一軒目の宵越し狙いと二軒目の設定狙い共にチョイ弱ながら合わせ日当で稼働終了でした。

さて。
実戦10回目にして「初・朝イチツモからの大勝利」だった岩槻・東大宮での収録を振り返り、色々な「自身初」を思い出してみました。

★初「パチスロ」(1989年8月)
きっかけは友人から勧められ打っていたパチンコ「マジックカーペット」や「安来名人」で偶然にも大勝ち(と言っても+7000円)してしまい、気が大きくなり触ってしまった「パルサーxxΣ(日活興業・1.5号機)」が最初でした。
初当たりは全財産をつぎ込んだ投資7KでREG。
ビギナーズラックはどこへやら、そのままのまれて実戦終了。
苦い思い出です。

★初「パチスロ勝利」(1990年7月)
初打ち以降しばらく遠ざかっていたパチスロでしたが、新台入替で導入され12時開店(当時は時差が年に数度しかありませんでした)と知り、意を決して一時間ほど並びを入れてみる事に。
入場時もみくちゃになりながらも確保した一回交換のビッグパルサー(山佐・2.2号機)で連チャンさせ、細長いレシートを何枚も抱えて三万ほど勝ったこの日が初勝利だったと記憶してます。

★初「万枚」(1999年8月)
一列19台の中で最も早くBIGを7回当てると、シマのカドに一台用意されている設定5・6確定台を打てる早引きイベントでアステカを狙い、見事にVIPシートを獲得。
台移動後もヒキ強で、この日の+12000枚overが初万枚でした。

★初「パチスロ記事ライティング」(1999年12月)
私の個人ホームページを見たらしき宝くじ系雑誌の編集者さんから「違うギャンブルのプロから見たミニロトナンバーズを語ってほしい」と依頼を受け、丸々1ページ書かせてもらった記事が初ライティングでした。
「プロが勧める新台」みたいなカコミ記事もあり、ちょうど近所に導入されたばかりのワードオブライツについて書いた記憶があります。
ライターデビューの初原稿料は15000円でした。

★初「パチスロ番組出演」(2000年5月)
mondo21(現MONDO TV)「杉浦幸の必勝パチ塾」で映像に出始めた頃の射駒さんが北海道への旅スロ企画でゲストとして出演させてもらったのが最初でした。
この頃は北海道に代理店などあるハズもなく、プロデューサーから言われるがままにホールブッキングまで私がやってました。

こうして文字に起こしてみると、「初」って結構覚えてるもんですね。
マンネリなく稼働生活を続けていく為にも、これからも初心を忘れずパチスロと接していきたいです。