あんなこと、こんなこと。どんなこと?

自分の言葉をしゃべりたくなった翻訳者のきままな独り言:多様だから価値がある。反論、異論大歓迎

カテゴリ: あーあ、何ナノこれって

ぎっくり腰なのだ…
それも今月3回目。
垂直方向と水平方向に歩くのは大丈夫。
なのに座れない。少しでも腰を曲げると衝撃の痛みが”!
靴下やパンツを履こうとするとイタタタタとなる。足でつまみ上げるのは得意とするところだが、腰を曲げないと足でつまみ上げても手が届かない。宝の持ち腐れだw。

で、寝て本を読むか、今やっているように立ってPCを眺めるかしかなく、2日が過ぎた…。
そこにK子から電話。

今週、美術館+街歩き+ご飯という予定だったので、ぎっくり腰で困ったな、行きたいけど行けるかなあ、電話して断らなくちゃいけないかもと逡巡していた矢先だった。

キャンセルの電話だった。

夏の初めに話したときにはお元気だった母上が亡くなられていた。
肺炎だと思ったら肺がんの末期だったようで、最期まで気丈にオムツを拒否、とうとう無理だから今夜からオムツねとなった夜、亡くなられたという。筋を通したのね。昔の日本女性だ。敬服する。K子も病院ではなく自宅介護を選び、通いのヘルパーさんや看護婦さんの助けを借りて頑張って、エラカッタし、母上も嬉しかっただろうなあ。情けないがワタシは根性無しの体力なしだから無理だ。お母さん、ごめん。

で、近所のスーパーで1ヶ月かけて狙っている催し物があり、逃す訳にいかず、エイヤーとこんなところで根性を出して、母のコルセットを身につけ腰には大判の膏薬を貼ってソロソロと向かい、無事に帰ることも出来た。やればできるじゃないの、ねえ。

それにしても、行けないな、困ったなと思ったら、ちゃんとキャンセルになる、これって、何なのよ〜。



時計たる物きちんと時を知らせてくれればそれで良い。それしか望んでないのに…。

台所に置いた小さな電子置き時計、突然、チチチと聞いたことのない音を出したので見てみたら、5分ほど前に正常に時を刻んでいたヤツが、1月1日土曜日12:00を表示していた。何じゃこりゃ。

皿洗いの最中だったので、こんな気まぐれ聞いたことないと思いながら洗い終わってみると、ちゃんと現在の日付、時刻に追いついていた。何をやってるんだろうねえ。

で、そのまま無事に推移するかと思った夕暮れ時、大音量で目覚ましが鳴り出した!
押しても止まらない。そもそも好きなときに起き出す暮らしだからはなから目覚ましなどセットしてない。で、電池を引っ張り出した。電池は残量が星三つw、十二分にある。

ネットで調べると電波などで狂うことがあるというので、電子レンジが1キロの高出力なのでこのせいかとリビングに持ってきてまた電池をセットした。このまましばらく様子を見よう。異常なし。

で、もう大丈夫と忘れて寝てしまった真夜中。けたたましいベルの音で夢から引きずり出された。例の置き時計だ。寝ぼけ眼で電池を取り出し、確認したが、やはり目覚ましはオフで、音量は小。どこが〜!

何がどうなっているのやら。これは私のせいじゃないときっぱりいえるのは嬉しいけどねえ。こんな我が儘な時計の話、聞いたことある?

[追記あり]
今日こそ株主総会に行こうと決心してた。お土産が美味しいクッキーなのだ。
なのにもう9時半を回ってしまった。

1時間はたっぷりかかる。
遅れて社員がずらりと並んだところに行くのは嫌だな〜と、クッキー欲しいがせめぎ合っているw。

何をやるにも時間がかかる。

決断するにも時間がかかる。

仕事を依頼したいという話もあるが受けても出来るとは思えない。

耄碌したものだ。

いや、これこそ余裕というものだろう。懐は寒いくせに、ねえ。

と、くだらないことを書いているうちにさらに時間が進んだ。外は暑そうだが雨は降ってない。どないしよう…

と、ここまで書いたところで、突然、そうだ、クッキー欲しい、が勝ち、豚のプリント柄のTシャツに上着を羽織って走って駅を目指した。ワタシよりも7歳若く亡くなった、常に和服だった祖母が目撃したら驚くだろうなあ。

しかし、困るのよね、こういうワタシ。突然、発作的に衝動的に行動に移るのだから。なんせ平素日焼け止めも塗らないすっぴんだし、足の故障のせいでスニーカーしか履けないから急ぐのにちょうど都合が良くできてるともいえる。

駅までもう少しというところで、非常用の小袋を持ってくるのを忘れたことに気づいた。
携帯の予備のバッテリーや薬1週間分、不整脈の発作止め数日分+あめ玉少々が入っている。最近のように、あっちでもこっちでもユッサユッサと揺れているから歩いて帰れる範囲を出るときには絶対必要だ。いくら婆ちゃんでも自分の身は自分で守らねばならない。必需品なのだ。

もう無理だ。しおしおと駅から戻り、すでに汗をかいていたので着替えて、総会ではなく、配当を預金しに郵便局へ。ぐるりと買い物を済ませ、ついでに自分を慰めるために禁断の揚げ物をいくつか購入。数ヶ月前まで35キロほどしかなかった母は、最近、スカイツリーまで連れて行って貰い、美味しそうにエビフライとオムライスを完食したらしいが、そのせいか頭以外は好調で、驚異の42キロを記録したのだが、ワタシも負けてないわよw。

先週だったか、30度を超える暑さを記録した日、ショッピングモールにさしかかったら、赤い顔をした中年男性がベンチで寝ていた。足下には酎ハイの缶が…。しょうがないなあ、真っ昼間からと思ったのだが、なんせ30度超えという暑さで、顔が赤い。おまけに頭がベンチからはみ出てガクリと垂れ下がっている。

もしかしたら病気?熱中症?行き倒れ?ぐったりとしているようにも見える。もしかしたら缶はその人ではなく他人が放置した物かも?考え出すと心配になる。段々心配が大きくなり、モールの受け付けで警備員か警察に確認して貰うよう要請し騒ぎとなった。余計なお節介だったかもねえ。

昨日、近所の小道からオートバイが出てきて少し大きな道へと勢いよく出て行った。若い20台半ばの首にタオルを巻いた男が運転していて、後ろの座席には2、3歳くらいの小さな男の子がこれまた首にタオルを巻いて、その父親の腰の辺りにしがみついていた。

え、何、これ。男があまりに当然という顔で走って行ったので呆然とし、はっと気づいた時にはもう見えなくなっていた。3歳の子がしっかり掴まっていられるはずがない。そんな力はない。私にだってない。カーブを曲がっただけで振り落とされるではないか。おまけにノーヘルだ。

110番した。事件ですか、事故ですか?事故の予防です。かくかくしかじか。
ナンバーは?ごめんなさい、見てません。オートバイの色は?恐らく黒のような気がしますが…。服は?黒っぽかったような。遭遇した時間の場所と方向だけしか伝えられず情けなかったが、周辺を見回ってくれるとのことで、やれやれ。その後、事故のニュースがなかったので大丈夫だったと胸をなで下ろしたが、恐らく父親なのになんてことを考えるのだろうねえ。携帯にはずらっと警察が私の居場所を探した跡が残った…。もしやワタシが要注意のマーク付きにはなってないでしょうね。

さきほど、近所の公園でもおかしなものを発見。運動場に沿っておかれた15のベンチのうち、14のベンチに1人ずつ上半身裸になった男たちが寝そべって日を浴びていた。それもさほど若くないおじさんたちのように見えたのだが、皆さん、仲間なのだろうか。その横のテニスのグラウンドでは長袖にアラブの女のように顔の殆どをマスクで覆った女性たちがプレイしていた…。

おかしな世の中だねえ〜。というか、こういう変なことに頻繁にぶつかるのはひょっとして私だけ?

工事は何とか無事に終わった。
問題は終わらないけど…。
北側の部屋の照明がおかしい。2秒ほど点灯して消える。

隣のユニットの兄ちゃんは口をとがらせて仕事があるのにまた立ち合いだよと訴える。
電気工事会社が金具を電線に突き刺したまま天井を閉めたらしい。東電に来て貰いやっと判明したとのこと。1週間、電気製品が使えなかった上に放電していたので電気代が4万円というから大変だ。
ウチも同じなのかなあ。

工事会社に言わせると、電気の線もスイッチも調べたが問題ない。管球か、照明器具かも…よく分からないという結論だった。管球は黒ずんだところもない。照明器具も工事に入って数日はちゃんと点灯していた。それが数秒だけ点灯するようになるって何だろう。

まあ、連日の力仕事で全身筋肉痛。よろよろなので当面は見ないふりをする。

それにしても最大の驚きは自分。すっかり呆れてしまった。
缶詰、瓶詰めは溜め込んでいるのは分かっていたが、この私、なんと巨大なスポーツバッグにぎゅう詰めにしても入りきれないほど多量の紅茶、珈琲を初め緑茶、麦茶は言うに及ばず、クマザサというおかしなものまでありとあらゆる茶葉の類を溜め込んでいた。誰が飲むんだこんだけ…。100歳まで生きてもとても消化できない…。

もちろん、古そうな物も混じっている。
こわごわ飲んでみる。まず1、2回飲んだらしく缶を開けた形跡のあるFortnum & Masonのフルーツティの茶葉。不味い。躊躇なく捨てられる。嬉しいねえ。ついで同じくFortnum & Masonのアールグレイ。不味くはないが香りがねえ。味をチェックしつつついでにクッキーを食べながら休憩に入る。これも捨てようっと。後悔せずに捨てられるって素敵w。ホント、馬鹿だねえw。




xxxxフに本を段ボールで3箱送った。ゴロゴロを引っ張って近所の店舗には4回通ったが、合計で500円にもならない。きれいなものを選んだんだけどねえ。古い本は大量に資源ゴミにも出してすでに後悔しているのだが、誰かに読んで貰う方が良いに決まっているし、いずれにしても重くて音を上げ、ネットで連絡して取りに来て貰うことにしたのだが…。

ネットの案内を読むとどうやらAmazonの箱ではダメなようで、箱の中身を入れ替えたり、隙間がないよう詰めたり、間には緩衝材を挟んだり、やっぱりこっちも面倒臭い。やれやれ、ようやく出したと思ったら、

xxxxフから本人確認未完了のメールが…。ネットで住所氏名年齢を登録するのだが、読み方を変えて登録した。ばれたか。どうやってばれたのだろう。もちろん、慌てる乞食は貰いが少ないの格言?通り、急いでいると碌な事にはならない。調べると箱の中に本人確認の書類のコピーを入れ忘れていたのだった。そんな必要があるとも知らなかった。読み飛ばしていたのだ。

で、登録名を訂正しようとしたら、パスが分からない。メモしたはずなのに、騒動でどこかに消えている。パスを探して右往左往、結局、自動保存されていてログインでき、登録名を書き直したのだが、別に郵便局からの葉書で確認する方法があることが分かった。

指示通り、本人確認の書類のコピーをアップロードするなど、とんでもない。ネットでは必ず漏れると思っておいた方が良い。で、氏名を元に戻したw。この間、約2時間。このドタバタリノベーション騒ぎの真っ最中、まだ台所も、洗面所もほぼ手つかずの状態で食器類もこれから箱詰めしなくちゃいけないのに…。あ〜あ、疲れた。

と、さらに時間を費やしてブログを書くワタシってw。

[追記あり]少し前だが日本語を読めない人が成人の約3分の1もいるという記事を読んだ。

記事の要約によると

日本人のおよそ3分の1は日本語が読めない。

日本人の3分の1以上が小学校3〜4年生の数的思考力しかない。
パソコンを使った基本的な仕事ができる日本人は1割以下しかいない。
65歳以下の日本の労働力人口のうち、3人に1人がそもそもパソコンを使えない。
らしい。

これでも先進国の中で1番良い成績だと言うからそんなバナナと言いたくなるなのだが。

今回のリノベーションでほとほと困っている。そんなバナナではなさそうだ。ライン世代は字を見ると拒否反応を起こすらしい。

読めないどころか、意味が理解できないのか、どうせ1年弱のパートだからといい加減なのか、面倒だからか放置するのか、ここは日本か、米国か、はたまたイタリアかと天を仰ぎたくなるひどさだ。トイレのリノベーション時の二級建築士がこれまでで最悪だと思ったのだが、上には上が、それも集団でいた。

1回目の相談でガス給湯器の場所を物入れの中にして欲しいと要望した。ちゃんと用紙に書き入れていた。次に給湯器のサイズをやはり一人だし、大きくなくて良いとサイズの変更に行って、サイズと場所を確認した。2回めも担当者はメモしていた。

なのに、送られてきた確認書には全く違う標準設置の場合の図面が入っていた上にサイズも変更されてなかったので、要望と違うので差し替えて欲しい旨、告げに行った。立ってどら焼きを食べてる事務員がいて仰天した。もちろん何も言わなかったが。どら焼きではないベテラン事務員のような女性が応対してくれ、すぐに変更するとのことだったが、

翌日届いた、差し替え用の図面は、変更されていない、全く同じ物だった!

病院で2科受診し、薬の追加が有り、美容院は満員で断られたので(先週は休日の札を出し忘れただけだった。つぶれてなくて良かった)、気分直しにデパ地下で食事し、買わなくて良い物を買って疲れ果てて帰ってきて一休みと思ったらこれだ。営業時間が終わるのでまだ見てない相棒の再放送があったのに諦めて、またしても事務所に出向き、ついでに壁紙その他の選択をしていたら娘から帰るコールが有り地下鉄駅まで。疲れて果てていたが愚痴を言う相手は逃せないw。結果、14000歩強歩いてしまった。

寸法まで測った箇所のリノベーションも記載されてないし、その他出るわ出るわ。日本はどうなるのだろう。

そして、私って、あちこち故障があっても元気なのかなあ?掃除を省いてエネルギーを溜めてるのよ、きっとw。

しかし、どうして1回ですっきり終わるのが普通のはずなのに、こうなるのだろう。これは私の星が悪いのだろうか。私の山姥のような髪はいつきれいになるのだろうか…。

昨日、最初の一式と、差し替えと称して渡された2回目の同じ一式を渡したのだが、証拠に取っておけば良かったかもと、意地悪な気持ちが沸いてきた。さて今日はどんなものが届くのだろう。

[追記:届きましたよ、3回目の差し替え。正しい方に直っていたが、残念、違う方の経路はそのまま残っている。疲れたからもういいやと思ったのだが、娘から現場はその図面をみて作業するのだから間違われる。ちゃんと言うようにと指示がでたのでw、今日イヤだけど仕方ない。嫌がられるだろうけどまた行かねば。日本人だからか嫌われたくないという気分がどうしてもあるのよね、きっと、ワタシにも。]

さっきから寒暖計を探している。いつもテーブルの上に乗せてある小型の物だ。昨夜も手にとって見たのは覚えている。テーブルの下にもないし、椅子の上にも下にもない。ぐるぐる周辺を探すがない。

最近、この家には四次元の穴があちこちに開いていると確信するようになった。ワタシが手に持つと、次の瞬間、消えてなくなる。そんなに私が嫌いなのか、ムッ。そして大捜索しても出てこない。捜索を止めると、馬鹿にしたように姿を現すものもあれば、永遠に消えてしまうものもある。

諸行無常だw。

先日など、半分食べたアボカドが冷蔵庫から脱走した。朝、半分に切ったら傷んだところがあったので傷んだ部分を取り除いて食べ、残り半分をラップでくるんだ。昼、残りのアボカドを食べようとしたらない。冷蔵庫、冷凍庫、野菜室、肉用の所まで何度も見たがない。ゴミ箱も見た。朝のゴミの袋にはちゃんとアボカドの種と半分の皮と傷んだ部分も入っていたが、ラップで包まれた残り半分はなかった。

今に至るも出てこない。物見高いどこにでも首を突っ込み何でも見つけ出す孫たちが変なところにあるアボカドなら騒ぐはずだが騒がなかった。連中はアボカドは嫌いだからお腹の中に入った恐れはない。やっぱり四次元は存在するのだ。

ワタシが消えたら、あ、四次元の穴にはまったと思ってね。

大きなトラブルの第1弾目が生じた。

互いの友人や家族との関わり方に結局は起因していたと今になって思うのだが、井戸の中の蛙よろしく衝撃だった。といってもたいしたことではなく私が甘ちゃんだったと言うだけの話なのだが…。

食事から戻り翌日の日程をさらっておこうと思ったら資料がない。苦労してプリントアウトした詳細な時刻表や現地情報、ホテルを記載した路程表がない。キャリーバッグやバッグ、服、コート、どこにもない。日傘もなく水のペットボトルもないことに気付き、ようやく、忘れないよう、居酒屋のカウンターに、目の前に置いたことを思い出した。ホテル代など私がいくつかカードで支払い済みなので後でまとめて精算を提案したのだが、嫌がった彼女とレジに立った状態でお金のやりとりをして、つい目の前に置き、忘れてしまったのだ。

すでに9時過ぎ、外は暗く、地方都市の夜は早い。おまけに場所はうろ覚えの上、領収書を貰ってないので店の名前も電話番号も分からない。一人では行き着ける自信がない。

ごめん、さっきの居酒屋に忘れ物をしたみたい。悪いけど一緒に行ってくれない?
イヤよ。自業自得じゃないの。一人で行きなさいよ。

こう言われても、まさか本気で拒絶してるとは全く思わなかった。私なら100%ついて行く。来なくて良いと言われても心配性だから一緒について行く。K子やドライなN子でもしょうがないわね、と言いながら一緒に来てくれるはずだ。

お願いを何度か繰り返したら一緒に行ってくれたのだが、店が見えるところで「自業自得、さっさと一人で行きなさいよ」。で、帰り道、ホント、迷惑なんだからとか、脳みそが足りない上に心臓が悪いと分かっていたら一緒に来なかったわよ、と罵詈雑言。どこでも良いから連れてってとしつこく頼んだことはすっかり忘れている。で、その後も旅の終わりまであなたには迷惑を掛けられたと何度か繰り返された。

いやあ、大変な人がいるものだ。こんな言葉遣いをされたことも初めてだったので呆然とするのみ。長年の知り合いだし、食事をしたことも何度かあるし、電話も何度もかかってきたりで、ある程度分かっていたつもりだったが、人って分からないねえ。

イビキなんてしないわよとの仰せだったけど、もちろん、しっかり悩まされた。彼女の家族は全員イビキが凄くて、孫までイビキかくのよハハハと旅の後半でぽろりと白状したのだった。

別れるとき、言いたいことを全部いってすっきりした。なんだかんだいってもとっても楽しかったと彼女は上機嫌で去って行き、その夜と翌日にも電話が来たのだから喧嘩別れしたのではないが、もう一緒の旅行はしない。すっかり懲りた。来年、長期海外旅行を予定していてその予行練習のつもりだったのだが行って良かった。

驚きの連続だったが、一番イヤだったのはその他諸々の彼女の攻撃的な言葉ではなく、生活習慣だった。椅子に立て膝して食事をし、その姿勢で歯間ブラシを使い、挟まった食事かすの汚れた丸めたティッシュを幾つも並べて出発時までおいておき、タオルなども丸めてそこらにポイ、白いシーツの上にキャリーバッグを直接置いて車輪の跡をつけ、思わず私が手でその跡を払うと、手が汚れるわよ、どうせ掃除するのだからきれいに使う必要ないわよと言い捨てたこと。

早くに両親と死に別れ、養女となったが小学生の時に家出したというから随分、辛い人生を送ってきたのだろう。それで過度に自分は、自分はとあらゆることに反骨精神を発揮して頑張ってきたのだろう。私はこうやってお金を貯めたのよと、せこさ満載だったのも、プライドが過度に強いのも、何でもあからさまに自慢するのも理解できる。

そして、理解できるなどと思う私は叩きつぶしたい相手だったのかも知れない。離婚以来、一人で何でもやってきた私と相通じる所があるのかもしれないと反省する。一応、世間並み礼儀作法をうるさく仕込んでくれた両親、反抗ばかりしていたが、愛情を掛けてくれた両親を心からありがたいと思ったのだ。





IMG_3344[追記有り][少し手直ししました]
これまでに経験したことのない身心ともに疲れ果てた旅となった。

旅の仲間選びは慎重にが今回体で覚えた教訓。彼女とは興味や好み、価値観、生活環境が全く異なる。そういう人との旅は、長年の付き合いではあるが大変だろうと予想していたが想定以上だった。そういう意味では全く予想のつかない考え方や行動をする人がいると分かったのは収穫だし、面白かったのだが、へとへとだ。ガンダルフでさえ失敗したのだからワタシが失敗するのは当たり前かもしれないが。

恐らく、長く記憶に留まる忘れられない旅になったのではないか。ってことは旅は成功したってことにしておこうw。

まず出だしが悪かった。
台風24号の凄まじい風のせいで眠れぬ夜を過ごした次の夜、早寝するつもりがOutlookで作成した路程をチェックし、バラバラになっていた表を整えようとしていて消してしまった。CR+Zが効かないなんてひどい、でやり直し、印刷しようとしたら、プリンターが反乱。1度に数枚が、それも上がひな壇状態に重なって出てきて、時間を食ってしまった。ワタシの睡眠時間は…4時起きなのに…。

寒かったり暑かったり、全く変な天気が続いているので服が定まらない。半袖から軽いセーターまで積み込みキャリーバッグが重い。大きめの肩から提げられるずた袋のようなバッグを持っていく予定だったが軽いショルダーに変え、大急ぎで家を出る。走って予定の地下鉄に乗れたが、大手町で一旦しまったドアが開き、そのまましばらく待たされ焦る。東京駅に到着時点で発車まで10分少々しかない。全力疾走となる。丸の内側から東海道新幹線まで普通に歩くと10分近くかかるのだ。なぜ旅の度に走る羽目になるのだろう…。不整脈を抱えているというのに…。IMG_3351

乗換駅の岡山で早いが駅弁を購入する予定を立てていたのだが、彼女は食べないという。彼女の希望で坂出の東山魁夷美術館ではなく丸亀城を目指すことになったのだが、イサム・ノグチ庭園美術館を3時に予約しているので時間が切迫している。列車の中で食べるしかなく、丸亀では食べる時間はないと説明したし、昼には間があるが朝が早かったので十分時間は経っているのだが12時にならないと食べたくないらしい。丸亀−高松間では乗り換え予定で食べる時間がないのだが。仕方なく岡山のお気に入りの駅弁を諦め、丸亀城へ。現存12天守の1つとして有名な城だ。石垣が美しい。そしてお腹が空いたと彼女。知らんがな。あんな坂、こんな坂と、非常に険しい坂と続いて天守への転げ落ちそうな急階段を上り(荷物は置いて両手で手すりを握ってよっこらしょ。怖さでは松本城のの勝ちw)、庭を少々巡り丸亀駅でお握り1個と野菜ジュースを購入。美味しくない、悲しい…。

作品替えで休館中だったが1階は覗けた丸亀駅前の猪熊玄一朗近代美術館 ↓
 
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IMG_3377高松市中心部のホテルに荷物を置き、八栗のイサム・ノグチ庭園美術館へ向かう。2回目だがせめて石塀なりと触ってエネルギーを貰いたいのだがここは写真も触れることも一切禁止なのだ。時折強い日差しが照りつける。暑い。庭の彫刻は前回とかなり入れ替わっている。展覧会に貸し出すかららしいがこんな重たい作品も出すのね。前回同様、庭の木々や庭から見える外の風景を撮っても良いかと聞き、同じく拒否される。彼が選んだ形の良い樹木が好きだし、美意識がよく分かる土蔵なんだけどなあ…。IMG_3378

中心部、瓦町で夕食にしようと、仕事帰りらしい女性に聞いて美味しいという居酒屋に入る。店主は感じよくかなりの流行の店らしかったが、残念ながら鶏のチーズとトマトで調理した品が劇マズで四分の1ほどしか喉を通らず。彼女も味が濃いと残す。店主はここは男性客が殆どだと言ったが、若くもない女性好みの味では無かったと言うことね。この旅は食べ物に見放された旅となるような予感が…。

そして、夜が来た。再び眠れぬ夜がやって来たのだった…。

IMG_3352[追記] 今朝のニュースで丸亀城の石垣が10月8日、9日にかけて大きく崩れたことが報じられていた。庭の一部が先の台風で崩れたとの看板は見たのだが、死傷者は出ていないようで良かった。鋭角の美しい石垣だったが…。崩れたのはこの部分かも

https://news.infoseek.co.jp/article/mainichi_20181010k0000e040193000c/


写真はクリックすると大きくなります。
22,115歩 

[追記有り]母の施設のホールに大きな張り紙がしてある。つい先月掲示されたばかりだが、あまりにあまりなのでケアマネさんに聞く気にもなれなかったが、今度は支払窓口にはもっとえげつない張り紙が張り出されたので聞いてみた。

ホールにあったのは、ここは振り分ける場所だから3ヶ月で他に移って貰うという告知で、系列の他の施設名が列記されている。支払窓口に掲示されたのは、長くいると公的に適用される金額が10人で1ヶ月10万円、20人だと20万円減少するので、病院に移す。これまで医師が軽い病気であれば点滴などの医療を施していたがもうしないという宣言書だった。

この施設は、前にいた施設から区の指導が入って長期に収容できないからすぐ出て行って欲しいと言われ、十数カ所回ったあげく、ようやく見つけた施設で、移る際には看取りまでやるので安心して下さいという話だったが、誓った担当者はとっくに移動となっているし、どうすることもできない。

ケアマネさんの話では、経営者が交代し、収益アップを目指しているとのことで、体調を崩して寝込んだら最後、系列の老人病院に送り込まれるという。数日入院させるといって何人か既に移されたが、1ヶ月過ぎても誰も元には戻されていない。ただ寝るだけの生活に入ると高齢者は急速に弱る。今のうちに次の施設を探した方が良い…。

[追記するが、母の施設はいわゆる老健という要介護度が2から4の高齢者のための施設で、毎日のようにリハビリを兼ねた遊びの時間があり、週に何度か個人のリハビリがある。そのため、母は自立できなくなって入所して5年になるが、いまだに車椅子からベッドへ移ることが出来るし、耳が遠い上に認知症ではあるがある程度話は通じるし、色塗りや習字もやっている。ここにいる人たちは寝たきりの何も分からなくなった死を待つだけの老人たちではない。それなのに…だ。]

老人は物ではない。利潤を上げるために移すって、老人が変化に弱く、環境が変われば弱るとよく知りながら医者でもある経営者がそういう判断を下す。なってこった。前の経営者は理想を求めたが、新たな経営者は金を求める。そういう簡単なことなのだが落ち込むねえ。

高齢化で社会保障費が増大の一途を辿っている。分かってまんがな。何とかしなければ社会が持たない。仰せの通り。で、政府は自宅介護推進へと舵を切った。まあ、当然、そうなるだろう。しかし、自宅介護は大変だ。24時間、気が休まらない。ヘルパーさんを頼んでもそれは介護の一部でしかない。徘徊して事故、事件に巻き込まれると、世話をする側が責任を負う。本来なら働いて税を納めることの出来る壮年が親の介護で会社を辞め、税を納めるどころか保障を受ける側に回り、挙げ句の果て、疲れ果てて病気になったり、絶望しての親子心中に走る例も数多くでている。

家族が最後まで仲良く、それぞれ本分を尽くして平和に暮らすには、施設の役割が重要だと考えている。認知症となれば意志が上手く通じず、互いにいらつきし、お漏らしもある。食事1つとっても、拒否だの、誤嚥だの、家族と同じ食事をとれなければ手間も時間もかかり、当然汚すし、大騒動だ。そういう大変な部分をプロの方が担ってくれるから親子仲良くやっていける。ひいては社会の安定、安心して働ける社会へとつながると思うのだ。

また、なぜ日本の施設はもっと公共に開き、ボランティアを受け入れることをしないのだろうか。特別な場面だけでなく、日常的に手伝うボランティアがいればヘルパー不足も補えそうなのだが。何度か手伝わせて欲しいと頼んだが断られた。欧米では大勢のボランティアが入っている。話し相手や移動の補助だけでも助かるはずだ。入ってこられるのが嫌なら考えられる良い方法は他にないものか。

人生の最後のよりどころとなる施設がこんな状況なのだ。母は要介護3なので特養はまず無理だがあちこちにまず申請をだすしかない。我がマンションについては、来年早々のこの地区全体の大規模リノベーションに先駆け、来月には調査が始まる(積み上がった荷物が大問題。どうしよう)。そして修繕が必要なのは建物だけではない。私個人の検査もいくつか入った。月初の旅行の予約も済ませたというのに、急速な展開に目が回りそうだ。怠惰なドラマ漬けの生活が一気に変わりそうだ。

外は雨。台風が接近中。川からも海からも遠い平野の5階に住んでいるからありがたいことに大雨注意報(警報に変わっていた)が出ているが雨に備える必要はないが、風がコワイ。

強風注意報が出ている。
東側と北側にはマンションが建っているが南と西が開けている。かなり遠くまで高い建物がない。ガラスは強化ガラスらしいが、風速何メートルくらいまで大丈夫なのだろう。どの方向からの風になるか調べるがよく分からない。まだベランダの風はそよ風程度なのだが。

お嫁さんが子供たちを連れて実家に帰っているので(ありがたいことに三行半ではなく夏休みが理由だ)、息子と十何年ぶりかで二人で食事をする約束だったのが、明日に日延べになった。

買い物も済ませ、物干し竿などをしまい、ベランダの小さな鉢を風が当たらないところに移した。母の所には昨日行ったし、暇なので脳トレを始めた。

言語野は名詞の引き出しの鍵が簡単に見つからない、あれあれ状態で不便だが多少劣化した程度のようだが、どう考えても前頭葉の数字を扱う部分がひどいことになっている気がする。

数字が含まれるととたんに混乱し論理的に考えられなくなるから日付を間違えて出かけていったりするのではないかと妄想に耽ったあげく、毎日劣化しつつあるのなら、毎日計算問題をすれば少しは劣化のスピードを落とせるかもと思いついたのだ。

で、結果は無残だった。
計算問題の下に4つの答えが出るのだが、20問満点だったがFだった! Fって落第じゃん。1問3秒かかってないのだが。50問のテストをやってみた。急いだが2問間違えて今度はEだった。ひえ〜。焦ると似たような数字が並んでいるので、クリックするのを間違える。そんなに素早くクリックできないよ〜。

何回かやってみたが、Dが最高だった。急ぐとすぐに錯覚して間違いが増える。勝手に指が動くw。

簡単な小学校低学年の問題に突っかえるのだからこりゃ真正認知症まで時間の問題だね。という心の声に、もう一人のワタシは、いや、簡単に諦めるな、小学生の頃から計算問題でよくポカをやり、応用問題で点数を稼いで埋め合わせていたではないかと叱咤激励しているのだが、さて、どうなりますか。乞うご期待w。

[追記]:難読漢字だけA+そしてS♪がとれた。わーい。しかしあとは悲惨…。やっぱり憶測が当たっていたような。
どうも台風の進路が岡山、広島
に向いているようだ。またかなりの雨が降るとの予報だ。まだこの間の災害からあまり日が経っていないのにどれほど恐ろしい思いをしていることだろう。可哀想すぎる。今度こそ早めに避難して欲しいが…。

IMG_3245[末尾に追記あり]

連日、暑い暑い東京。NHKの地図では毎日暑苦しい紫色に塗られている。外に出るのが恐ろしい。

 母の施設では面会が10時から19時までと決まっている。10時少し過ぎくらいに到着すると帰りは煮立った温度の真上からの強い日差しの中を帰る羽目になる。すっかり懲りたので、最近は夕方に出かけるようにしている。回数を減らして4、5日に1度訪れているのだが…。

先日、母が私の顔を見ると、「私、最近、よく涙が出るの」の言い出した。「しばらく来ないと、捨てられたと思ってしまうのよ」

ヤレヤレ。待つ人がいてくれるのはとても幸せだけど、ため息も出る。まあ、仕方ないよね。着くのが遅いので帰りは施設を6時半過ぎになった。玄関を出てすぐ忘れ物に気付き急いで戻ったらまだ7時には間があるのにすでに玄関には鍵が下り玄関ホールの電気はすべて消えていた。面会者は大抵、私一人。私さえ帰れば職員も早く帰り支度が出来るのだろう。すごすごと帰りながら、こういう施設の他の高齢者たちにも家族がいるのに、認知症であっても感情があるのに、4階建ての施設で面会者は私だけしかいない現実に少々辛くなった。同居の方が強く孤独感を感じることも多々あるだろうし、結局、高齢になって必要なのは孤独に耐える力、意志なのかも。高温注意報

帰宅時に階下の70代後半の女性と出会った。彼女は短パン袖無しで汗を垂らしていたので、まさかまだエアコンを入れてないなんて事ないわねと問いただすと、エアコンは故障しているという。毎年、彼女はエアコンをほとんどつけないのだが、いざつけようとしたら故障していたのだろうけどそのまま放置というのはねえ。今年の気象は異常だ。危険だ。非常に危険だ。高齢者は暑さを感じにくくなっている。食欲が落ちていると食事からの水分も取れなくなっているので尚更危い。

父の場合、エアコンを27度に設定しておいたのに、肌掛けとタオルケットの2枚にくるまって寝ていて熱中症で緊急搬送され、1週間入院した。本人は大丈夫だ、病院など行かんぞと私にすごんだが、その時には既に立ち上がれなくなっていた。

年上のしゃっきりと毎日飛び回っている元気な彼女に対して失礼なのは百も承知で、直ちに修理するか買うか、隣の息子宅(彼女は2戸所有なのだ)にいるように言ったら、息子は温度を下げすぎて寒いなどという。なら服を着込めば良いだけなのに、頭の良い人なのにそれでもエアコンの方が体に悪いと思い込んでいる。

もう、地球は異常気象の時代に入っているのだ。フィンランドでさえ41度を記録し、カナダでも70人もの熱中症での死者が出た。電力の供給は大丈夫だろうか。広域で停電が発生すると多数の死者が出るのだが。

[追記]日経の今日(7/23)の朝刊に関西電力が初の節電取引を行った記事があった。やはりこの猛暑で供給が逼迫し、17日と18日の2日間、工場休止の出要請を出し、10〜数十社が数時間の節電を行い、併せて18日は東京電力、中部電力から電力の融通も受けていた。各地で原発が停止しているため、古い火力発電所もフル稼働を余儀なくされており、今回も舞鶴火力発電所などでのトラブルがあり9日に停止したため、一層、逼迫したもの。

この異常な高温は何も関西や関東だけではなく、北海道を除く、全国で生じているので、夏の間、電力供給の綱渡りは続くと思われる。

この高温状態下で停電が発生すると、繰り返すが、多数の熱中症での死者が出るのは必至だが、それでもまだ原発の再稼働には、安全確認ができていても、絶対に反対なのだろうか。将来的には再生エネルギーに切り替わることが望ましいが、当面は両建てで行くしかない、他に方法はないと私は思うのだが。火力発電所を操業していることで世界から非難を浴び、京都議定書での契約に違反しているので高額な支払い義務が生じていることも無視できない大きな問題なのだが…。

山あり谷あり、楽しいことも美味しいことも、嬉しいこともありの大変な1週間だった。

このブログでは、ワタシ、もう十二分に成熟したのでw、楽しいこと、嬉しいことを主に収集しようと思っていたのだが、そうはいかないことも多い。楽しいことは後日御紹介するとして、先に、現在も困り中のやれやれについて。

火曜日に心臓CTを受けた。CTは数え切れないくらい撮影している。多分、多数撮影しているからか、2、3回前から1個とか2個のレベルなのだし、かゆいだけなのだが、発疹がでるようになっていたので、申告。月曜日からアレルギー対策の薬を1日3回、3日分を服用するように指示され、加えて、検査の3時間前にも別の薬服用するよう処方された。真面目に飲んだ。

CTの機械が新しくなっていた。それに付随して巨大な腕くらいある注射筒が2本セットされていた。今までは通常形態の点滴を受けつつだったが、一層、物々しい。それに医者でなくては触ってはいけないという薬剤も途中で投入。おまけに心拍数を抑えるという薬剤も2回投入。心臓を止めなければ良いわと言う私のジョークを誰も笑ってくれなかったけど、ジョークではすまなかったかも。

機械で自動的に頭の上に上げた腕に注入されるのだがドンという衝撃で驚いた。それが10cc注入された印だった。その後、心臓での血液の循環を調べるとのことで急速に大量を注入するという。ヒエ〜。だが今更逃げる訳にはいかない。入りますの声と共に一段と強い衝撃と1,2秒も経たずに全身に注射液が巡るのが熱さで分かった。血液って、随分速い速度で巡るのねえ。

無事に終わり、ばっちり撮影できましたの声を聞き、針が抜かれた頃から背中に痒みが。あ、出てきました。と言っているそばから、2個、3個…。なんと、抗アレルギー薬を2種類も服用したのにもかかわらず、全身に発疹という事態に。

昼抜きで、午後2時からだったのに、その後別室で点滴を受け、途中で食事をする気にもなれず家にたどり着いたのが夜の7時過ぎ。ああお腹空いた。何気なく手を見ると、おかしい。じっと見ると、薄い皮膚を通して、手の甲に多数の血が散ったような赤い斑点がみえ、新たな血液の筋が動くのも見えた。娘は毛細血管が増えて良かったじゃないと言ったが、それだけではなかった。

翌日、鏡を見てぎょっとした。頬に一面のそばかすが見事に散らばっている。誓って、ここにはなかったのに。

昔、息子を出産時に長引き、目の中も頬も毛細血管が切れたことを思い出した。若かったから元に戻ったけど、きっとこのそばかすはこのままここに永住するんだろうなあ。

そして、問題はそばかすだけではなかった。その後、朝食と薬を服用後、ほどなくして舌や口蓋、上唇がピリピリしびれ、腫れるようになり不整脈も…。その夜は妹たちや娘が美味しそうに飲んでいるお酒も指をくわえてパス。一人、悲しく大量のお水を飲んだのだった。

現在、降圧剤以外は服用をやめ、怪しい食材は、絶って原因究明に励んでいる。恐らく可哀想な肝臓が目一杯になったのだと素人判断し、昨日もぴりぴりと腫れがで、不整脈もひどかったので、肝臓様のため、余計なものは飲まない、食べない、服用しないぞと、今日は、ヨーグルトに加えていたジンに漬けたレーズンも、ハムもソーセージもパス。清く正しい、枯れたお婆ちゃんらしい食事をしたのだった。


不忍池積み上がる食器の嵩で時を知る。と駄作が完成w。

たいしたこともしていないのにまるで自分の尻尾目がけてぐるぐる回っているような日々を過ごしている内にすっかり時の観念が混乱してしまったようで、痴呆症の最初のテスト、今日は何月何日、何曜日にパスしそうにない昨今。

長年のフリーランス暮らしで、月曜納品が多かったので、逆算して、あと何日で何枚などと常に計算していたので、少なくとも月曜日はしっかりと頭に入っていたのに、今朝、目が覚めて、さて、今日は何曜日だったか分からなくなっているのに気づいて愕然とした。

ここのところ愕然とする事柄が多い、多すぎる。

金曜日にまたしてもやってしまったのだが、行きたくない、でも行かなくてはいけないと葛藤していて、何時に出なければいけないかと時刻表を調べメモに書いたのがそもそもの間違いで、まだだいぶ先のことなのに、いつの間にか身支度して出かけていた!行きの電車の中で、100から7を引く暗算をやり、逆に足してみて、まだ大丈夫と思っていたら、とんでもなく大丈夫ではなかった。

大丈夫ではない間違いだったと気づいて愕然、上の娘に大変だあと愚痴をこぼそうと電話をすると、出先だったので、事の顛末をメールで送信、ついで上の娘からメールが来、返信して訴え、そこへ下の娘からびっくりマークが到着。早々と連絡しあったと思っていたら、これまたそうではなかった。

3者入り乱れて何が何だかの状態となり、通信の混線かと思ったら、上の娘にメールを打つときにRちゃんと宛先に入れたつもりが何とタイトルに入れて下の娘に送っていたことが判明。なんでやねん。慌て者が慌ててやるとこうなる良い見本となった。あ〜あ、葬式の時の笑い話をまた1つ提供してしまった。

その日どう考え、どう動いたか考えてみると、心の動きも体の動きも覚えている。筋道をたどれる。全く違った筋道だったがw。これは痴呆症の初期症状なのか、痴呆症でも覚えていられるのか、う〜む、謎は深まるw。

娘からのメールに、要するに天気が良いから出かけたかったのねとあったがその通りだったような。山積みのやるべき事にウンザリしていて外出する理由を内なるワタシは探していたということなのかも。

折角なのでそのまま上野へ。普段は足を踏み入れない反対側へと、不忍池を半周し、横山大観記念館へ。旧宅と庭園が国指定文化財で、庭は自然で気持ちよい。巨大な大島桜が数本。これは見事だ。白梅と椿が咲いていた。展示されている作品は多くない。おまけに背中がぞくりとするような作品はなく、かなりがっかり。エラソーでとんでもないワタシだけどしょうがない。北斎の素晴らしい作品群がまだ目に残っているのかも。

美味しい果汁を求めて松坂屋地下を徘徊、座りたかったが立ち飲みだった。そこへタイムセールの呼び声が聞こえてきた!たちまち行列が出来る。思わず並んで刺身を手に入れ、下の娘と時間を合わせて駅で待ち合わせ帰宅。お刺身を見せるとつまり半額と見せかけ元値で買ったのかもよと水を掛けられ再度のがっかりだが、天気の良いうららかな日に散歩が出来、美術鑑賞も建物や庭、調度の鑑賞もでき、娘と一緒に帰ることもでき、夜のおかずも手に入れ、結局はとても良い日だったのだw。やるべき事もお皿も積み上がったがw。

11688歩 

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