こんにちは。お久しぶりです。
今回はアイこめ以来、実に2年ぶりの感想記事を書きたいと思います。
元々エロゲをプレイしたリビドーを発散するためにこのブログを開設したわけなんですが、約2年間分の管理人のリビドーはいったいどこに行ってしまったんでしょうか。
別に最近プレイした作品が面白くないってわけでは全然なくて、むしろ最近の方がエロゲのこと楽しんでいるとは思っているんです。ただプレイして満足しちゃってっていうパターンが多くこんなにも期間があいてしまいましたことをご報告いたします。
そんな中終のステラでは自分なりに考え方をまとめたいという事もあって感想を書きたいなと思いました。
今後は3日坊主にならないよう毎月1作品分くらいは感想書いておきたいと思います。
はい!来月の自分頑張れ!(職務放棄)
今回はアイこめ以来、実に2年ぶりの感想記事を書きたいと思います。
元々エロゲをプレイしたリビドーを発散するためにこのブログを開設したわけなんですが、約2年間分の管理人のリビドーはいったいどこに行ってしまったんでしょうか。
別に最近プレイした作品が面白くないってわけでは全然なくて、むしろ最近の方がエロゲのこと楽しんでいるとは思っているんです。ただプレイして満足しちゃってっていうパターンが多くこんなにも期間があいてしまいましたことをご報告いたします。
そんな中終のステラでは自分なりに考え方をまとめたいという事もあって感想を書きたいなと思いました。
今後は3日坊主にならないよう毎月1作品分くらいは感想書いておきたいと思います。
はい!来月の自分頑張れ!(職務放棄)
というわけで、今回はKeyさんより発売された終のステラについての感想記事を書きたいと思います。
始めに一応公式サイトからあらすじコピペしておきます。
地球が、すでに人類の世界ではなくなってから久しい。
最近流行りのAIものですね。
AIものって「AIとの共存」をテーマにしているパターンと、「AIが生まれるシンギュラリティそのもの」をテーマにしたパターンの2パターンが多いように感じるんですが、今作はAIが普及した結果人類が滅びかけているといった一風変わった作風となっています。
まぁ前置きとかどうでもいいですよね。
さっさと本筋の感想を書いていきます。
本作の一番重要視しているテーマは「人間らしさ」という部分なのかなと感じました。
言ってしまえばかなりありふれているテーマだと思うんですが、美少女ゲームという性質上「恋愛」を軸にした作品が多い中で、「家族」という別の切り口から物語を作り上げているのは新鮮味がありました。
まずは人間とAIの描かれ方の違いについてまとめたいと思います。
あらすじからも分かる通り、この作品においての「人間」はAIに劣る存在として描かれています。
この作品の人間として印象深いのが「貧民街の女の子」や「西側の荒くれ者たち」です。
女の子は歪んだコミュニティにおける社会通念の象徴として、荒くれ者たちは自分たちの利益よりも復習を優先する愚者として描かれています。
前者には「人間の弱さ」後者には「人間の非合理性」を感じました。
始めに一応公式サイトからあらすじコピペしておきます。
地球が、すでに人類の世界ではなくなってから久しい。
世界はシンギュラリティを起こした機械群に支配され、人々はその片隅で、息を潜めて生き長らえていた。
運び屋“ジュード”の元に、依頼が舞い込む。 それはシンギュラリティ機械群の影響を受けない、 少女型アンドロイド“フィリア” を輸送して欲しいというものだった。
世間知らずなフィリアの行動に嫌気がさしながらも、ジュードは旅を始める。 時には略奪を繰り返す人間から逃げ、時には機械群が闊歩する危険地帯を通り抜け、 輸送依頼を果たそうとする。
フィリアは何度も人間になりたいと口にする。
遥か空の先に辿り着けば、 アンドロイドは人間になれると言うのだが......?
最近流行りのAIものですね。
AIものって「AIとの共存」をテーマにしているパターンと、「AIが生まれるシンギュラリティそのもの」をテーマにしたパターンの2パターンが多いように感じるんですが、今作はAIが普及した結果人類が滅びかけているといった一風変わった作風となっています。
まぁ前置きとかどうでもいいですよね。
さっさと本筋の感想を書いていきます。
本作の一番重要視しているテーマは「人間らしさ」という部分なのかなと感じました。
言ってしまえばかなりありふれているテーマだと思うんですが、美少女ゲームという性質上「恋愛」を軸にした作品が多い中で、「家族」という別の切り口から物語を作り上げているのは新鮮味がありました。
まずは人間とAIの描かれ方の違いについてまとめたいと思います。
あらすじからも分かる通り、この作品においての「人間」はAIに劣る存在として描かれています。
この作品の人間として印象深いのが「貧民街の女の子」や「西側の荒くれ者たち」です。
女の子は歪んだコミュニティにおける社会通念の象徴として、荒くれ者たちは自分たちの利益よりも復習を優先する愚者として描かれています。
前者には「人間の弱さ」後者には「人間の非合理性」を感じました。
次にAIについてですが、彼らは逆に論理的な存在として描かれていました。
「誰かが設定したパスワードを考える際に、人間ならばその人の誕生日のような個人のプロフィールから推察して当てようとするが、AIは論理的思考しか持ち合わせていないため順番に数値を試していく。」ということをウィレムが言っています。
ようはどれを選んでも確率が同じである以上、「〇〇かもしれない」というプロセスを踏むことは合理的ではありません。そのような思考をAIは持たず、目的に対して合理的な回答を導き出すことがAIの本質であるという事だと思います。
その上で「人間らしさ」というテーマについて触れていきますが、私は「人間らしさ」について「感情に動かされて非合理的な選択をしてしまうこと」だと感じました。
その「非合理的な選択」というのは、作品の序中盤では先にも述べた「西側の荒くれ者たち」のした選択のようにネガティブなものとして描かれています。
でもこれってネガティブな印象を抱きはしますが、誰しもが持っている感覚ではないでしょうか。
自分には彼らのとった選択と同じようなことをしてしまった経験があります。
そういった感情に動かされて間違ったことをしてしまう。という感覚は、人間にとっては普遍的な感覚であるように思います。
その上で作品の終盤で、人類とフィリアを天秤にかけてフィリアを選択したジュードの「非合理的な選択」をポジティブ受け取ってしまうのです。
これっておかしくないですか?ダブルスタンダードなんですよ。
彼らの行為が「正しい選択」か「間違った選択」かといった二元論であるならば、荒くれ者たちもジュードも同じ括りになるはずなのに、我々は自分たちの感覚でどう受け取るかの線引きをしているわけです。
そして、ジュードがフィリアと過ごす中で得た「人間らしさ」を「理屈に合っていないけれどそれを悪いものだと感じることができない」と思ってしまう感覚が人間の持つ美意識なんじゃないかなって思います。人間より優れた存在であるAIには持ちえない美意識の尊重こそが、本作品のメインテーマなのかなって自分が思いました。
まとめ
今こうして感想を書いていて、何をもってしてそう感じたのかといったプロセスに比重を置くことは重要なんだなって感じました。
美意識というのは社会通念的に存在しているものでもありますが、基本的には個人で感じるものです。
良い作品をプレイし終えた後に「良かった」で済ませずに、この作品のどういった部分に惹かれたのかを自分の中で理解できれば、自分の美意識がどういう作品にマッチしているのかが見えてきそうだなって思いました。
これからも沢山の作品に触れていき、美意識を磨き上げていきたいと思います。
ここまで勢いで書いてしまったため、前後の脈絡がなかったり何が言いたいのかさっぱりわからんみたいな現象が生まれそうですがまぁそういうのも「人間らしさ」なのでしょう。(これが言いたいだけ)
無理やりオチをつけたので、この辺で終わりたいと思います。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
その「非合理的な選択」というのは、作品の序中盤では先にも述べた「西側の荒くれ者たち」のした選択のようにネガティブなものとして描かれています。
でもこれってネガティブな印象を抱きはしますが、誰しもが持っている感覚ではないでしょうか。
自分には彼らのとった選択と同じようなことをしてしまった経験があります。
そういった感情に動かされて間違ったことをしてしまう。という感覚は、人間にとっては普遍的な感覚であるように思います。
その上で作品の終盤で、人類とフィリアを天秤にかけてフィリアを選択したジュードの「非合理的な選択」をポジティブ受け取ってしまうのです。
これっておかしくないですか?ダブルスタンダードなんですよ。
彼らの行為が「正しい選択」か「間違った選択」かといった二元論であるならば、荒くれ者たちもジュードも同じ括りになるはずなのに、我々は自分たちの感覚でどう受け取るかの線引きをしているわけです。
そして、ジュードがフィリアと過ごす中で得た「人間らしさ」を「理屈に合っていないけれどそれを悪いものだと感じることができない」と思ってしまう感覚が人間の持つ美意識なんじゃないかなって思います。人間より優れた存在であるAIには持ちえない美意識の尊重こそが、本作品のメインテーマなのかなって自分が思いました。
まとめ
今こうして感想を書いていて、何をもってしてそう感じたのかといったプロセスに比重を置くことは重要なんだなって感じました。
美意識というのは社会通念的に存在しているものでもありますが、基本的には個人で感じるものです。
良い作品をプレイし終えた後に「良かった」で済ませずに、この作品のどういった部分に惹かれたのかを自分の中で理解できれば、自分の美意識がどういう作品にマッチしているのかが見えてきそうだなって思いました。
これからも沢山の作品に触れていき、美意識を磨き上げていきたいと思います。
ここまで勢いで書いてしまったため、前後の脈絡がなかったり何が言いたいのかさっぱりわからんみたいな現象が生まれそうですがまぁそういうのも「人間らしさ」なのでしょう。(これが言いたいだけ)
無理やりオチをつけたので、この辺で終わりたいと思います。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。

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