a-3東北地方太平洋沖地震は、3月11日に発生してから、1週間が経った。津波災害では、津波受傷後、呼吸状態が悪化し「津波肺」と呼ばれる病態がある。今回は津波肺について述べる。

津波肺・津波後呼吸器感染症のポイントは、1) 感染症は海水や土壌を誤嚥しているため、それらから感染する多種多彩な菌が関連する。2) 細菌感染症として治療するのであれば、点滴静注薬で好気性・嫌気性細菌をカバーする薬剤が有効。例として、アンピシリン/スルバクタム:ユナシン、(またはタゾバクタム/ピペラシリン:ゾシン)、クリンダマイシン(ダラシン) + ニューキノロン系薬 (シプロフロキサシン:シプロキサン)、カルバペネム系薬(イミペネム・シラスタチン:チエナム、メロペネム:メロペン、ドリペネム:フィニバックス等)を考慮する。*日常診療において、キノロン薬、カルバペネム系薬等が必ずしも第一選択薬として使用されるものでは無い事に留意する。3) ARDSを認める事があるが、ステロイド治療は必ずしも推奨されるものでは無い。4) 多発性外傷(頭部、胸郭、四肢、軟部損傷)を伴う事が多く、呼吸管理 + 全身管理が重要である。

 


 

最初に、一般的な溺水の概念。

Clin Infect Dis. 1997:アブストラクトpdf。*本論文は淡水・海水での溺水統計が混在している。

米国では、年間8,000人の溺水・死者が生じる。溺水者の総数は、その2-20倍と推定されている。海水・淡水を飲み込むだけで無く、水底の異物・土を吸引する事によって呼吸器感染症が起こる。

病原体は、好気性グラム陰性桿菌ではアエロモナスAeromonas、バークホルデリアBurkholderia、クロモバクテリウムChromobacterium、フランシセラFrancisellaが多い。好気性グラム陽性球菌では肺炎球菌、黄色ブドウ球菌がみられ、真菌では アスペルギルスAspergillus、シュードアルセリアPseudallescheria (Medscape Today参照)が関連する。*いずれにしても予防的抗菌薬投与は推奨されていない。

治療の際に、選択される抗菌薬は、アンピシリン/スルバクタム(Ampicillin/sulbactam: ABPC/SBT)などのペニシリン系/β-lactamase阻害薬の合剤が挙がる。第2選択薬にはクリンダマイシンClindamycin・ニューキノロンなどがある。抗真菌薬投与は、前述の抗菌薬反応性が乏しいものや、肺炎治療経過が長期に渡る症例や脳膿瘍、髄膜炎を生じた症例に投与を検討する。

 


 

溺水near-drwningに伴う呼吸器治療の話題:参考:市川光太郎:溺水の治療:小児科、2003。

日本において溺水は、半数が浴槽で生じ、0-1歳では8-9割を占める。溺水の発生機序は、1) 乾性溺水dry near-drwning (肺に水が入っていない状態)、2) 湿性溺水wet near-drwning、3) 5℃以下の冷水で急激な体温低下による面相神経反射・心室細動・心停止が主体となる浸漬症候群immersion syndrome、4) 20℃以下で起こるdiving reflex、5) 2次溺水がある。実際の症例では1) がほとんどを占める。溺水の病態は、海水・淡水のいずれの誤嚥にも関わらず、電解質異常が生じた結果、呼吸器症状は肺水腫となる。

溺水は、低浸透圧(淡水)あるいは高浸透圧(海水)による化学的肺胞障害が主体であるため、ステロイドの作用機序を考慮すると、ステロイド使用は積極的に推奨しない。

Mark Harris, ABC of resuscitation: Near-drwning, 2003では、systematic steroids have no effect on outcome and offer no advantage、と、ステロイド治療の有効性に疑問を述べている。予防的抗菌薬投与も証拠は無いとされる。

 



 

さて、津波肺について。

東南アジアで起こった津波関連の創傷、感染症コントロールについて:One year ago not business as usual: Wound management, infection and psychoemotional control during tertiary medical care following the 2004 Tsunami disaster in southeast Asia. Crit Care. 2006:アブストラクトpdf。一部編集して記載。

2004年、南アジアを襲った津波。初期の外傷処置も行いつつ、その後、海水や土壌を飲み込んだ溺水-誤嚥性肺炎も認めた。胸部X線では、肺炎および肺臓炎(肺実質陰影と間質陰影が混在)がみられた。頭部、四肢外傷、胸郭の外傷や副鼻腔炎などを伴っていた。微生物学的には様々な多数の菌が同定される事がほとんどであり、一部は多剤耐性菌であった。全ての患者にエンピリックにニューキノロン + クリンダマイシンが投与された。*この場合のエンピリックな抗菌薬投与は、「治療」として使用したものと考える。

治療経過中に、耐性菌が検出されたり、一部で真菌による敗血症での死亡例がみられた。

Figure 4: 菌の検出:喀痰培養からは、Acinetobacter,  Alcaligenes, Burkholderia, Enterococcus, Klebsiella, MRSA, Stenotrophomonas。

血液培養からは、Acinetobacter, Alcaligenes, Bacteroides, Clostridium, Enterococcus, E. coli, Pseudomonas, MRSA, Stenotrophomonas。

創培養等からは、Acinetobacter, Aeromonas, Alcaligenes, Bacillus, Bacteroides, Clostridium, Corynebacterium, Enterobacter, Enterococcus, E. coli, Morganella, Proteus, Pseudomonas, MRSA, Stenotrophomonas、が検出された。

*これらの培養結果からは、嫌気性・好気性、グラム陽性・陰性、球菌・桿菌を問わず、多数の菌polymacirobialな菌が関連している事が示唆される。

Table 1: 真菌の検出:喀痰培養からは、Aspergillus fumigatus,  Candida albicans。血液培養からは、Candida albicans, Candida tropicalis。創培養等からは、前述の真菌に加えて、Candida glabrata, Fusarium solani, Mucor sepeciesが検出された。

*一般的に、土壌内には接合菌(ムコール)が多いとされているが、本論文では血液および喀痰培養等から検出されていない。むしろ外傷に伴い全身性創感染に関与するとされる。*真菌感染症を疑って、初期から治療する事は推奨されない。仮に真菌による肺炎・敗血症を強く疑って治療する場合には、日常診療で良く遭遇するアスペルギルスやカンジタ属をカバーする事が重要である。

 

 


 

追加:画像診断。

津波に伴う外傷を検討した:2004年の津波受傷した225人の患者について。Radiologic findings in tsunami trauma: experience with 225 patients injured in the 2004 tsunami. Emergency Radiology, 2007:アブストラクトpdf

 

単純X線、超音波、CT、MRIを用いた。390名に対して、画像検査が行われ、187人(48%)に、なんらかの画像異常を認めた。最も多いのは軟部組織・骨格系の障害(54.5%)であった。軟部組織内異物(9.8%)、肺炎・誤嚥(12.4%)、津波後副鼻腔炎(13.8%)を認めた。

胸部異常陰影は、津波肺、非心源性肺水腫、誤嚥、肺挫傷、裂傷、エアー・リーク、ARDS、感染症であった。最終的には、画像診断のみでは肺炎か誤嚥かの鑑別は困難である。

津波後副鼻腔炎は、X線により、砂などの異物の除外が必要である。感染病原体は、肺炎と同様に、polymaicrobialな菌種がみられる。

 

 


 

資源が限定された中での、震災医療。どこまで診断や治療が可能か不明ですが、「津波肺の治療概念」として、少しでもお役に立てればと思います。

 

写真は高知城。