2012年04月30日

【コラム・ネタ・お知らせ】 アナログデザイン懐古譚

クエスチョナーズ 森です。前回予告したとおり、DTPという概念が登場する以前のグラフィックデザインという大変にアナログなお話。現在では「Illustrator」【AA】に集約されているツールが、当時は実態のある道具として机上やヘタすると8畳ほどの事務所いっぱいに広がり、シンナーとスプレー糊臭で目眩がしそうな製作環境だったんですよ。
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ここ20年強の間で、色々なものがデジタル化されましたが、最も早い段階で実現されたものの一つが印刷物を初めとする『グラフィックの製作』だと思います。 今日、単に『デザイン製作』のみであれば現在では「Illustrator」【AA】だけでさっさと作業を完了させる事も出来るのですが、当時は道具一つ使うのにも一定の修練や、使用後の手入れを必要とし、現在よりも『特殊技能』の色合いが強いものでした。

今回はその『レトロ』なグラフィックデザイン関連ツール・資機材・消耗品について、可能な限り「Illustrator」【AA】や「Photoshop」【AA】になぞらえ紹介していきます。

【1】三角定規(直角三角形1枚、二等辺三角形1枚)とシャープペンシル、PIGMA顔料系サインペン、サークルコンパス、ディバイダー、消しゴム

『Illustrator』に例えるなら、丸、四角、直線を書く機能に相当します。ラフデザイン一つ仕上げるのにもまず、これらがないと何も始まりません。ディバイダーは本文や写真を流し込むスペースを確保するための印をつけるのに活用。 2枚の三角定規が必要なのは『正確な直角を持った四角』を描くため。

ちなみに、版下と呼ばれる印刷用の原版作成には後述する「ロットリングペン」【AA】のインクがにじまないよう「裏に1円玉をテープで貼り付けて原稿の表面から浮かせる事が出来る三角定規」を別途に用意します。

ラフデザイン用のツールたち。これらを使ってキャッチコピーや見出し、写真の配置を決定付け、クライアントへのデザイン確認用のラフを作ります

ちなみにこの時代から『絵が描けないデザイナー』は多く存在しましたが、このラフ段階でカンプライティングと言われる「追って必要とされるであろう写真イメージを、絵に描いてディレクターや広告カメラマン等の他スタッフや、強いてはクライアントへの伝達手段とする技術」が出来るデザイナーは珍重されておりました。

これがカンプ。後に撮影されるであろう写真を想定したイラスト+誌面全体の構成を表す事で
周辺スタッフやクライアントに対して、ビジュアル的なコンセンサスを取る為に作られます
本当はもっと丁寧かつフルカラーで描かれます

【2】レーザーコピー機(またはカラーコピー機)、デザインカッター、スプレー糊

アナログのグラフィックデザイン環境の中では最も高価な部類に入ります。今なら『Illustrator』と『Photoshop』で行う『画像データの切り抜き』や『配置』ですが、当時は雑誌や「レンタル写真カタログ」などから拡大縮小したコピーをデザインカッターで切り抜き、スプレー糊で貼り付けたモノがイメージ伝達の手法として、多くの『絵が描けない、描いてる時間がないグラフィックデザイナー』の間で用いられてきました。

価格についても、今ではカラーレーザーコピー機が5万円も出すとかなりイイのが買えたりするのですが、当時、モリが購入したのはモノクロレーザーで、しかもLANにも繋がらないというか、そんな概念もない時代で価格は10倍くらいした記憶があります。当時、フリーになった際にうっかり買ってしまった身としては、なんだか金返して欲しいくらいの値崩れっぷりです。

昔使っていたコピー機のイメージ。当時の同型機の写真を見ようと検索したら
古すぎてキヤノンのサイトにも上がってなかったorz
それにしても今ではコピペで済むような作業に50万もかかっていたとは…

【3】嶋田モンセン欧文書体清刷集(きよずりしゅう)

今はパソコンの中に多くのフォントを搭載、『Illustrator』でアウトライン化、『Photoshop』で画像化してはロゴやタイトル文字の素材にしているのですが、当時はこれを任意のサイズにコピー、それを1文字ずつ切り張りしてこれらを製作していました。

全く何もないところからロゴや文字デザインを起こせる『文字バランスの感覚に優れた方』もいましたがデザイナーの中では少数派でした。

「嶋田モンセン欧文書体清刷集」。タテ380×ヨコ320mmのB4ともA3ともつかない不思議なサイズです。1冊につき200書体収録、過去にNo.1〜8+別冊が刊行。今もたまに神田の古書店で全巻50,000円くらいで販売されています。
カッコイイタイポグラフィを作りたいと思ってる方は探して買った方がいいです。オススメ!

【4】写植、級数表、歯送り表

正式名称は『写真植字』。ガラス板に文字の原型フィルムを挟み込んだ『文字盤』に光を当て、写真の原理でシャッターを切り、暗箱にセットされた印画紙に現像、印刷物の「版下」に使われる文字を作るシステムです。文字の大小、長体、斜体等はレンズを切り替える事で対応します。これらは全て作業中に文字サイズを測定する「級数表」や行間指定を行う「歯送り表」を用いて指示書を書き、ファクスで外注していました。

割と24時間対応してくれる写植事務所もあって、夜中でも焼き付けられた印画紙をバイクで配達してくれていたものです。 上記の文字を変形させるエフェクトも、全て『Illustrator』のツールボックスに収まっているものです。

文字デザインの種類によって同じサイズでも微妙に大きさが異なるのは今のフォントも一緒ですが、写植の場合はそんな文字デザインの特性を見誤ると再度打ち直すハメになるので、ここはテクノロジーの偉大さを感じるところです。

写植発注の指示書

写植文字見本"ルフィの台詞"。一見、市場から姿を消したように見える写植ですが
ジャンプやマガジンは今でもヘタすると「写研」の写植をフキダシに使っていたはず
(フキダシの使用書体は「写研 ゴナU」

写植メーカーとして当時シェアNo.1であった「写研」、追随していた「モリサワ」「リョービ(2011年10月、モリサワにフォント事業を譲渡)」の文字が現場では主に使われていました。

『写研』は一時、DTP化に乗り遅れて見る影もなかったのですが、昨年夏に「写研フォント開発へのオープン化」が発表されたことで、古株のデザイナーはかなり強い反応を示したそうです。確かに今見ても、現在のPCに搭載されているフォントとは比較にならないほどの美しさです。

1.文字サイズを指定する級数表、2.行間を指定する歯送り表、3.書体見本帳
写植で打てるサイズは手動機なら最大で100Q(pt数換算で72pt)
文字をあまり太いものにしなければキチンと読める最小サイズは7Q(5pt)までいけたはず

【5】デザインスコープ

夏場のデザイナーを苦しめる簡易拷問施設、でなく【3】の『清刷集から選択した文字をコピーして製作したラフデザイン』を元に、4.の『写植』と同じ要領で印画紙に焼き付けた清刷集の複製を製作〜切り張りして『印刷用の版下製作に使う原本』を製作する機械です。それと同時に印刷フィルム製作用の指示書を起こす際に、写真をトレースする機械でもあります。

下記の写真はむき出しの状態ですが、使用時はこれに簡易の暗室として機能するよう、黒い遮光布で覆います。写真トレースにあたり、ポスターや大判の写真を使うグラフィック誌などはラクでいいのですが、うっかりスーパーのチラシなんかを作り始めた日には、暗い場所で似たような写真を大量に扱うことから、写真入れ違いミスが頻発する危険性が最も高い『鬼門』として忌み嫌われていました。

DTPであれば『Photoshop』で文字を画像化してエフェクトをかけたり、明るいところで商品の種類別にフォルダを作成しつつtiff画像をレイアウトしながら管理するところです。

これの周りにスチールの骨が組まれて、厚手の遮光布がかかるものだと思ってください
暗所閉所が苦手な方にとってはホントに難所でした

【6】ロットリングペン、ペーパーセメント(ゴム糊)、ペーパーセメントソルベント(有機溶剤)、ラバークリーナー

いよいよ、アナログでのデザイン入稿に必要な「版下」を作る作業に入ります。

大量のページ数があるパンフレットや雑誌類の場合は、【4】の写植指定と同じ方法で全ページの指示書を製作し、いわゆる『版下屋さん』に外注する方法もありますが、ちょっとしたチラシやリーフレットであれば、自社で版下を起こす場合もありました。

枠線やトンボを「ロットリングペン」【AA】で引きつつ、必要な箇所に【3】で製作した紙焼きや【4】の写植を切り抜いてゴム糊で貼り付けていきます。糊がはみ出した部分は残すと印刷フィルムに黒く出るので、ラバークリーナーを使ってしっかりと掃除します。 これにトレーシングペーパーをかけて、写真やイラスト(手描き)と、その配置やトリミング、切り抜きの指示書を入稿袋に入れ込んで印刷所へ持ち込みます。ただ、現在においてはオンデマンド印刷によって、その大半が印刷物製作の工程から姿を消しました。

さりげなく作業進行順に登場するツールや機材を紹介してきましたが、このフィニッシュに至る工程を1人で作業した場合、A4サイズ8ページほどの冊子を基準に概ね1ヶ月近くはかかっていました(クライアントの確認期間を含む)。昔はバタバタしてたような気もしていたのですが、こうして今、当時の作業を述懐するとなんとも牧歌的な気分になります。

一般的に『ロットリング』と言えばドイツの筆記具メーカーを指し、現在ではシャーペンもボールペンも作ってたりしますが、このメーカーは戦前から続く『長いストロークを一定の幅で均一に線が引ける”製図用中空パイプ式万年筆”のパイオニア』であることから、当時のデザインや設計の世界では代名詞としてそう呼ばれていました。

プロダクトデザインとしては比類なき美しさを誇る代物ですが、ペン軸が細ければ細いほどインクが乾いて目詰まりする事が多く、その都度イライラしながら洗浄していたので、モリの持っているロットリングのイメージは『美人だが手がかかるツンバカ』で未だに固定されています。

1.ロットリングペン、2.ペーパーセメント、3.ペーパーセメントソルベント、4.ラバークリーナー
5.デザインボンドは刷毛でペーパーセメントを塗るのがめんどくさいときに多用
3.のソルベントは版下の汚れをふき取る、または硬くなった2.のペーパーセメントを溶いたりするシンナー類ですが、さらに揮発性が高い事から、プラや印刷面を侵さないのでシール剥がしやマウスの裏側、キーボードを拭くのにも重宝する一品

当時のグラフィックデザインというのはこれほどまでに様々なツールを使いまくり、1点について現在とは比較にならない程多くの時間を費やして作っていたのですが、この時代と比較して今の方が『表現の幅』が狭まっているような気がします。

おそらく効率を重視して「フォーマット化」【AA】を進めたがゆえに表現手法が収斂されていった事も大きいとは思いますが、『アプリケーションが使える』ということ自体が重要視されすぎて、それイコール『デザインが出来る』と勘違いしていたり、『手持ちの数少ないフォント』や『ソフトの中で覚えている手法』だけでモノを考える事でアイデアが矮小化している可能性も最近の様々な印刷物から感じられます。似たようなところでは今後、3D原型の世界にも同じような傾向が現れる可能性も十分に考えられるので、注意したいところです。


次回は『Mac以前のグラフィックデザイン(実製作編)』を考えていますが、ここで『Illustrator』というツールが流布したがために失われかけている『先達が築き上げた基本テクニック』をフライヤー(チラシ)製作を例に紹介します。

今の若いデザイナーにとっては苦笑が止まらない様な話ばかりになると思いますが、ここはひとつ『電車で小一時間の所をあえてチャリで半日かけて行く』様な心持で読んでいただくと、いつもと違った風景に新たな発見が!そしてその『スローライフな仕事ぶり』がハードスケジュールで疲れきった貴方の心にさわやかな風を送ってくれるかもしれません。ではらたまいしゅう。

クエスチョナーズ モリ コウイチロウ

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