2008年02月28日

Perceptual Narrowingを考える

発達科学にも様々な研究があるが、現在もっともhotな分野の1つと言えるのが、Perceptual narrowingである。この言葉には現在適切な訳が無いと思われるので、ここではそのまま表記する。

Perceptual narrowingとは、簡単にいえば、知覚の「刈り込み」である。刈り込みとはシナプスのレベルではよく耳にする言葉である。発達早期の乳児はある特定のカテゴリ(音声、顔など)に含まれるいかなる刺激も弁別することができるのだが、主に経験的な要因により、そのカテゴリ内のあるサブカテゴリーに含まれる刺激は容易に弁別できるが、それ以外のサブカテゴリーに含まれる刺激に対する感受性が薄れていく。この変遷を、Perceptural narrowingと呼ぶことがある。2007年のNHKスペシャルで特集が組まれたため、ご存じの方も多いかもしれない。

最もよく知られているのは音声知覚であるが、近年は、顔知覚や、顔と音声のクロスモダルの知覚などでも同様の報告がなされている。さらに、Perceptualと言えるかどうかは不明だが、概念発達でも類似した現象が見られるという。これは非常に興味深い現象であるので、数回に分けて紹介していきたい。まずは、音声知覚からである。

音声知覚におけるPerceptual narrowingは、直感的に理解しやすいかもしれない。幼い乳児は世界中の言語の発話音を音声カテゴリーによって弁別することができるが、生後1年くらいで、養育環境で耳にする言葉以外の弁別が難しくなるのではないか、と考えられている(Werker, Gilbert, Humphrey & Tees, 1981)。例えば、日本人の成人は英語の"L"と"R"の弁別があまり得意ではないと言われるが、日本人の乳児は、容易にその2つを弁別できる。

具体的に乳児が弁別できるのは、母音、子音、歯擦音など多岐にわたる。よく用いられるパラダイムは、Hear turnパラダイムであり、スピーカーから発せられる音が変化したときに、頭を動かすと、ご褒美がもらえるというものである。これにより、その2つの音を区別していることが推察される。

このような実験の結果、6か月以前の乳児は、母語以外の発話音も弁別することができるが、6か月から12か月の間に、そのような感受性が失われるという。Werker & Tees (1984)によると、英語圏の6か月の乳児は、Salish語の音声を弁別することができるが、10-12か月の乳児は、ほとんど弁別することができなかった。

これだけを聞くと、母語以外の言語に対する感受性が低くなるだけかと思われるかもしれないが、この6〜12か月の間に、母語に対する感受性が高まることも報告されている(Kuhl et al., 2006)。

行動データに加えて、ERPを用いて同様の実験がなされている(Rivera-Gaxiola, Silva-Pereyra, & Kuhl, 2005)。面白いのは、ERPでは、母語以外の言語に含まれる音声カテゴリーを弁別している可能性がある点である。11か月の乳児では、全体的には母語以外の言語に対する感受性は落ちているものの、詳細な分析をすると、母語以外の音声カテゴリーも弁別しているという。行動的には、この時期では弁別は難しい。


もっとも、このnarrowingの過程については、まだまだ証拠があまりに不十分である。世界には約6000もの言語があり、そこに含まれる音声カテゴリーはいったいどれだけにのぼるのであろうか。現在国際誌でpublishされている論文は実は10本程度であり、実証できている音声カテゴリーは一握りである。また、2つほど、このnarrowingの過程を追試できなかったという報告もある。これだけ証拠は少ないのに、この仮説はほぼ事実として受け入れられているような気がする。

母語に収斂される時期についても、まだまだ議論があるようだ。Friederici, Friedrich, & Christophe (2007)によると、4か月の時点で、母語に対する特異的な感受性が見られるという。彼らはERPを用いて、ドイツとフランスの乳児が、母語のアクセントパタンに特異的に反応するかどうかを検討した。その結果、乳児は、母語のアクセントパタンの中に母語以外のアクセントパタンが混入した際に、その変化を検出できたという。Perceptual narrowingの実験はほとんど音声カテゴリを用いているのに対し、この研究はアクセントパタンであるため、直接の比較はできないが、母語への特別な感受性は、より早期から見られる可能性もある。


仮にこのnarrowingの過程が正しいとすれば、生物とはよくできているものだと感心してしまう。どこで育てられてもよいように、早期には大きな可塑性があり、1年後には、当該の集団の音声に収斂し、その集団に適応できるようになっている。このような過程が言語理解の発達過程と関連するかどうかはあまりよくわかってはいないようだが、何らかの関連があっても不思議ではない。

最後に、私にとって興味深いのが、このようなnarrowing過程と、認知的な抑制能力の発達が関連している可能性がある点である。Lalonde & Werker (1995)によると、母語に対して選択的に反応できる乳児は、A-not-Bエラー(これについてはまた別の機会で述べる)をすることが少なかったらしい。だとすると、乳児は自ら母語以外の言語には反応しないように抑制をかけているということなのだろうか。この点については色々な可能性があると思われるので、今後検討していきたいところである。


参考文献

Lalonde, C.E., & Werker, J.F. (1995). Cognitive influences on
cross-language speech perception in infancy. Infant Behavior
and Development, 18, 459–475.

Kuhl, P.K. et al. (2006). Infants show a facilitation effect for native language phonetic perception between 6 and 12 months. Developmental Science, F13-F21.

Werker, J.F., & Tees, R.C. (1984). Cross-language speech perception:
evidence for perceptual reorganization during the
first year of life. Infant Behavior anad Development, 7, 49–63.


(Perceptual Narrowing, A)

gccpu at 17:16コメント(4)トラックバック(0)乳児 | 知覚 

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コメント一覧

1. Posted by 前原   2008年02月29日 21:42
こんにちは,あの前原です。ブログ開設おめでとうございます。ブログと言うか,これはズバリ「発達科学ホットトピック集」を出版する前のネタ帳・下書き帳でしょう!さすがです。商魂たくましいです。今後の記事も楽しみにしております。
2. Posted by gccpu   2008年03月01日 15:31
手厳しいコメントありがとうございます(笑)。今後もコメントをいただけると助かります。

前原君もWoriking memoryのトピックについて語る場を設けてください。期待してます。
3. Posted by 夜バウアー   2009年03月16日 02:22
5 今回のPerceptual Narrowing は少しなじみのある話だったので、とても読みやすかったです。 大学院入試の勉強をしているときかなにかに乳児が"L"と"R"を弁別できるという話や母語以外の発話音を弁別するという話を読んだ覚えがあります。ただ、それらをPerceptual Narrowingと呼ぶということは、ここで学びました。
ここで書かれているように、narrowingの過程が正しいならば、生物はよくできていますよね。初めは様々な環境に適応できる可能性を持っていて、時がたつにつれ属する環境に最適な機能を発達させることができるというのは、よく考えるとすごいことですよね。ヒトというのは不思議だなと強く思った1日でした。
4. Posted by gccpu   2009年03月16日 13:45
バウアー様

コメントが追い付かなくてごめんなさい。何とかバウアー様に追いつくようにがんばります。Narrowingはけっこう有名な話なので、とっつきやすいかもしれません。そういった感想をいただけるとこちらとしても勉強になります。また色々とお願いいたします。

ちなみに、批判や質問をしてくださっても結構ですので。

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