2012年09月09日

横須賀譲二お別れ会

c1e10e48.jpg8日 晴

午前中、両国へ。国技館「土俵まつり」。先日の「いにしえ相撲語り」で永谷社長からお誘いを受ける。
ほら、落語に出て来る「十日の相撲を十二日見る」ってやつ。いまは十五日だから十七日か。
親方、三役力士、維持員が土俵を囲む中、神主が儀式をするのを、一般客は桟敷からながめるだけ。このあとのちゃんこが楽しみなんだろうが中座。

昼、池袋へ。茶館にて「横須賀譲二お別れ会」
50歳だって。そんな早く死んじゃ駄目だよ。
前半、権太楼師と。横須賀氏は権太楼師を親父のように慕っていた。昔、権太楼・琴柳の会やってたって。権太楼師が見習いで、琴柳師が素人の頃、「権太楼・琴柳方南町の銭湯の出会い」の話とか聞く。
後半は、編集K氏らと。横須賀氏の死は平岡正明さんとある意味同じパターンだった(死因)というような話。皆、早くに死ぬ。3時退席。

※横須賀譲二、1961〜2012。東京目黒の生まれ。目黒高校中退。平成11年、なぎら健壱、春風亭昇太、橘家文左衛門らと「やきとん愛好会」を結成。やきとん落語会を開催し、その成功を機会に、オフィス唐茄子屋を設立。唐茄子屋落語会などをプロデュース。いまなら普通だが、地域寄席とか勉強会じゃない、中堅真打の独演会や二人会で商売として成り立つ落語会を多くプロデュース(成り立たないこともあったろうけど)。メディアで落語ブームなどと言われる前段階の下地作りに勤しんだ。当時の二ツ目でユニットを組んだ「大江戸台風族」では当てそこねる。今秋発売のCD「講談かぶら矢会」のプロデュースが最後の仕事になった。

副都心線と田園都市線を乗り継ぎ。

夕方、青葉台。青葉台コミュニティハウスで、「ガリバーウエハース」稽古。

10時帰宅。帰ったら、デンママが来ていた。
ganbaresinsaku at 02:40│Comments(0)TrackBack(0)人生 

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