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今日のテーマはお正月にいただく日本古来のお屠蘇  ( おとそ ) の語源についてです
ちなみに一般の説明では

屠蘇 (とそ)
または
お屠蘇 (おとそ)


とは
一年間の邪気を払い長寿を願って
正月
に呑む
縁起物のであり風習と言われています
しかし
その裏には
私達が知らない由来もあるようです

屠蘇とは
蘇という
悪鬼を屠る = ほふる・〆る・おとす・潰す・殺す
という説や
悪鬼を屠り
魂を蘇生させるという逆説等
異なる解釈がいくつかあるようです

数種の薬草を組み合わせた
屠蘇散 (とそさん)を
赤酒
日本酒みりんなどに浸して作る屠蘇は
通常
屠蘇器 (とそき)
と呼ばれる酒器揃えによって供されます

屠蘇器は
屠蘇散と日本酒・味醂を入れる銚子 (ちょうし)
屠蘇を注ぐを重ねた盃をのせる盃台

これらを載せるからなっています

 

小・中・大の三種のを用いて飲みますが

一人これを呑めば一家病無く一家これを呑めば一里病無し

と言われ元日の朝
年少の者から年長の者への順に頂くものとして
日本の正月の膳などに呑まれています

そこで
屠蘇
という漢字の意味なんでずが

 (とさつ)






と書きます

屠殺



ほふる・〆る・おとす・潰す
要は全て
殺す
ことですね

ここで
予備知識

蘇我馬子 (そがのうまこ)
と言う人ですが
一説には
聖徳太子
であるとか
秦河勝
であるとか言われています

※聖徳太子の誕生にまつわる事柄・伝説
西暦574年太子は用明天皇の第二子として
この世に生を受けました
厩戸皇子(うまやどのおうじ)と呼ばれていましたが
幼名は厩戸豊聡耳皇子(うまやどとよとみみおうじ)といいます
誕生にまつわる伝説はありますが
太子が生まれた近辺に厩戸という地名があり
そこから名付けられたとも言われています

西暦571年
聖徳太子の母である穴穂部間人皇女の前に
全身が金色に輝く僧が現れて
我に救世の願ありしばらく皇女の腹に宿ると言いました

その僧は
西方の救世観音菩薩と名乗り
皇女がそれに同意すると皇女の口から体内へと入っていきました
皇女が身ごもり8ヶ月のときにはお腹の中から声を出し
用明天皇はとても驚きました

その後
臨月を過ぎても生まれる兆候は全くなく
金色の僧が現れてから
1年後の1月1日
宮中を見回り中の皇女が厩戸の前まできたところ陣痛もないまま
突然子を産み落としました
皇女は痛みがなかったので
自分が子を産み落としたことに気づかなかったほどです
赤子は小さな小豆ほどの大きさの仏舎利 (仏陀の骨)
を握りしめていました

厩戸の前で生まれたことから
厩戸の皇子 (うまやどのおうじ)
と名付けられたのです

皇子は10人の発言を一語一句漏らさずに聞き (耳)
入れて理解し的をはずさない
確かな答えを返した (口)
と言われています
この聡明さから
豊聡耳と呼ばれるようになったとされています

聖徳太子


という漢字
耳 + 口 + 王
ですね

そこで
聖徳太子
同一人物である
という一説にある

蘇我馬子

という漢字をバラしてみるました

我蘇小屋の= うまやどのおうじ = 聖徳太子

とも解釈でき

馬小屋で生まれたイエスキリスト

関連の方 (もしくはキリストの蘇り)
であるとも言われています


イエスキリストも
十字架にかけられ亡くなりました ⇒
そして
日後に蘇ります

ですから

お屠蘇とはイエスキリストの復活を祝う

ものだと言う説もあるんですね
三が日もそんなところなのかもしれません

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