ご無沙汰してます。
「ゲイでHIVポジティブ、一年生。」の龍太です。

この記事は近所のマクドナルドの窓際で書いています。
あれです、コンセントがあるあそこです。
僕のひとつ席を空けてその隣では、ポニーテールの女子高校生が何やら勉強をしています。
あれですね、今でも大事なところは蛍光ピンクでマーカーするんですね。
僕の高校の時の教科書は、蛍光ピンクと蛍光イエローと蛍光グリーンを駆使しすぎて、
どこが大事なのかかえって分からなくなっていました。

本当に大事なのは何なのか。
何に、どこに、蛍光ピンクのマーカーをひけばいいのか。
とりあえず今は最近新しく表れた「透析」という二文字にマーカーするべきか。


※※※

今年の一月下旬、職場から家に帰るほんの僅かな道のりさえ、
息も絶え絶えになっている自分がいた。
マンションのエレベーター前で壁に手をつき、思い通りにならない呼吸を整えようとする。

「こりゃもう駄目だな」

と倒れこむようにエレベーター内に滑り込む。

陽性者仲間とご飯を食べているときに空咳が止まらなくなったり、
おかしいなと思ってトイレにいったあと、冷や汗が止まらなくなったり、
それ以前から予兆はあった。

僕の心臓はとっくのとうに悲鳴をあげていたのだ。
いや、今回の直接の原因は腎臓なのだけど。

つまりはこうだ。
小学校に上がる頃には毎回尿検査でひっかかっていた。
毎年毎年、通知書に踊る「要再検」の文字。
心配した祖母が僕を連れていったのは、
大きな街の大きな病院のその筋の偉い先生の前。

「生まれつきなんでしょ。心配ないでしょ」

そう先生が太鼓判を押してくれた数年後、僕はアメリカで鮮やかな血尿を出すことになる。
ステイ先のホストファミリーにも、現地の日本人会の大人にも相談できなかった僕は、発熱とともに数日寝込むことになった。
それから社会人になってからも何度か血尿を繰り返し、ようやく病名がついた時には、比較的予後不良群というカテゴリーになっていた。

一部の慢性腎炎ではどんなに服薬治療をしても、どんなに食事療法をしても、なだらかに少しずつ少しずつ悪くなり、腎臓そのものがその役目を終えていく。

いつかその日がくる。でも死ぬわけじゃない。
いやほっといたら死ぬけど、生きていくために僕は血液透析を選んだ。
その日のために、左腕にはシャントをつくり、職場の近くの病院を選び、そしてその近くに引っ越しもした。

エレベーター息も絶え絶え事件があってからすぐ、主治医にお願いして血液透析をスタートした。
毎週月・水・金の午前中、3時間の血液透析。
僕の腕につながれた二本のチューブ。
自由なほうの手を伸ばしてチューブを触ると、ほんのり温かいのに驚いた。
よく考えれば当たり前なんだけど、僕の体温と同じ温かさの血液が、チューブを通って機械を通りまた僕の血管に戻ってくる。
腎臓が処理できなくなった老廃物を、機械が変わりに血液内から排除してくれる。
そうして、今、腎機能の低下とともに下がっていた心臓の機能もだいぶ回復してくれた。

登れなくなっていた地下鉄駅の階段も今は登れるようになったし、
通勤路で息があがるということもなくなった。

そしてまだ、おしっこも出ている。
Amazonで買った業務用の尿検査の紙コップをカバンに入れて持ち運んで、
一日の尿量を計測しているのだけど、例え少量でもおしっこが出ているうちはまだ僕の腎臓も生きてくれている。
だから、トイレにいって僕のペニスの先からおしっこが出てくれると嬉しい。
これもいつかは出なくなるのだろうけど。
今は、おしっこが出るのがしみじみ嬉しい。

※※※

HIV陽性者であること、ゲイであること、この二つは僕にとって大事なファクターだ。
そして、そこに透析患者であることが加わった。
Blogのタイトルはそのうち、見直すかもしれないけど、また、日々を綴っていければと思う。
蛍光イエローと蛍光グリーンと蛍光ピンクが混在して見づらいかもしれませんが、ご容赦を。

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