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今後は、新ブログに記事をエントリーしていきますが、
このブログも読んでいただいている方が多くいらっしゃいますので、
そのまま保存しておきます。

弊社ホームページも、ぜひご覧ください。
株式会社プロセスデザインエージェント

顧客は理不尽か

専門性の高い仕事をしていると、顧客が自分の専門分野の重要性を理解していなかったり、こちらの仕事の段取りを無視した要望がきたりして、「理不尽」な思いをすることも多いかもしれません。しかし、ほんとうに顧客は理不尽なのでしょうか。そんなに無茶な要望をしているのでしょうか。ほんとうに、自分たちの仕事の重要性を理解していないのでしょうか。

美容師を例に考えてみましょう。

すでに髪の毛も相当切って、色も染め、パーマもかけて、あとはセットして終わりというころに、いきなりお客が「やっぱり長いほうがいい」「やっぱり色を変えてほしい」と言われたら、美容師は困るはずです。もしかしたら、「いまごろそんなこと言われても困ります」と起こるかもしれません。

しかし、実はお客は目隠しと耳栓をされていて、さらに眠らされていたとしたらどうでしょう。お客がそんなことを言い出すのも、無理もないと思うのではないでしょうか。なぜなら、お客はいま自分のアタマがどういった状態かわからないのですから。

まさか美容院にいって目隠しをされることはないでしょうが、ほかの分野ではこのようなことが頻繁に起こっています。

たとえば、ソフトウェア開発であれば、要件定義フェイズで顧客の要望は聞くでしょう。しかし、この要件が、どのようなプロセスをたどってシステム化されているか、顧客は知らされているでしょうか。いまどんなプロセスの途中で、このあとどうなるのか、プロセス全体を知っているでしょうか。知らないでしょう。多くの場合、顧客は専門家ではないからです。

顧客はプロセスを知りません。だから、いつまでに何を伝えればいいのかがわかりません。変更はいつまで受け付けてくれるのか。変更がどのような影響を及ぼすのか。いまどのプロセスにいて、次に何をするのか、まったくわからないのです。

さらに、顧客は自分が専門的な知識を持っていないことに、ある種の引け目、気後れを感じています。「こんな質問していいのかな」「こんなお願いしてもいいのかな」と不安に思って言えないことがたくさんあるのです。結果としてタイミングを逸した変更になったりします。

美容院で髪の毛をきっている最中に、「もっとここを短くしてください」「そこはあんまり切らないで」と、美容師さんに言いたくても、結局言い出せなかった経験を持っている人は少なくないでしょう。同じことなのです。

問題はプロセスが共有されていないことにあります。
そして「プロセスの説明責任は、専門家にある」ということを認識しなければなりません。


顧客が理不尽だと感じたときには、立ち止まって少し考えてみましょう。

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スタートからゴールまで、どのようなプロセスで進めるのかを説明しましたか?専門家にとっては当たり前のことでも、顧客にとってはそうではないのです。また、専門家からあえて説明しなければ、顧客は聞きたくても、言い出せないだけかもしれません。顧客の不安を解消するためには、プロセスを説明することがいちばんです。

◆屬修谿聞澆亙儿垢できない」というタイミングで確認をとったか
専門家にとっては、「これ以上は変更を受け付けられない」というタイミングがあります。しかし、そこに至るまでに、あまり説明をせずに要望を聞き続けてなかったか。顧客はいつまでなら大丈夫なのか、わかりません。好意で引き受けてきたことが仇になってしまいます。事前に「いつまでに、何を確定しなければならないのか」を説明し、「いつまでなら変更可能なのか」を知らせておかなければならなりません。


プロセスは専門家のものではありません。それは「顧客との共有物」だという認識を持つ必要があるのです。

体制を変えれば結果が変わるか

売上が上がらない。
品質が向上しない。
プロジェクトがうまく進まない。

なにかうまくいかないことがあると、いつも出てくるのは「体制を変えよう」という意見です。

営業部長を山田さんに変えてみよう。
よく不具合を出す田中さんには抜けてもらおう。
プロジェクトリーダーを鈴木さんにやってもらおう。

しかし、体制を変えても、結果がでるときと、そうでないときがあります。結果が出ればいいのですが、結果が出なければ、「彼もだめか。別の人に替えよう」ということになりがちです。

しかし、うまくいかないときに、体制だけを変えても、結果は変わりません。うまくいかなったのは、体制が問題ではないからです。うまくいった場合も、体制のおかげでうまくいったのではないのです。

現状とはちがう結果がほしければ、変えるべきは「プロセス」です。プロセスが結果を生むからです。体制を変えるならば、同時にプロセスも変えなければなりません。体制を変えてうまくいった場合は、同時にプロセスも変わっているはずです。

プロセスが同じであれば、同じ結果がでます。「2+3」という計算は、誰がやっても「5」という結果しか出ません。しかし、「2×3」と計算プロセスを変えてやれば、結果が変わります。

体制だけを変えるというのは、おなじ「2+3」というプロセスを、別の人間にやらせるにすぎません。

マネジメントに携わる者は、体制をいじるのが仕事ではありません。体制そのものは結果を生み出しません。結果を生み出すのはプロセスです。マネジメントとは、うまくいくように「プロセスをデザインする」ことなのです。

部分最適から抜け出す方法

前回の「プロセスとは何か」というエントリーで、私の考える「プロセス」とはどういうものかについて説明しました。そのなかでこう述べました。

プロセスとプロセスが相互作用し、つながりの中で成果を生み出すためには、プロセス全体をデザイン(設計)する必要があります。


では、プロセスをデザインするとはどういうことか。

プロセスをデザインする


プロセスをデザイン(設計)するときは、まずクライアントであるお客様から話をお聞きしたり、クライアント先の各部署からメンバーを募って、それぞれの部署についての情報収集を行います。それぞれの部署でどのようなプロセスがあるのか、それらのプロセスの手順はどのようなものか、プロセスの制約条件はなにか、何をインプットとして、何をアウトプット(有形、無形を問わず)しているのか、などを細かくうかがいます。そして、まずは現状を「見えるカタチ」に表現するのです。

その後、それぞれのプロセスを「役割」を明確にし、各プロセスがその役割を十分に果たせているのか、抜け落ちているプロセスはないか、改善点はないのか、ほかに方法は考えられないかなどを検証していきます。この段階は、一つひとつのプロセスの分析段階と言えます。

分析の限界


プロセスをデザインするとき、この分析結果をそのままつなげてしまうと、なかなか成果にはつながりません。この段階では、プロセスとプロセスの「相互作用」が考慮されていないからです。

またまたレストランを例に考えてみましょう。

レストランでお客様にサービスを提供するプロセスは大まかに表すと、

 仕入れ→仕込み→仕上げ→サーブ

という流れになります。

それぞれのプロセスの役割は、

 原材料を仕入れる→料理を仕込む→材料を料理に仕上げる→料理を届ける

となります。

なんとなく、役割が足りない感じがします。肝心な「お客様の満足を引き出す」という目的に資するプロセスがありません。ここがポイントなのです。それぞれのプロセス自体は、インプットをアウトプットに変換する一連の作業ですが、このプロセス単体では成果は生まれにくいのです。

つながりにある「機能」


最終成果である「顧客満足」や「収益」は、それぞれのプロセスが相互に作用することによって生み出されます。いくらそれぞれのプロセスが洗練されていても、プロセスそのものが価値を生み出すわけではないのです。

価値は「つながり」が生み出します。

一つひとつのプロセスの成果がつながって、はじめてお客様にとっての価値になります。いくら料理の腕があったとしても、材料の質が悪ければ、おいしい料理をつくることはできません。つまり「仕入れ」プロセスには、単に材料を仕入れるということ以外に、よい材料を仕入れることによって、後工程である「仕込む」「仕上げる」プロセスを助ける役割があるのです。

 原材料を仕入れる →(技術を活かす)→ 料理を仕込む

これは、それぞれのプロセス単体で分析していては見えてきません。プロセスとプロセスの間にある「つながり」に注目することで見えてくるのです。全体として最適化されたプロセスを設計するためには、それぞれのプロセスの間にある「つながり」の機能、役割を知らなければなりません。

同じように、「仕上げ」プロセスと、「サーブ」プロセスの間には、「おいしさを保つ」という役割があります。

 料理を仕上げる→(おいしさを保つ)→料理を届ける

プロセスデザインのプロセス(ややこしいですね)では、この「つながり」に注目します。

つながりにある機能を知らなければ、それぞれのプロセスにかかわるヒトが部分最適で動くようになってしまいます。硬直的な組織によく見られるセクショナリズムや、柔軟性の欠如は、この「つながり」に対する認識のなさからくるのです。

プロセス全体を関係者全員が共有し、つながりにある機能を知ることで、関わるヒトが自ら考えて動くことができるようになります。最終成果は「顧客満足」であり、その成果に対して、自分の役割を知り、どのように成果をつなげていけばよいのかが見えるようになるからです。

だから、プロセス全体をデザインする必要があるのです。

デザインとは綜合すること


プロセスを分析し、部分的に手を入れるだけでは、全体最適を実現することはできません。最終成果に至るまでのプロセスの中で成果が相殺されてしまいます。全体最適は、つなげること、すなわち「綜合すること」によって成立します。綜合することで、それぞれのプロセスの総和に、つながりの成果が足し算されるのです。

プロセスデザインとは、部分最適から脱するための方法なのです。

プロセスとはなにか

私はいま「プロセスコンサルタント」を名乗っていますが、はじめてお会いする方には、必ずといっていいほど、

 プロセスってなんですか?

と聞かれます。

そのたびに、「これほど使い古されているのに、これほど意味がわかりにくい言葉もないな」と思います。私たちはふだん何気なく、「結果だけではなくプロセスがだいじだ」などとこの言葉を使いますが、いざ説明しろと言われると、ぼやっとしていて、つかみどころがないのです。

そこで、私の考える「プロセスとはなにか」ということについて、少し説明したいと思います。

プロセスという言葉は、日本語にすると「過程」だとか「工程」、もしくは「推移」という意味でつかわれます。私のいう「プロセス」の意味も大きくは同じですが、もう少し限定的な意味で使っています。私が言うところの「プロセス」の定義は、

 資源を加工して成果を生むための一連の方法

ということです。

つまり、なんらかのリソースをインプットとして、それに付加価値を足してアウトプットを生み出す活動のことを指します。

料理を例に考えてみましょう。

おいしい料理をつくるためには、野菜やお肉などの原材料、塩、こしょうなどの調味料などを用意する必要があります。そして、これらの材料を調理する技術、つまり、切ったり、焼いたり、煮たりする技術が必要です。しかし、これだけでおいしい料理をつくることができるかというと、何かが足りません。なんでしょう?

そうです。レシピです。

レシピには、素材の良さを活かし、おいしさを最大化するためのコツや手順が書かれています。同じ材料でも、つくる料理によって、切り方も違えば、調味料を加えるタイミングも異なります。いくら新鮮で、高級な食材を集めてきても、いくら材料を加工する技術に長けていたとしても、その料理にあった加工方法を選び、手順を知らなければ、おいしい料理をつくることはできません。だから、料理人はレシピを人にかんたんには教えないのです。

このレシピにあたるものがプロセスです。

おいしい料理をつくるためには、レシピを研究しなければなりません。いくら材料をうまく切ったり、焼いたりする技術に優れていても、レシピがまずければ、おいしい料理をつくることはできないのです。

これはどんな仕事にも、同じことが言えます。営業なら営業スキル、開発職ならさまざまな知識や技術、経理なら会計知識など、個々の技術を高めるだけでは、成果を生み出すことはできません。それぞれの技術やスキルを「うまく運用する」プロセスをデザイン(設計)することがたいせつなのです。

おいしい料理をつくる料理人は、おいしい料理をつくることができるレシピを持っています。どんな仕事でも、成果を生み出している人は、「成果を生み出すプロセス」を持っているのです。

しかし、いざ自分の仕事となると、「おいしい料理をつくるためには、技術を磨かなくちゃ」と、一生懸命、みじん切りや、賽の目切りの練習をしているのが現実なのです。知識やスキルをいくら仕入れても、なかなか成果にむすびつかないのは、的外れな練習をしているからということが多いのです。

もちろん、個々の技術や知識が大切なのは、いうまでもありません。しかし、多くの場合、技術も知識もすでに十分あるのです。必要なのはそれを活かす手順であり、コツなのです。つまり、プロセスとは<技術を活かすもの>であり、<知識を活かす>ものなのです。

さらに、プロセスは一つだけで成立するものではありません。ビジネスにおけるプロセスは連鎖しています。個々のプロセスを高めるだけではなく、それぞれのプロセスが相互に連携して作用していなければ、最終的な成果を生み出すことはできません。

素晴らしくおいしいスープが出来上がったとしても、それをお客様に提供するタイミングが遅れてしまえば、それは単なる「冷めたスープ」になってしまいます。お客様の食べるペースを観察し、それにあわせて料理を仕上げ、ベストのタイミングで提供されなければ、せっかくの料理も台無しです。さらに料理が一流であっても、接客や店の雰囲気が二流であれば、そのお店の評価も二流になってしまいます。

つまり、プロセスとは単独で成立するものではなく、一連の流れの中で成立するものであり、文脈に依存するものなのです。プロセスとプロセスが相互作用し、つながりの中で成果を生み出すためには、プロセス全体をデザイン(設計)する必要があります。そのためには全体最適の視点で、流れを意識し、それぞれのプロセスを調和させる必要があるのです。

そして、デザインされたプロセスは、見えるカタチで表現されなければなりません。見えるカタチで表現されることで、プロセス全体を俯瞰することができます。そしてかかわる<ヒト>すべてが、その全体像をシェアすることで、自分の役割と、自分の仕事の意味を理解することができます。自分は「なんのために」いま動いているのか、最終的な成果はどこにあるのかを意識したうえで、動くことができるようになるのです。つまり、プロセスとは<人を活かすもの>でもあるのです。

すべてのビジネスは、あらゆる経営資源をインプットとして、顧客満足、売上、収益をアウトプットとして生み出すための、プロセスの連鎖です。このプロセスをデザインすることで、<ヒト>や<技術>を活かすことができ、成果を最大化することができます。

そして、私のミッションは「プロセスをデザインする」ことの大切さを理解してもらい、プロセスをデザインし、表現するための考え方やアプローチを提供することで、企業やビジネスパーソンに、「<ヒト>と<技術>を活かすプロセス」を高め、デザインする能力をつけたいただくことなのです。

部下という<経営資源>

「前任から聞いていたほど、部下ができない」
「前評判ほど大したことがない」

前任のマネジャーから部署やチームを引き継いだり、部下が異動したときに、よく聞かれるセリフです。しかし、本当にそうなのでしょうか。

この場合、まず考えなくてはならないのは、「部下を使えていないのではないか」ということです。部下のパフォーマンスは、ついた上司によって大きく変わってきます。「思っていたほどでもない」ときは、自分が部下をつかえていない、活かしきれていない可能性のほうが高いのです。

自らを疑わないマネジャーは、人をコマのように扱いがちです。「できなければ換えればいい」「できないのは本人の責任だ」と考えるのです。

このスタンスを部下は敏感に感じ取ります。だから、パフォーマンスが出ないのです。つまり、マネジャー自身が原因をつくっているのであって、部下の問題ではないのです。

部下の力は放っておいても発揮されるものではありません。部下の力は引き出さなければ発揮されないのです。放っておいても力を発揮するようであれば、そのうちマネジャー自身を飛び越えていくでしょう。そんな人材は一部に過ぎません。しかし、「力を引き出す」ことによって、「化ける」人材は数多くいます。その力を引き出し、変化を促す触媒がマネジャーです。

そのためには「強み」を引きだすこと。私は新たな部下やチームメンバーが配属されたり、自分自身が異動になったとき、最初に「強みリスト」を作成します。普段の動きを観察することで、どんな役割を与えれば、チームと最大化できるかを考えるのです。

たとえば、「ロジカルに話をすることはできないけど、ロジカルに考えることはできる」という人もいますし、「ロジカルに考えることは苦手だけど、感性がすばらしい」という人もいます。人間それぞれに特長が異なります。みなが同じであれば、チームや組織で仕事をする意味がありません。であるならば、それらの特長を活かし、補い合うことで、成果を最大化する方法を考えればいいのです。

仕事はコンテストではありません。マネジャーは審査員ではないのです。部下について評論したり、審査することが仕事ではないのです。

問うべきは「自分は部下の力を100%引き出していると言えるだろうか」なのです。

なによりも<ヒト>は、組織にとってもっとも大切な「経営資源」であるという意識を持たなければなりません。マネジャーは「経営資源」を預かっているのです。預かった経営資源を高めるのが、マネジャーのもっとも大切な役割なのです。

回転寿司ビジネスモデル

最寄り駅近くに、回転寿司屋があります。値段も安く、味もいい。土日の夕方には、店の前で10人以上のお客さんが並んでいる。大手チェーンというわけでもなく、小さなお店なのに、とても繁盛しているようです。そして、このお店はきちんと収益も出しているはずです。それには理由があります。それは職人さんがみな、60歳をとうに超えていると思われる人ばかりだからです。

カウンターの中にいる職人は3人。もうおじいちゃんと言っていい人たちです。しかし、いまのおじいちゃんたちはとても元気だし、経験豊富で腕も確かです。おそらく若い頃は、バリバリの職人として働いてきたのでしょう。そんな彼らも60を超えると体力的に第一線の店で働くにはきつい。しかし、まだまだ体は動くし、働きたいという思いも強い。年金はもらえるが、職人としてまだ働きたいのです。

このお店のすごいところは、このおじいちゃん職人の一人が店長をしていること、そして職人みなが「お客さんに来てもらおう」と自律的に動いていることです。

多くの場合、職人が店長になることはありません。職人に板場を任せることはあっても、店の管理を任せたがらないからです。職人自身も、そんな仕事はしたくないということが多い。しかし、この店ではおそらく70歳ぐらいだろう、おじいちゃん職人が店長をしています。店舗が清潔で、並んでいるお客へのフォローや、案内などのオペレーションがスムーズなところを見ると、パートのおばちゃんや学生アルバイトたちを、うまくマネジメントしていることがわかります。

そして、なによりも驚くのは、職人達みずがらが、集客に熱心なことです。パートのおばちゃんたちに任せるのではなく、職人自らが交代で駅前に立ち、チラシを配っているのです。それも、すごくいい笑顔で「きょうはマグロがいいの入ってますよー」「きょうは椀ものがサービスになってまーす」と言いながら配るのです。私は職人の家で育ってきましたが、こんな職人はあまり見たことがありません。

このお店のビジネスモデルは、これからの日本を考えるときに、とても参考になります。60歳を超えた職人たちは、そこまで給料は高くないでしょう。すでに子どもたちも独立しているし、夫婦で暮らすことができるだけの給料があればいいはずです。人件費が低い分、原材料にお金をかけることもできます。価格の割にネタがすごくいいのも納得ができます。

そして何よりも、このビジネスモデルが優れているのは、職人たちに「任せる」ことでやる気を引き出し、職人たちが自律的に「お客さんに来てもらうこと」「お客さんによろこんでもらうこと」、つまり「成果」に向かって努力しているということです。管理だけをする人間がいないので、コストだって抑えることができます。

定年をむかえた人たちは、ともすれば「コスト」扱いされることが多いのが現状です。年金問題、医療問題、たしかに多くの問題を抱えていますが、見方を変えれば、コストどころか、非常に優れた「経営資源」となるはずです。これらの経営資源を活かすことができれば、それが富を生み、まだまだ内需だって増えるはずだと思うのです。

「カタチのないもの」を高める

イノベーションには「プロダクトイノベーション」と「プロセスイノベーション」があります。そして日本の強みは「プロセスイノベーション」にあると言われています。トヨタ生産方式などは、プロセスイノベーションの最たるものです。

しかし、日本が強みとするプロセスイノベーションは、「すでにあるものを改善する」という方向にしか向いていません。「すでにあるカタチ」「目に見えるカタチ」を改善することは得意でも、サービスやソフトウェアなどの「カタチのないもの」「目に見えないもの」を改善したり、生み出すことは苦手なのです。

いまの日本企業を牛耳っている人たちは、ひと昔前の「品質のいいものを、より低いコストで作れば儲かる」という成功パターンから抜け出せずにいます。そして、いまになっても「ものづくりこそが日本の競争力の源泉」と言ってはばからないのです。いまの日本の状況は、より「よいものを、より安くつくる」ことで抜け出せるのでしょうか。アップルが世界を席巻し、サムスンに日本の電機業界が後塵を拝しているのは、「モノづくり」で負けた結果なのでしょうか。そうではないはずです。

カタチのないものを生み出すはずのソフトウェア業界でも、かつての「人数ベースで儲ける」というビジネスモデルから抜け出せずにいます。人数さえ増やせば儲かった時期が長かったために、<ヒト>や<プロセス>といった「カタチのない経営資源」のイノベーションをしてこなかったのです。そして頭数だけ増えてしまった人数を食わせるために、ひたすら案件や売上だけを追いかける消耗戦に陥っています。

いまの日本の現状は、「カタチのあるもの」にこだわり、「カタチのないもの」や「カタチのない経営資源」をイノベーションしてこなかった結果なのです。

これからの日本は「カタチのあるもの」にこだわるのではなく、ソフトウェアやサービスなどの「カタチのないプロダクト」や、それらを生み出すプロセスやヒトという「カタチのない経営資源」をイノベートしなければなりません。

そもそも、「プロセスイノベーション」と「プロダクトイノベーション」は別物ではありません。ヒトの創造性を高め、創発を促す「プロセス」をデザインすることで、「プロダクト」のイノベーションが生まれるのです。

私はこれまで「カタチのないもの」である、ソフトウェアや、プロセス、ヒトを高めることに携わってきました。その方法の一部は本にもまとめました。今後、より活動の幅を広げ、「カタチのないもの」を高めることで、<国力を高める>お手伝いをしていきたいと思います。

すべての判断基準を『顧客』に収斂する

先日、10月20日に新刊が発売されました。
タイトルは『マネジャーのジレンマ』です。

日々、仕事の現場でジレンマに悩むマネジャーの方々の助けになる本だと思っています。ぜひ、ご一読ください。

この本の中に「すべての判断基準を『顧客』に収斂する」ということを書いています。

判断を求められたとき、マネジャーが迷うのは「何を基準に判断すればいいか」ということです。判断基準はひとつではないからです。「売上」「利益」「顧客満足」、その他の「社内事情」、または「好き嫌い」など、さまざまな要因がからんでいます。

すべてをごまかさずに、「つねに判断を『顧客』に収斂する」ことで、マネジャー自身も精神的にラクになれます。いつでも、ひとつの基準で判断できるからです。


ここでは、マネジャーが持つべき判断の<モノサシ>として、「つねに顧客を基準にする」ことで、的確な判断ができるということを書きました。

そして、ここでは書けなかったのですが、「つねに顧客を基準にする」ことには、もう一つ、大きな意味があります。

それは「周りの評価に振り回されない」ということです。

組織の中では、つねに「評価」がつきまといます。査定などのような形式的なものから、「上司にどう思われているのか」「部下はどんなふうに考えているだろうか」など、つねに気になってしまいます。

「同期に負けるんじゃないか」
「上司はあいつのほうを評価しているんじゃないか」
「部下は自分のことをどう思っているんだろう」

私もかつては、周りの目ばかりを気にしていました。

しかし、周りをよく見てみると、このあいだまで評価が高かった人が、こんどは周りからこき下ろされているということも、めずらしいことではないということに気がつきました。「周りの評価」というものほど、うつろいやすく、あてにならないものもないのです。そこには必ず、利害関係や個人的な感情が影響するからです。

たとえば、上司にとって都合のよい、使いやすい人間であれば評価されるかもしれませんが、いくら能力が高く、成果を上げていても、上司の利益に一致していなければ評価されることはありません。一度は「あいつはよくできる」「彼は信用に足るやつだ」と評価されたとしても、「あいつは全然だめだ」「あいつは自分のことしか考えていない」とガラッと評価が変わってしまうことなど、いくらでもあるのです。

「公平な評価」「正当な評価」などと言いますが、評価するのが人間である以上、そんなものはないと思っておいたほうがいいでしょう。自分ではない他人の評価に、自分を合わせることなど、しようと思ってもできるものではありません。コロコロと変わる、人の評価に合わせようとしているうちに、疲れ切ってしまいます。

では、何を基準に仕事をするのか。何のために一生懸命働くのか。

それが「顧客」です。顧客には社内事情も、個人的な感情も、まったく関係ありません。いいものはいいし、悪いものは悪いのです。その評価基準はつねにフラットです。これほど確かな評価はありません。

そう考えるようになってから、周りの目があまり気にならなくなりました。自分がどこを向いて仕事をすればいいのかが、はっきりと定まったからです。なによりも精神的に強くなれました。

周りの評価を気にしていては、いい仕事はできません。そしていい人生も送れません。

何のための仕事なのか、誰のための仕事なのか。

その答えはひとつしかないのです。

売れるように作るな

「こんな機能があれば売れる」
「こんなふうに作ってくれればもっと売れる」

プロダクトやサービスを開発して売り始めると、販売部門が必ず言い出すことだ。顧客の声という看板で「これがあれば顧客も買うと言っている」と言うかも知れない。

もっともな意見に聞こえる。ここで注意すべきは、その声が「顧客」の声なのか、「顧客見込み」の声なのかということだ。もしその声が「顧客見込み」のものなら、けっしてその声になびいてはいけない。

「顧客見込み」は、まだ「顧客」ではない。まだそのプロダクトを使っていない人の声にすぎない。使ったことがない人は、自分の要求もわかっていないし、自分の要求がどのように変化していくかも知らない。そんな声を聞いていたら、ユーザにとって真に改善すべき点が後回しになってしまう。あれもこれもと機能を付け足すうちに、機能は豊富だけれど、なんの特色もないプロダクトができあがってしまう。

耳を傾けるべきは「顧客」の声であり、実際にそのプロダクトを「利用しているユーザ」の声だ。使っているうちに出てくる不満や要望こそが、プロダクトやサービスを良くすることができる。

多くの企業は、すでに買ってもらった顧客の声に耳を傾けずに、つぎに売りが立ちそうな顧客見込みの声を聞いてしまう。その顧客見込みが、顧客になった途端、声を聞くことをやめてしまうのだ。そうして「使ったことのない」人の意見ばかりがプロダクトに反映されていく。短期的には売上が立つかもしれないが、中長期的には先細りになってしまう。

売れるように作ってはいけない。

売った人のため、買ってくれた人のために改善をかけるのだ。

プロダクトは生み出したらそれで終わりではない。人もプロダクトも、生み出したものは、育てなくてはならないのだ。
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