2006年07月26日

ハチクロに於ける愛と死とギャグ

ハチクロは、僕の言う物語の中心的テーマ「愛と死」から微妙にズレて、ギャグと愛を並列させ、ときに竹本の自分探しのような青臭いながらに(作者はそれに自覚的であり、ギャグとしても成立させている)普遍的なテーマを盛り込むことで、現代人にとってある程度安心して感情移入できる物語として人気を博した。明らかな芸術的才能を持つ「天才」であるはぐちゃんと森田さんを必ずしも中心とはせずに、本質的には「普通の人」であり、なおかつ明らかに後発の登場人物である山田や真山を柔軟に中心人物として起用してきたのは成功だったと言えるだろう(何気に真山の芸術的才能についての描写は竹本以上にない。シャツのセンスはいいけど)。
ギャグを恋愛と対等に近い位置に持ってくるというのは、実はそれなりのリアリティの確保にもなっている。僕らは親や恋人が死んだ一週間後には友人との馬鹿話で笑わなければならないというのが残酷ながらに現実の世界である。悲しいことに、悲しんでばかりはいられない。
ハチクロの登場人物もそれぞれにギャグには不釣合いなくらいに重い過去を背負っている(特にリカさん、はぐちゃん、森田さん。あと竹本も)が、彼らもまた屈託無く恋愛し、笑うのだ。もちろん、その誰も過去を乗り越えてはいない。せいぜい野宮、山崎(微妙だが)、美和子さんというオトナ軍団がオトナらしい解決法をどうにか実践しており、花本先生が外側に出さずに処理できている程度である。無論、野宮が青春スーツを再装着し、花本先生が独りで述懐するようにするように、完全にオトナが分けられているわけでもない。登場人物が基本的に20歳を超えているというやや珍しい設定は、そこでも威力を発揮する。何気にバイト&就活ネタ=金銭的問題が(やや薄いにしても)転がっていたりするところも個人的には良い。
愛という物語にとって根本的でありながらありがちになってしまうテーマを日常的ギャグと軽いオタクネタによって「脱臼させる」上手さは、一般的な人気の原因であるかどうかは知らないが、少なくとも僕には高評価を与える原因となっている。有名だとは思うが、リカさんの外見は明らかに綾波レイである。
また、作者が恋愛や自分探しのカッコ悪さについて自覚的であるというのも重要だろう。自分探しという行為への嘲笑的批評、山田の片思いについての野宮の正しい分析、真山のストーカー的行為の反美化など、一方的な行為の美しさを拒否する姿勢は現代人として持つべきものである。しかし、カッコ悪いと分かっていながら自分探しも恋愛もやめられないという、葛藤の上での突撃を描くことに成功している点もハチクロの魅力である。愛というボケにギャグというツッコミを入れ、しかし少女漫画として愛を終わらせない。

ただ、9巻は愛とギャグの上に、死(暴力、傷、血など)が舞い降りてしまっている。ネタバレはしないでおくが、9巻はテーマとしての「傷」や「暗い過去」や「生活」といったものがあまりに唐突に舞い降りてきてしてしまった感は否めない。実際、現実の不幸は確かに唐突に舞い降りるものであり、それによって重いテーマを背負わなければならなくなることがあるのは事実である。とはいえ、ハチクロは現実を忠実に描く漫画ではなかったはずだ、という観念から、どうも「裏切られた」ような気分にもなる。エヴァの最終2話を見た小学生の気持ちにリンクするような唐突さ。っていうか、はぐちゃんへのテコ入れなのか。今思うと、クリスマス商店街バイトも夏休みの絵の先生も今回の件も、「もっとはぐちゃんに注目してあげて!」というアピールだったようにさえ見える、のはさすがに穿った見方だろうか。
なんにせよ、死が入ることでギャグという批評的視点が欠ける可能性が高いのはちょっと残念なのだが、どうなることやら。もちろん今後も期待して待つつもり。

それにしても、9巻の最後、シリアスなラブシーンで黒い背景に脈絡の無い花(クローバーだが)という少女漫画みたいなコマには違和感が。いや、まあ、少女漫画なんだけど、古典的というかなんというか。

gaspard_de_la_nuit at 02:25│Comments(1)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

1. Posted by 山女   2006年07月26日 20:29
オタク向けだな。

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