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あなたのまわりにも、自慢する人がいると思う。
かつて自分が自慢をしていた、という人もいるだろう。
現在進行形で、思わず自慢をしてしまうという人もいるだろう。
自慢をする人の中には、自慢をすることが人間関係においてマイナスに作用するということを
わかっていない人もいるが、頭ではわかっているがつい自慢をしてしまう人もいる。
ではなぜ、そうなってしまうのだろうか。今回は、自慢する人の心理について書いてみたい。

自慢の仕方
直接自慢する場合もあれば、間接的に自慢する場合もある。

直接自慢する人は、何かあればすぐ自分の自慢話につなげようとする。
家族・家系自慢、お金にまつわる自慢、学歴・職歴自慢、知り合いがすごい
こんな有名人を知っている自慢、中には不幸自慢などという自慢もある。

機会があれば、直接自慢につなげようとするのだ。
間接的に自慢する人は、「直接自慢することはまずいな…」と知っている。
でも、やっぱり自慢したい気持ちがあり、その気持ちを抑えることができない。
なので、間接的に自慢しようと考える。
学歴や職歴自慢であれば、たとえば、「院卒ですので」、「海外勤務が長いので」という話を
会話の中にさりげなく入れてくる。
有名大学卒であれば場所をほのめかして大学を知らしめる…というテクニックを使うこともある(笑)。
※直接自慢する人の方が、未熟であると言える。

誰に自慢をするのか
では、自慢をする人は、誰に自慢するのだろうか。

まず、自慢をしてもかなわない…という人に対して自慢することはない(笑)。
自分より学歴が上の人に対し学歴自慢をしても、笑われるだけだ。
また、自分とは明らかに違う人に対しても、自慢をしない。
学歴に価値を認めない人に対し、学歴自慢をしても仕方がないからだ。
なので、自慢をする相手は、自分と同じレベルである程度価値観を共有している人
ということになる。
※その人にマウントしたい、という気持ちがある。

自分の好きな異性にも、自慢をすることがある。
これは、自分を大きく見せて関心を持ってもらいたい…ということだ。
動物でもオスがメスにアピールするために、自分を大きく見せる、カッコよく見せる
という自慢に近い行動がある。これと同じことだ(笑)。

マウントしたい
今述べたように、同レベルの相手にマウントしたい…という感情がある。

自慢をする人には、序列をつけたい、そして自分が序列の上の方に行きたい…という欲求がある。
会社では、肩書や勤続年数などで序列が決まるが、そういう目に見えるものがない世界では
序列争いというものがある。
もちろん、序列争いに無関心な人や一歩引いている人の方が多いかもしれないが
自慢をする人は、序列争いに関心があり序列に敏感な人だ…としていいだろう。

そのため、相手のことを色々探ろうとする。
そして、「自慢できる相手だ」と思えば、満を持して自慢するのだ。
そんなときは、「よし、マウントしてやろう」と思う(笑)。

認めて労って欲しい
自分はこれだけやっていると人に苦労を自慢げに話す人は認めて欲しいからだ。

そして労いの言葉や賛美を待っている。
またこのタイプは周囲が何度も認め労っても満たされない不平不満の多い人である。
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常に周囲より自分だけ頑張っていると勘違いしているか井の中の蛙。

関心を持ってほしい
自分に対し、関心を持ってほしいという気持ちもある。

自分の好きな異性に自慢をすることは、自分に関心をもってほしいということだ。
なので、異性から自慢話をされる…という人は、「自分に関心をもってもらいたいのだな」
と考えていい。
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こんな有名人を知っていると人脈を自慢する人も、相手から関心をもってもらいたい…と思っている。有名人の名前を出すことで相手を惹き付けて、自分にも関心を…ということだ(笑)。
この試みが上手くいくとは思えないが、中には「誰々を知っている」というと
目の色を変える人がいるので、そういう人には有効なのかもしれない(基本的には無効だと思う)。

劣等感を持っている
劣等感を持っていると、自慢したくなる。

劣等感をなんとかしようとする試みが、「自慢をする」ということだ。
劣等感を持つ人は、「自分には価値がない」、「自分は取るに足らない人物だ」
「ダメな奴だ」と感じている。
そんなときは、その劣等感を正しく払拭する努力をすればいいのだが人は安直な手段をとりがちだ。

その安直な手段が「自慢をすること」だ。

自慢して(足りない部分を)補償しようとするのだ。
大抵の場合、安直な手段に正解はない。
なので、もし自慢をしたくなったら、このことを思い出し自重した方がいいだろう。

自己肯定できていない
なぜ劣等感を持つかといえば、自己肯定できていないためだ。

今の自分ではダメだ…と思うことは、必ずしも悪いことではない。
だが、「そんな自分を他人に見られてはいけない」
「そんな素の自分が他人の評価を受けてはいけない」、「なんとかして取り繕わなければ…」
と思うと、おかしなことになる(他人の価値観の中で生きる状態になる)。

現実と理想のギャップに苦しんでいても、現実は現実として受け止め
「理想に向かって努力している現在の自分はOKだ」とすべきだ。
自己肯定の有無は、すべてに影響を与えるためだ。

自分に自信がない
自分に自信がないというのも、自己肯定できていないということだ。
自分に自信がないので、劣等感を持ちやすくなる。そして、その「補償」として自慢をしたくなる。
たまたま相手がよくできた人で、その人が自慢を評価してあげると
(一時的だが)自信を持つことができる。
これに味をしめると、また自慢をすることになる(ある意味、負のループに入ってしまう)。
※自分が自分を認めていないので、他人に認めてもらう必要がある。

不幸自慢は
不幸自慢をする人の心理はどうだろうか。

まず、不幸をネタにして話す、ということがある。
これには、不幸をアウトプットすることで、自分が楽になるのでそうしたい、という気持ちがある。
また、自分をわかってもらいたいからそうする…ということもある。
そういう不幸があったから、現状がこうなっています、こういう性格になりました
ということを説明したい気持ちがあるのだ(「言い訳」として使う場合もある)。

さらに中には、不幸自慢でマウントしたい、ということもある。
「私にはこういう不幸があった。
あなたには、私の気持ちなどわからないだろう」とすることで、相手より優位な位置取りを
しようとする試みだ。先の「マウントしたい」で述べた話の、変則のパターンとしていいだろう。

ただのバカか嘘つき
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(提供:不器用な生き方をやめたい 編纂:武井泄月袴)


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