ご無沙汰です・・・

WEBの更新も最近もすっかりご無沙汰してたりして、
まったく何をやってんだか・・・。

最近すっかりFaceBookとかいうやつに移行してしまってる・・・。
昨年の三宅島で知り合ったライダーの方に教えられ、始めたのがきっかけ。

写真の共有も便利だし、グループの連絡も楽チンなんで気が付けば
結構「いいね!」なんてやったりして(笑)。

WEXやら8耐やら海外ツーリングやらWEBにアップしなきゃと思いつつ・・・。
いや、「思いつつ・・・」ではイカン!アップするのだ、やるぜ~!

・・・そのうちに。

たまには国防を考えてみる。

yasukuni

靖国参拝

ここには遊就館という日本の歴史が資料と共に学べる場所がある。
戦後のGHQによるプロパガンダ以前の日本がある。
思想などは無く、神武天皇以来の事実のみが記されている希少な場所だ。
日本人として一度は訪れて欲しい場所である。

ところで先日、友人と飲みながら国防論議になった。
やはり「核保有」について意見が見事に割れた。

肯定派としては
「外交を優位に進めるために」
「2020年までの核兵器廃絶は夢物語」
「国民の安全保証の手段」

否定派は
「とにかく絶対ダメ」
「アメリカがいるから大丈夫」
「話し合いで解決」

まぁ、そんな感じだ。否定派の意見を言う人に多いのが、
核そのものに嫌悪感を持ってる人。
核保有については深く考えたことが無い、考えたくもないってタイプ。
それと核廃絶推進なんて夢見てる平和ボケタイプ。
「国家の安全」と「核問題」は遠い国の出来事、日本は憲法9条で守られてるから
アブナイ武器はいらない。いざとなったらアメリカがいるじゃん!

外務省の核兵器不拡散条約(NPT)の概要はこうだ。

米、露、英、仏、中の5か国を「核兵器国」と定め、「核兵器国」以外への核兵器の拡散を防止

何だこのジャイアン理論は?

第10条2に従い、条約の無期限延長を決定。

のび太は永遠にのび太です、ジャイアンが決めたから。
お~い、ドラえもんは何処にいるんだい?
核兵器国で放棄した国は一つもない、この先もありえないだろう。

故金正日主席が09年4月5日に「人工衛星打ち上げ目的」でミサイル発射。
直前に米・中・ロに発射時刻を通告、韓国には米経由で連絡が来た。
一方で日本には米経由で連絡は来たのか?と記者に聞かれ
河村建夫官房長官は「答えは差し控える」だって。
まさか?ミサイルに核弾頭を搭載すれば核兵器。
隣国である日本は発射後に米軍が迎撃体制だったことを知らされた。

ヨーロッパ主要国では核兵器を米とシェアする条約が締結されている。
もし大量破壊兵器を使用された場合、米の兵器を自国判断で使用出来る条約。
この条約により他国からの先制攻撃されないというものだ。
非核三原則に触れない条約なのだが、日本は締結していない。

「核」は安全と国益のためには必要な備えだといえる。
実際保有出来るかは別問題だし、安全も国益を犠牲にしてでも
不必要というのならば代わる「何か」が今の日本には必要だろう。

09年、新型豚インフルエンザが流行し、北南米を中心に多くの人の命を奪った。
また、鳥インフルも再燃の恐れがあった中、日本では厚生労働省の
研究班がなんと万能ワクチンを開発したというニュースがあった。
地味なニュースだったが、万能というのはウイルスの突然変異にも対応し、
まさに人類の夢の特効薬といっていい。
これは人類の殺生与奪をこの瞬間に日本が握ったとも言える。
他国に譲らず日本だけが製造できれば、まさに「核」に匹敵する。
他国はスパイを使ってでも奪いたい技術ではないか?
日本に安全と富をもたらす財産になり得る。
政府は余計なバラマキなんかしないで研究費にまわさなきゃ。

成功したのはまだマウスの段階で臨床試験にはまだ時間が必要だが、
民主党による仕分け対象に・・・。本当にバカだ!



2011.3.11 CYNDI LAUPER LIVE

3.11 シンディ・ローパーの日本公演を見てきました。



昨年、3月11日。未曾有の大惨事が起こった時刻、
シンディを乗せた飛行機は成田空港に着陸しようとしてました。
そして着陸できないまま、名古屋、大阪、そして横田基地、羽田へと着陸地を変更。
渋滞の中、午前3時に都内ホテルへたどりついた。
12日に1号機での水素爆発、「直ちに問題はない」との政府発表だったが、
アメリカ政府からは自国民へ直ちに80キロ以上離れるように命令。
14日に3号機が爆発、15日に炉心融解。
ついにフランス政府はチャーター機を飛ばし、フランス人を東京から救済。
自国民の生命を守ることが国家リーダーの仕事なので
懸命な判断であると思う。

シンディのツアー初日は15日の名古屋だった。
当然、アメリカからはツアーを中止し、即時帰国するように言われた。
しかし、停電と余震の中、ツアーを続行し続けた。
「日本人はいつも頑張ってきた!大丈夫、元気出してガンバッテ!」
と日本語で呼びかけ続け、いつ止まってもおかしくない新幹線で東京へ。
「私はなにがあってもツアーを続けます。こんな時に日本の友人たちに
背を向けて逃げ出すことは出来ない!
私は、愛する日本の為に歌います!」
とキッパリ言った。
東京公演では日の丸を羽織って歌う姿に、勇気づけられ人も多いのでは?

そんなシンディが約束通り1年後に帰ってきた。
来日してすぐに被災地へ向かい、リハーサルでは長い黙祷を捧げた。
そして黒のスーツでステージに現れた彼女は第一声、
「ガンバッテ!私は忘れない、いつだって一緒にいるわ!」
素晴らして熱くて、優しく誠実なシンディの言葉にはすごいパワーがある。
1曲目は「シー・バップ」、シンディがいきなり客席に飛び込んできた。
慈悲深い女神が眩しく輝き出す、すごい歌唱力に圧倒される。
ラストの「トゥルー・カラーズ」は多くの人が涙を浮かべていました。

人間味あふれる彼女の姿は、今の日本に必要なリーダーの姿なのか?と感じたほどだった。
慈悲の心とか、母性とか、有り余るパワーを出しまくる、すごい人でした。
一人でも多くの日本人に見て欲しいと思いました。
日本に愛と勇気をありがとう!



プロフィール

gastroracing

タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ