日記の再開

毎日をどうやって記録して行こうか、試行錯誤している。
5mm方眼(ハルクホーガンみたいやな)の大きなノートにちまちま書いている日記を書いている。
書いていると書いたが、この間かろうじて書いたもののその一つ前は7月だったりして、大きなノートを広げられる場所の確保と集中できる時間の確保が課題になっている。
二人の子供については「朝起きるための100の方法」に書いている(成長の速度に全然追いつかないが。)というか写真とメモを残している。
これは二人へのプレゼントという意味と祖父母へのプレゼント、という意味がある。

仕事についてがまずくて、うまく残せていない。
何の目的で何をして、その結果がどうで、その原因はこうで、ということの積み重ねで仕事をしているのだが、慢性的なオーバーフローでうまく残せていない。
これはテコ入れをしていかなければ。
幸いチームで仕事をしているので、方針を管理していれば大きな間違いは出ないのだが。
実行上まずくなくても、数年後俺の武勇伝として残っていないのは寂しい。
それとは別に、仕事上で出会った人たちと触れ合う中で目からうろこが落ちたり、心を揺さぶられたり、感心したりすることはよくあるのに、それをうまく残せていない。
それを吸収するのが大きな方眼ノートのはずで、それがうまく昇華されてフィクションになってくればパレート最適やPREMIERに出せるようになるのだが。

そもそも何で記録せねばならんと思ったのかと言えば、きっかけは自分は読書家であると思っていたんだが、この半年、いやもっと長い間、新しい小説を読んでいないのではないかということに気が付いたからだ。
専らプロレスに関する言説、ネット記事、仕事の資料を読んでいて、ちっとも読んでいなかったのだ。
読書がそんな状態で(既読の本は結構読み返してはいたのだが。)
将棋が趣味の一つだと思っていたのだが、年間の対局数は二桁前半(スマホのアプリでの対戦は除く)まで落ち込んでいる。
気になりだすと色々気になるもので、今日久々に走ったのだが前回走ったのが9月30日だとわかった。
感覚としては毎週走っていて、10月は週末に雨が多かったものの一回も走っていないのは感覚と大きくずれている。
パレート最適も少しさぼったくらいの感覚だったのがこの体たらくである。
自分に関する正しい認識はそも持ち得ないのであろうが、できるだけずれは少なくして周りの皆さんのご迷惑にならないようにせねばならない。

日常のあれこれをフラグメントとしてホーガンノートに拾い、それを抽出・構成する形で個人的なことをパレート最適を書き、パブリックなものや創作物は雑兵日記PREMIERに、子供の成長はあっちに書き、仕事はぼちぼち頑張ると。
そうなるとホーガンノートの運用がとても大事になる。
どうやったらもっと書くようになるのかしら。

また、気になっている諸事項をどう記録していくのか。
腹筋の鬼トレ、ラン、読書の内容、食事の内容、就寝起床時間、その日の調子、天気あたりをどうにか記録していきたい。
これらをホーガンに書いているうちに、その日の出来事も書きたくなるか。
ホーガンに書いているうちにパレート最適にも書きたくなると。
ホーガンは日中どっかで書くことにし、どうしても書けなければ夜、最悪朝一で書く。
息子が毎日毎日日記を書いているので、父としては負けられないのである。
ホーガンの精製物たる当パレート最適については、まず週報化を目指そうと思う。

ガリシスとかじゃなくて、やっぱ詰将棋

藤井四段が負けた。
全然関係のない人なのに何か落ち込んでいる。
彼に対して「まだ若いんだから」「彼にとっては良い経験」「これで肩の力を抜けるのでは」などと上から目線でグダグダ言うているのをうわああと思いながら眺めていたが、ああいう怪物を凡人の物差し、年を食ってるだけの凡人の物差しで測ってはいけないと思った。
やってしまいがち。

それとは全くレベルの違う話だが。

社団戦にあたってメンバーをやりくりしてみて蒼ざめた。
このままでは残留も危ない。
頼りにしてたあいつもあの先輩もあいつもあいつもいない。
メンバーが足りない。
ということで、人数を整えて全員が一戦必勝で臨むという基本に立ち返ることになり、俺も相応の覚悟が必要となった。
と、改めて書くのはどちらかというとここ数年はプレイヤーとしてではなくマネージャーとしての参加が主になっており、監督ハガリが選手ハガリをエースとして使わなかったのである。

どのチーム競技でもそうだと思うが、プレイングマネージャーが自分の実力を客観的に把握するのは難しい。
ある程度、メンバーの調子や力は把握できるし、メンバー間の格付け度合いも見て取れるのだが、自分のは難しい。
普段練習などで当たっていても練習と本番は違うタイプもいるし(俺もそのタイプ)、歴史の積み重ね(インパクトの大きな場面での勝利や敗北の記憶)があったりするので難しい。
そこで自分に対する評価はかなり割り引いて行うことになるし、自分を信頼して出場する時にはガチガチに肩に力が入ることになる。
自分のために身を引いたメンバーがいるわけだから。
本来団体戦はその部分でメンバー間の信頼関係を力に変えるのが醍醐味である。

今回、やばい俺が勝たなければ、と思い始めてからトレーニングのレベルを上げたのだが、全然こう、いい感じがしてこなくてどうしようかと考えた。
引き出しをいくつか開けてみて使えそうなやつないかなあと思ったらあったので、ハガリシステム(通称ガリシス)を大学の時以来採用することとし、少しイメトレしておいた。

ガリシスはいくつかあるのだが、今回使うことにしたのはガリシス3である。
ガリシス3は今回4局中2局登場し、2勝した。
詳しくは書かないが、相手を穴熊に組ませて勝つ、非常に男らしくさわやかな戦法である。
一番将棋を深く考え、将棋に漬かっていた時に開発した戦法が引き出しから見つかったのは感慨深い。外敵としてIWGPヘビーを巻いていた武藤敬司に、中邑が挑戦したもののフランケンシュタイナーで敗れたことがある。
その時のことを思い出した。
もうほとんど思考できないほど追い込まれた武藤が最後に縋ったのが昔得意にしていて今は全くやっていないフランケンシュタイナーだった。
俺も準備期間があまりなく追い込まれていた。
その時に昔得意にしていて今は全くやっていないガリシス3が出たのだ。


相手のエースを俺が狩りに行って実際狩るというのは気持ち良かった。
エース認定が間違っていた可能性も大いにあるがそれはそれ。
でも勝負というのはうまく行かないもので、3-4負けが2回。

チームでエースと呼ばれる奴は自分が勝って当然、負ければみんな口には出さないけれど「エースが負けたんだから。。。」と思われる。
それでも勝ってくるからエース、その状況でも自分の力をしっかり発揮できるからエース。
俺もこれからエースできるかなあ。

七月の戦いでも状況はあまり変わらない。
また引き出し探して使えそうな戦法見つけてくるか、地力の強化をいらいらしながら続けるか。
とりあえず後者の方針で、詰将棋を5手詰400問の反復から7手詰め400問の反復にグレードを上げることにした。

将棋でも終盤までもつれた展開になると両者息の上がった状態になる。
で、1手20秒以内に指すという極限状態を迎える。
その時勝負を分けるのはスタミナであり、一瞬の瞬発力だ。
俺は詰将棋を地道な走り込みやスクワットに近いイメージで捉えている。
きっと詰将棋は裏切らない。

社団戦初日

味も素っ気もないタイトルだけど。
社団戦に出ることができた。
二人の子供が生まれてからは、日曜日に暴れ盛りの二人の面倒をポルカにお願いすることになる。
いつもありがとうございます。

社団戦は1チーム7人の団体戦で16チームのリーグ戦を5カ月かけて行う。
1日4局、1局1時間半くらいの将棋を指す。
朝から夜までやって、帰るとくたくたになっている。
おっさんが集まって何をやっているのだ、と思う向きもあるやもしれぬが、これは楽しい。

阪大将棋部OBとOBに縁のある人でチームを組んで出ているのだが、1つ決めていることがある。
不戦敗を出さないこと。
日曜日を一日費やして将棋をしに来ているのだから、不戦敗はないでしょうよと。
わしこんなところでなにしてんのやろ、と賢者タイムを強いることがないように。

初めの危機は結構簡単に訪れて、俺の新婚旅行(2回目)と社団戦が重なった時だ。
この時は大阪からATMに無理矢理来てもらった。
夜行バスで来て4戦全敗して夜行バスで帰ってまでチームを守ったATMのことを思うと絶対に不戦敗をだせない。

10年弱続けてきて人数が増えてきて2チームに増やした。
2チームに増やすとますます不戦敗を出せない。
じゃあ1チームでやっとけよ、と俺なら思うし。
人間生きているといろんな事情があるし、思うに任せない理由で予定を変更せざるを得ないことがあり、その予定が社団戦の日であることもある。
俺も何度も出られなくなって、そのたびにみんなに助けてもらった。

今回いろいろなメンバーの様々な理由が重なり、当日を迎えるまでかなりバタバタした。
それでも熱い気持ちを持って駆けつけてくれたみんなのおかげで、今回も不戦敗を出さずに済んだ。
成績は振るわなかった。
1勝3敗。
でも俺たちは自分に負けなかったし、全員よく戦った。

あとは将棋強くなるだけ・・・。


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