2012年06月25日

【コラム・ネタ・お知らせ】 ヒトを、モノを作る「体系」と「個人的・自助的努力」

ヒトを、モノを作る「体系」と「個人的・自助的努力」 クエスチョナーズ モリです。これまで当コラムでは「仕事」、「金」、「社会」、果てはヨメの話まで、硬軟取り混ぜつつ色んな話が書かれて来ましたが、ナゼだろう?アキバBlogなのにオタク話をほとんどしていないなということにハタと気が付いた。というわけで今回はひたすらオタク話をしたいと思います。
-

ヒトに、ジャンプに歴史あり。

や、先ほど冒頭で触れた通りですが結構気力体力が減退してるので、今回のコラム原稿をガツガツ書いていく事が出来ずにヘロヘロしていたのですが、そんな折、いつも弊社のお仕事を手伝ってくれている「M宮君」という原型師さんと外で打合せする機会があったので約束の場所である初台の喫茶店まで老体を引きずって行って参りました。

最初は早めに打合せを済まして次の場所へというはずだったんですけど、彼も「フィギュアコレクションの中に工作場所と寝る所を無理やり設えた様なオタ部屋」に住んでいるような生粋のオタク。私も「色々残念な嗜好」を持つ男。こんな二名が顔をつき合わせては「金」と「時間」、「作品のクオリティ」話だけではもったいない。そして彼は30代前半、モリは46歳と干支一周分も年齢がかけ離れていることから、自分と異なったジェネレーションの「オタク体系」に対する好奇心もあったのですが、恐らく「M宮君」も一緒に仕事をしている中で、私を「安心してオタク話をしてよい人物」であると認識したのでしょう。どちらともなくジャンプネタで盛り上がったのですが、うー、久々のオタトーク楽しいぜ!精神的には7割くらい回復した感じ?、きらーん♪

両者の青春時代を彩ったジャンプの表紙たち
こうして並べると微妙?に世代の差が感じられます。

モリが初めて少年ジャンプを読み始めたのは永井豪センセイの連載が「ハレンチ学園」から「マジンガーZ」に移行する頃、自分が小学2年生だったのを良く覚えている。ということは1972年ですね。同時期に読んでいたのは「侍ジャイアンツ」「アストロ球団」、から「初期のこち亀(76年)」、今や保守漫画家として有名になった小林よしのりセンセイの「東大一直線」から「Dr.スランプ」が終了する1984年までの12年間、モリはジャンプをガツガツ読みまくっておりました。

一方M宮君はバリバリの「ジャンプ黄金期」世代。現在アキバBlog読んでいる方にもおなじみの「キン肉マン」「北斗の拳」「聖闘士星矢」「ドラゴンボール」「幽☆遊☆白書」で育った世代。ちなみにモリはこの時代、マンガは黎明期の「ビッグコミックスピリッツ(めぞん一刻が絶賛連載中)」が中心、既に社会人だったので他にもやらなきゃいかん事もあったし、アニメやマンガ以外にも楽しいことを覚え始めて、その分摂取するコンテンツの大リストラが始まっておりました。


TVアニメの影響って偉大です。

この大リストラを経て、モリは次第にジャンプをはじめとする「週刊少年マンガ誌全般」を読まなくなっていったのですが、M宮君のエライ所は学生時代から現在もなおジャンプをちゃんと読んでおり、その絵柄はもちろん、ポーズににじみ出るキャラクターのイメージがしっかりと体系付けられて頭に入っている所なんです。それはモリのジャンプ全盛期時代のキャラにまで及んでおり、それがしっかりと自身の原型仕事によどみなく反映されるところは圧巻というか、ネ申を見るような思いです。

ついでにいうならM宮君、ガンダムにも強い。ガンダムが世に出て30ン年、以降その時代ごとにエポックメイキングなデザインや文献、立体物が登場したのですが、そのどれもが彼の頭の中で体系化され、自身の血肉になっている様子が会話の端々に伺われます。

体系的ってどういうことか。

で、M宮君は原型師なんだけど、原型師の場合は「人間の肉体が持つ形状や動作」が頭の中で体系化されていて、それが原型という形でアウトプットされるにはさらに工作技術の体系が伴わないといけない。そこにまた先述のオタク体系が乗っかりつつ、それらが絶妙にブレンドされることで、カッコイイ+かわいいフィギュアが出来るのです。 メカについては「既存の戦闘機械や、作業機械の形状や機能の体系」があって、そこに「もしこのアニメメカが実在したらこんな風になるんじゃないかという想像力」と「工作に関する体系」がこれまた絶妙にブレンドして、カッコイイメカモデルが完成します。

フィギュア原型を司る「知の体系」

フィギュアに限らず世の中のあらゆる物事全て、単独の体系のみで出来上がってるものはなく、大体のものは「複数の知の体系」が絡み合ったり、相互に作用して出来ています。 例えなんですが、これでもかというくらいデッサンや彫塑の訓練をしている、しかも特にオタクでもない現役バリバリの美大生に「そのスキルを生かして、ファンが涙を流して喜ぶ様なあずにゃんを作ってください」とオーダーしたとしましょう。

中には「自身のスキルの一部を生かしたアルバイト感覚」で設定資料と首っ引きしながらそれなりの「あずにゃん」を作る方もいるとは思います。が、一方で「俺の目指してる方向はこんなんじゃない!」とか、「そもそも日本のアニメキャラのデッサンはここが変であそこがいびつで…」と制作のための資料そのものにダメ出しをするヒトも少なからず出てくる事でしょう。デッサンや彫塑の体系が完成しているからといって、それだけですぐフィギュアを作れたり、我々が考えているところの原型師になれるとは限らないのです。 かなり以前にどちらかといえばリアルな人物像を作るのが得意な原型師さん(非オタ)に「ハルヒの形状」を説明した事があるのですが、これがね思った以上に骨が折れる。頭の黄色いリボンの形状がどうなってるかとか、スカートの前後に2箇所だけプリーツっぽいものが入ってるのはどう表現したらいいかとか、ベルトのバックルとか、セーラーの襟下部が鳩尾よりも下まで来るとか、そういうのをじっくり教えていかないといけない。そんなに大変ならハルヒ好きな原型師さんに頼めばいいじゃんと思うかもしれないが、これがね「指定された納期」と、「頼める原型師さんのジャンルやスケジュール」って大体かみ合わない事が多いんですよ。

デッサンや彫塑の世界の人が、フィギュアの有り様を受け入れてくれるとは限らない

なので、こちらとしても設定資料以外にもビデオ見まくって、キャプチャー撮って仕様書作るなどして、その原型師さん自身の持つ「工作技術体系」にフィットするような「萌えキャラ体系」を急造することで「納期」とか「求められる原型のクオリティ」という「現実」を乗り越えるんです。これはもう学生の勉強に例えるなら試験直前に参考書買ってきたり、ヒトのノート見せてもらうとかそういうレベルに近い微妙な状況なんだけど、やはり物事は「単独の体系」では進行しないのでここは人事を尽くして一同「2Dのキャラクターに3D女性の肉体を与える」という難行に挑むわけです。

そしてモリは「ヨメからコミュ障と呼ばれるレベル」のつたない日本語と、徹夜して作った仕様書を駆使して、「ハルヒ(アニメ等オタコンテンツの体系)」と「3Dの一般的な15~16歳相当の女性体型(彫塑やデッサンの体系)」をどのように紐付けていくかを一所懸命伝えるのだけど、その両者をどう紐付け、運用してフィギュアを作り上げるかというところについては、正直その担当原型師さんの「アクション待ち」というところがある。僕らやメーカーさんはカチンコが鳴った後で原型師さんがどんな「演技」をしてくれるのか、期待と不安を織り交ぜながら見守るしかない。

話が長くなったしまったけどこの原型師M宮君のスゴイ所は、こっちがしゃにむに教えたりしなくても原型制作にまつわる複数の知的体系を巧みに織り交ぜて、ベストなポジションに着地してくれるところにあります。しかも「デッサンとか彫塑」はまだ教えてくれる先生がいるけど、「オタコンテンツの体系」は自分自身がそれを好きになって、知識をいつでも現場で運用できる様な形を自身で工夫しながら積み上げていかないといけない。更に言えば新しい知識を入れるのも早いんですよね。ちなみに今の所、私の身の回りで「ロック・リーの青春フルパワー忍伝」の話が出来るのはこの人だけだったりします。ってどうでもいいか。

「NARUTO SD ロック・リーの青春フルパワー忍伝」
ここで言うところの「SD」は「スーパー・デフォルメ」ではなく「すごいどりょく」(笑) (c)平健史・岸本斉史 / 集英社・テレビ東京・ぴえろ

ともあれこれは資質です。多分勉強できるヒトなんじゃないかなと思う。「本当の勉強」というのは「体系的な知識を正確に頭に入れていくためのトレーニング」であり、「勉強が出来る」というのは「そのための方法論がしっかり完成されている」という事。その仕入れた様々な体系的な知識を相互に関係付けて運用出来るなんてヒトはめったにいるもんじゃないのですけど、いるところにはいるもんだなとつくづく思い知らされました。

個人的かつ自助的な価値観

「オレは火影になるってばよっ!」ですよ。のっけからナルトですが今回はオタク話なんで。生まれて物心がついた頃には親もおらず、誰から期待されることもなかったナルトが自ら里のリーダーである「火影」になるという目標を立て、忍者としての修行を重ねてどんどん強くなっていくってところが「NARUTO」のお話のエッセンスですね。ナルトを初めとする、様々な少年マンガの主人公って当たり前なんだけど「親とか、社会とかの要請(勉強しなさい、とか税金納めなさい、とか)を使命として動くヤツ」は存在しない。当たり前ですよね、そんなのカッコ悪いもん。

個人的かつ自助的努力で自ら定めた目的を達成させる様は
「ヒーロー」も「原型師」、「漫画家」も本質は同じ

最近、仕事の絡みもあってまたジャンプマンガを熱心に読む機会がグッと増えました。時々ヒット作の絵柄や名前はよく耳目にするにはするが、フィギュアの仕事もう10年もやってるくせに特撮とかロボット、美少女ばっか作ってたんでついぞ目にしていなかったから、10ン年前が初出のワンピースやナルトが「新作マンガ」並の新鮮さで2012年に読めて、しかも最新巻まで一気読み出来るってのは幸せデスネー。で、適度に幸せな気分になりつつも、ジャンプマンガ主人公(特に熱血が入るヤツ)ってつくづく「個人的かつ自助的」な価値観で生きてるなって気がついた。

一見、「バカ」だったり「ダメなヤツ」だったりするけど、「個人的かつ自助的」努力でしっかりと自身の道を切り開いていったり、自ら定めた目的を達成させる様は「原型師」とか「漫画家」も同じ。積み重なるバトルからくるパワーインフレが取りざたされがちなジャンプだが(これも"学ぶ"ということが子供時代に端を発して"どこまで勉強したから安全"なんて事はない、それどころか成長するごとにもっとエグイ問題がやってくるって事を分かりやすく教えているのかも)、実は今を生きる少年・少女たちにとっては「裏の教科書」的な存在なんじゃないかって気もしてきた。

パワーインフレ。少年マンガに対する揶揄の対象になるが、実社会って割とこんな感じ

ナルトは37巻で螺旋丸に風の性質変化を取り入れた「風遁・螺旋手裏剣(ふうとん・らせんしゅりけん)」の開発に成功、この複数の術を合わせることで更なる試練を乗り切るくだりはさっき書いた「世の中のあらゆるものは「複数の知の体系」が相互に作用して出来ている」という事実を子供が知るには中々にイイ例えだと思う。熱血バトル系ジャンルの定番でもあるが、今後もあり続けて欲しいレトリックだと思います。

ただ、NARUTOをはじめ少年マンガ誌における熱血系バトル作品が「本当にマンガである所以」は、正面から「ちゃんと敵の顔をして」かかってくる敵以外に主人公の成長を邪魔する存在がない事」です。正面から「敵」としてかかってくる相手は、主人公の身の安全を脅かす事はあってもアイデンティティまでは脅かさず、場合によってはさらにそれを強固にさえしてくれちゃったりする、ある意味「とってもオイシイ存在」。

現実の世界は、本来ならば"味方"であって欲しい親や教師の中にすら、味方と同じような顔をして「知性の獲得」や「自身のための個人的な努力」が不要であるとやんわりスポイルしてくる存在も少なくなく、自身と同じような「知性」や「努力の積み重ね」とは無縁な大人を再生産しようとする。そんな自身の道を見失ってさまよう大人たちにとってジャンプマンガは「一抹の真実を伝えるためのフィクション」ではなく「ありえないほどに荒唐無稽なファンタジー」でしかなかったりします。

ナルトが火影を目指すのも、現実の少年・少女達が自身の道を選択して「なりたいものを目指す」のもその本質にはなんの変わりもなく、個人的かつ自助的な価値観は(導く人の有無はあるにせよ結局の所は)自身の手で育てていくしかなかったりします。

しかし、現実のところはせっかく人が一所懸命やってるところをつかまえては耳元で「だからお前はダメなんだ」とか、「無駄な努力はやめて、俺たちの言うとおりにしていれば間違いないべ」とささやく大人達が発する圧力を背負って前に進まなければならない事が大半だからやってられないってばよ。自分たちが出来れば避けて通りたいと願ってる「不自由や不幸を再生産する種」がいっぱい落ちてる場所は大体ココです。

こういった言葉に特に意味ないし、大体は見当外れ。人の足を引っ張ンな

まれにカカシの様な意識の高い大人に恵まれて一足飛びに成長するラッキーな人もいるにはいますが、現実の大人は仮にその意識が高くても「影分身の術」や「写輪眼」は使えないので、手を差し伸ばせる範囲も限られるし、一人一人の能力の違いを的確に見極めることもそうそう出来ません。

翻ってクエスチョナーズなんですけど、これまた残念なことに「スケベ度合いだけは自来也レベル」のオッサンしかいなかったりするんで使えない事この上ナシですが、万が一「自分がなりたいものを目指している方々」に相談を受けた際は悪い方に進まない程度にはなんとか頑張ってみちゃったりしたいなあとは考えています。もし、モリがイベント会場などで制服少女の相談を受けてるところなんかを見かけても、うっかりおまわりさんとか呼ばないで下さいね。いやマジで。ではまた次回。

クエスチョナーズ モリコウイチロウ


ここからは藤岡にかわって、なおかつ告知です。ちょいと遅れましたが、この5年間いつ発売されるかが読めないことで一躍名を馳せたクエスチョナーズオリジナルフィギュア最新作「鳥かごの少女」が先週あたりから全国各地から予約開始しておりました。「一回くらいはちゃんと告知をしておきなさい」と関係各位にお叱りをいただきましたのでここで正式に告知させていただきます。

ハリウッドの大作映画並みに時間のかかっている「鳥かごの少女」ご尊顔。個人的には緑をバックにするとすごく穏やかな気分になります

思い起こせば前職に就いていた時からの持ち越し企画なので、完成までに足掛け6年くらいはかかってしまいましたが、原型師の植物少女園さんにも(多分)呪われることなくここまでやってこれて発売前から既に感無量です。(多分)呪われなくてよかったよかった。

と、いうことで全世界の紳士淑女や坊ちゃん嬢ちゃん、みなさん呪われる前にアレしといたほうがいいですよ、アレ。ではではまたまた再来週。

【バックナンバー】
オタクと結婚
アナログデザイン懐古譚(印刷編+後日譚)と読まないと損する!?かもしれない緊急告知
アナログデザイン懐古譚(デザイン~版下実製作編)
アナログデザイン懐古譚
四十六歳。転職遍歴を紐解きながら、組織と個人の関係
心が折れそうになる時もあるけれど私は元気です
オタクと老化、そしてそれを補う(?)成熟(出来んのか?)
最近のクエスチョナーズ ~ドSなアイツとドMな俺と~
出版社を作ろう!番外編~手間を取るか金を取るか~
出版社をつくろう!その6 お金の話と売り方と
出版社をつくろう!その5編集のお仕事
3Dソフトでフィギュア原型開発 ~原型師視点~
3Dソフトでフィギュア原型開発(原型師経験者のメリットと新規参入者のハードル)
会社のほしがる人材とは?~就活生に送る韜晦の言葉~
果たして日本国内でフィギュアは作れるのか?
「限界」はどこにあるのか?
今もなお「フィギュア」が欲しいと思っている貴兄に
「責任」や「年の功」につぶされないために
マスメディア社会主義の「終わりの始まり」
欲しかったのは何?~市場形成の仕組みと理想の王国~
暗い闇の中で金色に光る過去の追憶…(押入れで「らっぱ」を見つけました)
才能と情熱と現実のあいだ
僕と契約して「フィギュアメーカー」にならないかい?
出版社をつくろう!その4表紙サンプルが上がってきましたぜ
ホビーメーカーと陸上自衛隊と今回の震災
会社員であるべきか、辞めるべきか、そもそもそれは問題か?
秋葉原でエロゲーを売っていた男のお話・激闘編
ゼネラリストの憂鬱とスペシャリストの煩悶
たまには人の話を聴いてみよう!~秋葉原でエロゲーを売っていた男のお話~
親が口うるさく色々言ってくる理由
お叱り覚悟で「お客様の声」に向きあってみる~値段以外の諸々編~
有事だからこそ考えておきたいこと
お叱り覚悟で「お客様の声」に向きあってみる~値段編~
人脈という形無いモノの価値~友達100人できるかな~
出版社をつくろう!その3 作家さん決まりました
知ると得する!? 企画のミソ
専業プロの報酬というものについて考えてみる
年末総決算~企画供養という名の"黒歴史"回想地獄変~
出版社をつくろう!その2
出版社をつくろう!その1
会社という組織、会社という個人
商品の価値に関する考察
フィギュア作りの中国残酷物語
いっちょフィギュアでも作ってみますかvol.3
いっちょフィギュアでも作ってみますかvol.2
いっちょフィギュアでも作ってみますか Vol.1
悪名で売れるも美名で売れるも高名のうち
信用とカネ~人の価値ってナンジャラホイ?~
失敗と恥そして栄光をその手に
他人を喜ばせる上手な「嘘」
個性と価値とエトセトラ
ダメ人間がダメなりに考えていること
正解なんて無い バランスとモノの値段
「パクりと模倣」論争にみるインターネットの公共性
同じ阿呆なら一緒に踊っていただけませんか?マドモワゼル
「表現の自由」様をお守りするために
現代における消費というマナー(下)
現代における消費というマナー(上)
平凡って悪くないですよ
アマチュアの憂鬱
フロンティアスピリット
真面目であることの大事さ
初心忘るるべからず
夢憶えていますか?
空飛ぶパンツ クエスチョナーズがヤリます!!
ちょっと頭がアレな人たちの、アレな会社の特殊な事例
(株)クエスチョナーズの作り方
(株)クエスチョナーズ ちょっと普通の会社とは違う

この記事はコラム カテゴリーに含まれています |Ajax Amazon Edit
トラックバックURL
http://trackback.blogsys.jp/livedoor/geek/51346471