2_マクロ氏とミクロちゃん

「見送り」の日にすべきことは多い。以下、その一部。

・SS225およびSBSの動画視聴
・直近のトレード結果の分析
・チャートリーディング練習
・リアルデモトレード
・トレード本の読書
・今後のシナリオと戦略の作成


上記は目に見える表面的な活動。

氷山の一角にすぎない。

「見送り」の日に最初にすべきことは以下の通り。

なにもしないこと

もちろん、生物学的な意味で「なにもしないこと」は不可能。

少なくとも呼吸はしているし、五感からさまざまな情報をキャッチする。

そうではなく、意識のうえで

「すべきこと」や「やらなければならないこと」

を徹底的に排除する。

そうしてしばらくすると

「本当にやりたいこと」

が自然に浮かんでくる。

あるいは

「いまの自分に必要なこと」



「いますぐ考えるべきこと」

などが自然に浮かんでくる。

その多くは、自分でも思いもよらないこと。

それらは頭で無理に考えたことではない。

心の深いところから自然に浮かび上がってくるのだ。

深い海の底から小さな泡が発生し、海面に近づくにつれて大きくなる。

そんな感じ。

そうして浮かんできたことを何も考えずに受け入れる。

すぐに行動に移すこともある。

だが多くの場合、断片的なビジョンが次々と出てくるだけ。

最初のうち、それらは支離滅裂な情報の断片にすぎない。

だが放っておくと、それらはしだいにつながってくる。

そのうち一貫したストーリーになり、すべて必然と思われるビジョンとなる。

今日は、これから起こりうる大相場のビジョンを視ていた。

それは1日で上下千円以上動く相場。

そのとき自分はどのようにトレードするだろうか?
もしもたった1日で何百万円も利益が上がったときはどう思うだろうか?
数日~1週間で日経が数千円の大暴落したら自分はどう対処するだろうか?
暴落に乗じて数千万円の利益を上げたらどう感じるだろうか?
年内の目標を今月か来月に達成してしまったら、次にどう行動するだろうか?
逆にトレードで大敗して現状の資金をすべて失ったらどうするだろうか?


考えるというより、自然に浮かんでくるストーリーに身をまかせる。

1つのストーリーが完結するまで、膨大な映像、感情や思考が巡り続ける。

今後50年、100年先の世界のことまで垣間見る。

そうして1つのストーリーの区切りがつくと、ようやく我にかえって一息つく。

長い長い夢を見ていたような気分。

その間、わずか数分のこともあれば、いつのまにか数時間経っていることもある。

そこからいくつかのキーワードを用いて、いろいろなストーリーを再現する。

文字や言葉にすれば膨大な情報。とても1日では書ききれない。

現実の時間に換算すれば、数年分にも相当するストーリー。

だがその多くはノイズにすぎない。

あたかも原石の中から貴金属を抽出するように、大事な情報を1つ1つ拾っていく。

そうして時間の感覚が徐々に通常に戻る。

「見送り」の日はそんなことの繰り返し。

やがて、膨大なストーリーのうち1つが現実世界にも現れる。

それはかつて自分が選んだ世界。

時代も、環境も、才能も、学習量も、運不運も一切関係ない。

すべては必然中の必然。

そしてそれを決めるのはつねに「いま」の自分自身。

「自分の見たい夢を見ること」

それが「見送り」の日に最もすべきこと。