歌手の日野てる子http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/7088/106hinoteruko.htmlさんが亡くなった。享年63歳。あまりにも早く無常な彼女の訃報に、オレはやり切れない思いで愕然としている。日野さんはハワイアンソング出身で、「夏の日の想い出」という曲がミリオンセラーとなり、紅白に何回も出演している。

古くから彼女のヘアメークを担当していたMさんがオレと親しくて、その縁で紹介された。彼女の出演しているショーを見に行って楽屋にもお邪魔させてもらったが、「奥さんはいいけど先生は外にいて!」とけっしてメーキャップしているところを見せないシャイな人だった。
静岡でショーがあった時もわざわざオレの家を訪ねてきてくれ、大きな花束を「これ奥様に」そう言ってにっこり微笑んで帰っていかれた。細やかな気配りとやさしくを兼ね備え、実に理知的で、そしてきれいな女性だった。
オレとは時々手紙を交換する程度の仲だったが、必ず自筆で(字もきれいだった)書いてきてくれた。ところがここ数年手紙を出しても返事がなくなっていた。訃報の記事では5年前から肺がんと闘っていたらしい。
そうだったのか・・・
家族に見守られながら、静かにひそやかに旅立っていかれたんだ・・・と思う。彼女のあのモナリザのような笑顔を思い浮かべながら、心から彼女のご冥福を祈りたい。

古くから彼女のヘアメークを担当していたMさんがオレと親しくて、その縁で紹介された。彼女の出演しているショーを見に行って楽屋にもお邪魔させてもらったが、「奥さんはいいけど先生は外にいて!」とけっしてメーキャップしているところを見せないシャイな人だった。
静岡でショーがあった時もわざわざオレの家を訪ねてきてくれ、大きな花束を「これ奥様に」そう言ってにっこり微笑んで帰っていかれた。細やかな気配りとやさしくを兼ね備え、実に理知的で、そしてきれいな女性だった。
オレとは時々手紙を交換する程度の仲だったが、必ず自筆で(字もきれいだった)書いてきてくれた。ところがここ数年手紙を出しても返事がなくなっていた。訃報の記事では5年前から肺がんと闘っていたらしい。
そうだったのか・・・
家族に見守られながら、静かにひそやかに旅立っていかれたんだ・・・と思う。彼女のあのモナリザのような笑顔を思い浮かべながら、心から彼女のご冥福を祈りたい。
リーマン・ブラザースがついに破綻した。サブプライムローンなどの過剰なデリバティブを展開して大きく焦げ付きを発生したが、アメリカ政府が公的資産の投入を拒否した為に立ち行かなくなってしまった。オレにはまるで大蛇がのた打ち回って苦しんでいるようなおぞましい光景にも見える。
この大蛇がおとなしく死んでいくのか、更にのたうちながら世界中に大きなツケを残して息絶えるのか定かではないが、オレには後者のような気がして心配でならない。
株とは元々オランダの東インド会社が発祥といわれている。イギリスや、オランダなどのヨーロッパの国々が、アジアなどを植民地として支配し、香辛料や金銀などを略奪する為に多くの船を出した。それらの船が、沈没や海賊船に襲われたりした。その為、リスクを分散する為に沢山の金持ちから金を集めたのだ。いわば、ヨーロッパの大金持ちの資産を保全する為に生まれた投資のやり方が株の発行なのだ。そもそも株の発祥からして血塗られていたんだよ。
それが最近はヘッジファンドと云って何人かで投資機関を作り、金融機関から資金を借りながらレバリッジを仕掛け、デリバティブといわれる金融派生商品を作り出し、盛んに空買い、空売りを繰り返しながらキャピタルゲインを稼ぎ出す。それが世界経済を大きく揺るがす存在になってから久しいのだが、世界同時好況が続いていた為に、その大きな落とし穴に目をつぶっていたのが、今の状況を招いてしまった。
日本の円が買われ、一時1ドル79円になったのもジョージ・ソロスが仕掛けた「クォンタム・ファンド」と云われるものだった。その当時、オレは株というのは怖いものだ。きっと世界は株によってもっと大変な目に会う筈だと、心の片隅に大きな不安感を感じていた。
それが、天下泰平の世が続き、我おめでた国民の間に個人投資家と云う名のにわか株主が増え、小銭稼ぎに躍起になっている姿を見るにつけ、オレの不安は増幅し、確信に変わってきていた。
そこにこの騒ぎだった。何でもかんでもアメリカに追随し、噂では400兆円というアメリカ国債を買わされ、油でも小麦粉でも、拉致問題さえことごとくアメリカに裏切られてきた。それでもまだアメリカに乗せられるままに悪魔のささやきとも云えるヘッジファンドに飛びついた日本。その代償はこれから更に大きく膨らむだろう。
この大蛇がおとなしく死んでいくのか、更にのたうちながら世界中に大きなツケを残して息絶えるのか定かではないが、オレには後者のような気がして心配でならない。
株とは元々オランダの東インド会社が発祥といわれている。イギリスや、オランダなどのヨーロッパの国々が、アジアなどを植民地として支配し、香辛料や金銀などを略奪する為に多くの船を出した。それらの船が、沈没や海賊船に襲われたりした。その為、リスクを分散する為に沢山の金持ちから金を集めたのだ。いわば、ヨーロッパの大金持ちの資産を保全する為に生まれた投資のやり方が株の発行なのだ。そもそも株の発祥からして血塗られていたんだよ。
それが最近はヘッジファンドと云って何人かで投資機関を作り、金融機関から資金を借りながらレバリッジを仕掛け、デリバティブといわれる金融派生商品を作り出し、盛んに空買い、空売りを繰り返しながらキャピタルゲインを稼ぎ出す。それが世界経済を大きく揺るがす存在になってから久しいのだが、世界同時好況が続いていた為に、その大きな落とし穴に目をつぶっていたのが、今の状況を招いてしまった。
日本の円が買われ、一時1ドル79円になったのもジョージ・ソロスが仕掛けた「クォンタム・ファンド」と云われるものだった。その当時、オレは株というのは怖いものだ。きっと世界は株によってもっと大変な目に会う筈だと、心の片隅に大きな不安感を感じていた。
それが、天下泰平の世が続き、我おめでた国民の間に個人投資家と云う名のにわか株主が増え、小銭稼ぎに躍起になっている姿を見るにつけ、オレの不安は増幅し、確信に変わってきていた。
そこにこの騒ぎだった。何でもかんでもアメリカに追随し、噂では400兆円というアメリカ国債を買わされ、油でも小麦粉でも、拉致問題さえことごとくアメリカに裏切られてきた。それでもまだアメリカに乗せられるままに悪魔のささやきとも云えるヘッジファンドに飛びついた日本。その代償はこれから更に大きく膨らむだろう。
昨日の朝、いつものように散歩してたら、目の前でいきなり真っ赤なスポーツカーが止まった。一瞬何事かとオレも身構えてしまったよ。そしたら窓がスルスルと開いて、「オーッ」となにやら聞き覚えのある声が・・・中をのぞいてみたらTさんだった。「どうしたのこれ?買ったの?」って聞いたら「オー買ったよ」だってサ。
Tさんはある農薬会社の会長をしていたが、去年退任して、Nベーカリーの株を買ってそのオーナーになったと新聞に出ていた。Tさんの家はオレの散歩コースの途中にあるのだが、そういえばこのところ顔を合わせてなかった。
毎日のようにTさんの家の前を通るのだが、納戸が締まっている時は大概奥さんを連れて海外旅行に行っている。何年か前に、チェコに行ってくるよと言うので、「それじゃあ、カルロビー・ヴァリというところに行ってホテルプップに泊まったら」とアドバイスをした。しばらくしてから「行ってきたよ。ホテルプップ中々良かったよ」って本当にオレのアドバイス通りに何泊もしてきたそうだ。その後も世界中を旅行してるという話だ。
年齢は60も半ばくらいになる筈だ。年に何回もの奥さんとの海外旅行、真っ赤なスポーツカー、カッコいいネ〜〜。オレは大賛成だよ。子孫に金を残そうとしたり、墓場まで金を持っていこうとしたりするとろくな事ないよ。自分で稼いだ金は、生きてるうちにどんどん使うべきだよ。そういう金持ちが沢山いると日本も少し景気が上向くよ。どうも日本の金持ちはスケールが小さすぎるよ。
オレは金には縁がないので一生無理な話だけど、Tさんのような人を見ると気持ちがスカッとするね。でもTさん、そのサングラスと一寸派手目なシャツ、まだ板についてないね。もうチョイラフに着こなせばかっこいいジイサンになるよ。
「じゃあ」と言って窓を閉められそうになったので、あわてて「Tさん、今度のっぽパン食べたいな」ってお願いしたらTさん笑ってたナ。なんとちっちゃい男なんだよオレは!!
走り去る車の後ろに「CARRERA」と書いてあった。
Tさんはある農薬会社の会長をしていたが、去年退任して、Nベーカリーの株を買ってそのオーナーになったと新聞に出ていた。Tさんの家はオレの散歩コースの途中にあるのだが、そういえばこのところ顔を合わせてなかった。
毎日のようにTさんの家の前を通るのだが、納戸が締まっている時は大概奥さんを連れて海外旅行に行っている。何年か前に、チェコに行ってくるよと言うので、「それじゃあ、カルロビー・ヴァリというところに行ってホテルプップに泊まったら」とアドバイスをした。しばらくしてから「行ってきたよ。ホテルプップ中々良かったよ」って本当にオレのアドバイス通りに何泊もしてきたそうだ。その後も世界中を旅行してるという話だ。
年齢は60も半ばくらいになる筈だ。年に何回もの奥さんとの海外旅行、真っ赤なスポーツカー、カッコいいネ〜〜。オレは大賛成だよ。子孫に金を残そうとしたり、墓場まで金を持っていこうとしたりするとろくな事ないよ。自分で稼いだ金は、生きてるうちにどんどん使うべきだよ。そういう金持ちが沢山いると日本も少し景気が上向くよ。どうも日本の金持ちはスケールが小さすぎるよ。
オレは金には縁がないので一生無理な話だけど、Tさんのような人を見ると気持ちがスカッとするね。でもTさん、そのサングラスと一寸派手目なシャツ、まだ板についてないね。もうチョイラフに着こなせばかっこいいジイサンになるよ。
「じゃあ」と言って窓を閉められそうになったので、あわてて「Tさん、今度のっぽパン食べたいな」ってお願いしたらTさん笑ってたナ。なんとちっちゃい男なんだよオレは!!
走り去る車の後ろに「CARRERA」と書いてあった。
久し振りにさがみ三太師匠と食事をした。師匠とおかみさんと息子のS君、それにオレ達夫婦の計5人。思えば師匠とは縁の深さを感じずにはいられない。もともとは青空うれし師匠からビッグボーイズのなべかずおを紹介され、楽屋に遊びに行ったときに箒を持って廊下掃除をしていたおじさんが誰あろうさがみ三太だった。

そのさがみ三太がなべかずおの師匠で、その時は少し言葉を交わしただけだったが、その後うれし師匠とアメリカ旅行した時にご一緒した、その時も格別親しくしたわけでもないのに、成田に着いたらそのまま師匠の自宅、市川に拉致された。と言っても鮨と酒をしこたまご馳走になって翌日一人で清水に帰ってきたんだけどネ。
それから今度は三太師匠がフラリと清水の我が家を訪ねてくるようになった。いつも連絡なしの不意打ちだヨ。そうこうしてるうちに師匠が静岡に引っ越してきた。静岡を本拠にして仕事を始めることになったのだ。それからというものは毎日のように会っていたときもあった。「あんたの近くに家を買おうかな」なんて言って実際あちらこちら探したこともあった。よく喋った。よく笑った。そして・・・よく飲んだ。
師匠は、今月の16日仕事の区切りがついた為に静岡を引き払って東京に戻る。思えば師匠とは濃密な2年間を過ごしたものだ。その間オレは随分師匠から学んだことがある。男の生き方を背中で教えてもらった。
オレも師匠もこれで別れとは思っていない。普段通りに楽しく飲んで楽しく別れたが、実は近いうちに夫婦二組でゆっくりチェコとドイツでも旅行しようか?なんて約束をしたんだ。実現するかどうか分らないが、二人、いや四人でちっちゃな夢を共有して、これからも絆を深めて生きたいものだと思う。それにまだまだオレ恩返ししてないしネ・・・師匠!!
師匠は10月1日から11月16日まで浅草の浅草寺境内で行われる江戸町「奥山風景」http://asakusa.gr.jp/kaifu/okuyama.htmlに参加して、唐辛子売りの実演をすることになってるよ。オレも顔を出すつもりだけど、この日記読んで興味のある人、是非出かけて師匠に声をかけてやってヨ。
そのさがみ三太がなべかずおの師匠で、その時は少し言葉を交わしただけだったが、その後うれし師匠とアメリカ旅行した時にご一緒した、その時も格別親しくしたわけでもないのに、成田に着いたらそのまま師匠の自宅、市川に拉致された。と言っても鮨と酒をしこたまご馳走になって翌日一人で清水に帰ってきたんだけどネ。
それから今度は三太師匠がフラリと清水の我が家を訪ねてくるようになった。いつも連絡なしの不意打ちだヨ。そうこうしてるうちに師匠が静岡に引っ越してきた。静岡を本拠にして仕事を始めることになったのだ。それからというものは毎日のように会っていたときもあった。「あんたの近くに家を買おうかな」なんて言って実際あちらこちら探したこともあった。よく喋った。よく笑った。そして・・・よく飲んだ。
師匠は、今月の16日仕事の区切りがついた為に静岡を引き払って東京に戻る。思えば師匠とは濃密な2年間を過ごしたものだ。その間オレは随分師匠から学んだことがある。男の生き方を背中で教えてもらった。
オレも師匠もこれで別れとは思っていない。普段通りに楽しく飲んで楽しく別れたが、実は近いうちに夫婦二組でゆっくりチェコとドイツでも旅行しようか?なんて約束をしたんだ。実現するかどうか分らないが、二人、いや四人でちっちゃな夢を共有して、これからも絆を深めて生きたいものだと思う。それにまだまだオレ恩返ししてないしネ・・・師匠!!
師匠は10月1日から11月16日まで浅草の浅草寺境内で行われる江戸町「奥山風景」http://asakusa.gr.jp/kaifu/okuyama.htmlに参加して、唐辛子売りの実演をすることになってるよ。オレも顔を出すつもりだけど、この日記読んで興味のある人、是非出かけて師匠に声をかけてやってヨ。
キノコをいただいた。マイミクのきくちゃんの御主人が朝早くから富士山麓まで行って採ってきてくれた。今日は二種類のキノコだった。一つはショウゲンジ茸で別名コムソウ茸とも言う。虚無僧の姿からついた名前らしい。今日は久し振りにキムチ鍋をやったのでその中に入れ、早速いただいちゃった。シャキシャキしてて独特の香りがあってキムチ鍋に入れても存在感がある。美味いもんだネ〜〜。

さてもう一種類のキノコだが、日本名ヤマドリ茸という。あまり聞き覚えがないと思うが、ポルチーニ茸と云ったら「エ〜〜!!」と思う人がいるんじゃないかナ?イタリアではキノコの王様といわれ、高級イタリア料理に使われるあのキノコだよ。
このキノコが日本でも採れることを知ってる人は余りいないんだよネ。わざわざイタリアから空輸してるもんだから高くつくわけだよ。それをしたり顔でありがたく食べてる人もいて、世の中面白いネ〜。


ただ、オレの偏見かも知れないけど、日本のものはイタリアのより、風味が足りないような気がする。風土の問題があるのかもしれない。乾燥させてみたら美味くなるかも知れないけど、生で貰ったら新鮮なうちに食べたいもんネ。あっさりしているほうがどんな料理にもマッチしていいかもしれない。
その食べ方だけど、みじんにした玉ねぎをバターで色がつくまで炒め、そこに大きくカットしたポルチーニ茸とクミンシードをいれる。少々の水を加え、塩、コショウで味を調えたら溶き卵を入れて弱火で卵が固まるまでゆっくりかき混ぜる。これで出来上がり。今晩のオツマミだい。
実はこの料理法は、チェコに行ったときに弟の嫁さんに教わったんだ。イタリアとは地続きだし、チェコにもこのキノコがあるんだよ。すぐ近くの森から取ってきたばかりのキノコをささっと料理してくれたんだけど、その美味かったこと!!チェコの白ワインにぴったりで、ワインが進むことこの上なし。お陰で痛風悪化・・・世の中美味くいかねえヨ。
さあ、今日は窯が終わったし、これからシャワーを浴びて、こいつをツマミに・・・
おっと!いけね〜白ワインがないよ。まっいいか、いつもの焼酎で。待てよ、これに三笠の米入っていないよナ〜〜??
さてもう一種類のキノコだが、日本名ヤマドリ茸という。あまり聞き覚えがないと思うが、ポルチーニ茸と云ったら「エ〜〜!!」と思う人がいるんじゃないかナ?イタリアではキノコの王様といわれ、高級イタリア料理に使われるあのキノコだよ。
このキノコが日本でも採れることを知ってる人は余りいないんだよネ。わざわざイタリアから空輸してるもんだから高くつくわけだよ。それをしたり顔でありがたく食べてる人もいて、世の中面白いネ〜。
ただ、オレの偏見かも知れないけど、日本のものはイタリアのより、風味が足りないような気がする。風土の問題があるのかもしれない。乾燥させてみたら美味くなるかも知れないけど、生で貰ったら新鮮なうちに食べたいもんネ。あっさりしているほうがどんな料理にもマッチしていいかもしれない。
その食べ方だけど、みじんにした玉ねぎをバターで色がつくまで炒め、そこに大きくカットしたポルチーニ茸とクミンシードをいれる。少々の水を加え、塩、コショウで味を調えたら溶き卵を入れて弱火で卵が固まるまでゆっくりかき混ぜる。これで出来上がり。今晩のオツマミだい。
実はこの料理法は、チェコに行ったときに弟の嫁さんに教わったんだ。イタリアとは地続きだし、チェコにもこのキノコがあるんだよ。すぐ近くの森から取ってきたばかりのキノコをささっと料理してくれたんだけど、その美味かったこと!!チェコの白ワインにぴったりで、ワインが進むことこの上なし。お陰で痛風悪化・・・世の中美味くいかねえヨ。
さあ、今日は窯が終わったし、これからシャワーを浴びて、こいつをツマミに・・・
おっと!いけね〜白ワインがないよ。まっいいか、いつもの焼酎で。待てよ、これに三笠の米入っていないよナ〜〜??
日曜日のスポーツセミナーが終わり、月曜から又窯焚きが始まった。今回の窯は前回より時間が短いが、それでも40時間かかる。窯の火を止めるのは今朝の4時の予定。みんなが寝ている時間にゴソゴソと起きているんだよね。何とも因果な仕事を選んじゃったもんだ。
時間つぶしにさっきまでチェコの弟とスカイプで話したんだけど(わたしゃ、MIXIどころかもうスカイプまでこなしちゃってるんだよ)、ちょうど姪も自宅に帰っていて、久し振りに話すことができた。今彼女はカルロヴィー・ヴァリのすぐ近くのCHOMUTOV(フムトフ)に婚約者と一緒に住んでいて、来年から日本の大手電機企業の通訳の仕事を始めるそうだ。
「私の結婚式に必ず来てよ」なんて嬉しいことを言ってくれるが、遠いもんナ〜〜。それに何といっても先立つものが・・・ その上、「今度二人で日本に行きたいんだけど、彼が日本の食べ物が大好きだから末廣鮨に連れて行ってね」だってサ。「おー、いいよ」ってミエ張ったけど、頭の中では「きっと若いから日本人より沢山食べるんだろうナ」なんて計算してるいやらしいオレだった・・・
窯の火を止めたら三日間ほど冷ましてから扉を開ける。その間ゆっくりしたかったんだけど、注文していた箱が届いた。これに全部箱書きするんだよ〜〜。一気に全部書けないから、終わるまでに何日かかるやら。考えると憂鬱になってくるが、一つひとつやっていくしかないんだよね。オレは典型的なA型のマジメ人間だしネ。

それよりも、4時に火を止めたら何を飲もうかな?ツマミはあったかな?頭の中は、その事だけで一杯だ。思わず喉がゴクっとなってくる。ちっちゃな男のなんともささやかな楽しみがもうすぐそこにある。ン〜〜?オレってアルコール依存症??あともう3時間。
時間つぶしにさっきまでチェコの弟とスカイプで話したんだけど(わたしゃ、MIXIどころかもうスカイプまでこなしちゃってるんだよ)、ちょうど姪も自宅に帰っていて、久し振りに話すことができた。今彼女はカルロヴィー・ヴァリのすぐ近くのCHOMUTOV(フムトフ)に婚約者と一緒に住んでいて、来年から日本の大手電機企業の通訳の仕事を始めるそうだ。
「私の結婚式に必ず来てよ」なんて嬉しいことを言ってくれるが、遠いもんナ〜〜。それに何といっても先立つものが・・・ その上、「今度二人で日本に行きたいんだけど、彼が日本の食べ物が大好きだから末廣鮨に連れて行ってね」だってサ。「おー、いいよ」ってミエ張ったけど、頭の中では「きっと若いから日本人より沢山食べるんだろうナ」なんて計算してるいやらしいオレだった・・・
窯の火を止めたら三日間ほど冷ましてから扉を開ける。その間ゆっくりしたかったんだけど、注文していた箱が届いた。これに全部箱書きするんだよ〜〜。一気に全部書けないから、終わるまでに何日かかるやら。考えると憂鬱になってくるが、一つひとつやっていくしかないんだよね。オレは典型的なA型のマジメ人間だしネ。
それよりも、4時に火を止めたら何を飲もうかな?ツマミはあったかな?頭の中は、その事だけで一杯だ。思わず喉がゴクっとなってくる。ちっちゃな男のなんともささやかな楽しみがもうすぐそこにある。ン〜〜?オレってアルコール依存症??あともう3時間。
今日はヤングカレッジのスポーツセミナーで、漫才の青空うれし師匠http://www18.ocn.ne.jp/~u4a/と、元西武ライオンズの選手で現在全国に野球の独立リーグを発足させる為に奔走している石毛宏典さんhttp://www.h-ishige.com/に来てもらった。
予定ではセミナーが終わってからゆっくりお寿司を楽しんでもらおうと思っていたのだが、石毛さんが今晩東京で会合があるということなので、早めに清水に入ってもらい、末廣鮨でお昼を食べた。末廣にはうれし師匠と何回か行ってるが、石毛さんは初めてらしい。
実はオレも末廣の親方と会うのは久し振りになる。というのも親方は三ヶ月も船に乗り、世界一周してきたのだ。噂ではかなり太って帰ってきたということなので心配だったが、顔色もいいし、元気そうだ。

恐る恐る「ビールでも飲みますか?」と探りを入れたら、「仕事前だから」と二人ともそっけない。一人で飲むわけにいかないし、だれもオレの気持ちなんか察してくれない。エ〜〜イ、こうなりゃお茶をガボガボ飲んでやるってんで、あがりに寿司という、オレにはありえない展開で、美味しい寿司をお茶で一気にグイグイ流し込んだ。
酒がないと勝負も早い。末廣を出て会場の清水区役所に着いたのは12時半頃だった。打ち合わせなどをしているうちに13時半時間通りセミナーが始まった。
始めはうれし師匠が一人で登場し、星野ジャパンや最近の野球ネタで会場の温度をグングンと上げていく。会場に笑いが広がったところでバトンタッチ、今度は石毛さんがアカデミックに野球を語り始めた。徐々に話に熱がこもり始め、自身の野球哲学や人生訓が飛び出すと、参加者が身を乗り出して真剣に聞いている。


そこでうれし師匠が再登場だ。今度は二人で掛け合いになり、絶妙な間で野球の面白さを聞かせてくれる。まるで昔からのコンビのように息があっている。師匠がグラブとボールを持ってきて、会場の参加者を相手に石毛さんが実技の指導までしてくれた。



うれし師匠と石毛さん、実は駒澤大学の先輩後輩になる。親子ほど年の離れた二人だが、二人の共通点は、何よりも野球が好き、ということだ。


オレは知ってるんだ・・・ うれし師匠は、私財まで投げ出して野球界のために骨身を削っている石毛さんを、師匠らしい方法で応援しようとしてるんだよ。今回も安いギャラで来て貰ったんだけど、師匠が全額そ〜っと石毛さんに渡していた。そのほかにもオレはこんな場面を何回も目の当たりにしている。こういう人オレの周りに一杯いるんだよ。
6月にやった慰問の時もそうだった。ホントに安いギャラだったけど、三太師匠が一切手をつけずそのまま内海桂子師匠に渡していたのをオレは見ていた。うれし師匠も三太師匠も「お前に頼まれたんじゃしょうがない」ってノーギャラでやってくれたんだよ。
オレは才能のない陶芸家で、自他共に認める貧乏人だ。な〜んの取り得もない。でもこんなオレだって、ハラワタさらけだして、毅然としてぶれない生き方をしていれば、信用して助けてくれる人もいるんだよ。それだから人生面白い。
うれし師匠には、せめてもの罪滅ぼしにとセミナー終了後、「河岸の市」に寄って今夜のおかずを食べきれないほど?(奥さんと二人分)買い込んでお土産に持っていってもらった。もっとも魚屋もオレの友達だからメチャクチャ安くしてくれたよ。あ〜〜ありがたや、ありがたや。
予定ではセミナーが終わってからゆっくりお寿司を楽しんでもらおうと思っていたのだが、石毛さんが今晩東京で会合があるということなので、早めに清水に入ってもらい、末廣鮨でお昼を食べた。末廣にはうれし師匠と何回か行ってるが、石毛さんは初めてらしい。
実はオレも末廣の親方と会うのは久し振りになる。というのも親方は三ヶ月も船に乗り、世界一周してきたのだ。噂ではかなり太って帰ってきたということなので心配だったが、顔色もいいし、元気そうだ。
恐る恐る「ビールでも飲みますか?」と探りを入れたら、「仕事前だから」と二人ともそっけない。一人で飲むわけにいかないし、だれもオレの気持ちなんか察してくれない。エ〜〜イ、こうなりゃお茶をガボガボ飲んでやるってんで、あがりに寿司という、オレにはありえない展開で、美味しい寿司をお茶で一気にグイグイ流し込んだ。
酒がないと勝負も早い。末廣を出て会場の清水区役所に着いたのは12時半頃だった。打ち合わせなどをしているうちに13時半時間通りセミナーが始まった。
始めはうれし師匠が一人で登場し、星野ジャパンや最近の野球ネタで会場の温度をグングンと上げていく。会場に笑いが広がったところでバトンタッチ、今度は石毛さんがアカデミックに野球を語り始めた。徐々に話に熱がこもり始め、自身の野球哲学や人生訓が飛び出すと、参加者が身を乗り出して真剣に聞いている。
そこでうれし師匠が再登場だ。今度は二人で掛け合いになり、絶妙な間で野球の面白さを聞かせてくれる。まるで昔からのコンビのように息があっている。師匠がグラブとボールを持ってきて、会場の参加者を相手に石毛さんが実技の指導までしてくれた。
うれし師匠と石毛さん、実は駒澤大学の先輩後輩になる。親子ほど年の離れた二人だが、二人の共通点は、何よりも野球が好き、ということだ。
オレは知ってるんだ・・・ うれし師匠は、私財まで投げ出して野球界のために骨身を削っている石毛さんを、師匠らしい方法で応援しようとしてるんだよ。今回も安いギャラで来て貰ったんだけど、師匠が全額そ〜っと石毛さんに渡していた。そのほかにもオレはこんな場面を何回も目の当たりにしている。こういう人オレの周りに一杯いるんだよ。
6月にやった慰問の時もそうだった。ホントに安いギャラだったけど、三太師匠が一切手をつけずそのまま内海桂子師匠に渡していたのをオレは見ていた。うれし師匠も三太師匠も「お前に頼まれたんじゃしょうがない」ってノーギャラでやってくれたんだよ。
オレは才能のない陶芸家で、自他共に認める貧乏人だ。な〜んの取り得もない。でもこんなオレだって、ハラワタさらけだして、毅然としてぶれない生き方をしていれば、信用して助けてくれる人もいるんだよ。それだから人生面白い。
うれし師匠には、せめてもの罪滅ぼしにとセミナー終了後、「河岸の市」に寄って今夜のおかずを食べきれないほど?(奥さんと二人分)買い込んでお土産に持っていってもらった。もっとも魚屋もオレの友達だからメチャクチャ安くしてくれたよ。あ〜〜ありがたや、ありがたや。
自分の仕事の事を書くのが苦手でというか、何か気恥かしくて今までも書いたことないんだけど、「お前仕事してんのか?」と言われそうなのでチョッと書いてみようかな。
実は今、窯を焚いてる最中なんだ。一昨日の朝に火をつけ、今日で三日目になる。その間ほとんど寝てないので頭は思考停止状態寸前だ。これから2・3時間が一番大事な勝負所になる。これを乗り切ると少し楽になる。
窯焚きの最中に何でブログなんか書けるの?といわれそうだが、オレの窯はガス窯なので、30分か1時間毎にチェックすればいい。と言っても窯を焚いてる時は常に緊張状態が続く。そのせいか意外と眠気や疲れは感じない。
窯には湯呑が400個程入っている。注文された結婚式の引き出物だ。お目出度い品なので何とかうまく焼けて欲しいもんだ。窯の火を止めるのは明日の朝頃になるだろう。
それまで酒は飲めないし、毎朝の散歩も出来ない。三日間寝ないで、飲まないで、運動しない、これ結構ストレスたまるもんだよ。でも休肝日ができるから健康にはいいのかな?
窯焚きが終わればまだまだ仕事が待っている。二個づつ百数十組を桐箱に入れ、包装しなければいけない。おっとその前に全部の箱に筆で箱書きをするんだ。そして朱印を押す。これが結構重労働なんだよ。
考えてみれば、オレの仕事は何でも屋みたいなもんだ。粘土を揉み、ロクロで成形し、削り、乾燥させて素焼きをする。それに絵を描いて釉薬を掛け、三日間から五日間ほど寝ないで窯を焚く。
作品が出来上がれば展覧会をやり、会場でお客さんの相手もする。これがオレには一番辛い。売れれば、箱書きをして、割れないように梱包し、お客さんに届ける。そして代金をいただく。オレの場合は大体ギャラリーでの個展が多かったから、代金は業者さん任せだったけどね。
・・・思えば40年。よくやってきたもんだ。
さあ、そろそろ窯の火を見に行かなくちゃア!! 勝負の時間だ。
実は今、窯を焚いてる最中なんだ。一昨日の朝に火をつけ、今日で三日目になる。その間ほとんど寝てないので頭は思考停止状態寸前だ。これから2・3時間が一番大事な勝負所になる。これを乗り切ると少し楽になる。
窯焚きの最中に何でブログなんか書けるの?といわれそうだが、オレの窯はガス窯なので、30分か1時間毎にチェックすればいい。と言っても窯を焚いてる時は常に緊張状態が続く。そのせいか意外と眠気や疲れは感じない。
窯には湯呑が400個程入っている。注文された結婚式の引き出物だ。お目出度い品なので何とかうまく焼けて欲しいもんだ。窯の火を止めるのは明日の朝頃になるだろう。
それまで酒は飲めないし、毎朝の散歩も出来ない。三日間寝ないで、飲まないで、運動しない、これ結構ストレスたまるもんだよ。でも休肝日ができるから健康にはいいのかな?
窯焚きが終わればまだまだ仕事が待っている。二個づつ百数十組を桐箱に入れ、包装しなければいけない。おっとその前に全部の箱に筆で箱書きをするんだ。そして朱印を押す。これが結構重労働なんだよ。
考えてみれば、オレの仕事は何でも屋みたいなもんだ。粘土を揉み、ロクロで成形し、削り、乾燥させて素焼きをする。それに絵を描いて釉薬を掛け、三日間から五日間ほど寝ないで窯を焚く。
作品が出来上がれば展覧会をやり、会場でお客さんの相手もする。これがオレには一番辛い。売れれば、箱書きをして、割れないように梱包し、お客さんに届ける。そして代金をいただく。オレの場合は大体ギャラリーでの個展が多かったから、代金は業者さん任せだったけどね。
・・・思えば40年。よくやってきたもんだ。
さあ、そろそろ窯の火を見に行かなくちゃア!! 勝負の時間だ。
アフガニスタンで武装集団の凶弾に倒れた伊藤和也さんの遺体が、両親や兄弟が待つ掛川の自宅に戻ってきた。自慢の息子をこのような理不尽な事で失ったご両親のことを思うと慰めの言葉も思い浮かばない。
アフガニスタンを愛し、復興を願って汗を流し、何よりも現地の人達に信頼されていた伊藤さんが、よりによってアフガニスタン人に命を奪われてしまった。
殺された伊藤さんは、間違いなく純粋な善意で行動していたはずで、殺される理由なんか微塵もなかっただろう。
しかし・・・
彼らには殺す為の明確な理由があったに違いない。いや、だからこそ殺されてしまったのだ。世界はグローバルになったといわれるが、宗教、歴史、風土、価値観、それぞれが違う者同士が混在すれば、お互いが善意であっても必ず軋轢が生まれる。悲しいけれどそれが現実だ。
人は昔からそうやって歴史を刻んできたのだろう。何かを成し遂げようという先駆的な活動には、いつも犠牲や不幸が待ち構えている。人はそれらの悲しみを乗り越え、時間をかけて歴史がはぐくまれてきたのだと思う。
このような事件があると必ず言われるのが自己責任という、無機質で非哲学的な言葉だ。確かに自己責任といってしまえばその通りだが、そんな言葉で、彼のアフガニスタンに対する愛や夢や希望が朽ちてしまうとは思えない。 彼の思いは更に純化され、強固になって次の若者に受け継がれていくだろう。
誤解を恐れずに言えば、彼はこの死を微笑みを持って受け入れていると思う。それぐらいの覚悟で彼の地に飛び込んだはずだ。
オレの話で恐縮だが、オレも40年近く前にボランティアでアフリカのタンザニアに2年間滞在したことがある。政情不安で車や橋が爆破されるテロが頻発し、オレの赴任中に副大統領が暗殺されている。オレは日本を発つときに秘かに遺書を書き、何かあったときに両親に届けてください、と親しい人に預けた。
オレは幸いにも生きて日本に戻ってきたが、実際それぐらいの気持ちを持っていないと政情不安な国に行けない。
今どれだけの日本の若者が発展途上の国で汗を流しているのだろう。今回の事件で彼らの中に動揺が広がらないことを願わずにいられない。そして伊藤さんのご冥福を心から祈りたい。
アフガニスタンを愛し、復興を願って汗を流し、何よりも現地の人達に信頼されていた伊藤さんが、よりによってアフガニスタン人に命を奪われてしまった。
殺された伊藤さんは、間違いなく純粋な善意で行動していたはずで、殺される理由なんか微塵もなかっただろう。
しかし・・・
彼らには殺す為の明確な理由があったに違いない。いや、だからこそ殺されてしまったのだ。世界はグローバルになったといわれるが、宗教、歴史、風土、価値観、それぞれが違う者同士が混在すれば、お互いが善意であっても必ず軋轢が生まれる。悲しいけれどそれが現実だ。
人は昔からそうやって歴史を刻んできたのだろう。何かを成し遂げようという先駆的な活動には、いつも犠牲や不幸が待ち構えている。人はそれらの悲しみを乗り越え、時間をかけて歴史がはぐくまれてきたのだと思う。
このような事件があると必ず言われるのが自己責任という、無機質で非哲学的な言葉だ。確かに自己責任といってしまえばその通りだが、そんな言葉で、彼のアフガニスタンに対する愛や夢や希望が朽ちてしまうとは思えない。 彼の思いは更に純化され、強固になって次の若者に受け継がれていくだろう。
誤解を恐れずに言えば、彼はこの死を微笑みを持って受け入れていると思う。それぐらいの覚悟で彼の地に飛び込んだはずだ。
オレの話で恐縮だが、オレも40年近く前にボランティアでアフリカのタンザニアに2年間滞在したことがある。政情不安で車や橋が爆破されるテロが頻発し、オレの赴任中に副大統領が暗殺されている。オレは日本を発つときに秘かに遺書を書き、何かあったときに両親に届けてください、と親しい人に預けた。
オレは幸いにも生きて日本に戻ってきたが、実際それぐらいの気持ちを持っていないと政情不安な国に行けない。
今どれだけの日本の若者が発展途上の国で汗を流しているのだろう。今回の事件で彼らの中に動揺が広がらないことを願わずにいられない。そして伊藤さんのご冥福を心から祈りたい。
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