夢の中の僕が見た夢

ヴァティカン美術館入口スロープ



不思議な夢を見た。

ショッピングモールのような大きな建物の中を歩いていた僕は、
トイレに行きたくなり、家族と別れて脇の細い通路に曲がった。
その通路沿いにも店があり、ガラスの壁越しに中をよく見ると、
木材の研究をしている研究室らしい。
中では大学院生くらいの研究者たちがそれぞれ忙しそうに何かしている。

ここ知ってる。
昨夜見た「夢」の中で、その時もトイレに行きたくなり、
この研究室内で研究している学生にトイレの場所を聞いたんだった。
研究室内の蛍光灯の明るさや、親切に教えてくれた対応まで
しっかりと覚えている。
トイレは研究室の隣で廊下の突き当たり。
男性トイレしかないんだよね。

廊下を進むと確かに研究室のとなりに男性トイレがあった。
そこで目が覚めた。

ここで不思議に思ったのが、
僕は二日連続で同じ場所を夢でみたのだろうか?
それとも「夢の中の僕が見た夢」を覚えていたのだろうか?
ということ。

トイレの場所を学生に聞いた時の印象は
すごくはっきりしていて、
「夢の中の夢」というほど深い場所の気がしないのだけれど。
はて。

そのまま浅い眠りの中で中東の都市を訪れた僕は、
カメラと財布をスリに盗られていた。

夢ってほんとに謎だ。

核兵器はなしでしょ

安倍さんは、オバマ大統領と一緒に広島を訪問して、
「唯一の戦争被爆国」の首相として
「核兵器のない世界について改めて発信」したいって言ってるけど、
その一方では、今の日本国憲法でも核兵器を持つことが出来る、って言ってるわけでしょ。
なに言ってるのって感じだよね。

日本の核兵器保有の問題は、
「核兵器を持つ」と言っているわけではなく、
あらゆる可能性について議論を行うためだってのはわかるけど、
「あらゆる可能性」なんてありえるの?
「唯一の戦争被爆国」の日本にとって、
その「あらゆる可能性」に「核兵器」は含まれるの?

たとえば、移民問題の解決の手段として、
「国境で移民を全員銃殺するという解決法もある」なんて
EUの加盟国が言ったりするか?
トランプ氏だって「壁をつくる」ぐらいのことしか言ってないのに。

核兵器はそれくらい「可能性」に含まれないものだと思ってたんだけど。

『ヘルプ 心がつなぐストーリー』



『ヘルプ 心がつなぐストーリー』をようやく観ました。
1960年代のミシシッピ州ジャクソンでの黒人差別問題を
新しい視点で描いた感動的な作品で、とても「よい作品」でした。

ただ「よい作品」だからこそ、ものすごく違和感があった。

だって、この映画で描かれているのは、
白人による黒人差別問題に対する言い訳みたいなもの。

「白人の主人にもいい人はたくさんいた」し、
白人の人々が黒人差別をしていたのは
「一部の強硬な黒人差別主義者」の所為で、
白人たちの多くはそれに嫌々追随していただけ。

ナチスの時代のドイツ人や、軍国主義の時代の日本人が、
「本当は嫌だったけど仕方なかったんだ」って
言ってるのと同じ。

ジャクソンなんて黒人差別の中心地のひとつで、
それは本などで読むのも辛いくらいなのに、
映画では黒人差別を個人の責任に矮小化してて、
それってないんじゃないの、って感じ。
登場人物のうち、そうした「悪役」は2人だけで、
あとの白人はみんな、いい人か「悪くない人」。

黒人問題を描く表現として
暴力シーンを出す必要はないと思うけど、
唯一出てくる黒人女性に対する暴力が、
彼女の夫(もちろん黒人)によるものってのは、何というか。

唯一逮捕された黒人女性は、理由があったとはいえ、
白人の主人の家に落ちていた指輪を盗んだ人だし。

60年代のポップでカラフルなファッションの「スリム」な白人女性たちと、
メイドの地味な制服を着た「ふくよか」な黒人女性たち。

この作品はアカデミー賞の作品賞にノミネートされたらしいけど、
そのことからも、スパイク・リー達が言う通り
アカデミー賞は白人のための映画賞なんだなってことがよくわかる。
原作者も監督も白人だしね。

まぁ、黒人問題は映画のスパイスのひとつで、
白人女性の成長を描いたハリウッド娯楽映画だと思えば
深く考える必要はないのかもしれないけど。
そう考えれば、ユーモアもありおしゃれで、余韻もよく、
なかなか完成度の高いいい映画だった。
……だからこそ、問題の根は深いのだけれど。

スター・ウォーズ/フォースの覚醒



『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』を観てきました。
面白かった! 面白かったのだけど……という感じ。

全体的にダイジェスト版を見ている感じで、
人物も物語りも、軽い……というよりも、薄っぺらい。

ハン・ソロやチューバッカ、レイア、C3-PO、R2-D2などが
出てくるだけで興奮が止まらないのは確かで、
エピソードIVに物語の骨格が似ているのも
「あー。スター・ウォーズだなぁ!」って感じで悪くない。

この作品は、エピソードIV、V、VIのファンのための
サービス映画なんだろうな。
そういう意味では大成功だと思います。

ただ、全てが都合よすぎる。
あの巨大なスター・キラーで皆があっさり出会えたり、
あっさり敵の脱走者を信じられたり、
あっさりシールドが解除できたり、
あっさりフォースが覚醒して使いこなせちゃったり……。
ちっともハラハラしないというか何と言うか。

ダース・ベイダーほどの「悪者」も登場せず、
悪役担当のカイロ・レンは、優柔不断な今の若者っぽいし。

情報が溢れ価値観が多様化し、力が多極化して、
何が「善」で何が「悪」なのかわかりにくい、
むしろはっきりと善悪を分けることすら難しい
現代らしい物語になってるなと思う。

1977年にエピソードIVが公開された時は、斬新な物語と映像で、
少々粗い作りでも「傑作」となり得たんだけど、
それから数多くの作品がスター・ウォーズを真似て、
スター・ウォーズから学んできた現在、
このジャンルで「傑作」は生まれにくいのだろうな。

これはスタジオ・ジブリの作品でも言えると思うけど。

それでも、ジョン・ウィリアムズの音楽を聴くと
ワクワクと興奮してくるし、
BB-8みたいなキャラクターデザインは、
関連グッズとかが欲しくなっちゃうし、
すでに、もう一度観たくなっちゃってるし。

なんだかんだいって、スター・ウォーズは偉大です。

『ローマでアモーレ』



ビールのCMでよく耳にして、うるさい曲だなと思っていた「Volare!」。
ドメニコ・モドゥーニョが歌うオリジナルは、
こんなにも素敵な曲だったんだね。

『Nel blu dipinto di blu(青く塗られた青の中へ)』
ってタイトルもよいし。

ウディ・アレンの映画はいつも、ジャズがとてもよいのだけど、
この映画ではドメニコ・モドゥーニョの歌声にやられた。

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