『初雪の恋〜ヴァージン・スノー』『アートで候。 会田誠・山口晃 展』

May 20, 2007

『パッチギ! LOVE&PEACE』

f770103a.jpgみなさんが気にしていることを、ここにハッキリと書く。内容の問題ではなく、映画としての出来の問題である。

『パッチギ! LOVE&PEACE』を観れば、いかに井筒和幸監督が、映画の手練(てだれ)かがわかる。メリハリの効いたカメラワーク、たたみかけるようなテンポ運び、一切をダレさせない編集のキレ、そしてわかりやすい台詞、わかりやすい演技、わかりやすい人物造形…。そう、あの引きっぱなしでサービス精神のないカメラワークや、ダレた会話やまわりくどいシーン、自主映画のように意図のよくわからない回想シーンでいっぱいだった『俺は、君のためにこそ死ににいく』と比べものにならないほどの「映画的完成度」である。どっちが「上手い監督」かは、誰の目にも明らかだろう。

だが、しかし、である。この、あまりにも「上手すぎる」「ソツのない」映画的展開は、どうにもこうにも観客を置いてけぼりにしてはいないだろうか? というか、あえて言わせてもらえれば、ほんとうに井筒和幸は、この映画を撮りたくて撮っているのだろうか? もちろん、本人にそんなことを言えば「アホいうな!」と一喝されるのかもしれないが、たとえ本人がそう思い込んでいたとしても、結果として出来上がったものは嘘はつかない。

皮肉な話であるが、この映画は、映画として見やすく、わかりやすく、つまり、うまく作られていればいるほど、その三代続く在日朝鮮人一家の苦難と格闘と感動の物語は、つるつると上すべっていくように思える。料理に例えると、まるでファミレスの定番メニューのようである。それは、見た目もよく、おいしく、お腹もそこそこ満腹になる。しかし、クセもなければ、シェフのこだわりも感じられない。それで、ほんとうにいいのだろうか?

戦争から戦後、そしてほぼ現在に向かっての、在日朝鮮人の苦しみや理不尽な差別に対する怒りや抵抗のメッセージは、確かにこれでもかと込められている。そういうメッセージを発しつづけるのは大切なことである。しかし、この『パッチギ! LOVE&PEACE』では、それがまるで「教科書」のように綴られているだけだ。ほんとうに怒りが、ほんとうにこだわりがあるのならば、たとえ、映画の形が破綻しようと、物語が意味不明になろうと、観客をおいてけぼりにしようと、その思いを突出させて描くべきではないのか。いや「描くべき」というより、うっかり「そう描いてしまった」作品こそが、ほんとうに新しく、力強い映画になるのではないか。

井筒和幸は、そもそも、そういう「自主映画的表現」をいちばん毛嫌いする監督であるというのは、わかっている。できないこと、やりたくないことをやってくれというのは、無茶な願いである。

しかし、石原慎太郎にケンカをしかけたのは、あくまで井筒監督の側である。ケンカを仕掛けた以上、死ぬ気で取っ組み合って欲しい。けれど、残念ながら、この『パッチギ! LOVE&PEACE』は、いささか流行遅れな例えでいうと、亀田毅興のファン・ランダエタへの子供じみた挑発のようなところがあるのが残念だ。『俺は、君のためにこそ死ににいく』の、国家に対する犠牲や殉死を賛美するという価値観は、確かに危険で退廃的かもしれない。しかし、あの映画には、それを狂信的に信じる石原慎太郎のいびつなこだわりが、得体の知れないインパクトをそれなりに残していた。

「敗戦後の降伏条件を有利にするためだけに特攻をかけるのだ」と断言する指令官の異常ぶりや、何度も戦闘機の故障のために舞い戻ってしまい、上官から罵倒される筒井道隆が、今度こそ最後の出撃のつもりで飛び立ったものの、また故障のために墜落して無駄死にする描写など、全体としては問題はあるが、ところどころで突出したシーンがあった。そして、ボクは、ハッキリいわせていただくと、うまく、よく出来た優等生的映画より、そういういびつな作品のほうに肩入れしたい。

すくなくとも、ボクの目には、前回の『パッチギ!』にあったような、マイノリティながらも人間的魅力にあふれた人たちを描くことに対する情熱というか、こだわりが、『パッチギ! LOVE&PEACE』には感じられなかった。

むしろ、井筒監督の興味は、中村ゆりを中心とした芸能界(映画界)の内幕を描くセルフパロディをやることに異常に傾いてるように思われた。とはいえ、それもまた、北野武が『TAKESHIS'』で描いたような凄まじいものではなく、いわゆる紋切り型の業界裏話でしかない。新しい描写など何ひとつなかった…。

『俺は、君のためにこそ死ににいく』と『パッチギ! LOVE&PEACE』は、イデオロギーは違えども、どちらも多分に「感動の押し売り」的な要素のある作品である。俳優陣は両方の作品とも立派に務めを果たしている。どちらが、いいとか、悪いとかいう筋合いのものではないかもしれないが、あくまで井筒和幸がケンカを仕掛けた以上、ここで一観客なりの判定を下すしかない。この勝負『俺は、君のためにこそ死ににいく』の勝ちである。たとえ、興行的に負けたとしてでもである。

gandhara_eigasai at 02:00│Comments(2) 所感 | しまだゆきやす

この記事へのコメント

1. Posted by 田中   June 12, 2007 10:09
5 戦争を考えるために、小林よしのり著『戦争論』を読んでみてほしい。
ここが考えるスタートだと思う。
2. Posted by 朝鮮総連のプロパガンダ映画   June 30, 2007 12:04
この映画は朝鮮総連のプロパガンダ映画だと思います。

なぜ此処まで日本の歴史を卑下して、在日を持ち上げる必要があるのか全く理解できません。パッチギで語られている歴史観は方一歩の一歩通行の歴史観で、公平さを全く欠いています。。

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