行ったり来たり。捜し物は何ですが、はい何でも忘れます状態。そりゃあ時間はいくらあっても足りないよね。

3月15日と言えば確定申告の締切日。今年こそちゃんと締め切りに間に合わせようと決心したのに、ダメだった。昨年出来なかったことは今年はもっと出来ない。来年はもっともっと出来なくなる。それが当たり前の世界に入ってしまった…。

そもそも毎日ちゃんと記帳をしていないからいけないのだが、昨年は半分も仕事をしていなかったので、申告しなくてもいいや、青色の必要なしと思っていたからだが、11月に2銘柄を売って少々の利益が出たので、やはり申告が必要で、そうなれば、赤字をその売却益で埋めようと袋に突っ込んでおいた領収書の類を引っ張り出し、古いレッツノートを1年ぶりに立ち上げたら、あらら、画面が…黒い…。覚えている人も今では少数になっていると思うが懐かしの昔の表計算のスター、ロータス123のフォーマットを使っていたから絶望したね。何度かやってみたが、立ち上がってもすぐダウン。そりゃそうだ。長年使ってきたからねえ。愛しのレッツノートよさようなら。

ロータスの方がエクセルより遙かに使いやすく優れものだったがこうなれば仕方ない。エクセルで組み直そうと、書類を一杯広げるのでテーブルでとWindows8.1を10に上げたノートを広げたら、後追いしたように不正使用とかなんとか見たこともない、アカウントのパスワードその他入力しろとの表示が出て、エラソーに動かない。何ヶ月も触ってもいないのに、何を言うかと腹が立つが仕方ない。マニュアルを引っ張り出し、そこにメモしてあるはずのパスを探すが、これがない。ここになければどこにあるというのだ。ひっくり返し、2度3度、ない。しょうがないと片付けに入ったら、ひらりと、開いたページにあるではないか。何度も見たのにどういうことだ…。で、無事に立ち上ったが、いつも大きなデスクトップのディスプレイで作業しているので、小さなノートでは全体がよく見えない。これでは無理。

仕方なく、次にデスクトップに向かう。エクセルのフォーマットで何とかしようと少し入力したが、選んだフォーマットがセルを自由に挿入できない。同じ名前で出ているのに昔のエクセルと違うw。そうこうするうちに、腹が立ち、多くはないからえい、手書きでやろう、手を使わないから惚けるというから手書きなら一石二鳥だと、アマゾンから用紙を取り寄せたら、ご想像通り、桁や数字を間違えて書き込み、時間がかかること、信頼が置けないことw、おびただしい。

ということで、再び、エクセルに戻り、自分で書式を作り、やれやれと一応形が出来たのが娘が孫を連れて転勤の途中1泊する前日のことだった。全員が喘息持ちなので、怒られるのでw、すみずみまで丁寧に掃除機を掛け、布団とマットレスの裏表、ゆっくり2往復ずつ掃除機をかけ、疲れ果てて、港まで迎えに行き、その後息子の所のお嫁さん、孫4人も加わってファミレスへ。

前日、ビーフストロガノフを作ったのだが今一出来が良くないのでぐずぐずどうしようと考えているうちに外食になったのだが、来ることが分かっているのに食事を用意していないと娘はお冠。まあ気持ちは分かるが君には私の大変さは分かるまい。翌日見送りに行きその後4日間ビーフストロガノフを食べ続けたが、要するに煮込みが足りなかっただけで味はとっても良くなっていた。お気の毒様。急ぐと碌な事はないが、急ごうとしても急げない年齢に達したと確認、そして同じくらいの日数、筋肉痛に悩んだのだ。

このフォントの大きさの不揃いさ、実に不愉快で気になるが、どうにもならない。
私の仕業ではなく何らかのバグの
せいだと再度言っておこうっと。Livedoorは実に優れたエンジニアの集団だったのに…と遠い目。

DSC_0942 (002)N子とは50年近い付き合いだ。

一人っ子でわがままで、自分勝手で意地悪。でも率直でずけずけと言い、ガシガシ働き、稼ぐ国際的なビジネスウーマンで、足をすくわれることも何度かあったけど、好きだった。何度か二人で旅行し毎回小事件も小競り合いもあったけど、楽しかった。

昨年の今頃、彼女からメールが来た。自分は電話もメールもしたいときにしてくるくせに、すっかり引きこもって出てこなくなり、電話もメールも嫌いだというのでご無沙汰だったのが、突然のメール。それもお願い助けてというのだから穏やかではない。

電話は嫌だというがそういうわけにもいかない。電話すると、案外元気な、照れたような声で出てきて、安心した。旦那が数年前に事業に失敗して借金をこしらえ、都心の自宅を売り払って郊外に引っ越したのだが、またしても内緒で他の2件の不動産を担保にして借金をこしらえ、1件は競売にかけられたという。競売で済めばよいが、それでも足りなかったのだという。

もう1件が残っているのでそれを売るしかないのだが、旦那がこしらえた借金だからしりぬぐいは絶対嫌だという。これは数年前の繰り返しだ。その時、早く処分しなければ、使ってもいない別荘は朽ちるだけだし維持管理費などが積みあがっていて首が回らなくなるのは明らかだったのに、自分は知らない、彼が始末すればいいのよと放置した結果こうなったのだが、金を貸した銀行を相手に訴訟を起こすという。夫婦間で夫婦の名義の家を担保に旦那がこしらえた借金を自分は同意しなかったといっても勝てるとは思えないのだが、一応、考え付く限りのアドバイスした。

本当にありがとうやってみるとお礼の手紙が来た。
そして数か月が過ぎた。全く連絡は来ない。
どうしたのか経過が気になる。電話した。元気そうな旦那が出た。もう気が狂いそう、死にそうだと叫んでいた彼女だったが元気で毎日出かけているという。

それなら結構。でも彼女から電話はかかってこない。数週間後、携帯はなおさら嫌がると思ったが携帯に電話した。返事なし。元気?と一言、メールした。返事なし。

で、ついに意を決して、あなたが電話もメールも嫌いなのは知っているけど、元気にしてるか気になる。声を聞きたいときは電話するからね。おあいにく様というメールを出した。

と返事が来た。激怒の返事。私は時間が足りないのよ、自分の好きなように時間を使う…。
やれやれ。

半年以上経った。元気かなあ。時々考える。なぜあんなに感情の起伏が激しくなっていたのか、なぜお金が足りないと騒ぎながら何もかも放置したのか…。電車賃がないから出かけられない。こっちに来てといいつつ美味しいからと高いお菓子を取り寄せて1ダースも積み上げてあった。確かにおいしかったけど。年のせいなのか、痴ほう症なのか。時間が足りないって、病気なのか。電話してみようかなあ、止めようかなあ。

ぐずぐず考えていたら、今朝、このブログを読んだ。私も長電話のうるさい人から逃げるため居留守を使うことがある。私ももしかしたらうるさい会いたくない人に分類されてしまったのかも。それならそれでよいが、元気にしているか、気になるなあ。私の場合、毎回引っ越し先にも招待されて行ったからまだましな扱いだったようだけど。

写真は娘のベランダから。クリックすると大きくなります。古木の桜が5本。見事なんだけどうまく撮れないねえ…。

IMG_2503昨日、一旦アップして取り消したのだが、コンサートと銘打つから辛口になる。発表会と思えば良いのだと、再度アップ。近親者、友人たちにこれまでの成果を見せる会と心に刻みつけ、上手は上手なりに下手は下手なりに微笑んで聞けば良いのに。

まったく、四角四面の私だと少々反省。でも皆さん、残念ながら、お上手とはとても言えないレベルだったのは、多分、先生も辛口の批評や真剣なレッスンをすれば生徒は逃げるので、本当のことは言えないからだろうなあ。上手上手とおだてられた主婦たちは…以下自粛。昨日の記事に少し手を入れ再掲。

当日でもないのにふらふらと何を考えていたのやら行ってしまった場所に再び出かけて行った。娘が心配して、朝、今日が本番だよとわざわざメールをくれた。甲斐あってw、今回は時間通り、ちゃんと目的地に到着。

友人が仲間たちと500人ほど収容のかなり大きなホールを借り切ってのコンサートいや発表会なのだ。それぞれがロングドレスをまとい、おまけに途中で着替える。イヤリングやネックレスがぴかぴか光る。豪勢だ。歌のレッスンに熱心に行きだしてから、恐らく軽く10年は経っているはずだ。

友人の歌は聴いてあげたい。でも実は細かなことが気になるのが私の悪い癖。こういう人間は行かない方が良いのだが、40年近い付き合いの大事な友人なので行かないという選択肢はない。

皆さんすっかり人気歌手になりきって舞台狭しと歩きながら両手を広げポーズを取り気持ちよさそうに歌う。スポットライトを浴び、バックの生バンドに合わせ歌う。幸せそう。道楽だと割り切れば最高だ。そうそう、カラオケ大会の大がかりなものと思えば良いのだ。

しかし、何年歌っていてもプロとは大きな隔たりがある。まさかプロ並みの水準に達しているとは誰1人思ってはいないだろうと思いたいが、そうでもないようだ。みんなとても上手なのよと友人は言うが本気なのだろうか。まあ大きなお世話だから友人には絶対に言わないが。孫のピアノの発表会も2年連続で出かけた。こちらには才能はないから時間も費用ももったいないからもう止めさせたらときっぱり言ったけど。

しかし、例えばピアノなら10年以上の年月を週2回も個人レッスンを受け、家でも毎日練習していたらどれくらい上手になるだろうかと考えずにいられない。絵でも書でもまあ鑑賞に堪える、少なくとも不快ではない作品が作れるようになる確率は高いだろう。が歌はそうはいかない。声が悪かったり、音感が悪かったり、残念ながら努力が必ずしも成果に結びつくとは限らない。あんなに努力しているのにとこちらが辛くなる。本人たちは幸せなのだから私が辛くなる道理はないのだが。

多額のレッスン料に加えて、毎年ドレスを数着購入し、ホールを借り、バックのバンドを雇い、チラシを刷り、観客を募り…多大な費用と時間と労力をかけて何年も何年も努力するエネルギーって凄い。大ホールを借りるのも、恐らく本気で自分たちの歌をずっと聞いていたいと思う人たちが大勢いると思っている真面目な人たちなのだ。4曲聴いて、ということは聞きたくない他の人たちの歌もたっぷり耳に入ったあと、途中で抜け出し、デパ地下をはしごし、ついでに私も幸せな気分に。

自分の才能に疑いをもたないなんて、なんて幸せな人たちと思ってしまう。その自信の一部でも分けて欲しい。なぜ自分には才能がないのかと絶えず残念に思っている私にだ。またそのエネルギーと費用のほんのひとかけらでもどこか必要としている人や場所に寄付してくれればともちらりと思う。私って、意地悪なのかも。

翌日、友人から電話が来た。間違った日に行ったりしたから来なかったかもと心配だったらしい。今回のコンサートについて、これまでは到達感があったのに、ようやく終わったとホッする気持ちしかなかったという。私が聞いた4曲めでさえ一番後ろにいた私の席からも既に疲れがしっかり分かり、見ていられないほどだった。エネルギーを出し切ったのね。

もうそろそろ卒業したらと言いたいが、自分の頭の上の蠅も追えないワタシが何を言うやら。チャンチャラおかしいよね。


半年近く仕事もせず、もう仕事は止めだと思っていたのに、締め切りを大幅に伸ばすというので、仕事をつい受けてしまい、こちらの希望に添ってくれるというので、結局連続して大忙しとなってしまい、気づくと梅が散りつつあり、桜ももうすぐ。

来年の桜は見られるのかしらなどと言っている間に、月日が流れていってまた桜の季節。まだ生きている。時の流れや地球の回転が目に見えなくて良かった。

先日、テレビを見ていたらミモザの花が咲き誇る
イタリアの小さな村の一番美しい時期の映像を流していた。花は美しかったが、大量のミモザの花を花束に作るのに、ばさばさと枝を落とし、花を切ってまわる粗暴と言いたくなるような様子にぎょっとした。ごついブーツの足で足元に黄色い山のように積み重なった花を踏んでまわっている。胸が痛くなる。何も感じないのだろうか。日本でも同じなのだろうか。

少し前に娘と見に行った映画「ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男」を思い出した。パリのコレクションの裏側を描いたドキュメンタリー映画で、布選びや縫製など裏方を見せていて面白かったのだが、その選びに選んだ、恐ろしく凝った、もちろん非常に高価な布を大きな部屋の床一面に敷いて選ぶのだが、そのデザイナーの男も、ちょっとぐるっと回れば良いものを、靴でその布を平気で踏みつけて歩くではないか。その様子に嫌悪感を感じてしまった。

なぜ美しい物を踏んで平気でいられるのだろう。

そういえば、敷居や畳の縁を踏んでも叱られていた。枕なんか踏もうものなら大変だ。ウチだけではなく、どこのお宅も多分、同じだろう。子供たちにも言い聞かせていたのだが、孫たちは布団など平気で踏んでまわっているような気がする。我が家に来るときは6畳間にびっしり布団を並べるから布団の縁を踏むしかないが、まさか枕は踏んでないと思いたい。

花や布を平気で踏むのはもしかしたら狩猟民族だからじゃないか、肉食だからじゃないかと疑っているのだが、日本人も欧米化が完成に近づいてきたのかも知れないと、馬鹿なことを書いている間に、今日も1日が暮れようとしている…。


ぐっすり寝ていたところを起こされた。
誰でもない私に!正確には私の心臓に。何というふてーヤツだ。

激しい不整脈が起こっていた。目が覚めるほどの不整脈というのは初めてで、こりゃ大変とまず冷たい水を飲みに行った。水で不整脈が止まることがあると聞いていたから。でも止まらない。薬を飲んだ。

次に血圧計を探した。見つからない。金曜日に排水管の掃除に来たので、そこいらにでていたものを片付けたからだ。滅多にしないことをするとこうなる。母が使っていた大型の血圧計を見つけたが、前回ちゃんと動いていたのに、ピクリとも動かない。私の心臓は激しく気ままに動いているというのに。

ようやく見つけて計ったら、遅かった。知りたかった拍動の数は落ちついていた…。

ネットで色々調べたがたいしたことはなさそうだ。朝っぱらからたいした騒ぎだった。

しかし、いつ何がどうなるか分からない。以前、遺言状を書いたのだが、馬鹿息子がお利口さんに変身しつつあったので破り捨ててしまったのだ。で、新たに書いておこうと、上の娘に電話を掛けた。

娘たちには多少色をつけるけど、基本、残りは3等分でいいかと確認する。すっきり3等分すれば良いと末娘。いつまで生きるか分からないから無駄遣いするなと言ったが、この上の娘、第一、残せるほどのものがあるのか、ほらほらいくらもってるか白状しろと笑って迫ってきた。娘たちには随分、我慢させた。問題児の息子を私立中学、そして海外の私立高校、大学、それも7年間!、と送るために、貧乏暮らしを強いてきたのだが、ありがたいことにお金に淡泊にあまり物欲のない子供たちに育った。金食い虫の息子が一番金銭感覚もなく物欲もある。最近は父親らしく随分、良くなったが、そんなものなのだろうなあ。

で、早朝から心臓が騒ぎ立てたおかげで、上の娘からは一緒に旅行に行っても良いという言質をとり(孫3匹をどうするかが問題w)、下の娘にうるさく禁止されていたアルコールも赤ワインなら1日グラス2杯までは悪影響どころか多少だが良い影響がある可能性を知り、かくして気がかりが少し減ったのだった。

そうそう、母の盗難騒ぎも一応、一件落着。バスタオルは母の物入れから見つかったとヘルパーさんから渡され(その物入れは前回、ヘルパーさんと一緒に探した箇所で本や雑誌がぎっしり詰まっていて彼女もここには入れようがないと言っていたのだが…。)、母のコートは棚の上に置いた段ボールの中の洗濯物用の袋の一番下にきちんと畳んで入れてあるのを発見した。母の胸よりも高い場所で、洗濯物を入れるとかなりの重さになる。そんなものをつかまり立ちしか出来ない母が持ち上げられるとは到底思えないが、これ以上追求する意味はない。

母のロッカーの扉に、ここは大丈夫、ないものは私が洗濯に持ち帰っているので安心してとメモを貼り付けた。ロッカーや引き出しを大量のセロテープで封をしていた母もこれで安心してくれるのではないだろうか。顎も心臓もストレスが不調の大きな要因となる。やれやれだ。

IMG_3163←棚の奥にため込んだ紙袋多数。
整理整頓しようとひっぱり出したがスゴイねえ。
塵も積もれば山となるの見本。無駄遣いの証拠でもある。
この山が崩れてもたいしたことにはならないけど…。

顎の精密検査を受けることになり、歯医者さんで大学病院の紹介状をだしてくれた。

有名どころの大学だから待ちそう。それだけで戦意喪失なのに、紹介状があっても当日はダメかもしれないから電話をして調べてと受付に言われ、ネットで調べると、人気大学だからか、高齢化で故障持ちが殺到しているからか、まず電話で予約を取るようにとの指示がありその下に表が…。

銀行や郵便局でよく見かける混んでる時間を示す表だ。それも受付時間は週日の12時から16時まで、すぐには電話がつながらないらしい。ますます嫌になる。

でも仕方ない。じっと時間が来るのを待つ。12時から1時は特に混んでいるようなので2時近くを狙う。で、食事を済ませ、なんやかんややっているうちに…忘れてしまう。あ、時間が過ぎたと、月曜日、母の所を先に済ませようと行き、頭痛で早引けしたけどケーキを食べるかと誘われ、大喜びで娘宅でお茶とケーキを食べているうちに時間切れとなった火曜日。お嫁のSちゃんから土曜日に赤ちゃんを連れて会いに行くとメールがあったので足下が悪いから私がといそいそ出かけ、顔がおむすび形にすっかり太った赤ん坊を抱っこして幸せ気分で帰り道に図書館に寄り、はっと時計を見上げると5時で愕然となったのが昨日。[読み直したら曜日が合わない。考えたら母の所と娘のところの2箇所に同じ日に行ったことを思いだし修正しました。毎日が日曜日だと今日が何曜日かも分からなくなるのよね…。痴呆症のテストに受かる日も近いかも!]

ここまで連続で「大事な」電話を忘れるのは、内なるワタシが痛いの嫌だ、何時間も待つのも嫌だ、電話がつながるのをずっと待つのも嫌だと思っているからに違いない。こらしっかりしろ、と言い聞かせてもねえ、潜在意識というヤツはどうにもならない。

昔、元亭の上司の奥方から余計な電話があり、わざわざありがとうございますと言っているつもりでいちいちありがとうございますと言ってしまい焦ったことを思い出したw。

今朝、対岸の山肌の巨大な滝が山ごとざあっと崩れる夢を見て慌てて目が覚めた。これも何かの潜在意識かなあ。先日のため込んだ紙袋の残像?それとも…予知夢?キャッ。

DSCN0331妹のお姑さんが入居していた老人ホームの片付けに行ってきた。

片付けといいながら、実情は捨ててとの一言でホーム側が捨ててくれるのだが、贅沢な人だったからそのまま捨てるのが惜しく、母に着せられる物を探してと言う妹に従って一緒に大きなゴミ袋4袋にも入りきらないほどの衣類を一緒に漁ったというのが本当のところで、テディベアを見つけて、一緒にお棺に入れてあげれば良かったのにと、ちょっと胸が痛くなった。父は一番お気に入りだったぬいぐるみたちと一緒に旅立っていき、燃やさなければ良かった、母に渡せば良かったと少し後悔したのだが、同行するぬいぐるみが1体もないというのもなあ。

ワタシの時はどれにしよう。お気に入りは娘とのイギリス旅行の際にコッツウォルズの町で数人が集まっての小さな骨董市で見つけて連れ帰ったハロッズのテディウサギw。下の娘へのお土産だったのだが、どうしても手放せず、後で返して貰った物w。でもこの子はアンティックだからつれて行くわけにはいかない。でも一人は淋しい。決めておかねば。

結局、新品の衣類も数多く、これは勿体ないわねえなどと言っているウチに宅配便ではなくヤマト便のサイズになってしまった。欲深な自分を今頃後悔している。どうやってどこにしまうつもりなのだろう。おまけにすべてを洗濯し、クリーニングに出すのは大仕事だ。

一昔前、娘たちの衣服はドナから貰った。すべてが英国製でとても可愛かったので着終わった物は日本に送り、姪や甥が着てくれた。ワタシも貧乏で、どういうわけか金持ちの友人たちが多かったので、衣類はほぼすべて貰い物で過ごしていた。自分なら買わない色合いスタイルの物を小物でバランスを取り、工夫で着こなすのが結構楽しみでもあった。

もう衣類も捨てるほどあるし、実際、周囲から捨てろと言われているのだが、一端ワタシの保護下にw入った物を、簡単に捨てられるわけはない。で、この苦境だ。集まった物はこれまで運送料に大枚かけて施設のバザーに寄付してきたが、無職の婆さんになったのでもうそんな出費はできない。母は今でもワタシの洋服にだめ出しをし、そこに赤を足しなさいとか、上着の裾を引っ張ったりする人で、買って持って行った服も色がイヤとか、柄がイヤとか、好きな物しか着ない。大人しく着てくれるだろうか。

多分、大半はワタシが少しずつ着ていくことになるだろう。自慢じゃないが、私、スカーフとストールを数十枚持っている。どれが合うかな〜w。

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